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『無束縛』 ... ジャンル:リアル・現代 アクション
作者:かま
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あらすじ・作品紹介
「俺」は殺す。「私」は愉しむ。「私」は喰う。「あたし」は燃やす。「私」は計る。「私」は執着する。「我」は替わる。では、貴方はどうする?
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さぁ皆さん見ていって下さい。
これから始まるは縛られない者ながら縛られた世界に生きてきた者の
……とても数奇な物語です。
◇
「お〜い、有紀ぃ〜」
夕暮れ、紅く染まる学校、続々と校門から帰途につく生徒。
どこにでもあるような校門の前で帰ろうとしていた彼――久原有紀は呼びとめられた。
「ん? 何、橘?」
橘と呼ばれた彼女は小走りで彼に近づいた。ショートカット、いかにも元気に満ち溢れていそうな顔だ。胸のリボンや髪を揺らし、近づいていく。
「あのさ、今日も夜に出歩くの?」
いきなりの質問にああ、と当然のごとく彼は答える。
かっこいいという形容詞がお似合いなほどに整っていて、それでいて優等生のようにも見える顔立ちからは『夜に出歩く』ということは考え辛い。
だが彼はさも当たり前かのようにその言葉を否定しない。橘は顔に手を当て、呆れた口調で言った。
「まったく……殺人鬼出てるってのに悪癖は直んないね……それが中間一位の言うことか……」
殺人鬼、彼女の口からでた一言は決して嘘ではない。
真実、最近ここの周辺で殺人鬼が出ている、殺し方も警察に言わせれば異常らしい。
代表的なものとして、体の臓器を全てぐちゃぐちゃなペースト状にして撒き散らされていたらしい。
第一発見者もそれをみて気が狂った、という噂まである。
「ま、大丈夫だろ、それとも心配してくれてんの?」
彼女に睨みつけられて冗談、と付け足す。橘は溜息まじりに答える。彼女の顔には冗談は無く、少し怒っているようだ。
「バカ、小学校からの付き合いとはいえ他人まで心配する余裕ないわよ」
「悪いな、まぁ本当に大丈夫だろ、その殺人鬼はナイフ持ってんだろ? でも刃物って案外脆いぜ?
刃物の中で最高と言われる日本刀だって一人斬れば折れ曲がるし、そうじゃなくても体の油で使い物にならないんだ。
確か昨日また起きたんだよな? だったら刃物をいっぱい持ってない限り大丈夫さ」
自慢げに一通り説明した後、彼女はまた溜息をつき諦めたように
「……わかった、もう好きにして、じゃあね。でも悪癖直しといた方がいいと思うよ?」
そう言い捨てて去っていった、最後だけ丁寧に言っているあたり少し彼を見下しているのだろう。有紀がまったく、とぼやく。
ちなみに彼の夜歩きは中学のころから始まった。彼は『昼間とはまったく違う世界のような感じが面白い』と以前言って聞かせたが、まったく理解されなかったようだ。
彼女が去ったのを確認して、彼も帰途につく。彼女とは反対の方向。
話していたせいで遅くなってしまった彼は走って家に帰っていった。
そして彼らがいたところに、声が響く。もう皆帰った筈なのに。
「ふふ、おもしろそう……彼と殺し会えば楽しめるわね……」
夜、太陽が沈み、人工の光で照らされる時間。
その人工の光さえ無い、月にのみ照らされた川のほとり。とても静かだ。
そこを歩いていた彼は不意に女の人に声を掛けられた。
「あなた、こんな深夜に夜歩きはあぶないわよ? 殺人鬼がでるって言うじゃない?」
夜とは言えその人の気配に気づかなかったのに驚きつつも、冷静に彼は答えた。大人と接している時間が長いのか、しっかりと敬語。
「大丈夫ですよ、それを言うならあなたも……と、すごい格好ですね」
彼がまた少し驚いたのを確認した彼女は、ふふ、と妖しく笑った。……ちなみに、彼は学校の制服のままである。
暗闇でよく見えないが、彼女の服は真っ黒で、まるで『魔女』と呼ぶに相応しい服装だった。帽子や箒は無いが、風になびくロングスカート、上は肩口で切れており、手から腕の付け根にかけてこれまた真っ黒な――適当な言葉が見当たらない、薄いものが巻き付いている。すこし出ている肩の白い肌がとても映える。
オカルトに疎い者でも魔術を連想させるような細かい装飾や、長く真っ白な髪、西欧系の美しい……大人の美人と言う言葉を体言化したような顔が妖しさを醸し出していた。
だが彼は、それらとも違う、人間としておかしすぎるところにやっと気がついた。
(あの目…………人間のものか!?)
そう、彼女の目は透き通るように真紅でいて、まるで獣かなにかのような目をしており、さらには妖しく光ってもいる。有紀は驚きを隠せずにいる。
「そう? これは私の普段着よ? …………まぁ、人間の普段着とは違うけど、ね」
反応を予期していたのか、彼女は面白そうに笑い、意味深な言葉を投げかけた。本気でこの状況を楽しんでいる。そう彼には思えた。
そして彼はその言葉の意味を完全に理解した。
きっと彼女は自分がどういう存在なのかわかっている。そして
彼女は、人間ではない。
そう思った瞬間、彼の中で歓喜の感情が湧き上がった、もう、丁寧な言葉遣いさえ煩わしい。驚きの顔は消えうせ、すこし笑っているように見える。
きっと、彼女もそれを理解した。
「へぇ……じゃあ、その証拠を見せてもらおうかな?」
そう言った瞬間、彼を取り囲むように、黒い『なにか』が湧き上がった。とても禍々しく、それでいて引き込まれそうな黒。
彼らのような存在でしか視認できない物であろうことを、彼女は悟る。
(なるほど……『殺意』の具現が彼の力……とでもいうのかしら。
殺意は生きるものを殺すためだけにあるのだから、それを具現化して刃物に纏わせれば切れ味は異常になるだろうし、そのまま体に纏わせても身体能力はすごいことになるわね。……まったく便利なこと)
一瞬で彼女が『なにか』の正体に気づくと、いつのまにか彼は制服のポケットからナイフを取り出していた。
刃渡り20センチほどのそれは、持ち手に握りやすい工夫がされていないが、おそらくその中にナイフがしまえるのだろう。一瞬にして空気が張り詰める。
それを見た彼女はまた妖しく笑った。
「いいわよ、でもその前に名前を聞こうかしら?」
その問いに彼は、久原有紀と答えた。
「良い名前ね、私の名前はエルバ、エルバ・フォーンネスト」
そして彼女は手を広げ、こう言った。月をバックに、踊るように。
「さぁ始めましょうか……狂気と歓喜に満ちた二人だけの舞踏会を……」
◇
変哲のない自分の部屋の中、私は一人ぼうっとしている。
私、橘京香はお腹が空いている。
肉体的な空腹じゃあない、実際さっきご飯は食べた。
しかし私はまだ飢えている、それはご飯では絶対に膨らまないものだ。
充実感、私はそれに飢えている。
普通の人間なら充実感を得る方法は沢山あるだろう。ゲームをする、買い物をする、スポーツをする、色々ある。
だが私が充実感を得る方法は一つしかない、一つしか持っていない。
否、持てないんだ。私にとってはそれを知ってしまった以上、他のもので満足なんてできない。
それができなければ、私は死んだも同じ。生きる楽しみが全く無くなる。
そして私は気付くと呟いていた。まるで壊れたCDのように、延々と。
「あぁ、喰いたい、喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい――」
言い続けていたら、親が帰ってきてしまった、親にはこのことは言えない。
だって私の充実感を得る方法は、人を喰うしかないのだから――
◇
言葉を発し終わって数秒。
静寂の闇の中先に動いたのは、彼。
黒い殺意を纏ったまま、地面を思い切り蹴り走り出す。
轟、と風が唸る。その速さは人間のそれの比ではない。彼の彼女の間にあった五メートルほどの距離を一瞬で詰めた。
体勢を低くし、彼女に襲い掛かる。このまま行けば、起き上がりざまに右脇腹から左肩まで切り裂ける!
気付いた。彼女はまだ、笑みを崩していない。
瞬間、彼女のまわりに――彼のとは違う――『なにか』が収束する。それも一箇所ではない、五つほどだ。白く空気が歪んでいる。
彼は、その『なにか』が自分に向けられているのが分かった。まるで、複数の銃口を突き付けられたのような感覚。冷や汗が頬をつたう。
危機を感じ、とっさに彼は右に跳ね飛んだ。だが、間に合わない。チッ、と舌打ちの音。
収束されていたそれは、形を持った光の束となり一直線に飛ぶ。その速さは、彼の走るスピードよりも速い! まるでレーザーだ。有紀は反射的に体を捻る、だが遅い。
放出された複数の光の束は、彼の左頬を掠めつつ地面にぶつかった。
「――!」
地面に光がぶつかった瞬間、凄まじい衝撃が起こる。彼が飛び退き体制を直しつつそっちを振り向くと、そこにはまるで小さいクレーターのような穴が出来ていた。
小さい、という表現は的確ではないかもしれない。なぜならその穴の深さは彼がすっぽり埋まってしまいそうなほど深い。人間が当たれば即死どころか跡形も無く消滅してしまうだろう。
それを見た有紀は立ち上がり、言葉を発する。
「……確かにこれは人間じゃないな。――面白い」
「喜んで頂けて光栄よ、殺人鬼さん」
――やっぱり分かってたか
しかし殺人鬼の彼でも『殺し合う』のは初めてである。相手の行動、クセ、心理を読む必要性がある殺し合いは、人間以上の動きをし人間を殺してきた彼とっては初めてだろう。
でも今の彼はそれすら楽しんでいる。
まるで子供がはしゃぐように、楽しくて仕方が無い。
目の前にいる彼女を彼は見据える。その顔は、無邪気と言えるほど嬉しそうだ。
彼女も笑みは変えていない。子供にも大人に見える、可愛らしく妖しい笑み。後ろにある月が霞むようだ。
人間として過ごしながら、人間以上の力で人間を殺してきた彼。
人間ではなく、人間には無い力を持ち、殺人鬼と殺し合う彼女。
きっと彼らは同類なのだ。
同類だからこそ、二人とも殺し合いを楽しめるのだ。
彼だって、自分が人間では無いのかもしれないことぐらい、頭の隅に考えとしてあったのだから――
顔のにやつきを抑えようとせず、彼は最初と同じ走る体制を取る。
彼女も、どうやら準備は出来ている様だ。有紀を待ち受けている。
そして、走り出そうと左足を踏み出す。
踏み出した場所の土が抉れる。
風の鳴る声は聞こえない。
最初と違う様子に彼女が不審がる。
そして、彼が消える。
いつのまにか彼は、彼女の後ろを取っていた。
彼女が気付く、しかし彼のナイフはもう首めがけて振られている!
