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『Dream-Eater 其の二(前編)』 ... ジャンル:SF SF
作者:聖藤斗(ひじりふじと)
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――幻想の中にしかない時代があった。
灰色の雨の降る中、一人の青年は崖に立っている
――それは、「ジパング」の時代に遡る。
青年は不適な笑みを浮かべると、ほぼ垂直にそり立つ崖から、身を投げ出す。
――最も進んだ技術を持つ時代。神に近い技術を手に入れた世界だった。
垂直の崖の下にはもう一人の青年が立っていた。その青年は、崖を蹴って上へと進んでいく。
――その時代が滅され、新たなる時代「戦国」の世界が発達し、そして、高度文明を持つ時代は、忘れ去られていった。
崖を飛び降りる青年と、駆け上る青年は、互いに腰にある得物を抜き去る。
――しかし、その滅された時代の文明品で、今も何処かにあるといわれるアイテムが存在していた。
二人の青年は、崖の中腹で、得物を輝かせながらぶつかり合った。
――夢を叶えるために存在する「DE」と呼ばれる代物が…。
幻想暦2000年。ここから物語のページが開かれた…。
「Dream-Eater」
序章「呪ワレ」
いつものように、だったと思う。冷たい鉄格子に囲まれた小さな部屋で、僕と他の人たちが暮らしていた。いつも皆怯えていて、呼ばれた人は二度と帰ってこなかった。
「ねえ、お母さん。何で、皆帰ってこないの?」
「大丈夫よ。皆、綺麗で優しい世界に出られたの」
母さんは僕にそう言って、笑顔を見せる。何故かは知らないけれど、その笑顔が寂しそうに見えた。お母さんも、その一言を最後に、二度とこの部屋に帰ってくることは無かったのも事実だった。僕は全然悲しくは無かった。その優しい世界できっと、待っていると信じていたから。でも、何故かその日は涙が止まらなかった。声をあげて泣いていた。
「八百四十番、出ろ」
僕が呼ばれた。ここでは、皆胸に書いてある番号で呼ばれていた。僕は少しためらった。頭の中で、駄目だ、出たら死ぬぞ。と何度も繰り返されていた。そんなわけない。母さんが外で待っているんだ。笑顔で部屋の外に出る。そこは、真っ白い世界だった。鉄の冷たく黒い世界から、本当に天国に来たようだった。僕は男の人に連れられて、一番奥の部屋に入れられる。
目の前には白い大きな机にひじをかけた男性が居た。僕は、「あなたは誰?」と首をかしげながら問いかけた、しかし、帰ってきたのは嘲笑だけだった。
「キミは選ばれたんだよ。名誉なことにね」
男性はそう言うと、机の上にある赤いボタンをカチリ、と押した。男性と僕の間にガラスの壁が姿を現し、そして、白い防護服を全身に包んだ人がケースを運んできた。「開けろ」と言われたので、僕は言われたとおりに開ける。中には、黒いカタナが一振りあった。僕は言われる前にそれを掴み、両手で全力を込めて持ち上げる。
「キミはラッキーだ。撃ち殺されずに、そのアイテムの実験体になれたんだからね…」
男性はそう言うと、両手を組んで僕を見つめる。
僕は体に違和感を感じた。そして、頭に一つの言葉が響く。
――貴様の願い、かなえた…、と。
その瞬間、僕の目つきは鋭くなり、目の前の男を見つめる。男は驚愕の表情で僕を見て、兵を集めだす。兵隊さんは僕を取り囲むと、大きな銃を僕に向けて、大きな音と共に弾を発射した。僕は、ここで死ぬんだなと思った。しかし、カタナを握った手が勝手に動き、僕の周りに電気の壁を作り出し、それにあたった弾丸は、その場で爆発し、消え去る。そして、その電気を鋭い棘上にすると、周囲に発射した。槍のように尖った電気の塊は、兵隊さんに辺り、身を焦がし、肉の焦げたくさい匂いを発生させた。それと共に、周囲の壁を破壊して、建物内全てに電気を流す。唯一電気の通らなかったガラスのおかげで、男性は生きていた。しかし、僕はその固いガラスを、カタナで細切れにし、男の頭部を切り裂いた。血液と共に、ぶよぶよした物体が姿を現す。死んだことは分かった。でも、僕は切り続けるのをやめなかった。右腕を切り裂き、左も切り裂き、足、腹。と切り裂いていく。気が付けば自分の体は血で染まり、目の前には内臓が飛び散っている死体があった。
すっきりした。
ただ、それだけだった。でも、その後、右腕に強烈な痛みが走る。みぎうでを見ると、血色の悪い白い肌が黒く染まっていく。「う、うぁ・・・」と呻きながらカタナを投げる。しかし、カタナは右手にへばりついて離れない。そのとき、声がした。
――夢をかなえた。次は我の願いを聞け。「貴様の体をくれ!!」
それを聞いて、青ざめた。助けて、と叫ぶが、この建物の中の人は全部殺した。居るわけがない。
このまま、僕も死んじゃうんだ。と半ば諦め始めた。
その時だった。部屋の扉が開いて、黒いコートを着込んだ男が入ってきた。銀髪の、西洋系の男のようだ。ぼくは一生懸命「助けて!!」と叫ぶ。肩まで黒くなりかけ、それを見た男は、「やはり…」と呟くと、背負っている剣を抜く。男の人と同じくらいの丈があるその剣が、少しづつ、発光し始めていく。そしてやがては、光に満ちた剣となり、僕の右腕を切り裂いた。
痛くなかった。そればかりか、黒ずんだ右手はくっついている。床にはあのカタナが落ちていて、だんだんと茶けていき、最後には灰となって消えた。
「あなたは、誰?」
「私かい? 私は、×××だ。こういう仕事のプロフェッショナルさ」
親指を力強く立てると、そのままその手を胸に当てる。大剣は背にある鞘に押し込まれ、鈍い色を放つ刃は牙を見せていない。×××は、「キミは自由だ」と小さく言うと、振り返って、元来た道を歩み始めた。
僕は、何故かその人に興味が沸いた。そして、思わず裾を掴む。
「なんだい?」
×××は問いかける。そう聞かれて、僕は、行くところが無い。とやっと聞こえるような声で呟く。×××はうむぅ、と唸りながら腕を組む。そして、暫く考えた後、僕に笑顔を見せる。
