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『一世一代の悪戯』 ... ジャンル:恋愛小説 ショート*2
作者:夜天深月
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愛知県、名古屋市のマンションに住んでいる僕は今、一世一代の悪戯をするため、自宅のリビングで悪戯に使う「あれ」を確認する。
(大丈夫だ、ちゃんとある)
僕は半ば緊張した感じで、ほうっ、と息を吐く。たかが、悪戯で、なんて思う人もいるかもしれないが今からやる悪戯はハッキリ言って普通の悪戯と比べものにならない。危険というわけではないが……、どう説明したらいいだろうか。とにかく一世一代の悪戯である。
僕は、「あれ」を手に握りながら、悪戯の標的となる、僕の彼女、木崎 しづきさんの顔を思い浮かべる。
しづきさんは、とにかく美人な人だ。腰まで届く黒いサラサラな髪の毛。黒い宝石のような、輝く黒い瞳。スタイルも抜群で、モデルのようだ。ちなみに、僕より一つ上で二五歳だ。
それに、比べ僕は平々凡々な人間である。どこにでもいそうな、町民その一みたいな感じだ。そんな、僕にしづきさんは何処が惹かれたのかが全く解らない。
僕はふと、しづきさんと初めて会った時を思い出す。
確か、僕が一九か、二〇の時、しづきさんが僕の働いているレストランに来たときは一目惚れしてしまった。こんなこと他人に言ったら笑われるかもしれないが、しづきさんはその時もとにかく美人だったので、別に一目惚れしても可笑しくないと思った。
しかし、すぐに現実というものを知り、その時は名前も知らなかったしづきさんのことを諦めた。
それから、三日に一回のペースでしづきさんは僕が働いているレストランに来たが、無理矢理自分に嘘をついてやりすごしていた。
しかし、とある日の夜のレストランの帰り道でしづきさんとバッタリ出会ったが、覚えていたとしても軽く会釈されるぐらいだろうと思っていた。だが、意外にもしづきさんは僕に声をかけてくれた。第一声は、
「ランチステーションの店員さん、ですよね?」
という、自信がなさそうな声だった。透き通るような彼女の声はとても綺麗だった。
しづきさんが、僕に声をかけてくれたという事実は理解するまで少し時間がかかった。一瞬、非現実的なことが自分に降りかかってきたのでキョトンとしていたが、すぐに目を覚ましたように、ハッとして、
「え、ええ、そうですよ」
と、すこしどもりながら言った。
それを聞いた、しづきさんはすごく嬉しそうな顔をして、
「やっぱり! あ、申し遅れました、私、木崎 しづきといいます」
と、早口で言った。その綺麗な声からは嬉しさというものが滲み出ているような感じで、なんだか心地よかった。
僕は、しづきさんが名乗ったので、僕も名乗らねばなるまいと、
「あ、見上 協といいます」
片手を後頭部にあてながら軽く頭を下げる。頭を上げたときなにか話さなければと思い、すぐ思いついた、
「うちのレストランの料理どうですか?」
という言葉をその場しのぎに言ってみた。
しづきさんは、ニッコリと微笑んで、
「とても、美味しいですよ。ついつい、三日に一回ぐらい行っちゃいますね」
と、恥ずかしそうに言う。
僕には、何が恥ずかしいのか解らないが軽く、はは、っと微笑んでおいた。その、微笑みも消えていくと同時に、ついにもう話すことがなくなってしまった。なにか、話題を探そうとするが、見つからない。
「それでは、これで……」
結局なにも話題が見つからなかった僕は、そう言って立ち去ろうとした。少し残念な気もしたが、話せただけでラッキー、と開き直った。
「あ、待ってください」
しかし、しづきさんは控えめに言い放った。そして、どこかもじもじとし始めた。
僕は、そのとき、もしかして、とありもしない現実を思い浮かべた。
「携帯の電話番号教えてもらえませんか?」
それから、先は今でもよく覚えていない。気付いたら自宅に帰っていて、携帯の電話番号が書かれているメモを持っていて、手帳には来週の日曜デート、なんていうメモが書いてあった。
僕は、初めて会った時を思い出して、しみじみとしていたが、そんな場合ではないと、今手に握られている「あれ」ともう一つ、この一世一代の悪戯に必要な、リビングの真ん中にある食卓に置いてあるオムライスを見る。ちなみに、すぐ横には麦茶が入っているコップが置いてある。
今さっき作られたばかりのこのオムライスはほのかに湯気がたっている。ケチャップの代わりにビーフシチューをかけてある。