「惜しいわね」
こんな時でも冷静にエルバはそう言い、振り向きざま手を彼めがけて振った。
いつの間にか彼女の爪は猛禽類のように尖っており、獣のような目も鋭さを増しているように見える。普通の人間なら目を見ただけで震え上がりそうだ。
スピードも先ほどの彼ほどではないが、かなり速い。既にナイフを振っている彼よりは速いだろう。
手が通ったところに衝撃波が飛ぶ。威力も申し分ないようだ。衝撃波は空中に虚しく空振り。しかし、爪はしっかりと有紀を捕らえている!
そして、手を振り切った。ナイフは届いていない。切り裂いたのだろう。
だが、手の先に彼はいなかった。そして
「まさかあの程度だとでも思った?」
逆に彼が、彼女に後ろから羽交い絞めにし、首にナイフを突き付けていた。
さっきまでのスピードだったら間に合わなかったはず、つまり彼は、あのスピードからもっと速くなったのだ。
「……これは凄い……」
彼女も感嘆の声を漏らす。顔には笑みでは無く、驚きが出ている。初めて見せたその顔は、彼女の予想を遥かに超えた証拠であろう。
「あぁ、もう終わりか、もっとしたくはあったけど。俺の勝ちだからな、終わりだ」
彼はナイフを強く握り締める。そして――――
上空から、彼らのものではない、まるでなにかを切り裂いたような衝撃波が落ちてきた。
彼はそれに気付き。彼女を突き飛ばし自分も後ろに跳び退る。エルバはとっさに体制を立て直し、立ち上がる。
遅れてきた衝撃波は、彼女の光の束と同じくらいの速さで、さっき彼が彼女を羽交い絞めした所に落ちた。地面に向けて一直線に。
落ちた衝撃波は地面を切り裂き、底が見えないくらい深い傷を地面に作り上げた。
彼が上空を見上げる。すると――
体中を包帯で包み、その上には体がすっぽり入る黒いローブを羽織り、彼よりも大きいであろう鎌を持った――彼と彼女の間ぐらいの年齢に見える――鋭い目をした女性がいた。
「……勝手に殺されては困る、エルバ・フォーンネスト。
お前は私が殺すのだからな……」
無表情で彼女は言い、エルバを鋭い目で睨んだ。エルバが獣なら女性は狩人か。その言葉にエルバはまた笑みを取り戻し、女性を見据え、まるで他人事の様に答える。
「そう? でも負けちゃったんだもの。殺されるのは当然でしょ?」
その言葉に女性は呆れたように言葉を発する。少し鋭い視線が緩む。どこか橘に近い感じを有紀は覚えた。ただし彼は今の所蚊帳の外である。彼も口出しをしないが、その顔はとてもつまらなそうだ。
「冗談。お前は本気を出していない」
鋭さを取り戻し、冷めた彼女の言葉に、彼は肩を竦めてエルバに言葉を投げかけた。やっと発言のチャンスを得たようだ。
「やっぱな、あんなに余裕かましてるのが本気なわけない」
エルバはふふ、と笑い。言葉を返す。
「それを言うならあなたもでしょ?」
「……分かってたか」
お互い様か、と彼は苦笑する。その顔は楽しそうだ。彼女は空中に浮かぶ女性をまた見る。女性は変わらずエルバを見続けている。変わらず無表情。
「……で? 今ここで殺し合う? 一人部外者がいるけど」
女性は首をゆっくりと横に振った。
「いや……その部外者に邪魔されたくない。今は引く」
そう言い、彼女は身を翻し空中を歩いていく。その背中にエルバは声を掛ける、女性は空中で止まる。いったいどうやって浮いているのか。
「じゃあまた殺し合いましょうか……『死なない死神』さん?」
その言葉に返事は無く、彼女は歩いていったかと思うと、闇に溶け消えてしまった。
数秒の沈黙の後、有紀が言葉を発する。少し不満そうだ。
「部外者扱いとは酷いな、……にしても……まだあんなのがいるとはな、いったいどのくらいいるんだ? お前みたいな奴」
『死なない死神』のことはあえて聞かず、違う質問を投げかけてみる。
「世界中にいっぱいいるわ、説明しましょうか?」
有紀は腰に手をあて、頼むような口調で返す。エルバは言葉を待っている。
「頼む、無知は罪だからな。
あと……お前を殺すのは残念だが保留にしよう。そうした方が面白い奴に会えそうだ。」
いいわ、と彼女は答える。そしてまた艶やかに笑う。
「じゃあ私の部屋に行きましょう? こんな処に長くいるのは無意味よ。
それに……あなたのことも聞きたいしね」
笑いながら彼女はそう答える。有紀は、と漏らす。
「自分の部屋なんてあるのか、いいぜ。俺の話も聞かせてやるよ。
あぁ……楽しみだ、お前らの世界はどんなものか興味ある」
彼も笑う。
静かな夜を歩き出した彼女に合わせて歩いていく、その顔は殺し合いの時に見せた。あの無邪気な笑み。
彼女も笑いを崩していない。そして、こう言った。歌うようだ。
「ふふ、ようこそ。何にも縛られていない、無束縛の世界へ――」
◇
――眠れない。
こんな夜は思い出に浸ってみるのもいいかもしれない。
さて、思い出してみようかな――
私が初めて人を喰ったのは、小学生の時。
同じクラスで席は隣で、私の初恋の人だったと思う。
私が話すといつも笑顔で接してくれて、クラスでも人気者だった。
そして、私はその人に告白された。
帰り際にいきなり「好きです」って言われた。私はもちろん告白を承諾した。
それから数ヶ月、私と彼は川のほとりでデートをしていた。
小学生でデート、と言うのも変かな。だって、歩きながら話していただけだし、別段きれいな服を着てるわけじゃなかった。
でも私は楽しかった。本当に好きな人とはそれだけでいいのかもしれない。
その時、頭のなかで『喰いたい』という衝動が湧き上がった。
眩暈がし、目に映る映像が歪み始める。
うずくまった私を「大丈夫?」と彼が近寄る。
歪んだままの目で私は彼を見る。
そうしたらもう、彼が食べ物としか見えなくなった。
私は彼を地面に押し倒し、『食事』を始めた。
その時の私は人間では出せないような力を持っていた。
肉を引き裂く音 絶叫 無造作に臓器を掴む 大量の出血 体が魚のように痙攣する そして喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う――。
皮も肉も骨も臓器も目玉も全部喰った。血だまりだけが残る。
喰いきったあとはなぜか眩暈も引き視界もクリアだった、とても気持ちいい、最高だ。
そのまま私は家に帰った。
そのころの両親は共働きで忙しかったので、血がべっとり付いた服を捨て着替えるほどの余裕は十分あった。
ただその後は自分がどうなるか不安だった。
きっと明日には喰ったことが分かってしまう、捕まったらどうなるんだろう。
みんなにはどう思われるんだろう。
親はどう思うだろう。
彼の家族はどうなるのだろう。
世間で自分はどんな風に扱われるんだろう。
自分はどうなるんだろう。
ただその中に、彼を喰った後悔はまったくなかった。
そういえば前に究極の愛は人肉嗜好(カニバリズム)だと聞いたことがある。たしかR・マシスンが言ったか。
とにかく、私はその究極の愛を体言したから後悔が無いのかもしれない。
いや、そんな綺麗ごとはよそう、そんな事じゃ無くて私が彼を喰った理由は
ただ人を喰うのが好きで堪らないのだ――。
翌日になって学校に行く、彼は行方不明扱いになっていた。
なぜ? 私は疑問に思った。だって彼は私が喰っている。血だまりを発見して血液鑑定でもすれば彼のだと分かるだろう。
それでも彼は行方不明扱いだった。学校が終わって彼を喰った場所に言ってみると、血だまりはおろかその後すら無かった。
だれかが消した? 何故? 誰が?
