『エゴイストなアリス 第一話』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:水城*唯                

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プロローグ

吹き抜くように過ぎていった立秋は、その後も残暑の温度が絶えぬほど意味のないものだった。まだ空も快晴すぎて、あたしの好きな秋空を感じることは間々ならない。先日、惜しみながらもバッサリというありきたりな表現が似合うくらいに切ってしまった髪の毛は、申し訳程度に少し肩についている。学校に行けば、結べ、と上辺だけの教諭に命令されて仕方なくそれに従い、出来なくなったポニーテールを残念に思いながら、二つくらいに結ぶのだと思う。それでも、僅かな反抗として、やっぱり最初は何も結わないで登校するのだと思った。
最近、学校に行く意味は何?だとか、何で髪の毛って伸びるんだろう、とか考えて、最後には自分の存在意義に辿り着く。でも全部のクエスチョンがwhatだから、YesとNoで答えられなくて、考えるのが面倒くさくてやめてしまう。やっぱり、全部が面倒くさくて、考えるのとか喋るのとか、終いには此処にいることさえ面倒くさくて、だからそういう意味の為さないどうでも良いことを考えてしまう。そして、学校に行けばどうでも良い勉学に励んで、死ねば良いのに、と思うくらいの禿教師と真正面で向かい合う。成績の悪いあたしは、ごくたまに補習なるものを受けてしまって、その汗臭い禿教師とマンツーマンで向かいあったりする。理不尽な世界から、現実逃避なんて夢のあることはしたくない。ましてや、不細工な禿教師に媚を売るなんてみっともないことをするなんて、まだ東京湾に身投げしたほうがましだ。同年代の女が使う、ウザい、の意味は、禿教師とのみ対立するのだと今思った。
そう思いながら、昨晩見た夢を思い出した。夢なんてざっと5年ぶりくらいで、驚いた。不思議なもので、死ねば良いのに。と思っている禿教師が、汚らしく嗚咽を繰り返して、泣き喚いていた夢だった。気色悪くて、少し笑えなかったけれど、周りの人間が嘲笑をしていたから、少し気分がよかった。自分が嫌悪に感じている人間が、軽蔑されているのを見ると、吐き気を催すけれど、嬉しかった。周りの人間も、自分と同じ感情を持ち得ていたと考えると、歓喜したいくらいだ。そう考えると、今日は学校に行ってから、のうのうと偉そうに胸を張る禿教師の面構えを見てもいいかもしれない、と思った。今日は、そんな禿教師を拝むために登校しよう、と考えた。
少し狭い四畳半のマンションを出て、すぐに鍵を閉めた。テレビで、「盗むものがないから、鍵を閉めないの」とか言っている主婦とかは、ただ面倒くさいだけなんだろう。と今更ながら感じている。学校は歩いて四十分くらいの場所にあった。暑苦しい制服を恨めしげに一瞥してから、自転車を出す。あたしの家の地域は、自転車利用区域ではないけれど、さすがに四十分も歩く気にはなれない。只でさえ、残暑は厳しかった。近所の小母さん達が、おはようございます、今日も暑いですねぇ。と、いつもと変わらない挨拶を交わしているのを横目で見ながら、自転車を漕ぎ出した。

