『櫻』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:inu                

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鬼が来る。

嫌だ、厭だ。怖い、恐い。

黒く恐ろしい影が、今にも僕を飲み込む程迫ってくる。

早くしないと、早くしないと、鬼に食われてしまう。

苦しい。

ああ、助けて。誰か僕を助けて呉れ。

ふと見上げると柏木が生えていた。その横には男が立っている。男は小さな人型の紙を取り出し、それに息を吹きかけた。
紙はひらひらと舞い、僕の姿となった。鬼は僕ではなく、それを喰らい、霧の様に消えた。

は僕に云った。

「汝、【陰】である鬼を【陽】である寅に喰わすべし。再生ともって変化せよ。
オンソハハンバショダサラバタラマソハハンシュドカン オンホンドボドハンバヤソハカ オンバサラギンハラテハタヤソハカ オンシュリマリママリマリシュシソハカ」


だんだん気が遠くなって行く。

蛇。

目の前に蛇が…。

気がつけば、僕は一人で闇の中に立っていた。
物音一つ聞こえない静寂な闇。ここは何処だ。

「くすくすくす」

突然笑い声が聞こえた。
地面が盛り上がり、手が現れ僕の脚を掴んだ。
若い女の手だ。
しかし、女の力とは思えない程、手は僕の脚に食い込み地へと引きずり込む。

拙い。僕の脚はどんどん土の中に埋もれて行く。

僕は知らぬうちに声を出していた。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行」

九字。何故僕は九字の呪など知っているのだろう。僕の知らないうちに記憶が増している。

「朱雀、玄武、白虎、匂陣、帝台、文王、三台、玉女、青龍」

縦に四つ、横に五つ、印を切る。

「音素は半バシュダサラバタラマソハハンバシュドカン オンハンドボドハンバヤソハカ」

ああ、これは先刻の。

途端に白い大蛇が現れ、その女の手に食らいついた。

「ギャアアア!!」

物凄い叫びと共に女の手は消えた。
いったい何があったのだ。僕は何をしていたのだ。
僕は金縛りにあった様に放心していた。
突然、目の前に柳が現れ、根元には女児が立っていた。
女児は着物姿で、肌は雪の様に白く、唇は血の様に紅い。風もないのに肩で切り揃えられた髪が揺れ、恨めしそうにこちらを向いている。
女児の口から一筋の真っ赤な血が流れた。
生暖かい風が吹き、女児の目を覆っていた前髪がハラリとなびいた。
女児には目玉がなかった。抉られた様にポッカリと空いている。
女児の口から大量の血が流れ出した。

女児は嗤った。

「オマエヲ喰ッテ変化ヲ完成サセル。魂ヲヨコセ」

そして女児は消えた。
消えた場所から突然光が漏れ出しだ。光は徐々に大きくなった。
光の中には一人の人が立っている。
「御主人様、こちらでございます」
僕は、その不思議な声に導かれ光の外に出た。


目が眩む程の強い光。

気がつくと僕は、家の縁側に寝ていた。

「気味が悪い」

突然声が聞こえ、振り向くと真後ろに少女が立っていた。
見覚えのない子だ。誰だろう。近所の子だろうか。
起き上がろうと下を向き、力を入れたが全く入らない。また金縛りか。
もう一度少女を見ると、少女の姿はなく、桜の花弁が一枚落ちていた。
僕の身体は金縛りから逃れ、ふらふらと庭に出た。
僕の庭には桜の木があり、その桜は冬に咲く、云わば狂い咲きの桜だった。
僕はその桜を一寸見た。
そこには死んだ兄さんが立っていた。

兄さんの横には先刻の少女が居る。何だ兄さんの知り合いだったのか。

僕は縁側に戻ろうとすると、もう家はなかった。
代わりに巨大な匣が在った。僕はその匣に入り眠る事にした。
匣に入ると足の踏み場もない程、骨で埋め尽くされていた。そうか、この匣は棺桶だったのか。これでは寝心地が悪い。僕は匣から出た。
それにしても酷く眠い。
僕は桜の木の元へ行き、死んだ兄さんの横に座った。少女はもう居ない。
眠そうにしている僕の顔を小鬼が覗いてきた。小鬼はにぃっと笑い、僕の右眼を抉ると赤い石をはめ、そのまま消えていった。
死んだ兄さんはその赤い石に魄を宿らせた。
そして僕と死んだ兄さんは一つとなった



