『Bird』 ... ジャンル:リアル・現代 リアル・現代
作者:新先何                

     あらすじ・作品紹介
鳥がテーマの短編集第一話・烏。第二話・鸚鵡。第三話・極楽鳥 パリの映画祭に行くため、僕が乗り込んだ飛行機は偶然にもハイジャックされる。ハイジャック犯はこの飛行機をホテルに突っ込むと言い出して、隣の席の花火師は自分の過去を話し始める。飛行機は順調にパリを目指す。

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 烏

 たまに登校したとき、カラスの死体を見かける事がある。決まって帰りにはなくなっているのだが、あれは仲間のカラスが死体を食べてしまうかららしい。同級生の片岡がそういった。
 片岡はたまに変な事を口走る。この前、忘れ物を届けに行くついでに片岡の家に遊びに行った。二階建ての一軒家で、家族はなかなか帰ってこないらしい。事実うちの学年に片岡の家族を見たやつはいなかったし、思い出せば入学式や参観日、三者面談にも片岡の両親は来なかったらしい。ちなみに、実はもういないんじゃないかという噂もあった。
 窓を開け風に当たっていたら片岡がしたからジュースを持ってきた。
「お前どっち飲む? コーラとオレンジあるけど」
 二つのコップをこっちに見せる。僕はオレンジの入った方をとり一口飲む。
「炭酸飲めないんだよね」
「なんで?」
「理由は知らないけど、なんかやだ」
「あっそ」
 興味がないのか片岡はコーラを飲むと机の中をあさり始めた。
「俺さあ、将来犯罪者になりたいんだよ」
 片岡は机の中をあさりながらしゃべる。とりあえずこれと言った返す言葉がないので無視した。片岡はそれが普通かのように続きをしゃべる。
「この前考えてたんだよ、将来歴史に名を残すような男になりたいって。でも、俺はさ頭が悪いから歴史的な大発明は出来そうにないって思ってもっと簡単な方法がないかなって考えたらあったんだよ」
「それが犯罪者?」
「ああ、歴史に残る大犯罪をしようと思う。後生に語り継がれるような犯罪を。ルパンみたいに」
「まあ、頑張れよ」
 中学生が考えそうな事だ。適当に相づちを打ってもう一度オレンジジュースを飲んだ、氷が小さく音を立てて動いた。片岡は捜し物を見つけたらしく机の中から茶色い紙袋を出した。
「なに?」
「驚くなよ」
 片岡は紙袋の中から刃渡りの長いナイフをとりだした。
「これが俺の大犯罪へのはじめの一歩だ」
 ナイフが窓から差し込む光を反射させた。何となく僕は窓を閉めた、ついでにカーテンも。
 しばらく、片岡はナイフを眺めていて、僕は近くにあった漫画を読みながら片岡の話を聞いていた。
 気づくと片岡はナイフをしまい、僕が読んでいる漫画の次の話を読んでいたを読み始めた。
「それ読むなよ、お前読むの遅いんだから」
 片岡は笑いながらコーラを一気に飲み干した。

 そのあと片岡に宿題を写させてもらってから片岡の家をあとにした。片岡の忘れ物をまだ渡していないのに気づいたのは家に着いてからだった。
 一昨日僕の家に片岡が来た時に忘れていった物だ。よくコンビニとかで売っている青いノートだった。表紙には何処かの国の言葉で書いてあったが、日本語と中三レベルの英語しか知らない僕には読めなかった。一枚めくるとカラスの絵が描いてあった。鉛筆で書かれたカラスは念を押すように何度も黒い線を引かれていた。何枚かめくっても同じような絵が描かれていた。確かに上手いが何処か冷たい絵だった。ただ、片岡がカラスの絵を描いていても余り不気味には思わなかった。僕の中でカラスと片岡は似ていたからかもしれない。片岡はカラスの生まれ変わりかもしれないと思った事もある。
 あいつは学校では浮いている方で、片岡を避けているやつも多かった。そのみんなが片岡を避ける姿は、ゴミをあさっているカラスを避ける姿に見えた。
 一回美術の授業で似顔絵を描くという時にたまたまパートナーが片岡だった。僕は輪郭から書き、髪を書き、そのあとに顔のパーツを書いていった。その時片岡の目を何度も黒で塗りつぶしていった。あいつの目は見るたびに吸い込まれそうになる。そのあと片岡に見せたら「俺はもうちょっと格好いいよ」と黒い目を大きく開きながら言った。ちなみに片岡が書いた僕の顔は仮面をかぶっていた。片岡は顔を描くのがめんどくさいと言っていたが、もしかしたら僕の事を見抜いていたのかもしれない。
 僕は学校に行くのが嫌いだった。ぎゃーぎゃー騒ぐ奴らと一緒にいながら「僕はお前らとは違う人間なんだよ」と思っていた。でも、そんな事を口にする事はない。それが人間関係なのだと思っている。
 部屋で明日学校に持って行く物の準備をしていた。忘れないように片岡のノートをとろうとする。机のぎりぎりにおいてあったノートは僕がとろうとしたせいで床に落ちた。そのときノートの最後のページが開かれた。そこには日本語でぎっしりと何かが書かれていた。五年前の日にちとともに、「今日、金物屋さんでおっきなナイフをぬすんだ。どきどきしたが意外とかんたんだった。その夜お父さんとお母さんがねているへやに入った。ぼくはそっとナイフをふとんの上からさした。お母さんとお父さんは少しうるさくなったので、こんどは口にナイフを刺した。そしたら二人ともしゃべらなくなった。次の日、学校から帰ってきたあとお父さんののうみそを食べてみた、ぬるっとしたとうふみたいでおいしかった。こんどはお母さんのおなかのあたりのお肉をフライパンで焼いてみた。次の日はお母さんの・・・・・・」
 そのあと同じような事が書いてあった。幼さが残る分が恐怖を増幅させた。日にちが新しくなるにつれて死んでいく人の数が増えていった。少しトイレで吐いた。僕は普段ニュースを見ないのだがある一つのニュースだけは知っていた。学校でも話題になっていたし、その事件が起きているのが近所だったからもある。近所で連続誘拐事件が起きていた。このノートは学校でみんなが話している内容も書いてあったしそれ以外の詳細な事が書いてあった。殺し方からその肉の食べ方までいろいろと。
 少し周りの音が聞こえなくなった。だんだんと音が戻ってくる。片岡はみんなと交じってその事件を話していた。息苦しくなり窓を開けた。いつの間にか太陽が昇っていた。新鮮な朝だった。

