『雨の赤(読み切り)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:umitubame                

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君は何処にいるか。
 私は何処にあるか。
 世界は何故、存在する。
 私は誰なのだろうか。
 私は何なのか。
 言葉の定義。
 言葉の鎖。
 世界の理。
 世の始まり。

 

 私は、びくりとして目を覚ました。
 理由は簡単、夢のせいである。うとうととした昼下がりにまぶたに焼き付いた金色と赤だけがやけに鮮やかなそれは、自分の過去のもの。
 外は雨。ざあざあと降りしきるその音だけで、あたりは蛙すら鳴かない。昼間だと言うのに暗いのは、日が差さないせいだろう。
「もう、三年になるか」
 ぼそりとつぶやいて、手を眺めると、ずいぶんと老いたような気がする。そういえば、最近腰も痛むし、食欲もなくなってきた。
「お前がいなくなってからというもの、雨が多くなった気がするよ」
 答えるもののない呟きは、やがて雨にかき消される。
私は庭の赤い紫陽花に目をやる。
 静寂と薄ぼんやりとした闇だけがあたりを覆った。
 私は再び目を閉じる。
 あの焼き付いた赤を求めて、
 あの貫くような金色を求めて、
 あの懐かしい人に会うために。

「あなたももう、年だ」
 彼女はそういった。
「そのようなことはない」
と私は答える。
「私は、まだまだ戦える」
「強がりを。老兵が、いくらがんばろうと若さには勝てますまい。その身、少しは大切にしたらどうだ」
 女の顔は無表情だが、それはいつものこと。言葉に含まれるわずかな感情を読み取るのは難しいが、しかし、それもなれてしまえば問題はない。
 彼女は今、純粋に自分を心配してくれている。
 酒呑童子。
 初めて出会ったとき、彼女は自らをそう名乗った。
 そして、それは私が帝から殺せと命じられた鬼の名であった。
 しかし、鬼という名にふさわしからぬ若い女の姿。異形と言えるのはその赤く燃えるような緋の髪と、金色に輝く大きな瞳だけであった。
 鬱蒼とした大江山の木々の中に燦々と輝いていてそれををよく覚えている。
 彼女は小さな村の頭領だった。村は、貧しく近くにある都の様子とはかけ離れたものだで、何の価値もないように思えた。それでも彼女はその村を、村人たちを命にかけても守ってみせるとそう言ったのだった。
 彼女は縁側に腰をかける私の脇に腰を下ろした。柔らかな女の動きは彼女が恐ろしい鬼だということを忘れさせる。いや、私自身そのことを信じてはいなかったのかもしれない。だから、こうして七日もの間を過ごしているのだから。
「なぜ、あなたは私を殺さない」
と問われたことがあった。
 彼女はその目ですべてを見抜く。かの人が自らを殺すためにやってきたことくらいは知っていたのだろう。それでも、彼女は殺されるために我々を迎え入れ、もてなした。
 その日も確か、雨。庭に咲く紫陽花の花は赤く、赤く血が滴るよう。しかし、それも雨に濡れては悲しげで切なかった。
「こうして、あなたと話せるのはなんたる幸せ」
「そうか、私も同じだ」
「この日がいつまで続くのか。あなたはもう、帰りなさる」
 彼女は、押し殺した感情を隠しきれない様子。
 私は意味がわからず、彼女の赤い髪をなでた。


 今思えば彼女は気づいていたのだな。
 いや、私も気づくべきだった。
 私が長く都へ戻らないということを、彼らは私が死んだととるだろう。
 結局は、老兵。老いた力には、捨て駒という言葉がよく似合う。その後には若い、未来のあるものたちが控えているのだから。
 私は、何も出来なかった。
 私は何も守ることが出来なかった。
 彼女が大切にしていたあの村も。
 彼女が大切にしていた部下たちも。
 何より、彼女自身を。


