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『わらびのわ 【読みきり】』 ... ジャンル:ショート*2 ショート*2
作者:影舞踊
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――忘れない
――分からない
――笑えない
――悪じゃない
「わらびのわ」
時々無性に田舎が恋しくなる。田舎生まれの田舎育ちだから当たり前なのかもしれないけれど、これが郷愁というやつなのだろうかと思うと、なぜだか妙に恥ずかしくなる。
田舎の実家にはまだあの蕨のわっかは置いてあるのだろうか。久しぶりに帰る列車の中、僕は思いを巡らせる。
小さい頃は都会に憧れて、山と川と海しかない故郷を酷く嫌っていた。何をするにも不便で、最近ではちらほらと出来てきたコンビニなんていうのもほとんどなかったから、暇で暇でしょうがなかった。
娯楽施設って言っても隣の町にあるたった一つの寂れた映画館か、これまたほとんど無人のゲームセンターぐらいしかないから不幸この上ない。思春期真っ只中、家に帰るのなんてめんどくせぇやといきがってた僕らには、酷く活きにくい場所だった。
当時高校一年生。髭ももそろそろ生え始め、中学生から抜けたということで随分身軽になっていた僕らは、このくだらない毎日を壊そうと必死だった。
とりあえず手始めに煙草に酒と喧嘩に博打を試してみて、喧嘩と博打は向いてないことに気づく。喧嘩は痛いだけだったし、この小さい町じゃそれほど歯向かう相手も多くなくつまらなかった。
博打は近くにあったパチンコ屋へと向かったのだが、余裕で顔が割れていて玉に触れることすら出来なかった。その後何度か変装して行こうともしたが、その変装衣装を売っているところも、その変装衣装を買う金もないことに気づき、あえなく断念。
結局自販機で買える煙草と家から拝借できる酒だけは、僕らの脱日常を支えてくれた。こう考えると、結構真面目だったのかもしれない。環境がそうさせたのであろうが。
くだらない毎日からの脱却。煙草の煙にも馴染んで、酒のアルコールも美味しいと感じるようになってきた頃、ある日突然それがすごくくだらないことに気づく。
くだらない毎日から脱却したところで、そこに待っているのは慣れから来る新しいくだらない毎日。何も進歩はなかった。ただ単純に、僕らはその経過を楽しんでいたかったんだと思い知らされる。その途端、急激に狭かった視野が開けた気がした。
やりたいことを見つけようといきり立った。大して広くもないこの町でやりたいことなんてねぇよと決め付ける前に、捜すことから始めようと。誰の呼びかけでもない、僕らは勝手に動き出した――自分の中にある何かに火をつけようと、躍起になった。
仲間内の一人は学校の部活にそれを見つけた。陸上の長距離。ただ延々と走り続けるだけのその行為に、彼は輝きを見つけた。吸っていた煙草もやめて――酒はやめられなかったようだが――毎日校庭を走り回るその姿は、夕日に映えてそれでいて酷く汗臭かった。
それに続くように仲間内のまた一人も輝きを見つける。釣りだった。
海に面したこの町だから漁業が盛んなのは有名であった。漁港もすぐ近くにある。いろいろと見て回った挙句、彼はそれが一番いいと判断したようだった。というか、もともと釣りが趣味だったのだからどうしてもっと早く気づかなかったのかと問うと『灯台下暗しだよ』となれない言葉を照れくさそうに言った。
それからは決まって休みの日は海釣りをしに行くようになり、積極的な彼だからいつの間にか漁師の人達とも顔見知りになっていた。ある時久しぶりについて行った釣りで、彼が漁師の人達と専門用語的な会話をしているのを羨ましく思ったのを覚えている。釣りをしてべとべとになって笑う彼は汗臭くはなかったけれど、酷く磯臭かった。
仲間がどんどんやりたいことを見つけていく中で、僕はなかなかそれを見つけられないでいた。ちょっとした疎外感。酒も煙草も喧嘩も博打も、なんでも一番にやり始めた僕が、気づけば仲間内で最後の一人になっていた。
ある日、珍しく僕は家にいた。
休みの日は大抵外に出かけて遊びまわるのだが、そんな気力もなく、何より仲間内で僕だけがやりたいことを見つけられていないという状況に嫌気がさしていた。