 その日、うちのクラスの担任が片岡は転校したと言った。あいつは僕がノートを読んだ事を知ったのだろうか、そして僕が警察に通報するとでも思ったのだろうか。どっちでもいいけど僕は警察には言わないつもりだ。僕は数学の授業を受けながら窓の外を走る生徒を眺めていた。

 学校の帰りに僕は片岡の家に寄った。この前来た時に片岡が玄関の脇の植木鉢に鍵を隠しているの見たので中にはいる事が出来た。この前来た時とそんなに変わらなかった。あいつの部屋の漫画がなかったのでまだまだあいつが子供だという事を実感した。棚にノートを戻しておいた。持ち主がいなくなった家はとても涼しかった。片岡は向こうでも同じ事をするだろう。僕は片岡は夢を叶えると思っている。あいつは立派な犯罪者になれるはずだ。それは僕が知っている。外でカラスが鳴いた。

 鸚鵡

 というわけで銀行強盗は四人いる。 ーー伊坂 幸太郎 「陽気なギャングが地球を回す」

 俺を含め、亀田と佐竹と山瀬の四人は焦っていた。
 俺たち四人が焦るまでの経緯はちょっと長いが、事の発端は佐竹のどうでもよくてくだらない話から始まる。
 そして、その佐竹の発言は俺たち行きつけの定食屋から始まる。


「あいつに一矢報いたいよな」
 佐竹がまたアホな事を言い出した、そこにいる三人がそう思った。
 「あいつ」とはいま校内でカツラ疑惑のかかる英語科教授の土井の事を指す。土井はなにかと俺たち四人を目の敵にしていた。まあ、確かにあいつに対する態度が悪いのも事実だけどあいつはあいつで悪いはずだ。授業中のしゃべり方は聞き取りづらいし、課題の量も半端じゃない。
「あいつって土井の事だろ?」
 山瀬が確かめるように聞く。
「むかつくっしょ、あいつ」
「まあね」
 俺はカレーライスを平らげてから話に参加する。
「そんで何するつもり?」
 佐竹の目が不気味に光る。
「泥棒」
 くだらない、そこにいる三人がそう思った。
「土井の家に忍び込むんだ、そんであいつのカツラを盗む。翌日に掲示板にでも晒せば相当なダメージが与えられるんじゃない。そこで、明日の昼間俺ん家に集合」
「アホ」
 亀田はそういうと席を立ち出口へと歩いていく。
「じゃ、そういうことで」
 俺と山瀬も席を立ち亀田の後を追う。出口付近で一言「ゴチになります」と佐竹に声をかける。佐竹が何か叫んだ。

 しかしなぜだろうと思う、翌日四人は土井の家にいた。
 佐竹が歯並びの悪い笑顔で言った。
「信じてたぜMy Friend's」
 とりあえずといった感じで亀田が蹴りを入れる。正確にかつ強くみぞおちを。
「なんだよ、来たくせに」
 ホントに、なぜ来たんだろうか。
 俺たちは家の裏側に回り込み、山瀬が通行人がいないのを確認してから俺と亀田でリビングの窓ガラスを割った。亀田が外国人のような発音で「Mission Startだ」と言ったのを聞いて、結局みんな乗り気なんだと思いほっとした。
 土井の家は外から見た時よりでかかった。教授だからか? 俺は生まれて初めて見た薄型の液晶テレビを眺めていた。リモコンを見つけたので電源を入れ座り心地の言いソファーに座る。土井のテレビは俺の実家にあるテレビよりもチャンネルの数が四倍か五倍あって、ゴルフをやっていたり俺の知らない映画がやっていたり外国のニュース番組が流れていた。チャンネルがこんなにあっても不必要だと思う。いくら土井が教授だからってこのうちの半分ぐらいしか見てないだろう。しばらくチャンネルを回していてジャッキーチェンが出てい番組を見つけた。それを見ていたがすぐに当初の目的を思い出し物色を始める。
 山瀬と俺が1階で、2階は亀田と佐竹の担当だった。
 山瀬が隣の部屋から指摘した。
「お前今テレビ見てるだろ、ちゃんと探せよ」
「ジャッキーが出てんだぞ」
「お前そこまで好きじゃなかったろ」
 確かに。俺はリビングから別の部屋に移動する。今度はコレクションルームみたいな所だった。トロフィーや写真や高そうな大皿が飾られていてそれぞれが俺たちと土井の違いを示していた。ホントに悔しい。めげずに物色していると、一枚の写真を見つけた。十年前だろうか、土井が何かのトロフィーを持って笑っていた。そこに写る土井の頭頂部は明らかに禿げていた。これでこの家の何処かにカツラがあるのは間違いない。写真を元に戻し山瀬に報告しに行こうとした。その時だ、上の階から「どすん」と言う音とともに佐竹の悲鳴が聞こえてきた。俺は急いで2階に向かう。山瀬も気づいたらしく後ろからついてきた。
 2階も1階と同じぐらい広く佐竹と亀田がいる部屋にたどり着くまでに佐竹の悲鳴を三回聞いた。そこは地獄絵図に見えただろう、亀田が狂ったように佐竹を投げ飛ばしたり蹴ったりしている。あわてて俺と山瀬で取り押さえる。
「落ち着け亀田」
 山瀬も呼びかける。するとだんだん亀田の意識が戻ってくる。
「どうした亀田」
 亀田が何かに怯えながら部屋の隅を指す。
「あれ・・・・・・」
 俺と山瀬も部屋の隅を見る。
「オチツケカメダ、ドウシタカメダ」
 部屋の隅から甲高い声で何かがしゃべっている。そこにいた物を見たとたん山瀬は泡を吹き俺は卒倒しそうになった。
「オチツケカメダ、ドウシタカメダ」
 オウムがいた。あろうことか鳥である。なんてこった、土井が鳥を飼っていたなんて。
 俺たちは四人とも鳥アレルギーだったのだ。
 佐竹も目を覚ました。
「おい、急に人を投げ飛ばすなよ」
 佐竹はオウムがいる事に気づいていなかった。俺はオウムが視界に入らないように指で示してから佐竹にオウムの存在を教える。佐竹は恐る恐る示した方向を見る。
「ギャアーー、鳥が、鳥が、とれが、とる、とれ、とれば」
 佐竹が支離滅裂な事を叫びながら部屋の中を走り回る。しかし、このバカがまたしでかしたのだ。佐竹は走り回っているうちに山瀬の体につまずき、なんとオウムが入っている鳥かごを倒してしまい、しかもその拍子で鍵が開いてしまい中からオウムが飛び出してしまった。オウムは元気よく「カメダカメダ」と連呼しながら何処かに行ってしまった。