「じゃあ、一緒に来るか? お前がこれからどうしたいか考えてないし、それに、お前の腕も呪われている。それが何時覚醒しないかも分からないしな」
「じゃあ、どうしてさっきは自由だ。って言っておいて行こうとしたの? 覚醒って言うのになったら大変なんでしょ?」
「いや、それを悪用するかも、って事だ。まあ、お前の目を見てると、信頼できそうだし、事件は起こさないだろうと思っててな」
一体、この人は何を考えているんだろう。と一瞬僕は思う。もしかしたら悪用するかもしれない、「覚醒」って言うことを、目の前にいるこの人は「目を見て」と言うことだけで信頼して見せたのだ。僕には全く考えられない事だった。いつも、色々な力仕事を任され、そして夜は皆鉄格子に囲まれた部屋で眠る。そんなことがいつも続いていれば、回りの人を信じることも出来ない。現に僕も、母さん以外は誰も信じようとは思わなかった。誰に話をかけられても、「ハイ」か「ワカリマシタ」の返答ばかり。鉄格子の中でも、皆は疲れ果てて眠るだけ。誰も、「会話」と言うことをするのはあまり無かった。容姿の良い女の人は、この施設の男性と結婚するだけで出れた人もいた。その人は、力仕事をしている時に、白い綺麗な洋服を着たりしていた。その光景を、母さんが冷たい眼で見ていたのも知っている。夜、「魂を売った汚い女」と寝言で呟くこともあった。もちろん、その時の僕には意味が分かるわけも無かった。
――でも、この人なら、良く分からないけど、信じてついていけるかもしれない…。
不思議にそう思えた。目の前にいる×××という名前の人は、何故か見ているだけで安心できた。がっちりとした体格に、光でいっそう引き立つ金色の髪、整った綺麗な顔をしており、自分にとっては、一目見たときから「あこがれ」の存在になっていたんだと思う。
「そういえば、ついてくるのは良いけど、お前の名前はなんていうんだ?」
僕は答えられなかった。生まれたときからこの場所にいる。母さんは僕の名前を呼んだことも無い。必ず「ボウヤ」と呼んでいた。もしかしたら、僕には名前が無かったのかもしれない。「ニホン」と言うところの人種に分布されると兵隊さんは言っていた。それ以外は知ることも無かった。
「名前は、無い。知ってるのは、『ニホン』って所の人種だって事だけ…」
「そうなのか…」
×××は、暫く考えると、「じゃあ、俺がつけてやるよ」と得意げに言い出す。僕は「本当に?」と笑顔を見せる。
「おう!! 良いぜ。そうだな…、夢を守るために戦うって事で…」
その名前を聞いたとき、僕は喜びの声をあげた。
思えば、そのときから僕の旅と戦いが始まっていたのかもしれない…。
其の一「代償払イシ青年〜noboy knows〜」
いつも通りの生活だった。いつものように朝起きて、朝食を食べ、時計を見て慌てて身支度をして学校に行く。そして半日授業を受けて、帰ってきて夕食を食べる。この通りの生活を続けていた。土日になれば、皆と遊ぶか、家で寝ている。それは、自分にとってとても退屈で、暇になる世界だった。
どうにかしてこの暇な毎日から抜け出したいと思っていた。それも、刺激があって、考える暇の無いギリギリの生活を。
そんなことを考え始めてから、暫くして、夢の中にナイフが出てきた。真っ黒で、刃の先端が赤い。血のべっとり付いたナイフだった。それを夢の中で何度もとろうとする。これを取れば、退屈な世界から抜け出すという夢が叶いそうだったから。でも、あと少しで届くというところで、いつもの時間になってしまい、いつもの生活を行うことになる。
――どうにかして欲しい。あの夢の中のナイフが欲しい。
気が付くと、自分の中に刺激のあるものが生まれた。
「殺人意欲」
どうすればあのナイフを手に入れられるのか、手に入れたら最初に誰を殺そうか。そんなことをいつもぼんやりと考えるようになっていた。
そんなことを考えながらいつものコンクリート道をゆっくり歩いていたとき、つま先が何かに衝突する。足元には黒い物体があった。良く見ると、人だった。目立つ赤い髪で、このクソ暑い中黒いコートを着込んでいる。赤髪の右の手の甲は火傷をして、焦げている様に黒ずんでいた。
「大丈夫?」
赤い髪に問いかける。しかし、返事は返ってこない。死んでいるのか。と勝手に想像する。だんだんと、目の前の赤髪は自分が殺したような錯覚に陥り始め、表情が歪む。その時、「うぅぅぅ」とうつ伏せで倒れている赤い髪の黒コートは唸り始め、バっと力強く起き上がる。そして、「腹減った…」と呟くとドサッとまた倒れてしまった。
「大丈夫か? おい!! 返事しろよ!! おい!!」
何度黒コートに話しかけても、返事は返ってこなかった。帰ってきたのは腹の虫が呻く音だけだった。
「いやぁ、すみませんね。おばさん」
「良いんですよ。この町は静かでねぇ。旅人が来るなんて事はめったに無いですから」
テーブルに並んだご馳走を腹に詰め込んでいきながら、赤い髪は白い歯を見せて笑う。ちらりと見せる八重歯が少しばかり幼さを強調させる。倒れているときは、あまり良く見ていなかったが、年齢は、身長から考えると、十五・六くらいかなと青年「日比野名瀬―ひびの なせ―」は考える。
「こんな夏にそんなコートを着ていたら熱いでしょう? どうぞ。脱いでください」
「ああ、すみません」
男はコートを脱いで見せた。男の右腕が真っ黒だという事にも驚きはするが、腰には日本刀が下げられ、胸と腿には回転式銃(リボルバー)が差し込んであった。どちらも、黒く鈍い光を発している。
「まあ、これは…」
「ああ、大丈夫です。この場で抜刀はしません。旅人なので、このぐらいの装備でいないと危険なんです。武器所持は内密にしておいてください」
男はアハハ、と笑いながら名瀬の母に言う。名瀬は刀とリボルバーを見て、にやりと笑った。
――欲しいな。
その考えが渦を巻いていた。
あたりはすでに暗くなっていた。一人旅には危険は伴う。特に夜間は一番危険だ。
