『夢々』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:神夜                

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     「夢々」



 夏が間近と迫ったその日、東仙倖弥(とうせんゆきや)は見知らぬ土地を彷徨っていた。
 なぜ見知らぬ土地を彷徨っているのかというと、倖弥が実は記憶喪失で帰る家がわからないとか、リストラされて家族の下に帰れずに逃げ出して来たとか、両親に結婚を反対されて心中するためとか、成績が悪いことを怒られて家出したとか、そういったことではない。それは違う。そもそも倖弥の記憶は物心突いた頃くらいからならちゃんと頭の中にあるし、リストラ以前に会社に勤めたことすらないし、結婚するしないの前に相手がいないし、成績云々のことなど今年で二十一歳になった今ではもはやどうでもいい。
 ならばなぜ見知らぬ土地を彷徨っているのかと言えば、無銭旅行みたいなものである。それには核たる理由があるのだが、単純に知らない土地を彷徨い、見つけた旅館に泊まって、また違う町へと歩き出すということが普通に好きなのだ。一種の趣味に近いと思う。正確には無銭ではなく必要な分だけの金は持っているのだが、気分では無銭なのだ。それに元来金回りはあまり良くないし、下手をすれば今日びの高校生より持ち金が少ないかもしれない。倖弥の周りを巡る金などそんなものである。そして恐らく、これからも一生、大金と言って胸を張れるだけの金を触ることもないだろう。金は天からの回り物、だとか何とか言った奴がいたが、そんな訳はないのである。
 倖弥が彷徨う土地は、田舎と決めている。そうしないと旅館が無いのだ。都会だとホテルなどがメインで旅館が無い。値段は似たり寄ったりだが、やはり泊まるのなら旅館である。それにホテルが無かった場合、まさかその辺に馬鹿みたいに立っているラブホテルに男一人で泊まるのも気が引けるのだ。田舎なら最悪、訳を話してその辺りの民家に泊まれるかもしれない。事実、過去に何度かそれで助けてもらったことがある。帰りにおにぎりを手渡されて「頑張りやあ」とお婆ちゃんに泣きそうな顔で言われたのにはさすがに参ったが、それでも感謝感謝だ。倖弥は今日も頑張ってます。
 アスファルトで舗装されていない道を歩いていると、駄菓子屋のようなものを発見した。今ではもうほとんど見れないような、昔懐かしの建物。そういう昔ながらに変わらぬ形である建物や物を見るのが倖弥は好きである。それもまた、一種の趣味である。田舎を巡ることにしているのは、旅館に泊まれるし昔の物が見れるという二つを兼ねているのだ。一石二鳥、という奴ではないだろうか。
 汗を拭いながら、倖弥は駄菓子屋に赴く。子供の頃に親からもらった百円玉を握り締めて駄菓子屋に走った記憶が僅かに蘇る。そのときに買ったお菓子が幾つか目についた。三色ガムやうまい棒、どんぐり飴にゼリーに五円チョコ、スルメに当たりつきのベビースターもどき。そんな思わず頬が緩んでしまうようなものを順に見渡してから、倖弥の視線がガラス張りの冷蔵庫に止まった。中に見えるはラムネの瓶。久々に飲んでみようかと思う。
 冷蔵庫に歩み寄り、ドアを開けて中から瓶を一つ取り出して閉めようとしたときに、ドアの端っこに『ラムネ100円』という張り紙があることに気づいた。ドアを閉め、ラムネ片手に財布を取り出して中身を漁る。だいじょうぶ、ラムネを買ってもまだしばらくは生活できる。いや、高々百円で生活がぐらつくほど貧しくはないが、それが積み重なると大きくなるのだ。塵も積もれば山となる、という奴だ。
 百円玉を探し当ててから店内を見回し、今更にレジに誰もいないことに気づいた。しかし奥からテレビの音のようなものが聞こえるので、たぶん呼べば出て来るのだろう。倖弥はこんな店の風景が好きだった。都会で店を開けて置いたら、下手すれば一ヶ月で閉店である。近頃は子供でも平気で万引きなどをするから恐い。油断も隙も無く見ていなければいつやられるかわからない。そんな物騒な世の中になってしまったのだ。なのに、ここには店番すらいない。平和な証拠である。
 すいません、と声を掛けると店の奥から「はーい」という返事が聞こえた。待つこと数秒、現れたのは生まれたての山羊のような曲がった腰をした老婆だった。そんな曲がってだいじょうぶなんですかと突っ込みを入れたくなるが、杖も使わずに器用にやって来る老婆の姿を見るとどうやらだいじょうぶらしい。レジに座り込んだ老婆に「これを貰います」とつぶやいて百円を台の上に置く。
