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『君が語るその前に』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:雪乃空
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あらすじ・作品紹介
お互いを大切に思ってしまうあまり、すれ違っていく二人の物語
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「生きるために何かをすることは、
自分のために何かをすることなの?」
僕はその答えがわからず、君の目を見ることができなかった。
辺りはもうすぐ完全に暗闇と一体となり、夜を招きいれるのだろう。もうずいぶんと暗くなっていた。
暗くなるにつれて横から吹きつける風は、肌寒さを増していく。
僕は君の手を引き、君を家まで送り届けよう。
明日までに答えを考えておくよ。
そう伝えなければ、君は呼吸すらも止めてしまいそうだったから。
◇◇◇◇◇
「ねぇ。生きるということは考えることなの?」
質問好きの君は、物知りでもない僕にいつも答えを求めてきた。
潤んだような瞳で見られると、君を残念がらせるようなことをしたくないと思う。口下手な僕は答えを頭の中で目まぐるしく考え、できるだけ答えようと、努力する。
「じゃあ目を閉じて、何も考えないようにしてごらん」
そういうと、君は好奇心に満ち溢れた顔で、目を閉じた。
けれど、うまくできない、といった表情ですぐにこちらを見る。
「何秒もたたないうちに、何か考えてしまっただろう?考えてはいけないと思うことです
ら、考えていることになるんだ。僕らが思った以上につねに僕らは何かを考えているの
だよ。……でもね、考えることがそのまま生きることではないかもしれない。それで
も、考えることで僕らは存在しているのかもしれないね」
君を満足させるような答えではないかもしれない。僕は自信のない表情で君の反応をうかがう。
けれど、君は優しく微笑み、僕の腕を抱き寄せて、頬をぴったりと腕につけた。布の上からでも君の体温は温かみをもち、いつも僕を安心させてくれた。
君は傷ついていた。
心の傷がいつか、外傷となってあらわれるのではないかと心配になるほど、あまりにも多くの傷をつけすぎていた。
嗚咽で苦しむほど泣いている君に、僕はそっと唇を合わせた。
肩の震えを止めるために君をきつく抱きしめた。
しゃっくりのように肩をビクンと小刻みに何度も動かす。
身長は同じぐらいだったので、直に自分にその振動が伝わった。
それでも、君が落ち着いてくれるまで僕はずっと抱きしめた。
君の体は意外に細くて、抱き寄せると、骨の硬い感触を感じた。
息が続くまで、君が泣き止むまで、いつまでもこうしていよう。
君が僕を助けてくれたように、君が僕に手を差し伸べてくれたように、僕は君をやさしく包んであげたかった。
君は親にひどいことをされていたね。
君が泣きながら僕にそのことを話してくれたとき、僕は手を震わせ、唇を強く噛んだ。
そのせいで血が滲み出て、舌に鉄の味が広がった。許せない感情が押さえ切れなかったり、悔しさが奥のほうから込み上げたりするといつも、唇を噛んでしまう。悪い癖だ。
僕は耳をふさいで、もうそんな話はやめてくれ! と、何度いいそうになっただろう。
けれどそれは現実におきていることで、受け止めなければいけなかった。
そうして、出口の見えない迷路を抜け出すために、君と一緒に抜け出す方法を考えようと決めた。
もらい泣きをしそうになりながら、必死にこらえて、君の話す一語一句を心に刻もうとした。僕は君と考えを分かち合うことで存在を見出すことができるのだと信じていたんだ。
君は高校にはいけなかったね。
親がお金をだそうとはしなかった。
君は生きるために働くことで精一杯だった。
それでも弱音も吐かずに、いつかこの汚れた場所から抜け出そうとお金を貯めていたね。もちろん僕も君と一緒に迷路を抜け出すために、少ないけれどお金は貯めているんだ。今は内緒だけれど、もっと貯めてから君に話すつもりでいる。そして二人でこことは違うもっと離れたところで暮らそうと思っている。君を一人にさせる気はないよ。僕はもう、君と一緒に歩んでいくとずいぶん昔に決めたんだ。ついてくるなといわれても、勝手だといわれても、おもちゃをねだる子供のように、僕は君にしがみつくのかもしれない。そう思うとかっこ悪いけれど、それができる自分を微笑ましく思えた。
君は父親から性的虐待を受けていたね。母親はいなかった。