 さて、唐突だがこの話は最初に戻る。俺たち四人は土井の家を一目散に飛び出し近くの公園まで走っていた。そして、途方に暮れていた。
 別にカツラが見つけられなかったわけでもないし、俺たちの天敵である鳥が現れたためではない。一瞬の不注意だろうか、山瀬が財布を土井の家の何処かに落としてしまったのだ。普通に中身がお金やカードだけならよかったのだが、山瀬は財布に学生証を入れていたのだ。
 土井が家に帰ってきたところを想像する。まず玄関の鍵を開け、リビングに向かうだろう。その途中で廊下が荒らされているのに気づくかもしれない、それに気づかなくてもリビングの窓ガラスが割られているのを見て自分の家が強盗に入られたと理解するはずだ。そして警察に連絡するかどうかはわからないがまず何が盗まれているか確認する。そして探している途中に一つの財布を見つける。当然中を見て、その財布の中に入っている学生証を見つけてしまう。そして山瀬が入った事に気づく、そこから他の三人にたどり着くまではそう時間はかからない。
 そのためには財布を取り戻さなければならないが、家の中には悪魔のオウムが徘徊している。
 それゆえ俺たち四人は焦っていた。
「どうすんだよ」
 俺が砂場で現実逃避に走っている三人に声をかける。
「やっぱ取りに行かなきゃまずいよねぇ」
 山瀬が砂に手を突っ込みながら言う。
「俺は嫌だからな、絶対」
 亀田が砂場に寝そべりながら叫ぶ。しかし、初めて知った。亀田が高校の頃キックボクシングをやっていたなんて。そして、鳥を見るとあんな感じでパニックになるとは。いまさらになって佐竹がかわいそうになってくる。
「やっぱり落とした張本人の山瀬が行ってこいよ」
 その佐竹が山瀬に白羽の矢を立てる。
「ふざけんなよ。だいたい土井の家に盗みに入ろうつったのはお前だろう。ろくに家の事も調べないで入るから鳥一匹でこんな騒ぎになんだよ」
「うっさい、お前だってなんだかんだ言って来てんじゃねぇか」
 だんだん二人が喧嘩腰になってきた。
「やるか」
 山瀬がファイティングポーズをとる。それにつられ佐竹も一瞬でファイティングポーズをとる。二人とも小さくジャンプしながらリズムをとる。
「来い」
 調子に乗った佐竹がブルースリーの真似をして手招きをする。
「うをぉおお!」
 いい年をした馬鹿二人がいっせいに吠える。俺は亀田の方に目で合図を送り二人を一蹴した。
「落ち着け、お前ら。今考えるべきは誰が悪いかじゃない、あのオウムをいかにして避け山瀬の学生証の入った財布を見つけるかだ。いいな馬鹿二人」
「・・・・・・はい」
 佐竹と山瀬は正座しながら話を聞いていた。
「そこで俺が考えた案はこうだ。ずばり作戦名は『あたって砕けろ山竹大作戦』ちなみに山竹ってのは山瀬&佐竹の略称だ」
「どんな内容?」
 佐竹が恐る恐る聞く。多分予想できているはずだが。
「俺と亀田が外で見張っているから中で存分に探せ」
 明らかに二人の顔が青ざめる。
「マジやめてくれよ、俺ホント駄目なんだお前らもわかるだろう」
 佐竹と山瀬が懇願する。
「ああ、同じアレルギーを持つ者としてよくわかる。よくわかるが、いったん物事を整理しよう。まず一に、土井の家に入ろうと決めたのは誰だ?」
「・・・・・・はい」
 佐竹が答える。
「二つめ、オウムがかごから出てきたのは誰がつまずいたからだ?」
「・・・・・・はい」
 またも佐竹。
「三つ目、今土井の家にある学生証は誰のだ?」
「・・・・・・俺のです」
 今度は山瀬が答える。
「最後に聞くが俺と亀田に落ち度はあったか?」
「・・・・・・行ってきます」
 ようやく佐竹と山瀬は土井の家に戻って行く。俺と亀田は外で待ってると行ったが、いつオウムが飛び出てくるのか怖いので結局公園で二人を待っていた。
「お前何で鳥アレルギーになったの?」
 暇だったので亀田に質問した。
「詳しくはわからないが、多分おれのじっちゃんがバードショップをやってたからかなあ」
 バードショップなんか俺たちにとったら地獄そのもので、想像するのも怖い。
「ちっちゃいころからそこにいてばっからしくて、そのときになったんだと思う」
「ふーん」
「興味ないのか?」
 亀田が不機嫌そうに言う。
「いや別に、理由がだいたい同じようなもんだなあと思って」
「お前のじっちゃんもバードショップだったのか?」
「ううん、俺のじじいは普通の喫茶店をやってたよ。おれがアレルギーというか鳥が嫌いになったのはまだ俺が一・二歳の時だったらしい。家族で動物園に行ったらしくてよ、そのときに親の不注意で鳥の巣の中に入っちゃたんだよ、俺が」
「ぞっとするな、っていうか悲惨だな今聞くと」
「ああ」
「でも俺の理由と似てない気がするけど」
「うん? ああ、別にいいじゃん、適当だよ、適当」
 それから二十分ぐらい他愛もない話をした。
「遅くないか? あいつら」
 亀田に尋ねる。
「見つかってないんじゃないか、もしくはオウムに出くわして気絶してるとか」
「行ってみるか?」
「いや、やめとこう」
 すまない山竹よ、Mission Completeには犠牲が必要だ。

