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『風乗り少年 一章〜五章』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:Blaze
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第一章 「覚醒」
「小松君、私と付き合ってください!」
一ノ瀬千夜。僕と同じクラスの女の子。
彼女に呼び出された僕は突然のことでかなりびっくりした。
しかも今こんなお願いをされてさらにびっくりした。
なんでいきなり僕なんだろう。
僕はそんなにモテるタイプじゃないんだけどな。
でも、実際かなりうれしい。
だって彼女はかなりかわいいから。
大きくて可愛い目、白くて綺麗な肌、さらっとした黒い髪の毛。
こんなに黒髪の似合う女の子はいないと思う。
「小松君、聞いてる?」
彼女は可愛い目を大きく開いて僕に言った。
「え、あ、うん」
「私じゃ…だめ?」
「ううん、お願い…します」
「ほんと?やったぁ!」
彼女はうれしそうだ。その笑顔、すっごく可愛かった。
―数日後、僕は彼女と映画を見に行った。
生まれて初めてのデート。昨日はほとんど眠れなかった。
僕は待ち合わせの駅のベンチに座って彼女を待っていた。
僕なりに服は一番気に入ってるやつを着てきた。
首元までチャックが付いてる黒のシャツの上にデニムジャケット。
ズボンは黒のジーンズ。完璧だ。
「雄一君!待ったぁ?」
彼女が来た。見上げるといつもの笑顔。
「ううん、今きたとこ」
本当は十分ほど待ったけどね。
「そっか、よかった」
彼女の今日の服はとてもシンプルだった。
今時の高校生の私服ってカンジじゃなかった。
クリーム色のタートルネックに花模様の長めのスカート。
見た感想は「綺麗」の一言。
「どうしたの?」
ボーっと彼女の姿を見ていた僕に彼女は尋ねた。
「その服、すごく似合ってる」
「ありがとう!」
彼女はにこっと笑った。やべっ、くらっときちゃうとこだった。
この子の笑顔は凶器(?)だよほんと。
しばらくして電車が駅に入ってきた。
「あっ、来たよ電車」
「う、うん」
僕たちは電車に乗った。
電車の中、彼女は周りの男の人からの視線を浴びていた。
しょうがないよなぁ、こんなかわいいんだから。
てゆうかおっさん見すぎだよ。
彼女の正面に座っている中年の男がずっと彼女を見てた。
電車を降りると彼女は僕に言った。
「急ごう、映画始まっちゃう」
「あれ、時間はまだ余裕あるけど」
「いいから!」
僕は彼女に手を引っ張られながら走った。彼女に初めて触れた。
そして映画館の近くまでやってきた。彼女は走るのをやめて歩き始めた。
「ねぇ、どうしたの?」
僕は彼女に尋ねた。
「ううん、なんでもない。ごめんね」
彼女は苦笑いしながら謝った。なんだろう?
意外にも映画はなかなかよかった。ラブコメものの映画。
僕はアクション映画とかが好きだったけど、彼女がこれが見たいというから仕方なかった。
「一ノ瀬さん、どうだった?」
僕は隣の席に座っている彼女に話しかけた。
「………」
感動しすぎて声が出ないのかな。
「一ノ瀬さん」
あれ?もしかして…。
「すぅ〜、すぅ〜」
…寝てるよ。
「ごめんね!私から誘ったのに…」
映画館を出ると、彼女は必死に謝ってきた。
「ううん、別にいいよ」
「お、怒ってる?」
「怒ってないって」
本当に怒ってない。いや、怒れない。彼女の寝顔が可愛かったから。
駅に向かって歩いていると、運悪く前に柄の悪い連中が現れた。
連中は僕達を見つけると近寄ってきて取り囲んだ。
「おーおー、可愛いじゃん」
連中の一人が一ノ瀬さんを見て言った。
あー、最悪。こんなタイミングでからまれるなんて。
「こんなチビといるより、俺達とカラオケでも行こーぜ」
チビだと?いや、たしかに小さめだけど…。
僕は勇気を出して彼女の前に出た。本当はすごく怖かったけど。
でもここでこうしないとかっこ悪いし…。
「なんだこいつ、やる気?」
「マジ?こいつ俺達とやる気なの?」
「アハハッ!笑える」
連中は僕を完全にバカにしてる。
「雄一君…」
一ノ瀬さんは心配そうな顔で言った。
「一ノ瀬さん、下がってて」
…とは言ったものの、これは勝てない。
身長が違いすぎるし、僕は力も無い。喧嘩もしたことない。
もうヤケだ。やるしかないよ。
――2分後。僕は地面に倒れていた。
体中が痛い、目眩がする。
それでも奴らは僕への攻撃をやめない。
僕の体を何度も蹴っている。
「もうやめて!」
彼女は泣いていた。でも奴らの耳には届いていない。
僕を痛めつけることに夢中になっている。
そして奴らの一人がそこにあった鉄パイプを拾って振り上げた。
「いやっ!」
彼女が叫んだ。
僕はどうなるんだろう。せっかくのデートなのに。
かっこ悪い…。
もし僕がここでやられたら彼女はどうなるんだ?
奴らに捕まって…嫌だ、想像したくない。
僕はここでやられちゃ駄目なんだ。
やられちゃ駄目なんだよ!!
