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『パペピプペポパ島 初日〜二日目』 ... ジャンル:お笑い お笑い
作者:一徹
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七月一日木曜日晴れ
さて、まず初めに何から書き込もうか。
俺、もとい私としてはこんな分厚い日記帳などトイレットペーパーの代わりに使ってもなんら差し支えないような気もするのだが、状況が状況なだけに、紙を無駄には出来ない。
今、私は遭難している。
詳しく述べるなら、昨日からだ。
ああ、思い出すのも忍ばれる、一昨日、六月三十日の大台風。
私夏至到(ゲシイタル)は、悪友にして天敵、三村の「自然の驚異を目の当たりにしたい」などという発言に振り回され、浜辺に、彼の言う「驚異」を見るべく赴いた。
本来なら家でぐうたらと臨時休校のありがたみをかみ締めつつ惰眠を貪りたかったのであるが、彼があまりにもしつこく、また私としても、(嗚呼、これが一番の問題なのだ)三村の愚行に付き合ってみるのも乙ではないか、という知的欲求に突き動かされて、同行を許可した。
我らバカーズ三人組が一人、沢村曰く「MHKで特集見たんだとさ、三村」だそうだ。
なるほど確かに六月二十九日の記憶を思い起こしてみると、そんな番組名が新聞テレビ欄の片隅に乗っていたような気がしないでもない。
確か題名は「神秘! 原始の地球に迫る」
果たしてたかだか台風ごときでそこまでの「大自然の驚異」を目の当たりに出来るのか疑問であったが、そのときの私は非常に浅学で、それこそ台風を甘く見ていたのである。
「すっげー、大自然だ」波止場に到着した三村の第一声だ。
私と沢村は、波止場の上に立つ彼を危ないと制しながら、どっぱーん、と波に打たれびしょぬれになる彼の様子を見て楽しんでいた。
「ばーかばーか」いったい誰の言葉であったか。
私の言葉か、いや違う。確か、私が何らかの不慮の事故で海に落ちたとき、三村から浴びせられた言葉だ。
「はは、本当に私バカだなあ」と自嘲気味、海から脱しようとした記憶がある。
だが大自然の驚異は凄まじく、怒涛のごとく押し寄せまた引いていく大波の前に、泳ぐ、捕まる、上る、という動作は無駄に等しかった。
「ばーかばーか」そういう三村はすでに退却していた。
風が強くなり、波もさらに激しさを増した。
これ以上近くにいると自らの身も危ないと感じたのだろう、確かに、その判断は正しい。
問題は、彼らが多少離れたところでこちらを見下ろし、「ばーかばーか」と連呼していた事実にあるだろう。
人呼べよこら、などとたかだか日記帳に書き込んでもなんら意味を発さないのであるが、沢村の控えめな「どんまい」との檄は、こころにつぷ、と突き刺さった。
「手前らに壮絶なる死を」そう叫びながら、私は海中深く引きずり込まれた次第である。
そうして気付けば見知らぬ浜辺に打ち上げられているではないか。
さんさんと輝く太陽が目にしみ、目覚めた私は周囲を見渡し、「おおヘヴン」と自分を慰めたものだ。
そもそも今筆を滑らせている『半世紀日記帳(防水加工)』はこの時点、つまり昨日拾っていたのだが、なにしろ筆記用具がなく、前記したとおりちり紙としての効果を期待して丸一日手に持って島を回ったわけだ。
島、というからには、ちゃんと回ったわけである。
丸一日掛け「きっと日本大使館があるはずさぁ」と淡い希望を抱きながら、くるりと、一周、見事なまでの円(見事がどうかは分からないが)を描いたわけである。
結構な大きさがあった。
丸一日。
そう、私は丸一日この島で生きた。
そうなると食糧が必要となったはず。
ご安心あれ、ちょっと島の中心部、ぴょこんと山の突き出ている方角に進めば森があり、そこにはたわわに果実が実っていたので、空腹で死にそうとか、自分の手足を引きちぎって食べるとかいうことはなかった。