高校三年の春だった。夏にはまだ早い風鈴の音が涼しげに響いて、汗ばんだシャツを乾かす風を送り込んでくれる。山の裾野にある僕の家だから、窓を開けているだけで自然を感じることが出来る。見慣れた山の風景は少しも新鮮味はないけれど、澄んだ空気に混じる新緑の匂いに飽きはこない。森林浴なんていう言葉を知らなかった――というか知る必要がなかった――僕でも、たまには散歩しようかという気持ちになってくる。
さっきまでの塞ぎこんだ気持ちなど一瞬で吹き飛ばしてくれる若さが、当時の僕にはあった。体を起こし、階段を下りる。
「おぅ、どっか行くのか?」
玄関で靴を履く僕に珍しく親父が声をかけた。僕の家は純和風のつくりになっている。それというのも割烹屋をやっているからで、そこそこに――いや、言いたくはないがかなり――評判が良かった。
「別に……散歩」
「それなら山行ってつくしとわらび採ってきてくれ」
やはり頼みごと。こんなことでもなければそうそう僕なんかに声はかけないだろう。親父は基本寡黙な人間だ――少なくとも僕の前では。だから、こうして言葉をかわすのも久しぶりな気がした。
「つくしとわらび……つくしは分かるけど。わらびってどんなやつよ?」
特にあてもなかった散歩のつもりだったから、親父のおつかいを断る理由がなかった。めんどくさいと言えばそれまでだったが、そんな感情は随分前から使っていないし、出来るだけ使いたくなかった。
「日当たりのいいとこに生えてるわ。産毛が生えててよ、つくしよりもちょいとでかいやつだ。あくが強いからよ、手で折ったら木灰つけとけよ。ま、探せばみつからぁな」
「わかった」
僕はそう言って、家を出た。ほとんどさっぱりの情報しか入ってこなかったけれど、それでもまぁいい。見つからなかったら見つからなかったで、つくしだけを採ってこよう。
――めんどくさいからとかじゃなくてこれは親父が悪いよ
自分にそう言い聞かせる。山菜を摘みに行くことなどいつ以来だろうか。妙な懐かしさを感じながら、木灰の入ったバケツと、適当に近くの空バケツを持って歩き出す。山はすぐそこだった。
春とはいえ暑い。やはりもう初夏なんじゃないかと思うほどの暑さだった。帽子もかぶらずに出てきた僕に照りつける太陽は容赦なく体力を奪ってゆく。滴り落ちる汗からは、やる気も一緒に落ちていっている気がした。
暫くそうやって探していると、つくしはやはり簡単に手に入った。だが問題は蕨だった。名前は良く聞くが、目にしたことは少ないように思う。山菜料理を売りにしている割烹屋の息子としてはあるまじき姿だが、知らないものは仕方がない。
僕はとりあえずつくしだらけのそこを離れて、もう少し開けた場所へと移った。親父が言っていたことを思い出しながら探す。『つくしよりも少し大きくて、産毛がある……』それだけで分かるかよとぶつくさ文句を垂れながら探す。何だか妙な気分になった。
暫くそうして探す。時間が経つのがとても緩やかに感じる。瞬間というものを体感できた。
「……あった」
思わず口から言葉が出る。そこには地面を埋め尽くすほどの蕨が群生していた。かなり見つけやすい位置にあったのだなぁと、少しばかり退屈する。先ほどまで必死になっていた自分が馬鹿に思えた。
産毛が生えて、ひょろっとした新芽。日当たりのいいところで育っているにもかかわらず、何だか頼りない。湿った感じのする地面に根を張っているからか、甘えている気がした。
「何だかなぁ」
ぽきんと小気味良い音を立てて折れる。簡単に収穫できそうだ。
『あくが強いから木灰つけとけよ』
親父が言っていたことを思い出し、折れたところに木灰を擦り付ける。なかなか手間だ。それでも僕は丁寧に、一つ一つに木灰を擦り付けてバケツいっぱいの蕨を採集した。採りすぎてバケツが重かったのは失敗だったが。
「おう。そこ置いとけ」
「――あ、あぁ」
僕は圧倒されていた。それはとんでもなく速い包丁さばきにでもなく、こんなに自宅が広かったのかと思うほどの厨房にでもなく、まだ開店前だというのに既に座席で寛いでいる客がいることにではなく、ただただ親父の横顔に僕は圧倒されていた。
