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『残り…』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:夢幻焔
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「頼む、妹を…、妹を連れて行かないでくれ」
病院の小さな個室でベッドの上で静かに横になり、ただ死を待つだけの妹を目の前に、オレは『誰か』にすがり付く。
そいつは漆黒のローブを纏い、己の身の丈ほどもありそうな大きな刃の付いた鎌を持ち、顔は髑髏の仮面で覆っていた。
格好からして、こいつを見た人はまず間違いなく『死神』と呼ぶだろう。
そしてその死神は、今俺の目の前で妹にその大きな鎌を振り下ろそうとしている。
「なぁ、頼むよ! 妹を連れて行かないでくれ!!」
俺にとって身内は妹だけだ。
母は妹を生んですぐに死に、父も母が死んですぐに交通事故で死んだ。それも俺と妹がまだ幼い頃だ。
祖父母も俺達が生まれる前に病気で死んでいる。
それから俺達は父の知り合いの家に引き取られ、今まで大切に育てられてきた。
「妹を助けてくれ。俺はどうなってもいいから、妹だけは…」
昔、何かの本か番組で見たことがあったが、『死神』は死を間近に控えている者と、その者と最も関係の深かった者のみに見えるという。
俺は妹と最も関係が深いものとして、涙で揺らぐ視界に見える死神を必死で引き止めていた。
すると、体の芯まで凍りつきそうなほど冷たい死神の視線が俺を貫き、この世のものとは思えないような恐ろしい声で話してきた。
『今、「俺はどうなってもいい」と言ったな?』
「あ、ああ…」
あまりの恐ろしさにガタガタと震えながら、死神の問いに答えた。
『その条件でなら、貴様の残りの寿命全て、つまり魂を妹に分け与え助けてやってもいいだろう…』
『残りの寿命全て』ということは、おそらく俺は死ぬだろう。
だが、最初からその覚悟は出来ていた。
「…それで構わない。俺は死んでもいいから、妹だけは助けてやってくれ」
『よかろう、では…』
次の瞬間、妹に向いていた鎌は俺のほうへと向き直り、視界から消えた。
――数年後――
「ねぇ! 早く来なよっ! 結婚式に遅れちゃうじゃない!!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
私は同級生の結婚式に行くため、街の中を急いで走っていた。
「もう、こんなときに事故と工事でまわり道だなんて本当に付いてないんだからっ!!」
私の友達が愚痴をこぼしながら走っていた。
「なっ、なんとか間に合ったね…」
「えぇ…」
この日のために用意したドレスも、ここまで走ってきた所為で汗だらけになっていた。
「ええー、それではただ今より、新郎新婦のご入場………」
みんなの拍手を浴びながら、純白のドレスに身を包んだ同級生の女の子がヴァージンロードをゆっくりと歩いてくる。
「うわぁ…綺麗ね」
「うん、あたしも早くウエディングドレス着たいなぁ〜」
女の夢であるウエディングドレスに見とれながら、ついポロリとこぼした言葉に友達が「それより先に相手を見つけなきゃダメでしょうが」とピンポイントで痛いところに突っ込んできた。
「あはははは…」
それから式は順調に進み、仲のいい友達を集めて、みんなで二次会に行った。
二次会といっても、既に結婚式でいい塩梅にお酒の入ったみんなは、私も含め式場近くの居酒屋でドンチャン騒ぎをしていた。
私も仲間に加わってはいたが、結婚式前に走った疲れもあってが、その場で横になって眠ってしまった。
『だがな、貴様の―――――』
―――あれ、お兄ちゃん?
数年前、私は病気が酷くなって、入院していた。
でもどんどん病気は悪くなって、目の前が真っ暗になっていって…
―――…心配するな、お前は俺が守ってやる…―――
もうダメかなって思ったとき、急に明るくなって、お兄ちゃんの声が聞こえて、目が覚めたら傍で倒れてて―――
「………ん?」
「…お…くさん? お客さん??」
私は男の人の呼び声に目を覚ました
(あ、そっか、私寝てて… 夢を見てたんだ…)
「お客さん。お友達が店の外で待ってるよ」
「あっ、どうもすみません」
お酒の飲みすぎでズキズキと痛む頭を抑えながら、既に支払いの済んでいたお店を出た。
「おい、大丈夫か? 家まで送るぞ?」
友人が声をかけて来てくれたが、「大丈夫だから」と断り、一人で歩いて家に帰ることにした。
帰り道、夜風に当たりながらさっき見ていた夢のことを思い出す。
(お兄ちゃんの前に聞こえたあの声… たしか何か言っていたような…)
「キャッ!!」
お酒の所為でフラフラしていたのか、歩道を踏み外し、路肩にある金網の排水溝の蓋にハイヒールのかかとが挟まってしまい、そのまま道路側に倒れた。
「痛たたた…」
足首を酷く挫いてしまったうえ、酔いがまだ冷め切っていない所為でなかなか立ち上がれない。
よろけながらも何とか立ち上がろうとした瞬間、突然辺りが明るくなり、耳を劈く様な高いブレーキ音が響いたかと思うと、衝撃と共に体が宙へと舞い上がる感覚と同時に夜空が見えた。
「あっ……」
気付いた頃にはそれまで疼いていた頭の痛みも、足首の痛みも全て消えていた。
それと同時に、さっきまで思い出そうとしていた兄とは違う『誰か』の言葉が、鮮明に蘇えってきた。
『だがな、お前の寿命もそれほど長くはない。たとえお前の寿命を全てやったところで、この娘が生きていられるのはあと数年…』
昔、何かの本か番組で見たことがあった。
人間の寿命には二種類あり、一つは天から定められた寿命で、これはある程度自分の力や周りの環境で延ばす事が出来るらしい。
もう一つは神が定めた寿命で、何をどうやっても変える事が出来ない。病気なら病気、事故なら事故といった形で、定められた寿命で確実に死ぬらしい。
遠ざかっていくエンジン音が聞こえなくなってきた。
(ああ… 私、ここで死ぬのかな… お兄ちゃん……)
すると、薄れ行く意識の中、この世のものとは思えないような恐ろしい声が聞こえてきた。
そう、あのとき病室で兄と何かを話していた『誰か』の声だ。
『兄貴からもらった残りの寿命は楽しめたかな?』
声のするほうに顔を向けてみると、漆黒のローブを纏い、己の身の丈ほどもありそうな大きな刃の付いた鎌を持ち、顔は髑髏の仮面で覆った奴の姿が見えた。
―――ああ、こいつはあの時の、いつも病室で感じていた凍りつくほど冷たい視線の正体………。
月の光が反射するその大きな鎌は、音もなく振り下ろされた。
〜〜〜終わり〜〜〜
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2005/06/23(Thu)03:18:20 公開 / 夢幻焔
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。とはいっても忘れられていると思いますが、夢幻焔(むげんほむら)ですm(_ _)m。
忙しい合間を縫って完成させたこの作品。正直言って暗いです(マテ)
前々から『死神』を登場させた作品を書こうと思っていたのですが、今回こういった形でキャラも薄く登場させてしまいました。
わざわざ読んで下さった皆様、お手数とは思いますが、感想や酷評を頂けると幸いに思います。
それでは失礼します。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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