『月の子 星の子 【完】』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:ミノタウロス                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
ずっと、ずっと遠い昔。私達は色々なものが見えた。
いつからか、それは見えなくなって別の何かが見えるようになった。
子供の頃、原っぱの中、森林の中、洞穴の中、大地に大空に、ありとあらゆる場所に色々なものが見えていた。

何時からだっただろう。――――彼女が見えなくなったのは。

何時からだっただろう。――――彼女と逢えなくなってしまったのは。




「洋ちゃーん、もう寝なさい。」
「はあい。ママ、お休みなさい。」
洋一がベッドのある部屋に入ると母親も洗い物の手を止めて洋一の部屋に入ってきた。
ベッドに潜り込んだ洋一に母親がきちんと布団を掛け直す。
「さあ、絵本を読んであげましょうね。」
「ううん、いらないよ。僕もうねるぅ。」
「そう。じゃあ、お休みなさい。」
「お休みなさい、ママ。」
電気を消して母親が出て行くと、洋一はベッドから這い出て窓から空を見上げた。
満月の夜空は明るく星は降るように夜空一杯に広がっていた。

田舎の一軒家。
周りにはあまり民家が密集していないため空気が澄んでいて、月や星の明かりが地上によく届いていた。
洋一は降るように輝く夜空の星を見ながら、「今日は来ないのかなぁ。」と窓に顔をくっつけてあどけない瞳をきらきらとさせていた。
すると、部屋の中でくすくすと笑う声が響いた。
「テナ! やったあ。またあそべるんだね。今日は何してあそぶ?」
益々きらきらと瞳を輝かせた洋一は、ティナに駆け寄った。
「昨日、テナとあそんだ事、ママに言ったら『夢でも見たんでしょ』って言われたよ。」
ティナが透明な声を発した。
「だから言ったでしょ。大人には言っても無駄だって。」
洋一と同じような背格好で、少し大人びた顔つきの女の子【ティナ】が、そう答えると洋一は不思議そうに尋ねた。
「何で大人はダメなの?」
「大人は死んでるから駄目なのよ。」
洋一は益々分からなくなった。

パパもママも生きているのに……。

「じゃあ、秀ちゃんや恭ちゃんなら信じてくれるかな?」
「あなたと同じ、月の子だったらね。」
ティナが音もなく、すっと窓辺に移動すると、その軌跡を描くようにキラキラと星のクズを撒いたような光を放った。
「行こう、月の子。今日は満月よ。外で遊びましょう!」
「えー、僕が部屋からいなくなってたらパパもママびっくりしちゃうよ。」
すると、ティナは大人びた笑みを浮かべてベッドを指差した。
そこにはスヤスヤと眠るもう一人の洋一の姿が在った。
目をクリクリさせながらその光景を眺めていた。
ティナはにっこりと笑顔を向けると洋一の手を掴んで窓を開け放って飛び立った。


バタン。
音が聞こえた気がして、洋一の母親が寝室を覗いた。
カーテンが少し開いて月明かりが部屋に差し込んでいた。
ベッドには洋一が安らかな寝息を立てて眠っている。
母親は窓に近寄って鍵がかかっている事を確認すると息子の側に来た。
そして可愛い息子に頬を寄せて「お休み。」と囁いた。



ティナに連れられて飛び出した夜の世界は愉快な音に溢れていた。
月や星の明かりは優しく、大気は柔らかだった。
月と星、星と星の間には橋が架かりそこを行き来する人々が見えた。
「すごいや、テナ! 橋がかかってる。」
はしゃぐ洋一を連れて一つの星に降り立った。
綿菓子の様な地面をぴょんぴょんとび跳ねながら、ケタケタと奇声を発してティナと遊んでいると、男の人が近付いて来た。
「今晩は、ティナ。見かけない子だね。どこの子だい?」
洋一が不思議そうにティナに顔を寄せて囁いた。
「この人、大人なのにテナが見えるの?」
「当たり前よ。ポムは私と同じ星の子ですもの。」
「じゃあ僕は大人になってもテナが見えるの?」
「月の子は大人に成れないわ。」
囁くやり取りを眺めていたポムが話に割り込んできた。
「君は月の子なのか。」
洋一はそう言われてもピンと来なかった。
「そうよ、昨日見つけたの。」
代わりにティナが答えた。
「そうか。」
ポムはとても優しい顔をしていた。
洋一の前にしゃがみ、顔をじっと見つめていた。
すると、包み込むように抱き締めて言った。
「どうか、死なないでくれ。月の子、君達が希望なんだ。」