 その場で封を切って蓋代わりにあるプラスチックでビー玉を押し込む。ラムネの炭酸独特の心地良い音がした。喉を通って過ぎる炭酸が、汗を掻いていた今はどうしようもなく美味いと思う。ラムネを半分ほど飲み終わったとき、中に入っているビー玉が詰まった。それをどうにかして取ろうと舌で格闘を挑んでいると、その光景を見ていた老婆がしわくちゃの顔で笑う。
「あんた、ここへは何し来たんだい。旅行かい?」
 返事を返そうと思って瓶から口を離そうとすると、なぜか舌が引っ付いてしまった。微妙に焦ってから引っこ抜くと舌に血が通っていないような嫌な感じがして、情けない顔で老婆を振り返って苦笑する。
「え、ええ。そうです、そんなトコです、」
 ちょうどよかった。
「聞きたいんですが、この辺りに旅館などありませんか?」
 老婆は少しだけ考え、
「旅館? ……ああ、そこを出て右に真っ直ぐ行けば、夢滝っていう旅館があるよ。もしそこへ行くのなら、『駄菓子屋の紹介』で来ましたって言えば安くしてくれるはずだよ」
「本当ですか? それは助かります」
 願ってもないことにお礼を言いながら、倖弥はしばらく老婆を会話を続けた。
 ラムネをすべて飲み終わったとき、倖弥はもう一度だけ老婆にお礼を言って店を出た。道を真っ直ぐに右に歩いて行く。駄菓子屋の時計は午後の三時を指していたので夕暮れまでにはまだ時間が掛かるだろうが、できるならそれまでには到着したい。とは思っていたのだが、案外その旅館は近くにあった。道に沿って歩いていると、『夢滝旅館』と書かれた看板があって、その次を左に曲がれば到着であった。
 綺麗に整えられた庭を抜けて見えて来るのは、古臭いがどこか懐かしみがある旅館の建物だった。この町には観光名所などは無いように思っていたが、近くの駐車場に停まっている車の数が多いのでそれなりに繁盛しているのだろう。もし名所などがあるのなら、また聞いてみよう。
 倖弥が旅館のドアを開け、中に入るとちょうど通り掛った女将が迎えてくれた。
「ようこそ夢滝へお出でくださいました。ご予約のお客様でしょうか?」
「あ、いえ、予約はしてないんですが……その、駄菓子屋の紹介で来ました」
 言うのが少しだけ躊躇われたが、女将はその言葉を聞くと「ああ」と声を漏らして、
「貴方が吉田さんに紹介された方ですね。お話は先ほど電話で窺っております。さ、どうぞ。お荷物をお持ちします」
 どうやらあの老婆が先に手回してくれていたらしい。重ね重ね申し訳ない、そしてありがとうございます。そんなことを心の中でつぶやきながら、倖弥は女将の後に続く。板張りの床の木の香りが堪らなく気持ち良かった。全体から感じる雰囲気も良いし、それに割引してもらえそうだし。こんな旅館は中々ないのではないかと思う。やはりここを紹介してくれたあの老婆に感謝だ。また機会があればお礼も兼ねて訪れて、ラムネを飲みながら世間話でもしよう。
 女将の後に続いてやってきた部屋は、落ち着きのある綺麗な場所だった。女将は荷物を畳の上に置き、手馴れた動作でテーブルの上に置いてあった急須にポットからお湯を入れ、手早くお茶を作って湯のみに注いでテーブルの上に置き、倖弥に向かって「どうぞ」と差し出す。テーブルの前に座り込みながら、倖弥はお礼を言いつつ茶を飲む。実に美味い。やはりこの旅館は良い所である。
 それから女将は夕食は七時で朝食が八時、食事時間の変更や何かありましたら遠慮なくお申し付けくださいと頭を下げて部屋を出て行く。部屋に残された倖弥は立ち上がり、窓を全開にして縁側へと歩み出る。自然の香りに体を包まれ、その場で一度だけ深呼吸。田舎は空気が美味い。やはり彷徨うなら田舎に限るのだ。視線を移す中庭は庭にも増して綺麗に整えてあり、池にはどうやら鯉が泳いでいるらしい。
 一旦部屋に戻り、湯のみを持って縁側に座り込む。茶を啜りながらのんびりと窓からの景色を見つめて過ごす。それが訪れた旅館でまず最初に倖弥がやることである。こうしていると余計なことを考えずに済むのだ。ある種の瞑想なのかもしれない。たまに時間を忘れてそのままの体勢で三時間くらい過ごし、夕食を持って来た女将に現実世界に呼び戻されたこともある。あのときは恥ずかしかった。だが今回はそんなヘマはしない。十分ほどそこでのんびりした後、倖弥はゆっくりと立ち上がろうとして、やめた。
 中庭を、青いボールがころころと転がっている。そのボールは倖弥のすぐ側まで来て、縁側の柱に当たって停止した。次いでボールの後を追うように少女が走り寄ってくる。着物を来た、後ろ髪をお下げにした十歳過ぎの少女である。その少女はボールを掴むと視線を上げ、倖弥をじっと見つめてきた。
 唐突に、倖弥は笑ってみせる。
「こんにちは」
 少女の体がビクリと動く。
 驚いた顔で辺りをきょろきょろ見回してから、不思議そうな顔をしてやはり倖弥をじっと見つめる。
「いや、君だよ。君、名前は?」
 少女がつぶやく。
