『青い月』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:あきてる                

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 私がまだ小学生だった頃、ある不思議な体験をしたことがあります。それを体験したのはその時限りで、もしかしたらもう二度と見ることは出来ないのかもしれません。
 だって、私は、彼との約束を守れず、大人になってしまったのですから……









 それを見たとき、私は唖然としました。“唖然とした”という体験も、このときが初めてだったかもしれません。私はその時から、驚くということを知らないという、とてもつまらない女の子だったものですから。
 それで、その出来事というのはなんと、月が白や黄ではなく青く、しかもいつも以上に眩しく輝いていたのです。
 しばらく、その場を動けませんでした。言い訳をさせてもらうならば、ちょうどその時は当時好きだったある同級生の男の子とケンカしてすごく落ち込んでいたので、星でも見て気持ちを紛らわそうとしていました。そこにいきなり青い月ですから。

 一瞬、夢かと思いました。同時に、誰かが月に青いライトをいくつもつけたのかとも思いました。しかし、ほっぺをつねってみても、目を凝らして見てみても、その月は正真正銘、本物の月だったのです。
 それどころか、青い月は唖然として固まったままの私を見て、こう聞いてきたのです。
――『今日の僕、そんなに変かなぁ……?』

 当然答えられるはずがありません。誰が、月が口を利くなどと考えたでしょう。あいにく、私には当時そんな発想はまったくありませんでした。
 そんな私の気持ちを知らずに、月はまたしゃべり始めました。
――『うぅん、いつも同じ色で飽きちゃったから、青くしてみたんだけど……』

 どうやら、彼はいつもの色――白や黄色に飽きてしまったようでした。そして次は、やけにしょんぼりした口調でこう言いました。
――『やっぱり、白か黄色に戻そうかな……』

「待って!」

 気がつくと、私は青い月に向かって叫んでいました。なぜかは未だにはっきりしていませんが、きっとまだ青い月を見ていたかったのでしょう。
 幸い、月は色を元に戻す前に私の声に気づいてくれました。
――『え?』

 月は姿かたちを変えませんでしたが、月の視線が私のほうを向いたことはわかりました。
――『僕、まだこのままでいいの?』

「うん。私、まだあなたを見ていたい」

 幼いながら、何ともキザなセリフを口にしたなと、今でも思います。
 月は私の言葉にたいそう喜んでくれました。
――『やったぁ! 嬉しいな』

「ねぇ月さん」

――『何だい?』

「私と……お話して」

――『もちろんさ! 君は青い僕を見てくれた最初の子供だからね』

 子供、という二文字に、私は「えっ」と戸惑ってしまいました。
「大人には、青いあなたは見えないの?」

 月は、少し悲しそうに言いました。
――『……うん。今の大人には、見えない』

「どうして?」

――『君が大人になって、もし青い僕のことを少しでも覚えていれば、きっとわかるよ』

 この言葉の意味は、当時私にはわかりませんでした。そして月の言ったとおり、大人になった今、やっと、その意味がわかりました。
――『……君は、キレイな心を持ってるね』

「え?」

――『君は、誰にも負けない、強く、キレイな心を持ってる』

「どういう……こと?」

 私は彼に問いかけましたが、彼は話を続けました。そして、また、驚かされました。
――『だから、辛いことがあっても、くじけちゃダメだよ。好きな子とケンカしても』

「えっ……ど、どうして知ってるの?」

――『…………』

 月は、私だけに、こっそりと教えてくれました。
――『……僕と、君だけの秘密だよ』

「うん!」

――『あ、僕、そろそろ、元に戻らなくちゃ』

 冷たい冬の風だけが、その場を通り過ぎました。
「……もう、逢えないの?」

 急に寂しくなってきました。こんな優しい月と、もう逢えなくなるなんて、思いたくなかったのです。
――『ううん。また逢えるよ。でも、二つ、約束して』

「え? なに? なに?」

 私は注意深く聞きました。もう一度月に逢えるための二つの約束を、聞き逃すわけにはいかなかったからです。
――『一つ目は、今日ここで僕としたお話を、誰にも言ってはいけないよ。言っていいのは、“月とお話をした”ということだけ。いいね?』

 私はゆっくりとうなずきました。月は、話を続けました。
――『もう一つは、今日ここで僕としたお話を、絶対に忘れないこと。いいね?』

 私は、今度ははっきりコクリとうなずきました。
――『ありがとう。……僕は君の事を忘れない。さようなら――』

 最後にそう言うと、青い月は、私の前から姿を消しました。







――あれから、かれこれ二十年近くが経とうとしています。私は今の今まで、あの時確かに存在した“青い月”のことを、忘れたことは一度もありません。もう一度青い月に逢うために。

 しかし、私は、もう二度と、青い月に会うことは出来ません。
 なぜなら、月が私だけにこっそり教えてくれた、『彼が心の中を読める訳』という記憶を、どこかで無くしてしまったからです。一番私が感動し、月が空を浮かぶ理由でもあったその記憶を、私は無くしてしまったのです。

 今夜、青い月にさよならをしようと思います。
 約束を破ってしまったことへの謝罪と、もう逢えないという悲しみを込めて……

2005/08/15(Mon)12:23:21 公開 / あきてる
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