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『どんな綺麗事言ったって所詮は夢物語なんだろ?』 ... ジャンル:リアル・現代 お笑い
作者:若葉竜城
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[どんな綺麗事言ったって所詮は夢物語なんだろ?]
「『この世の全ての人と出会うこと』。それが俺の夢です」
暫くの沈黙。
「安原、お前アホか」
先生、酷いよ。
「とにかくこの進路希望調書。もう一度考え直してこい」
先生は俺の不服そうな顔を呆れたように見た。俺が立ち上がりそうにないと思ったのか俺から目を離して進路指導室から出て行った。
「でもさあ、せんせえ、したいこと書けって言ったじゃん」
俺がここで小さく呟いたって意味のないことなんだろ。
「どうせ俺の夢なんかどうでもいいんだろ」
夢。一口にそう言っても漠然と思ってる訳じゃない。ただニュースで見る世界中の人々。その人たちと会ってみたいと思うんだ。ただ、それだけ。他にしたいこともない。
俺がとぼとぼと教室に戻ると悪友の工藤が俺に寄ってきた。
「ヤス、どうだった?」
特ににやにやするでもなく普通に聞いてくる。そういえばこいつに俺の夢聞かせたことあったかな。
「考え直せだってよ。お前は呼び出しなんかくらってないんだろ?」
「そりゃな。高三だぜ、高三。大体みんな決まってるよ」
今更ながら言われるとへこむ。この超進学校でまだ進路指導室に呼び出されるのは俺ぐらいのもんだ。
「ヤスは成績いいからどこでも行けるよ。先生もそんな心配してないんじゃねえの」
「いや、工藤。そりゃ違うぜ。成績いいからどうとかいう問題じゃないんだ。俺の夢を達成するために必要なのは成績じゃなくて本当に頭の回転の良さ、とかそういうのなんだよ」
工藤が半眼になって無気力に首を上下に振る。俺が熱弁を振るい始めるといつも工藤はこうやって聞き流し始める。そして俺の声が止まったと思ったらこうやって締めにかかる。
「ま、俺にはよくわかんねえな」
たまには人の話ちゃんと聞けよ。
面白いんじゃないかと思うんだ。世界中を旅して世界中の人が俺の知り合いになるんだぜ。考えただけで楽しくてたまらない。
昼休みに屋上に行くと先客がいた。
「悪いけど俺も一緒に食っていい?」
俺がそう声をかけると先客の女の子は見るからに機嫌が悪そうな目をこっちに向けた。じろりと俺を睨み付けると一言。
「勝手にして下さい」
ひょっとすると俺が高三だと気が付いて本当は嫌なのにガマンしてるのかも知れない。
「あんさあ、俺も一人なんだよね。一緒に食べない?」
更に機嫌を悪くさせてしまったのか彼女は俺につかつかと歩み寄ってきて怒鳴った。
「勝手にして下さいって言ってるでしょ!」
思わず、びっくり。
「はぁい」
ちょっとびびりながら俺は彼女の向かいに座って弁当を開く。
「参考までに聞くけど何年生?」
「何の参考に?」
ただの言葉の文だったのに痛いところをつく。俺の顔が引きつったのを見ても彼女はサンドイッチを食べ続ける。
「好奇心、いや違うか、興味があるってとこか」
俺が慎重に言葉を選んでいる間も彼女はサンドイッチを食べ続けていて俺の方を少しも見なかった。
「安原先輩でしょ」
俺が驚いた顔をして彼女を見ると彼女は馬鹿にするように鼻で笑った。
「有名ですよ。三年間学年トップをキープしてる割にちゃらんぽらんな先輩ってことと格好いいってことで」
実際のところ、俺はもてない。現在進行形でもてない。だから下級生の間でそんな話になっているとは驚きだ。
「へえ、じゃあ俺って有名人か。俺と飯食ったって自慢してもいいよ」
彼女は軽蔑するような白い目で俺を見ると最後の一欠片のサンドイッチを口に放り込んで立ち上がった。
「じゃ、安原先輩。受験頑張ってとっとと学校から消えて下さいね」
今の破滅的な暴言は何だろうか。きっと俺の空耳だろう。
「あ」
俺の一言に彼女は立ち止まる。
「何ですか」
「夢はある?」
彼女はものすごく嫌そうな顔をした。俺をちらりと見て何とか彼女は応えてくれた。
「無い」
簡潔な答えをどうも。
俺が思うに夢っていうのは人それぞれで俺にとっては未来の自分に直接関わってくる自分の意志みたいなもんだ。けど人によっては夢を押さえて今の自分のレベルにあわせて未来の自分を作る人もいる。そういう人たちにとっては多分本当に寝てるときに見る夢でしかないんだろう。
