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『じゃあ、歌おうよ♪』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:浪速の協力者
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「………で、あるからして、x(エックス)を求める公式は……。」
夏。
俺は、ハゲ親父の数学の説明に耳を傾けずに、グラウンドの方に目をやって、他のクラスの体育で行われているサッカーを観戦していた。
言っておくが、決して授業の内容が分からないからじゃない。
つまらないからだ。
自分で言うのもなんだが、俺は全国でも有数の進学校であるR高校に入学して、入学して以後も、そんなに悪くない成績を維持している。
親や学校にも結構期待されている。
けど、俺にはそんなことはどうでもよかった。
「おい!麻生(あそう)、聞いてるのか?!」
「え、あ、はい!」
「おい、聞いていたのか?」
「………すみません。聞いてませんでした。」
「全く………。しっかりしろよ?そんな事でどうするんだ?」
当然と言えば当然だが、期待されている分、教師たちもうるさい。
お前みたいなハゲ親父に、いちいち言われなくても分かってるって言うんだ。
因みにこのハゲ親父、噂ではアニメマニアらしい。
最近は、つまらない事が多い。
友達に誘われて遊びに行っても、他校の女子生徒に声をかけられて付き合ってみても、あまり面白みを感じない。
つまり、何もやる気にならないということだ。
「よう!お疲れだな、麻生。」
昼休憩に入るや否や、物凄く低い声を掛けてきたのは、クラスメイトの中山だった。
俺の中では、最も親しい友達だ。
「最近、どうしたんだよ?」
「何が?」
「何がって、お前、元気ないみたいじゃないか。」
「そんなことねえよ。ただ、近頃、何をやるにしても、全然やる気が起きないんだよ。」
「何だそりゃ?」
何だと言われても、言葉通りとしか答えようが無い。
やる気が起きない、というのは語弊があるかもしれないが………。
「ま、そんな時もあるって。」
中山は、鞄から弁当箱を取り出しながら言った。
「何でお前、そんな妙に先輩ぶってるんだよ。」
俺も、苦笑しながら、弁当箱を取り出した。
フタを開けると、中身はご飯の上に梅干を乗せた、いわゆる日の丸弁当だった。
おかずは何も無い。
「…………………。」
「…………………今、なぜか一瞬だけお前に同情したよ。」
結局、おかずは中山の弁当から少し分けて貰った。
食べた感想はというと、ウチの弁当より旨い、ということだ。
「ところでさ、お前、文化祭は何かやるのか?」
中山が、肉団子を1つ飲み込んでから、思い出したように言った。
「やるって、例えば?」
「まあ、自作の展示物とか、研究結果の発表とかだな。」
「お前なあ………。俺がそんなのを自ら進んでやる人間だと思うか?」
「ははっ!そりゃそうだ。」
「だいたい、俺たちは来年の1月には受験なんだぞ?
今は7月だから、あと7ヶ月ぐらいしかないだろ。これ、貰うぞ?」
俺は、返事も聞かずに、中山の弁当箱に1つだけ残っている出し巻き卵を箸でつかみ、自分の口の中に放り込んだ。
「ああ!てめぇ、俺の宝物を!!」
たかが、出し巻き卵1つを『宝物』と呼べるこいつは、本当に面白いやつだと思う。
物の価値観には少々問題があるかもしれないが………。
「何だ、取ってたのか。まあ、残してる方が悪いんだ。」
「他人の弁当からおかずを分けてもらってる奴が言う台詞じゃないぞ、それ?」
中山はかなり怒っているようだった。
「悪い悪い。本当に悪気は無かったんだ。あとで、何か飲み物でも奢るから。」
「なら許す。」
何とも人を許すのが早い奴である。
まあ、こいつのそういう部分が結構気に入っているのだが。
「で、さっきの話に戻るけどさ、受験までまだ7ヶ月もあるんだぞ?