嫌わないでと、言いながら、君は僕に話してくれたよね。
耐え難い苦痛と共に暮らす日々で、僕は君の支えになっているのだろうかとわからずに不安になった。君の口から発せられているとは思えない、ひどい言葉で語られる仕打ちの数々に、何度も気分を悪くした。
嫌うはずなんてない。むしろ、そのことを話してくれるほど信頼してくれたこに感謝したかった。君の強さを尊敬している。君の笑顔はいつも優しさを保っていた。その笑顔を守りたいと思ったんだ。
◇◇◇◇◇
公園がいつも僕たちの話す場所となっていた。
毎日夕日が沈んでいきながら夜と溶け合いはじめる時間にこの公園で僕らは話をした。夜近くになると、公園は誰も来なくなり、ブランコから眺める星空を楽しみながら、僕らは、話をすることができた。
公園内はあまり整備されておらず、ブランコのペンキは剥げ落ちて、雨に打たれたせいで、赤茶色に錆びていた。草も多く生えていた。ブランコに乗って正面奥の、フェンスを越えたところには山が切り崩され、岩肌の見えたがけが日差しを遮っていた。そのため、こけが隅の方や、草の近くに生えていた。さらに、入り口以外の、フェンス越しには木々が茂っていて、入り口からでしか、公園の様子は見られないようになっていた。普段からあまり人気のない公園は、こうして、僕ら以外があまり近づかないような環境を着々と作ってくれた。
明日は卒業式だ。卒業すれば自由になれると僕は信じていた。
ブランコを揺らしながら、これからのことに思いを馳せてみた。
君に頼りっぱなしだったとあらためて思う。そして、思うほどに君の存在は僕の中で大きくなっているんだなと感じることができた。
やがて、そうしているうちに一つしかない入り口から君は歩いてきた。いつもより足取りがおぼつかない様子に急に僕は不安を抱いた。
いつもなら、小走りに近づきながら、僕の右隣のブランコに座るはずの君は、ブランコと入り口の対角線上の真ん中あたりで、膝をついてそこから動かなくなった。公園の中心に位置する部分の一帯だけ、草は生えておらず、薄い黄土色の土が広がっている。なぜか、君の座り込んだ場所がとても遠い場所にあるような気がした。同時に胸がかきむしられる様な思いがして、体が勝手にブランコから飛び出し、君のもとへと走った。
君はどうすればいいのか分からないといった感じで、泣きじゃくっていた。ただ、ただ、くやしそうに、地面におでこを擦り付けていた。僕はもう泣きそうになりながら、声を掛けた。
「何があったんだよ。お願いだから自分だけで苦しまないでくれ。
もう、そんな君は見たくないよ。僕まで泣いてしまいそうなんだ。でも……それじゃ
あ……本当の負けになるようで嫌なんだ。だから、……だからお願い。苦しみを僕にも
分けてくれないか」
そう言って、無理やり肩を持ち上げて、君の唇に僕は唇を重ねた。
そうすることで、君の苦しみを吸い取れるのではないかとおもったのかもしれない。今の僕にはこうする意外になかった。
それから何十分かして、君はそれでも崩れそうになりながら、ぐずっていたね。普段は整った顔で、きれいな顔をしている君が、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いていることに、心を締め付けられた。顔や腕には新しい傷が増えていて、頬は少し赤く腫れていた。もう気を抜けば、僕も一緒に泣いてしまいそうだった。ぐずりながら話すその表情を見ながら何度僕は君の話を聞いたことがあるだろう。それを思うと悔しさで目頭が熱くなっていく。
話を聞いて、泣いている理由がわかった。
僕の唇は寒さのせいでカサカサになって、ところどころから強く噛みすぎたせいで、鉄の味がした。
君は一つの希望を奪われて絶望しながら、どうすればいいのかわからなかったんだね。
おそらく食事も抜きながら君が貯めていたお金は、父親に盗られてしまったらしい。三年間貯めたお金は、中学生のころに使っていたノートに挟んで、見つからないように押入れに入れておいたらしいのだが、父親はずいぶん前からそこにお金があることを知っていたらしい。そうして、タイミングを見計らってお金は全部奪われた。いつもなら、反抗することに恐れを感じているはずなのに、そのときは、何度も返せと粘ったらしい。何度振り払われても、なんど蹴られ、殴られても、必死でつかみかかったというのだ。けれど、力で勝てずに、逆に朦朧とした意識の中、犯された。もう自分が涙を流しているのかさえわからなかったらしい。そして家を逃げるように出てきたという。
