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『能力者 第一〜最終話』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:緋陽
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この世界には能力者と呼ばれる人達がいる。
ある能力者は神の申し子と呼ばれたり、ある能力者は悪魔の子孫と呼ばれたり、ある能力者は人外の異形と呼ばれる。
能力者は幸福でもあり、不幸でもある。
何故ならば、能力を持っていない者に比べれば、確かに便利だの、憧れだの、尊敬だの、敬慕だの、渇仰だの、思う者もいるだろう。ただ、大抵の者はそうは思わない。悪魔だの、魔人だの、怪物だの、異形だの、悪鬼だの、忌み嫌う者の方が圧倒的に多い。
だから、能力者は、不幸だ。
だが、理解してくれる人物、心から思い、付いて来てくれる人物。
その人さえ居れば、その能力者は幸福、と言えるだろう。
だが、それは、その本人……能力者が決めることであり、我々が決める事ではない。不幸と思うのもその人物の勝手自由。幸福と思うも勝手自由。幸福か不幸かは結局本人にしか解からない、ということだ。
1 幸福か不幸か
「眠い……」
五時五十分。朝と言うよりは少し早い、早朝の時間に、その人物は起きた。
「くっ……少し早く起きすぎたか……。もう一寝入りするとするか……」
だが、それを遮るように開いていた窓の外から風が入り込み、純白のカーテンを翻し靡かせた。寝転がろうとしていた、その青年の顔にカーテンが、ばさり、とぶつかった……というより当たった。青年はそれに苛ついたのかカーテンを除け鬱陶しそうに窓の外を見る。
「起きればいいんだろ……。まったく、朝から嫌な気分だ……」
ベッドから這い出たその青年は二十代前半といった風貌がある。どちらかと言えば美形の部類に入るのだろうが本人はそれを認めようとしない。青年の両の手には黒の革手袋が嵌められていた。青年は着替え、漆黒のコートを被り、『緒川探偵事務所』と書かれたその扉から、外界へと出て行った。
「たまには朝早く外に出てみるのもいいもんだな……」
そう言って、その青年――緒川征四郎は胸いっぱいに朝の空気を取り込み、そして一気に吐き出した。
お世辞にも人通りが多いとは言えない道路を、てくてく、と歩く。朝の爽やかな風を頬で感じ、体が引き締まる。
征四郎はこの町に探偵事務所を持つ自称探偵だ。先程出てきた三階建てのビルの二階にあった扉に書いてある『緒川探偵事務所』が征四郎の住処……もとい、仕事場である。
ただし、上を下への大騒ぎ、というほど客は来ず。数日に一回来る客から報酬を貰い、それで何とか食い繋いでいる、といったところである。
暫く歩いていると。
グゥ〜。
征四郎の腹の音が鳴った。征四郎は少しばかり顔を赤くしたが周りに誰もいないのでほっとした。
「……腹減ったな。さっさと家へ戻って明石に飯でも作ってもらうか……」
ただいま、六時十分。征四郎は右腕に着けていた腕時計を覗き、そんな事を呟いた。
同時刻のある高架下。一人は三十代の男。背は高く、体格はがっちりしている。髪は闇よりも深い漆黒で、異様に長い。何処までも、死より、闇より深い漆黒のコートを身に纏い、もう一人の男の前に対峙している。
もう一人は若い二十代の男。こちらは朝の出勤で急いでいるらしく、額に汗が滲み出ている。サラリーマンスタイルが良く似合い
背は余り高くなく体格はほっそりしていた。
若い男は忙しなく、漆黒のコートの男に話しかける。
「ちょ、ちょっと!私は急いでるんですよ!此処を通り抜けるともう本社なんで、其処を通してくれませんか?」
コートの男は少し微笑んで道を開ける。だが、その笑みには何処か残虐さが在って、若い男はたじろいだ、が、急いでいるのには変わりないので横を駆け抜けようとした。
