『愛でる私に拳銃を。眠るあなたに殺戮を。−絶望編−』 ... ジャンル:ホラー ショート*2
作者:那音                

     あらすじ・作品紹介
「愛でる私に拳銃を。眠るあなたに殺戮を。」のアナザーストーリーです。単体でも読めると思いますが「愛でる私に拳銃を。眠るあなたに殺戮を。」を先に読むことをお薦めします。あとグロ・流血表現注意。多分前のよりやばいと思う。

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「カニバリズム」という言葉を知ってる?
 私も最近授業で知った。
 カニバリズム。人肉を喰らうこと。食人・人食主義。
 その授業を聞いているときはとてつもなく気持ち悪かった。人の肉を食うなんてなんて悪趣味、とさえ思った。
 でもそれからふとした瞬間に人間の素肌を目で追っていることに気付いた。
 そしてとんでもないことに自分が人間を食べたいという衝動に襲われていることに気付いた。気付いてしまった。
 私はカニバリズムに陥った。
 夏が近づき暑くなってきたころのことだった。衣替えになり生徒全員が半そでの制服を着てくる。健康的な青少年の腕が、私の目の前に晒されることになった。
 我ながら最悪な時期にカニバリズムに陥ったものだと思った。
 学校は、地獄に変わった。

   愛でる私に拳銃を。眠るあなたに殺戮を。−絶望編−

 廊下ですれ違う生徒を見ても、「こいつはおいしそうだ」とかそういう目でしか見れなくなっていた。そしてその度に歯が疼く。あの腕を噛みたい。噛み千切って咀嚼して味わって喰らってしまいたい。喰らい尽くしてしまいたい。
 そういう衝動に襲われるのは、たいてい男だった。
 女のほうが肉が柔らかくておいしいという噂もあるが、私が男を喰らいたいと思うのはやはりそれは私が女だからだろう。
 衝動はなんとか抑えられた。でも抑えると吐き気がする。
 男の中でも、スポーツなどをして適度に筋肉が付いた男が食欲をそそった。それに好みも追加されて、私の食欲の対象はビジュアル系のスポーツマンに限られた。
 男の腕。筋肉と脂肪の釣り合いが取れてるとどんな味がするのだろう。脂肪と筋肉じゃやっぱり味は違うのだろうか。肩から切り取って切断面から手首のほうに肉を食らっていきたい。骨は残して後からしゃぶろう。骨は硬いから齧れないだろうから味がなくなるまでしゃぶろう。髄液っていうのは、骨の中にあるんだっけ。おいしいのかな。
 男の手。私は手フェチだから、手は残してやろう。でも手も食べてみたいから片手は食べて片手は残そう。スポーツしてる男の手はごつごつしてて本当においしそうだ。残した手は、冷蔵庫で保存かな?
 男の血。どんな味だろう。鉄の味なんだろうけど、他人の血だったら違う味がするかもしれない。絶対に飲んでやろう。甘かったら一滴残らず飲んでやろう。
 内臓とかはおいしくなさそうだから胴体は食べないでおこう。胴体だけならあんまり重くなさそうだし穴掘って埋めればわかんないだろう。
 あと、首。首は残そう。ずっとずっと手元に残しておこう。腐らないように防腐剤を打たないと。ホルマリンは液体漬けで触れないから、注射できるタイプの防腐剤を使おう。詳しいことはわからないから調べて勉強しないと。
 目とか脳みそとかも食べてみたいけど、それだと首も解体するようだからやめよう。
 ……そんなことを考えていた。
 地獄だった。食べたいものが目の前にあるのに食べれない。食べちゃいけない。
 私は檻の中の獣か。案外そうかもしれない。
 私は獣だ。理性という名の檻に閉じ込められた獣だ。
 私は暴れる獣を抑え、毎日を過ごした。