「……夢々(むむ)」
「夢々ちゃんか。良い名前だ」
「…………おじさんは、わたしが見えるの…………?」
「もちろん。ぼくは見える人だからね。って、おじさんはやめて。こう見えてもまだ二十一なんだから。呼ぶならお兄さんにして。ちなみに名前は東仙倖弥。倖弥でもお兄さんでもどっちでもいいや」
 そこで一度だけ言葉を切った後、倖弥は言う。
「ところで君は、座敷わらしかい?」
 夢々が、またしても驚いた顔でほんの少しだけ肯く。
 やっぱり、と倖弥は思った。座敷わらしがいるのなら、この旅館は本当に良い所で確定だ。下らない家や旅館に座敷わらしはいない。座敷わらしがいる場所は、大切にされた場所だけである。それにもしかしたら、この旅館が繁盛しているのはこの子の御かげかもしれないのだ。座敷わらしに出会った人には幸運が訪れる、なんてことがよく言われているし、実際にそうかもしれない。この旅館もまた、そのご加護を受けているのだろう。
 倖弥は踵を返し、部屋の真ん中辺りにある椅子に腰掛ける。夢々はボールを持ったまま縁側に腰掛け、興味津々に倖弥へ問う。
「お兄さんはどうしてわたしが見えるの?」
 テーブルの上に置いてあった急須に手を掛け、自らお茶を作りながら、
「んー、どうしてって言われてもなあ。まあ、ぼくの家は見える血筋だったから、かな」
 そうなのだ。東仙の家系は皆、幽霊などが見える血筋で形成されている。
 簡単にいうところ、霊力が強いのだ。倖弥も物心突いたときには当たり前のように霊の姿が見えていた。それ故に学校などではそのことを知られまいと必死だったし、時折テレビなのでやる幽霊特番もほとんどがヤラセだと誰よりも明確にわかる。たまに本当に霊がいたりするのだが、そのときに限って霊媒師がへっぽこで、本当は他殺された二十代前半の綺麗な女性なのに「これは七十過ぎの老人ですね。恐らくは喉に餅を詰まらせたのだろう」などと如何にもそれしか有り得ないという風に語り、女性の霊が激怒していたことがある。あのとき、いきなり証明が消えたのは今でも原因不明になっているが、本当はその霊が嫌がらせで電源を切ったからだ。実際に見えていると、恐いというより苦笑してしまう場面であった。
 東仙一族は、昔から霊力が普通の人間よりズバ抜けていて、それ故にそっち方面の仕事で家計を立てていた。本来なら倖弥もそっちの道に染まらなければならないのだが、いろいろと訳あってこうして無銭旅行気取りでその辺りの旅館を彷徨っている。その中で霊は兎も角として、こうして座敷わらしを見るのは生まれて初めてだった。もっとオカッパの子を想像していたのだが、こうして見るとイマドキの子と大差ない。それがなぜか、少し新鮮だった。
 自分で作った茶を一口啜ってみる。苦。普通に苦い。料理などもからっきしできないので、やはり自分にこういうことは向いていないのだろう。女将さんまた来ないかなあ、などと思っている倖弥を、夢々はまたじっと見つめている。
「夢々ちゃんは、この旅館が好きかい?」
 夢々の顔がぱあっと明るくなる。
「うんっ。大好きっ!」
 身を乗り出すその仕草は、幾ら座敷わらしと言えど普通の人間の子供となんら変わりなかった。
「そっか。良い所だからね、ここは」
 夢々が肯きながらこっちに歩み寄って来る。
 実に嬉しそうな仔犬のような笑顔。たぶん、人と話せて嬉しいのだろう。普通の人間にはまず間違いなく夢々の姿は見えない。極稀に何かしらの作用が働いて霊や座敷わらしを見れる人間はいるが、話せるまでは行かないのだろう。恐らく夢々は人と話すのは初めてではないのだろうか。もし本当にそうなら、こうして会えたのも何かの縁な訳だし、ちゃんと接してあげよう。
 倖弥の隣に夢々がちょこんと座り、じっと湯のみを見つめる。
「飲む?」
 しかし夢々は不機嫌そうに首を振る。
「……触れないもん」
 ああそうか、と倖弥は思う。
 座敷わらしは言うほど霊力が高い訳ではない。つまり人間が生み出した物質には触れないのだ。ただ、想いが詰まったもの。例えばさっき夢々が触っていたボールなどだ。詳しくは調べてみてもわからないだろうが、あのボールには何かしらの強い想いが詰まっていて、夢々がそれと共鳴して触れるようになっているのだろう。そもそも霊は何も食べないし、それは座敷わらしも例外ではないだろう。聞くことを失敗したような気がする。その証拠に夢々の表情がどことなく暗い。何か、何か良い案は――
「あ、そうだ」
 夢々が顔を上げる、
「ちょっと待ってて。いいものがある」
 女将が置いてくれた荷物に歩み寄り、鞄の中から小さな筒を取り出す。それはシャーペンほどの大きさの透明な筒で、中には薄緑の粉が入っている。それを手にしたままテーブルに戻り、お盆の上から新しい湯のみを取り出す。筒のキャップを外し、手に持った湯のみの中へと少しだけ粉を入れる。キャップを付け直した筒を鞄の中にちゃんと戻し、それから湯のみにお湯を注ぐ。出来上がったのは普通の緑茶と変わらない飲み物だった。