ろくすっぽ話をしたこともない親父が目の前で見せる真剣な表情は、僕の中の何かを抉るのに十分巨大すぎた。取ってきた山菜の選別を始める親父の背中を見て思う。黙々と仕事をこなす親父を見て思う。
親父はでかい。
こうなりたい。
『灯台下暗し』今頃釣りをしているであろうやつの言葉を思い出す。人の事を言えたものではなかった。僕のほうこそ気づいていなかった。
――でももう気づいた
少し得意げになる。少し胸を張る。少し笑顔になる。
「ぉ、まだおったか」
選別を終えた親父が僕のほうへ振り向いた。調理場に入ろうともしない僕が長々とここにいるのが不思議なのだろう。だが、そんなことは微塵も言葉に表さず、
「ちょうどええわ。こらあかん、捨てとけ」
選別した山菜のいくらかを親父が僕のほうによこす。僕は黙ってそれを受け取った。僕がいいと思って選んだ大きいやつがたくさんあった。
「なんで?」
「でかいんは開ききってしもとるやろ。そないなったらあかんねや」
よく見ると葉が開ききっている。詳しいことは分からないが、こうなると美味しくないのだろう。
「わかった」
僕はそう言って調理場を一旦出た。
けれどもせっかく採ったのを全部捨てるのは忍びない気がして、僕はそれのとりわけでかいのを6つだけ手にとって、わっかにすることにした。
産毛の生えた大きな蕨。あくが強くて群生してる。
日当たりのいい場所を好むこいつらに、なぜか無性に愛着が沸いたのはきっと……
景気の良い音を立てて列車が止まる。
久しぶりに見る窓からの景色よりも、一刻も早く外の空気を吸いたくて僕は列車から飛び出した。新鮮な緑の匂いが鼻腔をくすぐり――花粉のせいかもしれないが――くしゃみが出た。
「おう」
「おう」
連れと交わす挨拶。冷めたようでありながら、その実何よりも強い絆を隠している。
親父の姿は当たり前のようにない。どうせ仕事を優先しているのだろう。それでいいと思う。それでこそ親父らしい。
久々に帰ってきた故郷はやはり懐かしく、歩く土道も都会になれた僕の足に新鮮さよりも、懐古感を与えてくれる。家を継ぐために修行に出て、ようやっと帰ってきた。そんな風に思わせてくれる。
「親父さんまだ現役だろ? 頑張るなぁ」
「はっ、じき隠居入りさ。僕が帰ってきたしな」
はははと笑い合う親友と別れ、僕は家の戸を開ける。母さんが悲鳴にも似た声を上げて僕を迎えてくれた。喜びすぎだよと苦笑しつつも、僕は有難くその対応を受け取っておく。
服を着替えて厨房に入る。
親父はそこにいた。
「おう」
「ん」
軽い挨拶。年季の入った皺を刻ませて、親父は少し微笑んだ。愛想が悪い親父じゃない。素直とも言いがたいが、それなりに見せてくれた喜びの表情が、素直に嬉しかった。
「あのさ。僕が出て行く前に飾っといた蕨のわっか、まだ置いてある?」
「……知らんな。捨てたんちゃうか?――おーい母さ」
「あぁ、ええよええよ。捨てたんやったら」
「なんやそれ」
僕は親父に呆れられながらも、満足げな表情を浮かべた。愛想笑いじゃない、心からの思い。別にもう必要ない。
――どうせ形保ってないしね
僕は蕨の選別をするための大きなボールを取り出す。
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2005/06/20(Mon)05:02:24 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
これは大丈夫なんだろうか? そんな多大なる不安を持ちつつの投稿です。最近お米の美味しさが分からない、そんな影舞踊です(は?
今回も前作同様に分かりにくさを込めたつもりですが、きっと上手くいってないと思う(苦笑 何か妙に四苦八苦して書き上げた作品でした。
そもそもこれを書くことになったのはゅぇ様のお言葉で(しゃかりきに頑張らせていただきましたよ!(きれんな いやいや、ありがとうございます、ゅぇ様v書かせていただいたのに、影舞踊ではこの程度が限界です。というかこういう書き方しか出来ません。
誤字脱字、拙さが溢れておりますがここまで読んでくださってありがとうございました。
感想・批評等頂ければ幸いです。
誤字等修正です。
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