…その瞬間。
「ガチャン!」
鉄パイプの落ちる鈍い音。
何が起きたんだ?
恐る恐る目を開けると、奴らの一人の腕が無かった。
断面からは大量の血が溢れ出していた。
「うわっ!うわああぁぁ!」
「どうした!?」
「俺の腕がぁ!!」
腕をなくした男は地面に崩れ落ちた。
連中はそいつを担いで僕を見て言った。
「なんだこいつ?何したんだ?」
「わからねぇよ」
「と、とりあえず病院に連れて行くぞ!」
連中は去っていった。
「いったい何が?」
僕は彼女に訊いた。彼女は呆然とした顔で言った。
「…風」
「風?」
「風が吹いてそれから…」
言ってる意味がわからない。
「一ノ瀬さん?」
「雄一君!」
彼女は僕に抱きついた。
甘い香りがした。すごくいい香り。
僕は彼女に抱きつかれたまま、しばらくそこにいた。
―帰り道、電車を降りた僕たちの前に中年の男が現れた。
行きの電車の中でずっと彼女を見ていた男。
その男はこう言った。
「変風の力」
何言ってんだ、この人?
「ヘンプウ?」
「風を自由に変える力」
「何言ってるんですか?」
僕は意味不明な事を言っている男に言った。
「お前は風を自由に変える力を持っている」
「はぁ?」
「さっき、男の腕を斬ったのはお前が変えた風の刃」
「見てたんですか!?」
男はそう言って姿を消した。わけがわからない。
「雄一君、あの人が言ってたこと、本当だと思う」
一ノ瀬さんが呟いた。
「どうして?」
「私もね同じような力持ってるの」
彼女は僕の目をまっすぐに見て言った。
「え!?」
そして彼女は手をパンと叩いた。
その瞬間…辺りが赤く燃え上がった。
僕は夢を見ているようだった。
心地よい暖かさの中で僕の意識は途切れた。
第二章 「神龍会」
変風の力。見知らぬ男は僕にこう言った。未だによくわからない。そんなよくわからない物を自分がもってるなんて突然言われても信じられるはずがない。そういえば僕は今どこにいるんだろう?一ノ瀬さんと映画を見に行って、その帰りに不良にからまれて、それから中年の男に妙なことを言われて…。
僕は目を開けた。眩しい光を感じた。でもなぜか懐かしい光。僕の上には空が広がっていた。雲ひとつ無いさわやかな空が。辺りを見回すと風力発電のプロペラが立っていた。この場所には覚えがある。
小さい頃の春の日、僕は3年前に亡くなったおじいちゃんに面白いものを見せてやると言われて赤い自転車の後ろについている子供用シートに乗ってここにやって来た。大きかったおじいちゃんの背中、懐かしい口笛。僕はあの日を思い出した。
思い出のこの場所で僕はただ風を感じていた。そのうちに僕の体は風に飲み込まれた。僕の体は紙のように飛ばされ、大空に舞い上がった。すごい景色だった。プロペラの向こうには青い海が見えた。そして、海岸にはおじいちゃんの赤い自転車があった。まるで天国にでもいるみたいだった。
気が付くと、僕は自分の部屋のベッドにいた。夢を見ていたようだ。時計を見るともう起きなくちゃいけない時間だった。僕は着替えて学校に向かった。今日は暖かかった。この暖かさは僕にあの時の光景を思い出させた。
一ノ瀬さんが手を叩いたと同時に燃え上がった、あの時の光景を。一ノ瀬さん、学校来てるかな。それにしても僕はあの後、どうやって家に帰ったんだ?一ノ瀬さんに聞いてみることにしよう。僕は地面を蹴って走った。
教室に入ると、一ノ瀬さんはいた。自分の席でぼーっと窓の外を見ていた。彼女の髪は窓から入ってくる風になびいて綺麗だった。僕は鞄を下ろして彼女に近寄った。
「一ノ瀬さん!」
「あ、雄一君、おはよう」
「うん…おはよう」
僕は訊いてみた。
「昨日のあの後、僕は…」
「えっと、あのことは放課後に話しましょ」
彼女は辺りを気にしながら言った。確かにあんな話をここでするのはまずいと思った。放課後にゆっくり訊くことにした。
でも僕は一日中そのことばかり考えていた。風を変える力、一ノ瀬さんが持っている力、中年の男、そしてあれから家に帰るまでの記憶の穴。今までに経験したことのないような不思議なことばかり起きて、僕は混乱していた。もちろん授業を聞く余裕なんてない。
「小松君、次、読んで」
「………」
「小松君?」
「え?あ!はい」
クラス中からクスクスと笑い声が聞こえた。顔が熱くなった。
そして放課になった。僕は一ノ瀬さんと一緒に屋上に上がった。屋上は自由に入れるようになっていて屋上には安全のための高いフェンスが立っている。僕たちは屋上の奥に行ってベンチに座った。
そして僕は思い切って訊いた。
「僕はあれからどうなったの?」
「え?覚えてないの?」
彼女はあれからのことを話してくれた。僕はあの後…風に乗って帰ったらしい。冗談だと思った。そんなことが起きるわけないからだ。でも彼女の顔は真剣そのものだった。僕はさらにもう一つ、質問した。
