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『なりたいもの』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:走る耳
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はじまり
夢の中で、悠(ゆう)は森の中にいた。その森はよくしげっていたが、葉と葉の間からさしこむ日の光が、その場を心地よいものとしていた。何も音は聞こえなかった。悠はゆっくりと歩いて、小道を進んでいく。すると清水が流れる小川に出た。川底をハッキリと見られるほどよく澄んだ浅い川で、太陽の光をうけて、輝いていた。小岩にあたってはじける水しぶきは、まるで光の粒がはじけたかのようだった。
その川には手すりのついた木作りの橋がかかっていた。こんな浅い川になぜこんな橋がかかっているのか悠には見当もつかなかった。その橋の上を見ると、横たわっている小さな女の子に男の子がよりそって泣いていた。
悠は二人に近づこうとしたが、足が土から離れなかった。土から離れないというより、少しづつ悠の足が地に沈んでいるのだった。悠は必死に体を動かすが、どんどん飲まれる勢いが増すだけだった。そして、完全に悠の姿は地に消えた。
悠は目が覚めベットから跳ね起きた。汗が額からどっと吹き出た。シャツも汗で体に張り付いている。悠は息が荒くなっていた。完全に混乱しきった悠のことを月が慰めるように窓から照らしている。その光すら避けるように、頭を抱えて悠はベッドの上にうずくまった。
あれはなんだったのだろう。こんな夢を見たのは悠にとって初めてだった。小さい頃から、ついたった今まで寝たらいい夢を見るのが当たり前だった。それだけに、今回の悪夢は悠に大きな衝撃を与えた。何かが起きるということを、誰かが悠に伝えようとしているかのようだった。悠はますます小さく体を丸めた。
窓枠が形作る月光の位置が少しずつずれていく。それとともに悠の体が光に照らされることもなくなった。
どれぐらいの時間がたっただろう。時計を見ないで夜を過ごすと、時の流れが不規則に感じられる。やっと落ち着いてきた悠は、窓から外を眺めた。カーテンを閉め忘れたみたいだ。いつもとなんの代わりもない風景がそこには広がっている。
老朽化のすすむいくつもの建物。コンクリートに割れ目の入った、よく整備もされていない道路。悠の住んでいるところは都内の中心部から少しはずれたところにあったが、それでもそこそこ高い建物が立ち並んでいた。
悠もその建物の一つ、少し廃れた雰囲気を持つマンションに住んでいた。しかし、一人ぐらしであり、しかも余計の家具をおいていない悠にとって、このマンションの部屋はおおきすぎるぐらいだった。なぜこのような広い部屋に住めているかというと、この部屋は親が買ったもので、失踪したときに残していった唯一のものだったからだ。
悠は思考を止めた。いくら考えていても、わからないものはわからないだろう。悠は不安から逃れるようにカーテンを閉めた。まどから伝わってくる冷気が、悠の体に届かなくなる。なかなか眠れはしなことはわかっていたが、悠は布団に包まって目を閉じた。
第一話 本屋で
人でごったがえす駅から改札口を出て、悠はいつものように学校への道を歩いていった。空気は乾燥していて、肌がかさかさしている。歩いていると、悠はなんだかおかしな感覚にとらわれた。こういうのを第六感というのだろうか、それとも昨日みた夢のなごりだろうか。何も変わらない風景から、異質なものを悠の体が感じ取っている。
小さなおびえを感じつつ、しかし、結局何も起こらないまま高校の校門をくぐった。その間も悠の頭のなかで警報が鳴り響いていた。だが、どうすればいいのかわからず、悠はそのまま授業を受けた。授業を受けている間に、徐々にその感覚は消えていった。そして学校が終わった頃にはさっぱり忘れてしまっていた。
雪が降りそうな、空が灰色の雲につつまれている冬の日のことだった。
老いぼれた教師が教室を出ると同時にクラス内はざわつきはじめた。皆、今日からはじまる冬休みの話をきりだしていた。家族でどっかいく、なんて言っているひとはほとんどおらず、大概の人が遊び相手を求めていた。