その過程で拾ったのが、この筆。
いったいどこの金持ちに送られる品か解らぬが、キラキラよく分からない鉱石を含む石に、金で装飾がなされている。
よくもまあ日用品にこれだけ金を掛けられるもんだ、とブルジョワに呪詛を吐きつつ、雰囲気というか魔力というか、そういうのに影響され、その日あったことは割かし詳しく思い出せ、そして実に丁寧で堅苦しい文字で文章を綴られているわけである。
中には私の知らない漢字もあるから、本当に魔力みたいなのが込められているのだろう。
「うひょう、拾いモンだ、これで俺も物書きになれらあな」これもまた慰めである。
ここが島であるという前に、文体が、もはやダメだ。それはよくとも人に伝える内容がスッカラカン、皆無であるため、たとえ難しい字をつらつらと書き連ねてみても、何かしらの賞を取れるとは期待してはいけない。「頑張ったで賞」が関の山だ。
さて、そろそろと日も南中する。
こうはしていられない。
私は帰らねばならぬ。
昨日返せねばならなかった宇宙英雄伝説一期〜四期まで計二十八本ものDVDを、返さねばならぬ。
私の高性能な頭脳で超高速で計算した結果、延滞料金はすでに八四〇〇¥に及んでいることが導き出された。
なぜ一本にしなかったのか、なぜせめて三本までにしなかったのかと悔やまれるが、実のところ外伝も借りようとしていたのだから、案外私は賢いのかもしれないと自嘲してみる今日この頃。
ここまで書いてみるともう帰るのやめようかと思ってしまうが、つーかそうしよう、帰るのやめよう、毎日めんどくさいし、就職しないといけないし、親のすねをかじってニート決め込むのは社会的にダメでもここならOKだし、食うものあるし、そうだそれがいい。
そうと決まればお昼寝だ。私は日陰を探して森の中へ、ちょ、あれはな
人はなぜ町に住むのか?
金のためもあるだろう。そのほうが便利であるからかもしれない。
人はなぜ森に住まないのか?
不便であるからかもしれない。だが私は、世界史の資料集にあったドイツの森のことを思い出していた。
人の住む集落は、森に浮かぶ孤島のようなものだと、うまい表現をするなと思ったものだ。
話によると、童話赤ずきんちゃんの狼のすむ森も、ドイツの森のごとく、つまり、人間世界を侵食するものであったそうな。
何なのだろう、あれは。
森に住む獣に等しく、人を食らう動物であった。
木漏れ日の下、見えた姿は、そう表現するしか他ないほど、骨格はがっしりと、眼光はぎらぎらと、くぁぱ、と開かれた口蓋から覗く牙は、一本一本が研がれた短剣のように鋭利だった。
何なのだろう、あれは。
全身真緑。
健康的極まりない。光合成とかしそうな感じだ。
戦略的撤退という英断のため、詳細は解らないが、間違いなく、人に害をなすものであるのは解った。
周囲を見渡し、アレが追ってこないか確認しながら筆を動かしている。
ここは浜辺、すぐに解るはず。それにしても帰りたい、日本に帰りたい。
八千円でも八万でも払うから、この命の危機から脱したい。
恥ずかしながら、とてつもないホームシックになってしまった。
親に文句を言われ、それに反発する日々が懐かしい。
ともかく、もっとアレから距離を取ろう。反対側に逃げ込もう。
地球の反対側に逃げ込むのは難しいが、島の反対側へなら半日もあれば行けるはずだ。
今日もそろそろ終わりを告げる。
腕時計付属の羅針盤を見る限り、アレのいた場所から反対側へ逃げ込めた感じだ。
火が欲しい。
ただ星だけが明るい。月下、日記を綴るのってなんか詩的だ。
一体日本からどれだけ離れたのかはうかがい知れないが、北極星を見つけられないあたり、遠い。
なんだうかがい知れているではないかと今私も気付いたが気付かなかったから大丈夫だ。私は混乱していない、気に確かを持っている、だから日本付近は愚か、ぎりぎり北半球かどうかというところ、つーか南から上がってくる台風で南に飛ぶとか物理法則無視な感じがして大自然の驚異に感動を禁じえない、が事実なので受け止めよう、なんだか食べてる果実がジューシィー、南国っポイね、なんて思ってはいけないんだ解るか夏至到、貴様はあがけばいい、三村への憎悪を糧に現状を打破する壊れた機関車グラシャラボラスになればいいのだ。そうと決まればもう寝よう。