「一ノ瀬さんにも同じような力があるって言ってたよね?」
「…そうなの、物体を発火させる力、発火の力」
こんな話をされて馬鹿げていると思わない人はいないだろう。でも彼女の顔は冗談を言っているように思えなかった。
「いつから使えるようになったの?その力は?」
僕はまた質問した。
「昔、私が野良犬に襲われそうになったとき、その犬が…」
彼女は暗い表情で話してくれた。
「私ね、その犬…殺しちゃったの」
ありえない。非現実すぎる話に僕は驚いた。でも、信じるしかない。昨日も非現実なことが次々に起きたからだ。確かに昨日、彼女は火を起こした。真っ赤に燃える温度を持った火を。
「雄一君、信じてくれるよね?」
「うん、実際あんなもの見たからね。でも、どうしてそんな力があるんだろう?」
「…わからない」
本人にもわからない不思議で恐ろしい力。そんな力を僕も持っている。不思議な感覚だった。
僕は最後に訊いた。
「昨日のおっさんは誰?」
昨日、僕に力を持っていることを告げたあの男について聞いた。彼女は彼を知っているようだった。
「あの人はね、神龍会の副会長のライさん」
神龍会。よくわからない組織の名前が出てきた。ヤクザか?それに、ライなんて名前珍しいな。
「神龍会っていうのはね、こういう力を持った人達の集団なの。彼らはこの力を悪用して人を殺すの」
もうここまできたら彼女の話を信じるしかない。僕は黙って彼女の話を聞いていた。
「彼らは力を持った人をスカウトして会員にしたがるの。私もスカウトされた。でも人を殺すなんて…私にはできるはずがない。昔、犬を殺しちゃったとき、私は生き物を殺める辛さを知った。こんな恐ろしい力を持ってる自分に嫌気が差したりもした」
彼女は辛そうだった。でも自分の気持ちを僕に一生懸命話してくれた。
「でも、私はこの力に背を向けるつもりはないの。具体的には言えないけど、人のために使いたい」
強い子だと思った。自分の使命を悟っているかのような強い眼差しは本物だった。
「一ノ瀬さん、すごいね」
「え?」
「僕もこの力、人のために使いたい。一ノ瀬さんを見習うよ」
「ありがとう、雄一君。…それとお願いがあるの」
「何?」
「私のことは千夜って呼んで。私たち付き合ってるんだよ?苗字で呼ぶなんて変じゃない?」
「うん…そうだね」
「じゃ、これからもよろしくね雄一君」
「こちらこそよろしく…千夜」
「ふふっ、そうそう」
少し恥ずかしかったけど、千夜ともっと親しくなれた気がした。
――青い空、雲ひとつ無い空。僕はまたあの場所にいた。
暖かく優しい風は絶えず吹き続けている。白いプロペラは緩やかに回り、今日も働いていた。 僕は空に舞い上がった。春風は僕を持ち上げ、空に連れて行ってくれた。
そして青い海が見えた。海岸にはおじいちゃんの赤い自転車。おじいちゃん、いるのかな。小さい頃、僕のおじいちゃんはいつも僕をいろんな所へ連れて行ってくれた。
僕は大きくて暖かいおじいちゃんの背中と、陽気な口笛が大好きだった。
朝、今日も暖かい朝だった。僕はまたあの夢を見た。ずっと覚めて欲しくなくなるような優しい夢。僕は着替えて一階に下りた。
「おはよう」
母さんに挨拶して僕はテーブルの上に用意されたパンを食べた。
「雄一、今日は母さん遅くなるから夕飯は外で食べて」
「わかった」
母さんは最近残業で忙しいらしい。ちなみに父さんは輸送船で仕事をしててほとんど家にいない。僕はパンを食べ終わると歯を磨いて家を出た。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「あ!」
家の前に一ノ瀬さん…じゃない、千夜がいた。
「おはよっ!雄一君」
千夜は元気いっぱい僕に挨拶した。
「おはよう、千夜」
僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女はうれしそうに微笑んだ。僕はこの笑顔が大好きだ。
学校に着くとクラスの男子がびっくりした顔をしてた。
「あの、小松が…一ノ瀬さんと…」
完全に嫉妬の対象になっていたようだ。でも正直、得意げだった。そんな僕は嫌な性格かもしれない。でもなんでこんな可愛い子が僕なんかに…。
「何?」
僕は千夜の顔をずっと見ていた。
「え、いや、千夜ってかわいいなぁ…なんて」
「そ、そんなこと…」
千夜の顔が真っ赤になった。
「雄一君だって、かっこいいよ」
「いや、そんなことは」
痛かった。クラス中からの視線が、僕達に刺さって痛かった。
放課後、僕は千夜を誘って屋上に行くことにした。
「千夜、屋上行こ」
僕は教室にいた千夜に言った。
「あ、ちょっと待って。今ジュース買いに行くとこだったの」
千夜は財布を右手に持っていた。彼女の財布はシンプルな白い財布。クラスの女子はみんな高そうなブランドの財布なのに千夜の財布はごく普通だった。でも僕は彼女のそういう飾り過ぎないところがいいと思った。
