『俺と眼鏡【読みきり】』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:影舞踊                

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 入ってくる風は冷たくて、出て行く風は温かい。
 ぬくもりの中で生まれた俺の小さな小さな物語。









 俺が中学校の時、好きな子がいた。純粋で、可愛くて、そっけない振りをするけど、根は真面目で。目が悪かった俺は、眼鏡をかけて彼女を見たかった。でもそうすることで彼女に嫌われるような気がして。今考えると、そんなことで人を嫌うような子じゃなかったと思う。ただ俺が弱かっただけなんだ。

 コンタクトレンズ、俺は眼鏡をつけなくても彼女を見る方法を知っていた。でも俺はそれを持っていなかった。小遣いの少なかった俺にはそれを買ったとしてもすぐに尽きてしまうことがわかっていたし、親にも頼めなかった。俺の家はそんなに裕福じゃなくて、兄弟もいっぱいいた。最近の家庭には珍しい子沢山の家族だ。その兄弟のほとんど全員が目が悪く、うちの親は俺達全員に眼鏡を買ってくれていた。だから、「眼鏡があるんだから、なんでコンタクトなんて欲しいのよ」と言われるのがわかっていたし、そんなことで、頑張って働いている両親を困らせたくなかった。
 別に眼鏡がなくても彼女をぼやっと見ることは出来たし、教室の席も前の方だったので眼鏡をかける必要はなかった。俺は家でだけ眼鏡をかけていた。

 当時の俺にはシャイって言葉がよく似合った。男同士で喋る時は毒舌にものを言わしてガンガン笑いを取っていた。しかし一度女子の前に出ると寡黙な青年。ただ恥ずかしかったのである。相手のことをまっすぐ見て話せないことが多々あった。小学校時代から知り合いの女とは別に何のわだかまりもなく話せたのだが、中学校に入ってから出会った女子とはほとんど口を利いたことがなかった。もちろんそれが好きな子相手だったら言うまでもない。どうしようか、と俺の視線はいろんなところへ飛んで、結局はもじもじと手を見つめるという点で落ち着く。
 彼女が好きだった。初恋というわけじゃなかった。でもそれに近いものがあった。入学式の終わった後、同じクラスの隣の席。大きな俺の体とは対照的に、ちょこんと座った彼女の横顔。一目惚れだった。

 日が経つごとにどんどん彼女のことが好きになっていった。日増しに強くなるこの思いが彼女はおろか、周りにこぼれていないか不安だった。彼女は俺の隣であり、自然と話す機会も増える。その時の俺の対応を見ていれば誰だって気づくかもしれない。でも俺はばれてないと思ってた。現にあの時まで俺は誰にもそんなことを言われなかったから。

 俺のもう片方の隣の席。小学校からの知り合いの女。彼女に比べたら月とすっぽんで、口も悪かった。まあ俺も同じぐらい知り合いの女には適当な扱いをしていたからなんとも言えないのだが。そいつは何でもかんでも俺に突っかかってきて、とりあえず口をはさんできた。ある日の授業での班会議(俺と彼女は隣なのだが同じ班ではない)、俺はそいつに言われた。
「あんたあの子のこと好きなんでしょ?」
 慌てて消しゴムを床に落とす。それを拾おうとして彼女の手とぶつかる。どうしようもなく焦った俺は「あ、あ…」と意味不明な言葉を発し、取ってくれた消しゴムを受け取りお礼を言った。そして、席に戻った俺はそいつに今のことも指摘される。
「は?何言っとん?そんなわけないし」
「ふん、もうええわ」
 よくわからなかったがそいつはそう言ってその話を切り上げた。しどろもどろで答えた俺の姿が哀れだったのか。その時は何も考えず、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 2学期、俺と彼女は同じ委員になった。初めての委員会の時、嬉しい反面恥ずかしくて、俺はどうしようもなく舞い上がっていた。もちろん他のクラスや、上の学年、しいては受け持ちの先生もいるのだが、俺にとっては初デートのような気持ちだった。何を話そう。服装は少し乱れてた方がいいかな。やっぱりしっかりしてるほうがいいか。などと訳のわからないことを考えながら委員会のある教室に向かう。頭の中は白紙状態で、どんどん心臓の音だけが大きくなってくる。