それに、眠れば目が覚めなくても解らないから。
七月二日金曜日曇り
目が覚めると、確かにここは島だった。
夢オチというのは無いのだろうかと、近年複雑化するアニメを心配してみたりするが、まあ夢でアレだけの妄想が出来る主人公はクソだなと思ったり思わなかったり。
腕時計(防水防圧加工。十メートルまで)で今日の日付を確認する。
確かに金曜日だよ母さん、あ〜、帰れそうに無いです探偵夜特ダネ録ってくれてることを期待しておきましょうか。
たかだかそれに期待するお気楽な自分を自覚しないと、アレへの恐怖心でこころが折れてしまいそうだ。
さて、今日は何をしようかと考えてみる。
イカダでも作ろうかと数分模索してみたが、太平洋から日本に帰るまでの巨大イカダ、作れるのか私に。
そもそも木を切るものがないし、切ったところで繋ぎ止めるロープが無い。
いや、ロープはあるな。
目の前の森はジャングルの体、少しばかし押し入れば、ツタを見つけることが出来ないこともなかろう。
木材はアレだ、素手だ、パンチだ、とび蹴りだ。
この万年筆を突き立ててみるのも好いかもしれない。
人間の無力感が解ってとても素晴らしい経験になるだろう。
夜になった。
前述したイカダ作りであるが、途中で放棄せざるを得ない状況になった。
それをこれから、さながら日記のように、というかコレ日記だから日記の形式に則って書き綴らんと思ふ。
朝、私はびくんびくんと他者から見ればまるで痙攣しているかのように、アレへの恐怖で身体を震わせ、森に進入した。
ひっそりとしていた。
踏む木々の根が、ごつごつとしている。
マングローブ。
それより何日も靴履きっぱなしだということに気付き、置かれている状況以上の危惧を感じたものであるが、それは現在解明されたので安心して欲しい。
人を殺しかけた。
埼玉に住む愉快な家族の父親よりも大変な生物兵器と化してしまった私の足(と靴)。
色物になっていく自分がとてもかわいい。
とにかく私は森の中へと押し入り、そして一人の島民と出会った。
少年とも少女とも付かない中世的な顔つき。
体つきもまた、女性と解る特徴は無かった。
ただ、アマゾネスばりの服装で、胸と股間を隠していたので、女の子であることは解った。
浅黒い肌をしていて、ショートカットの黒髪、同じく瞳は漆黒。透き通る視線で私を一瞥すると、一言、
「パペピプペポパポ」
よく解らないことを口にされた。
しかし聡明な私はすぐにこの島の人の挨拶のしるしだと理解し、優雅に、
「パペピプペポパポ」
と反芻ににた返事を返し、
「ハイ! アイアムケン! ナイスチューミーチュー」
偽名でもって正体を隠し、
「ヘルプミー、ヘルプミー」
完成された世界共通語で、今私の置かれた状況を端的に説明した。
すると少女は、
「パペピプペポパポ」
再び挨拶をしてきて、私に手を差し出してきた。
表情はない。
顔を見ればたいていは好意を持たれているか嫌われているか解り、自分の身の置き方を決めることが出来るのだが。
一体「パペピプペポパポ」には何の意味があるのか今に至っても理解不能であるが、ともかく今まで無人島と思えた、この、アレのいる辺境で、言語体型は完璧に違うとしても、同じ人間と出会えたのは、私のこころの支えとなった。
「パペピプペポパポ」
よく解らないが口にしたら勝ち。
こと外からやってきた人間が、自分らと同じ言葉を喋るのは、どこの国でも嬉しいもんだと私は知っていたので、パペピプペポパポを連発することにしたのである。
少女に手を引かれて森を抜けると、あったのは壁だ。
少女の迷いの無い先行に導かれていた私は、彼女が迷ったのかと思った。だが、そうでは無かった。