本人にとってはもうすぐたどり着くはずの迷路の出口からスタート地点に強制的に戻されて、何が起きたのかわからないといった感じだろう。
どう言葉を掛けてやればいいのかわからなかった。
心のどこかで意志が固まっていたようにも思えたけれど確信は持てなかった。不意に、考え事をしていた自分に、君の視線が向けられていることに気づいた。君の言葉は、泣き声で震えているはずなのに、妙に芯をもち、自分の耳の奥底までしっかりと聞こえた。
「生きるために何かをすることは、
自分のために何かをすることなの?」
その質問を聞いて、瞬時にその質問は脳の中を駆け巡り、答えの回路を探していた。周りから見れば、一点をただ見つめて、呆然としているように見えるのだろう。
僕はその答えがわからず、君の目を見ることができなかった。
辺りはもうすぐ完全に暗闇と一体となり、夜を招きいれるのだろう。もうずいぶんと暗くなっていた。
暗くなるにつれて横から吹きつける風は、肌寒さを増していく。
夜の暗闇は僕らを優しく包み込み、僕らの泣きそうな表情や君の赤みのある傷を夜の色に染めてくれた。でもそれは一時的に見えなくしてしまっただけで、いつまでも暗闇に逃げていてはいけないとわっかっていた。
以前に帰りが遅かったため、君が殴られたことを知っていた。
理由をつけては殴られていることは知っていた。
だから僕は君の手を引き、君を家まで送り届けよう。
少しでも君を守るために今日はそうしよう。
明日までに答えを考えておくよ。
そう伝えなければ、君は呼吸すらも止めてしまいそうだったから。
卒業式はあっけなく終わった。
昨日のうちに、僕は決心をした。
つらい生活が待っているかもしれないけれど、僕が貯めたお金で、ここを出ようと決めた。そうして二人で肩を寄せ合って生きようと決めた。
今度は生きるためではなく、自分のための人生を歩んでもらうように、なんとかするつもりだ。
君はどんな顔をするのだろう。やさしく微笑んでくれるだろうか。
そう思いながら、家にある荷物をまとめ、僕は公園へと向かった。親は君を嫌っていたんだ。いや君じゃなくて、君の家庭を嫌っていたのだろう。だから、僕の決心は親に話すことはなく、そのまま何も知られないようにひっそりと家を出た。
白い吐息を混じらせながら、公園のブランコで僕はいつものように待った。両側の吊るすための鎖は手に張り付くほど冷たくなっていた。目が覚めるような冷たさの中にいるはずなのに、心はずっと温かかった。もう迷わず進める気がした。夕焼けのオレンジが僕の顔をその色に染めた。自分のいる世界が、美しく感じることができて、うれしかった。
けれど、辺りが闇に溶け込んでも、君はこなかった。
昨日のことがあったからだろうか。もう歩けないほど、落ち込んでいるのかもしれない。迎えにいってやるべきだろうと思い、昨日の帰り道を大きめのバックを片手に、電灯を頼りに歩いた。
家の前に行くと、そこはまるで、人が住んでいることを思わせないほど、暗く、気配を感じさせずにたたずんでいた。
一階建ての少し古い家で、チャイムはついていなかった。
はじめて君の家の戸を叩く。
緊張と不安が暗闇の中で、僕の手を震わせていた。しかし、何度叩いても人がいるような気配はしなかった。嫌な予感が背筋を凍らせる。確かめると玄関の鍵はあいていた。おそるおそる玄関の戸を横にスライドさせると、ガラガラガラと音を立てて簡単に戸は開いた。家の中は外よりもさらに暗さを増して、不気味な感覚を覚えた。もし誰かが息を殺して、暗闇の中から僕をにらみつけているのであるなら、それだけでも、恐怖で意識を失してしまいそうだった。電気のスイッチを手探りで探した。なかなか見つからず、壁に手を貼り付けながら、靴を脱いで、そのままスイッチを探し続けた。不法侵入だとは思ったけれど、もうそれを悪く思う余裕はなかった。心臓の鼓動が内側から一定の間隔で大きく僕の左胸のあたりを振動させた。全身に心臓音が鳴り響く。早くこの暗闇から抜け出したいと、切望した。
やっとのことで、探り当てたときには、部屋のふすまを開けて、廊下から違う部屋に入ったときだった。スイッチを押してみる。何が起きても、受け止める自信は僕にはまだなかった。しかし、スイッチを押さない理由も僕にはなかった。
勢いに任せて人差し指でスイッチを入れる。あたりは明るくなり、部屋全体に光が行き届いた。どうやら居間のようであり、電球の下には、テーブルがあった。八畳の畳が敷かれていたが、居間はテーブルと古ぼけたテレビが一台あるだけだった。君がそこにいることを願っていたのだがそこには誰もいなかった。台所や、風呂といったところも見てみたが、シンとした空気だけがそこには存在していた。君がどこにもいないことに眩暈をおこしそうになった。公園までの道のりですれ違ったのであれば見過ごすはずはない。しかし、家にもいる様子はなかった。一つの予想が頭の中に入り込む。どうすればいいのだろう。その考えを振り払うように、どうすればいいのかを何度も考えた。
