『虚偽王』 ... ジャンル:ファンタジー ショート*2
作者:一徹                

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 一人の男が島にやってきた。
「おお、いい感じの場所だ」
 男は島を見渡す。南北、歩いて五分ほどで対岸に着く。東西、同じようなものだろう。
 島の真ん中には木々が立っていて、果実がなっていた。材木としても使えそうだった。
「じゃ、なんか建てますか」


 男は半月かけて家を建てた。
 家、というよりは、寄り合わせで出来たジャンク。
「ん〜、トレビアーン。立派な城だね」
 一人、男は拍手をし、
「じゃ、今日からここは俺の国、とまあそういうことで」


 次に男は畑を耕すことにした。
「王様だけじゃ国とはいえんからなあ」
 ひと月かけて、王と自称する男は城という名の家の周りを耕し、たくさんのカカシを立てた。
「どうだァ、なんか国っぽくなってきただろ〜」
 腰に手をあて自慢する。


「なに? 子供がすべってころんで大怪我しただとォ?」
 虚空に向かって王は驚き、脱兎のごとく飛び出した。
「おおい、子供が怪我しているとは本当かあ」
 向かった先には、小さなカカシが置いてあった。右足が奇妙な方向に曲げられている。
「こ、これはたいへんだ、立てなくなるかもしれないな」
 大丈夫、とその隣の父カカシをなだめる。
「私は王様だ。王様はな、国民を護れる凄い人なんだ、分かるな、だからこの子も大丈夫、きっと私が治療してみせる」
 はッ、と手近にあった木の棒を取り、自分の服を破いて急いで添木にした。
「なに、服ぐらい構わんさ。先も言ったろう、王様とは国民のためにある、と」


「悪いね、お招きいただいて」
 先ほど助けたカカシ一家が王の前に座っている。返事は、無い。
「はは、なかなか豪勢な食事ですな、城ではあまり贅沢はしていないのですよ」
 何も無いところにフォークを付きたて、ナイフで切って口に放り込んだ。
「いやなかなかのお味です」
 その後王はカカシ一家と楽しく団欒のときを過ごした。
 畑仕事はたいへんか、かわいい娘さんだね、とてもよい家族だ、と。
 カカシに向かって褒めたてた。


 夜。
 王は一人、城という名の家の周りをあるいている。
「どうでしょうか、とても豪華な踊り場でしょう? 月末になると、ここで舞踏会が開かれるのですよ」
 姿の無い隣国の諸侯に、形の無い城を案内する。
「ほら見てください、あのシャンデリアは高かった。けど、その代わりとてもキラキラと光るでしょう?」
 王が示す先には星空がある。
 ふと、自分が言ったことが、実に的を得ていることだと思った。
 暗幕に散りばめられた宝石のように、見えた。
「高かったのです、ええ本当に。ですがこうも心を落ち着かせてくれる」
 微笑はもはや自嘲であろう。


「みんなァ、城の中に入れェ、津波だぁ!」
 王は叫び、いくつかカカシを担いで家の中に運び込む。
 海を見ると、確かに微妙にふくれている。波と区別は付けにくいが、しかし王はその眼を持って津波と見抜いた。
 長い間海の間近に住んでいたのだろう。
「やばいぞォ、こんな島なんて沈んじまう」
 ぽぽい、と放り込み、次の国民カカシを回収に向かおうとして、
「……来た」
 津波と波はまったく違う。
 波は一時のふくらみだが、津波は永遠の段だ。
 他とは違う一段高くなった海が、その体積自重でもって王国に打ち寄せた。


 墓がある。
 たくさんの墓だ。
 津波がやってきて三日。どうにか海水は引いてくれたが、カカシたちのほとんどが海の藻屑と化した。城に放り込んでおいたカカシたちも、城ごと流されてしまった。
「ああウイルソン、君は良い友人だったのに……」
『ウイルソンの墓』
「かわいかったラミナも死んでしまった……」
『ラミナの墓』
 こういった具合に、王は流されたカカシたちの墓を、延々作っていった。
 曇り空が晴れ、夕陽が浮かぶまでに全ての墓を作り終えていた。
 歩いて五分の円形の島の大半が、カカシたちの墓となっていた。
 赤々と、斜光は王の瞳をさした。
 王は泣いていた。
 まぶしいのではない。
「俺は、誰も護れなかった……」
 悔恨。いや、惨めなあまりの落涙だった。