だが、おかしい。いくら駆けようとしても足が動かない。体が動かない。若い男はコートの男のほうに顔を振り上げ如何いうことか訊こうとした。
が、その行為すらままならない。顔が上がらない。次の瞬間には相撲取りにでも乗られたかのような負荷を感じ、若い男は地面に平伏した。
重い。まるで自分の体重が何乗にもされたが如くに重い。
「うぐぁ……あ……があぁぁぁぁ……がっ!?」
若い男はそれに耐え切れず。
バキッ、と右腕が折れる音がした。次いで左腕が折れた。それと同じように右足も、左足も順を追って折れていった。
コートの男は相も変わらず、ふざけた様な、まるで、その光景を楽しみ悦に浸っているかのような残虐な笑みを浮かべてただただ直立。立っていた。
「はがぁ……助……けて……あがぁ!!」
ボキリ、背骨が折れる音がした。ほぼ同時に首の骨も折れた。首の骨が折れた音を聞いた瞬間若い男の意識はテレビの電源が切れたかのように、ぶつん、と真っ暗になっていた。
そして、変わらずコートの男は薄ら笑いを広げていた……満足そうに……。
「飯! 飯めし飯めーし!」
征四郎は朝の散歩から帰ってきたらしく『緒川探偵事務所』と書かれた扉の内側、内部の部屋に居た。
部屋は中々さっぱりしたもので、中央には革のソファが二つ、中央にテーブルを挟んで存在している。窓側には探偵事務所に在りがちな机とライト。そしてワープロ兼パソコンが置いてあった。これで仕事の処理をしているらしい。
征四郎はそうとう腹が減っているらしく、我慢出来ない、というように吠えている。そして、その咆哮の先にはもう一人男が立っている。
白いカッターシャツに上着を羽織り、下はジーンズという不似合いな格好。煙草を四六時中銜えており愛用のジッポーが上着のポケットには何時も入っている。
その男――明石九志間は苛々しているのか、征四郎の言葉に対し「五月蝿い」と大声で反応する。
「大体な……今俺達の事務所に金など無い。解かるか? この意味。つまりな……俺達には今日の飯一杯にもありつけないかもしれないんだよっ!」
急遽事務所内の空気が変わる。征四郎は驚いたように表情を歪めたが、直ぐに「うっそだろー? お前俺を脅かそうとしてるだろ」などと余裕たっぷりの言葉を発した。
「嘘じゃないです。これマジね」
え、うっそまじで。ちょっとそれ冗談にすらなってないよおい明石テメェ俺様に嘘付いて何の得になるんだよマジ正直言えやこの馬鹿。
征四郎の頭は混乱を始めた。何やら状況が掴めていないようだ。頼むから嘘であってくれ。征四郎の切なる願いも叶わぬか。真実は残酷であった。
「……お前が依頼を貰って来ないからこうなったんだよ……」
「でもさ……客が来ないんだもん、ここ数日。しょうがないさ。あーあ……まーた警察でも来て俺に儲かる依頼くれないかなー」
そんな事を言っても客が来るわけでもない。征四郎は諦めて机に突っ伏し瞼を閉じた。
直後。
勢い良く扉が開け放たれ、其処から一人の女性が現れた。
「おいおいおいおーい。ご無沙汰してるぜ、おはようさん。相変わらずシケてんなこの事務所」
「羽荻か……お前毎回毎回ドア打ち壊してくれちゃってまぁ……後の修理がどんだけ大変だと思ってんだこのボケ」
篠原羽荻。警察の特殊捜査官にしてエリート女性警察官。途轍もなく美人だ。その他に何に喩えようとも、彼女にはこの言葉一つで事足りる。荒くれた性格をしているが羽荻が担当した事件ほとんどは解決している。……ただし、羽荻ですら解決出来ない難関事件はこの事務所に送られてくるのだ。つまり羽荻は大事な大事な依頼人、ということだ。
「お前が貴重な依頼を持って来てくれるのは有り難いんだが……ドアを打ち壊すのは止めてくれ」
「おっと、こりゃ失礼。次からは気をつけるよ。でまぁ、話は変わるが……アタシが此処に来た理由、もう解かってるよな?」
ばさり、と右上をホチキスの芯で止められた資料を征四郎の前にある机へと抛り投げる。
それをみて征四郎は事件の依頼か、と感づいた。同時にどうせまたヤバイ仕事なんだろうなー、やだなー、でも飯を食うためには仕方が無いか……などとくだらない事も考えていた。
