『午前五時』 ... ジャンル:リアル・現代 リアル・現代
作者:新先何                

     あらすじ・作品紹介
喫茶店「午前五時」と僕の話。常連客は猫とホームレス。マスターは綺麗。

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 朝、早く起きてしまった。
 枕元の目覚まし時計は午前五時のちょっと前を示している。普段起きる時間より一時間も早い。しかし二度寝するにも目がさえてしまった。
 こんな朝はどうしたらいいか。
 以前友達が言っていた事だが朝の町はいつもの町とは違うらしい。その友達はついこの間交通事故で死んでしまった。

 僕は原チャリに乗り朝の町をドライブする事にした。霜の降りたシートに腰を下ろしアクセルを入れた。
 寝起きで熱くなった体が冬の空気に冷まされていく。家の前の商店街から大通りに出て行った事のない裏路地に入る。
 確かに、あいつの言うとおりだった。朝のラッシュによって時間という物しかなかった町がまだ眠っている表情をしている。車も通行人も少なく、そこに時間という概念はない。気持ちがよかった。
 十五分ほど町を流しているとさすがに体が冷えてきて僕はどこか休める場所を探した。しかし、午前五時という時間帯もあり開いている店はなかなか無い。まあ、当然と言えば当然なのだが。
 しかし、さすが東京。探せば見つかる物だ。
 その店の名前は「午前五時」変わった名前。僕はドアノブに手をかけドアを開く。
 そこにいたのはホームレス風の男と猫、それからこの店のマスターらしい女の人の二人と一匹。
 「いらっしゃいませ」を言われないのでもしかしたら入ってはいけなかったのかと思い戸惑っていると、ホームレス風の男が声をかけてくれた。
「おい、ぼーっとしてねえで入って来いよ。ドアを開けっ放しにされると店の中が冷えるだろ」
「あっすいません」
 注意され中に入る。空いてる席はホームレスの隣しかない。気が引けるが座らないとまた注意されそうなので仕方なく座る。
「ここって喫茶店ですよね、できれば温かいコーヒーをいただきたいのですが」
 おそるおそる言うとマスター風の女の人は無言でコーヒーを入れてくれて僕の前に置いた。
 明らかに喫茶店とは雰囲気が違う。というか、この店でまともに話せるのはホームレスの男だけなのか?
「おまえ、今この店でまともに話せるのがこの汚いおっさんだけかよって思ったろ」
「いやっ、汚いとは思ってません」
 しばらくして自分の返答が失礼な事に気づく。
「あっそんな事全然考えてないです」
「いいんだよ、この店に始めてくるやつはみんなそう思う。だからお前にはこの店についてレクチャーする必要があるな」
「レクチャーですか……」
「まあ聞け、まずこの店はな一時間しか店を開かないんだ」
「なんでですっ痛い!」
 額をたたかれる僕。
「聞けって言ってんだろ、それもちゃんと言うから」
「……はい」
「その理由を説明するにはまずマスターについて話す必要がある。じつはなマスターは人間嫌いなんだ」
「人間嫌いですか。……じゃあなんで喫茶店を? 喫茶店って人とする仕事じゃないですか」
「いや、マスターの人間嫌いは特定の人間に対する嫌悪だ。マスターは時間にとらわれる人間が嫌いなのだ。しかしマスターは喫茶店が開きたい、その時に思いついたのは時間にとらわれた人間が来ない時間帯に店を開く事。そんな経緯で喫茶店午前五時が出来た」
「午前五時っていい名前ですね。なんか惹かれるものがあって」
「ああ、ここに来るやつはみんなそうだよ」
「みんなってこの猫もですか?」
 僕は喫茶店の隅でミルクを飲む黒猫に視線をやる。
「そうだ、クロクビもいつの間にかこの喫茶店に来るようになってな。ちゃんと午前五時に来るんだぜ、賢いだろ」
「クロクビって言うんですか」
「マスターが付けたんだ、いい名前じゃないか」
「はい」
 多分マスターのネーミングセンスずば抜けて素晴らしいんだろう。
「そういえば、あなたの事を聞いていないんですが」
 ホームレス男に尋ねる。
「俺の事は……そうだな、カツさんと呼んでくれ」
「カツさん?」
「なんだ知らないのか勝新だよ勝新太郎」
「はぁ、そう呼ばせていただきます」
 カツさんは少し不服そうにコーヒーをすすった、僕もそれにつられてコーヒーを飲む。しかし、ここのコーヒーはすごくおいしい。少々苦いが嫌にならない苦さで僕が飲んだコーヒーの中でもベストスリーに入るうまさ。
 その後、僕とカツさんはいろいろな話をした。僕の高校のむかつく教師の話や、真夏の上野公園と真冬の上野公園どっちがつらいかとかいろいろ。カツさんはいい人だ。
 僕とカツさんは話し疲れて一休みをしていると、クロクビが少し鳴きドアの脇の小型通用口から出て行った。店の時計は六時を示す音を鳴らす。閉店なのだろう、僕は店を出るときにマスターからコーヒー豆を買った。おいしいコーヒーの作り方はカツさんから教わっている。
 店を出た後、僕とカツさんは並んで大通りまで歩いた。
「マスターって綺麗ですね」
 店に入ってから思っていた事を思い出す。
「んん? なんか言ったか?」
「いや、また明日来た時に言おうかと思います」
「そうか」
 そのまま無言で歩く。
 さよならを言ったあと、カツさんは白い息を吐きながらどこかの公園へ消えていく。僕はスクーターにまたがりアクセルを入れる。まだ家には帰らない、やる事が一つ出来た。

