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記憶の先 序章
もう日が沈み、紺色の空を、深紅の炎が舐めていた。
炎で焼かれている、村。
悲鳴をあげて逃げる人々。
刀や弓を持った何者かが村人を追う。
(熱い…・息が苦しい)
私はそう思いながら、男女に両手をひかれながら走っていた。
熱くない、襲われないほうへ。
いつ背後から襲われるか、怖くてしょうがなくて、心臓が早鐘のようになっていた。
手を強く握られて、引っ張られなきゃ、足が震えて逃げられなかっただろう。
手をちゃんとつかんでいられなかっただろう。
手を引かれるまま走るうちに、
私たちは追っ手によって崖まで追い込まれてしまった。
冷や汗がでる。
ああ、もう駄目だ。
そう思ったとき、私は抱きかかえられながら落ちていた。
このがけの下は急流だ。
このままじゃ頭から流れに突っ込んで、おぼれる。
深さはかなりあるので、川底に頭を打つということはありえないが、
この勢いで急流に突っ込むのは無謀だ。
風がごうごうと唸る。
風以外なにも聞こえない。
私は、怖くて目を瞑り、ぎゅっと服を握った。
どんどん落ちていく。
それにつれて、炎の熱から開放されるのがわかる。
もう、水の冷気と落下により、涼しいくらいだ。
川はすぐそこなのだろうか。
私は、気になって目を開けた。
朝日がまぶしい。
(夢…?)
バターのいい香りがする。
エスリアは、ゆっくりと布団からでた。
顔を荒い、鏡を見ながら、茶色い長髪を淡い青色のリボンでひとつにまとめた。
最終確認。
どんなに太陽を浴びても変わらぬ、色白の肌に、新緑の目。細くサラサラした茶髪に青色のリボン。
(よし、下に下りても大丈夫かな)
「やっとおきた〜〜〜!!!」
元気ではつらつだけど、ちょっと怒ってる声。
「あんたね〜あたしが何回起こしたと思う!?」
「お姉さんごめんなさい〜」
「も〜。いいけどさ〜」
そういって、エルナは食卓についた。
エルナによると、エスリアは5〜6回起こしたその30分後くらいに起きるので、
その時間に合わせて朝ごはんを作る。
これが、この一家のシステム。
食卓につき、エスリアはぼんやり考える。
(最近この夢ばかり見るな…)
あの男女は誰だろう。
ほかの夢もそうであるように、覚めると夢の記憶とは、
薄れていくもので、男女の顔を思い出せなかった。
(両親だったりして)
エルナも母のエルテナも血がつながっていない、つまり、孤児。
彼女が川辺に倒れていたのを親切にエルテナが拾ってくれたので、彼女はエスリアの出身は謎だった。
倒れていたとき、淡い青のリボンをつけていたという。
そのリボンは、唯一記憶のなくなる前から持っているものなので、
大切にクローゼットにしまって殆どつけない。
拾われたとき、記憶がなくなっていた。
だから、それまでの過去も謎なので、
彼女の年齢と誕生日・名前・出身などなど、わかっていない。
エスリアは、もう16歳(ということになっている)で、拾われてから10年経つ。
今、エスリアは、みぞれ村という、枯れ山の麓にある村に住んでいる。
義母のエルテナお金持ちではないが、とても愛情を注いでくれる人で、
肩くらいの長さの黒っぽい茶髪を鼈甲色のバレッタで上のかみだけ(お嬢様結び)とめている。
厳しい人だが、それはエスリアを思ってのことで、本当はやさしい。
彼女には、エルナという娘(義姉)がいて、
肩くらいの茶色い髪をくるんと外まきにカールさせていて、右に黄緑の髪留めをつけている。
エルナは、元気はつらつな人で、村のムードメーカー。
義父は、旅をしていて消息は不明。
最後に知らせが来たのは、もう2年前のことで、今は生きているのか死んでいるのか分からない。
エスリアは、まだ義父をみたことがない、つまり10年以上帰ってきてない。
そんな女三人家族で、毎日幸せに過ごしていたが、ある日、事件がおきた。
それが、彼女の人生に大きな影響をもたらすとは、誰も、知る由もなかった。