-
『残酷な支配者』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:早
-
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
残酷な支配者
私、趣味でこそこそ小説を書いてるんですけど。いや、小説って言えるほど立派なもんじゃないかな。まぁ、それなりに書いてます。普通のサラリーマンです。
例えば今みたいに、仕事が山積みでしかも締め切りが明日っていう時に限って、なんだかいろいろ考えちゃうんですよね。それは哲学のようなモノだったり、悲観論だったり小説のネタだったりします。
それでね、今もふと、思い浮かんじゃったんですよ。
私たち筆者は、言ってみれば物語の支配者ですよね。その物語に出てくる登場人物は、私たちの思うがままに動きます。だから彼らにとって、一番恐ろしい存在は、近所のいじめっ子でもなく、生活指導の先生でもなく、ドラゴンや幽霊なんかでもなく、私たち筆者じゃないのかって。そう思ったんです。
彼らの運命は完全に私たちの手に握られています。生い立ち、生活環境、仕事、恋愛、対人関係、死に様まで。私たちはストーリーの展開にあわせて、いくらでも変えることが出来る。
何か、分かりやすい例でも挙げてみましょうか。
そうですね。じゃあ簡単に、女の子が男の子に恋をする話。王道ですね。
普通の学生にしてみましょう。女の子は、そうですね。『サキ』という名前にしましょうか。男の子は、『彼』とだけ呼びましょう。
サキは高校一年生。毎朝、同じ時間に同じ電車の同じ車両に乗る。その車両の、いつも同じドアのところに、彼がいるからです。サキは高校に入ってその電車に乗るようになって、彼に一目惚れするんです。でもサキは話し掛けられない。そりゃ、よく知りもしない他人に話しかけるなんて、簡単にはできませんよね。彼の、かばんの傷や制服を軽く着崩した感じから、明らかに年上のオーラがでていて、その上カッコよかったので、内気なサキは最初見ることもためらったほどでした。
ここまで考えても、やっぱりよくある話ですね。この後、サキが落とした定期を彼が拾ったりしたら、それこそありがちですから、ちょっと変えてみましょう。
ここで私は、『彼』がサキにとってとても大切な人にするために、サキをいじめられっ子にします。サキは学校に行っても、友達がいない。みんながサキを無視します。だからサキは本当は学校になんか行きたくないけど、電車で彼に会いたいがために、毎日学校に行きます。こうすればサキにとって彼の価値が、普通の学生をやっているという設定の時より、ずっと上がりますよね。毎日友だちと楽しく過ごしている普通の子なら、彼のことが少し気になっても、学校の誰かといい雰囲気になったりして、彼のことをすぐ忘れてしまうかもしれませんから。
でもまだ足りないな、と思って私は、サキの家庭を崩壊させます。父は別の女のところに行ったきり帰ってこない。母も男を連れ込んでくる。たまに顔を合わせば、出てくるのはお互いを傷つける言葉ばかり。可哀想なサキちゃん。サキにとって癒されるのは、電車で彼をこっそり見つめている時だけ。
これでまた、『彼』の価値がサキの中で上がりました。もうサキは、彼のことしか考えられない。彼が生きる希望だと言ってもいいくらいです。
今までのが、前置きですかね。ここからストーリーを動かしましょうか。さっきも言ったように、サキに定期を落とさせるのもいいですが、やっぱりそれは嫌なので、なにか別のイベントを起こしてみましょう。
ある日、サキは猛烈にいじめられます。それまで無視するだけの女番長みたいな怖いコに、かなりひどい事をされます。理由は、女番長が好きな男子と、話をしてしまったから。それも、その男子が落としたペンがサキの椅子の下に転がったから、拾ってあげて、「ありがとう」と言われただけ。
「汚ねぇ手でシンヤ君のモノにさわってんじゃねぇよ!」と怒鳴られます。理不尽ですね。今時高校生にもなって、本当にこんなことがあるのかどうかは知りませんが、雰囲気がでればオッケーです。
次の日、サキはどうしても学校に行きたくなくなりました。でも家には新しい男がいるから学校に行かないと、母親に疎まれます。サキはいつも通り電車に乗り、いつも通り彼を見つけました。サキが降りる駅の方が近いので、サキは彼がどこまで乗るのかは知りませんでした。制服もこのあたりでは見慣れなかったので、全く見当がつかなかったのです。
サキは、思い切って彼について行ってみよう、と思いました。大きな決断です。お金はありました。この時間帯で、まさか県外の学校ということはないとめぼしをつけて、サキは学校をさぼるという一大決心を下します。
それからしばらくして、彼が電車を降りました。急いでサキも後を追います。駅には彼と同じ制服を着た人たちがいっぱいで、サキは明らかに浮いていました。その上、乗り越し精算をしている間に彼の姿を見失ってしまいます。
サキは慌てて後を追いましたが、彼は制服の波にまぎれてしまってどこにいるかわかりません。どうしようかと思案していると、列からひとつそれていく影がありました。それが彼でした。サキは不思議に思いながらも、彼を見つけたという安心感から、彼を追います。気付かれないかと不安に思いながらも、すたすたと歩く彼を追います。
やがてふたりは、ふるぼけた木の建物の前まで着ました。半ば廃墟と化したその建物に、彼は吸い込まれるように入っていきます。サキはいよいよ不審に思いながら、入口の看板を読もうとしましたが、それすら風化しきっていて全く読めませんでした。
廃墟の隣に、寺がありました。
サキはなんとなく、中に入ってみます。小ぢんまりした本堂と、たくさんのお墓がならんでいました。サキはお坊さんに尋ねます。「あの建物は何ですか?」お坊さんは答えます。「あれは、○○高校の旧校舎だよ。もうずっと使われてないんだ」
なるほど、旧校舎。サキは納得します。でも、じゃあ、彼はなんであんな所に入って行ったんだろう?
