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『盲目の孤狼 【読みきり】』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:影舞踊
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そうじゃないだろ
お前と僕と……
そうじゃないだろ
――心を許せる友達なんておらんわ
――そんなん俺もや
◆
詳しいことは覚えていない。でもみんなそうだと思う。自分の周りにいる友達がいつから自分の周りにいたかなんて。律儀に日記でもつけていれば覚えているかもしれないけど、そんなまめなことをしてるやつに僕はあったことがない。
まぁ全然覚えてないって言うのは嘘になる。そりゃ確かに出会って、そして何らかの話をしたり、それで気があって友達になったんだから。でもやっぱり覚えていない。どこまでが知り合いで、どこからが友達なのかなんて。
やたら記憶力のいいやつがいる。誰だってそんなやつが自分の周りに、一人や二人いるもんだ。昔あった恥ずかしいことや、黙っておきたい秘密。友達になったきっかけ。そいつはいろんなことを知ってる。しかも僕の場合、そいつとの付き合いが長いからこれまた厄介だ。
あの時おねしょしただの、あの時振られただの、あの時エロ本立ち読みしてただの、ひいてはあの時の金返せよ、までいろんな弱みを握られてる。まぁそんだけ弱みを知ってるってことは、こっちもそれなりに弱みを知ってるわけで、イーブンな関係は保てている。
基本的に僕はやる気のない人間で、そいつはさり気な熱血。冷めてる僕からしてみれば、アホかと思うほど熱い科白を吐く時がある。まぁその分僕なんかより女受けがいいわけだが。
正反対なんじゃないか、と思う僕と彼だがそんなこともない。勉強は嫌いだし、部活も同じで趣味も同じ。家も近いため小さい時からよく遊んだ。幼馴染といってもいいんじゃないだろうか。成績を比べると真面目に取り組んでる彼の方が若干いいのだが、勉強嫌いという根本的なところは同じだった。そんなわけで性格は違えど、やたら気が合った。
こんな感じが友達というのだろうか?
ふと思う。自分には友達と呼べる人物がいるだろうか? 時々そんなことを考えて、胸をはれる自分がいないことに気づき、少しへこむ。
確かめる術はいたって簡単。その確かめたい相手に、「僕と君は友達ですか?」と、そんな風な言葉を吐き出せばそれで済む。
でもそんなことはしない。だってそうでしょ。返ってくる答えにはメリットなんてない。
「当たり前」か「違うよ」の2種類。
僕はそんなメリットのない質問をしたくない。だからそれを確かめたい時、僕はいつも遠まわしなことを言ってそれを確かめた。
本当に臆病な人間だった。
――……あれは高校生の時だった。先にも書いたけど、僕と彼は仲がよかった。友達かどうかは別として。
はたから見れば完全な友達。学校に行くのも、学校から帰るのも一緒。学校にいる間も一緒なわけなのだから。でもどこかでそれを認めていない自分がいた。
――仲間なんて要らない
――一匹狼に憧れて、悲しい遠吠えを繰り返す
――今じゃその理由も分からないけど
朝学校に着くとチャイムギリギリ。そんな感じで僕らの朝は始まる。彼と一緒にチャリンコ通学で30分。
「さぼるか」「できもせんくせに」「い〜やできるよ」「ほんじゃ帰れや」「……もうここまで来たしな」そんな他愛もない会話で30分のチャリンコ通学を満喫。僕と彼はいつものように教室へと足を運ぶ。
仲は良いと思う。良いとは思うが、実際のところどうなのか。けんかをしない日はない。一日一回は口論をしている。どんな些細なことであってもだ。だが次の日には黙ってチャリ通30分。わけが分からない関係に、自然と周りの目もおかしくなってくる。
「なかええの〜お前ら」
最近はあまり言われなくなったが、それは暗黙の了解化してきたため。僕と彼が付き合ってるなんて気持ち悪い噂まで立ってるしだいだ。というのも彼が、
「仲良かったらあかんのかっ」
っておい、何でだよ。そんなツッコミを入れつつ席に着く。その様子がまた夫婦漫才のようだと言われ、よからぬ噂が立つのであるが。
はいはいと流す僕とは対照的に、彼はこんな風に食って掛かる。「アホか。そういう態度をとるから誤解されるんだ」とよく言うのだが、当の本人は「やましいことはない」の一点張りで聞く耳を持たない。
彼は本当にそんな感じで、でもそんな彼だからこそ僕は内心必要としていた。
僕は人と馴れ合うのが好きじゃなかった。現に僕は必要最低限のことしか人と話そうとはしなかった。それでも僕の周りには数名の友達と思われる人がいて、その現状に満足していた。その現状が僕とは無関係に作られてると知った時、僕はどうしたらよかったのだろう。
必要最低限のことしか喋らない僕も、彼と話す時だけは饒舌だった。言いたい事を言って、相手の言うことに反論する。正論であったとしても、それを受け入れぬことで笑いが生まれた。そうやって打ち解けあうのが絆だと、それが心地よいものだと、当時の僕にはかっこ悪すぎた。