「雄一君も何か飲む?」
「え?僕はいいよ」
「そっか、遠慮しなくていいのに」
彼女は甘そうなオレンジジュースを買った。やっぱ女の子って甘いものが好きなんだな。
「じゃ、いこっか」
「うん」
彼女はジュースを片手に階段を上っていった。
屋上には女の子が一人、ベンチに座っていた。栗色のロングヘアの大人っぽい雰囲気の女の子だった。体はすらっと細くて…あ、目が合ってしまった。彼女は僕の顔を真っ直ぐ見て言った。
「小松雄一君?」
「…うん、そうだけど」
彼女は僕の名前を知っていた。でも、面識はないはずだ。
「私は神龍会の会員、コードはミズキ。ミズキって呼んで」
突然のことでかなり驚いた。彼女が「力」を持った人達の集団、神龍会の会員!?こんな身近にも神龍会がいたなんて。
「何の用?」
千夜がミズキを睨んで言った。
「別にあなたには興味ないの。小松君に用があるの」
千夜の表情は恐かった。こんな顔、見たことなかった。
「小松君、神龍会に入会して欲しいの」
スカウトだ。おそらく僕の力を見た副会長のライって人が彼女に知らせたんだ。
「入らない」
僕はきっぱりと断った。
「副会長から聞いたわ。あなたにも力があるらしいわね。ギャラはたくさん出るけど、入らないの?」
「入らないよ」
僕は昨日、千夜に言った。この力を人のために使うと。だから神龍会には絶対入らない。
「どうして?」
ミズキは僕に問いかけた。
「人なんて殺したくないからね」
「そっか、神龍会のこと、そんな風に思ってるんだ」
ミズキは軽くため息をついて言った。
「神龍会が殺すのは、人じゃなくて悪人。悪い奴をやっつける正義の味方」
「悪い奴って?」
僕はミズキに訊いた。
「力を持ってる人よ」
「え!?」
力を持ってる人。僕も千夜もそしてミズキも持っているはず。
「神龍会に入らず、ただ危険な力を持っている人。それが私たちの敵。もちろんあなたも敵」
ミズキは千夜を見て言った。そうか、千夜もスカウトを断った。そんな千夜も彼らの敵。
「小松君、今なら間に合う。もう一度訊くわ。神龍会に入らない?」
千夜は僕の顔をじっと見ていた。でもその瞳には確信の光があるような気がした。
「…入らない!」
僕は言ってやった。千夜はうなずいた。
「そう…それがどういう意味かわかる?殺してくださいって言ってるのよ」
ミズキが両腕を広げると、辺りの空気がひんやりと冷たく湿ってきた。
第三章 「千夜の盾」
熱く湿った空気。屋上は蒸し風呂のようになっていた。すごい勢いで激しくうねりながら僕たちに襲いかかる大蛇のような水。それを蒸発させる超高温の炎の壁。この二つの激しいぶつかり合いの中、僕は千夜の後ろで呆然としていた。
「どうしたの?攻めてこないの?」
ミズキは僕達に言った。彼女が創り出す水の水圧が弱まることはない。鋭い動きの水は何度も何度も攻めてくる。
「雄一君、どうしよう…」
彼女は手拍子を叩きながら言った。彼女が手拍子を叩くたびにコンクリートから次々と炎が出てくる。マジックのようだった。
「………」
僕はそれどころじゃなかった。この非現実的な光景に圧倒されていた。日常では絶対に目にすることが出来ない光景。空気中から突然発生する液体。何もないコンクリートの地面から噴き出す炎。改めて見ても全てが奇妙だった。
「だめ…そろそろ限界」
気が付くと辺りは水浸しになっていた。濡れたコンクリートを発火させることはできないようだ。
「チェックメイトね」
ミズキは余裕の表情で言った。その瞬間、千夜の盾となっていた炎が消えた。その隙を突いてミズキの手の平から矢のように鋭くとがった水が音を立てながら飛んできた。
「千夜!」
僕は急いで彼女の前に出た。僕は自分の両手でそれを受け止めようとした。こんな物を受け止めたら僕の手はどうなってしまうんだろう。使い物にならなくなるかもしれない。吹っ飛んで無くなってしまうかもしれない。でも、僕の体は自然と千夜の盾になろうとした。
「バシャッ!」
…その時、僕の目の前で水の矢は消え、ミズキの体が紙のように宙を舞った。
「きゃあっ!」
そしてミズキの体は激しい勢いでフェンスにぶつかった。
…そうだった。忘れていた。僕も危険な力を持った者。
「雄一君、ありがとう」
千夜はほっとした顔で僕に言った。僕は彼女を守ることが出来た。こんな僕でも、ちゃんと恋人を守ったんだ。僕は誇らしさで胸がいっぱいになった。
「へぇ、それが変風の力なのね。ちょっと油断したわ」
しまった…まだ終わっていなかったんだ。僕は急いで彼女のほうを見た。でも彼女の姿が見当たらない。……その瞬間。
「ザバッ!!」
大量の水が僕達の頭の上から降ってきた。しばらく息が出来なかった。まるで水の中に潜っているかのような錯覚に陥った。
「…ハァ、ハァ」
水がひくと目の前にはびしょ濡れになった千夜がいた。ミズキはどこだ!?