 不思議そうにこっちを見つめ続ける夢々へ差し出す。
「ほら。これ、飲んでみな」
「え? ……でも、」
「いいからいいから。騙されたと思って持ってみなって」
 驚くのもわかる。普通の湯のみなら夢々には触れない。
 だが、『これ』は違うのだ。東仙一族の中に古くから伝わる薬品の一つ。本来の使い道は、未練を残してこの世に止まる霊をちゃんと成仏させてやるためだ。ただ、それと茶に何の関係があるのかと言えば、正確には茶は関係ない。本当なら、これは酒やビールになる。極稀にいるのだ。酒を飲まなきゃ成仏できん、ビールを持って来たら成仏してやる、とかそういうどうしようもないアホな霊が。死してなお酒を飲むなど贅沢過ぎるのである。そもそもどうせその霊たちはアルコール中毒が原因になって死んだに決まっているのだ。だが兎に角、そんな霊を成仏させるために生み出された薬品がこれだ。これを器に入れてお湯を注げばあら不思議、誰でも霊でも当たり前に触れます。今ならなんとこの薬品、説明書付きで五万九千八百円、五万九千八百円です。などと宣伝して本当に売り払っているところが東仙一族の唯一汚い所である。まあ、インチキなものではないので一応合法ではあるが、何とも言えないものである。
 そしてそんな薬品の入った湯のみを、倖弥は夢々に手渡す。
 恐る恐る手を伸ばす夢々が湯のみに触れ、驚いた顔で倖弥を見やる。
「離すよ」
 倖弥が手を離すと、夢々がまるで本当に大切な割れ物でも触るかのように湯のみを小さな両手で包み込む。温かなその感覚に、次第に夢々の表情が和らいでいく。それを見ているとなぜか心が温まる。嬉しそうな顔をして笑う夢々は、可愛かった。
「飲んでいい?」と訊ねる夢々に「どうぞ」と返すと、夢々はゆっくりと湯のみに口をつけ、その一口をゆっくりと飲み込み、
 いきなり顔をしかめた。舌を出して涙目でただ「……苦い」とだけつぶやく。
「む。まだ子供には早い味だったかな。どれ、貸してみ」
 夢々から湯のみを受け取り、倖弥もお茶を飲んでみる。
 刹那、吐いた。
「げほっ! げほっ、おえぇっ! 何じゃこりゃあ、苦っげえ……」
 首を傾げつつ「おかしいな、分量間違えたのかな……てゆーか、これ賞味期限とかあんのかな……その辺りいい加減だからなあ、爺さんたち」とつぶやいていると、いつの間にか夢々は倖弥の目の前からいなくなっていて、辺りを見回すと縁側の柱に隠れて顔を少しだけ出して倖弥のことを睨みつけていた。その表情が恐いのか可愛いのかよくわからなくて、倖弥が笑うとボールが飛んできた。顔面に命中したボールでノックアウトし、倖弥は畳の上に倒れ込む。
 鼻血が出そうな勢いの鼻を摩りながら、寝転がったまま夢々を見つめる。
「……ごめん、さっきのはぼくが悪かった。謝るから許してくれ」
 しかし夢々は何も言わず、じっと倖弥を睨みつけている。どうやら嫌われてしまったらしい。
 何とかして汚名返上しなければならない。そんなことを思っていると、倖弥の視界にボールが止まった。いいことを思いつく。まだできるかどうかわからないが、一か八かに賭けてみよう。青いボールを拾い上げ、三度ほど上に投げてキャッチしてみる。ふと視線を移すと、夢々の瞳が「人のボールで遊ぶな」と訴えていた。待て待て、少し見てろって。そうつぶやきながら倖弥はボールを右手に持つ。
 昔の感覚を思い起こしながら、倖弥がボールを回して突き出した右手の人差し指に乗せる。勢いが止まらないように左手でさらにスピードを上げ、指の上でボールを回転させ続ける。できた、と倖弥は笑う。中学の頃に部活でバスケをやっていたとき、他のテクニックはてんで駄目駄目だったのだが、なぜかこれだけが誰よりも上手かったのだ。夢々の瞳が驚きに染まっている。それを確認しながらボールを右手から転がして腕を這わせ、胸を通って左腕、さらに左手から右手へ戻し、腕の中の円を何週もさせる。最後に上に放り投げたボールをもう一度人差し指に乗せ、回す。それが終ったらボールを止めて夢々に笑い掛ける。
 夢々はもう隠れてはおらず、歓喜の笑顔でこっちを見つめていた。
「やってみる?」
 倖弥がそう問うと夢々は駆け寄ってきて、ボールを受け取るとすぐに指の先で回そうとする。
が、ボールは面白いくらい簡単に畳みの上に落ちた。それを何度も繰り返した後、不機嫌そうな顔で倖弥を見やる。
「練習しないとできないよ。できると楽しいから、練習すること」
 むぅー、と膨れっ面になる夢々。そんな夢々に苦笑しながら倖弥が立ち上がると、「どこ行くの?」と訊ねられた。それに「風呂」と答えると、何を思ったのか夢々が「わたしも行く」と言い出したので「駄目」と静止させると、当然のことながらボールが飛んできた。