「その顔は察してるみたいだな。そう、巷で話題の変形死体が勃発している事件だ。死亡原因は首の骨や内臓が潰れているってことだな。で、アタシはこの事件の犯人を能力者と視ている。何故だか解かるか?」
征四郎はぺらぺらと資料の内容を見ながら答える。
「死体にほとんど外傷が無い……って所か」
ご名答、と羽荻は笑った。
「じゃあ、お前はこの能力の種類……何だと思う?」
ったく、こいつは何時も遠回しにしか事を運べんのか……俺は飯を食っておらんのだぞ……などと征四郎は呆れていた。そうだ、征四郎は飯を食ってすらいない。
ただ今時刻、十一時二十分。もう昼に近い時間だ。流石の征四郎も何かを食べないとヤバイ頃合である。
「圧死……で良いんだよな? ……ならば俺は重力を操る類だと思うね……」
おお、鋭いじゃん! 羽荻は大袈裟に振舞った。
「んじゃ、此処からが依頼だ。この事件の犯人を掴んで――事件を解決させてくれ。それなりに報酬は出すからさ」
ああ、やっぱりな……。
一拍ほど間を置いて、征四郎は答えようとする。だが、勿体ぶって更に間を長くする。
…………。
唐突に征四郎は喋りだした。それは決意を決め、同時に諦めたような溜息を出しながら、だった。
「どうせ今の俺の状況解って言ってたんだろ? まったく、人が悪いぜお前もさ……」
刹那。目を刃のように細くして、鋭い眼差しで羽荻の出した資料を見る。
そして、決意を決め、覚悟をし、諦め、観念したかのように。
「オッケー……この緒川征四郎、全力を持ってこの事件、解決させてもらおう」
緒川は立ち上がり、明石に淹れてもらった珈琲に砂糖とミルクを入れて、ごくりと飲んだ。
2 重圧破壊
「やっぱり一番最初にすることは現場調査だよな!」
征四郎は事件現場に来ていた。最新の事件……六人目の殺害現場だ。これまで殺ろされた人々はバラバラで老若男女の区別無しに行われていた。警察はこれを無差別殺人と決定し、資料を作った。
征四郎は羽荻から渡された資料をペラペラと捲り、内容を再度確かめる。
今の征四郎は元気だった。何故なら羽荻に先程昼を奢ってもらって満腹の状態になっていたからだ。
「いやいや、羽荻もたまには良い事するよなぁ。そう思わないか? 明石」
唐突に話を振られて戸惑った明石だがすぐに冷静さを取り戻したらしく「ああ、そうだな」と一言返す。
「さて……と。じゃあ始めましょうか」
此処でおふざけモードは終了させたようだ。征四郎の目が猫のように細く鋭く、現場に人の形に貼られたの白のテープを見て再度資料に目を落とす。征四郎の開いていたページには死因や殺された人の名前などが明確に記載されてあった。
「えー、殺された人達は本当に老若男女問わないな……。一人目は鹿翅尾鶴(しかはねおつる)十八歳でビルの路地の間で圧死。
二人目は宇佐美連華(うさみれんげ)、二十八歳女性だな。此方も自宅アパートの近くの駐車場で圧死……。三人目は……外国人か? アロゥ・マケンロー、四十歳男性か。アメリカ産外車の中で圧死。ふぅん……これまでの死体全員圧死で死んでるじゃん。じゃあ、犯人は同人物ってことになるのかな……?四人目の老婆も五人目の子供も、そして今日の朝殺られた六人目のサラリーマンも、全員同じ…か…んじゃ、本格的に入っていこうか。……明石君よ。この現場『読み取れる』?」
征四郎は明石に何かを要求したようだ。明石はそれに余裕ぶって答える。
「可能だな、やるのか?」
当たり前だろ、と征四郎は笑って答えた。
明石は人の形に貼られた白いテープの傍まで来て、地面に手を当てた。そして十秒ほど当て続け、地面から手を離し征四郎のほうを向いて、話す。
「大分見れたわ。やっぱ能力者って線が濃いだろうな。お前が予想した通りに重力系だろうな、こりゃ」
「サンキュ。いやいや、実に便利だよなお前の能力。あらゆるモノを触ってその心やら情報やらを読み取れるんだもんなー」