でもそれは私にとって都合のいいことだから、それ以上考えないで利用してみようと思った。
そして私は今まで何度も『食事』を繰り返してきた。
何度も無造作に喰えば目撃されてしまうから、月一回のペースで喰ってきた。
親がいないと分かってる日に外に出、人が全く通らない道に一人いる所を狙った。それを何年も繰り返した。
その全てが行方不明扱いになり、世間に騒がれることすら無かった。
最近は親が家に居る事が多くなり、なかなか喰いにいけないがそれでも『食事』は続いてる。
その内に殺人鬼がメディアに騒がれるようになった。
おかげでたとえ血だまりを見つけられても殺人鬼のせいになるという安堵感からか、最近はまた『食事』の回数が増えてきた。
――それでもまだ今月は一人も喰っていない――。
「あら、こんな夜にどうしたの?」
「いや、ちょっと水を飲みに来ただけ」
一階に下りると、両親はそろってテレビを見ていた。
「何見てるの?」
「ニュースだ」
父はこちらを向かず短く答える。娘ながら無愛想な父だと思う。
「殺人鬼がでるんだから、あまり外は出歩かないでね?」
母が振り返って心配そうに言う、確かにニュースでは殺人鬼の特集がされている。
「大丈夫だよ」
わたしは軽く笑って受け流し、台所に行って水を飲んだ。
「ならいいけど……」
また心配そうに母はそう言い、テレビに向き直る。
――前からそうだけど、最近は特に両親と話すのはつまらない。
まあ喰った時の充実感がこんなもので再現できるのなら私も大歓迎だけど――。
「じゃあまた寝るね、おやすみ」
背中でおやすみ、という声を聞き私は部屋にもどり、ベットに潜り込んだ。
ああ危なかった、まだそれをしてはいけない。してしまったら私は生活ができなくなる。それはおろか、私の事が疑われてしまう。
――あれ以上両親を見てたら、確実に両親を喰っていた。
だって私は喰人鬼だから――。
◇
しばらく歩いて辿り着いたのは、どこにでもあるようなマンションの一室。
「さて、着いたわよっ……と」
エルバは履いていた靴を無造作に脱ぎ捨てた。彼も靴を脱ぐ。
中に入ってみると、そこはテーブル、ソファ、テレビ、カーテンしかない、一人暮らしの女性としては殺風景すぎる部屋があった。
……もっとも、彼女は人間ではないのだからいいのかもしれないが……。
「ま、どこにでも座って」
彼女はそう言うと、二人がせいぜい座れるようなソファに腰掛けた。
ちなみに、彼女は彼を横に座らせる気が無いことぐらい彼は知っている。
彼は心の中で、こっちこそ願い下げだと呟いてみる。
しょうがなく彼は彼女の向かい側に座る。溜息が漏れる。
「……で、なんであんたがこんな部屋を持ってる」
言われてみればそうだ、今着てる魔女みたいな服が普段着だと言い放った奴が人間の世界に紛れて働いて金を稼げるわけない。
「あぁ、親が人間のほうじゃ結構金持ちでね、それの遺産を使わせてもらってるの」
あとでかい屋敷も売ったから今いくらだろう、と付け足す。
つまり、すべて親の金だと言うことだ。それでも部屋を借りる契約の時ぐらい顔を見せる、そのときに今の服だったら大層驚かれただろう。
「ん? ちょっと待て、遺産?」
「ええ、親は私を産んだ後死んでるもの。最後に馬鹿らしい力使ってね」
さらっと言い放ったあとに見せた笑みから、親に対する愛情の無さがひしひしと伝わってくる。
(まあ人間じゃないし、こいつらはこんな物なんだろう。
……どうせ自分もそうだ)
心中で溜息を漏らし、久原は質問を続ける。
「それで、その馬鹿らしい力って?」
エルバはああ、それねと言い。
「自分たちの得た知識を子に全部受け渡す力、母がその能力を持ってたみたいなのよ。
まったく、知識と経験は普通両立させなきゃいけないものなのにね」
と、自分の親を軽く罵った。
正直彼女の意見は聞いていないため、そこらは無視をする。
「そんなものまであるのか、まったく分からないな。
それにまだ聞いてないこともある。お前らは一体なんだ、さっきの死神とやらもいい、なにか呼び名くらいあるだろう」
そう、まだそれを聞いていない。それは大切な事だ。
さっきの女性は死神だと言った。ならば彼女は何なのだ。
そして彼女らを全部ひっくるめて言う、人間と言う言葉と同じ意味を持つ言葉はなんなのだ。
そしてエルバは笑みを崩さずに
「私達は人間と区別するために『無束縛者』と呼ぶわ」
最初に自分達を指す総称を。
「そして私は……」
しばらく間を置き、そして言う。
「私は魔女と吸血鬼のハーフ、混血よ」
…………何?
有紀は驚いて何も言えない。
それはそうだろう。そんなこと言われて信じる人間がいるものだろうか。
……ちなみに、ここでは彼を人間だと仮定して言っている。
「……別に驚くことじゃないわよ? さっきの子も死神って私は言ったでしょう?」
「い……いや、そうだが……」
彼は困惑する。
正直『死神』と呼ぶのはあだ名のようなものだと有紀は思っていた。
しかしエルバは魔女と吸血鬼のハーフと言った。
ならばあの女性は本当に死神なのか? いやそもそもそんなのが存在するのか?
いや、よく考えれば自分も人間でない可能性もある(もうほぼ確信に近いが)のか……と彼は冷静になった。
冷静になった目で彼は笑いを崩さないエルバを見た。
確かに服装は魔女そのものだ、それにあの鋭い目は吸血鬼と言われたら分かるだろう。
ただそれを認めるか否かはそれぞれ……信じなければそれで終わりなのだ。
そして、有紀はその言葉を信じた。
「……なるほどな、じゃあその……死神とか魔女とか、分類はいくつぐらいある?」
「そうね…………無限よ」
有紀はうなだれる。正直話が噛み合わない。
「冗談じゃないわよ? 中にはそういう合う種族名がなくてそれぞれ個別の種族名があるのだってざらじゃないわ」
(…………最初からそう言え)
彼の心の声を読み取ったかのように、エルバは形作っていた笑みをさらに深く顔に表した。
――――――生粋のサドなのだろう。
有紀はあきらめの顔で質問する。
「わかったそれはいい、それで次だが……魔女と吸血鬼のハーフなんざできるのか?」
さっきまでのことが本当でも、混血が生まれると言う証明にはならない。
なぜなら種族で生殖機能が違う可能性だってあるし、そうでなくとも種族が違う中で子供を産もうとするものなのだろうか。
「だから言ったでしょ、『無束縛者』って」
たしかに言った。しかし、意味まで聞いていない。求めているのはその意味だ。
「少し想像すれば分かると思うわよ? 多分あなたもそうなんだし。」
――悪かったな。
頭の中で悪口を有紀は呟く。エルバはふふ、と笑う。
「ま、別に教えてあげるけどね。
人間等には色々な鎖があるわ。人間としての概念、物理法則、さらには生まれたものは必ず死ぬという法則。いろいろあるわ。
けれど私達は無束縛者、もう分かるわよね」
そう、もう既に彼はわかった。それでも次の言葉を聞く。
「そう。私達は、概念もすべての法則にも、死にすら縛られない存在よ」
それなら説明がつく、彼女らが人間でない理由も、さっきの殺し合いで見せた力も。
簡単、なんでもありなのだ。
突然、有紀がくく、と笑う。
「面白い、面白いなやっぱり。なんでもありだとはな。
だがそれだったら矛盾ができるぞ? それはどうなるんだ」
なんでもあり、それで説明できるものもあれば、できないものもある。
本当に極端な話、何でも貫通する攻撃と、何にも通さない防御がぶつかればどうなるのか。
エルバは何度も見せた妖艶な笑みを浮かべ
「簡単な話ね、縛るものがなければそれを制御できる力で決まるわ。
もともと無限の可能性を持つの、制御して使いこなせなかったら暴走して死ぬだけね。そういう意味では絶対の能力はないとも言えるし、皆にあるとも言えるわ。
それにさっき死に縛られないとも言ったけど、それじゃ語弊があるかもしれないわね。
確かにどれだけ何をされても死ぬことはないけど、それも力を使うから、もし自分の制御できてる力以上に殺されたら死ぬわ。あとは自分が生き返るのを望まない時、私の母のように死を代償とする力を使った時。
あ、あと力は人それぞれね、まあ制御の仕方が人それぞれだと言えば分かるかしら? 簡単に説明すると魔女は制御の仕方が複数あるの、そして吸血鬼は血を吸えるという力と、身体能力を上げる力があるのよ。
ま、私はそのハーフだから二つの力が半々であるって感じかしら」
と、足を組みなおしながら長々とした説明をした。
その手には、いつの間にかナイフが握られていた。
「は、なるほどね。俺の力は殺意で制御しているからこうなったのかね。
あとこれは答えがなければそれでいいが、お前らはどういう経緯で無束縛者になったんだ? お前は生粋だが、調べればなんで無束縛者ができたかぐらいわかるんじゃないか?」
確かにそれは疑問だ。なぜ無束縛者が出来たのか。興味ある。
エルバは少し考えて、こう言った。
「無束縛者でも、中には二つの種類に分ける者がいるわ。私は意味は無いと思うけどね。
一つは、元から無束縛者だったもの、もう一つは
人間から何らかの形で無束縛者になったもの。
さっき言った合う種族名が無い者はだいたいこっちを指すわ、最近の子は色々な制御の仕方があるみたいね。あと……」
エルバは足をもう一度組みなおし。答えた。
「私達は人間には干渉しないわ。
神様が何故人間を造ったか分かる? それを見て楽しむためよ。
そのためには人間が不完全ではないといけない。完成されたものを見てもつまらないもの。実質人間は不完全のまま生き続けてきた。
その時に私達が突然出来た。いわゆる人間の『完成体』ね。人間がそうなる理由、なれる基準はわからないわ。
だから私達は人間に干渉しない。そうでしょう? 完成してない世界に完成された存在がいたら可笑しいわよね。
それから無束縛者は人間では鎖に縛られて出来ないことをして、楽しむようになったと思うわ。
そう、殺し合い等ね。これは貴方も分かるでしょう?」
ああ、と有紀は答える。実際、さっきの殺し合いは楽しんでいた彼はその言葉をよく理解する。
殺し合い「等」とは、おそらく種族間の違いで生まれるものだろう。
「そして、私達は今の様になった、と私達の間では言われてるわ。たぶん間違いではないと思うわよ?」
エルバは彼に同意を求めてきた、有紀は頷く。
「間違いじゃないな……つまり人間から変化したのが無束縛者。そしてそれが人間と徹底的に違おうとして、今のようになった、か。
は、人間を嫌悪していたってことか、元々そうだったのに。ま、それは俺も同じだがな」
二人は笑う、こうして笑い合うのはもう何度目か。本当なら微笑ましい風景のはずなのに、彼らだと狂気が漂う。
「じゃあ最後の質問だ、さっきの『死なない死神』の事だが……」
「ああ、あの子ね。あの子の力がそうなのよ。
たとえ制御できてる力以上の力で殺されても、生き返ることの出来る力ね。でも一回そうされると、力が無くなって殺しあえないから逃げる。って感じね。
一回殺してからずっと狙われてるのよ。面白いし、負ける気ないから放っておいてるけどね」
そういって、エルバは説明を終了した。
そして質問する側に彼女が回る。攻守交替だ。
「さ、次はあなたの番よ。貴方が初めて人を殺したのは何時? 誰?」
有紀は少し考えて、答えた。
「初めて殺した人間は……おぼろげであまり覚えてないが。
三歳の時、両親を殺したな」
エルバがへぇ、と相槌を打つ。面白いと思った証拠だろう。
有紀は話を続ける。
「まあその時は世間は俺が殺したなんて思ってなかったからな、孤児院にその後行ったんだ。
おっと、説明を忘れた。このナイフも俺の殺意で作ったものだぜ」
そういうと、ナイフを持って顔の前に持ってくる。
「殺意で作ったナイフだから、切れ味はまったく違うぜ。
これに殺意を纏わせれば……分かるよな?