 良い旅館に加えて楽しい旅館である。

     ◎

 露天風呂を満喫し、運ばれて来た夕食を食べた。露天風呂は多少人がいたものの広かったので問題は無く、適度な湯加減に眠ってしまいそうなほど癒された。夕食は豪華過ぎるだろと思ってしまうほどの料理だらけで、心配になって「高いんじゃないんですか?」と器の知れる一言を聞いてみると、女将は「吉田さんの紹介は特別ですよ」と笑っていた。もちろんあの老婆に再び感謝し、ご馳走を食べると最高に美味かった。
 夢々は相変わらず膨れっ面でボールを回す練習をしており、しかしいつまで立っても上手くはならず、そろそろ泣き出しそうな気がすると思い、とばっちりを食らうのもあれだったので、倖弥はもう一度露天風呂へと逃げた。それから一時間ほどしてから戻って来たときにはすでに時刻は十時を過ぎており、いつの間にか敷かれていた布団の上で夢々がボールを抱き締めながら寝息を立てていた。
 その光景に苦笑しつつも部屋の電気を消し、全開になったままの縁側に倖弥は座り込む。ここに、恐らくは街灯など必要ないのであろう。夜空から射す月と満天の星空の光だけで十分に視界を確保できる。月明かりの下、どこかで鳴く虫の声に合わせて風がゆっくりと流れて行く。風呂上りの体にそれはとてつもなく気持ち良く、このまま寝てしまいそうになる。
 本当にうとうととし始めた刹那、腹に響くような咆哮を感じた。
 眠気は一発で覚めた。全神経を集中させ、耳を澄ます。どこかで木が圧し折れ、鳥が飛び立つ音が聞こえる。そしてそれに少し遅れてまた咆哮。恐らく、それは普通の人間には絶対に聞こえないであろう叫び。人間のものではない。もちろん、この世のものでもない。霊、或いは怨霊。それが暴れているのだろう。徐々に近づいて来ているような気がする。一度だけ背後を振り返り、眠る夢々を見つめる。
 ここに近づかせる訳にはいかない。倖弥は立ち上がって鞄の中から木箱を取り出す。その中から文庫本ほどの大きさのケースを探し、ポケットに無理矢理突っ込んで靴を履いて縁側から外に出る。中庭を横切って塀を飛び越え、倖弥は咆哮が発せられる場所へと向かう。その元凶に近づくに連れ、倖弥は一つの懸念を抱く。霊や怨霊にしては霊力の桁が大き過ぎる。もしかしたら、最悪の場合――、
 道から外れた山の中へ入り、木々の間を縫って走り続ける。そして突然に倖弥の足が止まった。
 木の葉の隙間から射し込む月明かりの下、倖弥はある一点を見据える。刹那に、山全体を突き抜けるような咆哮が弾けた。
 強大な霊力。倖弥では足元にも及ばない莫大な力が、すぐそこにある。
「何者かは知らない。だけど、引いてくれないか。この先には一つの旅館しかない。そっちも旅館などに興味は無かろう。ここで引いて人間に危害を加えないと約束すれば、今回だけは見逃す。悪くない取り引きだと思うが、返答は如何に」
 笑い声が響いた。重い、不気味な笑い声だ。
 その中で、倖弥の視界にあった闇がゆっくりと動き出す。辺りの光景がぐにゃりと歪み、そこから何かが這い出てくる。紅い色の、異形の形をした巨大な何か。人間のような形だがどこかが圧倒的に違う。口から剥き出しにされた牙に紅く光る眼光。血管が浮かび上がる大木より大きい腕。体など車一台分はあってもいいような分厚さがある。その異形の姿を一言で表すのなら、そう、
 ――鬼。それが、最も近い。
 そして倖弥は一人、舌打ちをする。まさかとは思ったが、本当にそうだったとは最悪だった。
「……堕神か。これはまた、厄介なものが出てきたな。……これじゃ、見逃せない」
 堕神。それは神ではなくなった神のことだ。
 八百万の神が人間の負の感情や怨霊に飲み込まれて自我を失い生み出された神ではない神。この世に災いしか齎さない最悪なもの、それが堕神である。その霊力の大きさは、やはり倖弥では足元にも及ばない。腐っても神は神である。人間が太刀打ちできるものではない。本来なら堕神の始末は他の神が引き受けるものある。だがここに他に神はいない。ならばここは、自分が何とかするしかないのである。
 霊力は足元にも及ばないが、それでも倖弥は東仙一族の末裔。かつて最強とまで謳われた誇り高き一族。
 その力を、ここで使わなければ意味がない。
 堕神は言う。
「貴様が何者かは知らぬ。だが、おれはこの先に用がある。通してもらおうか」
「何用だ。それを言え」
「この先に、霊力を感じる。腹が減った。だからそれを食らう」
 霊力。その言葉を聞いて思い当たったのが、夢々だった。