「パペピプペポパポ」
壁の前で一言呟くと、驚き桃の木二十一世紀梨、隠し扉、アマゾンな森に似つかわしくないメカニカルナ音と共にガラガラと上に引き上げられた。
「パペピプペポパポ」
上のほうからそんな声が聞こえ、見上げると、別の島民がいた。
「パペピプペポパポ?」
「パペピプペポパポ」
「パペピプペポパポ」
別の単語喋れよ、と愚痴ってみてもしょうがない。
このときは、まあ島民しか知らない習慣の言葉かと真に受けていたし、緊張もしていたので疑問に思わなかった。
今になってようやく「パペピプペポパポ」以外の単語聞いてねえなあ、と首を傾げ得るのである。
扉をくぐると、階段があった。
なんだか石以外のもの、鉄か何かで出来ていそうなノリだったが、島の秘密を知りたいとは思わなかった。
こういう閉鎖環境において、秘密を知るということは死を意味する。
階段を上っていく。
ごくり、と唾を飲んだことが印象的だ。というのも、先を行く島民の少女のケツが見えたからだ。当然ノーパン。自然の驚異にさらされた価値があるってもんである。
「おおヘヴン」
さて、ふざけるのもここまでにしておこう。
文字を綴れる私には、この島のことを書き記す義務がある。
いつまでの女性の尻について語る必要は無い。
強いて言うなら、あの少女の尻は、プルンとしていておいしそうだった。
かといって熟れすぎても無く、よい感じに青い果実なのだ。指で突いて後揉み解してみたかったが、一応私も一般人常識人なので、そのような愚行は思うに留めた。
階段を上りきると、目に飛び込んできたのは田園風景。
今までの無人っぷりが嘘のように、農作業に勤しんでいる島民を発見することが出来た。
「パペピプペポパポ?」
「パペピプペポパポ!」
「パペピプペポパポ」
至るところから「パペピプペポパポ」の声。
うっせえよバカ、などとぼやいてみても始まらないのだが、それにしたって単語が少なすぎやしないかね。
このときの少女の表情は、やはり無表情であった。
「パペピプペポパポ」のみで私の何を伝えられているのか不思議だった。
とはいえ、なんとなくではある、少女にさほど悪くは思われていないのではないかと、第六感、感知し、生まれたてのひよこらしく彼女に付いていくことにした。
私は少女の家らしき建物に案内された。
集落から少しはなれた外殻に位置し、周囲はひっそりと静まり返っている。少し離れたところに野次馬らしき人の姿が窺えたが、少女の、
「パペピプペポパポ!」
本当、何の用途に用いられるのかさっぱり解らない一喝で、散り散り退散させた。
中はしんと静まり返っていた。周囲の風景に同化してしまったかのように映った。むやみやたらに広く、人気はない。生活の臭いが感じられなかった。
「パペピプペポパポ?」
とは私の質問である。内容は「あのさ、よく解らないんだけど……」
対して、返答は、
「パペピプペポパポ」
そりゃそうだよなあ、といわざるを得なかった。
「パペピプペポパポ」少女に促され、とりあえず着席した。
驚いたのが囲炉裏の存在。
つーか南国の島に囲炉裏は似合わないだろうもとい無いだろう、と思ってみたりもしたが、ふむ、なるほど、夜、周囲をぼんやりと照らす様は、なかなか今は遠き故郷のにほひを漂わせてくれている。
しばらく胡坐をかいて待っていた。少女は何やら見慣れぬ具材を鍋(なんか吊ってた。かなりの年代モノである)に放り込み、火を焚いた。彼女もすることが無くなったようで、ぽてんと、正面、兎座り、今度こそ暇になった。
鍋の中身が何かは知らない。少し緑っぽくて目に沁みて落涙を誘うが、ここは少女の優しさに触れこびり付いていた涙腺が再稼動した、ということで感動をあおろう。
「パペピプペポパポ?」
少女が聞いてきた。少なくとも私にはそう聞こえた。だからエクスクラメーションマークをつけた訳である。だが、今になっても本当に尋ねてきたのか解らないのが真実だ。何しろ「パペピプペポパポ」しか喋らないのに加え、アクセントの起伏がわずかしか無かったから。