第一章of the would

 遅刻当然の時間に校門前につく。冴えない風紀委員の背中が見えた。多分、というか確実に校門を閉めて鍵をこれまた冴えない教師に返しに行くところだ。タイミングの悪い風紀委員を少し睨んで、片足を踏み切るとジャンプをした。ひどく簡単に侵入できてしまって、これじゃあ校門の意味がない。と苦笑して走った。風紀委員がのんびり歩いているところをわざと横切ってやると、吃驚した様子でこっちを見て、あたしは満足気に笑った。
 あたしは最高学年の三年で、受験を控えた教室はピリピリした。それに加えて、俗に言う不良と呼ばれるあたしが教室に入ると、何人かが振り向いて、恐ろしい幽霊でも見たかのような顔をした。怖がらして、すんませんね。今日は理由があるんだ。
――そう、禿教師のツラを拝んで、今日の夢と照らし合わせる、という理由が。
思い出したら、少し嘲りを含んだ笑いが出てきた。多分誰も気付いてない。
くるりと教室を一瞥して、椅子に座る。硬い椅子の座り心地は最悪だ。何日ぶりだろうか、この感じ。めんどうくさくて、ただ友達の関係を捏造している奴らを嫌でも見てしまう空間が今目の前にある。居心地も最低最悪だ。早く禿教師よ、来て。
 不意に教室独特の扉が、特有の音と合わせて開く。待ち望んできた禿教師、咲島はささやかな言葉を並べながら、黒板の前に立つ。
「おはようございます皆さん。さて、朝の会を・・・」
 いつもと同じ朝が始まる。といっても、あたしにとっては何一つ久しぶりなことだらけなのだけれど。挑発的な化粧を重ねる女子と、ガキみたいにバイクや車の雑誌を回し読みする男子共は、大方咲島に興味を全く示していない。
 しかし、咲島は逆に開き直り、胸を張って出席を取り出した。思ったより想像力と構造力はあたしにはなかった。禿教師咲島と夢の中の気持ち悪い咲島とを照らし合わせなかった。
 期待はずれだ、そう呟いてあたしは無言で立ち上がり、保健室という休養室へ足をすすめる。実際問題、これが現実で、あたしみたいなヤツは数多くいる。
 今までの禿教師や偽善者ぶった教師はそれを咎めることもなく、ましてや、授業の大切さを説くこともなく、去るもの追わずな態度だ。あたしはそんなことはどうでもよくて、帰りたいから帰る、したくないからしない、というひどくエゴイズムな人間だった。
正直、そんなあたしの性格が分からないわけは絶対ない教師たちは、あたしがどうすれば言うことを聞くか、と考えるのが面倒くさいのか、絶対に咎めないのだ。登校拒否の生徒も放りっぱなしで、虐めに教師が関わったという話を聞くのも皆無だ。そんな事実が心地よいものもいるだろう。だから、この学校は全てに乗り遅れている。
「おい、灰吹! どこへ行く!? 」
 ひどく耳障りなその声を振り切り、あたしは猛スピードで保健室へ向かう。無駄に長い廊下をわざと音を立てて走っていった。天を見上げると随分と低い位置に天井があった。
階段を降りていくとき、不相応な声を上げてそれとぶつかった。顔を上げると同じクラスの馳沢が見るも無残に転げ落ちている。あたしは目配せする間もなく、ひどく加害者のような気持ちで保健室へ進んだ。
 以前から利己的なあたしは、人と意見を合わせる事が一番嫌いで、そして集団行動が一番苦手だった。だから、男女平等なんて信じてないし、まして、人類皆平等という考えが理解できなかった。こういう風に育って、そしてエゴイストになった。エゴが強い人間と友好を深めたいなんていう人間は普通だったらいない。だからあたしは友達はいらなかったのだ。
 急いでベッドに潜り込み、馳沢の状況を考えた。遅刻する馳沢にも五割程の責任はあると思う。しかし、自分の身勝手なエゴ(利己的思考)で彼を大怪我にまで持ち込んだのは紛れもなく、他の誰でもない自分だ。そう考えると、寒気がして、後で謝るべきという思想とプライドが混ざり合い、可笑しな旋律を奏でた。
 そんな心とは真逆に、あたしは至って冷静な女子高生を演じた。変に取り乱したり、狂ったりしたら、自分の今まで築いていた地位が崩れ落ちると思う。変なところで意地を張る自分を、あたしは好きになれなかった。
 目を瞑る。あの衝撃音と感覚が喉下に突っ掛かったまま取り除けない。薬物独特のきつい匂いが充満するこの保健室は、加害者意識を消去するどころかますます膨大なものにしているような気さえしてくる。自分が、自分の中でどんどん悪者に変化してゆく様は心地よいものではなかった。目を瞑ったところで無意味な抵抗という事実は分かっている。無名のアイドル歌手が武道館で生ライヴをするように、あたしの抵抗は全く意味を為さない。無菌室のような真白な部屋はひどく静かで、耳鳴りがした。
 時計を見る。長い針先は11を刺し、短い針先はほぼ4辺りを刺す。無音と静寂の空間で、ただ時計の針だけが少ない歩を進めている。
 
 居心地の悪さに嫌気が差して、あたしは身体を起こした。起こした途端、激痛とも言える痛みを感じた。頭が痛い、脳髄が悲鳴を上げているような感覚で、ただ頭が朦朧としている。頭を抑えた手を見て、あたしは溜め息を付き、そしてまたベッドに潜り込んだ。
 ふと、潜り込んだ身体を元に戻す。奇天烈な感覚がした。脳から知識が抜けてゆき、そして脳髄と脳味噌が軽くなる感覚だ。今、頭を左右に振ればぐいんぐいんと勢いをつけて回ってくれそうな気さえした。宙に浮いてゆく記憶の束と知識の積木たち。あたしの頭からはずんずんと莫大な音がして、それに苦痛を感じているうちに知識や記憶が空気と化して消えてゆく。
 初めての感覚と、あまりに痛い頭(頭というよりは脳に近いが)に身震いして保健室をそのまま飛び出した。