「月と星は離れられない。月が在るから星が在る。月の子が居るから、星の子が居る。」

「昔はもっと月の子がいた。大気はもっと優しく澄んで清浄だった。大地は豊かで美しかった。」

ティナは洋一に色々な話をしてくれた。
ただ、ティナの言っている言葉は難しくて、洋一にはさっぱり理解できなかった。
晴れた月明かりがある日には、ティナと遊べた。
一人っ子の洋一には、姉ができたようで会える時が楽しみで仕方がなかった。
母親は、息子が一人寝出来るように成った事を成長と捕らえた。


季節は移り変わり冬になっていた。
12月に入ると暫く雨が続き、止んでも曇った日が続いた。
異常気象でいつもの年の倍以上雨の多い季節だった。そんなある日、幼稚園で小さな喧嘩が始まった。
妖精を見たと言った子がこづかれていた。
「ばっかじゃねーの、そんなんいるわけないじゃん!」
「ほんとだもん。見たんだもん。」
すると、馬鹿にする様に恭平が言った。
「ウソつき! やーい、良太のウソつき。バーカ、バーカ、マーヌケー!」
良太が泣きだした。
先生が気が付いて仲裁に入った。
しかしその日から彼は『ウソ付き良太』と呼ばれるようになった。
洋一はそれを見て、誰にもティナの事を話さなかった。

12月の後半に入ったある日、幼稚園ではクリスマス会が開かれていた。
「よい子の家には本物のサンタさんが来てくれますよ。」
先生がそう言っているのを恭平が馬鹿にしたように洋一に囁いた。
「ウソばっかり。サンタなんかいるわけないじゃん。」
「え?」

そんな事ないよ、僕、見たもん。

洋一は言葉を呑んだ。
ティナと遊んでいるときに『クリスマスの準備で忙しい』というサンタを見かけた。
だから、絶対サンタはいる。

「もしかして知らなかった? クリスマスプレゼントなんて、お父さんとか、お母さんが寝てる間においてるだけなんだよ!」

ウソだ…………サンタはいるもん。絶対に。



雨と曇りの日ばかり続きティナとはずっと会えなかった。
ティナに聞きたい事が山ほどあった。確かめたい事が一杯あった。
洋一は不安になり始めていた。

不安を抱えたまま迎えたクリスマス・イブ。洋一は寝た振りをしていた。
空は雲って洋一の部屋には、月の光など全く届いていなかった。
少し、うとうとしかけた時だった。
静かにドアが開いた。
洋一の父親がそっと部屋に入ってくると、枕元に大きな箱を置いて出て行った。

洋一はポロポロと涙を流した。
ティナとの事も幻だったと思えた。




そして、少年は大人になった。



◇   ◇   ◇

あれから、20年の月日が流れていた。
洋一は既に結婚をして、幼稚園に入ったばかりの子供もいた。

幸せだった。
優しい妻。可愛い息子。これ以上にないと言う幸せを手に入れていた。

とても幸せなはずだ。
なのに、何かを置き去りにしてきた。そんな不安が時折襲う。


「あなたぁ。敬志を寝かせてやってぇ。」
「んー。おーい、敬。おいで、寝る時間だぞぉ。」
「はあい。」
敬志は大好きな父からお話を聞いて寝るのが好きだった。
今日は寝室に入ると、敬志がそわそわと辺りを見回していた。
「おいで、敬。今日はどんなお話がいいかな?」
息子を抱き上げて布団に連れて行くと寝かしつけながら言った。
「おとーさん。今日は、もう、たか君ネムイからねるよぉ。」
くりくりとした瞳を洋一に向けて甘えた声で言った。
「…………そうか? じゃあ、もう寝なさい。」
そう言うと息子がにこにこしながら「はあい。お休みなさーい。」と言って布団に潜り込んだ。

電気を消して、部屋を出て居間に戻ろうとしたが、何となく、洋一は気になって敬志の部屋に引き返した。
敬志の部屋の前に来ると中からひそひそと話し声が聞こえてきた。
敬志が誰かと話をしているようだった。

「…………え? 今日はどこかに連れていってくれるの? テナ――――。」


テナ!?