「俺、夏至到」いつまでも「パペピプペポパポ」に流されていてはいけない、と決断を下した私は、ジェスチャーを取り入れながら、自己紹介をすることにした。「台風(身体を回転)飛ばされて(ジャンプし、腹からボディプレス。痛かった)ここ(下を指差し)」この動作を何回か繰り返した。
「パペピプペポパポ?」
私の動きが訳解んねーのか言葉が訳解んねーのか。そろそろ言語の壁を越えて異文化コミュニケーションを取りたいところだが、少女に私を理解しようとする試みはなく、ひたすら空回りするだけだった。
「俺、夏至、夏至、解る? 夏至」
せめてと、我が名を連呼する。ゲシゲシゲシと。解ったのか解らないのか曖昧な表情を浮かべていた。今思えば、これがいけなかった。
「ゲシゲシ」
私の呼び名ゲシゲシだとさ。
「違う、ゲシだ」私は弁解した。ゲシゲシなどという、そんな虫みたいなマスコットみたいな名ではなく、夏に至る、夏至である、と。
「ゲシゲシ」
彼女は頭が悪いようだ。何度も、一回だけゲシ、と言っているのに、直そうとしない。喧嘩売っているのかと疑った。
「よっしゃ、表出ろや、先住民など俺のシェルブリッドで叩き潰してくれるわ」
立ち上がった直後、
「パペピプペポパポ」
鍋の中身をさっと掬って、差し出してきた。
本来なら売られた喧嘩は買わねばならぬと幼少のころから鍛えられた(主に漫画に)私であったが、まさか降伏したものにまで手を出す外道ではない。
「解ってくれたようだね」紳士的に正座をして、碗を受け取り、
「…………………………………………」
中身。グツグツと煮立ったソレは、アレを見たときと遜色ないほどの危険信号を送ってくる。
「パペピプペポパポ」
表情の乏しい彼女はしかし、とても嬉しそうにソレを自らの碗に掬っていた。
「食うのかい?」
正気かと問うた。
「パペピプペポパポ」
食う、と。少女の瞳は決して揺らがぬ意志に満ちている。
ならば私も覚悟を決めねばなるまい。ほら、ジャングルの奥地に住む少数部族とか、ゲテモノ食うじゃない? あれと同じだと思えば全然怖くないこともない。
「いただきます」これほどガッツに溢れたいただきますは生まれて初めてだった。
ずずず、とまず汁から吸うてみた。
ほのかに香るペパーミント。本当に汁物かと思えるほどの、小麦粉にも勝る粉っぽさ。気管に流れ込んだ湯気は一気に諸器官を破壊しつくし、胃袋へと到った本体は胃酸をも中和し穴を穿った。
「くふ」口元に手を当てると、流れていたのは血であった。赤い。でもなんか汁と混じって緑っぽい。今、万年筆を動かしている手が、振るています。これはわすれらないおもいてになりまた。
問題は少女にもあると思うのです。食事に慣れていない私ならともかく、少女まであまりの不味さに血を吐き白目を剥いて事切れた老婆のごとく背中から倒れてしまったのですから。
「よしっ、覚悟はいいな女、地球破壊爆弾の使用も辞さないからな」本当にそれぐらいの威力があった。テポドンなんて目じゃない、超新星爆発に似た、衝撃。おいら毛虫でも食えるよ。
「パペピプペポパポ……」
少女はどうやら反省しているらしかった。
しかし吐血までした私としては、許せる話ではない。いまになても、しるものときくと手が震えのですから、いっしょうのトラウマ分ははんせいをしいただきたい。
「まあまあ、お嬢さん、そんなにお気を落とさずに、ね?」けれど私は紳士であった。痙攣する胃袋を悟らせないように少女の肩に手を置いて、フッと微笑んだ。いや、顔の筋肉の力が抜けた。立ち上がるのは危険であったのだ。
「パペピプペポパポ」
少女は何を思ったのか、私を見上げ、うむ、といった具合に頷くと、鍋を取って出て行った。あの緑色の液体を捨てに行くのだと解ったときには、環境破壊より身の安全を喜んだものだ。狂喜。今思えば、コイツがそんな勿体無いことするはずなかった。
「パペピプペポパポ」