ここで、私はまた考えます。『彼』の正体をどうしようか。皆さんもうお察しかもしれませんが、このままでは『使われていない旧校舎』と『寺』のキーワードから、彼は『幽霊』ということにせざるをえません。いや、何か訳ありの学生だという理由をつければいいかもしれませんが、それはまぁ、置いといて。
幽霊ということにするにしても、ただの幽霊じゃつまらない。どうして彼は、サキの前に姿を現したんだろう? どうしてサキは、彼を追いかけるほどに心惹かれているんだろう? この問いに、明確な答えが欲しいですね。
それからたいていの怪談では、幽霊は正体を見られると、それ以来姿を消してしまいますよね。私も、もう彼には登場してもらわないつもりです。では、これからサキはどうすればいいのか。生きる希望を失った彼女は、それこそどん底です。それはあんまりだし、物語のオチとしてもよろしくない。さて、どうしようか。
私は、さっき考えた家族構成を直します。母親はまだ若く、朝、サキが家を出るのを見届けてから会社に向かいます。そして、父親はずっと昔に『死んでいた』ことにします。そう、母親は高校三年生のときにサキの父親と恋に落ちて、学生という身分でありながら身ごもってしまうのです。ところがある時、突然父親が事故で亡くなって、母親はおろすつもりだった赤ん坊を、父親の忘れ形見として生む事に決めます。女手一つで苦労して育ててくれた母親を前にズル休みなんて、あんまりできることじゃありませんよね。これでなんとか、辻褄があいました。
そしてサキは、彼の正体を知ります。どうやって知るか。そうですね、和尚さんにでも聞きましょうか。父親は生前たいへん信仰が厚く、和尚さんと顔見知りでした。父の面影を持つサキに和尚さんが気付き、そうしてサキは父親の話を聞く。なんだか多少無理矢理な気もしますが、それでいいでしょう。
なんと、彼は生前の父の幻だったのです! これを、さっきの問いの答えにしたいと思います。
サキは旧校舎に向かいます。そしてそこで、父の形見を見つけます。何にしましょう。手紙でいいですかね。渡せなかった、母親への最後の手紙。詳しい内容はまたあとで考えることにしましょう。とにかくそこには、生まれてくるサキへのメッセージなんかもあって、サキは感動して、生きる希望を見つけるわけです。
これでおしまいにしましょうか。結果的には、まぁ、ハッピーエンドになりましたが、考えてください。サキを救い上げたのは私ですが、どん底へ突き落としたのも私で、最後には父親も死なせてしまいました。
今の話はまだマシなほうですけど、場合によっては孤児にしてみたり、先天的な障害を持たせてみたり、不治の病だったり。物語を盛り上げるためには、なんでもできます。物語の中でたくさんの人間が苦しんでいるのをみて、私は微笑みます。こうしておけばあとでもっと盛り上がるぞ。
そうして、私は気付きます。
一番残酷なのは、他でもない、私だ。
この考えを、馬鹿げていると思う方、たくさんいるでしょう。私もそう思います。だってサキも『彼』も、ただの登場人物に過ぎない。架空の人物に過ぎないのだからと。彼らに痛みはなく、苦しみはなく、物語の中でだけ生きている。それに、私が考えなければサキも『彼』も、存在することすらなかった。いや、『存在』という言葉さえ違和感を感じる。言ってみれば、ただの文字の羅列だ。『存在』しているのはサキでも『彼』でもなく、文字。『サキ』という文字。それらは一瞬で消す事ができる。存在を消す事ができる。
そう、私は少しも悪いことはしていない。それは確かだけど、やはり考えれば考えるほど、私は思ってしまうのです。一番残酷なのは誰だ? 運命を弄んでいるのは誰だ? そんな風にね。
……おっと、思ったより長くなってしまいました。私はこれから、たまりにたまった仕事を、徹夜してでも終えなければいけません。それでは。
「その男は、壁についた小さなしみに向かって、延々とそう呟いていました」
-
2005/10/27(Thu)00:48:39 公開 / 早
■この作品の著作権は早さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
こんにちは。私的には冒険してみました。早です。口調が微妙にえらそうなのが恐れ多いです。
今回の作品は、感想というよりもみなさんの意見を聞きたいな、と思って書きました。馬鹿げた考えだとはわかっています。でもなんだか、作った人物にある程度の「責任」みたいな、そういったものがいるんじゃないかな、と思いまして。
それから、別にお知らせするほどのことでもないんですが、この作品を境に、しばらく投稿は控えようと思います。理由はまぁつまり、「お受験」なんですが(^_^; 自分にけじめをつけるためにも、ここで言っておきたいな、と思いました。すいません。
感想、ご指摘、意見などありましたらうれしいです。それではこのへんで失礼します。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。