『Other/R』 ... ジャンル:アクション アクション
作者:緑豆                

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 とおいとおいむかし。
 いつだったかもわすれてしまった、とおいむかし。
 もうかおもなまえもおぼえていないひととかわした、たいせつなやくそく。
 ぼくは、それをまもるためにはしりつづける。
 ……けれど、それがどんなやくそくだったのか、おもいだせない。

 Other/R
 
 1.

 
 考えるに、高校二年生というのは実に微妙な時期だと思う。
 ようやく高校にも慣れてきたけれど、一年後には大学受験を控えているという学年。よって、遊ぶこととかやりたいことはこの時期に限られてくる。
 そんな一年限りの時間を、しかし無駄に使ってしまう者も少なくはない。何となく学校に行って、何となく授業を受けるか居眠りをして、帰って遊ぶ。そんな生産性の皆無な惰性の生活を繰り返す者は結構いるものだ。公立にせよ、私立にせよ。
私立周防崎(すおうさき)学園二年生の自分——————須堂和馬も、そんな駄目学生の一人だった。
————以下のように。

「くぅぅおおらああああああああ! 起きんか馬鹿者ォォォォォォ!」

 6月20日月曜日、午前11時55分。4時間目。
二年C組のそう広くもない教室に、怒声が響き渡った。鼓膜どころか壁も容易くブチ抜くんじゃないかというぐらいの声量に、クラスの者全員が示し合わせたかのように耳を押さえる。
 それは、数学担当教師の陣内が放ったものだった。
 人呼んで『人外の陣内』。理系の教師と言うとガリガリした眼鏡なんて人物像が連想されがち(超偏見)だが、この陣内という男はそんな理系教師の一般像の遥か斜め上をいく。
 180cmを優に超えた身長と100kgを突破した体重から成る身体は巌の如し、体育教師どころかプロレスラーを思わせる。実際、空手やらボクシングを嗜んでいたらしい。何で数学教師をしているのか果てしなく謎だ。
 しかしそんな事よりも問題は、その人外の怒りの矛先が俺に向けられている事だった。
 ……睡眠学習絶賛実施中だった、俺に。
「随分と気持ち良さそうに寝てたじゃないか須堂、ええ?」
 悪鬼もビビって逃げ出しそうな顔が、ギロリとこちらに向けられる。
 ……俺の席から教卓は結構離れた距離だというのに、このプレッシャー。視線だけで人を殺せそうつーか俺が今死にそうだ。
 何とかこの場を切り抜ける為に、ネゴシエーションを仕掛けてみる。
「……オハヨウゴザイマスセンセイ。キョウモイイテンキデスネ」
「今は4時間目だ。そして外は曇っているが?」
 交渉失敗。むしろ心境が悪化した節がある。
 このままではマズい—————主に俺の命とかが。今度は目の動きだけで辺りを見回して誰かに助けを求めようとしたが、誰一人としてこっちを向きやしない。多少付き合いの深い連中に至っては『来世でまた会おうぜ、同胞』とか『悲しいけどこれって(受験)戦争なのよね』とか『仇は取ってやるぞ。天気がよくて寝起きもよくて今日の占いの運勢に至るまで良くて、死ぬのには丁度良さそうな日に』とかサムズアップしてほざきやがってくれました。
 そして。
「授業中、私語余所見居眠りをするものは容赦なく鉄拳制裁。私は口を酸っぱくする程言い聞かせていたな……?」
 なおも足掻こうとする俺に死刑宣告を告げるかの如く、いつの間にか陣内が立ちはだかっていた。
「覚悟はいいな、須堂……? 歯ァ喰いしばれィッ!」
「うわ、ちょっとタイム! いやマジでやばいっすそれええええ!」
 静止の声も聞いちゃくれない。
振りかぶられる豪腕。不思議と痛みは無かった。
ライナー当たりの打球の様に吹っ飛んでゆく俺の体。
 ああ、今日も空が青い。

