『Closed Sky/マチネ』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ラフィール                

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<0 見上げた空は>

風に春の匂いが孕まれるようになった、ある日の昼下がり。
『こっちはひどい雨。そっちの天気、どうなってる?』
届いたメールの文面に、ちょっと笑う。
オレは、上に携帯を向けてカメラでビルの林の隙間から見える青空を撮り、
何も書かずにそれだけ返信した。

最近、空が狭くなった。
ビルの林の隙間を埋める空を見上げて、思う。
人が進歩する事は、空に近づく事だとも言うし、当然ではあるのかもしれない。
重力をその身に負い、空を見上げて、
時には重さに耐え切れずに這い蹲り、
それでも上を見て生きてきた人が見たら、何て言うだろう?
この、檻のような空を見て。

交差点。横断歩道、信号は赤。
立ち止まる俺に吹くビル風。
オレはそれを手に纏わりつかせ、その手を見る。
「……もう、春か…」
指に、早咲きの桜の花びらが一枚付いていた。


オレの名前は荒垣柳。
突然で悪いが、これからある男の話をしようと思う。
断っておくがオレの事ではない。
まあ、自身の事を話したいのも山々なんだが、それはおいおい。
おっと、その前に、今俺が立っているこの世界について、説明をしておかないと。
やつの受け売りだから、上手く説明できるかどうか疑わしい……と思ったけれど、
「あれ、早いな……」
オレがその役目を負う必要は無かった。
なぜなら、オレが待ち合わせの約束をした相手が、その男だからだ。
名前は氷剣透。
オレの幼馴染で、オレの通う学校の非常勤講師で、ちょっと変わった奴だ。


 約束した場所に、透はちゃんといた。
 しかも、なぜか右手に紙袋を下げて。
「あれ?オレ何か頼んだっけ?」
「いや、俺も頼まれた覚えはないぞ」
「……じゃあ、それ。何だ?」
「ここに着いたのが早すぎたから、そこでちょっと冷やかししてたんだ」
 透が親指で示す先には、ショッピングモール。
 しかも、かなり先だ。
「へぇ。で、それは?」
「その時やった福引の景品だ」
 そう言いながら、彼は柳にその紙袋を渡す。
「へ?」
「俺は羊羹はあまり好きじゃないから」
 受け取り、中を覗く柳。
「とらやの羊羹……お前、ホントに籤運良いな…」
「三等なんだがな。一等は旅行の招待券だった」
「いやいや、オレはそんなものよりも羊羹の方が高価だから」
 柳はこのご時世に和菓子好きと言う、ちょっと変わった嗜好を持つ。
 まあ、好みなんて人の数ほど違いがあるものだから、これはこれで良い、と透は思っている。
「でも、一人で食うには大きすぎるな……」
「ちなみに賞味期限が明後日に迫ってるから」
「げ!?」
「そんなんじゃなきゃ福引の景品に出したりしないぞ」
「まあ、分かるけどな……さて、二日間でどう食べるか…」
「道々考えようか」


 そんな話をした後で、透と柳は連れ立って歩き出す。
「桐矢からさっき来たメール、いつもよりも内容がさらに変だった」
「…あ?俺もさっき来たけど」
「内容は?」
「天気の話だった。『こっちはひどい雨。そっちの天気、どうなってる?』だとさ」
 ……同じだ。
 柳は、そう確信した。
「……どっちがカーボンコピーだと思う?」
「多分、俺だな」
 即答だった。
「…相変わらず答えるの速いな…」
「俺に天気の話をしたって、お前みたいな返し方はしないからな」
「オレみたいなって…」
「お前の場合、言葉じゃなくて行動だから」
「言い得て妙だな」
「口下手とも言うが」
「それを言ってくれるな……ん、メールだ」
 ポケットから携帯を出し、メールを見る。
 桐矢からの、返信だ。

『お前が見ているその空と、私が見ているこの空。
 境は、一体何処なんだろうね?』

 そう、一文だけ。
「……」
「まあ確かに、それはその通りか」
「覗くなよ…」
「覗かれて困る内容じゃないだろ?」
「まあ、な。で、続き」
「ああ。天気予報で見られる気圧配置やらなにやらだって、
 気象衛星の映像や写真だって、
 この空の何処に天気の境があるのかを明確に示すものじゃない。
 予報だって、外れる事もある。
 だから、そう言うものは実際に探しに行かないと分からないだろう……ってな」
「そう返信してやろうか?アイツ、本当にそれ探しに行ってしばらく帰って来なくなるぞ」
「やめろやめろやめろ、もうすぐ春休みも終わりだって言うのに。
 通常業務に差し支える」
「ははは、冗談だ」
「分かってるけど……ん?柳、人差し指」
「??」
「桜の花びらじゃないか。随分早咲きだな」
「さっき指に止まったんだ。ま、桜にも物好きがいるって事だな」
「違いない」


 ※ ※ ※


<1 捻れた世界>

 今透と柳が歩いている日ヶ谷は、東京都心から電車で20分ほどの場所に位置している。
 ベッドタウンの概念をさらに一歩押し進めた、端末都市と言う構想を日本で初めて導入した都市である。
 そのため、駅前は高層ビル街、そこから少し離れると住宅街と言う、少しアンバランスな構造をしている。その機能は、集積の度合いこそ都心に及ばないものの、他の点においては大差ない。
 その姿を見る限り、とても60年前に核戦争があったとは思えない。
 透は、何となくそれが嫌だった。