おっと話が脱線した。孤児院に行ったあとだな。なぜか俺はすぐに引き取りたいっていう物好きに会ってな。そいつはもう一人、死んだ親友の娘もいたんだが……とりあえず引き取られてな、今もそいつとこの町に住んでるってわけさ。
ちなみに夜に人を殺し始めたのは人間で十三の時だ。
暇つぶしにはじめて、今に至る」
彼は覚えていることを全て話した。
エルバはふうん、と声を漏らした。
「さて……そろそろ帰るぞ。まだ俺には今言った家族ってものが一応いるんでな、夜もそろそろ明けてしまうからな」
彼は立ち、玄関に向かっていった。その背中にエルバはねえ、と声を掛ける。
「今思いついたんだけど、貴方はとても面白いし、せっかく一緒に一夜を明かした中になったんだから。貴方と組もうと思ったんだけど。
あ、あと貴方が無束縛者なのは確定ね、分かるでしょ?
だって頬の傷がいつの間にかないんだもの」
そう、先の殺し合いの時にエルバがつけた筈の頬の傷。
いつの間にか、消えて跡すら存在しなかった。
人間なら、絶対に有りえない事だ。逆に言えば、無束縛者ならできることなのだ。
「……組む? 物好きかおまえ、まあ俺も面白かったしこれからの対応によるが……考えないことはないが、今は絶望的だと思っておけ。
ああ、頬の傷ぐらいは自分でわかるぞ、バカが」
最後にそう言い放って、彼はドアから外に出て行った。
一人になったエルバは、ぽつりと呟く。
「そりゃあ物好きにもなるわ、貴方は『人を殺す鬼』。殺人鬼という種族だもの。
そしてその祖先は――
ロンドンの『切り裂きジャック』、ただ一人よ。まさかその血が継承されているなんてね。
多分、あの子の力はまだあるでしょうね、彼も気付いてない。
嗚呼、死神さんと殺しあってから久しぶりに楽しめそうだわ。存分にたのしませてもらうわ。
それに、こんなに長話したのは始めてよ。いままで皆殺してきちゃったから――」
あはは、と声を出して笑う。その顔はとても楽しそうだ。
帰り道、彼も笑っていた。
「あ……ははっ。嬉しいねぇ……」
そう、嬉しいのだ。何故? そんなのは決まっている。
自分が人間じゃないことに、そして縛られない存在だと言う事に。
「もう、世界の神様ですら、俺を縛れないんだ――」
無邪気な笑い声は、暗い夜に響き渡る。
◇
エルバの家から数十分、そろそろ家に着く頃か。
町の中心から少し離れた高級住宅地の――もしかしたら一番豪華かもしれない――家に向かっている。
家の外観は他の家となんら変わらないが、敷地が圧倒的に広い。そこらの学校なみの敷地面積だ、無駄に。
「まったく、外国の華族の末裔だか知らないけど。使用人もいないし、ただでかいだけの家によく住めるよな」
愚痴りつつ、無駄に大きい正門を開ける。きい、と乾いた声が明けかけた夜にこだまする。
正直、深夜より明け方の方が人は少ない。昔は夜襲の時も明け方にしたそうだが、ここまで静かだとは。
――とりあえず、夜の内には帰ってたからな。家族がいたから。
それも、もうそろそろ終わるかな。だってあんな素晴らしい世界を見つけたんだ、『家族』に縛られるのも考えものだ。
玄関の、正門より少し小さい扉を開ける。中もそこまで豪華絢爛、というわけではない。ただ、玄関入って靴を脱ぎ、また扉開けてすぐに阿呆なほどに広い部屋(と言うよりも玄関ホールみたいだ)が広がっている。
「――ただいま」
静かにそう言い、扉を閉めた。
すると、奥の扉から、勢い良く駆けてくる女性が見えた。
――まずい、これは
「おっかえりぃー!」
俺の予想どうり、飛びついて抱きついてきやがった。俺は思いっきり押し倒され床に頭をぶつけた。ぐぉっ、と声を漏らす。もちろん痛い。
「あれ? 大丈夫?」
(――お前が言うか)
いきなり抱きついてきたこいつは宮原鈴。エルバとの話の時に出てきた、もう一人の養子。
年は俺と同じでつぶらな瞳、肩で揺れる髪、そして流行を先取りしたようなファッションをしたこいつは、可愛いと文句無しに言えるであろう容姿にある意味ぴったりかもしれない、極度の猫属性(ベタベタとくっついている野郎のことだ)持ちである。
……正直、とてもではないが付き合いきれない。
「……痛えよ、馬鹿」
俺は半分怒りつつ鈴を無理矢理引き剥がし、起き上がる。馬鹿とはなによう、と言って来たが無論スルー。かなりの膨れっ面だ。こっちが不満だっつの。
「あのな、帰っていちいち抱きついてくんな。毎回頭をぶつけさして馬鹿にする気か」
「別にいいじゃん。あたしは楽しいし」
……追記、ウルトラマイペース。
俺は呆れて溜息をつく、もう何を言っても駄目か、こいつ。思えば俺がこの家に来た時から鈴はこんな感じだった、しかも最初の内は「弟が出来たー」とか言ってたか。同い年だからな、馬鹿が。
鈴が俺を見つめてきたから睨み返し、もう部屋にでも戻ろうかと足を動かした時
「おや、またやってましたか」
奥の一番大きいであろう扉から、三十代後半とおぼしき男性が出てきた。
家の中だというのに燕尾服をきっちりと着こなしていて、清楚な顔つきをしている。
目は――生まれつきの盲目だと聞いた――閉じている。
それなのにまるで見えてるかのごとく、脇にあった階段を淡々と降りて行く。俺は疲れた声でそいつに話しかけた。というか疲れた。
「……ノイド、躾ぐらいはちゃんとしとけって毎回言ってるんだが」
「彼女は犬ではありませんよ」
じゃあ猫だ、と溜息をまた漏らしながら意味の無い反論をしてみる。ノイドは階段を丁度降り切ってふふ、と笑う。いや、冗談抜きでも猫なんだが。あたしはペット!?、と叫ぶ鈴の反論はやっぱり無視。
このノイド・ホーベルトは、俺ら二人(正確には二人という表現は違うが)を養子に引き取った張本人。つまり、物好きだ。
いつも燕尾服を着ていて、終始落ち着いた顔はどことなく余裕を感じさせている。余裕すぎて、どこか頼りない所もあり、それも俺の疲労の種だ。
「にしても、今日は結構遅かったですね。何かありましたか?」
ノイドの問いに、俺は鼻をふん、と鳴らして答える。鈴はもう反論することを止め、立ち上がってこっちを見ていた。さっきの騒がしさはどうした。
「……別に、それに夜歩きは認められたことだろ」
そうですね、とノイドが素っ気無く答える。
人間を話相手に殺し合いをしていました、と説明してもどうせ信用などしてもらえないし、意味も無い。それならただ遅れたで済ませた方がまだましだ、弁解はこいつらには必要ないだろう。……なんか何言っても信じそうだが。
馬鹿らしい、さっさと部屋に戻るか。
「しかし、『別に』ではありませんね、嘘はいけませんよ。まぁ……今私も嘘をついてしまったのでしょうかね。それはいいです。
本当はしてましたよね? 殺し合い」
反射的に動きが止まった。俺は驚きノイドの方を見る。変わらず、余裕のある表情のままだ。俺はまださっきの言葉の真意が掴めていない。どうした脳、エルバの言葉の意味は直ぐに分かったのに。
さらに、追い討ちが来た。
「え? 殺し合いしてたんだ。いいなぁ〜」
俺は完璧に動けなくなった。情けない、それでもまだ分からない。鈴は羨ましそうに俺を見る、小動物の目だ。
「…………え、と?」
我ながら呆れた声を出す。いや、今はそんな事どうでもいい。やっと思考が働いてきたようで、頭の中で一つの答えが浮かんだが、まだ信じられない。
もしかして、もしかしてだがこいつら――。
「覗き、と言っては少々聞こえは悪いですが、一部始終見させて頂きました。
嗚呼、分かったと思いますが私達も、無束縛者ですよ」
――――んな馬鹿な。
多分、今の俺の顔はとても情けないものになっているだろう――――。
◇
夜の明けかけた世界を、上空から見下ろす一つの黒い影。
その影は、あの鎌を持った死神の女性。そして見下ろす視線の先は、殺人鬼の住む家。
(――魔道吸血鬼のエルバ・フォーンネストが唯一殺さなかった存在、つまり認めた存在。……一体どんな力を持っているのか。
――――興味、ある)
そして、風が吹き、黒いローブに身を包み、消えた。
跡に残るのは、無情に吹き続ける風のみになった。
物語は、もう動き出している。
さあ、今こそ役者は揃った。後は、これから起こる事に目を離さずに、しっかりと見続けて欲しい――――。
◇
「さて、話を始めましょうか」
有紀達三者は、いたって普通だと思われる談話室にこれまた普通の椅子三つが丸いテーブルを中心に等間隔に置かれている。それぞれが席に座る。
各々は各自でテーブルにコップを置く、中は紅茶、鈴だけオレンジジュースだ。
有紀がかなり驚いたことでノイドが一度話しをしてみましょう、とのことで今に至る訳だが、肝心の有紀がまだ驚きから立ち直れておらず。顔に手を当てている。殺し合いの時のかっこよさはどこにも感じられない。どうやら彼は予想外の事に対応できない正確のようだ。
「そんなに驚くことじゃ無いでしょう。無束縛者なんて沢山いるのですから」
「そーだよ? あまり考えすぎるとそれこそ馬鹿になるよ?」
「うるさい黙れ」
彼らの言葉をうなだれながらも一蹴する。これは今まで何度もあったパターンだろう。