「あ、あれ?」
ミズキの姿は無かった。僕達は二人、びしょ濡れのまま屋上に立っていた。夕日が眩しい。
「大丈夫?雄一君」
千夜が僕に言った。千夜の濡れた黒い髪は夕日に当たって輝いていた。心配そうな顔で僕を見つめる可愛い彼女の顔。神秘的で大きな瞳。改めて見た彼女はとても魅力的だった。
「千夜…」
無意識のうちに僕は彼女を抱きしめていた。湿った彼女の体はとても華奢で、ほのかに甘くていい香りがした。なんで女の子ってこんなにいい香りがするんだろう。
「くしゅん!」
突然くしゃみが出た。彼女は僕の顔を見て微笑んだ。いつもの笑顔。ずっとこの笑顔を見ていたいと思った。
突然現れた神龍会の会員、ミズキ。水のように澄んだ声で彼女は言った。
「そう…それがどういう意味かわかる?殺してくださいって言っているのよ」
僕は家の近くのラーメン屋で出されたラーメンをぼーっと見ながらずっとそのことを考えていた。僕はこれから命を狙われることになる…。今度襲われたら僕は生き残れるだろうか。千夜を守ることができるだろうか。それに、神龍会の目的がわからない。会員を増やして何をするつもりなんだ?
僕はずっと考えていた。これから二人の身に何が起こるかも知らずに…。
第四章 「炎と風」
私は一ノ瀬千夜。高校二年生。私は小さい頃から不思議な力を持っている。物体を発火させる「発火の力」。初めてこの力を知ったのは幼稚園児のとき。私は公園で遊んでいたとき、黒い野良犬に襲われた。その犬にいきなり腕に噛み付かれた私は泣き叫んだ。するとその犬は真っ赤に燃え上がり、吐き気をもよおす臭いを出しながら死んだ。それから私は自由に火を起こせるようになった。私の手拍子に従って地面から噴き出す炎。私は怖くなった。
そんなある日、私は突然高校の帰りに中年の男性に声をかけられた。髪の毛は少し薄めで、少し老けた顔。どこにでもいるようなおじさんだった。しかし彼は私の不思議な力のことを知っていた。そして私を神龍会という能力者の団体に入会するように勧めてきた。悪人を殺す正義の味方だと彼は説明した。彼はその団体の副会長のライというらしい。私は勿論断った。そんなわけのわからない団体に入れるはずがなかった。そして彼は私との別れ際に言った。
「お前は裏切り者だ。今、お前は私達の敵となった」
その日の夜、私は怖くて眠れなかった。
私には最近、彼氏ができた。小松雄一君。彼はクラスでは目立たないほうだったけど、私はそんな彼が好きになった。身長は私と同じくらいで、整った顔立ちに、少し長めの髪。その髪の間から見える茶色がかった瞳に、私はいつしか心を奪われていた。一目惚れというのだろうか。私は彼と目が合ったとき、心臓が高鳴った。
それからしばらくして、私は彼に告白した。男の子に告白するなんて生まれて初めてですごく緊張したけど、私は勇気を振り絞って彼を廊下に呼び出した。
「小松君、私と付き合ってください!」
心臓が口から飛び出しそうなほど鳴った。彼は私の顔を目を大きく開けて見た。彼は黙ってしばらくそのまま私の顔を見ていた。初めてまっすぐと見た彼の顔。かっこよかった。
「小松君、聞いてる?」
彼が何も言わないから私は言った。
「え、あ、うん」
「私じゃ…だめ?」
「ううん、お願い‥します」
彼はOKしてくれた。
「ほんと?やったぁ!」
私は嬉しすぎてつい大きな声を出してしまった。彼はそんな私を優しく微笑みながら見ていた。
数日後、私は雄一君を映画に誘った。私は映画なんて滅多に見ないし、あまり興味がなかったけど、彼とデートがしたかった。二人で並んで町を歩きたかった。それが普通のカップルだと思うし。
デート当日、私は服を選ぶのに時間がかかって少し遅刻してしまった。結局は一番シンプルなのを選んだ。
駅に着くと彼はベンチに座っていた。
「雄一君!待ったぁ?」
私は彼に言った。
「ううん、今きたとこ」
もう約束の時間より十分もすぎてるのに…彼は私に優しい嘘をついた。
電車が来るまで、彼は私をぼーっと見ていて結構恥ずかしかった。私は彼に訊いた。
「どうしたの?」
「その服、すごく似合ってる」
どきっとした。でもすごく嬉しかった。
「ありがとう!」
私はめいっぱいの笑顔で言った。
電車の中。私は雄一君と並んで座った。最悪なことに、私の前にライさんが座っていた。私はすごく怖くなった。彼は私の顔をじっと見つめてきたけど私は必死に目をそらしていた。いつの間にか私は額に少し冷や汗をかいていた。せっかくのデートなのに…めちゃくちゃにされたくない。目的の駅につくと、彼から逃げるため、私は雄一君の手をつかんで走り出した。
「急ごう、映画始まっちゃう」
「あれ、時間はまだ余裕あるけど」
雄一君は時計を見ながら言った。
「いいから!」
私は彼の腕を無理やり引っ張って走った。
映画館の近くまで来て、私は走るのをやめた。ここまで来れば心配ないと思った。
「ねぇ、どうしたの?」
彼はさすがに気になったのか訊いてきた。
「ううん、なんでもない。ごめんね」