一年前に皿洗いから、シェフとなり、今では半人前ながらもお客様のためにランチを作っている。そして、シェフになって最初に作れて、一番得意なのが今、目の前にあるオムライスだ。
今日は、付き合い始めてちょうど四年目で、僕の自宅でしづきさんと祝うということになっている。だからこそ、今日に僕は一世一代の悪戯をしようと一昨日決心したのだ。
もうすぐで午後八時になり、その頃にはしづきさんは僕の自宅に着くはずだ。彼女は遅刻するような人ではない。
あと、三分ほどしたらちょうど八時となるので、僕は一世一代の悪戯の準備をする。と、いってもオムライスの薄い卵を慎重にめくって「あれ」をライスの中に仕込んだだけだ。これで準備完了。
思えば、付き合ってきたこの四年間僕は悪戯なんて一回もしてなかった。軽い、驚かすぐらいの悪戯さえしなかった、度胸がない奴だった。四年たったいまでも、彼女をさん付けしている奴だ。しかし、今日は、一世一代の悪戯を仕掛けた。そう思うと、ワクワクしたり、同時に不安でもあった。ちなみに、しづきさんは付き合い始めて解ったことだが、けっこうお茶目なところがあり結構悪戯を僕に仕掛けたりした。
その度、その度、しづきさんに笑われていたっけ、と僕は苦笑した。
“ピンポーン”
ふいになった機械音。
僕は、しづきさんが来た、と直感して玄関へと向かう。覗き穴からろくに誰かも確認せず、僕は勢いよく玄関扉を開いた。
そこには、僕が直感したとおりしづきさんがいた。真っ黒なドレスにみを包んでいて、とっても綺麗だった。
「こんばんは、協」
しづきさんは穏やかな微笑みをみせた。
「こんばんは、しづきさん」
僕も、微笑んで、どこか他人行儀で言った。
そんな僕が可笑しかったか、しづきさんは口に手を当ててクスクスと笑った。その仕草はしづきさんと妙にマッチしていて、美しさをより際だたせた。
僕もつられて笑ってしまった。笑いが収まると、僕は彼女の手を取り、
「さぁ、お姫様パーティーにご案内しますよ」
と、冗談めかして言う。
「あら、いつになく今日は積極的ね。明日にはなにか大変なことがおこるかしら?」
彼女はまたクスクスと笑う。
(明日じゃなく、今日おこるよ)
僕は心の中でそう呟いて、一世一代の悪戯を思い出す。
僕はしづきさんの手を引いて、一応中にいれる。しづきさんが靴を脱いでいる間僕はスリッパを用意する。しづきさんが僕の自宅に来ると必ず穿くピンク色のスリッパだ。もし、他のだったら、自分でいつも取り替えている。
「ねぇ、今日のメニューは?」
靴を脱ぎ、スッリパを穿いているしづきさんが聞いてきた。どんな、メニューでもいつも美味しそうに食べているが、特にお気に入りであるメニューであってほしいのだろう。
「今日は、ビーフオムライス」
僕は上目遣いで見るしづきさんに言った。
たちまち、しづきさんは笑顔満面になった。しづきさんは、これが大好物で月に一回は作ってとねだる。
僕はしづきさんがスリッパを完全に穿いたのは確認すると。リビングにまでとおした。
「あら、いつもと変わってないのね」
しづきさんはリビングに入るなりそう言った。一体しづきさんはリビングがどうなっていることを予想したのだろうか。……案外茶目っ気たっぷりな彼女のことだからきっと、子供の時にあったクリスマス会の時のような飾り付けられた部屋を予想したのだろう。
「もしかして、子供の時にあったクリスマス会の時のような飾り付けられた部屋を予想してた?」
「あら、よくわかったわね」
僕は、ただ純粋に見破られたことに驚いているしづきさんを見て思わず吹き出した。
しづきさんはムッとしたように眉間にシワを寄せた。
彼女の怒った顔にはめっぽう弱い僕は、ゴメン、とすぐさま謝る。
「気になってたけど、協っていつもすぐ謝るよね? どうして?」
今度は表情を一転させて、不思議そうな表情のしづきさん。
それは、あまり怒ったしづきさんの顔見たくないからだよ、なんて甘い言葉言えるはずもなく、僕は、
「ささ、一応作ったばかりだけど冷めちゃうといけないから早く食べよ」
と、誤魔化す。僕は、スススと不自然ではないくらいの速さで席につく。そして、しづきさんに催促するような視線を送る。
少し、しづきさんは呆然としていたが、何が面白かったか、クスッと笑って、席に着いた。
僕は、気になったが、気にしなかったふりをして、コップを持ち、
「それじゃ、麦茶だけど―――」
と言って、しづきさんが持っているコップに、僕が持っているコップを当てる。
「―――乾杯」
“キン”という、音共に、僕としづきさんの声が見事にハモった。