そう、明石の能力は『触れて読み取る』能力。触れたモノに残された記憶を読み取れる。人間なら今思っていることや過去にその人に起こった出来事を観ることが出来る。物ならばそれに残された記憶、持ち主や使われた理由、使った時の周りや持ち主の状況を観ることが出来る。超能力で言うならサイコメトラーと言ったところの能力者だ。ちなみに、能力にはレベルが在り十段階評価で表される。明石のレベルは六。能力者としては高いランクに属する者だ。これは、レベルが低い能力ほど生まれ易い。逆にレベルが高いと生まれ難い。そして、レベル十の人間はこの国には百人にも満たない。それほどレベルの高い能力者は稀有なものなのだ。
「顔やらは解かったか? 明石」
その質問に明石は動じずに答える。
「名前は連代鹿暁(れんだいかぎょう)というらしい。特徴は黒のコートに黒の髪で異様に長い。体格は運動でもしていたのかは解からんがかなり良いガタイだったな。レベルは……四といったところか」
「なんだ、低いじゃん。楽勝だな、今回の仕事」
その言葉に呆れ顔の明石。
「楽観は良くないぞ、征四郎。ったくお前はなんでも楽に考えすぎだ。もう少し深く考えろ」
その忠告を無視する征四郎。そして、征四郎は歩き出した。
「おい、何処行くんだ」
その問いに軽く笑って答えた。
「事務所だよ。其処まで解かったら後はそいつを誘き出すまでだ」
そうして、征四郎と明石は現場を後にした。
「どうやって誘き出すんだよ?」
明石は征四郎に質問をする。だが征四郎は答えずに黙々と机に置いてあるパソコンにキーボードで何かを打ち込んでいる。これで何回目の質問だろうか。何回訊いても征四郎は明石の質問に答えずに何かを打ち込んでいる。何か応えてくれても良いだろうに。
明石は呆れていた。だが、そんな明石に構い無く、ただただキーボードの上で指を躍らせている。
そんな時間が何時間続いただろうか。突然征四郎が椅子に凭れ掛かった。そして「おーい、明石。ちょっとこっち来い」と明石を呼ぶ。
「見ろよ…これ、如何よ? 挑発の文にしては最高じゃない? いやーお前にこいつのメルアド読み取って貰って良かったわー。
すんげぇ、自信作、これでこいつも指定した場所にくること間違いなし! いぇーい」
明石が覗き込んだその先には『やぁ、チキン能力者、連代鹿暁さんこんにちは。こそこそと人を殺して楽しいかい? でもね、あんたももう此処で終りさ。なんてったってあんたの所在を見つけたこの僕があんたを逮捕してしまうからさ! ふふふふふふ……
それでは短い余生でも楽しんでてねーアハハハハッハハ!』と書かれていた。
これを自信作というこいつはどうかしているんじゃないか。そして、これを書く為だけに何時間もかけたのか……本物の馬鹿だこいつは。しかも指定の場所とやらが書かれていない。……何言う気力が起きずに、明石は横から割り込みキーボードを叩く。
「『午前三時に紙魚公園に来い。お前の秘密を知る者なり』っと、送信」
あー!! と征四郎が叫んだ。当たり前だろう、自分で書いた自信作とやらが、無視されて内容を書き換えられ、挙句に送信までされてしまったのだ。
「ちょっ、おい! マジで送った? 嘘、しかも午前三時かよ! 俺眠いってその時間! なんでそんな時間にするかなー! もうちょっと俺のことを考えてくれよ……」
叫ぶ征四郎を傍らに明石は笑う。
「ま、なんとかなるさ」
笑う明石に征四郎は怒りの眼差しを向けていた。
ただ今午後九時三十二分。戦闘まで五時間二十分と少しと、迫っていた。
暗い。
暗い部屋の中に一人の男が佇んでいた。年は三十代らしい風貌で髪は漆黒。異様に長く伸ばしている。漆黒のコートを羽織り、目元にはこれもまた漆黒のサングラス。真ん中のテーブルに置いてある缶ビールを口へと運び呑んでいる。
「さて……次の標的は誰にするか……クックック……病み付きだねぇ、人を殺す快感は……」
おぞましいまで残虐さが入った笑みを浮かべ男は呟く。