教室に帰るともう授業は始まっていて俺は教室の奥からこそこそと入らなきゃならなかった。ところがこの先生は耳ざとくて俺が椅子を引いた瞬間にこっちを振り向いた。
「こら安原、お前受験生の自覚あんのか!」
放っておいてよ。ああ、でも放っておかれたらそれはそれで寂しい。
「すんません。昼寝してましたぁ」
先生はため息をつくと再び黒板に視線を戻して板書を始めた。
「なあ、ヤス。お前二年の深田彩花って知ってるか?」
隣の席の長田が小声で話しかけてきた。
「いや、知らないけど。男と女どっち?」
本当に俺は下級生との関わりがなくて、二年の妹に会いに行く時以外は一二年の棟には足を踏み入れたこともない。したがってさっき屋上で喋った彼女についても名前など当然知らない。
「女。俺の後輩なんだけどお前が卒業する前に告白したいんだってよ。放課後に屋上で待ってますだって」
告白ってのはあれですか。好きな相手に自分の想いを告げるってやつですか。
「長田、その子可愛い?」
長田はにやっとすると大きく頷いた。俺もその頷き方に顔を緩ませる。
「ただし、性格は保証しないけどな」
とどめに不吉なこと言うなよ。
でも、俺は本当のことを言うとこの壮大なる夢をどうやって実現すればいいのか分からない。誰かに教えてほしいもんだ。本当に。
そういうわけで俺は再び屋上へ。
「まあ、どういう性格してるとかはともかく告白なんて中学の卒業式以来だからしめて三年ぶりか」
中学の卒業式は凄かった学ランのボタンを全て奪われて、そのボタンの数の倍以上の女の子から告白ラッシュ。その頃はもててたのにいつのまにかもてなくなった。高校になってからは彼女が出来た時期がない。
「にしても、だな」
俺は屋上のドアノブに手をかけ開ける。
「可愛い子からの告白が嬉しくないわけがない」
屋上には誰もいなかった。
「あれ?」
俺は騙されたんだろうか。
俺と同じ夢を考えてる人はいないんだろうか。いるなら心の中で握手したい。実際に握手なんてすることはできない。だってその人よりも先に俺は夢を達成したくなるだろうから。
それから俺は家に帰った。家に帰ると妹の早紀が帰っていた。
「あれ、早紀帰ってくるの早かったんだな」
早紀はこっちを向くと俺を睨んだ。昼休みに屋上で会った彼女のように。
「ちょっと、安原せんぱぁい。今日なんか悪いことしたんじゃないの?」
「社さぁん、そりゃあ大きな勘違いだぜ。俺は今日も善行をして学校から帰ってきたよ」
因みに俺は安原勇士、妹は社早紀という。なぜ兄妹なのに名字が違うかと言えば月並みな理由で親が離婚したからだ。それ以上もそれ以下もない理由でしかない。
「嘘つかないでよ。深田彩花って子をふったでしょ」
その話ならすっぽかされたのは俺の方だ。どうして俺が責められなければならないのだろう。
「いや、んなことしてないし」
「勇士とあたしが付き合ってると思って告白できなかったらしいよ。けど今日屋上に呼び出してみたら勇士にふられたって!」
「冗談じゃないぜ。俺は本当に深田彩花なんて子とは会ったことないって」
そう言うと早紀は凄い剣幕で俺に詰め寄ってきて俺の顔をわしづかむ。
「昼休みに屋上で一緒にご飯食べたんじゃないの」
「あ」
そういえば会った。でも名前なんか知らなかったし長田から話を聞いたのは昼休みの後だった。
「確かに会ったけどふった覚えはないしそれに告白された覚えもない」
「あたしがあの子に逆ギレされたのよ。あんたのせいでふられたって!」
それで俺にきれるのは更に逆ギレしているということになるんじゃないだろうか。いずれにしろその深田彩花という子に振り回されるのは面倒になってきた。
「深田彩花なんか知らねえよ。もし今度きれられたら俺のとこに来いって言えよ。話つけてやるから」
そう言うと早紀は黙ってそっぽを向いた。
夢の前にあっては全ては無意味になる。
朝起きると気分は最悪だった。昨日の早紀との会話も結構疲れたし深田彩花という子とはもう関わりたくなかった。夢のことについて考えるのは構わないが、今日も進路指導室に呼び出されるのかと思うと気が重くなるのだ。
「たるいなぁ。もうあの子とは会いたくもないよ」
俺の朝は遅い。遅刻ぎりぎりまで二度寝するのもそれなりに楽しいものだ。