思わず扉を押し開き中に飛び込んだ。
目を真ん丸に見開いて驚く息子の姿が在った。
しかし、他には誰も居ない。
暫く息子と見つめ合っていた。
月の光が部屋を明るく照らしていた。
閉めたはずのカーテンが開いて月光が差し込んでいる。
満月の夜だった。

「おとーさん、どうしたの?」
洋一は恐る恐る尋ねた。
「敬志…………、一体、誰と話していたんだい?」
敬志は小首を傾げて答えた。
「…………おとーさんも、しってる子。」
「何だって? 敬、本当に誰と――――。」
洋一は逸る胸の鼓動で息苦しくなった。
「おとーさん、テナの事しってるの? テナは知ってるはずだって言ってるよ。」
「馬鹿な! あれは夢だ。現実じゃない。」
敬志は洋一をじっと見つめていた。

「おとーさん、ほんとうに見えないの? おとーさんの…………真後ろに居るのに。」
驚いて勢いよく振り返った。


しかし、洋一には誰も見えなかった。

しんと静まり返った部屋では、時を刻む針の音がやたら大きく聞こえた。
見詰め合う父と子は微動だにしない。
静寂が痛かった。
肌がぴりぴりとする緊張感が堪らなかった。

すると静寂を切り開くように、息子がティナの言葉を伝え始めた。
「テナが、おとーさんに伝えてって。――――え? うーんとぉ……あなたの中の月の子が……死んでしまった後、月の子は急に減ってしまって…………やっと敬志を見つけたって、―――て僕の事? ふーん。で、エーと、私達はもうこれ以上、月の子を死なせるわけにはいかないって、え? 何のこと?」

息子の話は要領を得ない。
「敬志、ふざけているなら止めなさい。怒らないから。ね、敬志…………。」
「テナが、今日、僕を連れて行くって。」
「止めなさい!!」
思わず怒鳴って、敬志を抱き締めていた。
ゴオっと耳の側を掠める音がしたようだったが何も変化はなかった。
「テナ、行っちゃった…………。」


洋一は敬志を寝かせると暫く側に付いて見守っていたが、真夜中過ぎても何も異変がなかった。
少し気にはなったが、洋一は隣に布団を敷いて寝る事にした。



明くる日、
息子の姿が忽然と消えていた。
誘拐や事件、事故などを考えて色々手を尽くして探したが、半年経っても全く手掛かり一つ見つけられず、神隠しにあったと噂された。

そんなある日、息子の部屋で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
満月が光り輝き、明かりを消した部屋でも十分明るかった。
何となく懐かしい気がしていると、きゃっきゃと笑う声が聞こえた。
驚いて窓を開け放つと、一瞬、ティナと敬志が手を繋いで飛んでいくのが見えた気がした。

ようやく、洋一は自分の中にいた『月の子』が死んで“大人になった”事を悟った。
そして清浄な大地も大気も失われた『地上(ここ)』では『月の子』も『星の子』も生きていられないのだと言う事を知った。


晴れ渡る空には大きく丸い月と星だけが一杯に広がって、夜空を明るく照らしていた。
だが、幼かったあの頃見ていた夜空は、もっと明るく、澄みきった大気が光の輝きをより鮮明にさせていたのだった。



何時からだっただろう。――――彼女を見なくなってしまったのは。

何時からだっただろう。――――彼女に逢わなくなってしまったのは。



昔ティナが語っていた。

ずっと、ずっと遠い昔、月の子はたくさんいたと。
月の子と星の子は離れられない。
月の子が『存在(い)』て、星の子が『存在(い)』る。
月の子がいなくなれば、星の子もいなくなる。
そして、地上の総てが死に絶える。



Fin.





2005/06/22(Wed)01:57:43 公開 / ミノタウロス
■この作品の著作権はミノタウロスさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ファンタジーです。のつもりです。最後まで読んでもファンタジーと思えるかどうか?責任もてないのですが……。最初からファンタジーのつもりで書いたのは初めてですので、どんなもんですかね。
ちなみに、私、只今インプットの時期が終わりアウトプットの時期に突入の為、考えた話を書くこと止められません。
皆さんは、大人になる事が嫌ですか?いい歳のとり方、できてますか?―――私は『我が人生に一片のくい無し』と言い切りたいと思っています。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。