-
『ダブル』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:88
-
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
「ダブル」
1
唸るような暑さ、夏のど真ん中。
僕は出会った。
◆
「僕、数日中に死ぬかもしれない」
「はぁ?」
付き合って二年になる彼女の赤崎忍は訝しげな表情を浮かべた。
「だから、僕数日中に……」
「だから何で?」
さっきより強い口調で僕の会話をかき消し僕の目をじっと見つめながら、というか睨みつけながら再度問いただされた。
「いや、何でというか、特に確信はないんだけど……」
言いにくい。というよりもこんなことを言って彼女が信じるわけがない。それは僕が前に某人気芸能人が自宅で自殺したと言うニュースを聞き彼女に言った所、彼女自身がニュースで聞くまで全く信じなかったからだ。その間僕は散々にけなされたりしたのだが。今回の件は実際本当に僕が数日中に死ぬのかどうか確信は持てない。ましてや自分でも本当かどうかわからないことを言って彼女が信じるだろうか。信じないに決まっている。
「ふーん」
意外に彼女の返事はあっさりしていた。僕が死んでしまっても別にどうってことないというのか。そうだとしたら僕の存在意義とは何なのだろうと考えるだけで疲れる。ただでさえ夏の暑さに体力を奪われるというのに。
僕達はせっかくの夏休みなのだからデートに連れていけ、という彼女に半ば強引に引っ張られて来た遊園地のレストランで昼食を取っていた。彼女は手元にあった水を静かに飲んだ後、ため息をついてから再び僕の目を見た。
「で、その根拠は?」
肩まである見るからにさらさらしているであろう黒髪に整った顔立ち、身長は僕よりもかろうじて五センチほど小さく傍から見ればモデルのような体型の彼女に幾分か見とれてしまった。彼女の「聞いてるの?」という問いかけで我に返り、水を一杯飲んでから僕は話した。
「その根拠というのはですね、まぁとりあえず聞いてくれる?」
彼女は一つ頷いた。
「この間補習のあと家に帰る途中で起きたことなんだけどね――」
昼時で賑わう店内だがその時だけはやけに外で五月蝿く鳴く蝉の鳴き声が耳に入った。
◆
僕は一学期の成績で唯一不振だった数学の補修を受けるために学校へ行った。いつもの通り教室に入り自分の席に座る。他の成績不振者もちらほら見られたがその中でも僕は頭のいい部類に入ると自負していた。夏休みだからといって髪の毛の色が煌びやかになっている男子生徒、なるべく目を合わせないようにした。夏休みだからといってかなり濃い化粧、耳にはいくつものピアスをして大声で喋り散らす女子生徒、なるべく目を合わせないようにした。夏休みだからといっていつもはスーツにネクタイなのに今日はTシャツに短パンの担当教師、必要以上に目を合わせないようにした。その中なら自分が一番マシだと思うからだ。まぁ来るだけマシか。
「じゃ、早速テストを始める」
「えー」
僕以外の生徒から悲鳴やら文句やら罵声やらいろんな叫び声が教室中に響いた。
「おーおー好きなだけ吠えるがいい若者達よ。このテストで七十点以上取ればその場で帰ってよろしい」
「えー」
また僕以外の生徒から悲鳴やら文句やらが飛んだ。ぐちぐち言いながらも配られるプリントを貰えば黙ってやりはじめる。かと思えばそれも一分と持たず。
「わかるわけねーじゃん」
「先生頭かたーい」
……。集中しよう、と僕は自分に言い聞かせた。それから三十分間のテストが終わるまで彼らの悲鳴はとどまる事をしなかった。もちろん採点を待つ間も。
「それじゃ、答案返すぞ。まずは樫山」
僕が最初に名前を呼ばれた。
「うん。八十二点だ。帰ってよろしい」
歓声が鳴り止まないうちに僕はそそくさと教室を出た。あまり長居すると、できれば関わりたくない人たちの集中攻撃を浴びるからだ。それから下駄箱へ行く途中に何度か断末魔の叫び声のようなものが多々聞こえてきたが、忘れる事にした。
帰り道。僕はまだ有り余る時間をどう使おうか考え、あれこれ考えた挙句ゲームセンターで暇を潰そうという結論に至った。ゲームセンターは隣町にあって歩いていくには少し距離があったが、これも暇つぶしになると思い歩いて向かった。
普段全く通らない道。友達に教えてもらった近道を活用させてもらう事にした。
「確かこの神社を突っ切るんだっけな……」
