『−ハルジオン−』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ベル                

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 虹を作ってた。いや、別に意図的に虹を作ってるわけじゃなかった。虹を作っているのはあくまでもついで。今ではもう、とても小さくなって、あっちこっちボロボロになった蒼いゾウさんのジョウロの鼻から飛び出る水は、なんでかしらないけど、僕を含むこの町に住む友達たちに、鼻水を連想させていた。
 手を伸ばしたら、消えていった。僕はそれを、虹を当たり前につかむことが出来るものだと思ってたけど、とんだ思い違い。つかめることなく、虹はどうしてかそこから消えていくものだった。まあいいや。ついでにつくったんだから。
 ゾウの鼻が向く先にあるのは、一輪の花。
 チューリップという名の、真っ赤な色をまとった花。当時の――小学2年生の僕や、友達にはとてもきれいに見えた。けど、それよりもキレイな花はある。今はもうほとんど見当たらないけど。白くて背の高い、長い茎で支えられた、雲のような花。身長が140もいかなかった小さな僕と、その花は同じくらい高かった。今はもう交通事故で僕を守るように死んでしまったお父さんとお母さんは、「あのころのお前はなにかにとりつかれたようだったよ」って口をそろえて笑ってた。植物学者のアンタ達には言われたく無かったよ。まあ、他の人から見れば変だったんだろうけど、僕にとってあの花は僕を支えてくれる柱みたいなものだった。
 ――ふと、今では僕の膝くらいまでの花に水をあげている僕の後ろを、当時の僕と同じくらいの子供たちの集団が駆け抜けていく。花に水をやりながら、僕をその走り去っていく様を見て、ふとひとりでに笑みをこぼす。
 ジョウロの水が止まる。
 ソレに気づいて、僕はジョウロの花の先を、チューリップではなく地面に向けて、きびすを返す。おろしたてのジャンバーのそでさきが、風に揺られてかすかにたなびく。空を見上げると、綿のような千切れ雲が、いくつもいくつも。その雲を貫くように、地平線から地平線へとまっすぐに伸びた飛行機雲。さっきの子供たちは、ソレを追いかけに言ったのかもしれない。頭の中で、いくつもいくつも想像を膨らませる僕がいる。
 蒼いジョウロをぶら下げて、立ち尽くしたあの頃の昼下がりを思い出す。確か、保育所の帰り道でも、外へ遊びに行くときでも、親と旅行に行った車の中でも、遠足のときも、どんな時も。視界のはずれで、誰からも忘れられた様に咲いていた。赤いチューリップや、水色や紫の朝顔に皆の目が行く中、僕一人だけがその花を見つめていたっけ。
 ざあっと。一つ大きな風が、その白い花でいっぱいになった空き地を駆け抜ける。風が駆け巡り、一瞬遅れて花たちが踊りだす。あの花たちは、ダレよりも高い位置で空を見上げる花は、どんな気分で、雲を、月を、星を、太陽を、空を、虹を……見上げているんだろう。くだらない事が頭の中を埋め尽くす。
 今ではもう色あせて、かすんでいく記憶の中、ただ一つ。思い出せる。ダレからも、忘れられたままの花。 
 ざあっと、また一つ、大きな風が吹く。
 思い出してみよう。あの日のことを

  
 −ハルジオン−


 その頃の僕は、いわゆるのび太くんだった。勉強? とんでもない。運動? 絶望的。唯一、僕がダレよりも優れていたことは、花の名前を知っていること。友達よりも、先生たちよりも、花の名前を知っていた。そんな僕のことを、女子たちはなんだかはやしたてていたけど、男子たちには僕が「気持ち悪い」と言っていたのを、僕は知っていた。
 けど、そんな僕でも唯一、わからなかった花がある。どんな時も、その姿を劣らせることもなく、白いままゆれてた、僕と同じ身長の、長い茎を持つ大きな花。僕は、小学校の中にある本を総動員したけど、結局見つからなかった。元々その頃には名前の無かった花なのか、ただ、その名前がある本が無かっただけなのか、定かじゃあない。
 ただ、あの花のようになりたかった。どんな時も、折れることなく、風邪に負けることもなくゆれていたあの花のように、ずっとなりたいと願ってた。ずっと悩み続けて、授業も実に入らなかったその頃。家に帰るときも悩み続けていた時だったかな。

 「おい、オカマッ」

 ランドセルの中に入れてた花の本を何回も読み返して、ちょうどその本を閉じようとしたときだった。後ろから誰かが誰かを呼ぶ声、周りを見回すけど、僕意外誰もいなかった。

 「きいてんのか、オカマッ」

 今度は違う声。オカマといわれているのが自分だと分かった僕は、声のするほうへと体を向ける。振り向いた先にいたのは、ホントいかにもな悪がき三人組、という感じだった。一人は、ジャガイモのような頭の形をしている坊主頭の頭の悪そうなの。一人は、めがねをかけてなんだかしらないけど賢さを演出するように何度もめがねのふちを持ってあげているの。一人は、いかにも嫌われそうな顔立ちをした、目がいやらしいほどに細くつりあがっていて、それでいてものすごく出っ歯だった。
 今だったらそんな悪口とも言えない様な言葉、気にしないだろうけど、小学生の僕は、その自分を侮辱する「オカマ」を発しているその悪がき三人組に、当然反発した。