 結局二人が戻ってきたのはそれから三十分後だった。手には山瀬の財布となにか黒い者を握っていた。しばらくして当初の目的であるカツラだとわかった。
「大丈夫だったか? オウム」
「ああ、最初は怖かったけどよーく探してみるとオウムはどっかに飛んでったみたいだよ。家の中にはいなかった。だからカツラを探す余裕も出来た」
 山瀬が自信満々に言う。
「よくやった、褒美を遣わす」
「俺、松竹亭のカツ丼がいい」
 佐竹がはしゃいだ。何を言う、あれ千六百円もするんだぞ。
「ほれ」
 公園の横で買ったコーンスープを渡す。
「俺たちがやった仕事の割に合わない気がするんだけど」
 俺は聞こえないふりをして公園の出口に足を運ぶ。
「さあ、仕事は終わった泥棒は早く逃げるべきだ」
 しどろもどろながら初仕事を終えた俺たちは帰路につく。こういうのもいいんじゃないか? 俺は空を見上げる。茜に染まったいい空だった。

 あと後日談だが、逃げ出したオウムについて書きたいと思う。逃げ出したオウムは町中を「カメダカメダ」と言いながら飛び回っていたので、ちゃっかり亀田の家に届けられたそうだ。しばらく亀田は学校を休んでいた。
 それから今思い出したけど土井のカツラの件について。これまた佐竹がへまをして掲示板に貼り付けているところを運悪く土井に見られ俺たち四人は一ヶ月の厳重謹慎処分と三十五枚の反省文を書かされる羽目になった。
 いろいろなことがあったけど一つ確かなのは、佐竹が俺のブラックリストに載った事ぐらいだろうか。

 極楽鳥

 ごく普通の人生を送ってきた新聞記者と、四十半ばで人生をあきらめた花火師と、全ての映画を愛するハイジャッカーが同じ飛行機に乗り合わせる確率はせいぜい2%ぐらいだと思う。
 だとしたら僕は2%の確率に出会えた幸せな人間だろうか。たとえ僕が今拳銃を突きつけられていたとしても。

「君、パリに飛んで」
 冬の事だった。東京のど真ん中に本社ビルを構える新聞会社の中で、僕は入社七年目にして初めての海外出張をすることになった。
「君、確か英語はなせたよね」
 脂ぎった顔の上司、大木が資料をめくっている。
「ええ、少しは」
「今度パリで映画祭やるからその取材、行ってきて」
「はあ、何日ぐらいですか?」
「一週間ぐらい」
 意外と長いな。
「できればもう一人ぐらい一緒についてきてくれる人とかいないんですか? 一人じゃ初めてだし心細いので」
 大木は資料から顔を上げ睨んでくる。
「人件費も二人になってくるとけっこうするんだよ。ガキじゃないんだから我慢しろ」
「せめて、アドバイスぐらい・・・・・・」
「明日出発だから今夜中に準備しとけよ、そんで向こうついたら電話よこせよ」
 大木は僕の質問を無視して続ける。
「じゃ、君もう帰っていいよ」
 これ以上ここにいるとまた余計な事を言われそうなのでそさくさと帰りの準備をする。
 明日パリに行くという実感はそんなに無かった。それは多分あの脂ぎった上司のせいだろう。