数百段とある石段の階段を登りきった先にある境内の横をすり抜ければ、隣町へ五分とかからずに行ける。
ただ突っ切るだけでよかった。
石段を登りきり上がった呼吸を整えようと境内の前で休んでいると、急に妙な胸騒ぎが僕を襲った。
――誰か、いる。
僕は辺りを見渡したが誰もいなかった。そいつを除いては。
高校三年の夏、僕は出会ってしまった。もう一人の自分、世間では所謂、
『ドッペルゲンガー』に。
2
境内を取り巻く鬱蒼と聳え立つ木々には何故か夏の風物詩が一匹もいない。ただ風に揺られて葉と葉が触れ合う静かでどことなく不気味な音だけやけに大きく聞こえた。
「あ……」
僕はそれ以上の言葉を口に出すことができなかった。
昔、本やテレビの特番などで見たことがある。確か『ドッペルゲンガー』とかいっていたような気がする。もう一人の自分に遭遇するという一種の心霊現象で見た者は必ず死を迎えるらしい。何でもその死因は様々でドッペルゲンガーを見た瞬間にショックで心臓麻痺を起こすだの、精神的に徐々に蝕まれていき最終的には自殺で死ぬだのいろいろあるそうだが、僕はショック死という結末は免れたようだ。自分はどんな風に死んでいくのだろうとあれこれ考えた。事故死、流行の食中毒、果てに自殺、あるいは他殺……。気持ちがどんどん沈んでいくのがよくわかった。
「何沈んでんだよ」
いろんな姿で死んでいる自分を思い浮かべている頭の中の思考回路を聞き覚えのある声が遮断した。目の前にいるもう一人の自分が僕に話しかけてきた。
「いや、僕はもう死ぬのかなと思って」
本当に僕の分身か? 分身は普段の僕からは想像できないくらいに豪快に笑った。
「まぁな。お前の死に方は俺が決める事だし。ていうかお前なかなか珍しいな。普通の人間なら自分の分身が目の前に現われたらショックでその場で死ぬか、一目散に逃げ出すのが定石なんだけどな」
かなりの饒舌っぷりを発揮していた。ぺらぺらとそっち側の業界の話をしている間、僕はただ黙って聞くことしか出来なかった。
「で、何か望みの死に方はあるか?」
唐突な質問だった。普通の人間なら自分の好きな死に方を選ばせてくれると言われても何一つ嬉しくない。まず日常の生活の中で死に方を選択しろなどという問いかけも皆無だろう。ただ僕は何を考えたか答えてしまった。
「え、なるべく苦しまないで死ねるものが」
「は」
あっけにとられたのか、口が開いたままになっているもう一人の自分が目の前にいる。頭を掻き毟るもう一人の自分が目の前にいる。その間どうしたらいいのかわからず、ただ風のせいで枝から落ちてくる落ち葉一枚一枚の行方を見届ける事しかできない僕がもう一人の自分の目の前にいる。ちらちら分身の方を見ても、分身は腕を組んで何かを考えている様子だった。僕が死ぬ方法でも考えているのだろうか。一体僕はどうなってしまうのだろうか。死ぬ以外に道はないのだろうか。まだいろいろとやりたいことややり残したことが少なからずあるわけだが。今更「やっぱり死にたくないので生かしてください」なんて言っても無理な話だろう。そもそも僕がなぜ死ななきゃならないんだ。ただ暇つぶしに寄ろうと思った隣町のゲームセンターへ行く途中に運悪く自分の分身に出会ってしまっただけなのに。いや待て、それ自体が普段起こりうるようなことではないじゃないか。
運命、というものなのか。
「運命ねぇ。なかなかお前面白い奴だな」
おいおい、僕は声には出さず眉間にしわを寄せた。
「おーおー。不思議がってるな少年。説明するとだな、もう気付いているだろうが俺はお前の分身だ。お前らの世界じゃ……確か『ドッペルゲンガー』とか言ってると思うが。心霊現象だとか何とかいう奴らもいるだろう。しかし俺らは定期的にこの世界に現われる」
おそらく今、第三者が僕の姿を見ると不審に思うだろう。確かドッペルゲンガーというものは本人以外の人間には見えないらしい。つまり僕の分身は僕以外には見えないということだ。だからあさっての方向を向いて一人で喋ってる奴を見たら誰でも不審に思うだろう。霊感の強い人や霊媒師とかはどうなんだろう。どうでもいいか。
「極端に霊感の強い人間は見えないまでも声はなんとなしに聞こえるそうだ。あ、言っとくけど俺はお前の分身だからお前が思ってる事全部筒抜けだからな」
別に思ってる事読まれたって特に困らないけど、と思ってみた。
「それもそうだな。それじゃ続けるぞ。えーっと、その定期的に現われるってのは、こっちの世界でキマリってのがあってな。人間一人一人にドッペルゲンガーってのは存在してだな、俺たちは毎年お前たち人間を……消さなきゃならんってなわけで」