 「……なんだよ」

 少しムっとして、僕はそいつら睨み付けて言う。まあよく見てみるとホントにいかにもなヤツらだったなあ。ジャガイモメガネに出っ歯のワケ分からん三拍子ってものだったなあ。

 「あれ? お前男言葉使えたの?」

 メガネをかけたヤツが、ふちをつかんでメガネをあげながら笑う。他の二人も、それに連なるように顔を上げて馬鹿っぽい顔で馬鹿っぽい表情をして馬鹿っぽい声を上げて馬鹿そうに笑う。不快だった、とにかく、そいつらの声が、笑い方が、すべてに虫唾が走った。

 「うるっさいな」

 イラついた僕は、声のトーンを上げる。

 「おお? 怒ったぞコイツッ。おいッ、コイツ怒ったぜッ?」

 わざとらしく、不思議そうに目を丸くしたジャガイモ頭は、他の二人の顔を見る。次の瞬間、また、笑う。

 「ふ――」

 ふざけるな。ふざけるなふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。
 いいかげんに、いいかげんにいいかげんに。いい加減に――
 ――笑うなよコノヤ――

 知らないうちか、僕の表情はとても怒りをあらわにしていたらしい。ジャガイモ頭たちは、少し驚きながらも、笑いをとめようとはせず、大きな声を上げる。

 「へんッ、花の名前なんか知っててなんだってんだッ。おい、その本かせよ!!」
 
 イヤだった。普通にイヤだった。あんなヤツらにこの本を触れさせるということが。僕が花を好きになった理由の、その本を、お母さんにもらった、その本を、触れさせたくなかった。僕は本を両腕で抱きかかえて、その場から逃げるように走り出す。その様を見るや否や、ジャガイモ頭たちは追いかけるように走り出す。いや、実際においかけていたんだろうけど。
 運動も出来なかった僕は、3分くらい全力疾走を続けるが、やがて足も動かなくなり、肺にいきわたる酸素の量も減りだしてくる。それでも、足を前に動かそうと、しぶとく追いかけてくるジャガイモ頭たちを振り切ろうと、脳は足に命令を下す、が。
 足はもつれて、僕の体はその場に倒れ付す。われながら、良くここまで走れたもんだなと感心した。

 「へッ……は、は……ようやく、とま、たぜ、コイ、ツ……」

 ジャガイモ頭たちも相当息が切れていたのか、まともにしゃべることすら出来ていない。けれども、後から追いついてきた残りの二人と一緒に、僕に近づいてくる。
 ヤメロ、チカヅクナ――
 頭の中で思いつく言葉が、声にならない。心底、近づいて欲しくないと思った。はらわたが煮えくり返るほど、怒りと悔しさを覚えた。どうして花の名前を知っているのがいけないのか、どうして他の男子と同じようでないといけないのか、くだらないことが頭の中をよぎる。そうだ、コイツらは自分と一緒でないとダメなんだ。でも、今更そんなことを考えてても意味は無い。言葉にも、もう意味は無くなった。出来ることは、来るなと罵倒することでも、威嚇するように睨み付けることでもない、
 本を、取られないようにすること。

 「はなせよおい!」
 
 ジャガイモ頭が僕の腕をつかむ。

 「イヤだッ」

 僕は腕を引き剥がされない様に、力を込めて耐える。

 「い、い、か……ら」
 
 残りの二人が、僕の両腕をつかむ。思い切り腕の筋肉の辺りに、ひじを振り下ろす。激しく染み渡る激痛。いたいけど、腕を離したくは無いのに、なぜか腕に力が入らない。ジャガイモ頭が、僕が力を込めなおすより一瞬早く腕を引き剥がす。

 「離せってんだよ!」

 ゴプッ
 腹の辺りに、何かとてつもなく大きな衝撃がぶつかる。胃から喉まで、何かがせり上がる。おなかが、苦しい。息が、出来ない。

 「よーやく離したよこいつ……」

 僕の腹にズシリと、重い衝撃を与えた足を、僕の腹から離す。芋虫のように、その場を這いずり回る僕。かきむしるように、砂利をつかむ。ただ片手でおなかを押さえて、片手で砂をつかんだ。それ以外の、何も出来なかった。でも

