『彼女の独り言。彼の救済。それと星空。』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:那音
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「ああ困ったものだわ。そう本当に困ったものなのよ」
真夜中。公園。空にはとんでもなく大きく広がる星空。
真夜中の公園はとても静かで、その静けさの中を早口の声が響いていく。
ブランコや滑り台や鉄棒に囲まれたドーム型の遊具の上に、彼女は寝転がっていた。大の字になって仰向けになってそうやって星空を眺めていた。
「この星空はとてもきれいね。でも私が見ているこの星の光は、実は何光年も昔に放たれたとても古い光でもしかしたら今私が見ているこの星はもうなくなっているかもしれない。でもそんなものがなんになるというの? 今見てる光がいつのものかなんてどうだっていいのよ。実は星がなくなっているかもしれない? だからなんなのよ。そんなの関係ないわよ。今見てる星がきれい。それでいいのよ。それが全てよ。今の私の問題は星の有無じゃなくてこの星空の広さよ。そう思わない? 通りすがりの少年A!」
彼女の声は、少年Aへとかけられる。
「少年Aってなんだよ」
少年Aからの返答があった。
「俺は深夜急に冷凍ピラフが食べたくなってコンビニに走っていたところ公園から怪しげな声が聞こえてきたので好奇心に駆られて覗きに行ったらそれはなんと幼なじみの神崎結花の独り言だったというオチにがっくりきてる相田敦だ」
「わぁお、とっても状況判断しやすいセリフ。でも息継ぎすればもっとわかりやすかったかも」
「んなもん知るか」
彼は来る途中の自動販売機で買ったコーヒーを口に運んだ。時間が経ってるからだいぶ温くなってしまった。彼女が寝転がっているドームに寄りかかって白い息を吐く。
「そして何故幼なじみの少年相田敦くんはどうしてコンビニにも行かずにここで私の独り言を聞いているのか? しかし私はその答えを求めはしないわ。彼が何を思おうが私がそれを曲げる権利なのないのだし、彼がここに残るどんな理由があろうと私は彼にここにいることを強要しないし追い出そうとする気もない。私は彼の意思を尊重するわ」
「自己完結かい」
「じゃあ彼がここに残る理由を最もスタンダードな『私のおもしろおかしい独り言を聞いてみたい』と仮定して彼の望みを叶えるために独り言を続けようじゃないの」
「俺のツッコミ無視かい」
「だって独り言だもの」
「反応しちゃったな」
「うるさい」
「…………」
「さて何故この星空の広さが問題なのかというとそれはこの星空があまりに広すぎるからなのよ」
また真夜中の公園に彼女の独り言が流れる。
「私はこんな星空が好きよ。大好きといっても過言じゃない。こんなクソ寒い深夜にわざわざ出向いて来るほどだものね。この空は幼い頃の私を魅了して今も私の心を捕らえて離さない。それほど私を虜にした美しいものよ。でもね、ずっとずっと星空が捕らえていた私の心はそれでも変わるものなのよ。私が中学に入って小説家を目指し始めた頃、この星空は私に感動と共に虚しさまで与えたの」
彼女は――少し眉をひそめて胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
「この星空はなんてきれいでなんて広いんだろう。いつ見ても何度見てもとても感動する。感動する、けど……あまりに広すぎるのよ。あまりに広すぎて自分がとてつもなく小さく思える。星空は――世界はとんでもなく広いのに私はこんなにも小さい。小さくて小さくて本当に、そう、虚しくなるぐらいに! 星空はこんなに大きいのにこんなに小さな私じゃいくら懸命に手を伸ばしてもあの山の端の小さな星を掴むことすらできないのよ! こんなんじゃ、こんなに小さいんじゃ小説家になんてなれないでしょ。そう――、この星空を眺めてると……自分の小ささを証明されてるみたいで、自分の小ささに、虚しくなるのよ………」
彼女の独り言は先程までの力強さと勢いを失い、そして言葉を失い、彼女は悲しげな表情で沈黙する。
彼は黙って彼女の独り言を聞いていた。そして彼は聞きながら飲み切ってしまったコーヒーの缶を足元に置き、彼女が寝転がっているドームによじ登る。
彼女は彼がよじ登ってくることに気づいても、何も言わなかった。ただ悲しげな表情を隠すように、コートに包まれた右腕で両目を覆う。
彼は気にせず寝転がった彼女の横に座り、冷たいコンクリートに手をつき彼女が見ている星空を眺めた。
「あー、マジだなー。すっげー広いな今日の空」
「……」
「お前が感動すんのも虚しくなんのもわかる気がするな、これだけ広いと」
「……何が言いたいのよ」
彼女は腕で顔を隠したまま。でもそれに意味はない。だって彼は彼女を惑わす広い星空を見つめているのだから。
「……小せーのなんか当たり前だろ」
彼の口からこぼれた吐息は白く曇りすぐ空に溶けてどこにも届かないが、それでも吐息と共にこぼれた声はちゃんと彼女に届いていた。
「俺たちはみんな小さくて小さくて、それでも大きくなりたいってもがいてんだよ。お前も、俺もだ。それどころかもがいてるうちに自分で自分がわかんなくなって自滅しちまう奴だっている。自分の小ささに絶望して動けなくなる奴だっている。それに比べればお前は立派じゃねえか。こんだけ広い空見たって虚しくはなっても絶望しないし、虚しくなっても何度も空見て自分を確認してるじゃねえか。立派だよ、お前」
彼女はここにいる。星空を見て自分の小ささを感じてここにいる。
そして彼女はここで寂しがってる。ほんの少しだけ泣きそうになってる。
それを、彼は知ってる。
「それでも……それでもやっぱり苦しいって言うんなら、俺に言えよ。こんなちっぽけな俺だって、お前と一緒に星空を見ることぐらいできるんだから」
彼は視線を星空から彼女に移して、いまだ彼女の目を覆っている彼女の腕を掴みそっと外した。抵抗はなく、その下から現れたのは先程の悲しげな顔ではなくて、照れたような困ったようなそういう顔。
「なんで真面目にそういう事言えるかな……」
「お前ぐらいだ、こんなこと言えんの」
「そう……。でも、元気出た。ありがとう」
彼女は少しだけれども、笑った。微笑んだ。
「おう、どういたしまして」
それに彼は、満足げな笑みを返す。
「あんたって昔から変なとこで真面目よね……。でも、あんたのそういうとこ、好きよ」
「おや? それは告白かい? 神崎結花くん」
「……それは相田敦くん、あなたの意思を尊重するわ。告白だと思ったのなら告白と思えばいい」
「答えを相手に押し付けるのは卑怯だぜ? 結花」
「…………」
彼女と彼の、二人の沈黙。
それは大して続かずに、彼女のため息で破られる。
「こういうときに名前で呼ぶのも卑怯だと思わない? 敦」
彼女の言葉に、彼はそっと笑うだけ。
「……まあいいわ」
それにつられて、彼女も笑う。
「好きよ、敦。結構、ずっと昔から」
大きく広い星空は――世界は、そんな二人をちゃんと見ている。
2005/10/26(Wed)02:12:43 公開 /
那音
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