-
『E・SU・TE・RU 1〜4(了)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:与那覇陽光
-
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
この物語は、紀元前に本当にあった話である――
E・SU・TE・RU(エステル)
第一話―王の妃―
アハシェロス王の時代――
この王はインドからエチオピアまで127の州を治めていた。
アハシェロス王がシュシャンの城で王座に着いていたころ、その治世の第三年に、彼は全ての首相と家臣達のために宴会を催した。
それにはペルシャとメディヤの有力者、貴族達および諸州の首相たちが出席した。
そのとき、王は輝かしい王国の富と、そのきらびやか栄誉をいくにちも示して、180日におよんだ。
この期間が終わると王は、他の人々のため――主に国民――の宴会を七日間行なった。
酒がだいぶまわってきたとき王は、王妃ワシュティに冠をかぶせ、その容姿端麗で王の自慢でもある王妃を国民に見せようとした。
しかし、王妃はそれを拒み、アハシェロス王は怒り、王妃を位から退かせ宮殿から追い出してしまった。
だが、酔いがさめ王は後悔した。
そこで王は新しい妃を今治めている国全土から選ぶことにした。
『未婚の女性で王の妃になりたいものは満月が二回上がるまでにはシュシャンの城まで来るように。』
というおふれが出た。
そのおふれを一人の歳は五十代半ばあたりの男が見ていた。
その男の名はモルデカイ。ユダヤ人であった。
彼はシュシャンの城の門番だったのでこのおふれのことは知っていた。
だが、こうして改めてみると、門番同士の噂で聞いていた時とはまた別の感情がこみ上げてくる。
モルデカイは敗戦国ユダの王コヌヤと一緒に捕らえられ、捕囚の民とともにエルサレムから移されてきた者だった。
「はあ…。」
彼は人がひしめき合う通りを家へと向かって歩いて行った。
家につき、モルデカイは椅子に腰掛けた
「ただいまエステル。」
「お帰りなさいおじさま。」
エステルは簡素でおとなしいい娘だった。
おまけに容姿は美しく、18歳の年頃でもあった。
「エステル、おふれは見たかい?」
「いいえ、まだですけれど…何か?」
「いや、いい。夕食の時に話す。」
エステルは小首をかしげ、料理の準備に取り掛かった。
「おじさま、元気がありませんよ。」
「ああ。…ちょっと風にあてってくる。」
「そうした方がいいですわ。」
モルデカイは立ち上がると、今しがた帰ってきたのだが、また家を後にした。
夕暮れのほこりの舞う道をモルデカイは一人、とぼとぼと歩いていた。
「ああ、エステルに言うべきか…。」
エステルもまた捕囚であった。
彼女は戦争で両親が死んだため、この歳になるまでおじのモルデカイに育てられたのだ。
「やはり、あのこの将来のことを思うと…。」
モルデカイは腹をくくり、また家に向かって歩き出した。
一方エステルは、その黒い豊な髪をくくり上げ、料理にせいを出していた。
鼻歌まじりに鍋をかき回し、野菜を入れ、パンを準備し、席を整えた。
「あ、おじさまお帰りなさい。」
「ただいま。」
モルデカイは楽しそうにしているエステルをみて胸が張り裂ける思いがした。
(ああ、やはり言わぬ方が良いのでは…。)
そう思いつつ食卓に着いた。
モルデカイは簡単に祈りをささげ、食事し始めた。
食卓はスープをすする音と、パンを食べる音しか聞えなかった。
「おじさま、食事のとき話をするといっていましたが…?」
エステルがしばらくして言った。
「ああ、そのことか…・。」
モルデカイは顔をあげた。
「エステル、お前は…・宮殿に行きなさい。」
「え?何を突然…。」
「今日、おふれがでたのだよ。王の妃になりたいものは満月が二回昇るまでにシュシャンに来いと…。」