 「ホント気持ち悪いんだよオマエッ! コイツは今すぐ捨ててやるってッ」

 何を言っているのか理解できなかった。けど、頭の中で何かが切り替わる。頭の中で何かが叫ぶ。頭の中で――やめさせろと何かが僕に伝える。

 「ヤメ……ろよ」

 力の入らない腕を、何とか動かして。口の中にたまった、胃から出来てきた何かを吐き出しながら、僕はうめく。ジャガイモ頭の足首をつかみながら。

 「うわッ、きもちわる……ッ。ゲロはいてやがんぜコイツ」
 「キモーッこいつ」
 「こんな汚いのに返しせんよなあ。もうすてよーぜ」

 ジャガイモ頭たちは、口をそろえる。とにかく、痛みをこらえて、足首をつかむことしか出来ない。何か、誰か、アイツのグコウヲトメテクレ。
 ジャガイモ頭は、大きく振りかぶる。
 ヤメロ
 その手に握られてるのは、あの本。
 ヤメテクレ
 腕がぶれて。
 マッテ――
 本は、大きく遠投されて、排水の溜まっている溝の中へと、起動を描く。
 
 『ハイ、コレ――』
 
 大きな手が、自分の手に納まりきらない本を持って、こっちに近づけてくる。

 『お母さんからのプレゼント』

 太陽のように優しい笑顔で。

 『お母さんの宝物よ?」

 ――オカアサンノ、タカラモノヨ

 「うッあああああああッ!!!」
 「いでででででッ!?」

 そのときの事は、あまり良く覚えていない。事後処理……。その事件の事をしって、先生たちがそのジャガイモ頭に事件の真相を聞いたところ。僕はそいつの足に思い切り噛み付いていたらしい。肉に食い込むほどに。
 僕が覚えているのは、赤く染まる水平線と、地平線から地平線へと貫くように伸びた飛行機雲、そして太陽。
 傷ついた自分の体を起こし、辺りを見回す。悪がき三人組はいない。どこにも。自分の見渡せる範囲の、どの世界にも、アイツらは存在しなかった。何も考えられなかった。考えられないまま、無意識のうちに体は動く。動いて、足を前に出して。本の浮かぶ、溝へと進む。溝の中をのぞくと、茶色い水にぬれた、大切な本が、一冊。知らず知らずのうちに、目尻が熱くなる。息も整えられなくなって、そのまま、ぬれた本を手に取る。
 ずいぶんと水を吸って、重くなった本。普通に引っ張れば、敗れてしまいそうになったページの数々。
 涙が、とめどなくあふれる。守れなかった。なれなかった。あんな風になりたいと願い続けてきた、あの花のように。自分の中で、何かがへし折れてしまった。何かが。
 ぬれる本を抱えて、僕は涙をこぼした。次第に、口からあふれるように、うなりごえがでる。しゃっくりがとまらなくて、その声は大きくなって――
 僕は泣き続ける。宝物を守ることが出来なくて。何かがへし折れてしまって。どうしようもなく、あふれ出る涙を叫び声。ただ、ただ、ずっと――
 
 ――ふと気付く。涙をぬぐおうと、顔を上げた時に。それは目に入った。雲のように、すけるように白くて。他のどんな花よりも高くて、空を見上げた、あの花が。
 涙でにじんだ景色の中で、たった一輪だけ、にじまずにゆれてた。不規則なのか、正しいのか分からないリズムで、風と歌うように、僕を慰めるように、花は踊り続ける。次第に、あふれ出した涙がとまっていった。いつの間にか、涙もかれて、ただ、オレンジ色を浴びて、そこで風と一緒にただずんでいる花に、見入っていた。

 オレルナ

 聞こえる。花がそういっているように聞こえる。幻聴だったのかもしれない。頭がおかしくなっていたのかもしれない、でも、あの声は、今も頭の中で響いている。そうだ、まだ折れちゃいけないんだ。お母さんの宝物は、こんな風になっちゃったけど……。まだ折れちゃいけない。願ったはずだろ。あんな風になりたいと、いつまでも折れないでいたいと――。
 今も目に焼きつく、一輪の花。

 
 


 沈黙が訪れる。あの日のことを思い出して、僕は黙りこくる。われながらにあの日のことを思い出すのは恥ずかしかった。やっぱり十何年たって今でも、泣いたときのことを思い出すと恥ずかしいものがある。
 そうだ。
 僕は突然ひらめく。もう十何年も行ってない、忘れられた場所に行こう。僕の前で、折れないようにゆれてたあの場所へ。うんそうだ、そうしよう。僕はポケットの中に潜む。一つの紙切れの存在を思い出す。ポケットを手に突っ込んで、ポケットに手を入れたまま紙切れを握り締める。中学生に入って、ようやく分かったあの花の名前。それを忘れないように、たった一枚の紙切れ。かろうじてぬれていなかった宝物の一ページを切り取って書き入れた紙切れ。
 小さくなったジョウロを持って、僕は歩く。あの場所へと。あの花へと。
 高くなった背で、あの頃より高い背で、空を見上げながら、あの花へと。
 
 
 −ハルジオン−
 
 

2005/01/26(Wed)00:18:03 公開 / ベル
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■作者からのメッセージ
 
 こんばんはー。
 思わず自分も新規で書いちゃったよキャーッ! な作品です。分かる人は分かると思いますが、この小説はバンプオブチキンのハルジオンと言うモノをモチーフにして書いたものです。ですけど、この小説をそれと重ねて読んではいけません。ええ。
 あまりにも自分の小説がちっぽけなものになるからです。
 ではでは〜

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