「何をするのだ」
 私は叫んだ。
 目の前に立っているのは、都で幾度か顔を合わせたことのある男。その後ろには数多の武士が連なる。
「我らは、鬼の捕縛を命じられたもの」
 男は冷徹に言い放つ。それとともに、武士たちが一斉に村へと押し入ろうとする。
「何をする。村をつぶす気か」
「ここは、鬼の村。我らに害をなすものたちを見過ごすわけにはいかぬ」
 男は無表情。
「退かれよ、頼光殿」
「退かぬ」
「退かれよ」
 男の瞳に危険な色が帯びる。それでも私は退くことはしない。
「退かぬと言ったら退かぬ!」
 私には退けぬ理由があった。
 しかし、彼らにも押し通る理由があった。
 村にはもう、幾人もの武士たちが入り込み、悲鳴が聞こえた。
「頼光様、あきらめましょう」
 部下である渡辺綱が言った。
 しかし、それを聞くわけにはいかなかった。私にはどうしても守りたいものがある。
 村で、火の手が上がった。赤い炎。それのなんと悲しいことか。彼女の赤に守られたこの村は、この残酷な赤によって滅ぼされるのか。
 私は、刀を抜いた。
 敵わぬことなどわかっていた。男が、上からの命令に動いているのもわかっていた。恨むのは彼ではないと言うことも、都の人間からしてみれば、彼が正しいことをしているということも。
 しかし、私にはそれ以上に大切な何かがあった。
 私は斬りかかった。
「待たれよ、頼光様」
 優しい声だった。それは、彼女のもの。
「この村の状況、急いでお伝えしたところ、どうしてもついてきたいと申されたので。私は逃げろと言ったのですが」
 いつの間にかいなくなっていた綱が言った。
 そうか、彼女を逃がそうとしてくれていたのか。
「おまえが頭領か」
 彼女がすうと男の前へ出る。
「そうだ」と男。
「目的は、私を殺すことか」
 金の目がいっそう輝く
「ここでは殺さぬ」
 男は言う。
「おまえは帝の前で死ぬことになる」
 私は口を開きかけたが、振り向いた彼女の金色に縛られ、動くことが出来なかった。綱が、黙って私を支えている。
「私さえいけば、村には手を出さずにいてくれるか」
 彼女は言う。命にかけても守ると言った覚悟。真実の言葉。
「もちろんだ」
 彼女は、その言葉を聞くと、男の脇を通り抜け武士の中へと入っていった。
 それは、彼女が死を選んだと言うこと。
 次の瞬間、一人が鐘を鳴らした。

 その後、彼女は処刑された。帝の面前で。私の目の前で。
 彼女は知らない。一度、助けられた村が後に再び焼かれたことを。
 彼女の愛した者たちが、皆殺しにされたことを。

 処刑される前に彼女が言った言葉。

 言葉は鎖。
 名は鎖。
 私は異形に生まれ、育ってきた。
 私は、人間。
 しかし、鬼。
 私を人としてくれる者がいなかったから。
 私は鬼という名で縛られた。
 村人たちも皆同じ。
 私は鬼。
 酒呑童子。
 でも、あなたに出会った。
 あなたは私を人としてみていてくれた。
 おかげで、私は人として死ぬことが出来る。
 あなた一人のおかげで。

 雨だった。


私はすっと目を開いた。
相変わらず、雨が降り続いている。
「そんなところで寝てると風邪引きますよ」
綱だった。
「かまわないさ」
「しかし、こまります。最近は体調も優れないというのに」
「……夢を見ていたのだ」
「は?」
「いや、何でもない」
 私は、立ち上がった。別に、どこへ行くわけではないが。
 外には雨。
庭に植えた赤い紫陽花が泣いているかのようだった。




2005/07/09(Sat)11:17:56 公開 / umitubame
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■作者からのメッセージ
umitubameです

 ふっと思いついた物語です。
 はやく書いちゃわないと忘れそうだったんで。
 
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