チャリンコ通学は時に辛い。特に30分もの長丁場となれば、疲れと退屈さが如実に現われてくる。雨が振った日、風が強い日、暑すぎる日、寒すぎる日、テストのある日。僕にとっては死にそうなほど意味のない時間で、なんでわざわざこんなしんどい思いをして学校に行かねばならぬのかという不満が、時に歯がゆく、時にやる気のなさを心のうちから引き出してくれる。
だがまぁ、そんな思いをするのも今日だけだろうと、僕はしぶしぶ足を動かす。いつもよりもペダルが重い気がするのは何も風が強くて、太陽が頑張りすぎてるからじゃない。隣にいるはずの彼が、今日はいない。
夏風邪らしい。大して熱はないのだが、こじらせるとまずいということで今日はお休み。だから、今日は先に言っておくれ、朝自宅にかかってきた電話ではそんなようなことをほざいていた。
くそ、なんでお前だけ夏風邪引くんじゃ。学校を休むといういい思いをしている相棒に向ける怒りをペダルへと送り、自転車の速度を上げる。夏の風が頬を撫でるが、汗もかいてない今の状態では深い以外のなんでもなかった。
話し相手のいない30分のチャリ通がこんなに苦しいものだと、こんなに長いものだということを、そのとき初めて知った。
学校に着いたら、予想通りの言葉をかけられる。
「あれ? 今日は相方どないした?」
片方が休むと決まってこういうことを言われる、のだろう。僕は何回か休んだことがあるが、あいつは今日が初めてだ。夏風邪で休んだ、丁寧にそんな理由を教えてやる気もない。大体、僕があいつといつも一緒にいると思われていることが腹立たしい。
「知らん」
それだけ言って、僕は席に着く。いつも彼がいる時はそんな感じで終わらないなと思いながら。わいわいとちょっとした口論になって、それでも僕が突っ込むのでそのまま談笑になったりと、とにかくやかましくなる。僕は冷め切った行動で断ち切った会話を、ほんの少しだけ申し訳なく思いながら一時間目の教科書を取り出した。
昼休み。ぼんやりと思う。なんか違うなと。
休み時間は十分しかなく、そのどれもに移動が入っていたからそれほど気にならなかったが、昼休みになっていつもと違う違和感に気づく。誰もいない。
もちろん教室には活気が溢れている。お弁当のおかずを交換し合ってる女子がいて、早弁してなくなった弁当の代わりに買う菓子パン争奪のトランプゲームをやってる男子がいて、そのどれもが楽しげな笑顔を浮かべている。見慣れた光景、聞きなれた喧騒。
でも違うのだ。何が違うか、それははっきりしている。何でだろうか、今日は休みなんだろうか。僕の周りには、
誰もいない。
僕は頬を撫でる風に、今日の朝の電話を思い出す。あの時「夏風邪やなんでひくねん」と聞いたら彼は、「アホか、夏の風も結構寒いねんぞ」と、言っていた。その時は全く信じなかったが、半袖の僕に吹きかかる夏の風は確かに寒かった。
6時間目。その時は突然やってきた。半ば分かりかけてた僕に、きちんと教えることが教師の仕事なのか。そんなことは微塵も知らない先生は、僕がはっきりと分からなかった部分を身をもって教えてくれた。
「はい、それじゃ英語の授業始めますけど〜、その前にっ。今日はちょっとゲーム感覚でやってみようかなぁって思います」
先生のその言葉にクラスはざわめく。英語の授業で月に一回、ゲームを行う。文字通りのゲームでかなり楽。勉強をしなくていいのだから、流石の僕も心の中でガッツポーズをとる。6時間目であるからその喜びはより一層高まった。
「は〜い、静かに〜」
先生が手を叩いて、皆の興奮を鎮める。静かになりはじめたところで、先生はゲームに使うプリントを配り始める。そして、配りながら言った。
「はい。このゲームは二人一組で行いますからねぇ。皆さん好きな人と組んで下さ〜い」
「誰でもええん〜?」
「はい、誰でもいいですよ」
一人の女子の疑問からいっせいにがやがやと皆が席を立つ。僕はその中でめんどくさいなぁ、とか思いながらその場に座り続ける。そして、その時は来た。
「あれ、佐間君一人ですか?」
「えっ、あぁ……はい」
ぼけっと座っていた僕は一人先生に見下ろされる。そう言えば今日久しぶりに喋った気がする。
「しょうがないですね、それじゃあ先生とやりましょう」
「……はい」
淡々とゲームは進んだ。笑い声や、ふざけて叫ぶ声、それを注意する声。耳には届いたけど、僕は聞こえない振りをしてた。別に気にも留めない。向き合った先生よりも冷静にゲームを進めて、必要なことだけを喋る。
そうしないと自分のことをひどく嫌いになってしまいそうだったから。
次の日。彼は夏風邪復活で、いつも通り僕らは30分のチャリンコ通学。昨日感じたせいもあってか、その日のチャリンコ通学はものすごく楽で、早かった。学校に着くと、決まりきったことをまた言われる。彼はいつもみたいに返答して、僕はそれに突っ込みを入れる。
