『夜と昼の狭間での出来事』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:最低記録!
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やっと夜は空を覆いつくして、俺らを闇を包んだ。闇というほどでもないのだろうが、街の灯りが淡く僕らの顔に届く程度で、僕の個人的な感じ方から言えば、こういうのを闇と言うんじゃないかと思う。
「ここが、好きなんだよ」
「ふーん」
マンションの屋上のフェンス越しに、二人並んで街を見下ろしていた。本来、屋上は施錠されているが、その戸は簡単に飛び越えることができる。このマンションは12階建てで、近くにある建物の中では一番高かった。だから、遠くまで一望できる。
「なんだよ、お前が来たいって言ったから連れて来たのに。随分そっけないじゃん」
「そういうつもりで言ったんじゃないよ」
目を閉じ、下に向けていた顔をさらに俯かせて、美香は言った。
「まぁ、いいけどね」
気まずい空気になってきてしまった。しかし、まぁ覚悟はしていた。
突然メールで『何処か良い場所知らない?』なんて、お店のことなのか、遊ぶ所のことなのか、訳が分からなかった。だが、普段絵文字や顔文字をふんだんに使う美香がここまでシンプル且つ単純な内容のメールを、唐突に送ってくるのは明らかにおかしかった。
そこで、この場所の話をしたら『連れてって』というから、連れてきたのだが……
不器用で何一つ上手い事なんか言えない俺は、悲しそうにしてる女の子は天敵でしかない。
美香は母親達が産婦人科で知り合って、家もそれ程離れていなかったため、生まれて以来の幼馴染だ。小学校は違ったが、よく一緒に遊んだ。
男友達と一緒に遊んだりなんかした日には、「お前とあんな可愛い子は不釣合いだ」なんてよく言われた。つまり、モテる女の子だった。
遊んでいた割に、しょっちゅう喧嘩しては俺が怒られた。だから決して、仲が良かった訳では無かったのだが、まぁ女ってのは変わるもんで、中学に入ってからはそんな事も無く、仲良くやっていた。
「ごめん」
「そんな事で謝んなって」
「うん、なんか悪いね……」
見上げれば汚れた空気と街灯りに圧されて、申し訳なさそうに瞬く星。見下ろせば夜の闇に手を伸ばす街灯り。その中間に僕らは居る。夜と眩い街灯りで混ざった、夜でも昼でもない空間だ。そんな風にこの世間から、この世界から、この次元から、孤立したこの空間に、何かから逃げたくて、ただ独りになりたくて、俺はここに来る。ここに来れば、この世界にはたった一人なのだ。色んな煩いから離れて、自分の世界に閉じこもれる。
「良い所だね」
少し微笑んで、美香は言う。
「そうかな?」
「うん、なんか、独りになれそう」
きっと彼女にも、同じことを感じてもらえているのだと思う。お陰で少しはホッとできた。
「俺居ない方がいいかな?」
「いいの、居て」
また少し微笑んで、美香は言った。だが、その声は重りをつけられたかのように、沈んだものだった。
「了解」
フゥーっとため息をついて、俺は後ろに設置されている空調の室外機みたいな物によりかかり、そのまま腰を落とした。
そっとポケットから先ほど買ったばかりの赤マールボロを取り出して、同じく先ほど買ったばかりの100円ライターで火をつける。吐いた煙が闇に消え、暫くすると街灯りに照らされて淡く宙を舞う。
車の音、たまに暴走族の激しい騒音、どっかの馬鹿の笑い声、何だかよくわからないノイズ、風の音。それ以外は何も無い、実に平和な空間だ。
美香は未だに、あの場所で眼下の街を見下ろしている。もしかして、飛び降りてしまうのではと心配になったが、あいつに限ってそんな事は無い。特に俺に頼ってくるぐらいだから、何も話さずに逝くはずもない。
そうやって俺らは結構長い間、その空間をほとんど動かずに過ごした。どれくらい経ったのか分からないが、街の灯りが少し減ったのは確かだった。
「良い風」
美香が突然言った。こっちの方までは吹いてなかったので、俺もまた隣に戻る事にした。
「あ、ホントだ」
良い風が吹いていた。夏の少し、湿った風。それでも蒸し暑いこの夜に、体を取り巻く風は涼しい。
「あのね……」
暫くして、美香が口を開いた。
「うん?」
少し間をおいて、再び口を開く。
「ヤリ逃げされちゃった」
黙っていた。というか、何も言えなかった。
ヤリ逃げなんて、非日常的な事を目の当たりにして、頭は混乱した。しかも目の前に居る、幼馴染がされたなんて言われても、すぐにピンとは来なかった。
「結構イイなぁ。なんて、感じ始めててね、最初はカッコいいからって思って付き合い始めただけだけど、段々さマジになってきちゃってさ」
ただ聞き続けた。
「あたし、初めてこの人なら本気で好きになれる、って思った。初めて心からこの人となら、Hしたい。って思った」
美香は決して、軽い女じゃないし、適当に生きてる訳でもない。それは、生まれてからの付き合いの俺が保証できる。