 今から70年程前。
 暴走する科学が、魔法を復興させた。
 目の前にある事象を徹底的に解析し、理論と言う無意味な文字の羅列に貶めるだけでは飽き足らなかったのである。
 科学者達の目論見どおり、魔法と共に息を吹き返した魔法使い達は、「不可能」を「可能」に変えていった。
 しかし、その肝心の魔法が、解析できない。
 その事に対する不満は、何時しか魔法使い達への理不尽な逆恨みへと変わり、魔法陣営への一方的な宣戦布告へと発展してしまった。
 ここまで来ると、もう子供の喧嘩と大して変わらない。しかも、殺戮兵器の使い方が分かるぶん、下手な子供より性質が悪い。
 しかし、科学者の思い通りに行く事はもう無かった。
 魔法は、理論で創れるほど簡単なものではなかったのである。
 結局、戦争は半年ほど後に核兵器の暴走による科学者達の自滅で終わった。
 現在「ラグナロク」と呼ばれているその騒乱の原因は、表向き今も明らかにされていない。
 だが、その影響は表の世界にも波及しており、一時期は世界全体が大きな混乱の渦に巻き込まれた。
 まず、核兵器の暴走によりアメリカと言う国家が“消滅”した。
 最も激しい戦闘があったユーラシア大陸はほぼ中心から真っ二つに割れ、少し海に沈み、東側に「ムー連邦」、西側に「アトランティス帝国」と言う二つの巨大な海上国家が形成された。
 さらに、この間アフリカ大陸は魔法によって大きく発展、「ラグナロク」をきっかけとしてこれまた巨大な魔法国家「アトラス」として独立。
 アメリカからの移民を受け入れており、その国力は先の二国家と遜色ない。
 そして、アメリカは元の暗黒大陸へと逆戻りしてしまった。
 日本は表向き何の変化も無いように見えるが、その実情はだいぶ異なり、一つの国家としてではなく、主要都市を中心として形成される「都市国家」の集合体に変わっている。そのため、日本と言う「国名」も、もう存在していない。


 そして、現在。
 その頃の混乱はもう影も形も無いが、捻れは至る所に残っていた。
 例えば、日ヶ谷の都市機能は魔法が創った永久機関によって稼動しているし、送電設備も、魔法による補助を受けている。
 探せばいくらでも見つかる、捻れ。
 それよりも何よりも、この世界そのものが、捻れていた。
 科学と言う名の常識と、魔法と言う名の非常識が混在する昼。
 人間と言う名の常識と、人ならざるもの―人外と言う名の非常識が混在する夜。
 とにかく、なんでもありなのだった。

―それがあっちゃいけないなんて、一体誰が決めたんだ?

 そんな一言で、全てが罷り通ってしまう世界。
 そんな世界を、透と柳は歩いているのだった。
「で、今日の目的地は?」
「この先の珠ヶ崎ビルの75階だ」
「随分中途半端な高さだなオイ」
「…お前はどれだけ高けりゃ気が済むんだ」
「屋上くらいだな」
「柳…いくら俺達が呼ばれてる側だからって、その要望は受け入れられないと思うぞ」
「じゃあ、後で登るぞ」
「……(溜息)、まあそのくらいは許してもらえるだろうけどな」
「どうせお前の顔で何でもなんとかなるし、便利だよなホントに」
「親友の顔を使うな」
「良いじゃないかよ、減るもんじゃなし」
「俺の体力が減る」


 そうこうしているうち、珠ヶ崎ビルに着く。
 地上90階、地下10階と言う、日ヶ谷でも五本の指に入る超高層ビルだ。これだけ高いと日照云々の問題が生じるため、全体が太陽の光を透過する構造になっている。
 いつも通りかかる時に見上げているだけだった柳は、初めて入るビルにちょっと目を輝かせていた。反対に、透はこう言った場所には入り慣れているせいか無表情だ。
「さて、っと……」
 受付を素通りしてエレベーターへ向かう。
「あれ?受付はいいのか?」
「例の如く顔パスだよ」
「はは、お前って奴はホントに……」
「暇と引き換えに手に入れたものとしては、これでも少なすぎるくらいだけどな」
「それでいてこれだもんなぁ…」
 一応1階以外は関係者以外立ち入り禁止となっているので、何処にでもあるような服装で受付を素通りしてエレベーターに乗ろうとすれば、普通は警備員に呼び止められるものであるのだが、透にはそれが無い。
 それは、透が柳と同い年なのに非常勤講師の資格を持っている事とも密接に関係していた。
 彼の顔は国中、いや世界中に知れ渡ってしまっているのだ。それも、この歳で「一から魔法を発明した」と言う非常に名誉な事で、である。
 ちょうど1階に停まっていたエレベーターに乗り込み、「75」と書かれたボタンを押す。エレベーターは、それに従ってするすると彼らを運び始めた。
「で、今日逢う奴の事教えてくれ。さすがにいきなり初対面じゃマズイだろ」
「アイツはそう言うの気にしないと思うけど…まあいいか」
「相手が良くても、オレがダメだ」
 そう言うと、透はこれから逢う人の事を手短に説明した。
 彼の名は、アルツ・セイラーと言う。
 「ラグナロク」の際、混乱する経済を自身の資産をなげうつ事で建て直した、今では世界的にビジネス展開をしている「アルツグループ」のCEOである。
 このビルに入っている企業の80%はアルツグループ系列に属しているか、若しくはアルツグループと協力体制をとっている。
「……そんな凄い人と逢うのかオレは」
「あ、ちなみに人間じゃないから。確か魔族との混血だったかな」
 現在、人外の中には人間社会に身分を持っている者もいる。
 彼も、そんな中の一人だ。ただし、そういった者達は人間に「人外」と見られない。
「マジ?そりゃ60年も健康に社長やってられるのは人間じゃ無理に近いけど…」
「うん」
「それをアイツ呼ばわりか」
「そりゃ、一応技術供与やってるし、酒一緒に飲みに行く仲だし……」
「はは、お前って奴はホントに……」
「暇と引き換えに手に入れたものとしては、これでも少なすぎるくらいだけどな」
「それでいてこれだもんなぁ…」


