『物語の紡ぐ世界と子供【読みきり】』 ... ジャンル:未分類
作者:輝月 黎
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
死んじゃえ。
もう、何もかも死んじゃえ。
私なんて死んじゃえ。
心の奥底で、そうやって、ひとりの私が痛いくらいに跳ね回ってた。
消えちゃえ。
世界中の全てが消えちゃえ。
何もかもなくなっちゃえ。
恐ろしい筈であるその言葉は、深く響かない。
ただ淡白に胸に溜まって、閉塞感ばかりを生み出す。
苦しいよ。やめてよ。
自分自身に嘆願してみて、あまりの馬鹿らしさに吐く息が震えた。
もういらない。
こんな世界、いらない。
かつては私が愛しつくり育てた世界。
でも今はもう、いらない。
昔……遙か昔。
最初はあんなにも美しかったのに。
今はこんなにも汚い。醜い。
見ているだけで心が苦しい、こんな世界なんて。
死んで。
消えて。
なくなって。
リセットして。
何もない、あの心地よい混沌の状態に戻して。
白くも、黒くも、熱くも、寒くも、丸くも、四角くも、光も、闇も、物も、空間も、おおよそ感じるものがなにもない、あの状態に。
帰りたいよ。
……返してよ。
汚くなった世界、あの状態に、還してよ。
一人の子供が、そんな残酷なことを願って、膝を抱えて俯いていた。
性別すら分からない、ひとりの子供。
粗末な衣に包まれる肌は、滑らかな白。
深く悲しみの色を宿しているのに涙のこぼれない瞳は、陽光の黄金色。
歪む表情を覆い隠す肩口までの髪は、夜闇の漆黒。
その小さな子供は、細い腕に、一冊の本を抱えていた。
子供がいるのは深い深い緑の森。
植物以外の命など存在しない、深すぎる森。
煩い筈の精霊も介入できない、“不可侵”の結界の森。
現実社会と表裏一体でありながら……全く別の、禁忌の場。
子供はずっとここにいた。
光と闇がひっそりと巡っては消える、この緑の中で。
永遠にも似た時間を、ずっとここで過ごした。
ずっと、ひとりで。
――現実社会の言葉で言えば、子供は『神』だった。
世界を構成し、そして徐々に育み、見守る――創造神。
現実社会では、子供はいつでも祈りの対象であり、至高の存在である。
だが、その『祈り』も『畏敬』も、子供には届かなかった。
……何しろ、『現実社会』は。
子供の抱える、本に書かれていることでしかないのだから。
昔。
子供は、何もない世界……感覚に訴えるものが何もない場所に、ただあった。
何もないところに、何もしないで、ただ存在していた。
いい加減退屈だったが、それが当たり前だったから、さして何をしようとも思わなかった。
そんな状態が一体どの位続いた頃だろう……いや、時間すら存在しなかったのだから、それが、“始まり”。
不意に、それまで全く役割のなかった五感が働き出したのだ。
一冊の……ある一文以外には何も記されていないまっしろな本が、目の前に現れたから。
その一文は、こう言っていた。
“物語を記せ”
面白い。
そう思った。
ただいざ何か書こうと思っても、この何もない所では書くものがないと、自然に……そう思っただけなのだ。
だから、つくった。
どこをどう、と言うはっきりしたことは分からないが……
退屈しない、世界をつくった。無いから、つくった。それは子供らしい単純な発想だった。
まずは『空間』を。
次には『時間』を。
そして、大地を、海を、空を、風を、炎を、水を、次々と美しい形で生み出した。
そんな中で、子供は考えたのだ。
――自分以外の、意志を持つものを作りたいと。
それが“精霊”や“元素神”の誕生。
単純に、生み出したものに意志を与えたらそれが出来上がった。
そして、そんな『命』の成功に考えた。
――元素の力の無い、ただ純粋な意志を持った、『命』が欲しい。
それが純粋な『命』の誕生。
それによって次第に……自分が手を下さずとも、命によって自然に彩りが増える世界。
それはとても、楽しかった。日々変化に富んでいて、『命』等が毎日新しい発見をするのを、わくわくして見ていた。
とても、美しくて、楽しい世界。
……だから子供は純粋に、それだけを記した。
物語を記せと言われた、まっさらな本に。
題名の所に、記したのだ。
『命の意志で紡がれる世界の物語』と。
それが、
間違いだった。
“世界にある命が紡ぐ物語”。
……それ即ち、子供にその『物語』に干渉する権利を完全に消し去ったと言うこと。
子供が望むことによって『命』が生まれたのだ……、子供自身は、『命』ではなかったのだ。
だから、暴走した。
子供は作り出しただけだった。
……だから、それ以上の。自分の抱える『世界を思う心』を、与えるのを忘れていた。
だから……だから、美しい、子供の愛した世界は。
愛した筈の命によって、狂い、均衡を崩し、汚れていった。
死んじゃえ。
命なんか死んじゃえ。
汚い世界なんか死んじゃえ。
物語が紡がれ終わることはない。
……それは、子供の『不満』を紛らわせる為に、生まれたものだから。
決してもう愛せない世界の物語を綴り続けても、子供を楽しませることは出来ないから、だから終わりなき物語は日々紡がれて行くのだ。
子供が望まないからこそ。
物語は終わらない。
死んじゃえ。
命なんか死んじゃえ。
世界なんか消えちゃえ。
私なんか死んじゃえ。
思うが、自分は死ねない。
世界にある命ではないから、『果て』がない。
だからこの狂った世界は……物語は、ずっと綴られ続けるのだ。
だから、涙すら忘れ、子供は思うのだ。
世界よ果ててしまえ、死んでしまえと。
だが、『現実社会』の命等の『祈り』が届かないように。
子供の祈りも、『物語』に届かない。
明日も、物語は進むのだ。
狂ったまま。
つくった子供の意志など関係なく。
2005/05/07(Sat)16:35:12 公開 /
輝月 黎
http://s-gekka.hp.infoseek.co.jp/
■この作品の著作権は
輝月 黎さん
にあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
以前雑談板で話題になっていた、『何もない空間』ってのを書いてみたかったので。
……すんません、意味不明でしかもこれっきりの単発です。続きは在り得ませんので悪しからず……(涙
ってか本気で訳分からないんですけど……。何が言いたいんだか……。
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で
42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。