「もう日も沈んでいるようですし、今日は私の家で一泊してください。私と夫の寝室を使っていただいて結構ですから」
「いえ、ありがたいですが、ソファをお借りします。突然訪れてそこまでされては自分も申し訳ないので」
そう言うと、男は席を立ち、にこりと笑うと荷物を部屋の隅に置く。当然、刀や銃もそこに置く。安全装置などはしっかりとかけられているようで、誰がとっても危険はないと確信しているようだ。今日の夜、試してみたいと名瀬は思う。そして、「兵器」とはどんな物なのかを知りたかった。
―我ヲ求メヨ。ソシテ夢ヲ念ジロ―
名瀬はガバッとベッドから起き上がる。またあの夢だ。もう少しであのナイフが手に入ったのに…。と名瀬は悔しがるしかし、夜中に起きることが出来たのは良かった。計画通りに事が進められそうだ。名瀬はジャージのままベッドから出ると、音を立てずにドアを開け、そのまま廊下に出る。真っ暗で、手探りでも危険だ。音を立てないよう、這い蹲って前に障害物が無いか慎重に探していく。左手が床から離れた。階段まで来れた。名瀬は安堵しながら一段一段ゆっくりと降りていく。時々ミシッと階段が軋むが、かまわず降りていく。このくらいでは起きないだろうと思っているのだろう。
リビングの前まで来たこの部屋に、赤い髪の男がいて、そして刀と銃がある。
カチャリ。
ドアノブをゆっくりとひねり、軋む音を立てながらリビングに入った。
不意に、こめかみに冷たく硬いものが当たった気がした。
「…誰だ…」
冷ややかな、そして鋭い視線と呟きが聞こえ、名瀬は息を呑む。見つかった。だが、撃たれることは無いだろう。名瀬は必死になって頭の中で言葉を練り上げ、それをそのまま小声で口にする。
「お兄さんの持っている武器が珍しくて、見てみたいなぁ、と思って…」
明らかに地雷を踏んだ気がした。当たり前だ。どこに武器を触りたいといってこっそりと触りにくる馬鹿がいる。そんな事、あった時に見せてもらえば良いだけだ。
何とかしようと頭の中で色々と考えるが、結局それ以上言葉は出なかった。
「…なんだ、名瀬君か…」
鋭い視線と威圧感が消え去った。赤い髪の男は机の上のランプを勝手につけ、淡いオレンジの光で回りを照らす。そして、銃の撃鉄を元に戻し、ホルダーに入れてからしっかりと撃鉄が上がらないように締める。
「何の用だい?」
名瀬は黙り込む。やはり、さっきの良いわけは信じていないようだった。仕方ない。と諦め、自分の考えていたことを全部男にぶちまけた。しかし、怒りの雷は落ちずに、爆笑と言う名の爆弾が降り注いだ。男は腹を両手で抱えて、大声で笑わないように必死で堪えている。
「何で笑うんだよ?」
「だって…武器を持って…人を殺すなんて…普通考え…ないから…」
堪えながら途切れ途切れに声を発する。
「俺は刺激が欲しいんだ!! この暇な日常から抜け出したいんだよ!!」
親が起きないように静かに叫ぶ。それを聞いて、赤髪の男も黙り込む。部屋中に静けさがよみがえった。男はコートを手繰り寄せると、ポケットからメモ帳を一つ取り出す。そして、ぺらぺらとめくり、目的のページで手が止まる。
「…名瀬君。確か、夢の中で黒いナイフを見たって言ったよね?」
「ああ。いつもあのナイフを取ろうとすると、夢から目覚めちゃうんだ」
「まだ取っていないんだね? じゃあ、忠告しよう」
鋭い目つきをこちらに向けて、男は静かにそう言った。
その時、階段の明かりが灯る。そして、ギシギシと階段を軋ませながら誰かが下りてくる。そして、廊下の明かりがつき、それと共に怒鳴り声がこちらに響く。
「名瀬!! お客様に迷惑をかけないの!! こんな夜中に一体何をしているんですか!」
「母さんごめん!! すぐ寝るよ」
「名瀬君、じゃあ、お休み。明日また話をしよう」
先ほどの鋭い目は消え、笑顔で名瀬に挨拶をすると、毛布に包まってしまった。母は小声で謝ると、名瀬を連れて階段を上がる。その時の母の顔は、珍しく歪んでいた。名瀬はその母の表情に驚いたが、声には出さずに、無言のまま部屋へと入った。
「名瀬…。もう寝なさい。良い夢を見るんですよ?」
「そんなこと言わなくて良いって。俺もう子供じゃないんだし」
冗談交じりでそう言うと、母の顔を見ずに布団の中に潜り込む。何かおかしかった。父親が何故帰ってこないのか。そして、母は何故それで平気でいるのか。父は普通ならこの時間帯なら帰ってきていてもおかしくはない。例え仕事時間が夜まで続いたとしても、ここまで遅い日はあるわけが無かった。
何かあったのか。と名瀬の心臓が高鳴る。もしも父が死んでいたら、もしももう帰ってくることが無かったら。と不安になる。
――もう良い、とにかく寝よう。
名瀬は、父への心配を抑え、眠りにつく。暫くは中々眠りにつくことが出来なかったが、時間が経つにつれてだんだんと意識が朦朧とし、最後には完全な休息に入る。布団の中で団子のように丸まりながら、安らかな寝息を立てて名瀬は眠った。
――夢の中のナイフ。黒く、そして刃が赤い。まさか、操作型か?
男は天井を見ながら頭の中で先ほどの話を元に何かを考えている。その時、ドアが軋みながら開いた気がした。そして、足音がゆっくりと男に近づいてくる。男が気づいたときには、その黒い影は真上におり、その手には漆黒の刃が光源も無いのにぎらりと光っている。男はそれに気づき、目をカッと開いて動くが、その時、漆黒の刃は真っ直ぐに振り下ろされた。
その夜、小さな笑い声が暗闇の中で響いていた。
また同じ夢だ。目の前には黒く刃の赤いナイフがある。名瀬はそれを目にするが、何故か今までのように取ろうという気持ちが沸かない。確かに、刺激のある世界が欲しい。と言う夢はある。けれども、その世界に行ったら、二度と戻れないような気がしてきたのだった。それに、あの男の忠告しようとした言葉も気になる。それを考えると、まだ取る気にはなれなかった。だから、今日はこのまま夢から覚めようと思った。しかし、その時に頭の中に声が響いてきた。
――ワレヲ手ニ取ルノデハ無イノカ!?