変な子だと思われたかな…。
映画が始まってしばらくすると、私は眠くなってきた。昔から私は映画を見に来ると寝てしまうという悪い癖があった。案の定、私は最後まで寝てしまった。
「ごめんね!私から誘ったのに…」
私は一生懸命謝った。
「ううん、別にいいよ」
彼の声が少し冷たく聞こえた。怒らせちゃったかな…。私はすごく心配になった。
「お、怒ってる?」
「怒ってないって」
彼はそう言ったけど、ほんとは怒ってると思う。誘っておいて遅刻した上に、映画館までいきなり引っ張って走って、しかも寝ちゃって…。最悪だよ私。
映画館から駅への帰り道、前に恐そうな人たちが現れた。大きなピアスをしてて、真っ赤なシャツに、目立った金髪。彼らは私たちを見つけて近寄ってきた。
「おーおー可愛いじゃん」
金髪の人が私に言った。何かされそうで、すごく恐くなった。
「こんなチビといるより、俺達とカラオケでもいこーぜ」
私は雄一君をバカにされて腹が立った。その時、雄一君が私の前に出た。私を…守ってくれてる?彼らに比べて雄一君の体は小さかったけど、私にはすごく頼もしく見えた。
「なんだこいつ、やる気?」
「マジ?こいつ俺達とやる気なの?」
「アハハッ!笑える」
雄一君は彼らを睨みつけていた。いきなり雄一君は彼らに袋叩きにされた。地面に倒れこんだ雄一君を、彼らは楽しそうに何度も何度も蹴った。それを見ていた私は何度も思った。彼らを燃やしてやろうかと…。でも、脳裏に焼きついたあの時の光景が邪魔をして、私は手を叩けなかった。真っ黒に焼け焦げて、ものすごい臭いを放つ犬の死体。
「もうやめて!」
私は叫ぶことしかできなかった。いつの間にか目は涙でいっぱいだった。彼らには私の声なんて届いていなかった。すると金髪の男が近くに落ちていた鉄パイプを拾って振り上げた。
「いやっ!」
雄一君が殺されちゃう…!私は意を決して頭の中に真っ赤に燃え上がる炎をイメージして手を叩こうとした。
…その瞬間、風が吹いた。かまいたちのような鋭い風。その風は白い刃のような形になり、鉄パイプを持った男の腕を奪って行った。
「ガチャン!」
鉄パイプが大きな音を立てて地面に落ちた。男の腕からは大量の血が流れていた。一体…何が!?
「うわっ!うわああぁぁ!」
「どうした!?」
「俺の腕がぁ!!」
腕をなくした男は地面に崩れ落ちた。
「なんだこいつ?何したんだ?」
「わからねぇよ」
「と、とりあえず病院に連れて行くぞ!」
彼らは腕をなくした金髪の男を担いで去っていった。
「いったい何が?」
起き上がった雄一君が私に訊いた。
「風…」
私は混乱していた。
「風?」
「風が吹いてそれから…」
何が起こったのかよくわからない。でも何よりも、雄一君が無事で本当によかった。
「一ノ瀬さん?」
「雄一君!」
私は彼に抱きついた。彼は少し戸惑った様子だったけど、しばらくこのままでいさせてくれた。優しい彼の香りに、私は溶けそうになった。
―帰り道、私たちの前にライさんが現れた。私は一瞬ひやっとしたけど彼は雄一君に興味があるみたいだった。
「変風の力」
彼は雄一君にそう言った。私も薄々気づいていた。あの攻撃的なかまいたちのような風の殺気は私の起こす炎と同じものだった。
その後、ライさんは雄一君に力の存在を告げると、去っていった。雄一君は混乱していた。無理もない。私もそうだったから気持ちはよくわかる。
「雄一君、あの人が言ってたこと、本当だと思う」
私は言った。確かに雄一君は力を持っている。
「どうして?」
「私もね、同じような力持ってるの」
私は雄一君に力を見せることにした。そうすれば雄一君に力を信じさせることができる。
「え!?」
そして私は手を叩いた。雄一君を脅かさないよう、優しい炎をイメージして…。
アスファルトから噴き出し、私たちを包み込む暖かい炎の円の中…風が吹いた。共鳴するかのように、風と炎は混ざり合い幻想的な光景を造りだした。
「雄一君…」
雄一君は渦巻く炎の風に乗って空に舞い上がった。そして天馬のように形を変えた炎の風は雄一君を乗せて辺りに火の粉を振りまきながら空を駆けていった。
彼の力に、私は圧倒されていた。でも、少し嬉しかった。同じ力を持つ「仲間」が現れたから…。
第五章 「彼らの目的」
ね、眠い…。僕は暖かい日差しの中で授業を受けていた。現代文の授業は眠い。昼飯の後となればなおさらだ。長々と福沢諭吉について語りだした山本先生の話が催眠術の呪文のように聞こえてくる。数学とか理科なら集中して聞けるけど、これは無理だ。横を見るとうつむいたまま目を閉じている生徒たち。そうか、教科書を読んでいるように見せかければ寝ることができる。このアイデア、もらった。僕はうつむいて目をつぶった。僕はここ最近、まともに寝てなかった。あれだけの出来事が起こって眠れるはずがない。
「小松君、起きなさい!」
僕はびっくりして目を開けた。なんで僕だけ…。横を見るとさっきまで寝てた人はみんな起きて笑っていた。…悔しい。先生、もしかしてヒイキですか?