 何を話したのかは覚えていない。話の流れでそうなっただけ。
 でも仲良くなれた。
 でも、
 嫌われた。
「もぅ、あんたなんか嫌いよ」
 彼女は笑いながら言った。
「…もともと嫌いだけど」
 小さく付け加えるように放たれたその言葉は、当時の俺の心臓を止めるのに十分だった。さっきまでドキドキしていた俺の心臓は鎖で縛られたように重くなり、頭の中は何かが燃え尽きた黒い灰が積もった。

 冷静に考えてみれば照れ隠しに言ったであろうその言葉。俺はそのまま受け止めて、そのまま潰された。それからは、俺と彼女を引き合わせる何かがきれたように席も離れ離れ、委員会も別々、次第に俺は自分の気持ちを失っていった。

――あんなに熱かった気持ち

 吐く息はどんどん白くなり、速すぎる冬の到来を表していた。吸い込んだ息は冷たくて、体の心まで冷やしてくれた。何かが流れようとするのを固めるように、俺は冷たい空気を吸い込んで温かい息を吐き出した。ぬくもりは欲しかったけど、どこかでそれを拒む自分がいた。

――あと少し、もしかしたら、あと少しだけ…

 いつしか俺は学校で眼鏡をかけるようになった。席替えで後ろの席になったからだ。
―それ以外に理由なんてない
 初めの時はどいつもこいつも俺の周りで「イメチェンか」とおちょくってきたが、どいつもこいつもそんな俺の変化には気づかなかった。眼鏡をかけ始めると何もかもがよく見えた。先生の書いた意外に汚い文字。時計の指す時間。黒板の汚れ。机の汚れ。遠くで笑う彼女の顔。自分の隣の女の顔。
 俺に「あの子のこと好きでしょ?」と言って以来、そいつとは久しぶりに隣同士になった。むかつく声と、むかつく態度。久しぶりに話すそいつはなぜかわからないがうきうきしていて、俺は少しいらっとした。

 もう完璧に望みは捨てていた。捨てていたはずなのに、俺は彼女の笑顔を見てしまった。こんなに間近で。
「付き合って欲しいの」
 自然と笑みがこぼれる。少しずり落ちた眼鏡を直しながら俺は頭を掻いた。
「好きでした」
 口をつく言葉。彼女は笑う。俺の求めた彼女の笑顔。この笑顔で俺は…
「じゃあ―」
「ごめん、もう…」
 冬の空に夕焼け雲がたたずんで俺達を見下ろす。



 俺の隣には彼女じゃなくてむかつくこいつ。しかも告白したのは俺の方。なんでなんだろう。
「昨日あの子に告白されたんだぜ。お前がいなけりゃ俺はあの子と」
「張り倒すわよ」
 脇腹へのボディーブロー、あまりの痛さに本気で殴ってやろうかと思う。俺の眼鏡を奪うように取り、自分にかける。こいつはなぜか俺が家で眼鏡をかけているのを知っていた。
「なんで隠してたの?」
「何でって。恥ずかしかったにきまっとるがな」
 ふ〜んと鼻を鳴らす。
「眼鏡似合わんぞ」
「あんたもな」
 再び脇腹へのボディーブローと怒りのこもった笑顔。昨日のあの子とは偉い違い。いつかこんなやつと付き合ってるのがばれたら、想像しただけで俺は身震いした。いい訳考えといたほうがいいかも。

 どうしても誰かを好きになってしまう。そんな時は自分の思うままに行動できたらきっとうまくいく。でもそれが出来ないのが、俺らぐらいの中途半端な大人。妙にかっこつけたり、妙に張り切ったり、精神安定剤飲めよぐらいの勢いで生活を送る俺達。自分達のちっぽけさを知りながらも、自分達は偉大だと思ってる俺達。動いて動いて俺達は自分達の存在をアピールする。中途半端な存在は、そうすることで濃くなっていくと信じて。





 そうだ。もしも関係を聞かれたらこう答えよう。

―俺とこいつの関係?
―う〜ん
―………
―俺と眼鏡の関係かな(笑)




2005/01/23(Sun)02:33:48 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
懲りずに恋愛モドキをまた書きました(汗
締めたつもりの最後もちょい微妙な感じで(笑
暇つぶし程度に読んでくださればw
パスワードがおかしくなって更新が出来なくなっちゃったみたいですね(紅堂様頑張って!(テストも
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