 75階、社長室。
「ちわー」
「おお、待ってたよ」
 柳の第一印象は、「ナイスミドル」だった。
 そんな人と透が普通に握手している姿は、何度見ても慣れる事が出来ない。
「……隣の彼は?」
 相手から声がかかった。
「俺の幼馴染で、名前は荒垣柳。今回の依頼に協力してくれる。
 役に立つかは分からないけど。
 柳、こちらがアルツ・セイラーだ」
「柳です…」
「アルツだ。以後よろしく」
 相手が世界的に有名な企業のCEOだと聞いて緊張していた柳だったが、その一言でそれも解けた。
 握手を交わし、勧められたソファにかける。
「今度逢うの、何時になるでしょうね…」
「君がご所望なら、いつでも」
「透、今度ミス研の奴らと飲みに行く時、彼も誘ってくれ」
「お前から誘えばいいだろう」
「何かこう……こそばゆい感じがしてダメ」
「お前なぁ…それじゃ彼女デートに誘う時どうするってんだよ」
「彼女いないの知ってて言ってんのかよ」
「予行演習、予行演習」
「可愛い女の子じゃなくてかっこいい男性だから演習にならん」
「はは、ありがとう」
「どういたしまして……っと、本題本題」
「大丈夫だよ。ヒツルギ君と逢う為に昨日から仕事を前倒しにして、5時間ほど空けてある」
「…透…」
「あ?」
「ホントに、良い人だな」
「うん。それが?」
「そんな人に、オレの事『役に立つかは分からん』って紹介するな!」
「大丈夫、大丈夫」
「どこがだ!?」
「大丈夫、大丈夫」
 同じ口調でアルツも言う。
「二人してオレの事からかって……覚えてろよ…」
「俺より先に忘れるくせに」
「確かにそうだけど!」
「拗ねるな。後で羊羹食えるだろ?」
「知るか!」

「……さて、夫婦漫才が一段落した所で、本題に入るとしようか」
「うん。ほら、拗ねるな」
 柳の肩をぽんぽんと叩きながら、透は先を促す。
「最近、アトランティスはブロードウェイで世界的に成功を収めた劇団があるのはご存知かな?」
「……まあ、存在くらいしか知らないけど」
「時事疎いもんな」
「それは認める。それで?」
「それが、明後日来日する。それで、スポンサーを頼まれているから、引き受けた。
 それは良かったんだけどね……」
「だけど?」


 陽が少し傾いている。
 珠ヶ崎ビルから出た二人は、ちょっと深刻な表情をしていた。
「しかし、どうやってそいつに合うんだ?泊まってるホテルにでも乗り込もうってか?」
「いや、さすがにそれは人目につくだろ。彼の話じゃ、夜は町に出ているみたいだし……」
「じゃあ、明後日の夜から街の探索を始めるってので決まりか?」
「そうなるな……それしかないもんな。俺はそっちの仕事があるから、
 何か情報なり、本人なり見つけたら俺に教えてくれ」
「了解…。今何時だ?」
「えっと……」
 透の懐中時計の針は、午後3時を示していた。
「……おやつの時間だな。柳、羊羹食べきる方法、考え付いたか?」
「ああ。だから今実行してる」
 携帯を片手に答える柳。
「ミス研の奴らを集める事にした」
 ミス研とは、まんま「ミステリー研究会」の略称である。「ミスコンみたいでかっこ悪い」と不評なのだが、未だに略称の代案は無い。
「お前、予定入ってたらどうする気なんだよ」
「だから、もう既に暇だって分かってる奴らにだけメールを出してる」
「となると……」
 指折り数える透。
「四人か」
「ああ。多分全員来るな」
「何で?」
「すぐに返事が無い」
「それさ、俺らの方がまずくないか?」
「え?」
「ここから学園まで歩いてどれだけかかると思ってるんだよ」
「あ!」
「阿呆……」
 そう吐き捨てて、タクシーを止める。
 二人とも乗り込む。
「どちらまで?」