                   □

「ああ、くそっ……陣内のヤロウ本気でぶん殴りやがって……」
 昼休みになって悪夢から逃れられた俺は、自分の席で頬に出来たでっかい痣をさすっていた。
 あれから俺は、陣内に水入りのバケツ×2を持たされ、授業が終わるまでずっと教室の端に立たされていた。今時バケツ持って立ってるなんて漫画の中ですらやらないつーに。
しかも教室の中で立たされたものだから、周りの視線が痛かった。陣内の授業は余所見も厳禁だから、みなチラチラと隠れるようにこっちの方を見てくるのだ。新手の羞恥プレイかよ畜生。
「コノウラミハラサデオクベキカ」
 具体的な手段としては靴に画鋲とか椅子に画鋲とかロッカーの取っ手に画鋲とか。
「————随分とテンパっているようだな、須堂」
 と。
 向こうから呆れたような声色で、近づいてくる人影があった。
 やや茶色がかった毛髪に、縁無し眼鏡を掛けた実直そうな面持ち。それが見慣れた男のものであると気づいて、俺は言葉を返す。
「隆二か」
「また授業中に居眠りしていたな。B組の教室にまで陣内先生の声が聞こえてきたぞ」
 俺の言葉に返答しながら、歩いてきた男—————隆二は腕を組んで、半眼でこちらを睨んできた。
 フルネームを土桐隆二(つちぎり りゅうじ)というこの男は、十年来になる俺の幼馴染である。
 隣のクラスである二年B組の生徒で、担任があの陣内というある意味恐るべき環境でクラス委員をやっているという強者だ。
 性格は本人いわく古い日本人で、成程、礼節と謙虚さを美徳としている隆二をよく表している言葉と言えるだろう。
「授業中の居眠りは、授業を教えてくださっている先生に対して無礼だ。お前もそれは分かっているだろう」
 少なからず堅い人間である、という意味においても。
「しゃーないだろ、こっちはバイトの夜勤明けでクタクタだったんだからさ」
「……またアルバイトか。全く、アルバイトは体を壊さぬ程度にしろといつも言っているだろうに」
 隆二はまるで年上の兄貴が歳の大きく離れた弟を心配する(大きく離れた、というのがポイントだ。年齢が近いと、この表現は間違ってくる)様な顔をして溜息を付く。こういう顔をされると、自分が本当に年下に思えてくるから不思議だ。
このまま会話を続けていると説教が延々と続きそうなので、強引に話を変えてみる。
「む。そういや何でこっち来たんだ、隆二? お前は確か弁当持ちだったと思ったんだけど」
俺がそう言った途端、隆二の顔が呆れたようなものに変わった。具体的に描写するならば『やはり忘れているな、お前』。
「以前、数学の課題を手伝った時に約束しただろう。今日の昼に、学食を奢ると」
「ああ、そういえばそんな約束をしてたな……」
「そうだ、それも肉野菜定食。今更無しとは言わせんぞ、須堂。お互い、高校生での一人暮らしのつらさは身に染みているだろう」
 がしっと肩を掴まれ、断言される。それも真顔で。きらんと眼鏡が光ったのは俺の目の錯覚か。
「————いいな?」
話を逸らしたところで、結局逃げ場は無かったらしい。
「りょーかい……」
 俺は両手を上げて降参した。

                   □

周防崎学園は一応進学校に分類される私立高校である。私立というからには普通ならば公立よりも校則が厳しい筈なのだが、学園側が生徒の自由を尊重するという方針を取っている為か、公立以上に校則は軽い。私立高校にありがちな髪の染色の禁止やアルバイトの禁止という校則も無く、むしろアルバイトは社会に出る上で必要な経験として奨励されているぐらいだ。勿論それらの自由を得る以上、自身の行動の責任を背負う義務も出てくるわけだが。
そんな自由を校風と掲げているうちの学園は、様々な——————言い換えれば変な所にも力を注いでいる。毎年全国大会の常連である水泳部の本格的な設備のプール施設に、一度も全国へ行った事が無いのに無闇に豪華な野球部の練習場。下手なスーパーマーケットよりも品揃え豊富で安価な購買。
そして、中華料理にやたら力が入っている学食もその一つである。


