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『刑事の休息』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:時貞
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捜査本部は解散となった。
俺は部下たちに労いの言葉を掛けつつ、捜査本部の置かれていた大会議室を後にすると、熱い缶コーヒーで手を温めながら署内のロビーにあるソファーにどかりと腰を降ろした。
一気に疲労が襲ってくる。目を瞑り、指先で瞼の上から軽く揉んだ。
それにしても、当初の予想以上に難航した事件であった。しかし捜査員たち一人一人の地道な捜査と執念とが実を結び、ようやく犯人を検挙。なんとか警察の面目を保つことが出来た。
これから明日、明後日の二日間は実に久しぶりの休暇だ。この前家に帰ったのは、一体いつだっだろうか? それくらい俺は、今回の事件に忙殺されていた。
心地よい脱力感が眠気を誘う。思わずウトウトしていると、部下の木下に「警部、こんなところで寝たいたら風邪をひきますよ」と揺り起こされた。
「――ああ、お疲れさん。さて、久々の我が家に帰るとするか」
「ゆっくりなさってください。僕も久々に羽を伸ばさせていただきますよ」
木下と笑顔を交し合った後、俺は少し軽くなった足取りで署を後にした。
家に帰り着いた俺は、久しぶりに女房の手料理をゆっくりと味わった。明日と明後日は休暇である。酒だって気兼ねなく呑める。俺はおおいに食べ、おおいに呑み、息子を交えて久しぶりの家族団欒に心地よく浸っていた。
これまでの緊張感が一気に緩んだせいか、お銚子を五本ほど空にしたところで急激な睡魔が襲ってきた。俺はそのまま居間で鼾をかきはじめたのであろう。うつろな意識の中で、妻が微苦笑を浮かべながら毛布を掛けてくれる気配を感じた。
激務を終えた後の束の間の休息、家族との団欒、俺はそのまま心地よい眠りに落ちていった――。
鳴り響く携帯電話の着信音で、俺は目が覚めた。
いつの間にか、自分のベッドで寝かされていたことに気付く。隣には、既に妻の姿は無い。カーテン越しに外の明るい陽光が差し込んできている。
俺は携帯電話を掴み上げながら、瞬間的に壁掛け時計に目を向けた。これも刑事の習慣のひとつである。時刻はすでに午前十時を過ぎていた。どうやらかなり長時間眠り込んでしまったらしい。
携帯電話のモニターには、部下の木下のプライベートな携帯番号が表示されていた。
俺はなんとも言えない胸騒ぎを感じつつ、通話ボタンを押した。長年の刑事生活から、重要な内容の電話であることに間違いないと直感する。
「もしもし?」
「あ、もしもし警部ッ」
どうやら外から掛けてきているらしい。車の走行音や風の音に混じって、木下の興奮したような声が聞こえてくる。
木下の報告を聞いて、俺は思わずベッドからがばりと起き上がった。
「な、なんだってッ! 間違いないのか?」
「は、はいッ」
「わかった! 今からすぐに向かう」
俺は木下との通話を終えると、シャワーも浴びずに素早く着替えを済ませ、ガレージに止めてある車に飛び乗った。
自家用車であることがもどかしい。俺はなるべく近いルートを取りながら、制限速度ぎりぎりで走行した。刑事が休暇中に、スピード違反を犯したなんて洒落にもならない。俺は焦る心をなんとか理性で押さえつけながら、慎重にハンドルを握った。
一刻の猶予もない。
早く、早く現場に到着しなければ――。
俺は現場の近くにある有料パーキングに車を停車させると、運転席のドアを押し開けて外に飛び出した。冷たい北風が頬に突き刺さる。急いで家を飛び出してきたために、コートもマフラーも用意してきていなかった。俺は寒さもいとわずに、木下の待つ現場へと駆け出していた。
吹き付ける北風に首をすくめたような姿勢で、木下が立っている姿が見える。寒さのせいか、遠目から見る木下の表情は少し青ざめているように思えた。俺は彼の名前を呼びながら大きく手を振った。それに気付いた木下が駆け寄ってくる。
「すみません、警部。せっかくのお休みだと言うのに」
白い息を吐き出しながら、木下が俺の顔をうかがう。俺は早足で歩を進めながらそれにこたえた。
「いや、そんなことはいっこうに構わない。それより、ホトケさんは?」
「こちらです」
昔ながらの閑静な邸宅が建ち並ぶ一角を通り抜けると、古びた寺院につながる長い石段が見えてきた。俺は木下の数歩前を、無言で突き進む。周りを取り囲む立ち枯れた木々が、北風に枝を揺らされて更に寒々しい印象を与える。
ようやく長い石段を早足で登りきった俺は、薄っすらと額に汗を浮かべていた。木下も同様らしく、ハァハァと呼吸が乱れている。
「け、警部、こちらです」
「うむ」
玉石の敷き詰められた広い境内を足早に通り過ぎ、俺と木下は本堂へと向かった。一人の僧侶が、本堂の前で屹然と立ったまま俺たちを見つめている。
本堂の前まで辿り着いた俺は、僧侶の顔をちらりとうかがった。僧侶は黙したまま頭を垂れる。俺も頷き返しつつ革靴を脱ぐと、木下を伴って本堂の中へと足を踏み入れた。
線香の臭いや古い木材の臭いに混ざって、なんとも湿っぽいような臭気が鼻につく。
木下が口を開いた。
「それにしても、これを知ったのは本当に偶然だったんですよ。たまたまこの町の友人に用があって出掛けてきたら、そいつの親父さんが意外に物知りで」
「ふむ。この寺院の本尊は、三年から四年のあいだに不定期に一日だけ、それも午前十時から正午までしか拝めないということで珍しがられているからな。この町のごく一部の、古い人間たちだけに知らされることなんだろう」
木下は、物珍しそうにこの寺の本尊である青銅色の仏像を眺めながら、さも恐縮そうに口を開いた。
「警部が古い寺院や仏像に関心が強いのは署内でも有名な話しですが、お休み中にわざわざお呼び出しするのはちょっと躊躇いましたよ」
俺は笑顔でこたえる。
「いや、よくぞ知らせてくれた。お陰で更に充実した休暇になりそうだよ」
そう言って俺は、ひっそりと鎮座する<ホトケさん>――青銅色の仏像に向かって静かに合掌した。
――了――
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2005/11/25(Fri)17:17:48 公開 / 時貞
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■作者からのメッセージ
お読みくださりまして誠にありがとうございました。
最近またもや「長い文章が書けない病」に陥ってしまっている時貞です(汗)ここまで短いショートx2を投稿したのは久しぶりのような気がします。結構自分では楽しんで書けたのですが(笑)他の皆様の手になるご馳走を読まれる合間の、箸休め程度にお読みいただけたら幸いす。ご感想などいただけたら飛び上がって喜びます(?)
それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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