「桐之宮学院まで」


 ※ ※ ※


<2 ティータイム>

 桐之宮学院は、4つの大きな建物から構成されている。
 正門を入ってすぐに見える事務所棟、そのすぐ先にあるのが図書室と資料室の役割を一度にこなすアーカイブズルーム、講堂の入っている講堂棟(通称を教室棟)、そして研究室で構成されたマンションと言った出で立ちの研究室棟と言う内約だ。
 何故このような形容をするのかと言うと、研究室棟は一部屋一部屋がとても広く作られており、生活用品を一式持ち込んでもまだ余るくらいのキャパシティを誇っているからだ(ただし、風呂はない)。研究で徹夜した時の事を思っての事なのだろう。
 透は、本当に生活の場として利用している。自分でもマンションの一室を持っているのだが、どう言うわけか透の住むマンションの周りは交通の便が悪く、加えて桐之宮学院には色々な方面からバスが乗り付けているので、どこかへ行く時の拠点にするにもこちらの方が何かと便利なのだ。
 そしてそこは、彼が所属するサークル「ミステリー研究会」、通称ミス研の活動場所でもあった。何度も言うが、この通称は(定着してしまっているにもかかわらず)まだ仮称扱いである。
「遅ぇぞー!」
 天然茶髪に少々童顔の男が、廊下を走る透と柳に声をかけた。
 彼の名は宝堂晃。ミス研の中で、常に話題の発信源となっている人物だ。その持ち込んでくる情報の量の多さ、種類の多彩さは、何処から仕入れてくるのかと透に言わせるくらいである。
「悪い、タクシー捕まえたら渋滞に捕まった」
「この時間に駅前でタクシー捕まえるのが間違ってるのよ」
 荒い息で答える透に声をかける、金髪碧眼でいて東洋系の顔立ちの、「女の子」と言う形容がまだしっくり来る、彼女は名を八十峰杏。ボケ役の多いミス研で、晃と並ぶ数少ないツッコミ役である。生まれつき色素欠乏なので、西洋人のような成形色をしている。
「仕方無いだろ、透があれよあれよと言う間にタクシー捕まえて乗っちまったんだから」
 柳の息は、弾む程度である。やはり、学院内一の俊足は伊達では無いらしい。
「お前は走った方が速いだろうけどな、俺はお前ほど体力があるわけでも、走力があるわけでもないんだよ」
 恨めしげに答える透。
 桐之宮学院は、駅前からバスで20分ほどの所にある。
 珠ヶ崎ビルは駅の北側にあり、学院のキャンパスは南側だ。そのため、透と柳がいた場所からタクシーを使っても30分ほどかかってしまう。さらに渋滞に捕まったのだから、45分で着いたのは早い方と言えた。
「で、鍵は?」
「ほれ、この通り」
 そう訊く晃に、透は鍵を見せた。 
 カードキーが普及しているこのご時世に、桐之宮ではディンプルキーを使用している。それも、指圧と人間固有の「波動」―人が日常「気配」と形容しているものだ―を鍵が判断し、本人を認証するように改良されているもので、魔法があるからこそ成せる業である。透は先程述べたような使い方をしているので、常にこの鍵を持ち歩いていた。
「で、何のために集めたんだ?」
「今日はサークルの活動じゃなくて、お茶だろ?カズ、メール見なかったのか?」
「柳からメールが来る時はサークル関係の事以外ないから、来たらすぐここに来るようにしてるんだ」
 カズと呼ばれた彼は、名を斎条和人。このサークルに入ってからも柳や透との付き合いがあまり無かったのだが、とある事件がきっかけでそれが一変し、一緒にいる時間が増えたと言う経緯をもつ。
「荒垣の場合、いつもの連絡は口伝てか電話だしね」
 そんな事を言う高梨霧香は、サークルの中で一二を争う凶暴さを持っている。ちなみに一番は柳だ。
「文面、見てないのか」
「うん」
「……一応、ちゃんと打ってるんだけどな。文面無い時は意図的だし」
「でも肝心な所は書かないだろいつも」
「そりゃあ、全部書いたら招集かける意味がなくなるからな」
 柳は、重要な情報は口で伝えるべきだと思っている。伝わったかどうかをちゃんと確認したいからなのだそうだ。どうしても会えない事が分かっている場合は、少し前に手紙を出す。時代に反してないかと和人が訊いた時、柳はこう答えた。
「文字の羅列で遣り取りするのは大まかなところだけでいいんだよ。文字の羅列だけで理解できる事には限界があるし、何よりオレたちの活動の性格上、話すより見た方が速い事も多いしな」
 この言葉を聞いた時、和人は柳の事を「古い人間だ」と、そう思った。
「ほら、早く入って」
 研究室の扉の方から声がする。見ると、中から杏が手招きしていた。
 こんな話をしている間に、透は既に鍵を開けてしまったらしい。
 柳と和人は顔を見合わせてちょっと笑うと、研究室の扉をくぐった。


 透の研究室に初めて入った人は、口を揃えて「ここは図書室じゃないのか」と言う。 
 それは、透の持つ本の多さと種類の多彩さがなせる業であり、その蔵書量は学院内でも「第二のアーカイブズルーム」と形容されるほどだ。加えて透は本を大きさで揃えて本棚に入れる性質のため、ぱっと見るとジャンルがばらばらだ。コーランの隣にイスラム教批判の本が入っていたりもする。
 そんな本棚の林を抜けると、透が普段使っている机にたどり着く。
「今日は透が福引でとらやの羊羹を当てたので、皆に分けようと思う」
「珍しいわね。荒垣くんがそんな事を言い出すなんて」
「仕方無いんだよ、八十峰。状況が状況だから。オレだって断腸の思いさ」
「大げさね……」
「賞味期限が明後日に迫ってるんだ。加えて透がもらったのは一番大きいやつで、二日間で全部食べるのはオレでも無理だよ」
「そんな事言って、わたしが土産に持って来た芋きんつば一日で空にしたの誰でしたっけ?」
「……それもオレだがな。さすがにここまで甘いものを芋きんつばと同じスピードでは食えないよ」

―ばちっ!!!