突然、辺りは真っ黒に染め上げられ、名瀬の体に黒い帯が巻きつき始める。足が帯に引っ張られ、黒い壁へと引き寄せられていく。そして、トプン、と言う水の中に入るような音と共に、脚が黒い壁の中に入り、波紋を広げる。そして、両足に激痛が走り、思わず名瀬は悲鳴を上げる。次は、両腕が引き寄せられ、同じように波紋を造りながら入っていく。名瀬の手首まで入り、新たな激痛が生まれる。夢の世界のはずなのにも関わらず、激痛があるのは何故なのかが気になる。しかし、それを考える暇も無い激痛が再び名瀬を襲う。
――ワレヲモトメヨ!!
もう一度その声がした。しかし、これを取ればこの激痛からも開放されるのかもしれない。右手に精一杯の力を込め、黒い壁から引きずり出す。そして、ナイフを取ろうと手を伸ばした。
その時、世界は黒い世界から白い世界へと姿を変え、ナイフも消え去っていた。そして、激痛だけがその場に残り、その痛みで目を覚ます。
目の前にいたのは母さんだった。しかし、母は変わり果てていた。目は吊上がり、両手には夢の中で出てきたナイフをしっかりと握っている。名瀬は自分の両腕両足を見て悲鳴を上げた。ナイフでにくを裂かれ、動かすだけで激痛が全身を駆け巡り、そして、大量の血が吹き出るように流れている。
「母さん…。どうして…」
「私の夢だったの。愛する人間を切り刻んだ時、どんな気持ちになるのかなぁって思ってね!!」
無邪気な笑顔を母は名瀬に見せる。ナイフに付いた名瀬の血液を舐めながら、鋭い目をこちらに向ける。良く見ると、母の両腕は黒く染まり、首の辺りまでジワジワと染まっていた。それがどういう意味かは分からない。しかし、それは確実に「母を変えている」事だけは理解できた。
――これが刺激のある世界か…。
名瀬はぼろぼろと涙を流しながら頭の中で呟く。自分の夢見ていた世界。それは、自分が殺人を犯す事。自分の好きな母に殺されることなんて望んでいなかった。
「…こんな夢なら、望まなければ良かった…」
名瀬は呟いた。母の握る二つのナイフが名瀬目掛けて落とされた。
「…キミは本当にそんな夢を望んじゃない…」
どこからか声がした。聞いたことのある声だった。
銃声が二発聞こえた。それは、心地よいものではなく、鼓膜が破れるかと言うほどのものだった。しかし、その二つの銃弾は母の持つナイフに直撃し、母はナイフを落とし、衝撃で倒れた。痛みがあるにせよ、何とか我慢すれば動くことは出来た。「うっ」と呻きながらも名瀬は起き上がり、銃撃の方向を見る。
ガラスが二つの弾丸によって割れていて、そこからは鮮やかな赤い髪が見えた。腰には刀がささり、母のほうを鋭く睨んでいる。
「大丈夫か? 名瀬」
雰囲気が変わっていた。昨日までの腑抜けた感じは無く、どこか冷たい雰囲気を持っている。「大丈夫」といい、名瀬は男の元に歩いていく。男は名瀬を掴むとマドから引きずり出し、壁に寄りかからせる。「少し待っていろ」と呟くと、部屋の中へと視線を移す。
母は起き上がると、ナイフを拾い、男のほうを睨んでいた。
「何で、邪魔するの?」
「黙れ。人体を乗っ取って貴様がやっているのは『夢を叶える』行為じゃない。『夢を喰う』行為だ」
「それのどこが悪い。この女はそれを望んでいたのだ。かなえてやったのだから代償として私はこの体を貰い受けた」
母…とはもう呼べない。「何か」はにたぁりと悪意に満ちた笑みを浮かべ、ナイフを構えた。
「待って!! 叶えたって…。それじゃ父さんは!?」
「話してやるよ。この女(からだ)の夫は不倫をしていたようでな。毎日遅いのはそのせいだった。それで、だんだんと夫の行為が許せなくなり、殺したいという考えまで持つようになっていたんだ。きっと、この体の女も夫を殺せてうれしそうに飛び跳ねている頃だと思うぜ…」
「何か」はケタケタと笑う。それを見た名瀬の目から光が消えうせた。「どうして…」と呟きながら、目から大粒の涙が流れ始めた。
男は名瀬を抱きしめた。そして、耳ともで呟く。
――キミの母親はそんなこと望んじゃいない。大丈夫。だから泣かないで…。
男は立ち上がると同時にリボルバーのトリガーに指をかけた。「奴」もナイフを構える。
「暗黒の物質「ドリーム・イーター」。お前の行為は万死に値する。よって、これより貴様を『処刑』する!! 二度と夢のない世界へと消えうせろ!!」
男はリボルバーの撃鉄をかちりと上まで上げると、銃口を「奴」に構える。
「ドリーム・イーター・イレイサー。十四番『防人ユメヤ』参る!!」
「ユメ」は地面を蹴ると同時にトリガーを引く。二発の銃弾が発射され、回転しながら「ドリーム・イーター」と呼ばれたものへと飛んでいく。その銃弾を避けると共に、「奴」はナイフから黒い帯状の物体を鞭のようにしならせてユメヤ目掛けて攻撃する。ユメヤはそれをしゃがんで回避すると、撃鉄を再度上げ、銃弾をまた二発発射する。
「あたるか!!」
