『死神〜Hunt〜 (前編)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:上下 左右                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 
(前編)



 その場所は目を開けていようがなかろうが全く意味を持たなかった。それほどに絶対的な暗闇がその空間を支配していた。それのせいで、せっかく作られている人工物など目にすることもできない。
 光を発するものが無いわけでもないが、ここが使われなくなって数年が経過している。だから、明かりを照らし出すための電気など来ているわけが無い。剥き出しになった蛍光灯がおのれの仕事を果たすことができなくなり、悲しそうに空気に晒されている。
 そのような場所に人間の姿などあるはずがない。もしもあったとしてもこの暗さでは見えはしないだろう。ここへと続いていたはずの道はとっくの昔に封鎖されている。来るためには歩いて険しい山を登ってこなければならない。
 それだというのに、一つの人影が暗いことなど全く気にする様子もなく歩いていた。その人物は靴を履いているのにも関らず、足音を全くたてていない。このように音を反響させるために作られている場所で無音を維持することは簡単ではない。
 まるで、自らが光を発しているようにその姿ははっきりと見てとることができた。人間の影を思わせるその容姿は真っ黒な服に同じ色の長い髪、そしてその二つに合わせるかのように綺麗な黒色の瞳をしている。身長は中学生か小学校高学年ぐらいだろう。日本人形をそのまま人間にしたような整った顔立ちをした少女。そんな子供が持てるとはとても思えないほどの大きな鎌を背負っている。それは、一度も使われたことがないのを思わせる光を発していた。
 そこは、だいぶ前に使われることのなくなった古いトンネル。噂では戦前から存在していたのだという。地盤が緩く、あまりにも危険だったために使われなくなっていた。現に、トンネルと言っても片方は土砂崩れによって埋まってしまい本来の役割を果たせなくなってしまっている。
 それまで何の考えも無しに歩いているように見えた影のような少女がトンネルのある位置まで来ると突然進むのをやめた。なにかの目印が見えているわけではない。普通の者には存在しない感覚が彼女をそこで停止させたのだ。
 それは霊気。それこそが少女の歩みを止めさせたものの正体だ。このようにたくさんの人間が通っていた場所。特にトンネルといったものがよく霊の集まる場所と言われる。しかし、これは正確には少し違う。集まるのではなくそこで死ぬ人が多いのだ。だから、人の生死が日々続いている病院などはそういったものが特に多い。霊がいる場所のトップとも言えよう。だいぶ前にも彼女はそこに行ったことがあったが、まだ案内人の来ていない霊達が苦しそうに蠢いているのを見た。あれは、お世辞にもいい光景ということはできなかった。
 このトンネルにも多くの霊気が充満している。それはたった一つの魂から放出されているものだ。他にそれらしき気配はない。それの一番強い場所、霊気を出している者がいる場所がトンネルをトンネルとして機能させなくしているこの土砂の下なのだ。これだけの強い霊気を出しているということは間違いなくそこに本体はいる。
 彼女は周りを見回した。もちろん、それが無駄だということはわかっている。そんなことで見つかるのなら相手もわざわざ姿を隠したりはしないだろう。
「隠れていないで出てきたらどうだ。いくら姿を隠してもそれぐらいはこっちにだってわかる!」
 少女から発せられた声は容姿に合った綺麗で透き通るようなものだった。しかし、言葉使いを連想させるもので、違和感を相手に与える。彼女の声はトンネルの中でも反響することもなく消えてしまった。
 少しの間待って相手の出方を伺う。これは忠告だ。もし現れないのであれば彼女にも考えがあった。
 トンネル内にいる何者かに出てくるように宣告してから数十秒。暗闇の中にひとつの動きがあった。いつの間にか少女の前には人間の姿があった。綺麗な茶髪は埃や泥で汚れてしまい、服もそれなりの値段するもののはずなのに今ではただのボロ布になってしまっている。年齢は、まだ二十歳を迎えたばかりのように見える。
「さあ、約束の時間だ」
 少女はそれだけを言うと小さな声で何か、呪文のようなものを唱え始めた。それは、何を言っているのかは彼女自身にしかわからないだろう。それ以外は話すつもりはないということだろう。
「もう少し、もう少しだけ待って!」
 少女の呪文を止めさせるかのような勢いでボロボロの服を着た女は叫んだ。
「きっと、きっと彼は来てくれるはず!私の死んだこの場所に……」
 今、彼女が自分でも言ったようにこの女はすでに死んでいるのだ。人間は死ぬとその魂は死んだ場所に留まり、あの世へ連れて行ってくれる案内人を待つ。時々、案内人が来るのを待ちきれずにどこかに行ってしまうことがあり、それを人間達は浮遊霊と呼ぶ。そうなっては、案内人にとって面倒くさい存在になる。
 そして、その案内人というのがこの少女のことだ。彼女達には基本的に名前はないが、人間達に名乗る時は決まってこういう。自分達は死神であると。