そんな理不尽な、と思ってみた。
「まぁそう言うなや。でもここに来ることができるのはごくわずかで、ここまで来るのにいろいろと結界やら門やらをすり抜けなけりゃならんのだ。それらを上手くかいくぐってきたやつらがはれて人間界に降りる事ができるってわけだ」
結界とか門って何? どうやってここに来たの? そもそもなんで僕等人間を消す必要があるの? 他にも今の僕みたいにドッペルゲンガーにあってる人もいるの? その人たちはもう死んじゃってるの? と一気に思ってみてやった。
「……まず黙れって。結界ってのは俺らを通さんとする……面倒くせぇじゃねぇか。とにかく俺はお前をどうにかして殺さなきゃいかんのだ」
僕はよく人に「つまんないの?」と聞かれる。なにかのパーティーや学校の行事で盛り上がっているところにいると大抵はそう言われる。僕としては楽しい時は楽しいし、つまらないなどと思っているはずもなくあっけにとられるばかりだ。忍にもよく無愛想と啖呵を切られることがある。なら何で僕と付き合ってるんだと言いたくなるが、何されるかわからないので言わないでいる。無愛想、僕を一言で例えるならそうだろう。人にはそれぞれ色のイメージがあって、例えば元気な人なら橙とか黄色で熱血な教師などは赤だろう。僕は必ずグレーとか暗くて使いにくい色に例えられる。しかし決して性格が暗いというわけじゃなくて、ただ近寄りがたいだけだそうだ。話してみると意外とおもしろいのに。
この時も「お前を殺さなければならない」と面と向かって言われても「そうなのか」としか思えず、半ば生きる事をあきらめていた。
そこで分身が僕の顔を不思議そうに見ているのに気付いた。
「お前サバサバしてんなー。お前見てるといろいろと面白いわ」
分身は右手の人差し指を立てて僕にそれを向けた。
「よし。お前はまだ死なすには惜しいからまだ生きとけ」
そして分身は僕の方へゆっくりと歩み寄ってきた。
「しばらくこの世界にいてお前をじっくり観察することにするから。それで俺の独断と偏見でお前を殺す時期を見極めるさ」
そう言いながら僕に重なり合うようにして消えた。
「え、どこに……」
「あー、お前の中だよ。肉体の共用ってやつだ。って言っても俺はお前に話しかけるだけしかできないけどな」
よかった。意識をのっとられて好き勝手されたりするのかと思った。その前に僕以外に君の事は見えないんだから別に中に入らなくたっていいじゃないか。
「いろいろとあるんだって。お前らが住むこの大気の中には俺らが居づらい放射線ってのがあってだな、あまり長くそれを浴びてると元の世界に帰れなくなっちまうんだよ」
何やらさっきから難しい事を言っている。こっちの世界だとかドッペルゲンガー界の居づらい放射線だとか。またいろいろ細かく聞くと殺されそうなので聞くのはやめた。
「……そう。じゃ、もう行っていいかな?」
「どこに?」
「ゲーセン」
「あぁ。お前の好きにすればいいよ」
「それじゃお言葉に甘えて」
「言葉の使い方間違ってんじゃね?」
「気にしないで」
踵を返しふと境内の方を見ると神主さんが珍しいものを見るようにして僕を見ていた。そこで僕は思いついた。
ねぇ、何か叫んでみて。と思ってみた。
「あぁ? んー……」
次の瞬間、僕にしか聞こえないだろうが分身の絶叫で耳を塞いだ。
――だぁぁぁぁぁぁぁ!
しばらく耳鳴りがした。神主さんはきょとんとしている。というかさっきより怪訝そうな表情で僕を見ていた。
「何か聞こえませんでしたか?」
神主さんにそうふってみる。神主さんはそのままの表情で首を左右に大きく振った。
あの神主さんは霊感とかないらしいね。
「っていうかあれ雇われてるだけなんじゃねぇの?」
そうかもね。
ドッペルゲンガーに出会って数分しか経っていないのに、僕はいつの間にか分身の存在に慣れてしまっていた。自分がいつ死ぬかわからないのに……。
-
2005/08/13(Sat)23:30:08 公開 / 88
■この作品の著作権は88さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
初投稿ですこんばんわ。88と申します。
なんせド素人が書きやがったので訳の分からないものが出来上がりました。(何
まだ短いですが皆様のご指導&ご感想をお待ちしております。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。