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『花の魔女』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:umitubame
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第1章 昔語り
1
知っていますか、とその人は言いました。私は会ったことがあるのです、と。
私がその人に出会ったのは、ある秋の収穫祭の最中でした。その老婆は賑わう広場の噴水に座り、微笑んでいました。ふくよかな頬に真っ白な髪をした上品な感じのおばあさんでした。私は友人と待ち合わせをしていて、偶然、その隣へ腰掛けたのです。おばあさんは、優しく私に声をかけました。
私はね、昔は世界中を旅する冒険者だったんだよ。今でこそこうやってはいるがね、でもたまに、まだ体が疼くことがある。もう一回世界をみたいって言っているのかねえ。
こうやって、収穫祭の時期が来るとね、いっつも思い出すことがあるんだよ。どうだい、お姉さん何かの縁だと思って聞いていってはくれないかい。もう、古い古い思い出なんだけどね、でも、思い出してしまうとどうしても誰かに聞かせたくて聞かせたくて。それに、あんたは私の若い頃に少し似ているんだよ。まあ、私の方が幾分か美人だったけれど。
それは、遠い遠い町だった。もう、とうに名前など忘れてしまったけれど、それでも四角い建物の真っ白な壁や、道路に並んだにぎやかな露店なんかは、忘れようのないものだった。記憶の片隅で少し誇張されている部分もあるだろうが、それでも、美しいと言うことには変わりない。
私はそのときまだ16歳の若輩者で、たしか、どこかの旅団と一緒に旅していたと思う。
その旅団というのが、また、おもしろい人間の集まりだった。何というか、もう、人と言っていいのかすら危ぶまれるほど。まずあげるとしたら、団長のダニー。彼は胃が鞄の代わりだった。胃の中にいろいろなものを入れておいて、後で出して使う。胃散で溶けやしないのかとか、あれだけのものが本当に胃の中に入っているのかとか、今でも謎なことは多い。他には、コックのリリア。かわいらしい姿の女の子だったが、どういう訳かみんな食事の時以外近寄ろうとしなかった。はじめいじめられているのかと思って声をかけたら、とたん自分の髪が真っ黒に焦げていることに気づいた。彼女は話すとき一緒に口から炎を出してしまうらしい。まあ、この時点でほぼ人間ではないのだけれど。あとは、怪力なジーンとか、自称魔女であるカンナ、フードをとったことのないフィオサ。もう一人、ルイスという男がついて回っていたが、彼は私と同様、この旅団の一員ではなかったし、至ってまともだった。
町に着いて、ジーンはからかうように私にあることを教えてくれた。
「おい、タルマ知ってるか」
「なにを?」
「この町の伝説をだよ。なんだあ?冒険家たるものそんぐらい知ってて当然じゃあねえか。まだまだだなあ、おめえも」
「うるさいなあ、なんなんだい」
私はむっとしていった。図星であるだけによけいに腹立たしかったのだ。
「魔女がいるんだよ」
「はあ、魔女ならあんたのところにもいるじゃないかい」
カンナが「呼びましたか」とこちらに駆け寄ってくる。
「こいつなんかみたいなインチキじゃあねえよ。ちゃんとした魔法を使う美しくも恐ろしい魔女だよ」
「失礼ですね。私だってちゃんとした魔法くらい使えるの知ってるじゃないですか」
カンナが憤慨する。それを軽く流して、ジーンは続けた。
「その魔女はな、ここいらじゃ花の魔女って呼ばれているらしい。なんつうか、この町では世界には自然を司る魔女があちらこちらにいるって考えてるらしい。たとえば、風の魔女とか、炎の魔女とか。で、その魔女の一人がこの町の南の森の奥深くに住んでいるってんだ。だから、この町の人間は森の奥に誰一人として入ろうとしねえ。魔女ってものは神聖なものらしいからな」
「変なの。うちらにとっちゃ、邪悪以外の何者でもないのにねえ」
私はわざと横目でカンナをみた。
「邪悪なんかじゃないです」とカンナが頬をふくらませたのがおかしくてジーンが思わず吹き出していた。