片や、俺たちの高校生活最後の文化祭までは、10月だからあと3ヶ月しか無いんだぞ?!!」
「分かった分かった。そんなに大声で言わなくても聞こえてるから。」
「そこで、お前には文化祭で何か出し物をしろ!」
「おい。何でそうなるんだ。」
「さっき、俺の出し巻き卵を盗んだからだ。」
「その後、奢るから許すって言っただろ?!」
「………そういうわけだ!分かったな!!」
声が低いから説得力はあるけど、よくよく考えたら反論になってない。
中山はよく、自分の声色だけで、相手を納得させようとする(本人にはそのつもりはない)。
だが、その手には乗るものか。
「とにかく、俺はそんなつまらんものはやらん。」
「………そうか。いざとなったら手伝ってやるつもりだったんだけどな。」
「それでもやらん。」
「まあ、いいんだけどな。けど、お前自身もつまらねえ高校生活送ってるなあ。」
「うるせえよ。それより、食堂行こうぜ。」
「ああ、そうだな。お前に奢ってもらうって、約束だったしな。」
………しまった。
今日はどうやら、俺は絶不調らしい。
結局、その後食堂でコーラを奢らされることになった。
それも、ここぞとばかりに1番大きいカップで。
ようやく授業も終わり、しょうもない場所から開放された。
「おい、麻生。今日、帰りにCD屋に寄らないか?」
中山からデート(?)のお誘いを受けた。
だが、身も心も疲れている(実際はそうでもない)俺は、さっさと帰って寝たかった。
「悪い。今日は無理だ。予定があってな。」
「予定?」
「ああ、帰って寝る予定だ。」
「……………お前、そんな人生を送ってて、悲しくねえのか〜〜〜?!!」
妙な同情を受けたが、叫び声がうるさかったので、俺はさっさと教室をあとにした。
出てからも、希望の光がどうのこうのという叫び声が聞こえたが、
それも聞こえないふりをした。
「はあ〜、疲れた〜。」
帰り道を歩いていて、思わず声に出してしまった。
人間疲れたら、声も出ないそうだが、それ以上に疲れたら、声を出さずにはいられない(たぶん)
それにしても、今日の疲れの大半は中山にあるような気がする。
空は晴れ渡っていたが、だからと言って気分も晴れるわけではなかった。
………いかん、かなり重症かもしれない。
どうせ家に帰っても寝るだけだから、何か飲みながらその辺で休もう。
せっかくだから、近くの公園に行く事にした。
この辺には俺が小さい頃によく遊んだ大きな公園があった。
よく近くの中学のブラスバンド部が楽器を吹いて、練習していたりもする。
俺は自販機で、『午前の紅茶』を買い、公園の中心部の方にあるベンチに座った。
一口飲んで、少しの間、目を閉じて、耳を澄ましてみた。
現在時刻は夕方4時。
まだまだ子どもたちが遊びまわる時間のようで、笑い声や走る足音が聞こえた。
そんな中、1つの声が聞こえた。
先に言っておくが、中山の叫び声ではない。
歌声だ。
声からして、女の声だった。
聞き覚えのある曲で、歌声は聴いていてとても心地良かった。
それにしても、何だっけ、この歌………?
『―――――あ〜あ〜、川の流れのよ〜うに〜♪』
な、何ぃ?!
俺は『川の流れのように』に心を浸らせていたのか?!!
何だか、自分がとてつもなく親父臭く思えてきた。
俺は、俺を親父臭いと読者に印象付けさせた張本人の顔を見てやることにした。
きっと、そいつもまた親父臭いやつだろう。
いや、女の歌声だから、おばさん臭いか。
まあ、どっちでもいい。
俺は立ち上がって、歌声が聞こえてくるの方へと歩いていった。
茂みに隠れてそっと顔を出すと、この公園で1番大きな木の下で歌っている女の子がいた。
制服は、うちの高校のものだった。
彼女のカバンには、『Coras Club』と書かれている。
そういえば、コーラス部なんてあった気もする。
顔はと言うと………おばさん臭いのとはかけ離れた、めちゃくちゃ可愛い子だった。
『―――――黄昏に〜、そ〜ま〜るだけ〜♪』
歌い終わったようだ。
結局、俺は茂みに隠れたまま、最後まで聴き入っていた。
本当に綺麗な歌声だった。
「ふふっ。別に隠れてなくてもいいですよ?」
「?!!」
突然、こちらの方に話しかけてきた。
バレていたのだろうか?