銃弾を軽く避けると、片方のリボルバーに鞭をまきつけてユメヤの手から引き剥がす。そして、引き剥がされたほうの腕を見て、「奴」は叫ぶ。
「貴様…、何だ…それは…」
「秘密兵器さ…」
左の撃鉄を上げると、うろたえる敵を睨みながら精神を集中する。それと共に、銃口から静電気のような青光りが放たれる。それはだんだんと銃口に集中し、バチバチ、とはじけるような大きな音を立てていく。
「くたばれ!!」
ユメヤはトリガーを一気に引いた。弾丸は電撃を帯びて発射され、先ほどとは比べ物にならないほどのスピードで敵を射抜く。敵から血が吹き出たのは、それから数秒後だった。母は血を噴出しながら膝を地面につき、そしてナイフも取り落とす。ナイフはごとりと床に落ちると、勝手に動き出した。見てみると、慌てているようにも見えた。
「洗脳していた物体の生命力が消え去った今、お前が取り付けるものはもうない・・・」
それならば、とでも言うかのごとく二つのナイフはユメヤ目掛けて飛び掛る。ユメヤはリボルバーを放り投げると、鞘に手をかけ、右手で柄を握り締める。
ユメヤの高速の抜刀と共に、空気が切り裂かれ、そして飛んでくるナイフの片方を真っ二つに切り裂く。ナイフは液状と化し、そのままバシャリと音を立てて床に飛び散る。飛び散った液体はジュウウと蒸発し、やがて消え去った。
「ラスト!!」
ユメヤは刀でもう一つのナイフを上から振りかぶって切り落とす。刀はナイフを軽々と貫通し、そのまま床に刺さる。切り裂かれたナイフも、そのまま液状と化し、蒸発して消え去った。
「ドリーム・イーター。排除完了!!」
ユメヤは深く息を吐き、そのまま刀を鞘に納めるとそう言い放つ。そして、リボルバーを二つ拾ってホルスターに差し込む。その頃には、名瀬の家は既に半壊状態で、周りには観客もいた。何が起こっているのかまるでわからない。ナイフが勝手に飛び、それを赤い髪の男が斬ったら液体になった。これは手品なのか? と呟いている住民もいた。しかし、血だらけで倒れている名瀬を見て、そういう者も現実に戻される。すぐさま「医者呼べ!! 医者!!」と叫ぶ。
名瀬は意識を朦朧とさせながら「もう、大丈夫なの?」と小さい声で問いかける。ユメヤは「ああ、もう安心して良いよ」と笑みを浮かべて言った。それを聞いて、名瀬は安心したのか、静かに目を閉じたどうやら眠ったようだ。ユメヤは名瀬を医者に任せると、名瀬に背を向けて歩き出す。
「貴様!! 銃刀法違反だ。逮捕する」
「俺はこういう者だ」
警官を睨みつけながら、ユメヤは胸ポケットから手帳を取り出す。手帳の表紙には、アルファベットのDとEが重なった字が書かれており、読むと「DEE」と書かれていることが分かる。警官はそれを見て、慌てて敬礼をユメヤにする。
「失礼しました!!」
「あんたさ。警官なら、俺に加勢してくれても良かったんじゃないの? あれが、『ドリーム・イーター』だって事は、入りたてのときに教えられているはずだ。見てないで援護くらいはしろ…」
冷たい言い方でユメヤは警官の肩を叩く。警官は青ざめた。ユメヤの言葉を聞いて、自分が客観的に見ていたことに後悔しているのだろう。
「…ねえ…」
呼びかけにユメヤは振り向く。眠りに着いたと思ったら、名瀬ははまだ起きていた。「なんだい?」と返事を返すと名瀬はこう言った。
「僕にはもう…帰るところが無くなっちゃった。どうすれば良い?」
「大丈夫だ。キミにはまだ帰るところがある」
「…どこ?」
弱弱しい声でユメヤに問いかける。ユメヤは再び名瀬のところに歩み寄ると、メモ帳から一枚剥ぎ取り、ペンでさらさらと何か書く。そして、それを名瀬に握らせると、「決意が出来たらこの紙を見てみな」と言う。そして、再び歩き出した。
「じゃあな。名瀬君」
「じゃあね…ユメヤさん…」
名瀬は挨拶を交わすと、深い眠りに入った。
ユメヤは分かれ道の中心に立っている立て札に腰をかけていた。
「指令で大体は知っていたけど。突然な出来事だったな…」
ユメヤはふう、と息を吐く。先ほどは誰にも見られなかったが、彼自身相当な疲労が溜まっている。
――だけど、久々に良い仕事だったな。
ユメヤは微笑を浮かべて空を見る。晴天。
今日は良いことがありそうだ。とユメヤは思う。立て札から降りると、右の道を歩いていく。そのとき、自分の右腕を見る。真っ黒に染まる自分の右腕。しかし、これはこれで役にはたっている。
――だけど。必ず限界は来る。だから「元」を探すんだ。
ユメヤは右手をぎゅっと握ると、道を走り出す。空は穢れない青で、風は心地よいものだった。
――人間の夢には二つある。「欲望が生み出す夢」と、「自らが望む夢」だ。
――ドリーム・イーターは夢をかなえるものじゃない。欲望・憎悪・嫉妬。それらが生み出した「欲望が生み出す夢」を解き放ち。それを糧として生きる生命体だ。絶対に手にとってはいけないんだ!!
