『あくがれ』 ... ジャンル:恋愛小説 恋愛小説
作者:甘木                

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 くぉん。氷が張りつめるような音───寂しい響き。他人には聞かれることのない私だけの音色───と共に私の心が溶けだす。大切な気持ちも、残しておきたい感情も溶けだして、心の裏側に流れこんでいく。
 心の裏側はもうひとりのワタシの領分。ワタシは私の心を栄養に大きくなっていく。
 きっとワタシは、私の気持ちを食べながらニヤニヤしているんだ。

 くぉん。この音がなるたびに心は枯れてゆく。

 1

 水城譲羽(みなしろ・ゆずは)。私はこの名前が大好き。名前の音も、文字がつくりだすイメージも、すべてが美しい。
 譲羽にはすべてを受け入れる力強さと、何事も許す優しさと、人を惹きつける明るさがある。みんなの中心にはいつも譲羽がいる。クラスの女子も男子も気軽に話しかけてくる存在。私とは正反対。譲羽は私が憧れる友達。
 でも、譲羽は私が友達だということを知らない。だって、譲羽は私を友達と思っていないから。
 くぉん。───あなたに憧れちゃいけませんか? 迷惑ですか?
 私の名字が武藤じゃなくって水城だったら、私の名前が優子じゃなくって譲羽だったら……それは虚しい願い。
 ノートに《水城譲羽》と書いて消したのは何度だろう? 声に出さずに《水城譲羽》と呼んだのは何度だろう? そうすれば譲羽が私に気づいてくれるなんて馬鹿な期待を抱いて繰り返す。私を見て欲しい、声をかけて欲しい。だからノートに《水城譲羽》と書いてはまた消す。ノートは《水城譲羽》の残骸でいっぱいだ。
 くぉん。───私はあなたが好きです。

 * * *

『月曜の朝いちの授業が体育なんて最悪』
『昨日遊び過ぎて体力残ってねーよ』
『男子はマラソンだってさ、カワイソー』
 体育の授業は月曜日の一時間目。クラスメイトの評判はすこぶる悪い。
 でも私はこの時間が待ち遠しかった。
 体操服に着替え、授業までのわずかな時間───譲羽は譲羽の友達と、私は私の友達と───他愛のない話しに花を咲かせる。いや、それはウソ。私は話しかけてくる上田美紀の言葉をほとんど聞いていなかった。
 偽りの笑みを貼り付けた顔を上田に向けたまま、意識は背後へと。ほんの一メートル、わずかに体温を感じる距離に譲羽がいる。振り返って譲羽の姿を見たいけど、振り返っちゃダメ。振り返ったら私の気持ちを気づかれてしまう、きっと……。
 上田の言葉に「うん、そうだね。あははは」なんて適当な相づち。本当の私はクモ女になっていた。譲羽の言葉を、笑い声を、一言も聞き逃すまいと全身の神経を網のように張りめぐらせる。言葉ひとつ、笑い声ふたつ、網は絡め取る。私の心を譲羽でいっぱいにしたい。
 くぉん。───譲羽捕まえた。