悠も家族と旅行に行く予定などなかった。悠には家族がいなかった。小さい頃、それこそもう悠の記憶にないほど昔に親はいなくなっていて、悠は施設で育てられた。今年高校生になるのにあわせて、国から今住んでいるマンションの一室を与えられたのである。
だが、周りの人の言動など関係なく、悠は授業が終わるまえも、終わったあとも、終始窓の外を眺めていた。校庭で男子教師が無理やり続ける、女子の体育を眺めているわけでもなく、校外にある何かを見ているわけでもなかった。考えていたのだ。昨日の夢のことを。
いくら考えても、やっぱりわからなかった。夢の舞台となっていた、森や川などとても思い出せなかったし、少女も全く見知らぬ人間に感じられた。しかし、少年のことだけが気にかかった。あの少年からは何か感じられるものがあった。しかし、それはなんだっただろう……。
「悠、明日あいてるか?」
不意に後ろの席に座っている男子が話しかけてきた。頭にひっかかっていたものが吹っ飛び、悠の思考が現実に戻ってきた。悠は後ろに振り返った。
「始か。バイトの前なら大丈夫だけど。なんかあんの?」
「バイト何時から?」
「二時」
「おわんのは?」
「そーだなぁ。六時くらい、かな」
後ろから身を乗り出していた始は、ちょーどよかった、といって悠の隣までやってきた。そしてまわりに聞こえないように言った。
「女子ばっか誘ってオレの家でパーティすんだけど、こねえ?」
「なんでおれを誘うんだよ」
「なんで、って」
始はおおげさなジャスチャーとともに言った。
「そんなのきまってんじゃねえか。長き友情だろ?オレを絶望の淵から助けてもらったことも多々あったし、久々の恩返しといこうと思ってな。」
「恩返し、ねぇ。どーせ自分の引き立て役に使うんだろ」
「ばれてる?なんてな。んなことないぞ。自分に自信もて。お前もなかなかいい顔してるぞ。少しガキっぽいけどな。」
笑いながら始が手を頭の上から押し付けてきた。悪かったな、といってその手をはじくと悠は荷物をもって立ち上がった。
「おいおい。まさか怒ってなんかないよな」
「怒ってなんかない」
笑いながら、だよな、といって始も荷物を手に持った。始の身長はこの年齢では普通より少し高いくらい。悠は0.5cmほど低かった。
「まさか、こないなんていわないよな?」
悠が渋っていると、その肩に始が腕をまわしてきた。そして、まるで奥の手を使うかのように今度こそ誰にも聞こえないよう耳元でいう。
「実はさ、女子の中の一人がお前をご指名なのよねー」
予想外の言葉に悠は驚いた。それはそうだ。突然そんなこと言われたらあせる。特に、あまり女子に免疫のない悠にとって内心の混乱に気づかれないようにするのは大変だった。しかし、なるべく――周りから見れば少しぐらい顔が赤く見えたのかもしれないが――平然とした態度で悠は返した。
「誰だよそれ」
「誰ってきかれてこの場で答えるやつがあるか?きてのお楽しみだよ」
悠は他に誰がくるのか聞いたがそれにも始は答えなかった。ただ顔に微笑を浮かべながら、悠の返事を待っている。その顔は、まるで悠が来ることを確信しているかのようだった。
クラスの皆も帰り始めている。悠は直接バイトで、それまでまだ時間があった。しかし、始の余裕な態度を崩してやろうと思い、バイトにいくそぶりをみせた。
「バイトだからもういくよ」
ドアに向って歩き出そうとした悠の肩にまわす始の腕に力がこもる。
「たのむって。その女子が来ないならこないって女子もいるからさー」
何故コイツはこんなに女好きなんだ。確かに始の容姿はかなりいい部類に入る。元がいい上に自分でそれを高めようとしているからなおよくみえる。少し焼けた肌、茶に染めている髪、顔のパーツのすべてがバランスよく配置されている。彼が女好きなのも無理もなかった。女が自分から近寄ってくるその容姿をもって、女を嫌う理由はドコにもないだろう。だが、尋常じゃない。固定した彼女を作らないあたりがまた女好きっぽさを強調している。
にこにこと笑いながら、その腕の力を一向に緩める気配のない始に、悠はついに折れた。ため息を一つついた。
「わかったよ。何時にいけばいいんだ」
「やっとその気になったか。バイト終わったらすぐきてくれよ。みんなには七時にきてもらうつもりだから」