 翌日、僕は空港のベンチに座り込み持ち物の確認をしていた。昨日の夜、急いで何人かの先輩に電話をかけアドバイスを聞いた。その中の一つに空港で持ち物確認をしろとあった。アドバイス通り肝心のフィルムを忘れていた。急いで売店に行きフィルムを必要な分だけ買った。新聞記者がフィルムを忘れるとは恥ずかしい、またあの上司にいびられるところだった。
 その後喫茶店でコーヒーを飲んでいるとパリ行きの搭乗手続き案内が流れた。トレイを片づけてから会計を済まし店を出た。
 搭乗口でチケットを機械に入れる。スチュワーデスが機械的な笑顔を向けながら案内していた。僕は飛行機に乗る前にサービスの新聞をとり自分の席を探した。僕の席は入ってすぐの席で、最前列の窓側だった。ここならエコノミーでもいい席だろう。いつかはビジネスクラスに乗ってみたい。
 鞄から文庫本を取り出し、離陸するのを待っていると一人の初老の男が通路に立っていた。
「なにか?」
「あっいや、ここ自分の席なので荷物をどけていただくと嬉しいのですが」
 男は隣の席においてある僕の荷物を指していた。そうだよな、エコノミーだもんな。
「すいません」
 僕は荷物をどかし上の棚にしまった。男は気まずそうに座る。
 それから五分ぐらいたってからやっと飛行機が動き出した。僕はしばし文庫本を読むのをやめ、外の動き出した景色を眺めていた。
 だんだんと遠くなる空港を見ながら、自分がトイレに行きたい事に気づく。天井を見るとベルト着用のサインが出ていて、仕方なく我慢をする。気づくと飛行機はかなりの高さで太陽が眩しかった。
 しばらくして、飛行機も安定したらしく天井のサインが消えたのを見て立ち上がろうとすると、「仕事ですか?」と隣の男が話しかけてきた。
「はい?」
 ここで断ってトイレに行こうとしたら感じの悪いやつだと思われて、今後の空の旅が気まずくなると思った僕は、聞こえなかったふりをして聞き返した。
「いや、スーツを着ているから仕事かなと思って」
「まあ、そんなところです。今度パリで映画祭が開かれるじゃないですか、その取材なんです」
「取材っていうとマスコミ関係の方なんですか?」
「一応新聞記者です」
 話しながらも僕はトイレの事を気にする。
「格好いいですね」
「あなたは何のお仕事をなさっているんですか?」
 男は少し浮かない顔をしてから言った。
「今は無職なんですが、一ヶ月前まではこう見えても花火師の仕事をしていたんですよ」
 そういわれてみると男の引き締まっている体は花火師と言われても不思議ではなかった。
「花火師ですか」
「はい、小さい頃からの夢でして。二十年前にやっとなる事が出来たんです。東京の隅田川で毎年行われている花火大会をご存じですか?」
「ええ、よく見に行きます」
 僕は去年取材に言ったのを思い出す。中でも印象的だったのは、咲いた花の花弁がゆっくりと消えずに散っていくような花火だ。後で取材ついでに聞いたのだがあれは「錦冠」という種類だという。
「あそこでよく私も花火を打ち上げさしてもらいました」
 男は窓の向こうを眺める。
「やっぱり、花火って作るのは難しいんですか?」
 できるだけ早く会話を終わらせたいのだが、ついつい癖でいろいろと聞いてしまう。
「そうですね、花火って言うのは見かけによらず繊細な物でですね・・・・・・」
 男は夢中になって語り始める。これは長くなるな、頭の中でこの男と話し終えるまでの時間を瞬時に計算してみた。これは相当な我慢が必要だ。ちらっとトイレの方を見た、女性が入っていくところだった。
「花火を作る過程には大きく分けて四つあるんですがね、その中でも一番難しいのが星を込める作業なんです。星っていうのは重要な物で、星の配合の仕方で花火の色や燃焼時間が変わるんです」
 男の話はこのあと約二十分続き、中には科学的な話もあった。僕はまたも癖が出てしまい、気づくと男の話を熱心にメモしていた。さすがに我慢の限界も近いので男の花火解説を止めようとした。
「はっくしょん!」
 口を手で押さえながら大げさにくしゃみの振りをする。
「すいません、ちょっと手が汚れちゃったんで手洗いに行きたいのですが」
「あっこれどうぞティッシュです。それでですね、単に打ち上げ花火と言っても昼用と夜用がありまして」
 男からポケットティッシュを渡されてしまったので、手を拭く振りをしながら席に座る。もうこの際、素直にトイレに行きたいですって言ってしまおうか。すでに飛行機が離陸してから三十分がたとうとしていた。そうだ、もう言ってしまおう。我慢は体によくない。
 決心してから男に言おうと立ち上がった瞬間、予想外の事が起こった。
「立ち歩くな、座れ」
 黒いロングコートを羽織った男だろうか、サングラスをしているのでよくわからないが、そいつが冷たい物を僕のこめかみに当てられる。よく漏らさなかったと思う。それがすぐに拳銃だと理解した僕は半ば腰を抜かしながら自分の席に座った。後ろの方で悲鳴が起こる。
「静かにしてください! たった今からこの飛行機は我々ハイジャック犯の管理下におかれました。少しでも勝手な行動を起こすと容赦なく打ちます。ちなみにこの銃は本物です、疑う方はかかってきてください。そうすればその方の死体を見て皆さんが余計な行動をする気が失せると思いますので私たちとしてはありがたいのですが、誰かいます?」
 声の感じからして男だろう、今の一言で大半の人が静まるが未だに騒いでる人もいる。声のトーンからしておばさんといったところかな。と、冷静に分析してみるが僕も内心パニック状態だった。初めて銃をこめかみに当てられた恐怖で尿意は何処かに吹き飛んだ。
「後ろのほうの・・・・・・おばさん達、聞こえませんでしたか。自分おばさんって嫌いなんですよね、無駄にうるさいし、余計な事ばっか言うし、自分の事しか考えていないくせに。ああっ、もう考えただけでいらいらしてくる。とにかく後ろの方のおばさん! 死にたいんでしたらおしゃべりを続けてください、今から10秒数えますのでそれまでに悔いがないようにおしゃべりしてください。ではスタート」
 男はカウントダウンをしながらおばさんに近づいていく。おばさんは最初のうちは騒いでいたがカウントが0に近づいていくのを理解し、やっと静かになった。
「ありがとうございます。このようにルールを守ればいいのです。この飛行機の中には私の仲間があと六人います、それぞれにはとにかく乗客達にルールを守らせる事を伝えてあります。では今からルールを話していきたいと思います。まず私語についてですか、隣の人同士ならなるべく小声で話していただいてもかまいません。人間という物はとにかく無言を嫌いますからね。ただし、さきほどこちらに座っている男性にも言いましたけど」
 男は僕の方を指す。
「立ち上がる事を一切禁じます。これは私たちの都合なんですが座ってもらっていた方が見やすいので。それに立ち上がられるといつ不意をつかれるかわかりませんから。あと今から携帯電話、パソコン等の通信機能がついている物は回収します。しばらく待ってください」
 男はトランシーバーのような物を取り出し何かしゃべっている。しばらくすると奥の方から同じような格好をしたやつが袋を持ってやってきた。
「すいませんね、私の計画になるべくミスが出ないようにしたいので。では今から袋を持った僕の仲間が皆さんの所に向かうので入れていってください」
 僕と花火師の男もハイジャッカーの仲間に携帯を預ける。順調に二人のハイジャッカーは仕事をこなしていく。リーダー格の男は辺りをゆっくりと見回す。
 しばらく機内に沈黙の時間が流れる。男はまたトランシーバーをとりだし何かを聞いているようだ。
「ありがとうございます。無事回収できたみたいで嬉しいです。それでは最後にこのジャックのの目的を皆さんに知ってもらいます。私たちの目的はずばり、パリ映画祭に招待されている人たちが泊まるホテルにこの飛行機を突っ込みたいと思います」
 しばし、無音の状態が続き、また機内に絶叫が満ちる。嘘だろ。約四百人の客を乗せた銀の鳥は、悠々とパリを目指す。ハイジャックも乗せて、悠々と。
 横を見ると花火師の男は目をつむり黙って下を向いていた。怖いのだろうか。声をかけたかったが、ハイジャッカーの男が言葉を続けた。
「静かにしてください、今からもう一つ大切な事を言います。私たちの目的はもう一つあります。今から映画を作ります」
 もう、意味がわからない。「人生はドラマであり映画である。それと同時に一つの人生である」外国の思想家が言った言葉だ。これを聞いた時は意味がわからなかったが今なら同感できるかもしれない。こんな体験まるで映画じゃないか。
「知ってますか? 今度の映画祭にノミネートされる作品」
 男は続ける。
「一つだけ映画と呼べない作品がノミネートされるらしいです。時代の流れでしょうか、今日本はお笑いがブームだそうですね。そこで調子に乗った芸人どもが映画を撮ったそうです。コンセプトは『真剣に芸人』だそうです」