 学生食堂の一番端の席。俺と隆二はそこに向かい合う形で座っていた。混雑していた中、ちょうど二人分の席を取れたのは中々に幸運だ。
互いの席には、モワモワと熱気を上げる肉野菜炒め定食——————内訳は肉野菜炒め、ご飯、漬物、中華スープである——————が乗せられている。中華に力を入れている……というかメニューのほとんどが中華である学食の一番人気である肉野菜炒めは、豚肉、にんじん、チンゲンサイ、たけのこ、そして椎茸がふんだんに使われており、噂ではどっかの高名な食通も絶賛したとかしないとか。海とか原とかそんな感じの苗字だったと思う。きっと卵焼きは炭火でとかこだわりを持った人間に違いない。私見だが。
何にしろ、様々な食材が見事に調理されたその様は、万人の食欲を誘うだろう。
「では……頂くとしようか」
 普段から古風な喋りの隆二がいつも以上に神妙な口調で呟く。コイツは自分が本当に美味しそうだと感じた食事を前にすると、いつもこんな感じになる。
「ああ……」
 そんなんだから、つられてしまった俺の口調も神妙になってしまった。
「「いただきます」」
 二人で食前のお約束の言葉を唱える。美味しい食事に対しての、最低限の礼儀だ。
 早速、肉野菜炒めのチンゲンサイを口に運ぶ。
「————————————」
 瞬間、思わず感嘆のため息が漏れた。
 口に広がったのは、やや濃い目の煮汁の味。それに、チンゲンサイのシャクシャクとした食感が加わって、何とも言えない快感を感じる。
「……うむ。素晴らしい」
 前を見ると、隆二も俺と似たような表情をしていた。
「やっぱ美味いよなー、この野菜炒め。ちょっとだけレシピが知りたい」
「その事なんだがな、やはり門外不出にされているらしい」
「げ、マジか!?」
「ああ、厨房に忍び込んだ生徒が行方不明になったらしい。何でも、その生徒が最期に見たのは中華包丁を両手に持った料理長だったとか」
「ホラ話じゃねえかよ」
 こう飯が美味いと、自然に会話も進む。本当に美味い食事ってのは素晴らしい。
「このスープもいけるぞ、須堂」
「お、定番の卵入りか。俺これが好物なんだよな」
 言われて今度は、熱々のスープに口をつける。うーん美味い。
「スープだけじゃなくて卵も美味いよなあ、本当」
「料理長が自分で飼っている鶏の卵を使っている。自家製というやつだ」
「隆二、お前まるで知っているような口振りだな?」
「この目で見たからな。鶏が卵を産んでいる場面と、料理長に血抜きされている場面だったか」
「とてつもなく嫌な光景だなオイ」
 ていうか料理長何者だ。
 その後も色々と会話は続く。
 最近のニュースの話だとか、評判の映画の感想。今週のジャンプの話題に、カラオケの新曲。学園の教師の話や、学園内で起こった珍事件の情報。
 そんな中で、隆二の口から聞きなれない言葉が飛び出した。
「そういえば、明日転校生が来るらしいな」
「……転校生? また唐突だな」
 俺がそう返すと、隆二が半眼で睨んでくる。また俺は呆れられるような事言ったのか?
「須堂、自分のクラスに来る転校生なんだから、それぐらい知っていて当然だと思うのだが」
「いや、ホームルームの時とか、いっつも寝てるしなあ」
「お前な……毎日がそんな様では、将来が危ぶまれるぞ」
 そう言って、隆二はまた年上の兄貴の様な表情をする。
 ……いつも思うのだが、別に兄貴風を吹かせてる訳でもないのに自分が年下に思えるのは何故だろう。何か悔しい。
 焦燥感に駆られるように言葉を吐き出す。
「いや、今日は確かホームルームの途中に目が覚めたぞ!」
「何故に威張る」
「俺だって、いつも寝てばっかいるわけじゃないんだぞ。今朝だってなあ……ん…今朝?」
 と、そこまで言ったところで何かが引っかかる事に気づいた。
 そう。今朝俺は、ホームルームの途中で起きたのだ。だというのに、その時の記憶が霞がかったように思い出せない。


『お前ら、主に男子に朗報だ! 耳の穴かっぽじって、寧ろ鼓膜えぐる勢いで聞け!』
『先生ー、須堂君がまた居眠りしてまーす』
『ZZZ……ZZZ……』
『む、ホームルーム中に居眠りするとは、不届き者め。しかも普通に座った姿勢に見せ掛けるとは、手馴れているな。————おい、坂衿(さかえり)、須堂を起こせ!』
『はーい、分かりましたー! おーい須堂くーん、起っきろー』
『ZZZ……ZZZ……』
『見事に眠ってるわね……仕方が無い、最終手段。————バルス!(目潰し)』
『ぎゃあああああああああ! 眼が!? 眼がああああああああああああ!』


「…………ガクガクガクガク」
「おい須堂、どうした? 突然震えだして」
 気が付けば、俺の体は悪寒に襲われていた。
 人の脳は、自己防衛の為に辛い経験や精神的なダメージを与えた体験の記憶などを忘れさせる事があるらしい。
 だから俺が今朝の事を覚えてないのも、きっと自己防衛の機能が働いたのだろう。
「だ、大丈夫だ隆二。俺は目潰しなんか喰らっちゃいない」
「……喰らったのか?」
「いーや、喰らっちゃいねえ! 断じて喰らってねえッ!」
 必死に俺は否定する。自分に優しい嘘でもついてないと何かが色々と壊れそうだからだ。こう、俺のプライドとか。やたら薄っぺらいけど。
「まあ……そこまで言うのなら、そういう事にしておこう」
 隆二がちっとも、納得してなさそうな顔で呟く。
 その時だった。