「で、なんでそんなこと私に教えるんだい」
私は聞いた。
「そうだった、それだよ」とジーンは思い出したというように私の肩をばしばしたたいて笑った。
「なんとな、その魔女がな、不老不死の薬の製造方法を知ってるって話なんだよ」
「なにを、またやましいことでも考えてるのかい」
「なあに、なあんも、俺はまっすぐな性根の人間だからね」
よく言いますね、とカンナが横でため息をつく。
「だから、なんの意味もありゃしないさ。俺はただ、天下の冒険者様にお得な情報を一つ提供しただけさ」
顔が笑っていた。それをみて、私はジーンが冒険者である私をたきつけて、その方法を探らせ、自分もちゃっかり知ろうとそう考えていることを直感した。
まあ、そこまで知っていて魔女捜しをしてしまうのは、冒険者の血のせいだろうか。
2
馬鹿馬鹿しい話だと思いました。だって、非現実的すぎるでしょう。胃袋の中のものを自由に取り出せる人間や火を噴く人間がいったいどこにいると言うのでしょう。それに、ここ百年ほど世界は大飢饉におそわれていて、この町で収穫祭なんて祭りができるようになったのも、ここ十数年のことなのです。このおばあさんが若かった頃なんて、どう考えても世界が一番貧しかった時で、そんなきれいな町があったなんて信じられるはずがありません。
そのとき、私はある噂を思い出しました。パン屋の前でおしゃべり好きのおばさんたちが話していた噂です。
裏通りの三軒目の二階に住んでいるおばあさんいるでしょう。あのおばあ さんね、最近よく広場にいるのだけどね、なんだか相当耄碌しているみた いで。なんだか変な話を子供たちにするみたいなの。
ああ、聞いたことがあるわ。なんか魔女だかなんだかが神様みたいにっ て。ああ、恐ろしい。子供たちに十分気をつけるように言わなければ。悪 魔の化身を神なんて言ったら罰があたってしまうわ。
きっと、この人を言っているのだと思いました。やや、大げさすぎる話だとも思いました。それでも、私は彼女に不審の目を向けることしかできませんでした。だって、この町の宗教は私の胸にもすでに深く刻まれているのですから。
そんな私の目を見ておばあさんは少し悲しそうに笑いました。
あんたも、信じちゃあくれないんだねえ。まあ、初めからわかっちゃあいたけどね。なにせ、この町には“常識”があふれすぎている。そんな顔しなさんな。ぼけたばあさんの戯言だと思って聞いてくれればいい。おとぎ話だと思ってきけば、おかしくも何ともないのだから。
「行くのかい」
と後ろから声が降ってきた。
「ずいぶんと早いんだな」
馬鹿にしているような、少し皮肉めいた声だった。
そこには、窓から顔をのぞかせているルイスがいた。私は少し意外な気がして、「ああ」と気のない返事をした。
だって、この男、いつも皆の中にいても口をきいたことがない。だから、私も彼の声を聞いたことがないし、もちろん話をしたこともない。
「まさか、ジーンの言うことを真に受けたんじゃあないだろうな」
やはり、からかったような口調でルイスは言う。別になんてことのないことなのに、なぜか腹が立つそんな口調だ。
「悪いかい」と私はむっとして答える。
「悪くなんかないけど」とルイス。
「ただ、女の子が空が暗いうちに一人で出歩くのは危険かなと思って」
饒舌だ。なぜ、今まで何一つしゃべらなかったのかが不思議なくらいである。
ルイスはこちらを見てにやにやしながら、私の反応を伺っているようだった。
「用がないんなら行くよ。話なら後にしてくれないかい」
私は冷たく背を向けて、歩き始めた。静かな町に、革靴のそこが意外なほどに大きな足音をたてる。
そのとき、突然私の手首を誰かがつかんだ。ルイス。
二階の窓から飛び降り、私を追いかけたらしい。
「なんなんだい」と私は怒って叫んだ。
ルイスはちゃかしたような光を秘めて私を見つめて、言った。
「だから、夜道を行く女の子のナイトになってやろうとしているんだよ」
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2005/02/22(Tue)16:05:17 公開 / umitubame
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