その時、背後の携帯電話が鳴った。この音楽は受信メロディらしく、男は余り急ぎもせずにビールを呑みながら携帯電話へと手を伸ばした。折り畳み式の携帯電話で、白銀に輝くボディ……見る限りこれは最新機種だ。それをカチャリと広げてメール欄を見る。新着メッセージが一つ届いていた。だが、この男には特にこれといってメールを送ってくる友人など居ない。基本的に携帯電話は通話さえ出来れば良いと思っているタイプの人間らしい。それでも何故最新機種を持っているかというと便利という理由からだった。男はどうせまた、企業からのメールだろう、と取り敢えずメールを見てみた。それは企業からのメールではなかった。知らない人物から送られてきたメールらしい。男は気になってその内容を確かめた。
『午前三時に紙魚公園へ来い。お前の秘密を知る者なり』
簡潔な文章。だが、それでもこの男には十分な効果があったようだ。男は携帯電話を放り投げた。ガシャンと嫌な音を立てて砕ける。男は息が続く限りに笑った。狂ったかのように笑った。自分を脅してくる奴なんて初めて見たらしい。そして、そんなことよりも命知らず、と男は思った。
「クックック……何処の誰だか知らんが命知らずな野郎だ……いいぜ……殺してやる……この俺の……『重力』でな!」
時刻を右腕に着けていた腕時計で確認する。午後十一時二十分。約束の時刻まであと三時間と四十分。男は愉快そうに笑い、テーブルの上に呑みきった缶ビールを置いて立ち上がり、部屋の玄関へと向かった。バタリ、と玄関のドアを開けて外へと出る。それとほぼ同時に、テーブルに乗っていた缶ビールがグシャリとひしゃげ、テーブルが音を立てて崩れた。
午前二時四十五分。約束の時刻の十五分前だ。
征四郎はもう来ていた。明石と一緒に、血のように赤い色の公園のベンチに座っていた。男はまだ来ない。それはそうだ、三時に公園へと来るように命令したのだ。……それでも三時ぴったりに来る人は珍しいであろうが。
征四郎の服装は相変わらず黒のコートに茶色の安い長ズボン。そして両の手には革手袋が嵌められている。
明石はいつもと違う服装だ。まるで医者が着る白衣を引っ繰り返したような黒い服。下のジーンズが隠れてしまって見えない程長いそれは深夜の闇に紛れて明石の存在を消し去っているかのようだった。そしていつものように煙草を口に銜えている。
征四郎は立ち上がり、忙しなく体を動かしている。それは準備運動の意味も込めてあるのであろうことが簡単に解かった。
二時五十分。行動が早い男ならもう来ている時間帯である。だが男は来ない。あまり時間より早く来ないタイプらしい。征四郎は相も変わらず運動を続けている。今度はシャドーを忙しなくしていた。
「……いい加減落ち着け」
その行動に苛ついたのか、明石は止めさせようと言葉を発す。
「落ち着いてられねぇから動いてんだよ」
明石が言った言葉は効果が無かったらしい。明石は諦め、ベンチへと凭れ掛かった。
ヒュッ、振り上げられた右足が華麗に弧を描き地面へと着陸する。
「それにさ……どうせ戦闘になるに決まってるさ。だから、準備運動ってところだよ」
「お前の言う通りなんだろうがな……あー、因みに俺戦闘パスね。戦闘能力無いから」
シャドーを止めて明石の方に向き直る征四郎。息が少しも乱れておらず汗一つも掻いていない。
「んなこと解かってるさ。だから俺が居るんだろ?」
そうかね、と明石は軽く応じる。
次の瞬間に背後に気配を感じた。耳を澄ませば砂利が擦れる音も聞こえる。来たか。二人は振り向き呟く。
ただいま、二時五十三分。男は―――連代鹿暁は、約束の時間より少し早く来るタイプらしい。
「やぁ……連代鹿暁くん。こんばんは……というべきなのかな?」
ゆらり、と影が揺れ公園の外灯に照らされた体は明石が言っていた特徴にぴったり一致した。漆黒のコートに異様に伸ばしている漆黒の髪。サングラスを掛けておりこれもまた、漆黒の色だった。
「……一つ……訊きたい事がある……」
男は――連代は手を握り、其処から人差し指だけを立てて、質問をしてきた。
「何故俺のメールアドレスと名前が解かった……」