いや、そんなはずはない。
俺の隠れ方は完璧なはずだ。
恐らく、これは誘導尋問だろう。
「茂みから、手が見えてますよ?」
……………。
弘法も筆の誤りってやつだ。
別に、隠れるエキスパートでもないが。
俺は観念して、茂みから出た。
「すまん。別に隠れてたわけじゃ………あるのか。」
「あはは!あなた、面白い人ですね。」
「ふん、悪かったな。」
「いえいえ、そんなことないですよ。
私は3−Cの上那賀 葵(かみなか あおい)って言います。葵と呼んでください。」
女の子の名前を下で呼んだことなど今まで無かったので、少し面食らったが、本人がそう呼んでくれというのだから、そう呼ばせてもらうことにした。
「そうか。俺は3−Aの麻生 啓一(あそう けいいち)だ。よろしくな。」
「はい。」
「いつもここで練習してるのか?」
「はい。ここの方が、何となく落ち着くんです。麻生君こそ、こんなところで何をしてたんですか?」
「心のサプリメントを捜し求めていた。」
「あはは!やっぱり、面白い人ですね。」
よく笑う子だ。
そして、その笑顔がとても可愛かった。
「俺自身は最近、非常につまらない日々を送っているけどな。」
「う〜ん………心のサプリメントがほしいなら、麻生君も歌ってみたらどうですか?」
歌か………。
たしかに、今まで考え付かなかった方法だ。
けど、正直、そこまで言うほど歌声には自信が無かった。
「いや、俺、そんなに上手くないと思うし………。」
「まあまあ、歌うだけ歌ってみましょうよ♪」
そう言って、彼女はカバンの中から楽譜を一部取り出した。
「おい、俺、楽譜読めないんだけど?」
「大丈夫ですよ。有名な曲ですから。」
妙に強引な子だな。
楽譜のタイトルを見ると、そこには『六甲おろし』と書いてあった。
………阪神ファンだったのか。
「じゃ、行きますよ?1、2、3、はい!」
「ちょ、ちょっと待て!アカペラで歌うのか?」
「勿論です!ここにはCDプレーヤーなんて気の利いた物はありませんから。
じゃ、今度こそ行きますよ?1、2、3、はい!」
『六甲おろしに颯爽と 蒼天翔ける日輪の 青春の覇気美しく
輝く我が名ぞ 阪神タイガース オ〜ウオ〜ウオウオ〜ウ 阪神タイガース フレフレフレフレ〜♪』
1番しか歌わなかったが、かなり大きな声で歌ったので、意外に疲れた。
「ね?すっきりしたでしょ?」
「疲れた。」
「え?!で、でもそれは、体力がないだけじゃ………?」
「やっぱり俺は歌なんて向いてないってことだ。じゃ、そろそろ帰るわ。」
「………そう、ですか。」
彼女の顔をチラッと見ると、少し残念そうな顔をしていた。
その顔がまた、俺に罪悪感をもたらした。
「でも、歌って、少しはすっきりしたかもな」
「え」
「そんじゃあな」
俺は自分のカバンを持って、元来た道を辿っていった。
「また歌いましょうね〜!!」
彼女は手を振って、そう言った。
………『また』?
それは、いつでもあの場所にいるから来てくれ、という意味なのだろうか?
まあ、別にいいか。
少しはすっきりした、と言ったが、それも強ち嘘ではなかったし。
ただ、歌う曲をもう少し何とかしてほしい気もするが………。
それにしても、彼女はただ歌うパートナーがほしかっただけなのではないだろうか?
振り返ると、彼女はまだこちらの方を見ており、俺が振り返ったことに気付くと、また手を振っていた。
To Be Continued
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2005/04/17(Sun)16:52:08 公開 / 浪速の協力者
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■作者からのメッセージ
約1年ぶりの連載物投稿です!!
皆様方からの温かいご感想をお待ちしております!
何せ、僕のモットーは『心のスポンサーはそこのあなた!』ですからね(笑)
(あ、でも批評の方はお手柔らかに(何))
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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