エステルの顔が曇った。
「それで私に行けと…?」
おさえてもこみ上げてくる感情がエステルを支配しようとしていた。
声が震える。
「おじさまは私をお払い箱にしたいのですか…?」
「違う。」
「では、なぜ私を宮殿に行かせると…妃になれと言うのですか!?」
「エステル、違う!もうわしはお前を養えないのだ!ここのところ財政が厳しくなり、給料がへってしまい、今は自分のことでてがいっぱいなのだ!」
「私はいやです!ここにいたいです!おじさまだけが唯一の肉親だというのに!!」
「わしも好きでお前を妃にしてしまうと言ったわけではない!わしだってお前と離れたくは無い!ああ…エステル、わかっておくれ…。」
エステルは呆然と突っ立ていた。
目が宙を落ち着きなく見回している。
「エステル、わかってくれ…わしはもうお前を養っていけないのだ…。」
モルデカイが呟いた。
とたんにエステルは泣き出した。
「おじさま分かりました…私はシュシャンへと行きます…。」
「エステル…。」
モルデカイはエステルを抱きしめた。
エステルはモルデカイの腕の中ですすり泣いた。
「心配する事は無い…。」
モルデカイの言葉が闇に飲み込まれた。
エステルは明日、シュシャンへと旅立つ。
第二話―シュシャン―
夜明け、モルデカイはエステルに言った。
「いいかエステル、ユダヤ人だと知られてはならん。」
「なぜ?」
「われわれユダの民は捕囚、王に知られたらエステル、命は無い。」
エステルはうなずいた。
「でも、おじさまはシュシャンの城の門番ですよね?会っていいのですか?」
「だめだ。」
モルデカイはぴしゃりと言った。
「エステル、少しでもユダヤ人だというそぶりを見せれば殺される。無論わしとは会えない。これからずっと、な。」
シュシャンの城の女たちの監督官ヘガイ。
彼女の目は黒く輝いており、髪もまた黒く肌は白い。
彼女はぞくぞくと城にはいってくる娘達を各部屋に割り当て、それぞれ専門の教師や王宮から選ばれた七人の侍女をつけさせた。
「ふーこうなるなら、妃を追い出さなければ良いのに…。」
ヘガイは溜息をつき自室の椅子に倒れるように座った。
「ヘガイ様、時間です。」
しばらくもしないうちに侍女がそう告げにきた。
「わかった。」
エステルは王宮にある離れの建物に他の娘達と一緒にいた。
彼女達はたがいに自己紹介をしていた。
「わたしはエチオピヤからきたヘルガ…歳は…。」
「わたくしはペルシャから来た…・わたくしの民族は…。」
などなどだ。
娘達は離れの建物の広場に集まり、ヘガイから説明を受けていた。
「あなた達が王宮の礼儀や言葉づかいをならう期間が12ヶ月ある。しっかりと勉強に励み妃になれるようがんばりなさい!」
エステルは説明が終わると、真っ先に自室に戻ってこもった。
侍女が聞いても、民族や生まれを明かさず、だまったままだった。
「おじさま…。」
エステルはある日、自室の窓から庭を眺めていた。
他の娘達が庭で雑談や歩く練習をしている。
モルデカイは外から中の様子をうかがっていた。
「…やっぱりエステルは出てきていないか…。」
モルデカイは溜息をつくと、また巡回し始めた。
「エステル。」
エステルはドアをノックされた。
「はい?」
ドアを開けると、ヘガイが立っていた。
「エステル、何かほしいものは?何でも構いませんよ。」
「いいえ、いいです…。」
「そうですか。では、がんばりなさいね、勉強を。」
エステルは頭を下げるとドアを閉めた。
「うーん…本当に欲が無い。」
「そうでございましょう?ヘガイ様。」
ヘガイはエステルの元気が無い、欲が無くてつかみ所の無い娘だと聞いて、励ましにまた、本当にそうなのか確かめに来ていたのだ。
「生まれは明かさない。民族は教えない…ほんとによくわからない子だ。」
ヘガイは溜息をつき自室へと戻っていった。