じわじわと、ふつふつと、怒りなのか悲しみなのか分からない感情が、体の中を駆け巡った。
「美香……」
それでも出せた言葉は、彼女の名前だけだった。
「でもさ! 向こうはヤリモクだったんだってよ? ホント笑えるよね」
それでも俺は何も言えなかった。ただ、美香は泣いているようだった。嗚咽も漏らしていないし、泣き顔も見せていない、声も震えていない。だが確かに、泣いていた。
段々と俺の良く分からなかった感情は、怒りと悲しみの二つにくっきり分離できた。
「もうあたし、どうしていいか分かんないよ」
そう言うと、フェンスに乗せていた手に顔を押し付けて、嗚咽を漏らし始めた。
何故か自然と涙がこぼれた。そして、気づけば彼女を抱きしめていた。
「思いっきり泣けよ、ここには誰も居ないから」
独りだった空間に二人。同じようにして泣いた。
美香は暖かかった。そして壊れそうで、柔らかかった。でも、俺は何も言えなかった。ただそれが悔しい。でも、俺が何か言ったところで逆に傷つけてしまうのも、嫌だった。
もう風は止まり、車の音も、暴走族の激しい騒音も、どっかの馬鹿の笑い声も、何だかよくわからないノイズも聞こえなかった。静寂と闇が俺らを包んでいた。
やがて、美香は落ち着いて俺から顔を離し、ぐしゃぐしゃになった顔で俺を見た。そしてすぐ俯いて「もう大丈夫」と蚊の鳴くような小さな声で、一言だけ言った。俺は何も言わずに、またフェンスに体を傾けた。美香は逆にさっき俺が座っていた所に座り、俯いた。
ずいぶん時間が経ち、いよいよ街灯りは大分弱くなった。
「あ」
美香が突然、声をあげた。
「ん?」
「今日、満月だね」
「ああ……本当だ」
見上げるとさっきまで、少し大きな雲に隠れていて気づかなかったが、月が出ていた。確かに、満月だった。
「ねぇ、知ってる?」
「何が?」
「満月ってね、人をおかしくさせちゃうんだって」
美香は小悪魔のような笑みを浮かべて言う。
「あたしもおかしくなっちゃうかなぁ」
「どういう事だよ」
苦笑いをしつつ言う。
「分かんない」
笑顔で美香は言った。決してそんな笑っていられ無いと思う。いや、空元気ってやつだろうか、そうしなくちゃ自分が壊れそうなのかもしれない。俺にもそういう経験は何度かある。こんなに重い出来事ではないが。
「美香……」
「ん?」
「無理はするなよ」
また少し悲しそうな顔をして美香は言う。
「無理なんか……してないし」
「そっか……そうだよな、ごめんごめん」
俺はとにかく口を開かないほうが良さそうだった。何を言っても、上手くはいかない。
「ううん。ありがとね」
目をつぶった。俺には何か彼女にしてやれただろうか。この孤独な空間で、俺は何を出来ただろうか。逃げるための場所を紹介して、俺は何か正しい事を出来ただろうか。色んな悔いが頭をよぎる。
「じゃあ、あたしはそろそろ帰るね」
ピョンと立ち上がって、美香が言う。
「送ろうか?」
「大丈夫」
「そうか、気をつけてな。俺はもう少しここに居るから」
「うん。バイバイ」
と美香は手を振って階段へ歩いていった。少しフラつきながら、来た時より軽い足取りで、歩いていった。
「美香!」
気づけば叫んでいた。
「俺は……俺は絶対にお前の事は裏切らないから! 俺はお前の事なら本気で愛せるから!」
もう止まれなかった。想いは一気に爆発していってしまった。今、美香がそんな状態じゃないって、そんな事言ってはいけないって分かっていた。だが、止まれなかった。
暫くして、俺は自分のしている事のおかしさを痛感した。美香はただ驚いた顔をして、黙っていた。
「ごめん、俺どうかしてる」
すると美香はこっちに向かって、歩き出して言った。
「満月のせいだよ」
ふと、空を見上げた。満月はまだこちらに向かって輝いていた。
「あたしも、やっぱり今日はおかしいみたい」
美香はまた目に涙をためて、俺に抱きついた。そして俺ももう一度、美香を抱きしめた。
汚れた夜空と、昼のような街灯りの混ざる夜と昼の狭間で、俺らはただ抱きしめ合った。また、涼しい夏の風が吹き抜けると、満月は雲に隠れ、闇がこの空間を包んだ。それでも俺らは、ただ抱きしめ合っていた。お互いの何かを埋め合うようにして。
2005/07/18(Mon)00:26:21 公開 /
最低記録!
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最低記録!さん
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■作者からのメッセージ
いやー、なんか変というか、らしくないというか……変ですね(笑
どうも、とっても久しく登場したので、知らない人ばかりのはずですが、お久しぶりです。最低記録!です。
急にむしょうに、一気に書きたくなって書いたので、矛盾しているところ、おかしな所がありそうです(汗
どうか、ビシッと指摘してやってください。お願いしますm(_ _ )m
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