いつも通りだった。それでも、昨日感じた違和感のせいだろうか。僕はその光景に吐き気を覚えた。
教室で席に着き、授業が始まる。騒がしい教室、話す僕、笑う僕、話す彼、笑う彼。話しかけられる彼。
休み時間。昨日とは違い、僕の周りには友達がいた。
いや、違う。
そう錯覚してしまう。僕の周りじゃなくて、彼の周り。何もかも違って見えた。見えないものが見えてくる感じ。僕は彼に憎しみを覚えた。
「お前ホンマに昨日風邪やったんか〜?」
「嘘つくわけないやろ。みんなのためを思ってやすんだったっちゅーねん。なぁ、ホンマやんなぁ佐間」
「……おぅ」
僕の周りには誰もいなかった。彼が一緒にいることで、僕は勘違いしていた。知り合いと友達。境界線の引かれていない違いは、ひどく僕を迷わせた。一方で孤を好む自分がいて、もう一方で他を望む自分がいた。一人でいることが苦しいと、そう思わなかったのは彼が隣にいたからだった。
それにも気づかず、一匹狼に憧れていた僕は湧き上がるその思いが何なのかに混乱し、見当違いの怒りをもった。僕が皆に必要とされず、彼が必要とされている。僕はいなくてもいい存在だ。彼はいなければならない存在だ。
欝な気分の時はマイナス思考ばかりが働くもので、僕の頭の中はそんな思いでいっぱいだった。自分だけが惨めで、周りの人間全てが憎く思えてくる。自分と同じなのに。誰もが皆思っている。
――受け入れて欲しい
誰しもあるちっぽけな不安が、自分だけは確かなものだと。盲目な一匹狼は、他を望む。そうしないと生きてゆけない気がするから。
――確かめたい。僕は必要とされているのか。
たった一人でいい。
僕を……、
彼は僕を必要としてくれているのかを、確かめたい。
帰り道。日も落ちて、あたりは薄暗い。部活も終わって帰る僕らは、いつもの定食屋に立ち寄る。休み時間の度に口数が少なくなり、それとは比例して態度だけが刺々しくなっていた。そんな僕に気づかないわけはない。彼は何かしたのかとしきりに聞いてくるが、僕は別にとだけ答えていた。
そう答えるのが僕であるための、臆病な一匹狼の遠吠えだった。
「心を許せる友達なんておらんわ」
ふと僕の口をついて出たのはそんな言葉。心の奥で燻ぶっていた確かめたいという気持ちが、歪んだ形で口をつく。もっと他に言い方はあったはずだ。あったはずなのに、僕の口からはこんな言葉しか出てこない。
期待していた。
僕とは違う性格。熱血で、社交的で、何にでも真剣に取り組む彼ならば、こんな腐った僕の性根を叩きなおしてくれると思った。
「そんなん俺もや――」
時間が止まるとどんな感じなんだろう。意識だけがその場に渦巻き、呼吸ができなくなる。僕はその時、そうなった。今までのことが頭をよぎり、自分の存在が消えてゆく。
予期せぬ言葉は僕の見える空間を狭め、手の届かない落とし穴に僕を放り込む。深い深い、そこは明かりの届かない闇の中。
――盲目の狼は慣れている
――盲目の狼は知っている
その世界の苦しさを。その世界のつまらなさを。
だから吠える。遠吠えをすれば、誰かが気づいてくれるかもしれないと。
格好をつけて、孤独を満喫しているように。
吠えるのだ。その孤独が楽しいかと、誰かに尋ねられることを望んで。
「――ってうっそ〜。お前何言うとん? 俺がその友達やんけ。少なくとも俺はお前が一番の友達や思とるで」
彼はさりげなくくさいことを口にする。
「そうですか……」
僕は精一杯の興味ない振りをして、それだけの言葉を口から搾り出す。彼は気にした風もなく「そうです」と言って暗い話題を変えた。話すたびに、喉に何かがつっかえて仕方がなかった。
ほんの10秒足らずの時間だったが、確かに苦しかった。自分を守ろうとしていた僕は、その行為自体が自分を殺しかねないことだったと気づく。
感謝の気持ちは忘れない。生きるうえで大切なのは恥であって、プライドじゃない。自分に必要なものを、自分に足りないものを、分かち合うべき存在をダサいと考えるのは今日で終わりにしよう。
――盲目の孤狼の遠吠えは今日限りで終わりにしよう
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2005/03/20(Sun)22:28:45 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
書き終えて。伝えきることのできない自分の未熟さに辟易しながらも、ここまで読んでくださった方々にはただ感謝。結構長い割に伝えきれないと言うのは、本当に未熟(笑
テーマは決まっているのですが、それがきちんと読者様に伝わったかどうか(いや、毎回気にしながら投稿するわけですが(汗
感想・批評等頂ければ幸いです。
簡易感想、辛口意見もドンと受け入れますので。正直な感想お伝え頂ければ幸いです。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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