「うをっ!?」
 突然響いた衝撃音に、柳はびくっと反応した。
 音源の方向を見ると、透が電気ポットに手を当てていた。そのプラグはコンセントに繋がっていない。
「あ、ごめん。音が出ちゃった」
「その音ばかりは何時聞いてもダメだな……お前が発明した魔法だから、その音とは生涯の付き合いになるのに」
 魔法は、この世界では「不可能を直接可能にする技術」と定義される。科学のように物を作って対応するのではなく、自らの力のみで「不可能」を「可能」へと変えるのだ。そのため、修練さえ積めば誰にでも使うことが可能であるし、思いつく事さえ出来れば魔法は自らの手で作ることも可能なのである。ただ、その大変さは一人で世界を作り上げるそれと大差が無い(であろうと目されている)ため、誰にでも作れる、と言うものではない。
 そして透は、それを二十一歳と言う今までに例を見ない若さでそれを成し遂げていた。後の世で「電属性魔法」として扱われるようになる魔法の原型を、一から作り上げたのである。
 魔法は、この世界では「不可能を直接可能にする技術」と定義される。科学のように物を作って対応するのではなく、自らの力のみで「不可能」を「可能」へと変えるのだ。そのため、修練さえ積めば誰にでも使うことが可能であるし、思いつく事さえ出来れば魔法は自らの手で作ることも可能なのである。ただ、その大変さは一人で世界を作り上げるそれと大差が無い(であろうと目されている)ため、誰にでも作れる、と言うものではない。
 そして透は、それを二十一歳と言う今までに例を見ない若さでそれを成し遂げていた。後の世で「電属性魔法」として扱われるようになる魔法の原型を、一から作り上げたのである。
 「即席発電機(インスタント・ボルテックス)」と称されるそれは、「電気」に「万能」を与える魔法で、電気の性質を自在に変化させる事を可能とする。痺れない電気を作ることもできるし、空気抵抗を受けない電気を作る事もこの魔法があれば可能だった。
「作った当人が使いこなせていないとも言うんだけどな」
「気にするなって。誰にだって失敗ってモノはあるんだからさ」
 そしてこれにより、世界からブレーカーが消えた。この魔法によって、電気の制御方法が確立されたからだ。透から技術供与を受けたアルツ社が、それを科学にも転用しうるものに変換したと言う事も関係しているのだが、この若さで世界を変革する技術を編み出したと言う、その事実が世界に与えた影響は大きかった。その日配られた号外に、大きく

『Appearance Of Custom Breaker』(『旧き因習を破る者』現る)

と書かれるほどだ。
 さらに、これのおかげでヒツルギの名は世界的にも有名になった。世界を変革したのだから、まあそれも当然ではあろうか。
 しかし。
「暇と引き換えに得たものとしては、これでも少なすぎるくらいだけどな」
 このテの話になった時の最近の透の口癖だ。その言葉通り、透自身はその事実を良く思っていない。それどころか、「暇を無くす最大の要素」として捉えてしまっている。発明を開始した直接の要因は単位がゼロになる事を防ぐ事だったので、ここまで世界に衝撃を与えるとは予期していなかったし、そうする気も無かった。何よりこの魔法の完成によってできるはずであった暇が、世界的に有名になった事による副作用―主として世界のあちこちからお声がかかる事―によって相殺されてしまっている事が嫌だった。透には「何もしない時間がある事は何よりも大切な事だ」と言う持論があるし、できればぐうたら暮らしていたいと言う願望も持っていたから、その目標を達成するべく完成させたはずの魔法が逆にその目標から自分を遠ざけていると言う事は、彼にとって我慢ならないのだ。