其の二「孤独ノ少女〜cry garl〜前編」
乾燥した風が赤毛の青年―防人ユメヤ―尾周りを包んでいる。ユメヤは腰に日本刀を差し、胸と腿の辺りには黒く重い雰囲気のある回転式銃―リボルバー―が差し込んである。手には「DEE」とかかれた古びた黒い手帳を持ち、一箇所を見ている。
「とりあえず、無事に次の任務の場所には着いたみたいだな」
ユメヤはふう、と一息ため息をつきながら呟く。ユメヤの所属する「DEE」と言う組織は、隠密組織で、場所は隊員のみに渡される地図に記載されており、世界中を回ることになるので、各支部も明記されている。どういう目的か。それは元帥意外は知らされていないと言う。目的も漠然と「DE(ドリーム・イーター)を消滅、または捕獲」と言う事しか隊員達にも知らされておらず、本部で知らされる幾つかの指令を完了させ、そして戻ってきて少しの休息を与えられ、また指令を持たされ出発するの繰り返しなのである。なので、任務途中で誰かが死亡することもしばしばある。
「確か、今回の任務にはアシスタントが二人付くんだよな」
ユメヤのメモ帳に記載されている任務には丸が付けられ、残りは一つとなっていた。もちろん、その丸付けされた任務の中には「ナイフ」と書かれたものもある。
唯一丸付けされていない任務名は「狼」と書かれている。ユメヤのメモ帳に書かれているそれぞれの任務には、必ず経緯が書いてある。その中でも難易度が「β」と書かれている任務がこれだった。 任務の難易度は下から「γ」→「β」→「α」とあり、元帥でも手を焼くような内容の任務が「EX(エクストリーム)」である。
まだ発展途上であるユメヤにとっては、これは難易度の非常に高いものである。と言うことが言える。
そして、そこに書かれている注意書きには「DEは人間の夢だけを食らうわけではない」と書かれていた。それを見て、ユメヤの顔は少しばかり強張る。初のβ任務で固まっているのであろう。
ユメヤはこの任務を行う前に、他の任務を全て終わらそうと考えて行動していた。なぜかといえば、もしも任務中死亡したとしても、引き継ぐ任務の量が少なく、β任務のみで良くなるからだ。それだけ、この難易度の高い任務はユメヤにプレッシャーを与えていた。
「あ、弥生兄ちゃん!! 防人さんが来たよー!!」
町の入り口付近に立っていた着物姿の少女は満面の笑みを浮かべながら叫んでいる。しかし、少女の付近に「弥生」と言う名の者はいない。ユメヤはどこに居るのかと辺りを見回す。
不意に、背後から殺気が放たれた。ユメヤはリボルバーを一丁抜き、振り向きざまに撃鉄を起こして構えた。背後には手甲を嵌めた手をこちらに向けている短髪の男がいた。「流石ですね」と顔面に銃口を向けられているのにも関わらず、落ち着いた表情を向ける。この男から放たれる殺気が消えると同時に、ユメヤはトリガーを引く。しかし、銃口から弾丸は発射しない。カチン、と言う鉄と鉄との虚しい激突音があたりに響き渡っただけであった。
「何故、弾丸を入れていなかったんです?」
「試されているという事位、殺気を感じたときから分かっていた。だから、構える瞬間に弾を抜いた」
見れば、ユメヤの足元には六発の弾丸が落ちている。火薬も十分入っており、まだ使われていない状態だ。それを見て、「弥生」と呼ばれた青年は思わず口笛を吹いた。
「でも、打つ気ないなら、弾丸を抜かずに構えていても良かったんじゃないですか?」
「俺は一度構えると、癖でトリガーを引いちゃうんだ。勘弁してくれ」
「あれ? でも『ナイフ』の事件の報告だと…」
「気にするな。あれは珍しく抑えられたんだ。向こうも運が良かったんだ…」
ユメヤはおちょくるように問いかけてくる弥生に一言呟くと、ため息をついて町に入った。
ユメヤとアシスタントの二人は町の中心にある酒場で食事を取りながらこれからのことについて話を始めていた。この酒場は新しい場所だな。とユメヤは思う。綺麗に塗りつけられた白い壁、まだ新しい匂いがあるテーブル。初心的な手つきで料理を作っている店主。誰が見ただけでも分かるだろう。
酒場は少し漁業のもので賑わっているが、騒ぎは起こりそうにないだろう。安心して話に入り込むことが出来そうだ。と思う。
「とにかく、ここは何処なんだ? 後、キミ達についても教えてくれ」
「はい」「分かりました」
弥生と少女は笑顔で返事をする。
「まずは自己紹介から。私の名前は『飛鳥』で、今回ここにアシスタントとして呼ばれたのは、私に『DE判別能力』があるからです。部隊は『OP回収班』です」
「僕は『弥生』です。飛鳥とは兄妹で、いつも二人で組んでいることから着いてきています。能力はありません。部隊は『OP回収班』に所属しています」
二人の言う部隊と言うのは、秘密組織「DEE」にいる隊員は一人一人長けている能力が違うため、それぞれの部隊に分けて動いている。部隊は大きく分けて四つあり、「OP回収班」「DE殲滅班」「武具作成班」「指令班」となっている。
OP回収班の行動内容は、「オー・パーツ」を探して回収すること。しかし、隊員の半数が戦闘能力よりも補助能力が多く、任務では「殲滅班」と行動を共にしている。「オー・パーツ」とは、DEを破壊するときに稀に出現する物質で、古代から「賢者の石」とまで呼ばれる代物だ。それによって、ユメヤの刀などが作成されている。しかし、数自体に限りがあるので隊員に渡せるのは一つまでが限度である。
DE殲滅班は、言葉の通り「戦いの最前線に立ち、ドリームイーターを排除する」事が任務であり、もっとも死者率が高い班である。ユメヤの属している班でもあり、日比訓練をし続けなければならない厳しい部隊でもある。
「とにかく、早めに標的を探し出して排除しないと、もしかしたら被害が出るかもしれないな」
ユメヤの言葉に、二人はコクリと頷いた。
そんな時、ユメヤの足元に一匹のいぬが張り付いてきた。荒い息を脚に吐きながら尾を強く振ってこちらを見ている。「何だ? こいつ」とユメヤは首をかしげながら犬を見ていた。体毛は黒い犬で、眼が驚くほど澄んでいた。ユメヤは動物が苦手なので、犬から逃げようと酒場を出ようとした。後ろからは犬が元気良く飛んでくる。
「何なんだ? キミは。飼い主はどうした?」
「ルシフェル!! こっちにおいで」
幼い声が酒場の置くから響いてきた。高く、良く伸びる声だ。高さから考えると、女の子だろう。黒い犬は高い声でほえると、声の元に走っていく。
声の元には赤いワンピースを身に着けた幼い少女が立っていた。
「どうも、うちのルシフェルがご迷惑をおかけしました!!」
「いや、別に何もされて…」