「はい、授業始めるよ。整列しなさい。出席番号奇数は右、偶数は左に並んで。二人一組になってストレッチ開始。よく身体を伸ばしなさい」と、体育の笹本先生の声。
 やっときた。私の時間が。
 出席番号順。譲羽は二七番で私は二八番。私のペアはいつも譲羽。
 準備運動の時間だけが公然と譲羽に触れることができる大事な逢瀬。息づかいを感じ、筋肉の動きを感じられる。しなやかさも重さも全部私が一人占めだ。
「んじゃ、ストレッチしようか」
「うん……」
 譲羽の手が私の背中を押してくれる。温かい。背中にかかる重みが心地良い。
 くぉん。───幸せです。
「武藤は本当に細いなぁ。て、言うか細すぎ。ちゃんとご飯食べてるの?」
「うん……」
「わかった、武藤って肉嫌いだろう」
「うん……」
 本当は肉料理嫌いじゃない。
「好き嫌いは良くないなぁ。もっと肉食べて筋肉つけなきゃ。って、あたしみたいに太くなっちゃおしまいだけどさ。はははは」
 譲羽は太くないよ、と言いたいのに言葉が舌の上で消えてしまう。
「…………」
 馬鹿だ私。せっかく話しかけてくれたのに「うん」ばかり。話したいことはいっぱいあるのに、伝えたいことはいっぱいあるのに、どうして口は動いてくれないの。
「んじゃ、次は腹筋。あたしからやるからちゃんと足押さえてよ」
「うん……」
 譲羽が身体を起こすたびに顔が近づく。焦げ茶色の髪がかかった額、少し太い眉、食いしばった口、明るい色の瞳が、規則正しく遠ざかり近づく。そしてまた、近づいて遠ざかる。喜びが表情に出ないように、見つめすぎないようにしながら、身体を上下させる譲羽のリズムを静かに聞き入る。
 くぉん。───このリズムが永遠に続けばいいのに。
「ストレッチ終わり。今日はバスケットボールやるよ。五人でチームつくりなさい」笹本先生の大きな声。
 もっと準備体操をやらせてよ。もう少しだけでいいからリズムを感じたい、温もりを感じたい。お願い先生。神様。悪魔でもいいから時間を引き延ばして。お願いします。
 譲羽は友達のもとに去り、私は残される。幸せの時間は終わった。

 2

「『そらになる心は春の霞にて 世にあらじとも思ひ立つかな』この詩には西行法師の出家に対する憧れがよく現れているといいます」
 古典の高橋先生は黒板に向かったままほとんど生徒を見ない。淡々と進めるつまらない授業。教室にいる三十二人のうち、聞いているのは何人いるんだろうと思ってしまう。古典の授業は英語や数学と違って緊張感がない。高橋先生も気にしていないようで、寝てようが、数学の課題を内職しようが、メールを打とうが注意されることもない。思い出したように生徒に質問するけれど、それも授業とは関係ないことが多いし。
 私はこの静かな時間を譲羽鑑賞に当てている。私の席から斜め前方窓際に譲羽の席がある。譲羽は前屈みになって何かを読んでいる。天然の栗毛が陽光に照らされ、一本一本に光の神様が宿っているように優しく輝く。
 触ってみたい。綺麗に結ってあげたら喜んでくれるだろうか。
 何を読んでいるんだろう。題名が知りたい、同じものを読んでみたい。そして二人で語り合いたい。
「えー『憧れ』とは元々は『あくがれ』と言い、『在所』を『離る』。つまり、魂がいま在るところを何かに誘われ離れ去って行くという意味でした。そこから魂や心が枯れるほど『思いこがれる』と言う意味になったのです」
 あくがれ。いまの私にぴったりの言葉。譲羽を想って心を満たそうとしても、溶け出してワタシに奪われてしまう。だから心の中の譲羽はいつも空っぽ。
 くぉん。───私はあくがれ、心が枯れそうです。

「では、鈴木千香さん。あなたの憧れは誰ですか?」
 いつも通り高橋先生の脱線した質問に、鈴木が立ち上がって頭をかく。
「憧れですよね……本当に誰でもいいんですか?」
「かまいませんよ」と、高橋先生は頷く。
「えっとぉ、わたしの憧れはこのクラスの水城譲羽さんです。えへへへ」
 教室中が歓声に包まれる。
『言ったぁ!』『レズかぁ』『鈴木ぃ、抜け駆けするな』
「水城さんですか。具体的にどのように憧れますか」みんなの騒ぎが収まるのを待って、高橋先生は鈴木を促す。
「譲羽は親分肌で頼りがいがあって、運動神経が良くって、成績のことなんて気にしない大らかさがあるからです」
 鈴木は譲羽を見て「へへへ」と悪戯じみた笑みを浮かべる。
「あたしは女らしくなくって、脳みそまで筋肉の運動バカだと言うことかぁ」
 譲羽は笑いながら拳をつくって振り上げる。
「んーそうかなぁ」
「てめぇ……」
 抗議は教室中の笑い声にかき消された。譲羽も笑っている。
 鈴木は自分のギャグが受けたとばかりペコっと周りに頭を下げて座る。
 くぉん。───何言ってるんだ、この女は。