「雄一君、寝ちゃだめだよぉ」
「ははは…」
休み時間、千夜が話しかけてきた。あれ、なんか顔色が悪い。
「千夜、なんか顔色わるいよ?」
「今朝から熱っぽいの」
「昨日ちゃんと体拭いた?」
「うん」
僕たちは昨日、水を操る能力者と戦った。そういえばあの子もこの学校の生徒だっけ。何年生だろう?あの雰囲気からして3年生だろうか。改めて顔を思い出せば魅力的な子だったなぁ。なんか千夜には無い何かがあるんだよねぇ。大人の魅力ってやつかな。
「ねぇ、もしかして昨日のミズキのこと考えてる?」
千夜が訊いた。妙に鋭いな。
「う、うん」
「そんなに気になるの?」
千夜、なんか恐い。
「いや、だって一応僕たちと同じ能力者だから…」
「そうだよね、私と違って大人の魅力があるもんね〜」
「そうそう……あ!」
しまった。千夜の仕掛けた会話の罠にひっかかった。とても寝起きでは回避できない罠だ。
「やっぱり…!雄一君のバカ!」
千夜は目に涙をためて手を叩いた。それと同時に僕の体がだんだん熱くなってきて…発火した。燃え上がる僕の体。黒く焼け爛れる肌。熱い、僕は殺されるのか…。嫌だ、まだ死にたくない。僕は死の恐怖に耐え切れず、叫んだ。
「千夜!僕は君だけだ!」
静まり返った教室に僕の声が響き渡る。クラスメイト全員の注目を浴びる僕の小さい体。山本先生は呆然とした顔で僕の顔を見ている。あぁ、やってしまった…。クラス中がどっと笑い出した。千夜は真っ赤になってうつむいている。
「雄一君、ひどいよ…」
放課後、僕と千夜は屋上のベンチでジュースを飲んでいた。千夜の顔はまだ赤い。
「ほんとごめん!わざとじゃないから」
僕は手を合わせて必死に謝った。
「わざとじゃないって、じゃあどうして?」
僕は夢の内容を正直に話した。
「あははっ!」
千夜は腹を抱えて大笑いした。こんなに笑っている千夜を見るのは初めてだった。
「ふふっ、私はそんなことしないよ」
「そんなことしないと思ってたからびっくりして叫んだんだよ…」
「そっか、でも私、雄一君のこと信じてるから」
「…どういうこと?」
「雄一君が私のことだけ見てくれてるって信じてる」
千夜はちょっとはにかみながら言った。どきっとした。僕は幸せ者だと思った。今すぐ千夜を抱きしめたくなったけど、人が入って来たらまずいからやめておこう。
「羨ましいほどラブラブね」
突然後ろから声がした。聞いたことのある声だ。振り向くとそこには…ミズキの姿。
「ミズキ!」
僕たちは急いで見構えた。千夜は目をつぶって力を使う準備をしているようだ。
「ちょっと待って。今日は戦うつもりはないわ」
ミズキはそう言って屋上の入り口のほうを指差した。お菓子とドリンクを持った女の子が二人入ってきた。確かに、あんな戦いを第三者に見られたらまずい。でも僕はほっとした。戦わなくていいという安心と、千夜を抱きしめなくてよかったという安心。それにしても、昨日はよく人が入ってこなかったものだ。
「小松君と一ノ瀬さんってやっぱり付き合ってたんだ…」
ミズキがさらっとした長い髪をかきあげながら言った。
「私、小松君にちょっと興味あったんだけどなぁ」
僕のほうを色っぽい目つきで見るミズキ。やばい、もしかしたら今の僕は漫画みたいに目がハート型になっているかもしれない。ミズキの魅力はそれほどのものだった。
「残念でした。雄一君は私の彼氏だからね」
千夜が僕の腕を掴んで言った。う、腕が痛い。
「大丈夫、奪ったりしないわ。命は奪うけどね」
さらっと恐いことを言って、ミズキは下りていった。
「千夜、痛いって」
千夜は僕の腕をまだ放さない。
「さっきミズキに色目使われてどうだった?」
ギクリ。
「なんともないって。千夜が一番だよ」
「ほんとぉ?さっき目がハート型になってたよ?」
「う、うそ!?」
……しまった。
「やっぱり!」
千夜は僕を睨んでいる。この展開はもしかして…殺される?僕はあの悪夢を思い出した。
その瞬間…千夜の両腕が僕の体を包み込んだ。
「千夜?」
「………」
僕を抱きしめたまま、千夜は何も言わなかった。向こうのほうで二人の女の子がこっちを見ながらひそひそと話していた。
僕達のラブラブさはクラス中で有名になった。僕の所為でもあるんだけどね。僕はしょっちゅう男たちにからかわれるようになったけど、みんなと仲良くなれた。前までは全然話なんてしなかった人も今では仲のいい友達だ。これは千夜のおかげだと思う。
そんなある日、僕は繁華街にゲームを買いに行っていた。今日新発売のアクションゲーム。僕はわくわくしながら自転車をこいだ。ゲームショップには友達がいた。最近できた友達だ。彼は小太りで眼鏡をかけていて、いかにもゲームが好きそうな外見。僕と話すときはいつもゲームの話題だ。
「よぉ、小松」
「やあ」
軽く挨拶を交わすと、ゲームの話が始まった。
「やっぱ買いにきたか、俺なんか昨日眠れなかったんだよ。だから前作をもっかいプレイしててさー」
今日発売のゲームはシリーズ2作目。僕も1作目を持っている。
「やっぱり魔法は水系が最強!炎系の魔法なんてしょぼくて使えねーよな」
僕はなんだか千夜を馬鹿にされたような気がした。
「炎系だって強いよ!」
僕は炎系の強さを主張した。