わかった、と一言答えると悠は教室から出た。後ろで、おくれたらなんかおごれよー、という声が聞こえてくる。誘ったのはどっちだよ。悠は足早に階段を下りていった。
正直に言えば、指名してきた女子が誰なのかを悠は知りたくなっていた。これまで、悠は女子に強く興味を抱いたことはなかったのだが、さすがに指名となると気になってしまう。だけど、案外始にだまされたのかもしれない。悠を呼ぶために嘘をついたのかもしれなかった。
さまざまな思考にゆれながら悠は高校を出た。いつものようにコンビニの前を通り、人でにぎわっている商店街を抜けると駅に着いた。朝の通勤ラッシュの時間帯とは違い、そんなにこんでいない。電車に乗り込むと、すぐ席を見つけて座ることができた。今日は終業式だったので、まだ十二時を少しすぎたくらいであった。バイトまでは時間がある。どこかで時間でもつぶそうと思い、悠はバイト先のある駅で降りて駅前をぶらつくことにした。
駅前にあるラーメン屋で昼ごはんを済ませた。よく客の入る店だったので、食後の余韻に浸る暇もなく席をたつことになった。そのあと薬局などを回ったが、大して時間をつぶせることもなく、二時の三十分前には、もうバイト先の本屋についていた。
レジには店長と、長谷川さんが入っていた。
「お、きたか。今日は終業式だから早く来るとはきいてたけど、これほど早くきてくれるとはおもわなかった」
そういったのは店長である。身長160cmぐらいで年は30代後半。最近腹が出てきて困る、と愚痴を言っている。店長の横で軽く手を振っているのは女子大生の長谷川さん。彼女いわく自分こそミスG大にふさわしいらしいが、G大にその手のコンテストはない。だが、悠の目からは長谷川さんがなかなかの美人に見えた。
「こんにちは。長谷川さんもこんな時間からバイトですか?」
「今日は特別よ。でも、この後予定あるからかわってもらえる?」
「あ、いいですよ。予定ってなんですか?」
「可憐な美貌をもつ女子大生を持つに野暮なこと聞かないでよ」
そういって長谷川さんは店から出て行った。店長もなにやら落ち着かない面持ちで、時計をチラチラとみている。
「僕も席外すけどいいかな?今日はほら、クリスマス・イブだろう?息子にプレゼントを買ってやらなきゃ……」
「あれ、店長にも子供がいたんですか?てっきり一人暮らしだと思ってました」
「なんだそれは。ああ、そんなことより早くしないと。僕の娘は、今年で7歳になるんだ。はやく行ってプレゼントを買わないと。サンタを信じなくなる年には、まだ早いからね」
「どうぞ。六時にお店閉めるんですよね?」
「ああ。じゃ、たのんだよ」
そういって店長もそそくさと荷物を整えてドアを開けた。冷たい空気が店内に舞い込んでくる。外は雪が降りそうな雰囲気だ。店長は車に向って走っていった。
今日は12月24日。イブである。今になって悠はそれを思い出した。始が開くパーティというのは、おそらくクリスマス・パーティなのだろう。
始も両親がいない。二人して海外を飛び回っているらしい。だから、始は二つ下の妹と二人で生活している。始は時々バイトしているが、基本的には家で家事をこなすために急いで家に帰っていることを悠は知っていた。始は妹のことがよほど大切なのだろう。
女好きなのは、年下に対しても……か。本気でそう思っていたわけではなかったが、悠は、クスリと一人笑ってしまった。
悠は国から援助金をもらって生活をしていたが、それだけで生活していくのは到底無理だった。だから、毎日バイトをするために高校では部活に入らなかった。別に特別入りたい部活があったわけではなかったが、男子の高校生活における大切なことの一つ、部活動に参加できないのは少しさびしくもあった。
特に客が来たわけでもなく、本を入荷したわけでもなかったため、悠はただレジに立って同じことを繰り返し行っていた。暇だと余計なことを考えてしまう。自然と頭に昨日の夢のことが浮かんできた。悠は頭を振ってそれを取り払おうとするが、なかなか離れなかった。
あの夢が意味するのはなんだろう。人生初といっていい悪夢が、悠にとって全く意味をもたない無駄なものとは思えなかった。何か意味があるハズだが、悠はその意味を探し当てることはできなかった。もしかしたら、過去のことを思い出しているだけかもしれない。しかし、あのような場所にいったことはない。そう考えると、ますます深みにはまって抜け出せなくなった。
