『君の愛した町』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:赤月 葵                

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               (1)

 港。防波堤に止まる船。
 蒸気を吹き上げ、鳴らす汽笛の音。
 僕は倉庫の端に寄せられた木箱の上に腰を下ろして、活気のある町角を見つめていた。
 生き生きとした町角の輝きに、ちっぽけな僕は視界がまどろんで、身を何かに委ねて気が遠くなりそうだ。
 君を忘れる為に置いた距離が、【過去の苦い思い出】として胸を突いている。
 情景が記憶に押し流され、周りをボヤかして、君の影を瞳に映してしまう。
 君の側で、もっと愛を感じていたかった。
 ノスタルジック的感情に耐えかねていつもココに足を運ぶのだけれど、気持ちは繰り返されて、終わった後悔に頭を抱えている。
 地元を離れて二年。
 この町で新しい生き方を見つけようとしていたのに、目標も見つけられず、過ぎてゆく日々に流されているだけのただよう僕は岸辺に着こうともせず、一から何かを始めようとしていない。
 先の見えない不安、迷い、迷いの道をまだ抜け出せずにいる。
 今の精神状態では、帆を上げて出航することなんて考えられない。
 だからといって、里帰りして君の所に戻ることなど出来はしないのだ。
 どの顔下げて逢えと言うのだ。
 逢ったとしても、君は、僕を知ってる君じゃないから。
 逃げ出したと言われても否定は出来ないけれど、僕には離れてゆくことでしか方法を見つけられなかった。
 君を苦しめてしまう僕は消えるべきだと。
 忘れなきゃいけないと心に立てた杭は、小枝のように痩せ細って折れそうで、それは、僕の弱い意思の表れので、根元を支えるものなどありはしない。
 不安は募るばかりだ。
(どうしたいんだろう? 僕は)
 繰り返される毎日が気ダルさに塗れ、やる気とゆうものが欠落していた。
 過去にばかり、もうどうにもならない事にばかり気持ちが向いて、現実に身を置いている感じがしない。
 自分の原形を忘れそうになる。
 想い入れの強さゆえに忘れられないものが多いこと、良かった頃を懐かしむ程、痛手が胸を軋ませた。 
 
 目を落とす海と繋がっている水面は青くはなかった。
 灰色が幾重にも織り重なり、黒ずんだ深い色を浮かび上がらせていた。
 その透明感の黒さは、僕をソコに引き込もうと手招きするような誘いの波打ちをする。いっそのこと身を投げ出してしまおうかと木箱から下りて歩き出すと、ふいに誘い込みに足止めをかける鈴のような声が耳を通り抜けた。
「おめさ、いっつもココにおるだなぁ」
 僕の感情を破るようにハッキリとしたその声にハッとさせられ、声の方に振り向くと、右隣間近の僕の視界にカラフルなハンテンを着た女の子が映り「うわっ」と、たまげた声を出す。
 それにビクつきそのコは一歩後ずさりして瞬きをし、人懐っこそうな目で僕を覗き込むように見た。
 あまりにもその言いぶりがフレンドリーな感じなので、確認の為に「………僕のこと?」と尋ねると、カキーンとゆうように返答が返ってきた。
「他に、誰がおる?」
 彼女は見た目からして18くらいで、そのハンテンの中にセーターを着込み、ミニスカートで、太股までくる羽毛靴を履いて、毛の飛び出た手袋をしていた。
 今時の女の子にしては、少しズレた格好のコだった。