 煎茶か玄米茶かでひとしきりもめた後、多数決で煎茶に決まった。
 杏が淹れている間に、晃が愛用のストライダー(軍用ナイフである)で羊羹を切る。その捌きの巧みさはとても二十一歳の一般人が持つものとは思えない。
 そして、今日も晃から話が始まった。
「氷剣」
「あん?」
「宝具とは何ぞや?」
「……どうしたんだ、そんな事いきなり」
 茶をすする手を止める透。柳もその言葉に反応して羊羹を食べる手を止めた。
「いやな、魔法使いの中には宝具探して世界中を旅する奴もいるって聞いたんだ」
「そうか…」
 そう言って少し考えてから、答える。
「簡単に言うと、天然の武器だな。この世に出来した時から武器として存在している物品。これを、俺たちは『神霊兵装』と呼ぶんだ」
「神霊兵装?」
 和人から羊羹を奪おうとしている霧香を止めながら、杏が三人に顔を向けた。
「宝具って言うのは俗称でね、正式には神霊兵装と言うんだ。その起源は、ラグナロクにまで遡る。ラグナロクは、魔法と科学の戦争であるとともに、この世界と平行世界の衝突と言う事件だったって言うのは、先週話したよな?霧香」
 さりげなく話を振り、霧香を止める。霧香はその手を止め、透に応えた。
「確か科学と魔法の戦争によって人間の感情が作り出した混沌が、侵入してきた平行世界を押し潰しちゃったって話だっけ?で、世界の崩壊から逃れる為にこちら側に逃げてきた人間達を、異世界からの『侵略者』と勘違いして皆殺しにしたってやつ」
 その言葉に、透はそうそう、と頷く。
「人の感情って、本当に怖いよね。あの話で実感したよ」
「神霊兵装の出現には、それが密接に関係しているんだ。その時に潰したのは世界と言う『器』だけで、それに入っていた概念と言う『中身』は、溶け合って漂う形でこの世界に残った。そして、その中の『あちら側の人間が持っていた、つまり世界と繋がっていた部分』が、『こちら側で人間が世界と繋がっている部分』―階層の位置付け的には阿頼耶識だな。厳密にはもうちょっと下なんだけど、イメージはアレが一番近い―に記憶と言う形で蓄積されていた幻想の情報を元に実体となった物が、神霊兵装なんだ」
「要するに、あちら側で武器として使われてて、且つ阿頼耶識に存在していたイメージが、ラグナロクによって一度概念に変わり、そこからこちら側の阿頼耶識によって実体に戻ったもの、って事かしら?」
 と、杏。彼女はこう言う所が鋭い。
「そうそう。まあ、さっきみたいに言うと難しくなるから、生命の誕生と同じようなプロセスで出来する武器、と考えてくれてもいい。俺たち生物はDNAに記録された情報を元に生まれてくるだろ?それと同じで、神霊兵装は阿頼耶識―以後、便宜上阿頼耶識と言う表現を使うよ―に記録された情報を元に生まれてくるんだ」
「ふーん……」
 晃はそう言って、羊羹を口に運んだ。
「自分で訊いといてそういう反応かよ。…まあ、いつもの事だが」
 茶をすすり、透は話を続ける。
「神霊兵装は、普通の武器と成立の仕方そのものが違うから、それらとは様々な違いを持っているんだ。まず、構成情報が阿頼耶識にもとあったモノだから、材質が分からない。正しくは、分かる必要が無い」
「必要が無いって……なんでさ?」
「初めから『武器』だからだろ?」
 晃の問いに、柳が答える。
「オレたちが普段目にしている武器って言うのは、何かを元にしてできるだろ?例えば…」
 机の上においてあったナイフを取り、羊羹を切りながら続ける。
「あ、荒垣、あたしの分もお願い」
「はいはい。…このナイフだって、元は金属の塊だ。それを鍛ってこのような形にしてる。言い方を変えれば、『ナイフの形をした金属の塊』になるわけだ。でも、神霊兵装ってのは初めから『武器』だから、材質なんて関係ない……って事だよな?」
 透に目を向ける柳。透は頷く。
「ご名答。持った時の感触でそれが何で出来ているか予想する事も出来るけど、それは明確な正答にはならないんだ。そしてそう言う性質があるから、持ち主は自分の意思で兵装を実体から幻想に変えて力を封じ、また実体に戻して力を解放するという事が出来るんだ。基本的に物理法則に抵触しない。と言うか、出来ないんだよね」
「じゃあ、強度はどうやって決まるんだ?」
「概念そのものの強度だよ。言い方を変えると、『知名度』の高さだ。有名であればあるほどそれは高くなる。『折れる事がある』とか、『壊れる事がある』って言う情報が阿頼耶識にない限り、神霊兵装は基本的に破損しない。兵装同士がかち合った場合はまた別の話になるんだけどね」
「そんな性質持ってるの、あるのか?」
「あるよ。例えば十握剣は草薙剣とかち合って刃が欠けているし、グラムだってグングニルに砕かれているし…」
「待て。それって、神話に出てきた武器だよな?」
「そうだよ」
「まさか神霊兵装って……」
「うん。形も性質も、神話に出てきたものと全く同じだよ。ただ、神話に登場する兵装には総じて製作者がいるけど、こちらにはそれがいない事になっているから、厳密には微妙に異なるんだけどね」
「実在するって事か……」
 腕組みする晃。どうやってそれを手に入れようかと考えているようにも見える。
「一応確認はしてるよ。ゲイボルグなら柳も見ているし、ミョルニルは所持者を知ってるし…な?」
 羊羹を一心不乱に食べている柳にいきなり話を振った。
「んぐっ!!」
 当然、こうなる。
 柳は慌てて茶を一気に飲み、その熱さに悶え苦しみながらなんとか飲み下した。
「ふぅ……いきなり話振るなよ。あちちち…」
「さっき俺の代わりに答えてくれたから、てっきり話に関わってるものかと思ってた」
「……すまん」
「で?何で魔法使いはそれを探し求めたりするんだ?」
 晃が先を促す。
「『幻想』と言うモノが何なのか知りたいからだよ。それに、身を守るのにも便利だと言うのもある」
 夜は人外も跋扈するし、襲われる事もないわけではないからね、と透は話を締めた。