 男の言葉を聞きながら、その映画なら知っていると思いだした。前に取材でロケ現場に行ってきた。その映画は出てくる登場人物からエキストラまで全てが芸人という大がかりな物で、もう一つこだわりがあったはずだ。僕は男に見つからないようにこっそりと手帳をとりだした。少し日付を戻り、その映画の取材したページを見つける。そうだ、ギャップだ。その映画でこだわっているのは普段の芸人達のギャップだった。大御所ほど映画の中では身分が低い役で、そこそこ人気のある若手芸人が一番偉い役柄という感じだった。映画の内容だが、ストーリーを聞いたところベタな感動的なお話だという。言っちゃ悪いが正直くだらない。けどバックにいるスポンサーがとてもでかい会社だったので、記事では褒めまくった。多分、今回のノミネートもそのスポンサーのおかげだろう。そういえば映画祭にもう一つ注目を集めている映画がノミネートされているはずだった。何だっけ。
「あんなくだらない映画のせいで、たくさんの映画がノミネートを逃しました。それが私たちには許せないのです」
 男が強く叫んだので慌てて手帳をしまう。
「そこで私たちは考えました。まずあの映画が上映されるのを止めさせ、ついでに映画とは何かを教えてやろうと思ったのです。最初はこんな大がかりな事は考えていませんでしたが、計画を考えている段階で私たちはある事を思いました。どうせ犯罪を起こせば捕まって、刑務所に入れられ映画を見られなくなる環境に陥るのは私たちにとって恐怖です。なので、どうせなら大好きな映画と心中をしようと。ええ馬鹿な考えでしょう。だから皆さんにはせめてものお詫びにと、世界で最高の映画に出演してもらいます」
 男は熱く語っていた。僕は少し気持ちを落ち着かせようと窓の外を見る。まだ昼過ぎなのを外の太陽を見て思い出した。少し下に雲が見える。
 脚のない鳥。少し前に見た映画が脳裏に浮かぶ。ウォン・カーウァイの作品で「脚のない鳥」の話が出てきた映画だ。そうだ、この飛行機は正に脚のない鳥なんだろう。地面に体がつく時が死ぬ時。レスリー・チャンもこんなジャックされた飛行機の中にいる一般人がヨディの台詞を思い出すとは思わなかっただろう。
「では今から映画撮影に入りたいと思います。台詞などを言わせるつもりはありません。今から私が皆さん一人一人にインタビューをしていきます。皆さんは自分の人生のなかで一番の思い出を話してください。それだけで結構です。これは私の考えですが、素晴らしい物はたいてい人の口から生まれます。映画も然りボブ・ディランも然りです。だから私たちは映画を撮るにあたって原点に戻ろうかと。皆さんの最後の時間をこんな事に使い申し訳ない」
 男は一礼しながら機内の奥へと歩いていった。多分撮影は後ろから順番にするのだろう。
 もう一度花火師の方を見る。男は静かに目を閉じ落ち着いていた。そういえば名前を聞いていなかった。
「そういえばなんてお名前なんですか?」
 無言でいるのも退屈だったし、ハイジャッカーのルールには喋ってはいけないというのはなかったの、でとりあえず話しかけた。死ぬまでにこの人と楽しい話をしようと思い、笑ってしまうのをこらえた。死ぬというのに、人間は安心したい生き物なんだな。
 男は目を開けて笑ってきた。この男も人間だった。
「そういえば言ってませんね、名前」
「僕もそれ今思った所なんです。えっと、僕は田所と言います」
 礼儀のつもりなのか僕は先に名前を言う。
「私は和泉と言います、田所さん」
 和泉と名乗る男はぎこちなくお辞儀をする。
「ハイジャック怖くないんですか?」
 僕は和泉さんに尋ねる。
「怖いですよ」
「でもそのわりには結構落ち着いていらっしゃるじゃないですか」
「そういうとあなたもそんな感じに見えます」
「僕は、その仕事柄でしょうか。一応この仕事に就く時に覚悟していたんで」
「覚悟ですか」
「入社したあとの歓迎会で必ずやらされるんですよ。ビルの屋上で行われるんですが、新人社員が屋上の柵より外に立つんです。もちろん命綱を付けて。それで意気込みを下にいる社長に大声で叫ぶんです。それをやり終わったあとに社長が言うんです『この仕事に就く以上、今よりもっと大きい恐怖心を味わう事がある。だけど忘れないで欲しい。君たちは今日、空を飛んだ』って」
「楽しそうな仕事場ですね」
「今はそうでもないですよ。嫌な上司が多いし」
 すこし笑ってみせる。和泉さんも笑ってくれた。
「和泉さんも仕事柄ですか? こんなに落ち着いているのは」
 和泉さんは少し考えてから、「確かに、それもありますけど。もう一つあります」
「もう一つ」
 和泉さんの言葉を反復する。
「実は自殺するつもりだったんです」
「自殺?」
「不思議に思いませんか? 私が花火師の仕事を辞めた事」
「まあ、確かに。さっきはあんなに楽しそうに花火の話をされていたのに、なんでです?」
「簡単ですよ。才能がなかったんです、私」
 才能。その二文字は時に、人を傷つける。才能のない奴なんか今まで何人も見てきた。売れない漫画家や、自分の作品は世界を変えると信じて疑わない彫刻家。職種こそ様々だが、そういう奴らはみんなこう言う「いつかは、認められる、だから頑張れる」認められる日なんか来ないのに。
「ははっ、無駄にしちゃったんですよ二十年。頑固一徹で、酒にも女にも目をくれず。去年の隅田川で打ち上げた錦冠をみて諦めがついた。それと同時に激しく後悔しました。二十年は過ごすと短いですが、失うと長く感じる」
 男は遠い目をして僕の向こう側の景色を眺めている。その日に打ち上げた花火でも思い浮かべているのだろうか。
「はじめの頃は楽しかったです。自分の好きだった打ち上げ花火をこの手で作るんですから。師匠にいろいろと教えてもらいました、筒の整備の仕方から星の詰め方まで丁寧に。七年目になって初めて隅田川の花火大会で打ち上げたんです。それこそ小さいものでしたが、嬉しかったです。私の花火を見て拍手をしてくれる人がいるのが。けどその五年後、師匠が他界してしまいました。その後一番弟子の人が二代目を継いだんですが、その人は技術こそあるんですが、人間としては小さかったです。少しミスをする度に弟子を怒鳴りつけました。特に私は気が弱いのでよくあたられました」
 和泉さんは少し笑い、僕は黙って聞いていた。無意識のうちに和泉さんの話をメモしている。
「十六年目の事です。ようやく仕事が板に付いてきた頃、その師匠が大きなミスをしてしまいました。地方の花火大会で、師匠は自分の作った花火の星の調合を誤ってしまい力のない花火になってしまったんです。その日の夜の反省会でやはり師匠は荒れていました。言葉も乱暴になり、その日はなぜかは知りませんが私ばっかりを怒鳴りつけられて、そのときに師匠が言ったんです。『てめえがなんで花火なんかやってんだよ。才能無いんだからとっとと辞めちまえ。目障りなんだよ』まあ師匠も酔っていたので最初は気にしないようにしていたのですが人の心とは怖いもので、一度気にし始めると洗脳されたように腕が落ちていきました。一度覚えたはずの事も忘れてしまい、とうとう十九年目の日に打ち上げた錦冠は、淋しかったです。初めて上げた花火よりも小さく、覇気が無く」
 和泉さんは黙り込んでしまった。広い機内の中でハイジャッカーの撮影は続いている。
 人と話すと安心する。安心してどうすんだよ、どうせ死ぬのに。即座に自分の中の自分が言い返してきた。そうだ、死ぬんだ。この飛行機はホテルに突っ込む。四年前のアメリカ同時多発テロを思い出す。突然オフィスに連絡が入り、土井が大声を出して『取材だ』と喚きながら興奮していた。ニュースの映像が目に浮かぶ。大きな音を立てて二本のビルに突っ込む様子はそこらのB級ホラー映画よりも怖かった。この飛行機もあれと同じように。うちの会社は僕の事と事故の事、どっちが大事なんだろうか。みんなの為になるようにメモ帳に、僕が拳銃を突きつけられたあたりから思い出しながら書く。
「なんでパリに行こうと?」
 ついでだ、このかわいそうな花火師の男の話も残しておこうと思った。
「映画祭やるでしょ。田所さんが取材に行くはずだった」だった、過去形。
「私、映画が好きで暇があればよくレンタルビデオ屋に行きいろいろな映画を見ました。中でも印象的だったのが『ポリエステル』という映画です。少し前に話題になったので知ってますか?」
 僕は小さく首を振る。
「匂いが出るんです」
 和泉さんは楽しそうに話す。
「匂いが出る、オドラマ方式って言うんですが当時はそれが斬新で、まあ内容はあれなんですけど。とにかく今年の映画祭でポリエステルの監督が新しい映画を発表するというのでそれを見て死のうと思っていたんです。それからパリで一度花火を打ち上げたかったので」
「花火を?」
「パリの夜空を、これも別の映画で見たのですが、とても綺麗でいつかパリで自分の花火を打ち上げてみたかったんです」
「そうなんですか」
 ここは、自殺は止めた方がいいと言うべきだろうか。いまから死ぬというのに?