 普通の神ならば何も必要ないが、堕神には空腹というものがある。そして堕神が食らって腹を満たすのが霊力そのもの。つまりは霊や霊力のある倖弥みたいな人間である。この先にいる霊力を持った者は夢々しかいない。今も寝ている夢々を、食わせる訳にはいかない。夢々には明日も、ボール回しの練習をさせてやらねばならないのだ。
 ポケットから持ち出してきたケースを取り出し、蓋を外して中身を手に取る。
 それは、五枚の御札。これも東仙一族が造り出したものの一つである。
「ここは通さない。それが、霊媒師であるぼくの役目だ」
 倖弥が東仙の家に止まらず、田舎を彷徨うその本当に理由。
 それは、このような奴を被害が出る前に食い止めるため。自分のような子供を二度と出さないために、倖弥はこうして堕神の出現し易い田舎を巡っている。それは、過去の話だ。空腹を満たすために東仙一族を襲った一人の堕神。東仙一族との戦闘の結果、その堕神は消滅したがそれでも東仙一族は大きな被害を受けた。その被害の中に、倖弥の両親は入っている。倖弥の両親は、その戦いで堕神に殺された。だからこそ、このような奴を見逃す訳にはいかないのだ。必ず、消滅させてやる。
 堕神が牙を見せて笑う。
「ほう。霊媒師か。なるほどな、通りで貴様にも霊力がある訳だ。しかし……退かぬのなら貴様から先に食らうまでだ」
 地面を抉って突進する堕神を見据えながら、倖弥が左に転がる。
 回転する視界の中で、倖弥は札を一枚だけ手に取って霊力を流し込んだ。刹那の内に札の表面に『斬』という文字が浮かび上がり、それを背後を向いている堕神へと放つ。紙で出来ているはずの札はナイフのように一直線に堕神へと向かい、その背中に到達した。瞬間、そこから横一線に一筋の光の線が迸り、すべてを切断した。堕神から平行していた木々が真っ直ぐに切り裂かれて地面に叩き付けられる。その轟音の中で、しかしそれでも堕神は無傷だった。紅いその体には、傷一つついてはいない。
 これではやはり殺傷能力が低い。そんなことを思っている倖弥に再度堕神が突っ込んで来る。木を圧し折りながら向かって来る堕神を見据えながら、倖弥は手に持った札を今度は三枚取り出す。それに一枚ずつ霊力を注ぎ込む。が、それが終る前に堕神の振り回された右手が倖弥を狙う。倖弥がその場に這い蹲ってその攻撃をかわしたときには、剥き出しの足がそこにあった。必死に避けるが一部が倖弥の体を捕らえ、圧倒的な力の前では倖弥の体重など無も同然だった。
 吹き飛ばされて木に激突し、骨が軋む音を確かに聞いた。集中が乱れ、それでも倖弥は最後の一枚に霊力を詰める。三枚すべてに霊力を流したとき、その表面に今度は『封』という文字が浮かび上がる。全身から来る痛みを押さえつけながらそれを放つ。しかしそれは堕神には向かわず、一枚は左、一枚は右、一枚は上へと突き抜けた。堕神が狙いが逸れたことに笑っているが、笑うのはこちらである。
 もう遅い、止まれ堕神。
 空中を突き進んでいた札がいきなり停止し、バチっという静電気のような音が鳴った刹那、三枚の札を三角形に結ぶように光の線が走った。その三角の中央には、堕神の体がある。その光の線は堕神の体を飲み込み、三枚の札が堕神の体を拘束する。これを受ければしばらくは堕神でもまともに動けないはずだ。勝負を決めるなら今しかない。この機会を、逃してたまるか。
 最後の札を目の前に突き出し、大量の霊力を時間を掛けて込める。
 浮かび上がるは『爆』の文字。
「……終わりだ、堕神」
 身動きができず、しかしこちらを怒気の満ちた眼光で睨みつけていた堕神に、倖弥はゆっくりと札を放つ。
 札は一直線に堕神へ向かい、そして触れた瞬間、札が爆発する。辺りの木々を根こそぎ吹き払い、衝撃波が倖弥の体を突き抜ける。遅れて轟音が耳に入り、倖弥の視界の中で堕神がいたはずの場所から炎と煙が濛々と舞い上がった。幾ら堕神と言えど、『爆』の札を食らって生きているはずがない。もしかしたら消滅まではいかないかもしれないが、もはや戦闘はできまい。これで明日も何事も無く、夢々は、
 炎を掻き消し、煙から紅い腕が現れる。気づいたときには、倖弥の体は宙を舞っていた。その事実を脳が認識したときにはすでに地面を転がっていて、回転する視界の中で何度も夜空を仰いだ。背中に衝撃、視界の回転が停止する。背中を強打したせいで息が上手くできない、喉の中に何かが詰まっているような気持ち悪い感覚がする。咽返る倖弥に、紅い足がゆっくりと近づいて来る。月明かりが遮られ、見上げたそこに眼光を剥き出しにして佇む堕神を見た。堕神は全身から血を流し、左手が無くなっていたが、それでも戦闘意欲を捨てていない。残った右腕がゆっくりと振り上げられる、
 呼吸も儘ならないままその場から飛び退いた刹那、倖弥がいたはずの地面が抉れた。弾き飛ばされた石礫が倖弥の額を直撃し、左目が血で真っ赤に染まる。倖弥の荒い息に合わせるかのように、堕神の甲高い呼吸音が響き渡る。どうやら『爆』の札は喉も砕いたらしい。が、こっちも似たり寄ったりだ。呼吸も荒い、左目は使えない、札が無くなった今、堕神に攻撃を与えることもできない。