気づいたら四時になっていた。客はほとんどこなかった。悠は店員が自分しかいない時間に、客がこないのは助かった。しかし店内に客が一人もいないことにがわかると、こんなこと悠がバイトに入ってからはなかったため不安になった。そんな時間帯ではないし、ここいらには他に本屋がないから売れ行きは上々な店である。不思議に思って店内をすみずみまで見渡しても、やっぱり誰もいない。
何かおかしい。寒気がする。暖房が効いているか確かめようとしたが、今は夏で逆に冷房が効いていることを思い出した。自分の行動をばかげたものと思い、一人笑ってしまった。そのとき、自動ドアが開いた。入ってきたのは一人の女性だった。
悠がその姿を確認したとき、一瞬時が止まったように悠には感じられた。体の体温が感じられなくなり、悠にとって聞こえるものは彼女の足音だけとなった。そして、悠に見えるのは彼女と、その背後に広がる深い闇だけとなった。体の自由がきかなくなった。朝感じた異質なものと同じ何かを彼女から感じ取れた。彼女がここにいることに対する強い違和感を悠の体は受けていた。
女性は微笑みを浮かべながらレジに向ってあるいてきた。その表情からは、とても危険なものは感じ取ることはできず、悠が感じる緊張感は彼女が一歩レジに近づくたびに薄れていった。
悠の目の前で彼女の動きが止まった。年頃は悠と同じくらいだろうか、美しいともかわいいともとれる容姿を持つ彼女の髪は金に染まっている。悠は彼女のことを外国人かと思ったが、近頃髪を染める人が増えているのでハッキリとはわからなかった。だから、悠は顔つきからそれを知ろうとした。すると当然のことなのだが、彼女と悠の目があった。
彼女はそのまま微笑みを崩さず、手を悠に差し出した。悠は何をすれば良いのか、相手が何をしたいのかわからなかった。突然のことに悠は考える思考力をなくしていた。そんな悠の態度を不思議に思ったのか、彼女の口が開いた。
「このメモに書いてあるものが欲しいんだけど、あるかなぁ」
「あ、ああ。はい。わかりました」
金髪の女性の差し出した手にはメモ用紙が乗っていた。それを悠は受けとって読んだ。本来、本の題名や作者名が書いてあるだろうその紙には、甘いお菓子の作り方、とだけ書いてあった。出版社など詳しいことは一切かかれていない。レジに身を乗り出して彼女がうれしそうに話し出す。
「私ね、甘いお菓子大好きなんだ。買って食べるのもいいけど、どうせなら自分の理想のお菓子作ってみたいなー、と思って。ね、ある?」
彼女の蒼く澄んだ瞳から期待のまなざしが悠に向けられる。あまりに近い位置から見つめられたため、あせって目を彼女からそらした。頬が赤くなるのを感じた。
「え、と……」
言葉を捜している悠のことを彼女はせかす。
「ねえねえ、どこにあるの?」
もちろん、お菓子の作り方が載っている本など、何冊もある。何冊もあるだけに、どう答えればわからなかった。できれば、相手の要望にそった言葉をいいたい。そう思って悠は黙って少し考えていた。
「もしかして、ない?」
黙りこんだ悠の様子をみた彼女は少し哀しげな声を出して、肩を落とした。悠はあわてて否定した。
「ありますよ。もちろんありますけど、おかしといってもたくさんあるから、どれのことを言っているのか……」
やった、と彼女は満面の笑みで小さく跳ねると是非全部見せて欲しいといいだしたので、悠は趣味の本が置いてあるコーナーに彼女を連れて行った。彼女が熱心に百を超える本とにらめっこしているのを横目に、悠はレジに戻った。
店に入ってきたときに感じたものを今はすでに感じなくなったが、悠は彼女のことが気にかかっていた。あたりまえのことだ。彼女の容姿がとびぬけていたこともあったが、なにより赤の他人に対して感情をそのまま表現している仕草をして、とくに恥ずかしそうな素振りもみせないことが要因となっていた。なかでも、まるで悠と知り合いかのように親しい態度で接してくるのが一番おおきかった。
ちら、と視線を趣味のコーナーにやると、彼女はチョコレートの作り方が載っている本を物色していた。おいしそーだなー、とか小さな声でぶつぶついいながらチョコレートの本をみつめている。客があまりにこないものだから、悠は奥から椅子を持ってきて、座った。レジに頬杖をつきながら彼女の様子を眺めていた。
