『喫煙席』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:紺野 砂夜架
あらすじ・作品紹介
恋人同士の亜美(あみ)と崇(たかし)。出会って一年半。二人の関係が今、終わろうとしていた。
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目の前で煙が舞う。
嫌いな煙な筈なのに
今だけは私を隠して欲しいと思った。
喫煙席
「いらっしゃいませぇ〜」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスの元気な声が響く某ファミリーレストラン。
遅い昼食を摂る人が多く、満席になるほどに賑わっていた。
一番奥の喫煙席に私はいた。
私は煙草を吸わない。
目の前にいる彼が吸う。
サロンで焼いた小麦色の手が灰皿にのびる。
ふぅ、と煙を吐く。
灰色の煙が舞った。
いつもは咳が出るのに、今日だけは不思議と出なかった。
此処に来て二十分。
私たちは一言も会話を交わしていない。
恋人なのに。
私たちが出会ったのは今から一年半前。
地方から出てきたばっかりで地味女だった私は女子短大に通っていた。
周りにいる娘は流行りに乗って、皆可愛かった。
人数あわせ、という理由で生まれて初めて合コンに行った。
その時にいたのが、彼である崇だった。
崇は所謂フリーターという名の無職で、見かけからして色々な女の子と遊んでいるような感じだった。
見かけだけで人を決め付けてはいけないというけど、小麦色の肌に金髪、派手な格好は物語っていた。
そして何故かよく分からないけど、私たちは付き合うことになった。
それまで地味だった私は、崇との出会いで大きく変わった。
髪は亜麻色にブリーチし、ミニスカートも履いて、メイクもし始めた。
クラブに行くようになったのも崇がキッカケだった。
崇は、とても一途な人だというのも付き合い始めて分かった。
前の彼女と付き合っていたときは、クラブにも合コンにも行かなかったという。
最初はお互いどう付き合っていけばいいのか分からなかったけど、次第に気持ちが通じ合うようになった。
大好きだった。
なのに。
今更、
こんな状況。
「…亜美」
崇が此処に来て初めて口を開いた。
でも、頭を抱えて俯いたままだった。
私は、返事もせずに目の前のコヒーカップをすすった。
十分も前に、飲み干してしまった空のコーヒーカップをすする私が酷く惨めに思えた。
「…あのさ」
「ねぇ、今度の休み横浜行かない?中華街なんて久しぶりだし!」
平静を装った。
声は少しだけ震えていた。
音を立ててコーヒーカップを置く。
崇はそんな私を呆然と見つめていた。
「なぁ、亜美。お願いだから聞いてくれよ」
「知ってる?渋谷に新しいショップができたんだ。アクセでも買いに行かない?」
崇が話したいことが分かっているからこその行動だった。
崇の言葉を遮る。
崇は、私ではないどこか遠くのほうを瞬きもせずに見つめた。
「それよりさ、私あとちょっとで二十歳だよ。もう卒業かぁ…早いなぁ」
「頼むから…話を…」
私は関係の無いことをペラペラと喋り続けた。
何を言っているのかも分からない。
何をしたいのかも分からない。
崇の言いたいことは分かるのに…。
「亜美!」
店内に崇の声が響いた。
周りは一瞬にして静まり返った。
客は、一番奥のこの喫煙席に注目した。
「…もう終わりにしよう」
終わった。
私たちの長い恋は
終わった。
私は、人形のように固まったまま。
崇も俯いたまま、声は震えていた。
「結局、俺たちは違う人種だったんだよ。タイプが違ったんだ…。俺は、亜美のことが好きだよ。でも、これは恋愛感情じゃないんだ。もう亜美のこと恋人として見れない。いい友達なんだよ」
崇は苦しそうに言った。
私は、此処に来た時点で分かっていた。
いつの話だったかもう忘れたけど、煙草が嫌いな私は崇に禁煙を頼んだことがある。
それから崇は、私の前では絶対に吸わなかった。
でも、そのうち徐々に一本、二本、三本…と私の前で吸う本数が増えてきた。
何故恋人である私の前で煙草を再び吸い始めたのか?
答えは簡単。
その時から、私が恋人ではないと気付き始めたから。
だからこうして今日、此処に来た時も彼は迷わず喫煙席を選んだ。
私は、禁煙席を選んで欲しかった。
少しは期待していたのに、結局ムリだった。
でも、私は最後の望みを託して崇に聞いてみた。
「…煙草の約束、憶えてる?」
「煙草?何、それ」
煙草が灰皿に押し付けられて、小さな火が消えた。
2005/11/06(Sun)13:08:54 公開 /
紺野 砂夜架
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■作者からのメッセージ
初めて投稿させて頂きました、紺野 砂夜架(こんの さやか)と申します。
今まで書いた中で、一番気に入っている作品がこの『喫煙席』です。
ありがちな別れ話をいかにリアルに書くか。
リアルさを出すのにかなりの時間がかかりました。
今後のステップアップの為に、ご意見・ご感想等頂けると有難いです。
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