「ざけんじゃねえぞ、テメェ——————!」

 食堂全体に響く、罵声が聞こえてきたのは。
 あれだけ雑音でうるさかった空間が、一瞬しんと静まる。
「そんなに俺が目潰し喰らったって、認めさせたいのかよ?」
「須堂。場の空気を読めないボケは他人を苛立たせるだけだぞ」
 ……そんな事は分かっている。ただ、いきなり沈黙に包まれてしまった雰囲気に耐えられなくなって、思わず口走ってしまっただけだ。
声のした方向に眼を向ける。人だかりが出来ていたので、発生源はすぐに特定出来た。
人だかりの向こう。まるで、台風の目のようにぽっかりと空いた場所に、二つの姿があった。
長身で、両耳にピアスを付け長髪をくすんだ金に染めた、いかにもな風貌の男と。
小柄で痩躯、まるで小動物みたいな女の子。
前者が、後者を見下す形で対峙していた。
「テメェ、人にぶつかっておいて、水をブチまけておいて何の一言も無しかよ。大した態度だな、オイ?」
「あ……あ…、その、ご、ごめんなさい……」
 今にもショック死してしまうんじゃないかと思うぐらい、縮こまってしまっている女の子。それを、ピアスの男が襟を掴み引き寄せる。
「ひ——————」
「オマエ、ホント気に喰わねえわ。オドオドして、人の目を見ようともしねえ。それ、本当に謝る態度かよ? 見てて苛立ってくるンだよ」
 男は、何も出来ない女の子に対して好き放題罵声を浴びせる。
『おいおい、ヤバイんじゃねえの? 誰か止めろよ』
『じゃあお前が行けよ』
『……それは、』
『ねえ、陣内先生とか呼んだほうがいいんじゃない?』
『それが今出かけてるんだって。————マジでやばいよ、あの子』
 周りの人間は色々言っているが、誰一人として二人には近寄ろうとしない。ただ見ているだけだ。今近づけば、自分が巻き添えを食うと分かっているからだろう。誰だって危険だと分かっている場所に飛び込んで怪我はしたくない。だから、ソレはきっと賢明な判断だ。
————けれど、そういうのは気に喰わない。
「隆二。あのピアスの野郎って、確か——————」
「————三年の永田。うちでは珍しい、ステレオタイプの不良だな」
 俺の言葉に、隆二は即座に答える。
「ボクサー崩れの輩で、喧嘩恐喝は勿論の事、噂では薬や強姦もやっているらしい。確たる証拠が無いから、今まで何のお咎めも無いがな」
「そうか」
 それだけ聞けば十分だった。
 席を立つ。
「どうするつもりだ」
 背に、隆二の声が掛けられた。
 それに、振り向くことなく答える。
「決まってるだろ。アイツを止める」
 気に喰わない。それが今の行動理由だった。
 ワケの分からない理由で因縁つけてる永田の行為も。それを止めようともしない周りの連中の態度も。
 だから、止める。それだけだ。
「————やれやれ。お前はいつも、道化のような振る舞いばかりしているが、こういう時になると無駄に暑苦しいから困る」
 気が付くと、隆二も立ち上がっていた。
「……隆二」
「死地に向かう親友を放っておくほど、俺は薄情ではないのでな」
 隆二は、眼鏡を押し上げ頼もしい笑みを浮かべる。
 それは、一緒に向かってくれるという意思表示に他ならない。
 実にありがたいし、結構うれしい。けど、
「おいオマエ、俺が死ぬこと前提かよ」
「では勝算はあるのか、須堂? 仮にも相手は百戦錬磨の喧嘩慣れした人間だぞ。しかも崩れとはいえボクサーだ」
「俺を舐めるなよ。これでも陣内の正拳突きを死ぬほど受けてきた人間だぜ。逃げ足と耐久力には自信有りだ」
「少しも自慢にならぬわ、阿呆が」
「うっせえよ、馬鹿」
 言い返して、奥に向かって歩き出す。隆二もそれに続く。
「はい退いた退いた。見てるだけの奴は少し退いてろ」
 『なんだなんだ』とか言ってる取り巻きを押しのけ、台風の目の中に入る。
 そうして、今にも女の子を殴りかかりそうな勢いの永田の前に、立ちはだかった。
「……何だ、テメェ?」
 永田の、射竦めるというより射殺すような視線が俺を打つ。
 狂犬じみた、淀んだ瞳。永田が長身である事も手伝ってか、その威圧感はいや増している。
 だが、それで気圧されている様では、コイツとまともに対峙なんて出来やしない。
 俺はその眼から視線を逸らさず見据え、口を開いた。
「何でもいいだろうが。ンな事よりその子離してやれよ。怖がってるだろうが」
 永田は答えない。反応もしない。
 そのまま、数秒の沈黙があって——————
「—————————ハ」