ユメヤは酒場の外からの気配を察知する。そしてすぐさま少女と黒い犬「ルシフェル」を脇に抱えると、弥生と飛鳥に「今すぐここから出るんだ!!」と叫ぶ。二人は顔を見合わせて暫く動かなかったが、背後からの木の板の軋む音を聞いて、ようやく走り出す。
「くそ!! いきなりかよ…」
木で出来た壁が簡単に破られ、破片が所々に飛び散る。その轟音で酒場にいる者はパニックを起こし、我よ我よと他人を押しのけて出口に向かっていく。
少女と犬を外に出し終えると、ユメヤは背後の酒場の様子を見た。皆自分が助かりたい一心で、他のものを蹴落とそうと躍起になっている。その時、ユメヤは一人の男性を見た。
男性の前には小さな男の子が立っていた。年齢から言えば五・六歳くらいだろう。どうやら母親と逸れたらしい。母親が見つからずに泣き喚いていると、後ろの男性は「どけ!!」と叫んで男の子を突き飛ばす。小さいことが仇となったのか、男の子は破壊された壁の前まで転がった。
「まずい!!」
ユメヤは状況を見て青ざめる。そしてリボルバーを二挺構える。が、今は酒場の中は混乱している。撃てば流れ弾が皆に当たる可能性もある。
――銃は、使えない。
ユメヤはリボルバーをホルスターにしまい込むと鞘を握って抜刀の準備をしてから前傾姿勢を保って走り始める。そしてそのまま混乱する客の合間をくぐって男の子の首を掴み、すぐさまに入り口に投げる。そして、その男の子を外にいる弥生が何とかキャッチした。
ユメヤはほっと一息つく。しかし、その時に背後からの殺気に気づいていなかったのはうかつだった。
「しまっ・・・・」
ユメヤの背後から鋭い爪が五つ、空を切り裂いて迫ってきていた。一息ついたせいで反応が遅れ、構えを解いていたためにユメヤはその五つの爪に直撃した。服が裂け、ユメヤの胴体に五本の赤い線が浮かんでいるのが分かった。
「くそ!! うかつだった。」
抜刀攻撃を諦めると、ユメヤは出血部を手で押さえて立ち上がる。俟っていた埃がだんだんとおさまり、敵の姿が見えてくる。
そこにいたのは、巨大な狼だった。真っ黒な歪んだ目を持ち、爪は毒々しく光っていて、一裂きで通常の人間ならこんにゃくを切るかのごとく簡単にやってのけそうだ。見たところ、爪と牙が黒ずんでいる。つまり「DE」による変異体といえるだろう。
「飛鳥ちゃん!! こいつはDE変異体か?」
「ちょっと待ってください!! いま見て見ます」
飛鳥の瞳が白色に変わり、眼球が黒く変化する。
この眼になると、飛鳥は簡単にDEの情報を引き出すことが出来るようになる。しかし、反作用としてこの眼を発動させている間は周りが白黒になり、見難くなってしまう。
「分かりました!! DEは牙と爪、元は狼、DE状態は「ACT2」になっています!!」
「ちょっと待って、ACT2だと!?」
ユメヤが驚いた表情で弥生に聞き返す。飛鳥はコクリと頷く。弥生はそれを見て、「僕も加勢します!!」と叫んで走っていく。
ACT2とは、「ドリーム・イーター」の能力値である。能力値の基準が決められており、それによって「1〜4」まで決められている。しかも、ACT3からは知能を持ち始め、計画的な殺人などもやってのけてしまう。それにユメヤのような特殊能力も自在に使用し始める。
ユメヤが戦闘したことのあるACTは、まだ1のみで、それを理由に今回は二人のアシスタントを付けられたのだった。
装備している手甲の指先から淡いオレンジの光が漏れている。
――腕力強化OP「橙掌」
基本的にOPは、能力者(DE被害者)よりも、能力を持たない隊員に優先的に渡される。それによって能力の偏りも無くなり、任務範囲がより広がるからである。
「でああああ!!」
弥生は気合と共に拳で風を切り裂く。そしてその切り裂いた風は二枚の刃となって巨大な狼へと牙をむく。だが、簡単に狼は爪でその風を横に一閃する。風の刃はいともたやすく破壊されて溶けて消えた。
「ナイス。弥生!!」
ユメヤはリボルバーを二挺改めて構えると、トリガーを両方同時に引いた。銃口は火を吹き、弾丸を吐き出していく。その弾丸は回転を加えながら一直線に狼に向かっていく。狼はそれに気づくと爪で弾丸を弾き飛ばす。だが、それでもユメヤは惜しげもなくトリガーを引いていく。一、二、三、四とタイミングよく引き、動かしてもいない撃鉄はドンドンと動き、シリンダーが回転していく。
「グヲオオ!!」
巨大な狼が絶叫のような声を放ち、体制を崩して側のテーブルを踏み潰す。ユメヤが放った弾丸のうちの一発が、狼の右目に当たったのだった。狼は右目からにごった血液を流しながら一目散に酒場から出ると、側にあった川に飛び込んで消えてしまった。
「とりあえず一旦退いたか…」
「流石ですね!! 防人さん!!」
「凄いです!! 撃鉄が勝手に上がってました!!」
「ああ、あれね。あれは撃ち終わってすぐに俺の能力を使ったんだ。少しだけ使うなら負担も軽いからね」
ユメヤの行った行為は、こうだった。
まず、トリガーを引いて弾丸を撃ち込む。火薬の無くなった空の薬莢が残るので、そこにプラスとマイナスの電流を流す。すると、強力な反発が起こって撃鉄が上がり、次の弾が充填されるという、ミスったら危険な行為であった。もちろん、ギャンブルに等しいその行為を言えば、確実に白けるのでユメヤは言わないことにする。
「とにかく、あの狼が今回の対象と言うことは分かった。注意してかかろう」
「あのぅ…」
ユメヤが二人に注意をしていた時に、胸のあたりから声がしてきた。そこには、赤いワンピースを着た少女が黒い犬―ルシフェル―を抱いて立っていた。少女の目は涙ぐんでいて、今おきたことがよっぽど怖かったんだろうと悟る。
「大丈夫。俺達が追い払ったからね」
「…お母さんと、お父さんが…」
「え?」
ユメヤは顔を青くして破片の付近を見る。破片の隙間からどろりとした血液が溢れるように流れてきていた。それを見た飛鳥は「ウ!?」と口を塞いだ。それもその筈だった。狼が踏みつけていたところには、脳がどろりと飛び出た男性が転がっていたのだから。
葬式が始まってから、少女はずっと俯いている。地面に一定のタイミングで涙を落とす。それを見ていたユメヤも思わず顔を落とす。
不意に背後から弱弱しい痛みが何度も走る。後ろを見ると、えぐえぐと泣きながらユメヤをポカポカ叩く少年達がいた。
「お兄ちゃん、強いんだろ!! 何でおじさんとおばさん助けなかったんだ!!」
何も言えない。ユメヤ自身もあそこに人がいるなんて思ってもいなかったし、多くの人を助けられたことに誇りは持てた。
しかし、周りからは冷たい反応が入る。ひそひそとユメヤの周りで人々が呟く。