「なあ、ラグナロク関連の話って、意図的に隠されてるのか?」
 また、晃が訊く。
「いや、そう言うわけじゃないよ。一応アーカイブズルームに行けば、全資料の写しがある。けど……」
 透は、一度そこで言葉を切る。
「けど?」
「お前らが読んでもちんぷんかんぷんだと思うぞ」
「なんで?お前の話、おれ分かったぞ?」
「そりゃあお前。俺がお前にも分かるように纏めなおして話してるんだから、当然だろう。魔法が息を吹き返してからラグナロクを経た少し後まで―およそ30年の間に、魔法使い達は今まで使われずに荒廃していた魔法の体制を一から作り直しているんだ。そう言う人間が書いた資料だぞ。理解するには、魔法を発明できるくらいにならないと―最低でも俺ぐらいのレベルがないと無理だ。フランス語で書いてあるから読みにくいこともあるけど」
 ラグナロクのあおりを食ってアメリカが消滅した事もあってか、今は英語に世界共通語としての役割はない。そのため、皆書物を書きたい言語で書いてしまうのだ。
「それじゃ、俺も大丈夫だね」
「あん?」
 和人が口を挟む。
「だって、おまえ単位ゼロじゃん」
 透は今まで取れた単位が一つもなかったのだが、魔法の発明によって取る必要がなくなったので、今でも一つも取っていないのだ。
「あ。んな事言っちまっていいのか?」
 と、晃が目を光らせた。
「氷剣、発明の報酬はどのぐらいになってる?」
「……日本円に直すと兆単位だな」
「斎条、お前の年間の稼ぎは?」
「どう頑張っても万単位が限界だ」
「ほらな。段違い平行棒じゃねぇか。違いが分かる男のゴールドブレンド」
「女でも分かるわよ」
 杏がすかさず切り返す。
「緑茶片手に言う台詞じゃないな」
 透が追い討ちをかける。
 晃は、あっさりと撃沈してしまった。


 ※ ※ ※


<3 ティータイムU>

 時計の針が五時を回り、徐々に街の客層が変わり始める。
 街灯もちらほらと点き始めた大通りを、透と柳は歩く。
「さて……情報収集、始めるか…」
 気だるそうに言う透。
「もう始めるのか?アレが来るの、明後日だろ?」
 ちょっと驚いた様子の柳。
 二人の歩調は、示し合わせたわけでもないのにぴったりだった。
「俺には仕事があるから、暇なうちにやっとかないと」
「ったく、お前は何時寝てるんだ?ホントに」
 頭を掻きながら言う柳に、透は笑って答えた。
「少なくとも、お前の知らないところでだな。とりあえず、いつもの所に行くぞ」
「はいよ」
 学院のキャンパスから歩いて五分ほどの所に、大通りに面した看板のない小さな喫茶店がある。『エスタミネ』―フランス語で『小さな店』と言う意味の名を冠したその店は、看板が出ていないにもかかわらず人気が高い。透は、ここをいつも利用している為、これで通じるのだった。


 白い肌。ヘイズルの目。そしてウェーブする、群青色の髪。
 端整な顔立ちからは、どこか神秘的な印象を受ける。
 完成された顔の為か、ひどい遠視ゆえにかけている眼鏡が顔に合っていないような感じさえ受ける。

―からんからんからん…

 扉が開く音。
 顔をそちらに向けると、見知った顔がいた。
 氷剣透と、荒垣柳だ。
「ちわー」
「うっす」
「こんにちは。カウンターの前は……空いてますね。座っちゃって下さい」
「ありがとう、エルス。樹さん、今大丈夫か?」
 そう言う透に、エルス・ガンティックは他の客に目を向けつつ、
「注文は皆済ませましたから。ちょっと人が多いですけど、話は出来ますよ」
そう答えた。

 
 少々狭い店内は、窓が小さく作られている事もあって少し暗い。
 なんでも、都会の空気から隔離する事を志向したのだとか。
 透は初めて入った時、教会みたいだ、と思った。それは何度入っても変わらず、今もそんな感覚がある。

―ここが教会なら、カウンターは神を崇める祭壇。

 さしずめ自分は、敬虔なクリスチャンと言ったところか。
 (俺は無宗教のはずだったんだがな……はは、随分変わっちまったもんだ……)
「何笑ってるんだい?透君」
「いや、ここが教会だったらって考えてたら、ちょっと可笑しく思えて…」
「祈りの対象にされるほど、僕は万能じゃないよ」
 そう答えるは、神楽樹。
 この店は、昼はカフェ、夜はバーと言う、少々特異な営業形態を取っている。そんなわけで、彼も昼はバリスタ、夜はマスターと言う二つの肩書きを持っていた。
「くどいようだけど、アンタホントに卜部兼好じゃないんだな?」
「だから違うって。疑り深いんだな、柳君は」
 この店を始める前は遁世者だったそうなのだが、外見はどう見ても二十代後半。常連には、いつも歳を疑われている。
「この前高梨に『目が覚めるまで勉強しろ』ってコーヒー出しながら言ったそうじゃないか」
「他にも客がいっぱいいるのに堂々とおごるのはまずいでしょうが」
「そのぐらいばれないようにやれるだろ、神楽さんならさ」
「はは、そうそう人に『アレ』を見せるわけにはいかないよ。……今日は何にする?」
「うーん……さっき飲んで来たからなあ…いいや、いつもので。柳は?」
「オレはブラック…かな」
「いきなり冒険かよ」


 コーヒーカップを片手に、透が口を開いた。
「……樹さん」
「なんだい?」
「明後日来日する劇団の事について、何か知らないか?客が話してたのを聞いた程度でもいいんだ」
「……うーん…分からないな。でも、何故?」
「ちょっとそう言う方面で、依頼を受けたんだ」
 コーヒーの苦さに顔をしかめている柳を横目に、透は話し始めた。

『…ブロードウェイって、アメリカにあったものなんじゃないのか?』
『ロンドンがあの辺りの機能を引き継いだんだ。魔法があるからね、過去の情報をこちらまで転送するのは容易い。……雨が多いので、客足は以前ほどではないらしいが』
『そう、か…。で?『けど…』って、何か問題でもあるのか?』
『その劇団の脚本を担当しているカミーリアと言う女性がいるんだが、これが少々訳ありだという噂を聞いた。そこで、彼女の素性を少し調べてみたんだ…』