 地獄の終わりは唐突だった。
 帰り道の通学路で、私は最高の獲物を見つけた。
 私の好みど真ん中で、浅黒い肌で、手がごつごつしてて、首筋がとてもきれいで。
 とてもおいしそうな体をしてて。
 他の男に目がいかなくなった。気がつけばその男を目で追っていた。
 その男を学年名簿で調べた。同じ学年の……違うクラスの「矢崎」………名前は読めなかった。
 他の男なんてどうでも良かった。他の男に向けられていた食欲が全て矢崎くんに向いた。
 そしてその食欲は、矢崎くん一人に集中されたせいで強くなってどろどろになって私に耐え難いほどの苦痛を与えた。
 矢崎くんを見て衝動を抑えるたびに吐き気がする。気持ち悪くなる。頭が痛くなる。
 矢崎くんを食べたい。喰らいたい。肌をなめて堪能して肌を破って肉を噛み千切って骨をしゃぶって首は残して髪は毎日梳いて愛でてやりたい。
 でも私は矢崎くんが好きで。
 普通の女の子みたいに付き合いたいと思う。
 私なんか平凡で可愛くもなくてちっとも目立たないけれど、どうしても夢見てしまう。
 一緒に帰ってみたり、友達とするような話をしたり、矢崎くんがよく見るテレビを知れたら話題を作るために見てみたり、恐る恐る手をつないで顔を赤らめちゃったりして、普通の彼女になって、矢崎くんを陰からじゃなくて真正面から、見つめていたい。
 その夢は、想像していて胸が温かくなるくらいキラキラして、本当に綺麗で、きっと泣いてしまうぐらい素晴らしい世界だ。
 でも。
 でも、矢崎くんを喰らう想像をすると、その夢とは違い胸が熱くなって狂いそうなほどの快感で何もわからなくなる。
 それは温かくてキラキラした夢でも、どうでもいいとさえ思わせるほどの快感だった。
 酷くどろどろしてて、振り切ろうとしたって私の四肢に絡み付いて離してくれないだろうと思える快感だ。
 この快感に私はもうどっぷり浸かってしまったんだ。
 だから喰らいたくてたまらない。
 矢崎くんが好きだ。
 だから喰らってしまいたい。
 ……嗚呼。御免ね矢崎くん。私は君のことが好きだけど。この「好き」は食物に対する「好き」みたい。
 もちろん矢崎くんのこと、男としても「好き」だよ? でもそっちの「好き」の方がずっと強いみたい。
 御免ね矢崎くん。

 もう私は、君を獲物としてでしか見ることができないみたいだ。


 ………気付いたらそこは真紅色の世界だった。
 空も夕日も地面も墓石も金属バットも鉈も出刃包丁も私も矢崎くんもみんな真紅。
「あー…―――――?」
 ずいぶんと、おかしな声が出た。
 矢崎くんが、体から頭と右腕を切り離されて真紅になって。
 ……死んでいた。
 まあそれはそうだろう。首を切り離されて尚生きてるなんて逆に怖い。
 矢崎くんを染める真紅は、どうやらその切断面からあふれる血らしい。
 私も、真紅だった。体を見回してみたけど矢崎くんのようにどこも切り落とされてないし怪我もしてない。どこも痛くない。ということでこの真紅は矢崎くんの血だろう、と結論付けた。そうするとこの口の中の甘いどろどろした紅い液体も矢崎君の血だろうか。
しかしこの血落ちるかな? 制服なのに。
 真っ赤な地面に転がってるのは同じく真っ赤な金属バットと鉈と出刃包丁。
おお、なんて見事に揃えられた身近な殺人道具。…なんて思ってる場合じゃない。
何で私はここにいるんだ?
 空を見上げる。地面と殺人道具と私と矢崎くんと同じ真紅色。
 これは血の色じゃない。
 なんてきれいな夕焼け空。
 ああ。私。

 矢崎くん殺したんだった。
 このバットで鉈で出刃包丁で殺したんだった。

 あれから私は矢崎君を殺して喰らうことを決意して。矢崎君を尾行して殺すチャンスを窺ってたんだった。
 確か家が近くて通学路も途中まで一緒で。その途中に昼間でも人気の全くない墓地があったからそこで矢崎君を殺すことに決めて。そして今日ここで矢崎君を殺したんだった。
 金属バットは確か今日ソフトボールの授業があって。そのバットを片付けるときに一本拝借して茂みに隠しておいて。帰るときにかばんの中に隠して持ち出したんだっけ。
 なんて用意周到。自分でやったことなのにやたら感心した。
 そういえば鉈と包丁はおじいちゃんちから持ってきたんだっけ。確か最初は出刃包丁だけにしようとして。でも出刃包丁はなんとなく「刺す」というイメージがあったから「切る」に物足りないかも、と思って一応鉈も探し出して持ってきたんだった。
 新聞とタオルに包んでかばんの中に潜ませて、今日一日ずっと持っていたんだった。
 そして。………そして……………。
 私はいつものように矢崎くんを尾行してこの墓地の前の誰もいない道にたどり着いて隠してた金属バットを取り出して意外とそれは重くて強く両手で握り締めて矢崎君に駆け寄って大きく振り上げてそして。
「矢崎くん」
 なぜか矢崎くんの名を呼んだ。今思うとそれは初めて私が矢崎くんに声をかけた言葉で初めて矢崎くんが聞いた私の声でそして矢崎君がこの世で聞いた最後の音だった。
 私はそうして振り向きかけた矢崎君の首に、遠心力の乗った一撃を。
 矢崎くんを殺す一撃を。
 骨が折れるすごい音がした。
 その音はきっと身の毛もよだつようなおぞましいもののはずだったのに。
 そのとき私が感じたのは失禁さえしてしまいそうな快感だった。
 矢崎くんが倒れる。首がぶらぶらしていてすぐに死んでいるとわかった。
 私を支配するのは恐怖ではなく、快感だった。
 矢崎くんが死んだ。
 矢崎くんが死んだ!!