「では、自己紹介と一番思い出に残った話を」
 後ろの席で声がした。そうか、もうここまで来たのか。後ろの席に座ったまだ何処かの大学を卒業したような若者が、学生の頃にある家に忍び込んだ時の一騒動を話していた。パリにはその時の仲間と来る約束だったらしいのだが、自分だけ一本遅い便のチケットを買ってしまったため今は一人なのだと言っていた。最後にその若者はハイジャッカーに「おれ本当に死ぬのか?」と聞いていた。
 そう、死ぬんだよ。僕は小さく心の中で返事をした。
 そして僕たちの番が来た。僕の隣で和泉さんは花火師になったときのことを話している。
 ハイジャッカーはサングラスをはずしてカメラを構えている。僕は何を話せばいいのだろうか。いままで普通の人生を送ってきた、そのなかで一番の思いでと言われてもあんまり思いつかない。あの歓迎会の事を話せばいいのだろうか、僕にとってはこのハイジャックされている事件こそ一番の思い出かも知れない。さて、僕の番がやってきた。
「君が最後だ」
 ハイジャッカーは優しい笑顔を見せる。
 そのとき、僕はもう一つの映画祭で話題になっている映画を思い出す。日本の新進気鋭の映画監督、確か立川といったか、そいつが映画祭当日までストーリーもキャスティングも明かさない謎の映画を作り上げているという情報を聞いたのだ。タイトルだけ明かされていた。『ノンフィクション・イン・フィクション」。その映画監督の顔を一度だけテレビで見た事がある。すっきりとした印象の笑顔が前に立っている男の顔と重なる。
「あんた、もしかして」
「どうかしましたか? 静かにしてください。」
「いや、あんた」
「静かにしないと撃ちますよ」
 男が拳銃を再び取り出し、僕のおでこに当てたがそんな事はどうでも良かった。
「あんた、もしかして」
 立川、と言おうとした瞬間。男が引き金を引き「パーン」と叫び、その瞬間機内に紙吹雪が舞った。
「最後の一人は撮れませんでしたね」
 男の声が機内放送で流れる。男はいつのまにか拳銃からマイクに持ち替えていた。
「皆さん、驚かしてすいません。今から本当の事をお話しいたしましょう」
 乗客は全員拍子抜けしていた。
「まずは自己紹介からしましょう、私の名前は立川といいます。職業は未熟ながら映画監督をやらせてもらっています。今日のハイジャックは、全部嘘でした」
 男はあっけらかんと言う。
「私は、一週間後に開かれるパリ映画祭に一つの映画を発表するつもりなのですが今まで内容を隠してきました。私は今までにない映画を撮りたいと思いました。それはなにか?」
 男は一拍おいて続けて言う。
「作り物の中にある真実を撮りたいと。そこで私たちは映画を撮るにあたって一つの計画を立てました。それがこのハイジャックです。皆さんは、もうすぐ死ぬとわかってどんな事を思いましたか? 人は案外死ぬとわかると、反抗する前に素直になるんです。そのおかげで良い映画が出来ました」
 男はカメラからフィルムを取り出し見せる。
 飛行機は安全を取り戻して、一抹の怒りを覚えながらパリへ向かっている。悠々と、人騒がせな映画監督を乗せて飛ぶ。悠々と。