 どうして笑っているの譲羽? 鈴木の言葉で笑わないでよ。
 鈴木千香は嫌な女だ。譲羽が気にしないことをいいことに、いつも譲羽にまとわりついている。昼休みは勝手に机をくっけてお弁当を一緒にするし、席が離れているのに休み時間はいつもそばにいる。譲羽をマネて髪の毛を焦げ茶色に脱色までしている。譲羽は天然の栗毛、あんたみたいに汚らしい脱色じゃない!
 鈴木だけじゃなくって、饗庭涼子や千坂愛もそうだ。友達然とした顔で譲羽のそばをうろついている。きっと譲羽は迷惑だと思っているはず。
 そんなヤツらと話さなくていいよ。笑顔を見せる必要はないよ。一緒にお弁当を食べなくっていいよ。一緒に帰ってやる必要はないよ。ねぇ、譲羽。
 鈴木たちと一緒にいる譲羽の仕草、笑顔、話し声の一つ一つが、茨となって鋭い棘で私を責め続ける。羨ましい鈴木が……気が狂いそう。
 嫌がられていることに気付よ千坂! いなくなれよ饗庭! 死ねよ鈴木!
 くぉん。───禍ツ神になれたらこいつらを呪い殺せるのに。

 頭がクラクラするのは鈴木たちのせい。私はただ譲羽だけを見ていたいだけだったのに、鈴木たちが邪魔をするからだ。心の中に染み出してきた真っ黒い毒を、すべて鈴木たちに吐きかけてやりたい。でも、できない……譲羽に私の醜さを知られたくないから。
 憤怒の塊のぐっと飲みこんで平気の顔をつくり、みんなと一緒に笑ってみせる。譲羽に気づかれないように、
 あははははは。
 笑うたびに真っ黒い毒がワタシに流れこむ。
 くぉん。───私は嘘つきです。

 3

 放課後は図書室で時間を潰し、クラスメイトが帰った頃を見計らって教室に戻るのが私の日課。誰もいなくなった教室、陽と闇の間の光に照らされた場所に譲羽の席。昼間同様に輝いている。私は自分の席に座って譲羽の席を眺め、今日一日を振り返る。
 譲羽が髪に手をやったのは十九回、お弁当の牛乳は五口で飲んだ、授業中消しゴムを落としたのは一回、教室を出て行ったのは七回。
 ちょっとした仕草だって、何気なく漏らした言葉だって記憶に刻みこんである。
 まだ覚えているよ。隣の井原君と話したのは三回、授業中後ろを振り返ったのは六回、笑ったのは……でも私を見てくれたのは、話しかけてくれたのは、微笑んでくれたのは……一回もない。
 私も譲羽のそばに行きたい。一緒に話して笑いあいたい。手を繋いで廊下を歩きたい。一緒にお弁当を食べたい。おかずを交換したい。
 くぉん。───できたら楽しいだろうな。嬉しいだろうな。
 ダメに決まっている。私は譲羽の友達じゃないし、できるはずがない。だったら、どうやったら友達になれるの? うわべだけの言葉を連ねて媚びを売ればいいの? 適当に話を合わせばいいの? 鈴木たちにも笑顔を見せて馴れ合えばいいの?
 それとも本当の気持ちを伝えればいいの? 私は譲羽が好きです。って、言えるはずない! オンナノコがオンナノコを好きだなんて知られたら軽蔑されるに決まっている。
 くぉん。───私は変態だ。
 例え罵られても、貶されても、軽蔑されても平気、それが他人なら。
 でも、譲羽が私を憐れむ目で見たら……
 私にかけられる言葉が『気持ち悪い』だったら……
 私に向けられる腕が拒絶の腕だったら……怖い。
 気持ちを伝えたい、嫌われたくない、想いばかりが膨らんで苦しいよ。
 耳の奥で不快な音が鳴っている。鼓膜よりもずっと深い場所で。これは涙が零れる音……弱虫で汚くって欲張りな愚か者が流す涙の音。自分のイスに座って何でも知ってるとうそぶく馬鹿。見ているだけで満足って自分を思いこませている馬鹿。口に出さなくても想っていればいつか願いが叶うと思っている馬鹿。それを分かっていても何もできない馬鹿。
 本当に惨めでイライラする。
 くぉん。───武藤優子は馬鹿です。