僕は、すこしお茶を飲んだが、しづきさんをもうビーフオムライスを食べている。とても、嬉しそうに食べている。僕はそんな彼女を愛おしげに見つめたが、
(あ、そういえば悪戯しかけたの忘れかけてたな……)
と、不意に思い出した。それにより、どこか僕の行動の一つ一つがぎこちなくなっていった。
「あれ」を仕込んだのはビーフオムライスの真ん中辺りだ。しづきさんはまだ端の方しか食べてない。
早く食べてくれ、と半ば念じながら僕はぎこちない手つきでビーフオムライスを食べる。幸い、しづきさんは食べることに夢中なのでその事には気付かない。
しづきさんがビーフオムライスの真ん中辺りまで食べるまでの時間が凄く長く感じる。一秒が、十分、いや一時間にも感じた。おおげさかと思われるかもしれないが、度々言っているように仕掛けたのは一世一代の悪戯だ。そう思えても仕方ない。
とうとうしづきさんはビーフオムライスの真ん中辺りを食べた。そして、いままで嬉しそうな表情をしていたしづきさんの表情が怪訝そうな表情へと変わる。
ぎこちない手つきで食べていた僕はその瞬間思わず笑みを浮かべた。きっと、「あれ」を噛んだのだろう。
「なにか、硬いものが入ってたんだけど……」
しづきさんが顔をしかめる。口を抑えながら顔をしかめている姿が、しづきさんが一世一代の悪戯にはまった時、僕が想像していた姿と見事にダブった。
僕は、笑い出したい感情を押し込んで、さも何も知らないような感じで首を傾げる。
いままで、嘘を一度もつかなかった僕なのでしづきさんは信じて疑わなかったみたいだ。
「ちょっと、台所に行くわね」
しづきさんは席を立ち、台所に向かっていった。首を傾げて台所に向かう姿は僕には酷く滑稽に見えた。
「………っ!!!」
しづきさんの無言の驚きの声が聞こえた―――否、感じたというべきであろう。
今さっきはゆっくりと台所に向かっていたしづきさんなのに、今さっきとは対照的でドタドタと慌ただしく僕の目の前に滑り込むようにして来た。右手にはなにかが握られているようだ。きっと「あれ」だろう。
僕は、もう我慢できなくなってとうとう笑みを浮かべた。まぁ、悪戯は成功したようだし、もう、いいだろう。
しづきさんが僕を問いつめるように見て、握られた右手を僕にさしだしてゆっくりと握られた拳を開いていく。
「これ……、なに……?」
開かれた拳の上には「指輪」がふんぞりがえっていた。白いご飯粒がついているのがお気に召していないらしい。
しづきさん、いや、しづきはあふれんばかりに目に涙を溜めている。もう少しでこぼれ落ちてしまいそうだ。
そんな、しづきを僕は見てより一層笑みで顔を歪ませる。
泣きそうなしづきと笑っている僕。……いつもは逆なのに。
「指輪」
僕はニコリと笑って答えた。
「そんなこと聞いてない!! 一体、どうして―――」
その先をしづきはなにも言えなかった。僕が彼女の唇を自分の唇で塞いだからだ。
すぐに、僕は唇を離して、いつもは君からだったのにね、と苦笑した。それを、きっかけにするかのように、
「初デートに誘ったのも君からで、告白、ファーストキス、何からなにまで君からだったね」
と、僕は言った。
しづきは頷き、その時目から涙がこぼれ落ちた。
「僕さ、ここだけは譲れないなんて、思っちゃってさ。考えて考えて、こういう風に仕掛けたんだ。……ドラマみたいだろ? だからさ―――」
僕はここで言葉を切り、一世一代の悪戯を成功させる為の一言を言った。
「―――結婚してくれ」
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2005/10/13(Thu)16:05:05 公開 / 夜天深月
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■作者からのメッセージ
初めまして。夜天深月(ヤアマ ミヅキ)という者です。皆様、以後よろしくお願いします。
初投稿なので、皆様にも負けないようにと、頑張って書いたつもりです。
まぁ、実力が全くないのですが……。
さて、作品の方ですが、読んで頂いた通り恋愛小説です。
なお、読み切りですので。
もし、こんな作品でよろしければ、アドバイス、批評、感想を待っています。
それではこれで失礼します。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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