 パリに着いた頃はもう夜だった。最後に立川は「最初のほうで芸人が作った映画の事をぼろくそに言った事は黙っていてくださいね」と言っていた。
 その後、僕と和泉さんは飛行場で花火を打ち上げた。パリの夜空に一輪の花が咲き、立川達も喜んだ。
「綺麗な花火じゃないですか」
 和泉さんの横顔を見る。泣いていた。
「まだ和泉さんの花火で喜ぶ人がいるんですから、死ぬなんて言わないでくださいよ」
「そうですね、もう一度あの嫌な師匠に頭を下げてみます。久々に良い体験をしました。私の人生にはもったいない。だから、この体験が私の人生に相応しいぐらいにしてみます」
 銀の鳥を眺める。立川達が機材を運び出していた。なあヨディ、脚のない鳥にはこんな結末があったていいじゃないか。
 しばらくしてから、立川の作品に自分だけ出てないのに気づいた。あれは惜しい事をしたな。
 パリの夜はまだ始まったばかりである。

2005/11/12(Sat)22:16:47 公開 / 新先何
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■作者からのメッセージ
順調に第三話更新完了。
今回はテーマがわかりづらいかもしれません。話の途中で出てくる脚のない鳥の話ですが、あの鳥の種類は極楽鳥だそうです。
それから、前回の鳥アレルギーの件ですがこちらの下調べが不十分だったため、いろいろと疑問を抱いた方にご迷惑をおかけしました。それから、もしかしたらこれを読んでいる鳥アレルギーの皆様、申し訳ありませんでした。。
それからご感想、ご指摘をしてくれた恋羽さん、一読者さん、京雅さん、甘木さん、ゅぇさんどうもありがとうございます。
以上、新先でした。

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