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『扉』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ツーソン
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――なぜ殺されるの?
――私はいつものように
――静かに暮らしていただけなのに
「扉」
そこはまさに無の空間であった。生物も草も水も地も空も太陽も、全て何も無い真っ白な世界。眼前には延々と限りない白だけが存在している。それはまるで真っ白な迷路の中に迷い込んでいる様な気持ちにさえさせる光景だ。
「白い……」
無意識のうちに私の口はぼそっと呟いた。誰にも聞こえないくらいの小さな声で。ああ、ここ最近こんな言葉しか出てこない気がする。
何時からだろう、私がこんな所に迷い込んだのは。この迷路から出れなくなったのは。
気がついた頃には、私は既にこの真っ白な空間をさ迷っていた。昼夜関係無く、いや、ここには昼夜さえ無いのだが、あても無く、唯ひたすらにこの迷路の出口を探し続ける日々の繰り返し、繰り返し。しかし何時も私の眼前に広がるのは何も無い真っ白な光景だけ。真っ白な空間は私をあざ笑うかのようにどこまでも、どこまでも続いている。一体何時になったら、私はこの真っ白な迷路から脱出することが出来るのだろうか。いや、その前にこの迷路には出口があるのだろうか。
――もう、疲れた。
私はぺたんとその場に腰を下ろした。足跡さえ付かない真っ白な地面に。ただ呆然と、まるで生気を失った屍の如く、私は微動だせずに座り続けた。
白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白……
上を見上げても白。下を向いても白。辺りを見回しても白。もう白は見たくない。もう限界だ。どこから来たのか、どこへ行こうとしていたのか、私は何者なのか。それすら私は忘れてしまった。何か決して忘れてはいけないことがあったはずなのに。真っ白な空間は私の頭の中さえ真っ白にしつつある。疲れきった私は、ただ一人涙を流す他何もできない。
「どうなさいました」
一瞬、私の中の時が止まったような気がした。辺り一面に声が響いたのだ。この真っ白な世界に私以外の声が。ずっしりとした太い声が。私は耳を疑った。そして次に目を疑った。顔を上げるとそこには、赤い大きな扉が存在していた。
信じれなかった。扉が喋るのはさて置き、この世界に私以外の物が存在したことが。白以外の色がここに存在することが。流していた大量の涙も驚きの余りにぴたっと止まってしまった。
恐る恐る私は扉の前に立ち、話しかける。
「この真っ白な世界から出れなくて困っているんです」と。
扉は答える。
「ならば私を通っていけばいい」
「本当ですか」
助かった。やっと出れる。この真っ白な世界から。
「しかし……」
「しかし?」
沈黙。扉はそう言うと黙り込んでしまった。それはほんの一瞬のことだろうが、私には延々と続く長い静寂の様に思えた。
やがて扉は口を開いた。
「あなたは鍵を無くしている」
「鍵?」
「そう、この私を開ける鍵を」
戸惑っている私に扉は話し続ける。
「目を閉じて御覧なさい」
言われるがままに私は目を閉じた。瞬く間に私を取り巻く世界は白から黒へと変わっていく。やがて、私の意識は暗い闇の中へ消えていった。
――暑い日だった。私はいつものように食べ物を求め、いい匂いのする方へと向かって行った。黒光りする私の体をてかてかと光らせ、自慢の細長い触覚をくねくね動かし、便利なギザギザの足をカサカサと動かしながら。やがてそのいい匂いのする所に辿り着いた時に、私はその匂いが何であったのかを理解した。それは床にこぼれてできた牛乳の水溜りだった。私は思わず羽を広げてその牛乳の水溜りへ飛び込んだ。そして思う存分牛乳を飲み続けた。牛乳は飲んでも飲んでも無くならないほど大量にあった。
――しかし、その幸せの一時も長くは続かなかった。突如、私の後ろでバシンッと大きな音が響く。異変に感じた私は牛乳を飲むのをやめ、音源の方を振り向いた。それは私とは比べ物にならないほどとても大きな生物だった。大きな生物はもの凄い形相をして、何かを叫びながら私に向かって大きな足を振り下ろした。
ぐちゃ
けたたましい音と同時に私はゆっくりと目を開ける。そしてゆっくりと深呼吸を2、3回程する。
思い出した。私はどこから来たのか、私はどこへ行こうとしていたのか、私は何者なのかも全て。そして扉の言っていた鍵という物も何であるか理解できた。
それはひとえに「憎しみ」という感情。
「行きなさい」
扉は太い声でそう言うとゆっくりと開き始めた。ギイイイイという音を立て、ゆっくりと、ゆっくりと。それはまるで私を誘うかのように。
次第に扉の向こうが見えてくる。それは眩しい程の明るい光が広がる世界。真っ白な空間に黄色の光が差し込まれる。やがて私はその暖かな光に飲み込まれていった。
私は人間としてこの世界に生まれる。
――扉の向こうの、私を踏み潰した人間を殺しに行くために
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2005/07/20(Wed)14:15:17 公開 / ツーソン
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