 昇降口付近に辿り着くと、少女の発表会のように変にどきどきと緊張した。それに伴い先ほどと比べ物にならない痛みが全身を這う。伝う痛みは轟き、響くことを頭に教え込んだ。死んでしまうのだろうか、普段の反れた性格と精神への戒めか、あたしはずきずきと納まることの知らない頭痛を両手で押さえ、支え、足りなくなってゆく軽い脳で考えた。
 誰か、助けて。エゴイストの癖に、こんなときに人の支えを求めた。もう、限界。
 腕や足、そして上半身、下半身全てにかけて震えが止まらない。ガクガクと軽くなる頭、傷んでゆく全身、消えてゆく思考回路と積み重ねた記憶。あと、もう少しでこの校舎を出れる。それでも、あるはずない緊張感と、有り得ない痛みと感覚器官、その所為であと一歩を踏み出せない。あと、一歩。靴を履いて、校門前に歩いてきた。だから、あと、一歩。
 緊張感を勇ましいほどの痛みを、似合わない勇気に変えて。あたしはエゴを切り捨てることが出来るだろうか。そんな考えは脳をよぎり、あたしの記憶の隅に置かれた。
 
 個人的な歴史的一歩を踏み出して、あたしの脳と頭、そして抜けゆく記憶は何も無かったように止まった。喜ぶより先に、あたしの頭を一つの感覚がよぎる。
『ここはどこなんだ。あたしは、どこからきたんだろう。』
 生まれたときから刻まれてきた一つ一つの記憶たちは、ノウハウを教え込むように淡々と築き上げられてきたものだ。そんな記憶と、知識は先のことで消えていった。記憶喪失とは全く違い、それよりもっともっと、曖昧なものだった。古い記憶や感じた感覚、そして知識からひゅうひゅうと風力を最大にした風のように吹き出た記憶、知識、感覚。  今、あたしには最新の先ほどの言い切れない痛みの感覚や、今日見た夢の知識、そして、馳沢を大怪我まで差し出した記憶、そんな小さなものしかない。
 自分の嘗て嫌いだった、自宅の場所も、母親と築いてきた小さな頃の幸福の記憶も、逆に父親と築いてきた大きくなってからの反発と不幸の記憶も、曖昧になった友達との知識も、全てあたしの頭にはなかったものとしてある。

言ってみれば、生前の記憶の残っている赤ん坊のようなものだ。

 そんな頭、その上切れた思考回路の所為で何も考えられない自分は、ただ周りの景色を見渡した。以前のことは知識として頭の引き出しから出てしまい、前の風景は思い出そうとしても出来ない。頭を上げ、そこにはいるはずない馳沢と、そして小学校の時の親友だった朔野が自分を見据えていた。馳沢のことは、どうにか引き出しを開けることが出来る。でも、朔野のことが、どうしても記憶の隅にまで置いてないことが分かった。
 ひどい仕打ちをあたしの所為で受けてしまったはずの馳沢は、満面の微笑で、あたしを見下している。ごめんなさい。あたしは叫んでその場に頭を押し付けた。他の記憶がなくなった所為で、曖昧だった馳沢の記憶をひどく鮮明に思い出した。ぶつかったとき、感覚機能を全部使って、全身で全てを受け取った時の記憶。発した自分の不似合いな声。倒れた馳沢のスローモーション。全てがリアルで真実的だ。リアリズムな感覚は、とても鮮明。
 不意に襲ってきた罪悪感で頭を埋め尽くされて、あたしはただコンクリートに頭をこすり付けた。それでも、頭から振ってきた言葉は嘲りの無い笑いで、あたしは安著の息を漏らすことも忘れ、素っ頓狂な声を上げた。
「あははっ、何やってんですか。あんた。――あんたは、さっさと夢想室へ行かなくてはならないのでしょう? 」
あれ、それとも幻影室でしたっけ? 笑いながら、彼は言った。知らない単語を羅列され、そして先ほどの鮮明すぎた少ない記憶をまた手繰って、彼は今、怒涛を超え、そして呆れた感情をあたしに持っているのだ、とおかしく捏造させた。
 足りない頭で考えることは思いのほか難しくて、あたしは、ただ馬鹿みたいに呟いた。
「なんのこと? なんでおこってないの?」
疑問符を浮かべ、思ったままのことを並べた。
「どうしてです? うわ言言ってる暇があるのなら早く部屋へ行って下さい。灰吹さん」
あたしは言われるまま噛みあわない会話に違和感を持ちながら、彼の赴くままに『部屋』へ向かった。




……歯車はひとつひとつ旋律を奏でるように

     違和の記憶と記憶を繋ぎ止めるように

                 夢幻と幻影の製造者の唄






               続  

             

            





 



2005/09/27(Tue)17:37:00 公開 / 水城*唯
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■作者からのメッセージ
初めまして、水城唯です。淡々と読みやすい話を目指して書かせて頂きました。このような長編は初の試みといいますか、初心者なので、色々と拙いところもありますが宜しくお願い増します。
それでは、乱文乱筆失礼致しました。

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