「……それで、何も分からなかったんだね?」
 樹が言う。
 世界的に有名になった人間のはずなのに、『何も分からない』と言うのもおかしいし、もしそうでないにしても家族構成や住所と言った最低限の情報すら無いと言うのは普通に考えればあり得ない事だ。
 透は頷く。
「ああ。しかも怪しいのはそれだけじゃないんだ」

『…彼女の属する劇団が興行をした場所で、謎の傷害事件が起こっている。しかも、日にちを調べると、興行期間と全て重なる』
『偶然は十も二十も続かない、と言った所か……』
『しかも、対象が全て人外なんだよ』
『なるほどね……そこから考え得る答えは一つ、と見ているわけか』

「……『ラグナロクの生き残り』、だね?」
 ラグナロクで異世界から『亡命』してきた人間達は、全て殺された事になっている。しかし、押し潰した世界が魔法や幻想と言った概念を持つ世界だったことが魔法使い達の研究で明らかになってから、魔法使い達はその生き残りがいるのではないかと考えるようになっていた。

―魔法使いが、そう簡単に殺されるわけが無い。

 そして生き残りの捜索が始まったのだが、確たる情報や証拠は依然としてあがっていなかった。
 ちなみに、捜して見つけ出す事以外に目的は無い。
「そう言う事だ。で、そいつを見つけて事情を聞き、その結果によってはガツンと一発喰らわせて欲しいと依頼された」
「そうか……悪いね、僕も西洋の芸術に関しては疎いから、いつもみたいに情報を提供する事はかなわない。何か手に入り次第教える事は約束するよ」
「ありがとう。……エルス、さっきから何考え込んでるんだ?」
 見ると、エルスは腕組みをして何事か考え込んでいた。
「いや、カミーリアって言う名前を、どこかで聞いたんですよ……どこだったかな……」
 暫し考え込んだ後、諦めたように顔を上げ、
「ダメですね。ちょっと今は思い出せない」
 言った。
「まあ、人捜し始めるのは明後日からだから。そんなに急がなくても大丈夫だよ」
「暇な時にでも調べてみますね。……柳さん、いい加減に砂糖入れたらどうですか?」
 エルスの丁度真正面で、柳はブラックコーヒーと未だに格闘していた。


 ※ ※ ※


<4 リハーサル>

-It's showtime.

 ……ここをちょっと削って……

-No rhymes No stories.

 ……ここに書き足して……

-No actors No actresses.

 ……うーん、展開に張りが足りないなぁ……

-But it's very amusing.

 ……これはそのままでいいか……

-They're Natural Performer!

 ……あ、これはダメだ。消しとかないと……

-Cartain rises soon minutes' later.

 ……さて、もう一度見直して……

-I believe you have a good time.

 ……よし、これで完成!

-There's big white campus.


-I'll drow a ……


 ※ ※ ※


<5 夜へようこそ>
 
 最近は、夜でも明るい。
 別にそれ自体に不満はないし、安全だろう、とは思う。
 けど、その明るさには「熱さ」が無い。
 まるで今の人付き合いを象徴しているようで、なんとなく嫌になる。

―メトロポリスを跋扈する、機械仕掛けの百鬼夜行。

 これだけ遠いと、車のヘッドライトも不気味に明滅する二つの眼に見えて、そんな幻像すら浮かび上がらせてくれるように思える。
 ……別に、ありがたくもなんともない。
 実家にいた時に幾度となく見た「本物」の方が暖かみもあったし、何より半端じゃなく怖かった。
 それに比べれば、生気の無い不気味なだけの夜の街なんて全然だ。

―ふぁさ

「こんばんは、ヒツルギさん」
 ……まあ、俺がこれからこの街に、生気を吹き込んでやるんだが。


 時刻、21時13分。
 日ヶ谷駅前は、珠ヶ崎ビル屋上。
 透は、そこから街を見下ろしていた。
「今日は満月ですね」
「ああ、一番大変な日になる。…ったく、この仕事には休みが無いから辛いよ」
「『わたし達』にも、そんなものはありませんから」
「まあ、な」
 傍らには、女性が一人。
 外見はどこにでもいる(であろう)女性のそれだ。

―ただ一点、背にある一対の翼を除いては。

 彼女は、名をカデンツァと言う。
 外見こそ若そうだが、齢はとうに600になる列記とした吸血鬼だ。
「あ、そうそう。ヒツルギさん、姉さんの行方知りませんか?」
「アリア、か?今日は見てないが」
 訊くと、朝からいないのだと言う。
「ま、あいつの事だ…また何か探してうろついてるんだろ。見つけたらふんじばってお前の所まで連行」
「しなくていいです!」

2005/04/24(Sun)10:17:52 公開 / ラフィール
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■作者からのメッセージ
皆様はじめまして、ラフィールと言う者です。
こちらには初投稿になります。
以後、よろしくお願いいたします。

会話の件に関して>
忌憚なき意見、ありがとうございます。
まあ、こんな事を出来るレベルではないでしょう。それは自覚しています。だからこそ、こう言う形で挑戦してレベルを上げようかななんて野望を持ってたりするんですが……そんな事言ってられませんかそうですか(泣)


引き続き感想、お待ちしております。
(内容に関する感想があまりないのがちょっと悲しい……)

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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