 少女は、死者に対する最後の哀れみとして「人を殺すこと」と「生き返らせる」という以外の願いを叶えている。ほとんどの死者たちはそれでいろいろな願いを彼女に要求してきた。この女も例外ではない。
 女性は半年前にこの世を去り、死神である少女に一時の間この場所である人を待ちたい、そう願ったのである。もちろん、今までにその願いはあったので拒否することもなく簡単に了解した。
 彼女は半年前、恋人とドライブに来たときにこのトンネルを通った。その時、運が悪く大きな地震が起こり、トンネルが崩れて生き埋めになってしまった。たまたま外に出ていた彼氏は無傷で助かったのだが、土砂の下敷きになった車の中で寝ていたのだ。即死だった。誰が悪いわけでもない。本当に運が悪かったとしか言いようがなかった。
 しかし、問題はその後だった。いくら待っても彼氏がこのトンネルを訪れることはなかった。
 死神との約束の期間は今日までだというのに、自分の目的が果たされていない。それなのに無理に向こうへ連れて行くということは、彼女に未練が残るということだ。しかし、だからといってこのまま特例としてさらに期限を延ばすわけにもいかない。
「お前の気持ちもわからないでもない。だが、ここで見逃すわけにもいかない」
 その口調からは哀れみも同情も感じられない。ただ、自分の仕事を済ませることができるのならばそれでいいといった、そんな感じのものだった。
「どうして、どうしてもう少しだけ待ってくれないのよ!」
 女性とは思えないほどの大きな声を上げると、彼女はその場に泣き崩れた。大の大人が、誰にも見られていないからといってここまでみっともない姿を晒すなんて、と少女は心の中で思ってしまった。あまり感情を表情に出さない死神が少し眉を歪ませた。この女に対するものだけではない。このトンネルに会いにくることのない彼女の恋人に対しても考えている。
 先日、魂を回収した少女のことを考えていた。彼女の願いもこの女性と同じものであったが、こちらはちゃんと願いを果たした。彼女が会いたがっていた相手は恋人とは違ったが、男はちゃんと会いにきてくれていた。アレが、人間の本当の姿なのかもしれないと死神は思っていた。しかし、今回のことでまた考えは変わろうとしている。前の人は特別な人間であって、これが普通の姿なのではないのかと……。
 人に会いたいという願いはいったい誰が叶えるのだろうか。死神である少女?今泣き崩れている女性?そのどちらでもないだろう。死神はただ単にそのきっかけを作るだけ。この女性はただ待つしかできない。最終的にそれをかなえるのは人間だ。もしも、本当に好きだったのなら一度はその場所を訪れるものだ。だから、会いたがっている相手がどうにかするしかないのだ。死神である彼女には何もできない(前に例外はいくつかあったが……)
 この女の待ち人は今までも来る気配さえなかった。自分だけが生き残り、恋人の死んだ場所に一度も来ないとは、人間いろいろな者がいる。
 そんな人間のことを考えていると、彼女の心の中にあるなにかが熱くなるのを感じた。なんと説明すればいいのか。ムカムカとかイライラというのか、曖昧な感情。表情には出さないが、少女は確実に内心では怒っていた。
 なんだか、この前から自分の中で何かが変化しつつあった。今までこんなことはなかったのに、感情というものがまるで工場で生産されてくるかのように次々と沸いてくるのだ。現に彼女には今怒りと、哀れみという感情が強い。
しかしだからといって仕事を疎かにするわけにはいかない。全ての感情を押さえ込んで魂を回収する。それが死神である彼女の仕事だ。
 ここまでひどい魂を見たのは初めてだった。これでは絶対に自分からこの世を去ることはないだろう。仕方がない。あまり気は進まないが無理にでもゲートを潜らせるしかない。そう考えると、小さな声でまたも呪文を唱えた。
 トンネルに、吹くはずのない風が吹いた。風は二つの出入り口があって初めて通る。片一方が完全に塞がってしまっているここにそれが吹くはずがないのだ。死神が作り出した大きな穴。あの世へのゲートが開かれたのだ。それは、休むことなく全ての物を吸い込む勢いである。
「さあ、そろそろあっちへ……」
 彼女はそこまで言って言葉を止めた。寒さなど感じることがないはずなのに、少女をゾクゾクっとさせる何かが襲い掛かってきた。それは霊気ではないもの。邪気と呼ばれるものだ。悪霊が放つマイナスのエネルギーが霊気を変化させるのだ。

2005/06/26(Sun)20:31:11 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
メニュー画面で上上下下右左右左ABBAスタートという感じでコマンドを入力すれば隠しキャラとして出てくる上下です(まあ、しなくても出てきますが)
死神第3です。もういいよって感じに呆れている人も多いかもしれませんが、私はアイディアが続く限り書き続けます!その代わり、文章表現能力がどんどんと落ちていきますが……。今回も少しそういう傾向がありますので期待んで下さい(これ読んでた人はもう終わったあとか♪)ガックリきているかもしれませんがこの哀れな上下を見捨てないでくださいまし(戦国時代の姫君のように泣きつく上下)
それでは、次回更新で会いましょう!

ご指摘されたところを修正です

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。