「それは企業秘密ということで」
おどけたように征四郎は答える。
それに苛ついたのか、連代は怒りを露わにした。
「ふざ……けるな……!」
ごしゃり。後ろの方から嫌な音が鳴った。何かが潰れたような音。
「明石ッ!!」
明石の方に振り向いた時には遅かった。明石は潰れていた。周りにある赤いベンチごと。血のように赤いベンチが更に、更に更に、明石の口から吹き出た濃い鮮血でべっとりと――紅くなっていた。
「俺を……馬鹿にするからだ……世間知らずの奴には……死を与えなければ為らない……!」
ぷつん。
征四郎の中で何かが音を立てて切れた。
「テメェェェェ!!」
激怒、激昂、激憤。今の征四郎は正にその状態だった。
右足を踏み出し負荷を掛ける。同時に左足が浮き、駆け出し――蹴りを出す。
右足が美しく弧を描き連代の脇腹へと直撃。「ぐぅ……」と嗚咽をあげて二メートル程、吹き飛んだ。
征四郎は追撃をしようと、更に駆け出そうとする
が、踏み出そうとした右足が動かない。
「あれ……?そんな、おかしい……――っ?!」
突如、征四郎に負荷が掛かった。それはまるで相撲取りにでも乗られたような負荷だった。堪らずに征四郎は地面へと突っ伏す。
うつ伏せの状態で地面へと倒れた。砂利が皮膚に食い込んで痛い。だが、征四郎はそんな些細なことはもう考えられなくなっていた。まわりの地面がバキバキと音を立てる。
そして気付く。これが――重力の能力だと。
「ククククククク……さて、どう料理してやろうか……」
ざり、ざり、と砂利を踏み鳴らし一歩、また一歩と距離を縮める。
ざり、ざり。ざり、ざり、ざり、ざり。
その音が征四郎の死への秒読みかの如くに聞こえる。
そして、征四郎まで後一歩というところで足を止めた。
そして言葉を口に出す。死刑宣告でもする裁判官の如くに。
「やはり……お前も圧死だ。俺の重力で潰して殺す。慈悲深い俺から三秒やろう。この世とのお別れの挨拶でも済ませておくんだな……」
その言葉に征四郎はにやり、と顔を歪めただけだった……。
3 形勢逆転、そして解決
「死ねっ!」
連代は吼える。連代は能力を最大限まで発し、征四郎が潰れていく様を見ようとした。断末魔を聞こうとした。恐怖を植え付けてやろうとした。だが、連代の考えは脆く崩れ去った。
「お前がな」
――連代は何をされたかさえ解からなかった。気がついたら地面に突っ伏していた。征四郎と同じように。そして逆に征四郎のほうが直立している。先程とは立場が逆転していた。
「おいおい……如何したよ。連代くんよぉ……俺を殺すんじゃなかったかな?テメェの『重力』でさぁ」
それを聞いて正気を取り戻したらしく、素早く立ち上がり、バックステップでとんとん、と征四郎との距離を広げるために遠ざかる。自分が安全な位置から能力を使う為らしかった。
足がずきずきと痛む。如何やら足を払われたらしい。
「さっきは油断したが、もうしねぇ! お前は此処で俺に殺されるんだ!」
そんな連代などには、お構い無しにざりざり、と距離を縮める征四郎。
「くそがっ……死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
連代は能力を発動した。最大限の力を出して、征四郎の周りに負荷を与えた。普通の人間ならとうの疾っくに圧死しているはずだ。
だが――征四郎は直立していた。
能力など関係無く、能力などお構い無しに、重圧など蚊に刺された程度の些細な問題でしかないように、そんなことは無駄だとでも言わんばかりに――征四郎は距離を詰める。一歩、また一歩と砂利を踏み鳴らし、じりじりと連代へと向かう。
そして、左手に着けていた黒の革手袋を外して、開いて閉じてを繰り返す。
その間も連代は能力を発動している。しかも最大限に。何度も繰り返すようだが連代の『重力』の能力は最大限に力を発せば普通の人ならば一瞬で圧死しているはずである。だが、征四郎は死なない。動じずに、能力をものともしない。