月日はながれ、12ヶ月がたった―――。
「では、説明する、まず一人ずつ王に会う。その後は王が呼ばぬかぎりもう二度と王に会う事は無い。王に取り入る方法は自分で考えよ。侍女たちに言って化粧をするも良し、踊りを踊るのもよし。以上!」
ヘガイはそう言うと広場から出て行った。
「エステル、だってさ。」
「え、あ、うん。」
エステルは、エチオピヤ人のヘルガと友達になっていた。
彼女の歳はエステルくらいで、髪は金髪、目は綺麗な青色だ。
「あたし、エステルの二つ前よ。」
「うん。」
エステルたちは呼ばれるまで部屋で待機しているように言われた。
「あ、あたし、化粧をしましょうかしら?エステルは?」
「え?私は別になにも…。」
「あ、そういえばエステルってそういう人よね。じゃ、あたしの部屋はここだから。後でね。」
エステルはヘルガと分かれて自室へと戻った。
部屋にはいると、侍女が七人待っていた。
「エステル様、どのようにいたしましょうか?」
「いえ、いいです。」
「ですが…。」
「本当にいいですから。」
エステルは愛想笑いをすると、椅子に座った。
「…では、せめて着られるものだけでも…。」
侍女の一人が言った。
「い・・。」
エステルは断ろうとして考えた。
着るものぐらい別にいいか。
「い・・いえ、はい。お願いします。」
侍女はにこりとほほえむと、エステルを着飾り始めた。
「あの、私は別にこんな派手にしてもらわなくても…。」
「いいえ、王様に会うのですから、このようにしておかなければ…。」
「でも。」
「あ、順番がまわってきたようです。」
エステルは侍女にそっと部屋から出された。
エステルがとまどっていると、ヘガイがエステルに言った。
「こっちです。」
エステルは戸惑いながらもヘガイについていった。
アハシェロス王は一目でエステルのその簡素さ、着飾らないのを気に入った。
そして、エステルが戸惑っているあいだに式があげられ、エステルはアハシェロス王の妃になった。
モルデカイはその知らせを聞いて、喜んだ。
「ああ、これでエステルがユダヤ人とばれなければ万事は全て上手くいく…。」
「エステル、おめでとう!」
ヘルガは真っ先にエステルを祝福しにきた。
「ありがとうヘルガ…でも、あなた…。」
「ああ、もう気にしないで!妃になったのはあなたよ。あたしがとやかく言う資格は無いわ。」
「…ありがとう。」
ヘルガはエステルを抱擁し、城を出て行った。
「ありがとう、ヘルガ。」
エステルは呟いた。
月の綺麗な夜、モルデカイは巡回中にある二人の宦官の部屋の前にきていた。
そこから話し声が聞えてきた。
その内容とは…・?
第三話―虐殺計画―
モルデカイはその日、新しい妃のための宴会が開かれている宮殿の門の前に座っていた。
祝いのため、各地から首長などが集まってきていた。
最後の首長が宮殿に入ったので、モルデカイは立ち上がり、門をしめると巡回をはじめた。
宮殿の敷地は恐ろしいほどに広く、モルデカイが後宮(妃などが住んでいる場所)についた時はとっくに日が暮れていた。
星が夜空に輝き、月があたりをてらしている。
一目エステルをみようとモルデカイが後宮の奥に進もうとした時、話し声が聞えてきた。
「?」
モルデカイは声のする方に歩いて行った。
モルデカイと同じく王宮の門を守っている宦官の部屋の前に着いた。
ひそひそと声をひそめて話している。
怪しいと思ったモルデカイは、その部屋にできる限り近づいた。
その部屋の宦官はビグタンとテレシュといった。
ふたりはアハシェロス王に腹を立てていた。
「まったく、あの愚王めが。」
「まったくだ。好き勝手に宴会を開き、今度は妃まで取り替えおった。」
「それに捕囚にはきびしい。俺の親父は捕囚というだけで水も買えなかった。」
「殺してしまおう。」
「ああ。」
(大変だ…!)