鍋を抱えて帰ってきた。どれどれ、と鍋を覗き込むと、刺激臭。目を潰さんばかりの悪臭を放っていた。ただの真緑だったのが、さらに毒々しさを含む、なんだか特殊な色になっていた。
「これ、何?」
「パペピプペポパポ……」これは解った。和訳すると「私にも解らない」だ。
私は脱走を計画した。背後から「パペピプペポパポ!」などと言われたが、気にしなかった。足首を万力ばりの握力でもって掴まれたが、命のほうが大切だったので、引きちぎるように振り解くと、悪魔の館から転がり出た。ゴキャン、と間接が逝った。このとき私は、嗚呼、靴を脱いでしまったのである。靴を脱ぎ、さてゴムの力が小さくなった靴下も脱いで、靴の中に入れて間接部を確認した。赤い。腫れている。感覚がない。
「パペピプペポパポ!」
背後に迫る緑液。足が一本潰れたからってなんだ。諸器官を破壊するあの液のほうが、何十倍何百倍も恐ろしい。あれを一口飲まされるぐらいなら、死ぬまで青汁を呷っていたほうがマシである。少なくとも青汁は健康的だ、と思った。
「助けてー! 誰か、ヘルプミー!」
見知らぬ辺境の島で原住民に助けを求める。間違ってはいないのだろう。だが、その理由が実にしょうもない。いや命の為なのだからしょうもないこともないが、それにしたって手料理から逃れるため救援を呼ぶのは、どうしたことか。
驚くべきことに、私はケンケンであぜを走り抜けた。今まで走った中で一番の速かったように思える。人間極限に到ると限界を超えるものだと改めて実感した。
数百メートル行ったところに島民がいた。道から田畑の中の人に指示を飛ばしているように思えた。女性である。彼女はこちらに気付くと、片眉を持ち上げ不審そうな表情を、そして背後鍋を抱えた少女に目線を向け、恐怖に引きつった。
「ヘルプミー! ヘルプミー!」
「パ、パペピプペポパポ!」
和訳「来るな!」冷静に思い出せばこれ以外にありえない。
「あの不思議島民をどうにかしてください!」解るわけないのだが、賢かった私は電光石火、女の手首を掴み逃げられないようにした。説得してくれればそれでよし、もしダメなら壁だ。
「パペピプペポパポ」後からやってきた少女が、女に対し声を掛けた。
「パペピプペポパポ……」呆れているかのような女の声。つーか文章で表すとどっちがどっちか解らねえなあ。
「パペピプペポパポ」(毒)
「パペピプペポパポパペピプペポパポ!」(指揮官)
「パペピプペポパポパペピプペポパポパペピプペポパポ」(毒)
「パペピプペポパポパペピプペポパポパペピプペポパポパペピプペポパポ!」(指揮官)
どうやら二人は知り合いであるらしかった。なにやら言い合っているようだが、所詮パ行の羅列に過ぎぬ。死ぬまでやっといてくれ、と檄を送った。
「レディ、お二方、私は用事が有りますゆえ、おいとまさせて戴きます候」優雅に頭を垂れ、その場から退散しようとした。
「パペピプペポパポ」(指揮官)首根っこと掴まれた。これまた凄い握力であった。大自然の驚異を正しく肌で感じた。
「いてて、そんなに私が恋しいのかい? ハハ、しょうがないなあ、お別れのキッスをしてあげよう」
「……パペピプペポパポ」侮辱されたと感じたのだろう、首を掴む力が激増した。
人間は相手の感情を敏感に感じ取る能力を持っている。それが欠落していたのが少女だっただけで、他の島民にその能力がないとは限らない。つまり、意思疎通は案外簡単であったのだ。
「ごめんなさいごめんなさい調子に乗りました」
だが締まっていった。容赦ないというか、言葉はやはり通じていないというか、まさかこの程度で死ぬとは思っていないというか。どちらにせよ私は窮地に立たされたわけで、このような場合、人なら誰しもあがくものである。だから、脱いだ靴の臭いを嗅がせるように女の顔に押し当てたのも、正当防衛と判断しえると思うのだ。
「パ…………………………………………」
糸の切れたマリオネットのように、ガクンと脱力し地面に身を投げ出してしまった。アヘアヘ、と泡を吐きながら、白目を剥き痙攣した。