何度もあったパターンだからこそ……いや、こんな事をずっと繰り返すような奴らが無束縛者なのが驚きなのだろう
……エルバのイメージがある分、特に。
いきなり有紀は頭を振った。どうやら考える事を止めたのだろう、顔を上げる。なんと割り切れた性格か、もしくは馬鹿か。……おそらく違うが。
きっと彼はエルバの言葉を信じたように、彼らの言葉を信じることにしたのだろう。信じればそれが真実、なぜならなんでもありだから。
「うし、もう考えるのは止めた、良く考えればそれこそ無意味だ」
「そーだよー」
「黙ってろ馬鹿猫」
うー、と鈴は唸って有紀を睨む。彼は無視して話を続ける。
「で、あんたらの種族名は何だ? それぐらいは知っとかないとな、興味あるし」
ノイドはふむ、と漏らした。表情は変えない。
そして口を開き、言葉を発した。有紀は紅茶をすする。
「確かに、それは知るべき情報ですね。
あ、その前に貴方が知るべき事がもう一つ。実は我々は目の前にいるのが無束縛者なのか人間なのか知る事ができます。が、貴方は今まで無束縛者だと分かって居る者にあったことが無かった為にそれを知ることが出来なかった様ですね。
偶然今日殺しあった相手が『目』という分かり易い違いがあったことで存在を知れたのでしょう」
ノイドも紅茶をすする。有紀はすでにカップをテーブルに戻し、今の話をまとめてみる。鈴はカップを弄って遊んでいる。緊張感ゼロ。
(……つまり、これからは区別できるって事か、丁度良い。
一人、似た感じの奴が、俺らと同じ感じがする奴がいたな――)
「それと」
紅茶のカップをテーブルに戻しつつ放たれた声に、有紀は思考を切り替え話を聞く。ノイドは余裕のある表情を変えずに言った。
「少しの距離内にいる場合はおおまかな場所も特定可能です、貴方と殺し合った方もそれで見つけることが出来たのでしょう。あくまで『おおまか』な場所ですが」
少し無責任にも聞こえる内容を有紀は完璧に把握し、自分の中に知識として貯蔵した。元々頭は良い為、すぐに理解は出来た。すると、疑問が浮かんだ。
「おい、無束縛者は殺し合いを愉しむんだろ? だったらなんでお前らみたいに近くにいる事を知りながら見逃す奴がいるんだよ」
エルバは有紀に興味を示したが、他の者がエルバに興味を持たない訳がない。そうすれば、すぐに合って殺し合いを始める筈。エルバの説明だとそう考えられる。ノイドはふう。と溜息をつき
「あのですね。全てが全て狂戦士じゃないんです。殺し合い以外の方法で愉しむ者もいますし、彼らも人間と同じで考えられます。私には分からないですが、それなりに皆考えているんじゃないですか?
それにそれなら貴方だってそうでしょう? 格好の獲物が目の前に二匹、悠々といるのですよ。私は貴方達とは殺り合う気がありませんが、貴方はどうですか?」
(――そうでした)
有紀は毒づく。彼は目の前の者が同類である事をすっかり失念していた。ノイドは二人を拾ったことから殺す気は無いと思える(鈴はそういう事を考えているかすら微妙である)が、殺人鬼の有紀には殺す気が無いとは言えないのだ。完璧に足元を掬われ、有紀は先ほどの様に顔に手を当てた。すかさず鈴の野次が飛ぶ。椅子がぎい、と鳴る
「あー、言い負けてる。弱ーい、あははっ」
「黙れ糞猫、肉片にされたいか。
……で、本題に戻るが、種族名は」
一瞬鈴を睨みつけ、すぐノイドに向き直る。何故か少し言葉が足りない気がするが、さして問題にはならないだろう。弁論の大会をしている訳では無い。鈴はまた膨れっ面になったがすぐ元に戻り、カップを弄り始めた。まったく何のためにいるのか。ノイドは質問を受け、しっかりとした口調で答えた。
「種族名はですね……そうですね……吸血鬼ですね」
「嘘だろ」
「本当です」
「嘘だ」
「嘘です」
ノイドが押し負け、嘘を認めた。瞬間、鈴がまるで海外アニメの様に目を白黒させているのが分かった。有紀は呆れた視線で鈴を見る。ノイドは微笑する。弄っていたカップが止まる、中身はもう無い、いつ飲んだ。
……おいおいまさか
鈴の表情が変わらないのを確認し、やはり呆れた声で話しかける。ノイドは何も言わない。
「お前……ずっと信じてたのか。少しは学習しろ、糞馬鹿猫」
「全部合わせないでよー」情けない声である「それに、学習しろってどういう事?」
は、と言いながらノイドを指差し、言った。
「こいつはいっつも最初は嘘をつくだろうが。拾われた時も偽名で来たぞ、お前もそうじゃねえのか」
……あ、とやはり情けない。やっと思い出したようだ。
ノイドは名前や職業、果ては性別まで嘘をついていた事があった。性別は整った繊細な顔立ちから男装の麗人、とみれてもあながち間違いではないが。子供だった彼らをからかったのか、声はそのままだったので有紀はすぐに分かった。というか鈴が騙されたのがおかしすぎる。有紀は半分ほど嘘を見抜けたが鈴は完璧なまでに騙された。つまり馬鹿、もしくは事実に無関心。結局は全部教えてくれたが、その時の鈴の表情には素晴らしいものがあった。
今度は鈴がうなだれる。ただそれも数秒、すぐに顔を上げカップを弄り始めた。いい加減飽きないものなのか、有紀は溜息をつきながらノイドの方を向く、ノイドはさっきの会話での微笑をしていたがすぐにまた余裕のある表情になった。
「ということで、嘘はいいから真実を言え」
「まったくあなたも敏感になりましたね、それではつまらないです。秘密ということにしましょう」
「……そうかい」
有紀は呆れ口調で放った言葉を続ける。
「面白い面白くないで行動を決定するのは無束縛者の性なのかね……疲れる。
何にも言わないって言うならとりあえず仮の種族名を付けとくか、そうしないとなんだか納得いかない。
……この、『詐欺師』が」
面白いですね、とノイドは笑った。有紀は笑わなかった。
有紀は紅茶を少し飲み、テーブルに戻す。と、いきなり鈴が身を乗り出し半立ちになって喋りだした。手をつけたテーブルが少し動く。
「ねー、次はあたしに聞く番?」
成る程、自分が関係するなら首を突っ込む性格であったか。まったく話を聞かないのも考え物だが、これはこれで考え物である。
そして有紀達は、完璧に無視。
「じゃあ馬鹿猫の種族名は何だ?」少しわざとらしい。
「そうですね……」こちらは素。
「ちょっとこらー!」遂に切れた。
テーブルが壊れるのではないかというぐらいの勢いで鈴は手をテーブルにばんばんと何回も叩き付けた。ノイドはまたもや微笑、有紀も顔がにやける。やっぱり演技。というかそれで切れる方がもしかしたら変なのかもしれない。
「止めろ、テーブルぶっ壊す気か糞馬鹿猫。ちょっとした遊びだろーが」
にやけを止め様ともせずに言う。どうやらさっきの仕返しの様だ。鈴は顔を真っ赤にして叫んだ。これはこれで可愛いかもしれない。
「だから合わせないでー! というか酷いよどっちもあたし無視するなんてさー!」
(……来た。マイペース故の自分が無視されると切れる性格。昔はよく切れたもんだ。
ま、さっきの報いだ、受けとけ)
耐え切れず、くくと笑いが漏れた。いつ見ても面白い様だ、ノイドもさっきより笑っている。鈴は有紀に振り向き叫ぶ。
「なんで笑ってんのー!」
「そりゃ面白いからだろ、ていうか慣れろよ。何回もやってきたことだろ」
「そんな慣れいらないけど……、むうー」
顔の赤さが元に戻り、代わりに膨れっ面になって椅子に戻った。有紀はやっと顔から笑いが薄れてきた。久しぶりにやったので結構うけたようだ。
「あー良かった。で、結局種族名は何だ、ノイド」
鈴には聞いていないとばかりの口調。しかし彼女は今膨れっ面なので相手にしていない。その姿も面白い。
ノイドは急な話題変更にも驚かず答えた。笑顔がまた余裕の表情へと変わる、が、なんか変わらない気がする。
「ああそうでしたね。すっかり忘れてました。
そうですね、放火魔とでも言いますか」
さらっと言い放った。普通なら耳を疑う言葉を普通に言った。無論、これが彼らの『普通』である。鈴がいつの間にか笑顔に変わっていた顔で言った。さっきの顔はどこいく風である。まあこんな性格だ、と言ってしまえば終わりだが。
「へへー」
「なんで自慢げなんだよ」
「だって放火みゃだよ?」
「かんでんじゃねえ、しかも凄いとも思わねえ」
ぶー、と飛んでくるブーイングは払い退け、有紀は鈴に質問をする。ノイドは何も言わない。もちろん口を挟む必要は無いが。
「じゃあお前の制御方法はなんなんだよ」
「んーとねー」
もったいぶらすように言い、少し間を空け、言った。有紀はそれを一言一句聞き逃さないように耳を傾ける。座りなおした椅子がぎい、と鳴る。案外脆いのか。
「あのねー、『美意識』だよ。だって何も残さず燃え尽きる姿ってとっても綺麗だよね。瞬間美っていうかー、うん、とりあえず綺麗」
なんか最後適当だが、有紀は話を聞いて成る程ね、と呟いた。
主に制御は強い感情だと思っていた有紀だが、鈴が言った言葉はどちらかと言えば一種の憧れに近い。そして憧れという物は人それぞれな物だ。ただし有紀が納得したのはそちらではない。エルバの言葉だ。
『最近の子は色々な制御の仕方があるみたい』