そういえばあの子は夢が無いと言っていた。それはどんな感じなんだろう。自分の未来の方向が分からなくて怖くはないか。夢が無いっていうのは俺にとっては絶望だ。
工藤と長田に挟まれて俺は苛々としていた。二人がにやつきながら昨日はどうだったとしきりに聞いてくるからだ。
「だから何もなかったって言ってるだろ。大体深田彩花って子は放課後屋上に来なかったぞ」
とりあえず昼休みに会ったということはこいつらには秘密にしておこう。二人はつまらなさそうな顔をして俺を小突いた。
「でもあいつ確かにお前に告白したいから放課後屋上に呼んで下さいって言ってたぞ?」
長田が不思議そうにしている。元はといえばこいつがご親切に後輩の頼みを聞いてやるから悪いんだろうが。無性に腹が立って俺は長田に卍がためを食らわした。
「うわっヤスお前ふざけんなよっ」
俺が卍がためを食らわしている間工藤は大笑いしてはやしたてていた。
「長田もうちょい頑張れよなぁ」
先生が来るまで俺達はプロレスのまねごとを続けていた。
先生にまた呼び出されて夢のことを聞かれる。俺の夢はアホかと一蹴されていいような夢ではない。
先生はついに諦めたようで俺の夢を認めた上での話を始めた。
「じゃあ、安原はこの世の全ての人と会うために何をしたいんだ」
お、流石先生だ。いいことを聞いてくれる。でも俺の中に明確な答えはない。
「弁護士、医者、薬剤師、世界に通用する仕事は色々ある。それとも世界各地でいろんな仕事をしながら旅をするつもりか?」
「そッスね。俺なら何でも出来ると思うんですよ」
自信満々の言葉で失礼。先生も絶句。悪いけど本気で言ってます。
「安原、お前やっぱりアホだな」
あれ、またそれですか。
「世の中に60億人いるとする。お前が今日まで幼稚園で50、小学校で300、中学で300、高校で300、休みの日などで50の人と出会ったとしよう。そして今日から毎日20人と出会うとしよう。お前は何年で世界中の人と出会うことが出来る。計算してみろ」
えっと、「59億9999万9000」を「20×365」で割る。つまり?
「約82万1918年ッスか?」
先生は俺の暗算に舌を巻いた様子だったがやっぱり俺のことをアホかという目で見ていた。
「お前頭いいんだから分かるだろ。世界中の人と会うことなんて無理だよ。それに生まれてくる人や死ぬ人もあわせればどれだけになるか分かったもんじゃない」
先生は分かってないぜ、男のロマンを。
「先生。俺は到底無理なそれを叶えるために残りの寿命を捧げたいんだよ」
先生はまた面食らったような顔をした。
「中年男の第二の人生みたいな事を言うんじゃないよ」
やっぱり先生に期待するのは間違いだったのか。
勿論俺はこの夢を叶えたいと思っている。でもたとえそれが叶えられなかったとしても死ぬまでその夢に向かって努力することが出来れば死ぬ瞬間にも満足できると思う。ただ死ぬまで諦めずに目指す夢があればいいんだ。死ぬまで走っていたいんだ。
「『死ぬまで走っていたいんだ』?」
屋上で一人呟いてみた。そして思う。
俺は今走っているか。諦めていないか。うんざりしてないか。苛々していないか。
何を考えても笑ってしまう。笑う。腹を抱えて。顔を歪めて。深く息を吸い込んで。
そして叫ぶ。
「どんな綺麗事言ったって所詮は夢物語なんだろっ?」
俺以外にとっては。じゃあ君たちに重要なのは恋、勉強、部活?
俺にとって大事なのは夢。誰に何を言われようが俺の知ったこっちゃない。
自由に夢を求め続けろ、俺。
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2005/12/23(Fri)13:27:33 公開 / 若葉竜城
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■作者からのメッセージ
お久しぶりの若葉竜城です。
今回は自分の気分をそのまんま悩める男子高校生安原君に代弁して頂きました。
この暑苦しい男をご覧いただいて何か感想があれば是非お願いします。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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