 僕はある交差点にやってきた。ガードレールにはいくつかの花束が添えられている。

 あいつ、コーヒー好きだったかな。

 *

 最近、四時半起きに慣れてきた。
 それから起きる事が僕の楽しみに加わった。あと一人暮らしには少々痛いが、ネットでドリッパーと焙煎器を買った。まだ届いていないのだが気持ちが落ち着かない。すこし張り切りすぎだろうか。
 ユニクロで買いそろえたジーパンとパーカーという合計5000円の安ファッション。冬に外に出るのは辛いのだが、今日は学校もないし外に出る理由がないのでせめて朝だけでも外気をすわなければいけない。と、どうでもいい言い訳をつけて僕はスクーターにまたがる。シートの上は冷たくて、布一枚ではこの冷たさは防げなかった。

 この辺の道も覚えて以前よりスムーズに店に着くようになった。少しずつだけど自分が成長してるのがわかる。
 店の前にはガードレールに座ったカツさんがたばこを吹かしながら開店を待っていた。
「おはようございます」
「よう、相変わらず冴えない顔だな」
 カツさんと同じように僕はガードレールに座りたばこを吹かす。
「寝癖のせいですよ、きっと」
 煙は僕の息と一緒に口から出て空中で消えていく。多分、ここで待つ時間もここのコーヒーを美味しくするのだろう。
「そういえば、カツさんとかクロクビっていつからここに来てるんですか?」
 土で汚れたロングコートからマルボロを取り出したカツさんはこっちを向いて言う。マルボロの箱の中はどれも短い吸いかけのたばこだけ。
「クロクビは俺よりもっと早くいたから知らんが、俺は二年ぐらい前かな」
「二年以上もこの喫茶店続いてんですか?」
 この客層でよく続く。
「ああ、そのことか。マスターはなこの喫茶店の収入で暮らしてる訳じゃないらしい。副業みたいなもんじゃないか?」
 そのとき店の前のブラインドが上がった。いつの間にか僕の隣にいたクロクビが店の中へ入っていく。カツさんもその後に続く。
「あとお前な、物言う時に頭で考えてから言えよ、お前以外と失礼な事言ってるぞ」
 カツさんにそういわれた。ガラスの壁を見ると僕の冴えない顔が写っていた。
 僕は店の扉を開ける。暖房が入り立ての部屋は、居心地がよかった。

 僕は今ロブスタにはまっている。あの強い苦みと独特の匂いが好きだ。
「そういえば僕、座頭市見ましたよ」
 白黒画面で縦横無尽に動き回る勝新太郎はかっこよくて、その雰囲気は僕の隣に座っているカツさんとやっぱり似ていた。
「おう、勝新はいいぞ。座頭市見たなら次は悪名シリーズを見てみろ。お前も勝新のよさがわかってきたか」
「はい」
 僕はコーヒーを一口のむ。カツさんもカップを口に運ぶ。今気づいたのだが今日のカツさんのカップには緑茶が入っていた。
「それ、緑茶ですね」
 カツさんは自分のカップを見る。
「まあ正確に言うと番茶っていうんだがな。番茶は主に煎茶の製造工程で取り除かれた葉や茎を使うんだが、さっぱりしていて二日酔いの朝にはちょうどいい」
「昨日飲んだんですか?」
「ああ、上野でみんなとな。盛り上がったぞ」
「楽しそうですね」
 カウンターの下でクロクビが伸びをしていた。
「お前俺たちホームレスに手を貸す気はないか?」
「はい?」
 暖房の音が静かな店内に響く。
 この二日後、僕は上野公園で人生ではじめてエアガンで人を狙うことになる。

2005/09/11(Sun)12:18:47 公開 / 新先何
■この作品の著作権は新先何さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
アンケートによりタイトルはそのままにしました。
しかし、続けられるのか心配です。
あと、ビデオデッキが直りました。どうでもいいですけどね・・・
しかも更新が短い。でも続きますので。頑張ります。
・・・・・・えっと、以上です。ご感想ご指摘お願いします。
以上、新先でした。

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