注意していただきたいのは、この時点ではまだ女が生きているという事実である。
「パペピプペポパポ」毒の少女はしょうがないな、といった具合、起きるのを手助けしようと手を伸ばし、鍋がくるりとひっくり返って、中身を、その人の顔面にぶちまけた。
「…………………………………………」
動かなくなった。
「パペピプペポパポ」
和訳「見なかったことにしよう」言葉なんて通じなくても、相手の言いたいことは解るものだなあ。我々悪臭と毒物の二人は、女を助けるのは控え、家に帰った。誰かが拾ってくれるだろう。だって指揮官だし。部下いたし。それに、何しろ家には緑液はないのだから、恐れることはなかった。
帰って、ふとあることに気が付いた。そこは床の間で、私はさきまで土足で上がっていたのだ。緊張していたとはいえ、マナー違反である。加えて私の履物は生物兵器と化していた。ちょうど良い、といった具合に、以後、裸足で生活することを決めた。
その後のことは憶えていない。ごろんと横になったまでは、憶えている。緑液がないという緊張がほぐれると共に、遠く日本から離れた島に居るということもさほど問題ではない、むしろ延滞料金を支払わなくてもいいじゃないか、とポジティブに考えられるようになって、少女の子守唄らしきものを聞いて、すぐ、眠りに落ちたらしいのだ。
で、夜。
目が覚めたのは二十二時過ぎ。現在、三十分経って二十三時前である。
ふと、目の前で眠る少女の横顔が目に入った。いや、元から釘付けだった。安心して目を閉じ、すうすうと安らかな寝息を立てている。私も一端の男であるから無防備極まりないのであるが、ううむ、不思議とそんなエロティシズムは感じない。襲おう、とも思わない。大方緊張で生殖に対する優先順位が格下げされているのであろう、つーかあんまり色っぽい体つきしてねえし。
「パペピプペポパポ!」
ねぞう、なの、かおき、ているのか、く、りだされた、ニィは、私。コカン、をとらえ、ものの見ごと、うちくだきまし。かくにん。ない。いっこない。いやある。ちゃんとある。にこ。やばい。よかった。ほんとに。
少し離れて寝ることにしようとした矢先。
おい、ちょっと、離
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2005/11/16(Wed)23:35:18 公開 / 一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
解らないんだ、自分が何をしているのか。前に投稿した夢想の囚人。あの続きを考えようとしたんだけど、出来ないんだ。それでこれが出来たんだ。パペピプペポパポ。おおパペピプペポパポ(この単語がでて来るのはちょっと先)。壊れていくよ、自分が壊れていくよ、でも心地よいよ。これが、無理せず生きる、日々を楽しく生きるってことなんだねっ。
まあ真面目にご感想とかお願いします。
━━━━
後、この先いろいろと訳の解らぬ生物達が出てきます。私としても、キーボード打ちながら「訳解らん! つーかこんなやつらは社会から抹殺されるぞ!」と頭を抱える次第です。ストーリーとしても、夏至君が思考し行動し記述する限り、まともな方向へ進まないことは火を見るより明らかですが、まあ主人公他のに食われず、なおかつジャンルのところを「お笑い」「お笑い」としているので、「話が散漫、一貫性が無い。キャラが薄っぺらく感情移入不可。クニニカエレ」みたいな、そういうご指摘ではなく、「ここの文章言い回しが不適」だとか「確かこの状態で生理的にこんな行動取れないのでは」のようなのを期待しているわけです。なかなか前置き(中置き?)が長くなりましたが、どうぞパペピプペポパ島の出来事を楽しんでくれたら幸いであります。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。