確かに昔よりも今の方が憧れになる対象は多い。昔はゾロアスター教しか無かったのが、ほかの宗派が出来てきたといえばいいか。。スポーツ選手、歌手、漫画家……etc。沢山の憧れがある。
そして過ぎたる憧れは『憧れ』という感情を通り越し『嫉妬』『妄執』に変わる。おそらくそれが力になるのだろう。
思いは力になる、というがまさにそのとうり。そしてその思いが深いほど、力を理解し使いこなせるようになる。つまりはそういうことだ。
有紀はふと窓から外を見る。もうほぼ夜は明け、遠くにうざったいほど眩しい太陽がある。その光はまるで、世界の主導権が無束縛者から人間に代わっていく証拠のようだ。無束縛者は無作為に動き回るのを止め、嫌悪する人間に気付かれない様人間に紛れる。人間は我が物顔で世界を虫のごとく跋扈する。世界の交代。有紀は椅子から立ち上がる。
「ああ、こんな時間か。学校に行かないとならない」
そう言い、ドアの方に歩いていく、すると
「おや、今更学校に行く必要なんてあるんですか」
ノイドが声を後ろからかけてきた。確かに、無束縛者と分かった今学校に行く必要もない。彼もそこまでして学校に行く必要も無い。有紀は振り向かずに答えた。
「確かめたい事があんだよ」
「でも今日は止めにしない?」
いきなり鈴が首を突っ込んできた。有紀は振り向き疑問を口にする。
「は? なんでだよ」
「だって抱きつき足りないもーん!」
鈴は椅子から立ち上がるや否や、有紀に低空タックルのごとく飛びついてきた。ノイドはおやおやと、呑気な声。いやこれは止めるべきでは無いのか。
有紀は鈴の手に捕まらないように頭をつかみ、そのまま床に叩き付けた。がつんと響く音、そして間を空けて。
「痛ったぁーーーーーーーーーー!」
絶叫、たまらず鈴は床に土下座するようにうずくまり、頭を抑え左右にころころと転がり始めた。まったく、と立ち上がった有紀は痛がる鈴に言葉を投げかける。ノイドは終始感嘆するように見ている。やっぱり止めない。
「ったく、お前に抱かれるのは御免だっつの、つか抱きつき足りないってどういう事だよ」
「ああ、それなら多分貴方が寝ている時に抱きついていましたよ。毎日ね、今日は寝て無いでしょう」
鈴に変わってノイドが答える。有紀は何やってんだこの糞馬鹿猫と罵る。そして溜息をつきながらドアをぎいと開ける、そして思い出したように声を上げる。
「そういやノイド、もしかして俺が殺人鬼なの知っていたのか?」その質問に、ノイドはええ、と答える。
「……つまり、それを知ってながら夜歩きを許した訳か」
「ええ、止める理由在りませんし」
有紀はまた疲れたように溜息をつき、開けたドアに寄り掛かった、またぎいと鳴る。そして今度はノイドが声を掛ける。有紀は顔を上げてノイドを見る。
「そういえば、何で貴方はずっと制服のままなのですか」
確かに、なぜか彼は高校の制服(学ランと言うのか)のままだ。有紀はは、と漏らし答える。
「別にそんな深い理由じゃない。面倒くさいだけだ」
成程、とノイドは微笑しながら言う。人間ならずぼらな人間として怒られる所だが、彼らの間ではどうでもいいらしい。
有紀はじゃ、と言い残して廊下に出た。ドアがぱたんと閉められた。ノイドは有紀が居なくなったのを確認して呟いた。座りなおした椅子が音を鳴らす。
「案外、詐欺師も間違いではありませんね、まったく鋭くなりました」
……ちなみに、鈴はまだ床に蹲っていた。
廊下を歩いてる途中、有紀はさっきの会話で疑問を持った。
「ん? そういや何かおかしいのがあったような……」
立ち止まり考えてみるが、分からなかったようで、いいやと言いながらまた歩き出した。
実質、会話と過去に矛盾はあった。
ただ、気付かなかった。
◇
「おー有紀ぃ、こっちこっち」
「ん? おお、いた」
「何その予想外みたいな反応」
学校の昼休み、有紀が弁当を食べようと屋上に上ると、フェンス近くに先にいた橘に呼び止められた。
この学校では屋上で食べる人は多く、彼ら以外にも幾つかのグループがそれぞれの位置で談話と食事を楽しんでいた。有紀は一人で食べようとしたのだが、一人だった橘に呼ばれたので彼女の横に座った。別にそれが嫌な訳ではない。
有紀はビニール袋の中からカレーパンを取り出した。橘もメロンパンの袋を開ける。心地よい風が吹き抜けていく。
「そういや、昨日また殺人鬼出たんだってさ、最近は一週間に一回じゃない」
橘が藪から棒に話題を切り出してきた。有紀はカレーパンの袋を開けながら答える。
「へぇ」
「関心薄っ、夜歩きしてる身が言うことか」
「いやそっちの心配するより先に夜歩きを止めさせろよ、順番が違う」
「完全完璧他人事ですか」
言い、メロンパンを大口開けて頬張る。ハムスターのように膨らんだ頬をみると少し笑いがこみ上げて来る。有紀は耐え切れずにくくく、と漏らすように笑う。それに気付いた橘は顔を赤らめて抗議する。
いや、早く食えばいいのでは。
「も、もふぁ! なふで笑ってふの!」
おそらく「こ、こら! なんで笑ってるの!」であろう。有紀は笑いながら言う。さっきより確かに面白い顔になっている。
「食ってから物は言えよ。そしたら笑いも収まるさ」
橘は一瞬不満そうな顔をしたが、すぐにメロンパンを飲み込んだ。
有紀はやっと笑いの顔を止め、カレーパンをやっと口に入れる。こちらは適量である。橘は空を仰ぎ見る。
(まったく……有紀相手に何やってるのかな。
そういえば、有紀とが一番長い付き合いかな、今まで他に人と深く干渉しちゃうと、衝動が出そうになっちゃうものだったんだけど、有紀はなんか大丈夫。いや、完全にじゃないけど、沸点が高いっていうか、とりあえず喰うという事を考えないな。ちゃんと人として見てる。この感じは、最初に喰べたあの人に似てるな。
それでも、衝動が無い訳じゃ無いけど)
「おい、食ってねえぞ」
橘が声にはっとする。見れば彼女はメロンパンをさっきから食べていない、周りの人がいつの間にか少なくなってきた。昼休みが終わりそうなのだろう。
橘は焦ってパンをがつ食いする。有紀は既に自分の分は食べ終わっており、橘の食事の様をじっと見ている。橘は目だけを有紀にやる。
「何みてんのよ」
「お前はどこぞの芸人だ。とりあえずお前は早く食え、それとも授業サボるのか?」
「ん〜それもいいかもね」
「……まあいいけどな。そうしたらお前は何すんだよ」
「ん〜。どっか二人で遊ぶ?」
「そこで俺が出てくる理由を問いただしたいんだが」
橘はそうだね〜と言いながら考えてみる。風が吹き、彼女の栗色の髪がさらさらと揺れ動く。メロンパンは食い終わった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――確かに何故だろうか。
彼らは昔からの友人である。しかしなんとこの二人は学校の外で遊んだことが無い。双方の理由としては「事情がある」は有紀、おそらく夜歩き。小学校のころは橘が「親が五月蝿いから」ということである。なんと見事な平安京、いや偶然。
橘は他の女子との付き合いもあり都合は合わないのだが、いままで遊ばなかった事を変に思った事は無い。そこらは双方割り切れていた。本心としては家に上がらせるのが嫌だという本音があるが、有紀は鈴達を他人に紹介するのは嫌がるだろうし、橘はそこまで深く付き合ってしまうと衝動が家にいながら起きてしまうと思っているからだ。そこは橘の望むところでは無いらしい。
しかし、最近彼女は暇を作っては有紀と遊ぼうとしている。有紀はいっつも無理で通すのだが、その度に橘にプロレス技をかけられる様になった。いや何やってるのかという話だが(主に四の字固め)。
と、チャイムが鳴る。二人は突然の音に少し驚く、有紀が立ち上がる。橘から見ると彼はとても大きく見えた。周りの人はもう消えている。
「あ〜鳴ったか、本当にどうするよ」
橘はそうだね、とまた考える。すでにこの時点で遅刻ではある、ただ授業を受けに戻るという事は可能である。いきなり橘ははっとしたように顔を上げ、有紀に問いかける。
「ねえ、もしかして今マルセンの授業?」
「……あ〜やっちまったか、ご名答だ」
マルセン、本名丸星遷都(まるぼしせんと)。人気はあるのだが時間に五月蝿いことで有名な教師である、名前のごとくまるまると太った肉体と光る眼鏡はまるでオタクの印象を受けるが、実際は生徒の良き相談相手にして最高レベルの学歴を持つ教師の鑑とも言える、ただ時間のことに関しては何故かことさら五月蝿い。橘ははあと溜息をつく。
「それじゃ本気でサボろうか」
「賛成。どうするか」
有紀は空を見ながら考え込む、橘もぼうっとした顔で考える。風はもう吹かない。
(どうしようか、外にでも行こうかな、二人で、
――――ってちょっと待った。何でそこでやっぱり有紀が出てくるの、私なんか最近変かな。全然外で遊んだことの無いのにこんなこと考えるなんて。
そもそもなんで私は有紀と居たがるようになったの、確かに有紀は小学校からの付き合いだけど――
――友達以外の――感情なんて――)
瞬間、橘が赤い『何か』に包まれた、それは有紀の殺意のごとき禍々しさ。
「――!」