モルデカイは会話を聞き終えると、きびすを返してエステルの元へと走っていった。
エステルは宴会を終えて、自室の人払いをするとぐったりと椅子に腰掛けた。
そこへ、エステルと呼びかけてくる声が聞こえた。
「?」
エステルは顔を上げた。
エステル、また聞こえた。入り口近くの窓の外から聞えてきた。
「誰?」
「エステル、わしじゃ。」
「おじさま?」
エステルは急いでその窓に近づき、開けた。
「おじさまどうしてこんな所に…早く戻らないと・・見つかったら殺されます。」
モルデカイは身をかがめていたのでエステルは窓から乗り出す格好になった。
「それにもう会えないといったのはおじさまですよ?」
「それは分かっている。」
「では・・。」
「聞けエステル、王の命が狙われている。」
「何ですって!?」
「っし!」
エステルは口をつぐんだ。
「いいか、よくお聞き。王の命を狙っているのは、ビグタンとテレシュという宦官だ。わかったかい?ではわしはもう行く。」
「あ、おじさま。」
エステルが言った時、もうモルデカイの姿は闇に消えていた。
「おじさま…。」
エステルは悲しそうに呟くと、今モルデカイが告げにきたことを王に言いに行った。
王は自室の寝具に身を横たえていた。
隣には王のいうことを書き留める家来が立っていた。
「…そうだな・・エステルは器量よしで、簡素だ…。」
家来がペンを走らせる。
と、一人の衛兵がやってきて言った。
「王様、妃様が面会したいと言っております。」
「ん?通せ。」
アハシェロス王は手をひらひらとふりながら言った。
しばらくしてエステルが部屋にはいってきた。
「おお、エステル。何か用か?」
エステルはひれ伏すと切り出した。
「アハシェロス王様。あなたの命が狙われていると、門番のモルデカイおじ…いえ、モルデカイが言っておりました。」
「なに?まことか?」
「はい。」
「して、そやつらの名は?」
「宦官のビグタンとテレシュと言います。」
「ぬぬ・・衛兵!」
アハシェロス王が呼んだ。
一分と立たないうちに衛兵が四〜五人駆けつけてきた。
「衛兵、宦官のビグタンとテレシュというものをひっとらえてこい!」
「はっ」
衛兵はビグタンとテレシュを捕まえに行った。
「エステル、よく予の命が狙われていると教えてくれた。褒美を取らせよう。」
「ありがとうございます。しかし褒美は門番のモルデカイおじ・・モルデカイにお与えください。もともとおじ・・彼が告げにきたので。」
「いいだろう。近いうちモルデカイに褒美をやろう。」
「では。」
エステルはそういうと部屋にもどっていった。
宦官のビグタンとテレシュは後日磔にされた。
この出来事の後、アハシェロス王は、アガグ人ハメダタの子ハマンを重んじ、彼を昇進させて、その席を、彼とともにいるすべての首長たちの上に置いた。
それで、王の門のところにいる王の家来達はみな、ハマンに対してひざをかがめてひれ伏した。
この日もハマンは自分に対してひれ伏している王の家来達を見下ろしながらゆうゆうと歩いていた。
ハマンはモルデカイの前にきた。
しかしモルデカイはひれ伏しなかった。
周りの人たちがどんなにひれ伏しろと言っても、「神以外にひれ伏したくはない。」と言ってひれ伏さなかった。
ハマンはその事に腹を立てた。
ハマンは自室に着くと、家来の一人に聞いた。
「あの、我にひれ伏さなかった者の名はなんという?」
「は、モルデカイというユダヤ人です。」
モルデカイは周りの家来には自分の民族を教えていたのである。
「そうか…ユダヤのモルデカイ…!」
ハマンはモルデカイ一人に手をくだしても満足しなかった。
そこでハマンはユダヤ人を皆殺しにしようと考えて、王に告げに行った。
ハマンは王に告げた。
「あなたの王国の全ての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は他の民族の法令と違っていて、王の法令を守っていません。それで、彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。
もしも王様、よろしければ、彼らを滅ぼすようにと書いて下さい。私はその仕事をする者たち銀一万タラント(1タラントは34キログラム)量ってわたします。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう。」
「ほうそうか…よろしい。」
王は指から銀の指輪をぬきとると、ハマンにわたした。
この指輪の印をおされた法律は取り消す事はできないのである。
王は言った。
「その銀はそちに授けよう。また、その民族もそちの好きなようにしてよい。」
「ありがとうございます。」
ハマンは例を言うと、さっそく第一の月の十三日に、王の書記官が招集され、ハマンが、王の太守や、各州を治めている総督や、各民族の首長たちに命じた事が全部、各州にはその文字で、各民族にはそのことばでしるされた。