「嘘だ……っ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! うそだ――」
「残念ながら、全て本当だよ」
刹那、一歩一歩噛み締めるようにして歩いていた歩調を変えて三〜四メートル在った間合いを征四郎は一瞬で詰めた。そして――。
「だらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
猛連打。獰猛な獣の如くに、拳を握り込み、叩き込める限界まで、連代にその拳を叩き込んだ。それは正に必殺の攻撃。圧倒的な暴力。一撃一撃が致命傷となる程の威力だった。
連代は足で踏ん張った。だが、抑え切れなかった反動で、後ろへと吹き飛ぶ。五メートルは吹き飛んだであろう連代に征四郎は右手の握り拳から親指を上に出し――そして根元からゆっくりと下へ勢い良く振り降ろした。
「終わりだ、このボケが」
てくてく、とまだ意識がある、連代に近づき肌が露わになった左手を連代の額へと当てる。そして呟く。
「動くな」
その言葉を発されてから連代はぴくりとも動かなくなった。まるで冷凍されたかのように、頭のてっぺんから足の先までの筋細胞一つすらも動かなくなっていた。それに戸惑っていた連代に対し征四郎はにやにやと嫌な笑いを浮かべている。
「なんで動けないのか疑問かい? それが、俺の能力だ。フフフ……お前はもう動けないし教えてやるよ、俺の能力。俺はな――『触れたものに命令』出来る。簡単に言っちまえば言霊、とでもいうのかな? 俺はこの両の手で、直に触ったモノに命令できる。例えば――」
地面に落ちていた掌サイズの石を拾い上げた。
「この石を俺が手で持ちながら、『消えろ』って言うだけでこの石は消える。試してやろうか?」
征四郎は掌サイズの石を手袋を嵌めていない左手へと持ち変える。そして一言。
「消えろ」
ぱっ、と一瞬にしてその石は、手から消えた。
「んー? その表情は俺の能力に驚いたのか? 笑えるね、テメェも能力者の癖に、さ。さて、今見てくれたように俺の能力は『言葉』だ。じゃあ、此処でお前の能力を無効化出来た理由を教えてやろう……。再度と繰り返すが、俺の能力は『言葉』だ。
あらゆるモノに命令出来る。例えばこのコートとか、な。……アッハッハ! やっぱり、今の今まで気付いてなかったのか! 普通は俺の能力聞いたところから解かっとくべきだぜ。連代くんよ。まだまだ未熟だな。つまり――」
つまり、征四郎は前もってコートに能力を使っていたのだ。その漆黒のコートに対して。更に言うならば、明石の上着にもその能力を使っていた。
「どーも、見事に引っ掛かってくれちゃって、まぁ。ま、これも俺の演技力のおかげかな?」
当たり前かのように、明石は潰れたベンチから立ち上がる。何も堪えていない。当たり前だ、能力を使っていたのだから――。
「つまり、俺は俺と明石のコートに『命令』してたんだよ。『能力を無効化しろ』ってな。因みに俺の能力は最大で三十分間持続可能だ。ま、これは余談として受取ってもらいたいね」
ふぅ、と五刹那ほど間を置いてさらに、言葉を継ぎ足す。
「さて、と……主な敗因を教えてやろう。第一に俺の強さを外見だけで決め付けたこと。第二に自分の能力に過信しすぎたこと。
第三に俺の情報を知らなすぎたこと……。裏の世界じゃ中々に有名なんだがな……能力者殺しの征四郎とか『死の鷹』ってな」
連代はその言葉に固唾を呑み、目を見張る。
「まさか……お前が……デッドイーグル?!」
にやり、と嫌な笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、そうだ。俺こそが能力レベル最上位の十ランク! 能力者殺しの緒川征四郎! そして『死の鷹』ことデッドイーグルの征四郎よ! ハッハッハッハ!」
「それじゃあ……最初から俺に勝機は無かったのかよ……!」
ぼやく連代に征四郎は断言する。
「その心構えが既に負けてるんだよ。連代くん」
ハーハッハッハッハッハッハ!