『あと五分で校門を閉めます。校内に残っている生徒は帰宅してください。あと五分で校門を閉めます』
 えっ、もうそんな時間? 気づけば音もなく闇が教室に忍びこんでいた。
 どれだけ呆けていたんだろう? もう帰らなきゃ。
 愚か者が流した涙でピリピリとする顔をトイレで洗い、生徒用玄関へと急ぐ。歩きながらひたすらこの惨めな気持ちがワタシに吸いこまれることだけを願っていた。心が枯れてもいい、この辛さから逃れられるなら。
 部活を終えた生徒たちに顔を見られぬよう、俯き足早に玄関を出て裏門へと回る。
 裏門からだと最短距離で家まで帰れる。でもその道は畑が続くばかりで、街灯も人通りも少なく寂しい。だから、いつもは遠回りだけど正門から表通りを使って帰っている。今日ばかりはこの道に感謝。暗さが私の醜い顔を隠してくれる。
「あれっ、武藤じゃないの?」
 裏門を出た途端、背後から声がかかった。振り返らなくても分かる大好きな声。
 くぉん。───譲羽が声をかけてくれた。

「武藤も裏門組なんだ、知らなかったよ。ねぇ、一緒に帰ろうよ」
「!」咄嗟に声が出ず、小さく何度も頷いた。
「あーぁ、もう真っ暗じゃん。いつもはこんなに遅くなんないんだけどさ、今日はちょっと部活の後にダラダラしてたからさ。いやー本当に武藤がいてくれて良かったよ」
「えっ……私が?」
 くぉん。───譲羽が私を必要としてくれた。
「いくらあたしでも、これだけ暗くなっちゃうと独りじゃ心細いからさ」
 譲羽は私に答えを返す風でもなく独りごちる。
「ところでさぁ、武藤って部活してたっけ?」
「ううん……」
「あっ、図書室だろう。よく武藤が放課後に図書室にいるって誰かに聞いたことあるよ。じゃあ、いままで本読んでたんだ。凄いなぁ。あたしなんか読むのはマンガぐらいだよ。そうだ『○○○○』ってマンガ知ってる?」
「ううん……」
「スゲー面白いし、感動するんだ」
「そうなんだ……」
「ひょっとして武藤はマンガ読まない人? だったらつまんないよね、こんな話し」
 譲羽は自虐的な笑顔を見せて黙ってしまった。スポーツバッグを肩にかけ直し、真っ直ぐ前を見て歩き出す。私をもう見ていない。
 黙らないでお願い。マンガ絶対買って読むから。読んで譲羽と感動を共にするから。だから済まなそうな顔なんてしないで。私が悪いのに。
 初めて譲羽と帰る道が、こんなに苦しいなんて知らなかった。
 私がちゃんと返事をしないから、譲羽は私が気を悪くしてると思っているんだ……違う! 嬉しいんです! 幸せなんです! なのに一緒にいるのが辛いんです。
 くぉん。───どうして私はこんな処にいるの。消えてしまいたい。