 矢崎くんがやっと私のものになってくれた!!!

 嬉しさに発狂しそうになりながらそれでも私の体は計画通り動いた。いや、欲望に忠実に動いた。
 食欲と性欲に、忠実に。
 私は重い矢崎くんの死体を墓地の奥まで引きずって隠した。
 お彼岸でもないのにこんな小さな墓地に来る人なんていない。矢崎くんを殺した道からも、私たちの姿を認めることはできない。
 ずっと前から計画してた、ここが私の食事場だ。
 そして私は……食事を始めたんだった。
 まずはとりあえず矢崎くんの見開かれた目を手で閉じて、半開きのまま動かなくなった口を閉じる。あんな驚愕と恐怖に満ちた表情のまま死後硬直で筋肉が固まったら大変だ。そんな矢崎くんに全く似合わない顔を、ずっと手元に置いておかなくちゃいけないことになる。そんなのは絶対に駄目だ。矢崎くんは私が「好き」になった顔のまま私の元にいなくちゃいけないんだから。
 矢崎くんを穏やかな寝顔のような表情にして、私はかばんから新聞とタオルの鞘に納まった鉈と出刃包丁を取り出した。
 とりあえずまずは出刃包丁で矢崎くんの首を切り始めた。切り口はなるべくきれいにしなきゃいけない。私がずっと愛でる矢崎くんになるんだから。
 骨が折れているだろうと思われる位置に刃を入れた。案外さくさく簡単に切れた。筋だけちょっと手間取ったけど、あとは大きな牛肉でも切るみたいに楽に切れた。
 頭を切り離された矢崎くんの胴体から、弱い勢いだけど血が噴き出した。それで思い出す。ああそうだ。血を飲まなくちゃ。
 私は屈んで切断面に口をつけた。ちょうど噴き出した血が私の舌の上に散る。
 それは、じんわりと甘かった。
 私の興奮は最高に達して、無我夢中に矢崎くんの血管に吸い付いた。噴き出す血を一滴残らず飲み込む。
 甘い。
 驚いたことに、それはとても甘かった。
 鉄の味もする。夏の夜の空気の匂いのような生臭さ。どろどろした鉄の味。
 でも甘い。
 切断面に顔を押し付けたせいで顔中が真っ赤になったけど、どうでも良かった。むしろ嬉しかった。
 首からはもう血は噴き出さなくなって、まだ飲み足りなかった私は、今度は鉈で右腕を肩から切り落とした。
 切り離した矢崎くんの右腕は重く、硬く、それでもまだ暖かかった。頬を寄せると産毛のさらさらした感触を返してくれる。
 その腕を抱きしめ、舐めた。少し歯を立て、噛み跡を残した。
 少し硬い感触。何をしているのかわからないけれどやっぱりスポーツをやっていたようで、それなりに筋肉はあるようだった。
 筋肉、どんな味だろう。
 食べてみたくて、鉈で右腕の一部を一口サイズに切ってみた。
 赤い筋肉と黄色い脂肪。さすが矢崎くん、脂肪のほうが少ない。一口サイズよりは少し大きいけれど口の中に詰め込んで食べてみた。はじめはぐにぐにとした感触で、でも口の中には甘い血の味がじんわりと染みてきて、噛んでいるうちに小さくなってきて蕩けてきてごくん、と簡単に飲み込めた。するりと喉を通って私の体の中を矢崎くんの肉が降りていくのを感じる。
 涙が出そうなほどの感動を覚えた。
 味はよくわからなかった。始終血の味がして、柔らかな感触で、それが矢崎くんの全てででもそれだけだけど最高においしくて――。
 一口食べただけで胸がいっぱいになって、血を飲んだときよりもずっと強い快感に体が震える。胸に感動があふれすぎて、私は震える息を吐き出した。
 もっと欲しくなってまた鉈で肉を切り落とす。何度齧っても血の味しかしなかった。やっぱり生だから血の味しかしないんだろうか? 焼いたりしたら少しは変わるのかもしれないけれど、もう家には家族が帰って来ているだろうから矢崎くんを持ち帰ることは出来ない。