 その場に、僕と彼女以外誰もいなかった。
 思いがけずの声かけに戸惑い、口を小開きに言葉も出ない僕は、彼女に小首を傾げさせた。
 左右に揺れる黒髪はツヤを泳がせて、後ろで隠れていたリボンの頭を覗かせる。
 関心をそそるような興味でといった眼差しが、僕の返答を待っていた。
「………君は?」
 間を空けてようやく出てきた僕の問いに、彼女は柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「オラ、ねねこだ」
 初対面の相手に壁を作ってしまう僕だが、名乗りを上げた穏やかな表情は、僕の警戒心をあっさり解いてしまう。
 それ程柔らか味のある笑みと、不思議な? 魅力を持っていた。
 突如目の前に現われた謎の少女、だが、ミステリアスとゆう横文字を使うには、その田舎訛りが邪魔をした。
 確かに可愛い顔立ちなのだが、美しいとゆう感じではない。
 衣装と、表情がのほほんとした雰囲気をかもし出し、ホンワカしているとゆうのが第一印象だった。
「オラ、いっつもおめえのことさ見とったで」
{え?}
「いつも見てたって………」
 何処からか彼女に見られていた? それにしては、一度も視線を感じたことはないのだが。
 第一、今、気配さえ感じなかった。
 何の為に、僕に話しかけてきたんだろう?
「君はどうして僕なんかに………その………」
「おめさ、今日(きょ)は、ほんに寂し顔しとったでな」
 とゆうと、これは彼女の哀れみなのか? 別に同情なんてしてもらいたくはない。
 そりゃぁ溜まりきって淀む心根を口にすれば幾らかは楽だったろうが、言ったところで自分が惨めになるだけだし、言って余計に哀れみを引き出したくはなかったし、それに、初対面の相手に何の理解を求めるとゆうのだ。
 哀れみを向けられることが、痛みをぶり返すように感じてならない。
 僕だけの悲しみに留めておきたかった。
「そんな寂しそうだったかな? ハハハ」
 と、とぼけて見せる苦笑いで僕は続けた。
「君、ココら辺の人じゃないよね?」
 そう言って話を逸らすのは、弱みを見せれば漬け込まれるといった意識も働いたんだろう。
 他人の目の冷たさ、膨らんだレッテルに堪えられず、重圧と、それに伴う犠牲は大きく、自然と守りを選んだ。

 その訛りのきいたしゃべり方は何処か遠くの田舎の出と思わせたのだが、的外れに彼女は人差し指を町の外へ向けた。
 指が示す方向には町を囲うように聳える山々が立ち、まだ白く染まらない肌は紅葉の色彩で魅了する美しさで、彼女のハンテンの明るさと重なっていた。
「………山?」 
「うんだ。オラ、あん山に住んどるで、町の人じゃねよ」
彼女の返答に、僕はもう一度聞き返した。
「いや、だから………、何処か遠くの地方から引っ越して来たのかな? ってゆう意味で聞いたんだけど」
 彼女は大きく目を開いて、首を振った。
「うんにゃ。オラ、ずとあん山で暮らしとる」
「ずっと?」
「そだよ」
 始まりのキッカケは、どんなふうでも良かったのかもしれない。
「な、おめさ、何てゆう?」
 現実に目を向けられず過去に身を置こうとする僕は、違う誰かに【君】を映して、容姿のまったく異なった彼女に影を見る。
 人恋しい季節の趣きに、心が【君】を呼ぶ。
 思考と現実がごちゃ混ぜになって重なって聞こえてくる。
『お名前、教えていただけますか?』
 ただ、その声が忘れられなくて、あの時の緊張の棒読み口調を繰り返す僕。
「………僕は、ゆう。───川中 ゆう」
 彼女は水を得た魚のように僕の名を呼ぶ。
「ゆう、ゆう、ゆう」
{違う! 彼女は君じゃない}
 僕は霧を晴らすように首を大振りすると、彼女は不思議そうな顔して、ほを言う時の小さな小口で「おん?」と、傾げもらす。
 そんな彼女に何らか思惑みたいなものがあるのではないかと思ってみるが、再び現われた笑顔に何故か安心感を覚えてしまう。
「オラ、遠くさ見とるゆうの目ぇさ好きだで」
「え?」
「ゆう、優し目しとるでよ」
 急にそんなことを言われてドキっとしてしまう僕は言葉をなくしてしまうが、彼女の問いに合わせて返事をすればいいことだった。
「ゆうはよぉ、こん町に住んどるんだろう?」
「………あ、ああ、そうだけど」
「うんなら、おらに町のこと教えてくれんけ?」
「は?」
「おら、ずと山で暮らしとって、全然町のこと解からんで」
 彼女の目的は、僕に町案内をしてもらうことだった。
 今まで彼女はたった一度たりとも町に下りて来たことはないと言うが、にわかに信じがたい。
 しかし、初めて会う他人にこうも自分を入り込ませて行こうとする彼女が世間知らずだとゆうことを認識させ、かえってそれがずっと山で暮らしてきたとゆう信用性を生んだ。
「でも、何で僕に?」
 僕の疑問に、彼女の理由はあまりにも単純すぎた。
彼女にはこれといった知人もなく、ただこの人は優しそうだからとゆう判断で僕を抜擢したワケだ。