 奴は。獣のような獰猛な笑みを浮かべていた。
「え、きゃあッ!」
 それまで襟元を掴んでいた女の子を無造作に投げ捨てる。
 床に頭から激突しそうになる女の子。
「馬鹿者が……!」
 それを、隆二が素早く受け止めた。 
「大丈夫か?」
「は、はい…………」
 隆二の問いに、女の子は少し震えながらもしっかり返答する。どうやら、怪我は無いようだ。
「隆二、その子頼むな」
 俺は前に向けた視線を逸らさぬまま、隆二に伝える。任せろ、と頼もしい声が帰ってきた。
 それに安心しながら、目の前の馬鹿野郎を睨み付ける。……が、永田は獣のような笑みを浮かべるだけで、何の反応も見せない。
「————何のつもりだ。お前」
「面白い奴だな、テメェ」
 怒りに任せて言った言葉は、ちぐはぐな言葉で返された。
「お前、何を言って」
「おもしれえな。ホントおもしれえよ、オマエ」
 おもしれえ、と執拗に繰り返す永田。その姿は、恐ろしいというより不気味だった。隆二の言うとおり、クスリでもキマッてんのか、コイツ……?
「……何なんだよ、お前は」
 知らず、呟く。
 その言葉に反応したのか、永田はニィと笑みを深めた。
「オレはな。そうやって俺に向かってくる人間が大好きなんだよ」
 言って。くん、と永田の体が深く沈む。
 その意味に気づけなかった俺は、
「そういう奴を捻じ伏せるのも、な——————!」
 奴の拳を、まともに喰らってしまっていた。
「————が、はッ」
 鳩尾。それもモロにイッた。
『きゃあああ!』『うわ、マジでやりやがった!』などと外野の声が聞こえてくる。
 正直、やかましい。そう思いつつ、何とか立ち上がった。
 息苦しい。殴られた部分が、まるで熱を持っているようだった。
「————く、そ」
「お、まだ立てるか? いいね、中々タフだ」
 嘲笑って、永田は拳をブラブラさせて近づいてくる。
「てめ、え……!」
「ボソボソ喋ってるんじゃねえよ、気持ち悪ィ」
 二発目。今度は膝が跳んできた。
「ぐ——————」
 流石に二度も馬鹿正直に受ける訳にはいかない。両腕を交差させて、放たれた膝を防ぐ。
「————ノロマが」
 そこに、三発目が来た。
 膝をガードして密着状態から少し離れたところに、右のフックが飛んでくる。
 狙いは顎。これが本命なのか、放たれた拳は先ほどの二発よりも遥かに速いものだった。
—————かわせない。
 避けようにも俺はボクサーの一撃をかわせるほどの体捌きは持ってないし、防ごうにもさっきの膝を防いだ衝撃なのか痺れた両腕は動いちゃくれない。
「—————————あ、」
 顔に拳が吸い込まれていく。
 着弾。自分の体が、力を失った操り人形の様に崩れ落ちていく。
「須堂——————!」
 隆二の切羽詰った叫び声を遠くに聞く。
「貴様、よくも須堂を……!」
「野郎の悲鳴聞く趣味は無えからな。テメェも黙ってろ」
「ぐっ——————!」
 霞む視界の中、隆二が殴り飛ばされる光景が見えた。
 ……情けない。止めるなどと豪語しておきながら、この無様。
『お前はいつも、道化のような振る舞いばかりしているが——————』
 それは、今も同じだ。
いつだって、自分はこんな醜態を晒す。いつも自分の生き方を真面目に考えることが出来ない。真面目にやろうと思うのに、結果が伴わない。
『————この身の程知らずが』
 いつだったか、そんな事を言われたのを思い出した。
 それはいつだったのだろうか? 思い出せない。
 意識が泥に沈むかのように落ちていく。
 闇に染まっていく視界の中。

「————そこまでです。それ以上の暴行を見逃すわけにはいきません」

 そんな、凛とした声を聞いた気がした。


2005/06/22(Wed)00:55:17 公開 / 緑豆
■この作品の著作権は緑豆さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
えー、どうも初めまして。緑豆という者です。酒を飲んだ勢いで書いてみました。……ここまで書くのには、数日かかりましたが(汗

何にせよ、感想アドバイスがございましたら
ぜひ甘辛問わずにお願いします(土下座

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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