 作物は流されてしまった。
 土地は多量の塩を含み、以降塩に強い植物といえど、そうやすやすと育てられぬはずだ。
 王は魚を捜し、沿岸を歩いていた。
 そこで、一人の女性を見つける。うつぶせに倒れている。死んでいるかと思ったが、息はしていた。


 女性はすぐに目を覚まし、助けてくれた男に感謝した。
「それで、ここはどこなのですか?」
「ここはね、俺の国だった」
 周囲にある墓を見て、女は言葉を失った。
「こんなにたくさんの人を……」
「まァ、みんな生きてなかったけどな」
「?」
「それより、ここは陸から結構離れているぞ。帰るなら帰るで、ある程度の船を造らないと……」
 しかし周囲には木々は無い。伐採しあるいは流されて消えうせ、船を造ることは困難なような気がした。
 王の危惧に、女は首を振る。
「私は、帰りません。帰れません」
「なぜだね」
「私は罪人なのです」
「何を犯した?」
「人を、殺しました」
 そうか、と王は相槌を打った。
「……軽蔑しないのですか?」
「言っただろう、私、いや俺は王だと。一つ聞くが、それは私怨かね?」
「いえ……襲われて……」
「誰に」
「貴族、です」
「殺してしまったか……」
 ふむ、と王は数秒思案し、
「ならば住むがよい。王として認めよう。君は二〇一人目の移住者だ」


 二人で城を建てた。
 数年前に流されたものより、一回り大きい、しかし家屋である。
「ようし、今日から君は俺の后だ。異論は無いな」
 女は恥ずかしがりながらも頷き、二人は簡単な結婚式をした。


「今日は、少しだが向こう側が見えるな」
 ある晴れた日に、王は屋根に上って、遠くを見た。うっすらと、山のような建築物が見える。
「危ないですよ」
「それにしても大きい城だな。一段と大きくなったんじゃないか?」
「貴方は知っているのですか?」
「知っているも何も……この城はあれを似せて造ったんだ」
「あれ? ご冗談が上手いですね」
「冗談じゃないさ。いや、まあ、似てないけど、ねえ」
 どこが違ったかなあ、と頭を抱える。
「雲と泥、月とスッポンですって」
「言うようになったな」
 二人、仲良く笑った。


 子供は作らなかった。


 だんだん、歳を取っていった。


 女が死んだ。
 老衰なので良かったです、といいながら死んだ。
 そうだね俺もすぐに行く、と泣きながら笑った。


 まだ、閉められてない墓がある。
 そこに女を横たえ、さあ入ろうとしたとき。
 島に、一隻の船がやってきた。
 それは、対岸にある大国の王族専用の巨大な船だ。
「私だけでいい」
 そこから、立派な服装に身を包み、物腰の穏やかそうな老人が降りてきて、
「兄さん」
 墓の前の王に、そう呼びかける。
「……お前か」
「……捜すのに、時間がかかりました。さあ、帰りましょう」
「構わん。もう死ぬ」
「……なぜですか」
 ぽそ、としかし怒りに声を震わせながら、老人は問い詰める。
「なぜ、国を捨て出て行ってしまわれたのですか兄さん……」
「くだらなかったからだ」
 はき捨てるように、言った。
「俺はね、王子に生まれて本当に嫌だった。だってお前のほうが優秀だし、人望もあるし、なにしろ国を治めようという意気込みがあった」
「しかし、それは長男の継ぐもので……」
「黙れよクソ餓鬼」
 ねめつける。
「…………」
 沈黙。
 王は相貌を崩し、頭をかいた。
「いや、クソ餓鬼は俺のほうだったな」
 へへ、と笑う。
「そうだそうだ、義務をお前に押し付けて、こんな辺鄙な島で暮らしてた」
「…………」
 だがなあ、と一息。
 その死に体からは考えられぬような大声量で、
「俺はァ! 幸せだったんだよォ!」


 墓がある。その中に男女が二人、並んでいる。
「待たせたな」
 今から、閉められようとしている。
「頼んだぜ」
 墓の中から、王が、言って、外の人が閉めた。


 暗黒の中、笑う。


「へへ」

2005/08/29(Mon)18:05:56 公開 / 一徹
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■作者からのメッセージ
 ども、初めまして、でいいのかな?(久しぶりかも)
 なんか破綻してたらごめんなさい。SSです。ぱぱっとまとめてみました。これを読んで、じ……んまでは行かなくても、ちょっと「いいなあ」と思ってくれれば幸いです。
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