 気持ちの不安定な中に入り込んで来ようとする彼女は何処までも自由で、人を疑うとゆうことを知らない。世間の常識からかけ離れた彼女の白紙の純粋さだった。
 最初から彼女には振り回されていた気がする。
「駄目だべかなぁ?」
 気落としのおねだり目の下りに、ハッキリ「駄目」と、言い切りたかった僕だが、過去に見る片鱗に聞こえてくる声がソコで止めさせなかった。
『駄目?』
 その声には逆らえず、ワンテンポ遅れて、「じゃないけど」と、前の言葉と足される。
「なら、いいでねーか」
「………まぁ」
 過去に現実が飲み込まれるような感覚、重なる君が、僕の意思を鈍らせる。
 その声が手伝わなければ、彼女との関わりはなかっただろう。ただ通り過ぎてゆくだけの他人で終わったはずだった。
 失う恐れを、人とあまり関わらないことで避けてきた僕は、誰かに対する望みを捨てているのかもしれない。
 そんな彼女の子供じみた明るさは、今の僕には【くらめき】で、沈んだ抜け殻のような心は勝手に引っ張って行かれた。
 誘いをかけた波打ちから遠ざけるように引っ張って行く彼女の手は、【救いの手】だったのかもしれない。

                 (2)

 街角、昼下がり。
 足を向けた平日の商店街の人はまばらなれど、賑わいはひと際。
 賑わいを際立てているのは、歩道に連なる店々の店主達の呼びかけ。
 自分の店に客を引きつけようと、張り上げ、かれた声が飛び交っていた。
 赤茶けたレンガの道に足並み揃える相手は、数分の付き合いのハンテン娘≪ねねこ≫彼女が「ほー、あれ何だ?」「これ、何だべさ」と、声高らかに休みなく聞いてくるものだから、視界を曇らす霧もすっかり晴れてしまった。
 無理やり気を向けさせられて適当に答える僕は、はぁあとゆう溜め息もまたついて出てくるのだが。
「なー、なー、なー」
 と、興味を示す彼女の瞳に映る小さな世界。
 目に入れる全てが彼女には新鮮で、真新しく、興味を引くのだろうか?
 時代遅れとかゆうレベルのものではない。
 まるで、別世界の人間が突然ソコに置かれたとゆう感じである。
 僕には当たり前に見える街角の姿が変わりなくあるだけだが、冷めた目で、でも、この活気に暖かみを感じて、複雑さが絡む心根に彼女の単純な理由とゆうものは、僕の経験のもとに築き上げた人への対応を崩す。
 心境は、自然と彼女の保護者。
 ほおっておいたら迷子になりそうな彼女は、嬉しさに心弾んだ子供そのもの。
 はしゃいで、そのままクルクル踊りだしそう。
 そんな彼女は、まだ知り合ったばかりだとゆうのに、前々から知っている友人のような馴れ合いのしゃべり方で話かけてくる。
「なぁ、ゆう」
「うん?」
「町はいいな。色んなモンがあってよ」
「そう? だったら、もっと早く来るべきだったね」
 実際山育ちの世間知らずと言っても、今時そんなコいるのかな? なんて、やっぱり思ってしまう。
「そだな、もと早く。だども………」
 本当に彼女は何も知らなかった。
 物事も何もかも。
 だからこそ純粋だったのだろうか? 何かに染まることのない。
 そんなふうに思えるようになったのは、もっと後の話だが。
 この時は、何なんだろうこのコとしか思えなかった。
「ふ〜ん。何か、下りて来られない理由でもあった?」
 彼女の理由なんて、どーでもよかった。
 会話が途切れたら、そこで何も言えなくなりそうで、相手を連れて無言の歩行なんて窮屈に感じるから、そう言葉を繋いだのだ。
 でも、それが彼女に口をつぐませた。
「………………」
 ソコに、確かに理由は存在していた。
「別に言いたくなければいいけど」
 彼女は、何かを確かめるように僕を見て「おん」と、頷く。
「?」
 会話に間とゆうものはあったが、初対面の相手にぎこちなさとゆうものも、探り合うとゆう裏腹さもなかった。
 簡単な単語を繋げていく会話が重荷にも感じていた僕だが、しだいに良く思えてきて、はめ込んでゆくパズルみたく、シックリと収まるように会話に気持ちが入っていく。
 見るものを(そのまま)のものとして受け止めてしまう彼女に悪意なんてありもしないと、安心して心が緩んだんだと思う。
 他人と距離を置くといった境界線のない彼女は、好奇心にまかせて、誰も彼も笑顔の愛嬌を振り撒いてく。
 けれども、僕にはそれが恐れ知らずの無防備に見えた。
 が、羨ましくも思えた。
 何の不安もない子供のような彼女が。
………僕はそんな頃に戻りたい。









2006/01/13(Fri)06:11:59 公開 / 赤月 葵
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■作者からのメッセージ
またまた中途半端なところですいません。


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