 私は無言の責め苦を受ながら歩き続けた。大股の譲羽に遅れないよう足を動かすのに、半歩、一歩と距離が開いてしまう。頭は急いで足を動かせって命令しているのに、心が私を裏切って歩みを遅くする。
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 あなたの気分を悪くさせたのは私です。あなたの気遣いをフイにしたのは私です。私はあなたのそばにいる資格はないんですね。明日からはもう盗み見たりしませんから、もう想ったりしませんから……いまだけ…………いまだけは一緒にいさせて下さい。
 くぉん。───嘘ツキ!
 くぉん。───デキルハズナイ。諦メレルワケナイ。
 くぉん。───わたしノ中ノ譲羽ヘノ想イハ消セナイヨ。
 私は初めてワタシの声を聞いた。
 なんで? どうして、そんなこと言うの? あなたの言葉はいらないの。私を惑わせないで……。
 くぉん。───本当ニソレデイイノ?
 いいの! これ以上譲羽に迷惑はかけたくないの。そう決めたんだ、だから消えて!!
 くぉん。───馬鹿ナヤツ。
 ワタシの気配はふいに消えた。


 小さな公園が見えてきた。砂場とおざなりに並べられたベンチの他は何もない。二灯だけ設置されたライトが誰もいない砂場を照らしてる。道はこの公園にぶつかって左右に分かれる。
「んじゃ、あたしこっちだから」
 譲羽は私の家と正反対の方を指差し、「サヨナラ」と小さな声で言った。
「えっ!」
 くぉん。───ここでサヨナラは嫌。
 譲羽は振り返らず歩き出す。
 くぉん。───伝えたいことがあるんです。
 譲羽の制服が闇に沈んでいく。
 くぉん。───言いたいことがあるんです。この気持ちを失いたくないんです。
 くぉん。───お願い。私は、
 くぉん。───オ願イ。私ハ、
「待って!」
 駆けだして譲羽の腕をつかんでいた。
「えっ、何?」
「私、私、譲羽に言いたいことが……」
 私が勝手に友達になっただけだけど、明日から譲羽の友達をやめますから、言わせてください。
 無様にすがりつく私を譲羽は呆れたような表情で見ているだろう。
 でも、哀れみの目でもいい、迷惑そうな表情でもいい、冷たい笑みでもいい、これが最後だもの譲羽の顔をしっかりと目に焼き付けておこう。そう決めて顔を上げた、
 うそ、どうして?
「何? 早く言いなよ」
 怒ってもいない、蔑んでもいない。いつもの譲羽の表情があった。
「言いたいことがあるんだろう、言っちゃいなよ」
 くぉん。───分かってくれなくていいです。でも話しを聞いて。
 くぉん。───分カッテクレナクテイイデス。デモ話シヲ聞イテ。
「私…………いつも譲羽のこと想ってたよ! 話しがしたいって! 冗談言って笑いたいって! 一緒にお弁当食べたいって! おかずを交換したいって! 手を繋いで帰りたいって! 嘘ついてゴメンネ。私、肉料理好きだよ! 黙っててゴメンネ。譲羽はちっとも太ってないよ! ずっと譲羽を見ていたんだよ! ずっと譲羽の声を聞いていたんだよ! ずっと譲羽を好きだったんだよ! だから……友達になって欲しかった!!」
 私が話しているのか、ワタシが話しているのか分からない。自分でも抑えられないまま言葉が勝手に口から出てくる。何を言っているか分からない。何を言いたいのか分からない。
「武藤」
 譲羽の静かな声が耳元で聞こえた。と、

 どぉこぉぉぉん!