征四郎は高らかに笑った。
暫く公園には征四郎の高笑いが響いていた……。
――仕事を終えて事務所に帰ってきた征四郎達を待っていたのは羽荻だった。
いつものように制服姿――ではない。今回は私服だった。上は普通の無地のTシャツで着ていたと思われる蒼白の上着は腰に巻かれている。下は所々に破れたジーンズだった。
ただいま、午前八時二十七分。
事務所の鍵は閉めてきたのに何故這入れたのだろうか。
答えは簡単だった。鍵を閉めようが扉が壊れているのだ。これでは鍵も役に立たない。
征四郎は羽荻の横を迂回しパソコンの在る机の椅子に深く凭れ掛かった。
そして、羽荻は征四郎に笑顔を送り金一封の袋を手にひらひらと持っている。
「有難うよ、緒川くん。今回の事件も解決してくれちゃってよ。ほら、報酬だ」
ぽん、と羽荻は征四郎の前にある机にひらひらしていた金一封の袋を置いた。
その袋にはあろうことか。百万は下らないだろうという札束が入っていた。
「おおっ!? 今回は何時にも増して太っ腹じゃねぇの。どーしたのかなー?」
「いやなに、アタシからのサービスと言ったところだ。毎度毎度ありがとさんっつーことで」
サンキュ、と短くお礼をいい征四郎は金を勘定する。
「ひぃーふぅーみぃーよー……わぉ、百五十万入ってるじゃねぇの」
「なっ!?本当か!!」
明石が目をきらん! と光らせた。
それに、羽荻が「おおよ」と相槌を打つ。
それを聞いた明石は狂ったような笑いを浮かべた。
「あはははははははは!! さぁ、征四郎! 今がチャンスだ! さっさと焼き鳥食いに行くぞォ!!」
「あれ? ちょっと、性格変わってない? おい、こら、まてや、まだ焼き鳥屋開いてないぞ……って、聞いてんのか……うわぁぁぁぁ!!」
明石は突然征四郎のコートを掴み、ふはははは、と笑いながら事務所を出て行った。
羽荻は呆れたように笑う。
「やれやれ……あんな奴等に助けられたと思うとなぁ……でも、面白い奴等だからいっか」
今日も明るい日の光が事務所の窓を透して差し込んでいた――。
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2005/08/09(Tue)22:53:41 公開 / 緋陽
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■作者からのメッセージ
初めまして緋陽と申します。投稿は初めてなので少し恥ずかしい気もしますが思い切って載せてみました。
まだまだ未熟ではありますが、これからも皆様を楽しませていけるよう、努力をしていきます。
これからも頑張って生きたいのでどうかこれからも宜しくお願いします。
終りました。終了です。なんか更新早すぎました。
…………うぁー自分の文章構成能力の無さを恨む。そして呪う。
結局皆さんに指摘されてアドバイスされてのところをぜんぜん直せておりません。
反省モノです。深くお詫びを申し上げます。
なにはともあれ最終話。ここまで読んでくださった方々有難うございました。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。