 ひゅー、ひゅー。そんな息を吐き出しながら、堕神がゆっくりと倖弥を振り返る。どう出て来るか体勢を整えていた倖弥の目の前で、なぜか突如として堕神の体から蒸気が噴出し始めた。何が起きているのかわからず、湯気を凝視していた倖弥の視界の中から、堕神がその姿を再度現す。そこには、無傷の紅い巨体がいた。『爆』の札で負ったはずの傷が、完全に癒えていた。形勢逆転。否、そもそも人間と神という時点で形勢は圧倒的に不利だったのだ。しかしそれでも、そこに一縷の望みがあった。だが、この瞬間に万に一つの勝機が、費えた。
「貴様の、負けだ霊媒師」
 その声と共に、堕神の体が夜空を舞う。それを見据えながら、倖弥はゆっくりと瞳を閉じる。
 東仙の家を出るとき、もう二度と使わないと決めたはずの術。部外に決して漏れてはならない、人間に許された領域を超越した禁忌の術。そしてそれこそが、かつて最強と謳われた一族たる所以である。強大な力は、必ず使用者の体を蝕む。それ故に使うことの許されない術。だけど、ここで死ぬわけには行かない。まだ回らなければなければならない町はあるはずだ。ここで自分が尽きれば、自分と同じような子供が出る。それだけは我慢できない。こんな奴等を、野放しにしては置けないのだ。
 ――だから、今一度、倖弥は禁を破ります。
 目を開き、堕神を視界に捕らえる。繰り出された拳を紙一重でかわし、地面が抉り取られたその瞬間、倖弥と堕神の視線が噛み合う。余裕に満ち溢れていた堕神の表情が、一瞬で一変する。拳を引いて飛び上がり、距離を取って倖弥と対峙する。その表情は困惑に塗り潰されていた。神が人間を恐れるという、あってはならない事実。それが今、この瞬間に起こっている。堕神は、倖弥に圧されているのだ。
 しかし、それもそのはずだろう。倖弥の霊力は今、堕神を圧倒しているのだから。
 刹那の内に倖弥の額に小さな黒い痣が現れ、それは生き物のように蠢いて広がりながら顔を這う。一箇所から広がり続ける痣は顔から首、そして胴体から両手両足へと侵食し、遂には倖弥の体を完全に覆い尽くした。倖弥の肌には、虎模様の黒い痣が転々と存在している。そこから弾き出される力の鼓動。人間に許された領域を超越した、東仙一族が堕神へと対抗するために編み出された諸刃の剣と同じ意味を持つ禁忌の術。その結晶体が、この痣だ。もはや堕神に引けは取らない。この一撃で、終らせる。
 倖弥は両腕を上げ、ゆっくりと堕神を見据える。あふれ出ていた霊圧が一つの力の下に漂い始め、やがてそれは一箇所に凝縮される。その凝縮先は、堕神の内側。体内だ。外側なら兎も角として、内側に流し込まれた霊力などどうすることもできはしない。事態の重大さにやっと気づいた堕神は、咆哮を上げながら倖弥へと走り出す。攻撃される前に殺してやる、とでも思っているのだろう。だが、甘い。東仙一族始まって以来の天才と呼ばれた力。見せてやろう。後悔しながら死んで逝け。食らえ堕神。
 倖弥は、言霊を乗せる。
「禁忌の力・今ここに解き放ち・東仙倖弥が命じる――斎戒一種・破壊せよ」
 両腕を振り抜き、堕神に固定し、叫ぶ。

「縛道の壊――破壊刹ッ!!」

 凝縮されていた霊力が、一挙に爆散した。
 倖弥の目の前に繰り出された拳が寸前のところで内側から弾け飛ぶ。中心部から吹き荒れた突風が倖弥を突き抜け、一瞬だけ遅れて膨大な量の霊圧が霧散する。大音量の絶叫と共に、逃げ出そうとしていた堕神の体が刹那に膨れ上がり、そして破裂した。内部から臓器を撒き散らし、絶叫が響き渡り続ける中で、弾けたその姿は灰に成り果て風化していく。神であったはずの堕神の最後は、酷く醜いものだった。辺りに漂っていたはずの霊圧はいつの間にか消え失せており、同時に倖弥の体を覆っていた虎模様の痣もゆっくりと消え去っていく。何もかも無くなり、堕神が完全に消滅したそのとき、倖弥の体から骨の軋む音が響く。
 だから使いたくなかった。今更そう後悔してももう遅い。その場に倒れ込み、倖弥は木の葉の隙間から夜空を仰ぐ。久しぶりに良い旅館に泊まれたのに、ゆっくりと寝れないとはどういうことか。もはや旅館に帰るだけの力は残ってはいない。動けるくらいに回復するのは大体明日の朝だ。【縛道の壊】を使ったのだから当たり前だ。それに腕が吹き飛ばなかっただけまだマシである。贅沢は言っていられない。
 しかし、やはり悲しいものである。
「………………野宿は嫌だなあ………………」
 そんな情けない声が、誰もいない森の中に飲まれて消えた。
 虫の声が、やけに綺麗に透き通る夜だった。

     ◎

 結局、旅館に帰り着いたのは朝の六時手前だった。