一時間近く過ぎた。しかし、彼女はまだお菓子の本を読んでいた。自分が食べたことのないお菓子をみるたびに、どんな味なのか悠に聞いてきたが、悠自身そんなに甘党でもなかったので、マイナーなものには答えられなかった。
本来そうあるべきではないが、彼女のひとなつっこい態度と接するうちに、悠はなんだか彼女と本当に親しくなれた気がした。実際のところ、彼女の悠に対する態度は店に入ってきたときとかわっていなかったが、悠の言葉は客に対する親しい言葉から少しづつ抜け出していった。
いくつか言葉を交わしているうちに、悠はメモのことを思い出した。
「そういえば、あのメモ、誰に書いてもらったの?」
「あのメモは駅前の洋菓子屋さんに書いてもらったんだ。そのお店で売ってるものがすごくおいしかったから、作り方を聞いたら、本を買ってみるよう薦められたんだ」
へー、と悠は納得してみせた。しかし、やっぱりなにかおかしかった。
「それで、甘いお菓子の作り方、って本を買えっていわれたわけ?」
「うん?いや、それは違うんだけど……。あ、これもおいしそー……」
彼女はお菓子の世界に戻っていってしまった。なんとなく残念な気もしたが、悠はそれ以上詮索しなかった。何より、居心地の悪い空気を作りたくなかった。だから、下心があると思われないように、プライベートなことは一切聞かなかった。
五時半をまわった。しかし、竹内さんは店に来なかった。六時までにこなかったら、店を閉めないといけない。彼女は依然として本を読み続けている。お菓子の世界から連れ出すことを悪いとは思いながらも悠は彼女に話しかけた。
「六時になったらお店閉めるから、それまでに決めちゃってね」
彼女はビックリして店内にある時計を見た。
「もうそんな時間かぁ。うーん……」
二冊を眺めて迷っている。どうやら最後の二冊に絞れたらしい。それでも彼女はすごく迷っている。うー、っとうなりながら二冊の表紙を見比べている。そこに悠は助け舟を出した。
「あのさ、そんなに迷ってるんなら二冊とも買っちゃえば?」
「あ!!!」
どうやら、少しもそういうことを考えていなかったらしい。彼女は悠の言葉に強いショックをうけたようだ。これまで読んできた本たちが並ぶ棚を眺めて、ことこと笑いはじめた。
「そーだよね。一冊に絞る必要なんてなかったんだった」
二冊の本を大事そうに抱えながら彼女はレジに歩いてきた。レジについても、彼女はその本を離そうとしなかったため、悠はカバーをつけることをあきらめて、紙袋を彼女に差し出した。彼女はまるで壊れ物を扱うかのように紙袋のなかに二冊の本をいれた。
一万円札を彼女から受け取って、悠はおつりを返した。彼女はそれを手で握り締めたまま本の入った袋を抱えていた。外はもう暗く、開いたドアからは月が見える。月光に照らされながら、彼女は去り際に紙袋の中を覗きこんでから振りかえった。スカートが少し遅れて円を描く。
「えへへ……」
彼女はしたを向いてしまった。照れているようだった。その表情からは、彼女がどれだけその本が買えてうれしいかが伝わってきた。なんだか照れてしまい、悠まで頬が火照るのを感じた。
彼女が顔を上げると、その顔にはもう笑顔が戻っていた。
「今日はありがと。また欲しいものがあったらよらせてもらうね」
そういい残して、胸に紙袋を胸に抱き彼女は走り去っていった。悠は彼女の背を見ながら、ホウっと白い息をついた。
続く
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2005/01/23(Sun)00:23:10 公開 / 走る耳
■この作品の著作権は走る耳さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
いやー、書いてしまいました。かきながらも、自分の語彙力のなさにビックリ。
とくにダメダメだったのが服装の表現です。服の名前を全くしらない自分は、キャラクターごとの服装の表現はほとんど省かせていただきました。他にもダメだなー、って点が多いと思います。
意見、感想お待ちしています。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。