「はぁ?何いってんの?水系なら回復も攻撃もバランスいいけど、炎系は攻撃のみじゃん!」
「違う!炎だって暖かくていいんだぞ!」
「え?」
何言ってるんだろう、自分…。僕はさっさとゲームを買って店を後にした。
そういえば今日は携帯電話の修理が済んだんだっけ。僕の携帯はこの前ミズキに水をかけられ、故障した。今日、修理が済んだと電話がかかってきた。それまでこの代わりの携帯を店から借りていた。実は自分の携帯よりこっちのほうが気に入っている。ゲームができるし、メールの送信も早い。僕の携帯は入学したときに買ってもらった古い携帯。入学当時新発売だった機種は高くて買ってもらえなかったし、携帯にそこまで金をかけようとは思ってなかった。
買ったゲームを自転車のかごに入れて携帯の店にやってきた。新機種がずらっと並んでいる。どれもカメラがついていて、電話には見えなかった。そういえば千夜の携帯にもカメラついてたっけ。使ってるところ見たことないけど。
僕が店員から修理された携帯を渡されたとき、その携帯が突然鳴り出した。メールがきたようだ。僕は少し懐かしい自分の携帯の着信メロディを聞きながら受信メールを参照した。…千夜からだ。
「たいいくかんうら」
なんだこれは?体育館裏?どういう意味だろう。漢字変換すらされていない内容。嫌な予感がした。
僕は気が付くと店を飛び出して自転車を力いっぱいこいでいた。冷や汗をびっしょりとかきながら。すると突然、スコールのように雨が降ってきた。町の人々は急いで雨の当たらない場所に避難している。僕は体中がプールにでも飛び込んだかのように濡れていたが、そんなことを気にしている場合ではない。千夜が…危ない。
校門をくぐり、体育館まで来ると、僕はさらに自転車を飛ばして体育館裏へ向かった。辺りには大きな水溜りができていて走りにくい。そして雨雲によってだんだんと暗くなってきた。この天気は僕の気持ちを表しているようだった。
体育館裏には…なんと泥だらけの千夜が倒れていた。その向こうにはミズキの姿。衝撃的な光景だった。千夜、無事でいてくれ!
「千夜!」
僕は自転車を捨てて千夜に近寄った。
「…雄一君?来て…くれたの?」
「うん、もう大丈夫。安心して」
よかった、意識はあるようだ。よく見ると千夜の肩からは血が流れていた。僕は生きている心地がしなかった。
「ナイト様の遅い登場ね」
ミズキが僕を見下ろして言った。彼女の澄んだ声は大きな雨音の中でもはっきりと聞こえた。
「ふざけんな!」
僕はこいつを許さない!僕がミズキを睨みつけると、体の周りから鋭い風の刃が現れた。雨を切りながらミズキに襲いかかるその刃は激しい殺意を持っていた。それがミズキの体に当たった瞬間、ミズキの体はすっぱりと二つに切れた。
「バシャッ!」
なんと、ミズキの体は水になった。どういうことだ!?…身代わりか!
「今の当たってたら死んでたわ。人は殺さないんじゃなかったの?」
僕の背後からミズキの声がした。
「それは…」
「結局はそんな力持ってたら人殺しちゃうんだから、神龍会に入ったほうがよかったんじゃないの?」
「…どうして放っておいてくれないんだ!僕たちは何もしていないのに」
「力は、銃と同じなの」
「どういうことだ?」
「使わなくても持っているだけで罪になるってことよ」
「神龍会に入るだけで、その罪は償われるのか?」
これが一番気になっていた。神龍会の意味が。
「そうよ。私たちは危険な力を人のために有効活用するの」
「どうやって?この力で人を殺すんだろ?」
「そうね、時には殺すわ」
「じゃあ本当の目的は!?」
僕は思い切って訊いた。
「優れた指導者を登場させ、世界を一つにするため」
優れた指導者?世界を一つに?言っていることがよくわからない。
「優れた指導者とは神龍会の会長のこと。彼を世界の王にするためよ。世界制服ってやつかしら、でも彼は自分の欲望のためじゃない。世界を一つにして、争いを無くすの」
「世界制服!?それとこの力とどういう関係が?」
「この力はね、どんな軍事兵器をも超越した力なの」
兵器を超越した力。僕はまた、自分が恐くなった。
「どう?理解してもらえたかしら?それとも、まだ理解できない?」
雨が強くなる。
「…わからない」
「そう、じゃあ仕方ないわね」
争いを無くす?超越した力?それになんで僕は殺されなくちゃいけないんだ?
僕の思考は完全に狂っていた。もう何を考えているのかわからない。目に映るのは、美しくしなる水の槍。僕のほうへ向かって飛んでくる。
六章に続く
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2005/03/28(Mon)21:45:07 公開 / Blaze
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■作者からのメッセージ
シリアスばかりもなんなので少し笑いを入れてみたり…(笑
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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