 肉を切って食べていくうちに矢崎くんの腕からは骨が覗いてきて、私はそれに噛み付いてみた。結構力を込めたけど骨は硬く私を拒んで砕けなかった。別に砕けると思ってなかったから、骨の周りについた肉を齧り飴を舐めるようにしゃぶってみた。飴みたいにとは言わないけれど、骨も酷く甘かった。
 少しお腹は満たされて、私は矢崎くんがいる墓石の上を見上げた。
 矢崎くんは、そこで眠っていた。
 切断面を下にして。あふれた血で墓石を紅くして。
 目と口を閉じた矢崎くんの首。どこか眠っているようにも見える死に顔。
 私は腕を地において、すっと立ち上がった。改めて自分の姿を見下ろしてみると、本当にどこまでも真紅だ。制服のブラウスもスカートも両手もきっと顔も。
 それに対して矢崎くんの首はとても綺麗だ。血まみれの墓石の上にあるのが嘘みたいに、その肌は全く血に汚れてない。嘘じゃなかったら、さしずめ幻だ。
 そんな矢崎くんに手を伸ばす。血で真っ赤の手を伸ばす。
 矢崎くんの頬に触れた。矢崎くんの肌が血で汚れる。それでも柔らかく、暖かい頬。まだこんなに柔らかく、まだこんなに暖かい。まるで生きているときのように。
 矢崎くんの髪に触れた。矢崎くんの髪が血で汚れる。それでも柔らかく、さらさらした髪。死んでしまっても生きているときと全く変わらない、綺麗な髪。
「矢崎くん」
 矢崎くんの首を持ち上げる。
 私が触れたせいでずいぶんと汚れてしまった首。
 でもとても綺麗で、とても暖かい首。
 とても恋しい首。
 矢崎くんを胸に抱く。
 それだけのことが酷く官能的で、酷い恍惚を覚えた。多分今の私は、矢崎くんと一緒に踊ることだって出来る。
「大好きだよ」
 世界は快楽に満ちていて、鮮やかな真紅色に染まっていて、ここは私と矢崎くんだけの綺麗な世界で。
 私はこの世で一番綺麗なんだと確信できた。
 ――ふと。
 足元に無造作に転がっていた矢崎くんの鞄に気づいた。肩に引っかかっていたのだけれど、解体するのに邪魔で大して気にせず放っておいたものだ。
 でもそれは私が見ていた矢崎くんがいつも肩に下げていたもので。矢崎くんの生活がつまっているもので。
 快楽に満たされた私は、それに興味を持った。
 矢崎くんを腕に抱いたまま真っ赤な地面に座って、矢崎くんの鞄を開けた。
 中にあったのは教科書ノートに参考書。ノートの字は案外綺麗で、授業の内容をきちんとまとめられていた。矢崎くんの成績とかはわからないけれど、結構優秀だったのかもしれない。あとは通学中聞いているのを見たことがあるMDプレイヤー。中のMDを見てみたけれど知らない歌手の名前ばかり並んでいて、残念ながら私とは趣味が合わないみたいだった。
 あとあるのは適当なプリント類やセンスのいい外装の携帯電話。それに――クリアファイルにただ一つ挟まれた……封筒?
 清涼感たっぷりのただ白い封筒で、ちゃんと封もされている。裏には「2−8 矢崎祥隆」と矢崎くんの名前が書いてある。
 手紙かな? 手紙ならクラスじゃなくて住所書くべきなのに。なんでだろう?
 手紙を勝手に見るのは失礼だと思ったけれど、当の本人が私のものになったんだから別にいいかなと思って、クリアファイルから出して裏返し、表側を見た。
 そこにあったのは、「須藤 優様」という矢崎くんの綺麗な字。
 そしてそれは……私の、名前―――?
 これは、私宛の手紙?
 封を開けて中の便箋を引っ張り出した。開いた白い紙の上に並べられた綺麗な字の中で、その字だけは酷く目に付いて――焼き付いた。
「好きです」
 これは――――。
 これは、矢崎くんから、私への、
 らぶれたー?