足元がおぼつかないまま、居間に戻るとテーブルの横に座り込んだ。ふと横の押入れが目に付いた。押入れはその場所にしかなかった。お金を隠した場所はきっとここなのだろう。そう思い押入れをあけてみた。上下段に分かれている押入れで、上には布団が積んであった。下の段には雑に物が置かれていて、ダンボールの中身がばらに撒かれているものを見つけた。そこから手当たり次第にノートを手に取ると、僕はその中のページをめくり始めた。そうして、四冊目のノートをめくろうとして、下に何か紙切れが落ちたことに気づいた。それはノートの一枚を四つ折にした形で、静かに、畳へと落ちた。意識はしていなかったが、僕は何かのメッセージを探していたのだろう。急いでその紙切れを開いてみた。
このメッセージを見たということは、答えを伝えにきてくれたんだね。
けれど、僕はもう今までのように笑うことはできなくなるのかもしれない。
もう元には戻れないのかもしれない。
だから僕はあなたの前から姿を消します。心配しないでください。
僕はあなたを好きでした。
だから、僕の姿を思い出すときは笑った顔を思い出してください。
そうでなければ、なんだか僕もつらいです。
あなたがいたから、僕は自分を見失わなかったのでしょう。だからありがとう。
僕はこのメッセージを書いた後どうなるのか分からない。
けれど、まだ父は帰ってきていないから、その間に覚悟を決めようと思う。
相談しなかったことを許してください。
本当は貯めたお金で僕と一緒についてきてくれるようにわがままを言いたかったのです
が願いはかないませんでした。
それでもなんだか心はいつもより落ち着いています。
さようなら。
愛する人へ
どうなったのかは分からなかった。けれども大事なものが手からすり抜けていったのだと感じた。昨日、君の手を引いて家まで送り届けた自分を責め続けた。弱い意志しかもっていなかった自分を憎みたかった。おそらく一生、自分を許すことはできないだろう。あの時、手を引いて、そのまま、この場所を抜け出せばよかった。本当は出口なんてあのとき見えていたはずなのに、僕は下を向いていた。いや、いつだって出口は自分の意志で通り抜けることができたはずだ。浅はかで愚かな自分の存在を消し去りたかった。
散々弱い自分を責め続けていたのに、何も、変わっていなかった。
僕は居間のテーブルにうつぶせになり泣きじゃくった。片方の手は握りこぶしを強く握り何度もテーブルを強く叩いていた。叩いては、テーブルの表面を滑らせるように少し握りこぶしを引いてまた、叩くという動作をくり返した。何度叩いても感情は剥き出しの状態で、涙はいままでの我慢した分まで流れていった。頭が痛くなるほど泣きつかれたときに、テーブルの表面に血が擦り付けられていくようにのびていることに気づいた。おそらく拳を何度もテーブルに擦り付けているうちに血が伸びてしまったのだろう。自分のものかと思い握りこぶしを見たがどうやら違った。おそらく血をぬぐい忘れて、テーブルについたままだったものが、握りこぶしについたのだろう。それが誰の血かを知ることは無意味だと思った。
僕は電気を消して、その家を後にした。
そのまま僕は同級生の少年であり、大事な一人の親友を失くした。
探す気はなかったけれど、僕はその日のうちにこの住み慣れた町を一人で立ち去った。 僕もきっと君を好きだったのだろう。
だからこの喪失感はいつまでたっても消えないのだろうと思った。
僕は、あの優しい笑顔を思い出しながら、目を閉じることにした。
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2005/11/24(Thu)00:00:21 公開 / 雪乃空
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■作者からのメッセージ
はじめまして雪乃空です。
初の完成作品です。つたない文章だと思いますが、読んでもらえるとうれしいです。何のアイデアもなしに書き上げていくとこのような話になりました。自分でもびっくりです。
これとはまた違った雰囲気の小説に今度は取り組んでみるつもりです
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。