それは、アハシェロスの名で書かれ、王の指輪の印が押された。
それには、第十二の月、すなわちアダルの月の十三日の一日のうちに、老若男女、子どもまで全てのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの財産を全て奪えとあった。
各州に法令として出されるその文書が写しが、この日の準備のために、すべての民族に公示された。
この公示はシュシャンの城でも発布され、シュシャンの街は混乱におちいった。
『第十二の月の十三日の一日のうちに、すべてのユダヤ人を抹殺し、その財産を奪うこと。』
ヘルガは小さく声に出して読み上げた。
「大変、エステルに教えなきゃ…エステルのおじさまが殺されてしまうわ…。」
しかし、エチオピヤからはシュシャンは遠すぎた。
「大丈夫、急げば間に合うわ。」
ヘルガはそう言うと、すばやく旅支度を整え、シュシャンの城へと向かった。
終章―そして、ユダヤ人は―
草が生い茂る平原に一頭の黒い馬が疾走してゆく。
黒曜石のようなツヤのあるその馬は、本当に何もない平原を疾走してゆく。
見えるのは果てしなく続いている平原に、すいこまれそうな青い空。
その空に点々とうかぶ白い雲。
馬は土ぼこりをあげ、小石をけちらしながらかけてゆく。
その馬にのっている者の名はヘルガ、シュシャンに向かっている。
馬は疾走してゆく。
シュシャンにむかって。
エステルは呼ばれないかぎりずっと後宮にこもっていた。
だから、ユダヤ人を殺せというおふれについては何一つ知らなかった。
今日もエステルは窓から見える中庭の景色をただ、ぼうっと眺めていた。
中庭の池にいる魚がはねた。
「エステル様。面会人が来ております。」
エステルはゆっくりと振り向いた。
「誰です?」
「エチオピヤのヘルガと名乗っております。お通しいたしますか?」
エステルの顔が輝いた。
「ええ、通してちょうだい。」
侍女は頭を下げて退室した。
「ヘルガがきてる…。」
エステルは呟いた。
ヘルガは侍女に案内されて、後宮へと続く回廊を歩いていた。
広々とした宮殿に改めて驚いていた。
後宮へと続く回廊の柱は白く輝いており、床は大理石、天井には絵が描かれていた。
その絵は金ぱくで線が縁取られており、その絵は神々の絵であった。
「ここです。」
侍女が言った。
ヘルガの前には白い扉があった。
その扉のとっては金ぱくがはられていた。
その扉は回廊のつきあたりにあった。
「エステル様、エチオピヤのヘルガを案内してまいりました。」
中からは、
「いれて。」
懐かしい友の声が聞こえきた。
「ヘルガ。」
「エステル。」
二人は抱擁した。
「ああ、エステル。会えてよかったわ。」
「私もよヘルガ。」
エステルはヘルガに椅子をすすめた。
「いえ、結構よ。ところで、エステル。私が今日ここにきたのは理由があるのよ。ただ、あなたに会いたかっただけではないの。」
「なあに?」
ヘルガはエステルの部屋を見回した。
「ちょっと人払いをしてくれないから。」
「いいわよ。」
「それで?」
エステルは人払いをして、扉を閉めた。
「エステル、知らないの?」
「何を?」
「知らないみたいね…いい、よく聞いてエステル。」
ヘルガはそこで息を吸った。
「エステル、第十二の月の十三日のうちの一日にユダヤ人を殺せっていうおふれがでたの。」
「え?」
エステルはぽかんと口を開けてヘルガを見た。
「知らなかったようね。」
エステルはしばらく固まっていたが、口を開いた。
「ユダヤ人が殺されるってどういうこと?」
「それはよく分からないの。でも、これだけは分かってる。そのおふれには王様の指輪の印がおされていたの。」
「そんな…。」
ヘルガはそれだけ告げるとエチオピヤに帰っていった。
エステルは、ヘルガにはユダヤ人だと打ち明けていたのだ。
夜、エステルは椅子にもたれかかり、しばしぼうぜんと宙を眺めていると、呼ばれた。
「エステル、わしじゃ。モルデカイじゃ。」
エステルは椅子から立ち上がると中庭に面した窓を開けた。
「おじさま?どうしてこんな所に。」
「エステル、すまない。わしのせいでユダの民が殺される事になったのだ。」
「知っているわ。…・え?おじさまのせい?どういうこと?」
エステルはモルデカイに聞いた。
「実はエステル…。」
モルデカイは告げた。
ハマンに頭を下げなかっただけでこのようなことになったと。
「では、ユダヤ人を殺せというのは、王ではなくハマンがだしたと?」
「そうじゃ。」
モルデカイはうなだれながら答えた。
「エステル、すまない本当に。…・どうかエステル、お前だけは生き延びてくれ。王の印が押されたおふれは妃とて例外ではない。」
モルデカイはエステルに抱擁すると、去っていった。
エステルは窓を閉めると、ろうそくの火を消し、考えた。