 ――世界は快楽に満ちていて、鮮やかな真紅色に染まっていて、ここは私と矢崎くんだけの綺麗な世界で――私はこの世で一番綺麗なんだと確信できた。

 できて、い、た……。

 ――私は矢崎くんが好きで。普通の女の子みたいに付き合いたいと思う。 
 ――その夢は、想像していて胸が温かくなるくらいキラキラして、本当に綺麗で、きっと泣いてしまうぐらい素晴らしい世界だ。

 そう、素晴らしい、世界、で………?

 矢崎くんは、私のこと好きだった?
 私のことを、見ていてくれていた?
 素晴らしい世界は……夢は、ここに、あ、った?

 じゃあ矢崎くんは?
 矢崎、くんは―――


       死、ん


「……ひやあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 手紙を放り投げるあれはいけないあれは違うあれは触っちゃいけないあれは!
 あれは――
「ひっ!!」
 ひざの上の生首を叩き落とす。それは紅い血だまりの中に転がって紅く染まる。
「ひ、ひ、ひっ」
 紅い。地面も殺人道具も私も生首も紅、紅紅紅紅紅紅紅紅!
 あれをあの色をあの紅を私は、私は……!
 喰べ、た…………。
 口の中に残っていた甘さが一気に消え逆にとんでもない嘔吐感に襲われ私は地面にうずくまって吐いた。
 違う、私は違うあれは違う喰べてなんか私は喰べてない喰べてない喰べてない、のに……肉が、筋肉が脂肪が血が、昼食に食べたお弁当まで、胃袋自体も吐き出してしまうんじゃないかと思うほど、私は、全部吐いた。
 気持ち悪い。息が出来ない。
 涙腺が壊れたみたいに涙がどっと溢れ出す。
 なんで?
 私は、矢崎くんが好きだっただけ。
 私は、矢崎くんを喰べたかっただけ。
 それだけ、なのに……。
 なんで?
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。

 どうして?

「いやあああああああああああああああああああああああああああ」
 走った。もう耐えられない。
 逃げた。紅色から世界から矢崎くんから逃げた。でも逃げられない。世界は酷くどろどろしてて振り切ろうとしたって私の四肢に絡み付いて離してくれない離してお願いだから!
 お願い助けて誰か誰か誰か誰か誰でもいいから―――!!
 私を、ここから出して。
 このどこまでも紅い世界から。
 私を捕らえて離さない世界から。
 私を出して。
 お願い。
 助けて。
 
 走った。走って市場に出た。人がいる。手を伸ばす。助けて。
 でも人は私から離れていく。あたしが近づくのに反比例して、離れていく。
「……助けて」
 私は、全身が血まみれで口元を吐瀉物で汚して涙をぼろぼろこぼしている少女が、どれだけ異様かなんて気づかない。思考も意思も感覚も感情も飽和してもう何もわからない。
 もう何の力も入らなくて私は地面にへたり込んだ。コンクリートの黒い地面。だけど私の世界はもう真紅に染められて、他の色なんて侵入する余地も与えない。
 世界は真紅に染まって、嗚呼、もうこの紅は落とせない。
 遠巻きに私を見つめる人の中から、誰かが私に駆け寄ってくる。
 誰? 何か、言ってる?
 誰でもいい。何でもいい。もう何も感じない。もう何もわからない。全てが真紅に塗りつぶされて、もう落とせない。
「助けて」
 この真紅から。
 お願いだから。
「許して……!」


   ヤ   ザ キ    クン




2005/10/14(Fri)02:39:22 公開 / 那音
http://id15.fm-p.jp/26/naoto3/
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■作者からのメッセージ
ほんとすんませ……!!(地面に頭めり込ませて土下座)
ここで指摘があったように、別の投稿サイトでどんでん返しがあったほうがいいと言われて考えたのがこれです。
なんかホント痛いラストですみません……!
なんか前作褒められまくって調子こいたみたいです。それにしては変わってるの後半だけだしそこもうまく書けてないし最悪……!!
ほんとごめんなさ……

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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