驚いたのは橘、立ち上がろうとして足がもつれ、地面に四つんばいになる。彼女の変化を有紀は顔には出さなかったが、突然のことで驚いていた。顔は蒼白へと変わっている。これを異常では無いと言うならなんなのだろうか。
無言で橘を見つめる。橘はよろよろと立ち上がりドアに向かって歩きだした。その足も酔っ払いのようにおぼつかない。ドアに到着し、やっとのことでそれを開け、そして言葉を発する。有紀は先ほどの場所から動いていない。
「……ごめん、ちょっと……」
「ああ」
短く無感情に返し、真剣な表情で橘を見つめる。
明らかに今のは『衝動』。それが有紀には謎だった。疑問だった。
何故なら有紀は今まで『殺人衝動』なんて物が出た事は一度も無かった、あくまで彼は自分の意思で人間を殺していたのだ。今まで会った無束縛者も衝動なんて持ってない様に見えた。しかし橘にはあった。
いや、橘のそれは『衝動』というより『禁断症状』の様だった。彼女は気付いていないのかもしれないが、少し見えた橘の目は
もはや有紀を人間として見ていなかった。
例えるなら物、そう物。人を物として見てる目であった。まるで意識の無い病人である。そして何かを求めているように見えた、少なくとも有紀には見えた。
では何故そんなものがたった今発現したのか、それも疑問だ。別に何か外的要因があったとは思い難い、だとすると内的要因だが、そうだとすると有紀の知れる事では無い。
有紀の反応には何も言わず、彼女はドアを閉めて行ってしまった。有紀はぽつんと一人残された。
「訳わかんねぇな……まあいいか」
疑問を感じつつもフェンスに寄りかかる。そして上空を仰ぐ。
風がまた吹き始める、そしてその中に、空中に居たのは――――――――――
あの、黒き死神。
それはまるで地面に足をつけているかの如く、ぴくりとも動かずに有紀を見つめている。体はローブに完璧に包まれて見えない。
有紀はは、と漏らし、言葉を続ける。死神は唯有紀を見ている。風が止む、いや既に止んでいる。
「まあストーカーぽい事をするもんだな、いいけどな。
で、用件は何だ」
質問に、やっと死神は口を動かす。
「少し興味が出来たのでな、少し話し合いと洒落込もうではないか」
言うと死神は黒のローブに包まれたかと思うと、さっき橘が出て行ったドアの前に現れた。有紀は寄りかかっていたフェンスから離れる。
死神は鎌を持っていない、つまり戦闘は目的ではないことが窺える。それでも目は恐ろしく鋭く冷たい。あくまで唯の『話相手』として対峙しているようである。
「っは、いいぜ。面白そうだ」
有紀はその様子を見、嬉々とした表情で答えた。
死神は少し笑みを浮かべたように見えた。
「同感だ」
そして向き合う。
きっと、この間に入ってしまったらその瞬間、殺されてしまいそうだ。
◇
「すみません…………こんな突然……」
「いや、それよりも家で寝てなさい」
私はマルセンに形にならないくらい小さくお辞儀をして教室を出た。幸い鞄を持てるくらいの余力はあり、廊下に置いておいたそれを力無く持ち上げる。友人達は気を遣って何も言ってこない。
それがいい、今はそれでいい。
絶 対 に 話 し か け な い で
……いけない、頭の中がうまく機能しなくなってる。抑えなくちゃ。
ああ――それでも、なんで喰欲を抑えるのが苦しいんだろう、まるで自分を自ら否定しているようなこの息苦しさ。我慢できるだろうか。
……出来るかな、誰にも話しかけられなければ。
私はやっとのことで階段を降りきった。ただ二階と一階を移動しただけなのに、まるでフルマラソンの後のような感覚。息は荒い。目は焦点があっているかすら疑問。
――ああ、喰いたい。
喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい――――
「今は……今日はまだ…………っ」
湧き上がる衝動を必死で抑える。そう、今日は喰えないのだ。
今日は両親が珍しく二人そろって家にいる、その中でこっそり外に抜け出して喰うなんてこと、私にはできない。だから今日は喰えないんだ。
下駄箱に着き、靴を履いて外に出た。体はまだ支配下にあるようだ、動きは遅いけど確実に仕事をこなしてくれる。初めて自分の体を褒めたくなった。
でも足がおぼつかない。頭が喰欲ばっかりで、肝心の脳から命令がちゃんと出ていないのだろうか。ふらふらと校門を出る、またこれから家まで歩かなきゃならない。かなり辛いけどなんとかしなきゃ。
等間隔に生えている街路樹の横を歩いていく、車はあまり通っていないため、万が一車道に出てしまっても戻る余裕はあるだろうか。
途中の道を右に曲がり、静かな住宅街へと進んでいく。このままなら何とか大丈夫だろう。
でも、なんで喰欲が湧いたんだろう?
しかもこの感覚はいつもと違う感じがする。どこかで感じたことがあったんだろうけど――
そうか、小学生の時のあの彼だ。
彼を喰う前のあの時と同じだ、あの待ち遠しい、早く襲い掛かりたい気持ち、喰いたいってだけじゃ無い気持ち。気持ち? ああそうか。
私は彼も、有紀も好きなんだね。
多分心の奥じゃ分かっていたんじゃないかな、だから有紀と遊んでみたかった。
私は何故かさっきより千鳥足になっている下半身をなんとか歩かせる、家はもう少しだ。そして私は彼が居なくなった、喰った日の次の学校に行った事を思い出した。目の前の風景があの日に変わっていく、周りから見ればぼうっとしているだろうけど構わない。足は止めない、ふらつき横のブロック塀に手をついてしまった。
ああ、そうだった、思い出した。
有紀はあの日もいつものように、『おはよう』と言ってくれたね。
彼が行方不明になったことは昨日の内に連絡網で回っていて、私が彼と付き合っていた事は皆承知の事実で、皆私が関係してるんじゃないかと私に沢山ずけずけと聞いてきた中で有紀は
『お、おはよう』
『……え?』
『何だよ、おはようって言ってるだけだろ』
『あ、うん。おはよう……』
『何か元気無いな……。どうしたんだお前』
『え? いや何でもないよ』
『そうか』
『軽ぅっ! もっと深く聞く気無いの!? 可憐な乙女が元気無かったんだよ』
『お前はどっちかって言ったら野性人だろ、まあ元に戻ったからいいけど』
『まあね、それは感謝するけど』
思い出したら、少し口が歪んでいるのに気が付いた。まったくもって関係は変わっていない。
変わって、いない。
せっかく自分の気持ちに気付いたのに、有紀が好きとやっと自覚できたのに、有紀の傍に居たいと思うようになったのに、有紀はきっと今の関係のままでいいと思ってる。これは私が友人として有紀と接してきて分かった確信。
でも嫌だよ、有紀ともっと一緒にいたいよ有紀と繋がっていたいよ有紀にキスをしたいよ有紀と寝たいよ有紀が欲しいよ――――
欲 し い ?
そ う か 喰 え ば い い の か
「あは……あははは……」
滑稽、なんと滑稽だろうかなんで気付かなかったんだ彼もそうしたじゃないか本当に有紀が好きなら有紀が欲しいのなら喰えばいいもう世間の評価なんていいよあるのは有紀への愛のみだ誰にも意見はさせない言わせない。
あはは私は壊れてる壊れていく
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ほら壊れた。
「…………」
無言のまま玄関のドアをそっと開ける。結局有紀は次会った時に喰う事にした、それまでおあずけ、その方が喰った時に満足できそうだ。
幸い親はまだ気付いていないようだ、私は学校指定の靴を脱ぎ二階に繋がる階段をしっかりした足取りで踏みしめて進んでいく。体はしっかりしたけど頭は崩壊したまま、今誰かに声を掛けられればすぐにその人は肉になる。
別にそれで世間がどう言おうといいけどそれで有紀に会えなくなったら元も子も無い。
少し暗い階段の上に鎮座する扉を開ける、そこにはなんてことない普通の自分の六畳ほどの部屋、装飾も何も無い。面倒くさいからやってない。
チェックのカーテンの傍にあるパイブのベットに落ちるように体を投げ出した、うつ伏せになり布団が沈む、このまま寝てしまいそうだ、予想通り睡魔が襲ってきた。
ああ、眠い――――――――――――――――
「京香?」
「どうした?」
鍵を閉め忘れた扉からの侵入者はどうやら私の帰宅に気付いてしまった心配顔の両親、いや
も う 両 親 じ ゃ な く て 肉。
声 を 掛 け た ね ?
私は眠りに入っていた体を揺り起こして、四つんばいの格好で肉を見る。
そして――――――――――――――――――――――――――――――
「京、香?」
そ れ が 遺 言 ?
◇
「さて、何を聞こうか……」
さっきの有紀の言葉から数秒後、死神の女性は口に手をやってまさに「ううむ」という感じに考え込む行動を取った。話の腰をおもいっきり折られた有紀は拍子抜けで軽くずっこえてしまう。本当に有紀は予想外の事には弱いようだ。
「ん、どうした」
「……いや、別に」
平静を装い身なりを正す、さすがに長時間ずっこけたままでは悪いと感じたのか、もしくは軽く呆れたのか……恐らく後者であろう。
死神はまた考え込み出した。
(こいつ……天然か?)
