『大きなもの(読み切り)』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:umitubame                

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 放課後、更衣室、私はまたため息をつく。
「私ね、部活やめようと思うんだ」
 幾度となく聞いた台詞。それも、すべて別の人間の口から。
 私はお約束通りまた、あの言葉を言う。
「えー、どうして。だめだよ」
 彼女はロッカーの戸を無駄に力一杯閉めて言う。
「でも、決めたの」
「何で」
 本当に同じことの繰り返し。嫌になる。
 最近、我が吹奏楽部の二年女子がとても思い悩んでいる。理由は、皆ほぼ同じ。まあ、皆とは言っても私を含めても五人しかいないのだけど。とりあえず、ざっと挙げてみると次の三つがある。
 一つに、うまい一年生が入ってきたこと。
  もう一つに、学校祭での他校との合同演奏のこと。
  さらには、コンクールの時から来てもらっている外部の指揮者のこと。
 ぶっちゃけた話、かなりどうでもいいことだと私は思う。
 なぜなら、一年生がうまいのは中学校の時から、もしくはそれ以前から楽器をやっている経験者であるからで、高校に入ってからのわずか一年足らずしか楽器を触っていない私たちと比べるにはあまりにも経験値が違いすぎる。それにみんなは自分がまるで成長していないみたいなことを言うけれど、私から言わせれば少しずつでもちゃんとうまくなっているのだ。ただ、自分のことはやっぱり私もわからないけど。
 合同が嫌だというのはただの我が儘で、人数が少ないからテスト前なのにわざわざ来てくれるC高校のことをみじんも考えていないことで、指揮者の方も同じである。
要するに、皆自分勝手だと言うこと。
 そんなに嫌なら、人に相談する前に勝手にやめればいい。どうせやめる気がないなら、相談なんてしなければいい。
「とりあえず、よく考えてみてよ。あんたの決めたことに私は何も言わないけど、でもそうすることで楽器を吹ける場所がなくなることだけは覚えておいて」
 別に、どうでもいいよ。あんたのことなんか。
 でも、あんたらがいなくなると私の居場所までなくなるんだ。
「うん、わかった。ごめんね、ありがと。今日行く?」
 彼女がおそるおそる私を見た。
「ああ、学生会に行ってかから行くから少し遅れるけど」
「そう」
 結局彼女はやめる気がないのだと言うことを何となく思って、ほっとした。
 私はほとんど何も入っていないバックを肩にかけて、笑う。
「暗い顔しないでよ、考えて納得して決めた事はすべていい方に動いていくからさ」
 精一杯の愛想笑いだった。

 生徒会室は学校の敷地内に建てられた薄汚いプレハブで、いつもほこりっぽくて薄暗い。狭い部屋の真ん中におかれた、ほとんど通路をふさいでしまうような大きな机には物が無造作にほっぽってあって、どれが何だか、個人の物なのか生徒会の物なのかわかったもんではない。汚いのだが、中には大事な書類なんかもあり、迂闊に捨てられないのである。
「お疲れ様です」
 私は中へ入り、息苦しそうにすわっているほとんど話したことのない先輩方に形式的な挨拶をした。感情などこもっていない。むこうもこっちを向いて、軽く頭を下げたような、頷いたような変な行動をしただけだ。見向きもしない人もいる。
 私は入り口付近の落書きだらけの黒板の前に立った。はっきり言って入ってくる人からはじゃまな位置だが、しかし、ぎゅうぎゅうに詰まった生徒会室に私一人がはまるスペースはそこしかない。だから、私はいつもそこに空気のように何もせずにただ立っている。
 仕事がないならもらえ、と先輩方は言う。
 二年生が仕事をしない、とも言う。
 でも、それは男子に向かって言う言葉。私たち女子が「何かありますか」と聞いても、沈黙が待っているだけ。たとえ仕事をくれたとしてもどこか嫌そう。
 でも、私はそこに居場所がなくても決めたことだから、そこにいる。
“考えて下した決断には間違いなんかない。今は悪くてもいつかはいい方に動いていく”
 無理矢理なプラス思考だとは思ってる。でも、それだけでも救われるのは事実だ。
 今日も、ただ時間が過ぎる。
 先輩たちの話す声は、近いのに遠い。私にはけして向かない。
 相変わらず、男子はこない。
 太陽が沈めば、長い一日が終わる。

 合奏が始まっている。素人が聞いてもさほどうまくないのがよくわかる。
 指揮を振るのは先輩。この人はすごい人だと思っている。高校になってから楽器を始めたのに、今じゃあもう県内で何番目かにうまいプレーヤーだという。そのせいだろうか、なんとなくこの人を先輩ではないように感じてしまうのは。同じパートの先輩も同じ。二人は眩しくて、神様をみている感じになる。尊敬してるなんて言葉では足らない。
「お疲れ様です」
と、ここであの言葉を吐く。
 でも、まあこっちのほうが少しは心がこもっているけれども。
 私のパートはパーカッション。私は実はほかの二年生よりもさらに経験が短くて、去年の十二月に気まぐれでこの部に入部。そのときに、とりあえず決めたことがそのまま定着した。
 でも、最近、このパートは私には会っていないのかもとよく思う。何となく上達できていないような気がして。初見じゃ、何もできない。それが普通なのかもしれないけど、それを普通にこなす、実はできていないかもしれないけれどそれでも曲に合わせることができる先輩や後輩の中にいると嫌でも自信がなくなるというものだ。私の努力はむなしい。
 きっと、皆同じことを感じているからやめたいなんて思うのだとおもう。
 私の挨拶は合奏の中に消えていく。気づいた先輩が一回こちらを振り向いて、また曲に戻っていく。
 私は自分の位置に着いた。



「私、学校祭出ないことにします」

「ああ、オッケー、わかった」

「すいません」

 最後の合奏の前、私は帰った。
 わかったと言った先輩の顔は笑っていた。何を思ったのかはわからない。たぶん、怒っている。最悪、私が、足手まといがいなくなってよかったと思っているかもしれない。
 ずっと悩んでいたことへ決断を下した。私は、誰にも相談しなかった。
 
 でも、なんでだろう。
 こうも泣けるのは。

 マスカラが落ちているのがわかった。ひどい顔だって言うのが鏡を見なくてもわかる。寮生でよかったと思った。だって、こんな顔で電車になんて乗れないから。
 馬鹿だった。私は、自分の、ただでさえ危うかった足場を自分で壊したことにやっと気がついた。
 きっと、学校祭が終わった後に戻ったとして、私の場所はもうないだろうに。
 携帯のアドレス帳をみる。中にはたった12件の連絡先。話せる相手なんていない。
 
 私はただ、泣いた。

END

2005/09/04(Sun)16:09:41 公開 / umitubame
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■作者からのメッセージ
お久しぶりですumitubameです

PC解禁ということで、「夜明けの日」更新前に読み切りを一つ。また、悪い癖でなんにも起こらない日記のような小説になってしまいました。しかも、また情景描写が少ない……。

感想、アドバイス等いただけると嬉しいです。
それではumitubameでした。

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