――人命救助が一番大切なのに、あの男は敵を倒すことに夢中だったみたいよ。
――全く、もう少し考えて行動できんのかね…。
そんな話し声が聞こえてくる。その中には、酒場で我先にと自分勝手な行動をしていた者達も混ざっている。そのひそひそとした悪意と憎悪の満ちた話は、だんだんと大きくなっていく。
しかし、ユメヤにその数々の言葉はノーダメージだった。いや、既に大ダメージを受けて倒れているといったほうが良いかもしれない。
――俺のせいだ…。俺がもっと周りを見て動いていれば…。
突然、風を切る音と共に掌くらいの石が孤を描いて飛ぶ。どうやら子供が投げ始めたらしい。その中には被害者の少女がいない事が唯一の救いだった。石は思い切り投げつけられ、ユメヤの額に当たった。子供の弱い力でも、角のあるものなら血を流させることぐらい可能だ。
「待て待て。そんな投げ方じゃ駄目だ。手本を見せてやるよ」
一人の若者がにやりと笑うと、子供から石をもぎ取って思い切り投げつける。その石はユメヤの右腕に当たり、嫌な音と共に肉が裂け、どろりとした赤い液体が姿を現す。それを見て、他の者も石を手に取ると、ユメヤに向けて投げつける。
「悪魔!!」
「人を救った英雄なんて思うんじゃねぇぞ!!」
「どうせお前は『被害を最小限に食い止めた』としか思ってないんだろ!!」
ユメヤにどんどんと拳大の石が投げられていく。それはもう戦争のような状態だった。たった一人の男に全ての責任を押し付け、そして敵対視する。
――最低だ…。
弥生から何かがブツリと切れたような音がした。そして、右腕の手甲が橙色に輝き始める。それに気づいた飛鳥が弥生を抑えた。
「やめて!!」
「何で止めるんだ!! 飛鳥」
「ここの人たちを助けるのが私たちの仕事。例えその人達がどんなであっても…」
「…くそ!!」
この光景を見ていることしか出来ないのか。と弥生は顔をうつむかせる。ここで手を出せば、もっと大規模な混乱になり、村から三人とも追放という可能性もある。そうすれば三日もしないうちにこの村から人間は消え、ACT3が生まれる可能性がある。
――よって、ここで手は出せない。見て見ぬ振りをしているしかない…。
その時、式場から一人の少女が出てきた。そして、その光景を見て大きな声で叫ぶ。
――もうやめて…、と。
その時、大空を黒い雲が覆っていく。それと共に大粒の雨が勢い良く降り始めた。ユメヤは大量の石による攻撃で意識は朦朧としていた。目の前には雨にぬれた少女がいた。その時、ユメヤは呟いた。
「…ごめん…」
そこで、ユメヤの意識は途絶えた。
少女は出てくると、暗くなっていく空を見ながら、石を投げつけいる村人に向かって叫んだ。
「もうやめて!! そんな事したって、母さんと父さんは帰ってこない!! それに、この人は村の皆を守るために戦ってたんだよ!! それなのになんでこんなことするの!?」
強い雨と共に、石を投げる音が途絶えた。ザァァァァァ、と雨の撥ねる音が強く聞こえ始める。多分、あの少年は気絶か何かをしているんだと思う。
「しかし、矢恵那、こいつはお前の親に気づかなかったんだぞ?」
「それが何? 皆は怪物が出たとき、自分を一番に考えて動いていたじゃない!! 小さい子供を跳ね飛ばす人もいたじゃない!!」
雨と共に少女―矢恵那―から涙が流れ落ちる。しかし、雨水でそれは良く分からない。
「この人は必死で皆を助けたの!! それを責めるのは、私が許さない!!」
矢恵那のその一言を聞き、再度静けさが広がった。そして、村人は無言のままユメヤを一瞥すると、そのまま屋内へと消えていった。矢恵那は気絶しているユメヤを見る。体の所々から血が流れ、見ているだけでも痛みが伝わってきそうだった。その怪我の中でも右腕の傷が一番酷かった。運が悪ければ折れているだろう。矢恵那は弥生と飛鳥のほうを見ると、手を貸して欲しいと言う。
「貴方達の仲間なんでしょ? 突っ立ってないで家に運ぶの手伝って…」
「…良いのか? 間接的だがユメヤはキミの両親を殺したんだよ?」
「何言ってるの。この村の人よりは良いわ。確かに両親が死んだのは悲しい。でも…」
――それは事故。この人は村と子供を救ってくれた。どこにも恨む理由は無いわ…。
弥生はそれを聞いて安心する。ユメヤにこれ以上の精神負担はかからないだろう。明日になって、彼女から話を聞けば、体調も心も復活するはずだ。と弥生は思った。
「…我慢するタイプなんですね。あの人…」
「ああ。だが、強さを感じる…」
弥生は笑みを浮かべる。飛鳥もそれと同時に笑みを浮かべた。
不意に、飛鳥は気配が一つ増えた気がした。新手のDEか? と一瞬臨戦態勢に入るが、辺りには誰もいない。見晴らしの良いこの広場。敵が隠れられるわけが無い。気のせいか、と飛鳥は一息つきながら、目の前にいる一匹の黒い犬を見た。
黒い犬を良く見てみると、おかしな点がいくつも見えた。まず目に付いたのは胸だった。黒い犬の体毛から輝く何かがある気がした。しかし、近づこうとしても逃げられるので良く見ることが出来ない。次に眼。犬には珍しい水色の瞳をしていた。
「気のせい…かな」
犬のことは気がかりだが、とりあえず今日は休もう。能力を使ったために体力が大きく消耗されている。飛鳥は犬に背中を見せると、そのまま弥生の元へと走っていった。それを犬は静かに見ていた。
雨がさらに強くなっていた。そして、どこからか狼のほえる声が響き、そして暗闇に静けさが戻った。
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2005/07/23(Sat)22:43:34 公開 / 聖藤斗(ひじりふじと)
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■作者からのメッセージ
第壱話。色々とアドバイスをありがとうございます!!言われたところをどんどんと直していきます!!(気合十二分!!)
やっと「EMEBRACK3」購入!!これをどれだけ待ったことか…(嬉涙)とにかく読めい!!…黒い!!一、二にもまして黒すぎる!!やばいぞこれは、早くブルーの三巻を出して薄めて欲しいよぅ!!
話の続きですが、今回は(自己的に)長いので、前後に分けました。後編の製作も取り掛かっております。「春風…」もやってるし、学校の作品もあるのでてんてこ舞いです。でも、頑張るので、見てください!!
頑張って早めに後編を出せるようにします。なので、よろしくお願いいたします!!
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。