すっかり身構える事を忘れた有紀はまたフェンスに寄りかかり、死神を見る。
黒いローブにすっぽりと体が包まれているが、前の方がマントのように開いているお陰で体を見ることができた。
中に見えた体は本当に包帯のようなもので乱雑に巻かれており、肌の色がちらほらとみえるぐらいである、死神の手をふと見るとこちらにも包帯が巻かれているあたり全身顔を除きくまなく巻かれているようだ、さすがに指の爪の部分は出ているが。
また見える肢体はかなりのプロポーションと見受けられる。大きすぎない適度に膨らんだ胸とくびれた腰に包帯が巻きつき妖艶に見える、体つきはモデル体系に近い。
――しかし、モデル体系と言うならばエルバの方が数段上である、若干百七十センチほどという女性にしては高い身長にすらりとした手足や細くて繊細な指、魔女服(と思われる)の上からでも艶めかしい肢体が想像できる、胸も尻もおそらく死神のそれより数段上だろう。実は鈴もなかなか良い体をしているので、大人になった時に楽しみだ――
「って、ナニカンガエテルンデスカジブン」
「何か言ったか」
「いや」
久原有紀十七歳、以外と女好き?
死神は今度はそっぽを向いて上斜め四十五度ぐらいに顔を上げて考えこんだ、有紀はさっきの思考内容を脳内から削除しようと頭を振る、そして動揺を隠そうとして死神に問いかける、ちなみに相手に動揺は伝わっていないので有紀の自己満足である。
「なあ、お前は何故そんな格好なんだ?」
「ああ、これか?」死神は包帯を指差して
「なかなかいいだろう、真似するなよ」
「…………了解」
手を広げて誇らしげに鼻を鳴らしてこっちを向く死神をよそに、有紀は顔に手を当ててうなだれた。
おそらく有紀と死神の間にある価値観の差は絶対的に深いものがあるようだ、それがまた面白いが。有紀は力なく、しかし手は当てたまま顔を上げた。
有紀のうなだれた理由がどうやら分からずにいる死神は首をかしげて彼を見ている、凛とした顔と行動とのギャップは可愛いが、昨夜のあの鋭い目は何処に言ってしまったのか。
なんか、世間知らずというか、もしかして今までエルバ以外に関わった者がいないのだろうか。有紀は手を下ろす。
「そういえば、エルバとは何時関わったんだ?」
「ん、私に質問させてくれないのか、せっかくこうして話し合える機会を作ったのだぞ、少しは私に敬意を払って……」
「いや、そのお前が質問を思いつく前に質問させてくれたっていいだろ」
「それもそうだな」
速攻で折れた。
なんと意思の弱い。
「まあ魔道吸血鬼との出会いは……」
「ちょっと待て、魔道吸血鬼?」
話を途中で遮られて少し不機嫌――そうな素振りはまったく見せない、しっかりと説明を入れてくれた。
なかなか良い性格である、価値観が合わせづらいが。
そしてそれが致命的なのだが。
「ああ、あいつは俗にそう呼ばれてる。ちなみに私は『不死神』と呼ばれてる」
「お前のは聞いてない」
有紀の言葉は聞かない事にしたらしい死神、もとい不死神は話を続けた。
有紀は脳内で『何故不死神と呼ばれているのにエルバはあんな説明的な呼び方をしたのか』という疑問が浮かんだが、おそらく後で質問されることを読んで行ったことだろうという結論に至り、口には出さなかった。
「まあ、話を戻すと私がエルバに会ったのは生まれてすぐだ、その時に親はエルバに殺された」
「随分と軽く言うな」
有紀は人間としてなら当たり前の質問をした、勿論彼らは人間では無いので愚問だが彼は不死神の意見を聞きたかったのだ。
そして。
「世界は結果論で出来ているからな」
不死神は言った。
そして続けた。
「人間の世界でもそうなのだろう?
どんな理由があろうがどんな経緯があろうがどんな事実が隠されていようがどんな意味があろうがどんな意思があろうが、結局は結果に全てが集約される」
目が。
目が鋭さを増していく。
「たとえばだ、顔の知られた著名人が居る、お前はそいつの何を知っている? おそらくは何処かで語られたであろう武勇伝、もしくは『苦悩の日々』となど題打って過去を誇張して大々的にもしくは自虐的に報道したものだったりするだろう。
果たしてお前はそれが真実だと思うか?
そんな訳無いだろう、少なくとも全てでは無い。武勇伝など偶然または些細な事であろうし、日々の苦悩はそれ以上に無駄で必要無くただ醜悪に改変された物でしかない、また報道など出来ないような事もやった事があるのかもしれないだろう。しかしだ、そいつが名の知れた者である事は現在進行形の事実で在るが故変わらない、それが結果だ。先程の誇張が大半は結果を引き立たせる為の物、恐らく第三者が行った利益の為の工作活動だ。分かるか? 結果は過去より優先される。また結果は現在進行形と言ったがそうなればどんどん新しい結果が出てくる、例えばそいつが警察と呼ばれる株式会社に捕まったとすれば今まで隠されてきた醜態やらなんやら全て悪い方向に捻じ曲げて誇張して改悪して発信される。これも過去が結果に集約された結果だ、もう一度言う、結果はすべてにおいて優先されるのだ」
「発信された情報が真実で事実であったら?」
「変わらない」
愚問だったようだ。
いつしかこの世界が、この空間が不死神の独壇場に成っていた。
そして主役は持論を続ける。
「少なくとも全てでは無いと言っただろう。たとえ知られている事が真実で事実だったとしても、誰だって全ては知らないし隠している事だってあるかもしれないだろう。先の話の続きを言えばその著名人は捕まる事を承知でそうなるような事をしていた、つまり周囲にとっては唐突の出来事でも本人には予想できた結果である可能性は多いにある。故に、過程を知らずとも結果はいずれ知れる」
もう一つたとえ話をするならば、夕方のニュースでよく見る光景。
『殺人なんてする子じゃ無かったのに』
鬱陶しい程に聞き飽きて陳腐な意味の無い台詞をわざわざ顔を隠し声色を機械で変えて喋るのは未成年による殺人事件が起きた町の野次馬達。基本は主婦やお年寄りだろうか。これこそ不死神にとっては戯言以下、唯の記号の羅列である。
何故なら殺人をした未成年は結果として『殺人』をした、これは変わらない。恐らく野次馬らがその真実であり事実を受け入れ難いのはその人物に犯行したというイメージを定着させるのが難しい、そんなイメージを作らせない人柄だと知っていたからだろう。しかしだ。
それが全てな訳が無いだろう。
その人らは犯人を完全に理解したつもりなのだろうか、だったらそれは滑稽で無意味で何の価値も無い先入観である。人間が他人を完全に理解するのが不可能な事ぐらい少し考えれば分かるだろう。他人の頭の中を覗けるのは当の本人だけなのだから、人の考えは他人は考える事は出来ない、あくまで人は孤立した世界観と価値観を持っているのだ。そうじゃなかったら戦争どころか喧嘩すら存在しない。
少年は心の奥で実は人を殺したかったのかもしれない、勿論普通は理性が鍵を掛けて封じている。だから通常そういう「人間としてあってはならない筈の感情」は表に出ないし知られる事も殆ど無い。
しかし絶対に開かない扉は無い。絶対に開けられない鍵など存在しない。あったら教えて欲しいものだ。いや不死神らの世界だったらあるか、しかしこれは人間を対象とした仮説。閉じ込めてきた物がじわじわと露見して発現しても、何らかのショックでいきなり出てきても、結果は同じである。
また、たとえ本当にそんな事を微塵にも思っていなくてただの突発的な衝動だったとしても、「そんな些細な事で人を殺す人間」としてレッテルを貼られる。
確かに、過程は無くとも結果は出る。
「実を言うと、私は親が殺された後エルバに拾われ育てられたのだ」
「……は?」
不意打ちに、一瞬有紀の脳内思考が止まって。
「そして、気まぐれで殺されて、捨てられた」
「!」
もう一瞬で、理解した。
つまり、エルバはその時生まれたての気まぐれで不死神を拾い、暫く育ててから気まぐれで殺して捨てて、そのままどこかへ行ってしっまった。そして不死神はエルバを殺す為に今動いている。
正直愉悦感情で動くエルバのイメージと、まったくもって遜色無く一致する行動だ。
「まぁ、殆ど『ついてこい』みたいな感覚だったからな、まったくと言っていいほど喋っていないから他人同然だがな。
こう言うと魔道吸血鬼が悪いように思われるが、別にこんなのは普通だと思うぞ」
有紀は少し信じられなかったが、この目の前に居る者は自分より長くこの世界にいることを思い出し、納得する。むしろ信じられない事は。
普通だと言い切るなら、彼女の目が鋭いままでいる必要が無かった。
不死神の目は、まだ刃物の如く鋭かった。
「……お前は何故エルバを追っている?
他人のようだったならあいつを追う必要が無いだろうが」
「私はしつこいのでな」
その一言で、完璧に疑問の答えが出た。恐らく彼女の制御方法は『執着』、それならさっきの結果論をあそこまで展開した理由もエルバを殺そうとする理由も理解が可能だ。
しつこく答えを求め、しつこく、些細な事だとしても結果を求める存在なのだ。
たとえ赤の他人に殺されるという「些細な」ちょっかいを出されたとしても、目の前の彼女は絶対にやり返す。
そういう存在なのだ。だから質問事項が無くても興味を持ったら会いにいく、殺されたら殺し返す。
それ以外の答えも理由も無い。そういう結果なのだ。
「さてと……そろそろお開きにするか」
「はぁ? 質問はどうした」
「考えつかなかった」
「…………」
いつのまにか舞台の幕は下りており、目は心なしか緩くなっているように見える。
どうやらすっきりしてしまったようだ。
「ではな」
不死神は最初の時の様にローブに包まり、風が吹いて、消えた。後に残るは置いてかれた感のある殺人鬼だけ、日はもう傾きかけていた。
肩透かしを食らい溜息をつく。
「名前も聞いてないだろうが……」
すっきりしすぎたようだ。
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2006/01/28(Sat)15:39:14 公開 / かま
■この作品の著作権はかまさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
始めまして、かまです。実は13歳です。
どこか文法やらなにやら間違ってる場合はどんどん指摘して下さい。根気で直します。
できれば、この物語が終わるまで、ずっと読んで頂ければ光栄です。
1月26日
更新、ぶっちゃけ文字の濁流だorz
1月28日
ミスの修正
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。