 部屋の中ではまだ夢々がこっちの苦労など露知らずで気持ち良さそうに眠っていて、少し腹が立ったので鼻を摘んでやると寝苦しそうな顔をしていた。しばらくそのまま寝顔をイジって遊んでいたのだが、途中で可哀想になったので止める。それからは椅子に座ったまま朝食を運んで来てくれた女将に起こされるまでずっと眠っていた。運ばれて来た朝食はやはり美味く、最高の気分でここから次の町へと旅立てそうだった。
 時刻が朝の十時を回っても、夢々は起きなかった。起こして別れの言葉でも掛けてやった方がいいのかと思ったが、夢々が駄々をこねてボールでも投げられたら堪ったものではないので取り敢えず、一つだけプレゼントを残して部屋を後にする。旅館の玄関で靴を履いていると、女将が頭を下げに来てくれた。お世話になりました、とつぶやいて倖弥が旅館を出ようとしたとき、ふっと気づいた。
 来たときは気づかなかったが、玄関の戸棚の上に写真盾が一つ乗っている。そこに映っているのは、今より少しだけ若い女将と、そして着物を着てお下げをした、青いボールを持って嬉しそうに笑う少女だった。
 倖弥の視線に気づいたのか、女将が写真を見ながらそっと笑う。
「わたしの娘でした。少し前に、死んでしまったんです」
「……お名前は、夢々ちゃん、じゃないですか?」
 え、と驚いた表情で女将が倖弥を見る。
 倖弥は笑う。
「以前、一度だけ会ったことがあるんです。とても、良い娘でした」
 女将も笑い、「ありがとうございます」と頭を下げた。
 それを最後に倖弥は踵を返そうとして、思い出した。
「あ、そうだ女将さん」
「はい?」
「ぼくがいた部屋、昼過ぎまでそのままにしておいてもらえませんか?」
「あ、はい。畏まりました……でも、どうしてですか?」
 倖弥は今度こそ本当に踵を返し、ゆっくりとつぶやいた。
「寝てる子が、いるんです」
 その言葉が、女将に聞こえたのかどうかはわからないが、それでもいいと倖弥は思う。
 綺麗に整えられた庭に出て、太陽から射す光に目を庇い、倖弥は歩き出す。

 ――さて。次はどこへ行こうか。

     ◎

 夢滝旅館のある部屋のテーブルの上に、一枚の紙が乗っている。そこには、こう書かれている。
『今度は上手くいったはずだ。飲んでみて』
 そしてその側には、空になった湯のみが一つ。
 中庭では、青いボールを指の先でくるくると回しながら、

 座敷わらしが一人、嬉しそうに笑っている。








2005/01/30(Sun)15:47:20 公開 / 神夜
■この作品の著作権は神夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
さてさて、お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして、近頃冬眠していた神夜ッス。
取り敢えず、【セロヴァイト・R】がパスエラーで更新できなくなってしまっているので、この間がチャンスっ!!ラストまで一気に書き上げてやれっ!!とか思っていた訳ですが、『その七』まで書いた時点でガス欠に陥り、気分転換と『読み切り』投稿に便乗して書いてみて、出来上がったのがこの少年漫画風の読み切り作品【夢々】。
以前から唯一神夜が持っていた読み切りのネタ。これで本当に神夜のアイディアは尽きました。もうどうしようもないです。
そしてこんな自分に夢々ちゃんの名前を譲ってくださった某氏さん、誠にありがとうございました。本当はあれです、夢々に猫耳つけてやろうか、とか思っていたのですが、そうすると座敷わらしではなく猫又になってしまうので却下したっていう裏話が(マテコラ)
ちなみにこの話、ぶっちゃけると十月くらいに神夜が私用でオフで書いた物語のサイドストーリーみたいな感じなんです。東仙一族とか堕神(おちがみ)とか縛道(ばくどう)の壊・破壊刹(はかいせつ)とかいろいろとそっちから貰ってきて、読み切りに抑えてみました、と。詰め込み過ぎなような気がするのはそんな裏があるからです。
本当はこれ、中盤の『◎』で前後編と別けるつもりだったんですが、投稿してパスエラーになると洒落にならないのでこうして一気に載せてみました。本来なら前半が『ほのぼの編』後半が『戦闘編』になる予定でした。中途半端に長いのがいちばん質悪いんだよなあ……どうにかならないものか。
さて、ここまで読んでくれた皆様、誠にありがとうございました。お一人でも楽しいと思ってくれる方がいてくれれば幸いです。
また、別の作品でお会いできれば光栄ッス。
【セロヴァイト・R】を早く更新したいなあ、などと思いながら、神夜でした――。

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