 いままで経験したことがない頭蓋への衝撃に目の前が真っ白に。
「痛っ!」
 蝶だの星だの小鳥だの、メルヘンチックにデフォルメされたキャラが一瞬飛び交う。痛みと目眩で額を押さえてしゃがみこんでしまった。
「痛ぇ。武藤ォ、あんたの頭は鋼鉄製か……硬すぎる」
 情けない声に目を開けると、譲羽も額を押さえてしゃがんでいる。
 頭突き?
 私だって頭を叩かれたことぐらいある(小さいときイタズラしてお父さんにポコンと軽くだけど)、かくれんぼ中に頭をテーブルに思いっきりぶつけたことだってある、弟とケンカして髪の毛を引っぱられたこともある。でも頭突きは初めて。

「痛かったぁ。で、落ち着いたか?」
 譲羽はにぃーとイタズラ小僧のような笑みを浮かべ、しゃがむ私に手をさしのべてくれる。
「あ、うん」
「一気に喋りすぎだよ。武藤が言っていたこと、ほとんど聞き取れなかった」
「ご、ごめんなさい。私、興奮しちゃって。でも、聞こえなくてもいいんです」
「けど、最後の言葉は聞こえたよ」
 真顔の譲羽に私は思わず視線をそらしてしまった。
「あのさぁ、友達なんて『いまから友達になろう』なんて宣言してなるものじゃないだろう。話したり、何かやっているうちにいつの間にか友達になっているんじゃないか」
「でも……譲羽と話したくても機会もきっかけもなかったし……」
「それは武藤のせいだろう。あたしは誰とだって話すよ。あんたが話そうと努力しなかっただけじゃん」
「譲羽には友達がいっぱいいて、私なんかが入りこむ余地なんてなかったじゃない!」
「勝手に決めつけるなよ。千香だって涼子や愛だって初めから友達だったワケじゃない。誰だって初めての人と話すときは緊張したり、不安だったりするの我慢して話してきたんだ。たぶん千香たちもそう」
 譲羽の言葉は正論だ。ひと言ひと言が私に突き刺さってくる。
 くぉん。───私は鈴木たちとは違う気持ちなの。
 くぉん。───それをうまく言えないから苦しいんだよ。
 くぉん。───譲羽には分かっていない。
「でも、でも、私とみんなは違う。私は……私は…………」
「もうグダグダとウザイ!」
 譲羽は私の肩をつかんで大きく上半身を反らし頭を振った。
 また頭突き! 首をすくめて目をつぶった。
 …………予想していた衝撃は来ない。おそるおそる薄目を開けると、
 ぺしっ。
 と、デコピン。
 へっ?
「やーめた。武藤の頭って硬すぎるんだよ。これ以上頭突きしたら、あたしの方が壊れちゃう。はぁ、あたしこんなところで何やってるんだろう。あーぁ、バカらしい」
 譲羽は大袈裟に肩をすくめた。
「つきあってられないよ、あたしもう帰るから」
 くぉん。───拒絶の言葉だよね……。
 私にはもう言葉がない。譲羽を止めることもできない。
 スポーツバッグを持ち直して、譲羽は自分の道を歩き出す。闇に飲みこまれる手前で立ち止まって振り返った。暗すぎて表情は読めない。
「武藤ぉ、いいこと教えてやるよ」馬鹿みたいに大きな声。「いまみたいにさぁ、セーシュンできるのもトモダチだからだよ」
「!?」
「じゃあ、また明日学校で。でもさぁ、いまどきセーシュン全開なんて、武藤って面白いよ。あははははは」
 スポーツバッグを持ったまま手を振って、また歩き出す。

 私は道に転がっていた空き缶を拾い上げ、譲羽に向けて思いっきり投げた。
「バーカ! 大好きだよ譲羽!」
 空き缶は全然見当違いの方向に落っこちた。

    終

2005/03/19(Sat)12:51:26 公開 / 甘木
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久しぶりの投稿です。短編ひとつ書くのに2週間。我ながら遅筆ぶりに感動すら覚えます。
現在、文章を書くと鬱モードに入っていて妙な作品しか書けません。前作同様、変なこだわり系の人間しか出てきません……鬱だ。ジャンルは一方的な想いも恋のうちだろうと思いLVにしました。間違っていたらごめんなさい。
読んでくださった方から御感想・御指摘がいただけると嬉しいです。辛口・超辛口・罵詈雑言でもかまいませんお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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