(ユダヤ人を殺せというおふれは多分、ハマン大臣が王をいいくるめて出したのに違いないわ。だったら…・。)
次の日、後宮には侍女の声が響いていた。
「いけません!内庭に王のゆるしなくはいるなど…・!」
「でも、王はそこで宴会をしているのよ。」
「エステル様!」
「大丈夫、王の金のシャクさえ向けてもらえば生き延びられるから。」
王の内庭に許しもなく入ると、死に値する。
その事を承知でエステルは、内庭に向かった。
ユダヤ人の、モルデカイのために。
エステルは、王妃にふさわしい格好をして、侍女が止めるのも聞かずに内庭へと向かった。
王は驚きのあまりくちをポカンと開けていた。
「王よ、どうかここにきた無礼をお許しください。」
エステルはそう言ってひれ伏した。
「エステル、ここに予の許しなく来るということはどういうことか分かっておるだろうな?」
王は呆然としながら言った。
「承知しております。」
「よろしい…予はそなたを金のシャクをもって許す。」
王はエステルの勇気に感銘をうけ、金のシャクをエステルにむけた。
「ありがとうございます。王よ、明日、ハマン大臣と共に酒宴を開きたいと思います。」
「何?明日か?ハマン大臣と予だけで。」
エステルはうなずいた。
「いいだろう。では、明日。」
エステルはこっそりとモルデカイに会いに行った。
「エ…エステル・・。」
モルデカイは驚いてエステルを見ていた。
「そんな…大胆な…。」
「おじさま、私と一緒にどうかお考え下さい。どのようにしたらハマン大臣がユダヤ人を殺そうとしているか告げられるのを。」
「ん…いいだろう。では、こうしよう・・。」
「私は、ユダヤ人がこの方法で失敗し殺されてしまったのなら、三日三晩、侍女と、おじさまと共に断食いたします。」
エステルは別れ際にモルデカイに告げた。
次の日、ハマンはうかれながらきた。
「ああ、妃が王とわたしだけのために酒宴を開いてくれたとは!」
ハマンは酒宴の席についた。
侍女が踊り、杯をつぎ、酒宴も絶好調に達した。
「エステルよ、予に頼みたい事があるのだろう?」
王がふいにエステルに言った。
「はい。」
「もうしてみよ。」
「今は…明日、もう一度いらしてください。」
次の日、同じように酒宴が行なわれ、同じように王は聞いた。
答えは同じだった。
次の日、また酒宴が行なわれた。
「エステル、今日こそは答えてくれ。」
「はい、答えましょう。」
酒宴が絶頂を迎えたときに王が言い、エステルが答えた。
「王よ、私と私の民をどうかお救い下さい!」
王は驚いてエステルを見た。
「私はユダヤ人です。そしてそのユダヤ人はこのハマン大臣によって殺されようとしているのです!!」
ハマンは酒を噴き出した。
「ハマン!どういうことか!?」
「い・・いえ、わたしは…。」
「予はそなたに指輪を貸した。あの指輪はそのようなことに使ったのか!?」
「そ…それは…。」
「誰か、この逆賊をひったてい!…よいかハマン!予の民が、捕囚であっても、予の民に手をかけることは許さん!」
ハマンは兵士によって捕らえられた。
「王よ!どうか慈悲を…!!」
「うるさい!」
と、一人の兵士がやってきて王に告げた。
「王よ、ハマンの家の庭に門番のモルデカイをかけるための木がございます。」
「なに?では、それにハマンをかけよ!」
ハマンは自分で作った磔の木によって死んだ。
「エステル、あっぱれであった。」
「ありがとうございます。あの…ところで、ユダヤ人を殺せというおふれは…?」
王はそれを聞くと、きまずそうに顔をしかめた。
「うむ…いいずらいのだが…王の印がおされたおふれは取り消せないのだ。」
「そんな…。」
「いや、なに、またあたらしいおふれをだせばいいのだ。」
「え?」
「第十二の月の十三日のうちの一日のユダヤ人虐殺について、その日はユダヤ人は武器をもってして抵抗してよいと。」
そのおふれはただちに全国にだされ、ユダヤ人は生き延びた。
その後モルデカイはエステル側近になった。
これが今でも語り継がれているエステル記、又はエステル物語である。
-
2005/02/27(Sun)16:54:34 公開 / 与那覇陽光
■この作品の著作権は与那覇陽光さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
E・SU・TE・RUです。
この物語は紀元前に本当にあった話だそうです。
今でもイスラエルという国に語り継がれているそうです。
え?どんな所が?
それは読んでいけば分かります。
玉の輿だけでは終わりませんので。
ちなみにヘルガというのはわたしが考えた人物です。
最後が余白多すぎました。
そして何か軽い終わり方です;
ごめんなさい。ここまで読んでくださった方。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。