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『狼の眉毛』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:四番砦
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むかしむかし、あるところに一人の猟師がいた。今日も朝から女房に行ってらっしゃいと見送られ、街道を渡って隣の山に狩りに出た。そして昨日のうちにしかけておいた罠のある場所を見回っていると、一匹の狼が罠にかかっていた。見たところひどく老いぼれた狼で、どうも毛皮はぼろぼろで肉も硬そうで、売り物になりそうに無い。猟師は気まぐれにその狼を逃がしてやることにした。罠をはずしてやると、その狼は一度だけこちらを振り返り、足を引きずりながら茂みの奥へと去っていった。
その日はほかの罠にも獲物はかかっておらず、昼過ぎにもなってくたびれた猟師は、いつもの山小屋にたどり着いて一休みした。湯を沸かしてお茶を飲み、煙草を一服するうちにうとうととなってくる。すっかり眠り込んでしまった猟師は、またあの狼に出会った。
狼は言う。人間よ、先ほどは無様なところを見られてしまったな。助けてくれたのはお前だが、そもそもわしを罠にかけたのもお前だ、さてどうしたものか。そうだ、お前にわしの眉毛を一本やろう。これをこうやって目の前にかざして、ほかの人間どもを見てみるがいい。きっと面白い事がわかるだろう。
ふと目を覚ますと、すでに日が暮れかかっていた。これはいかんと起き上がった猟師だが、なぜか鼻の奥がむずむずする。思わず大きなくしゃみをすると、何かが飛び出てきた。見てみると、それは一本の長い真っ白な毛であった。これがさっき夢で見た狼の眉毛だろうか、不思議なこともあるものだと思いながら、猟師はそれをたもとに入れて山を降りた。
家に帰る途中で、顔見知りの百姓が畑仕事をしているのに出会った。今日もご苦労さんなどと挨拶しているうちに、先ほどの毛のことを思い出す。確かこうやって、毛を目の前にかざして他人を見てみるといいんだったなと思い出し、その通りにしてみると、なんと目の前には見たことも無い怪物が立っていた。姿かたちはモグラのようだが、手足が二本ずつあって、クワを持っている。これはモグラの化け物だ。猟師は思わずわっと叫んでしりもちをついた、すると化け物はさっきの百姓に戻った。どうしたんだい、と相手が不思議そうにこちらを見ているうちに、もう一度おそるおそる狼の眉毛を目の前にかざしてみる。するとやはり百姓の姿がモグラの化け物に変わった。
何てことだ、こいつの正体がモグラの化け物だったとは。薄気味が悪くなった猟師は急いでその場を離れ、朝来た道に戻った。まだ街道にはちらほらと人影が見られる。猟師はその一人一人を眉毛でかざして見てみた。すると、峠の茶屋の主人は狸の化け物、そこで団子を食っている親子連れはどちらも豚の化け物だった。大きな荷物を背負った行商人は亀の化け物で、えっさほいさと駆けて行く飛脚は鹿の化け物だった。
まさか世の中にこれほど化け物がいたとは、しかもそれを知っているのはこの俺だけなのだ。猟師が逃げるようにして家にたどり着いたころには、すっかり暗くなっていた。お帰りなさい、といつものように女房が迎えてくれる。ここなら安心だ、はらぺこになっていた彼は、今日見たことは忘れることにして夕飯をとった。しかし、味噌汁を飲んでいるうちにまた不安になってくる。まさかうちの女房も、いやこいつに限ってそれはない、しかしほかの連中の正体はみな化け物だったのだ。猟師は心の中で念仏を唱えながら、毛をかざして台所の女房の姿を見る。
その正体は、めんどりの化け物だった。畜生、俺はいつのまにかめんどりの化け物と一緒になっていたんだ。もうこんな所にはいられない、猟師は叫びながら家を飛び出た。井戸のあるところまで逃げて、桶にためてあった水でじゃぶじゃぶと顔を洗う。
その夜は月のきれいな晩で、桶の中の水面には自分の顔がはっきりと映っていた。そこには、さっき顔を洗った拍子に手から離れた狼の眉毛が浮かんでいる。どうなんだろう、この俺は。世の中に本当の人間は俺しかいないのだろうか。猟師は毛をつまみ取り、自分の顔をかざしてみた。するとそこには、熊の化け物が映っていた。
そうか、俺の正体は熊の化け物だったのか。もしかするとあの狼は、人間なんて一皮むいたらけだものと同じ、そんなことが言いたかったのかもしれない。などと考えていると、様子のおかしい主人を心配した女房が迎えに来た。猟師は、ああなんでもないと答え、狼の眉毛を井戸に放り投げた。
これでおしまい、どっとはれ。
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2005/04/07(Thu)22:30:42 公開 / 四番砦
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■作者からのメッセージ
ジャンルとしては「民話」です。短い話なので、長編が好きな方はごめんなさい。
むかし、民話集のようなもので読んだ話が印象に残っており、それを思い出しながら足りない部分は創造で補って書きました。
むかしばなし風なので、あえて漢字・かな・句読点以外の文字は使用していません。
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