それから300年経った。
僕の身体は未だ若いままだ。
300年間僕は何もせず、ただ桜の下に座っていた。時々鬼が僕を喰いに来たが、僕の記憶が退治してくれるので僕は安心して眠った。
ある日、一人の老人が僕の庭に入って来た。老人は僕を見ると、
「赤い石!赤い石!アカイ!アカイ!アカイ!」
と、気が狂った様に叫びだし、僕の死んだ兄さんを抉ろうとした。
僕は咄嗟に桜の枝を折り、老人の喉に突き刺した。
老人の断末魔が庭中に響いた。
僕は老人を死んだ兄さんの時と同じく、桜の下に埋めた。
瞬時、桜は真っ赤に染まった。赤い花弁がひらひらと落ちてくる。
僕は良い気持ちになり、再び眠りに入った.



夢を見た。



暗闇の中、僕の目の前に蒼い光が見えた。僕は何とかしてその光を得ようとするが、追いかける度、蒼い光は逃げて行く。
あの光を得なければ、僕は完成出来ない。僕は何故かそう思い込んでいて、僕は一生懸命追いかけた。
ふと見上げると柏木が生えていた。その横には男が立っている。
男は小さな人型の紙を取り出し、それに息を吹きかけた。
紙はひらひらと舞い、蒼い光となった。僕は仕方なくその蒼い光を喰った。
すると白い蛇が現れ、僕の両目を抉った。死んだ兄さんまでも奪われた僕は途方に暮れ、霧の様に消えた。
気がつくと僕は女児の姿になって柳の横に立っていた。
しばらくすると本物の蒼い光が再び目の前に現れた。
僕の口から一筋の赤い血が流れた。
生暖かい風が吹き、僕の前髪がハラリとなびいた。
蒼い光が揺れている。
僕の口から大量の血が流れ出した。
僕は何だか可笑しくなり、嗤って蒼い光に云った。

「お前を喰って変化を完成させる。魂をよこせ」

すると突然僕は光に包まれ、今度は少女の姿になり、昔の僕の家の縁側に立っていた。
目の前に僕が寝ている。眠っている僕は蒼い光を放っている。何だか異様だ。

僕は、

「気味が悪い」

と、呟いた。すると眠っている僕が眼を覚まし、少女の僕を見ようとするので僕は慌てて死んだ兄さんの所へ駆けて行った。
死んだ兄さんは桜の木の下に立っていた。僕は安心して死んだ兄さんの横に立った。
ふらふらと眼を覚ました僕が近寄ってきた。しかし、僕を見ると再びふらふらと棺桶の方へ歩いて行った。
僕は変化を完成させたのだろうか。結局は本物の蒼い光を得る事は出来なかった。僕は<僕>の言葉を思い出した。

「汝、<陰>デアル鬼ヲ<陽>デアル寅ニ喰ワスベシ。再生ヲモッテ変化セヨ」

鬼。寅。再生。変化。陰陽師の<僕>。蒼い光。もう一人の僕。死んだ兄さん。魂魄。赤い石。桜。さくら。サクラ。赤い。紅い。赫い。血。
僕は何だか眩暈がした。繰り返される過去と現在。

気持ち悪い。嫌だ、厭だ。怖い、恐い。

そしてこの記憶も知っている。再生をもって何に変化するのか。
鬼が僕で、寅が<僕>か。

ああ…・・

怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。
怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。コワイ。







思イ出シタ。300年ヨリ、モット、モット、前ノ記憶。




兄は陰陽師でした。

兄の才能は誰もが認める程、素晴らしいものでした。

兄は僕の自慢でした。恨めしい程、僕は兄を愛してました。

僕は兄自身になりたかった。

だから僕も一生懸命勉強しました。僕の学んだものは全て呪詛でした。兄は主に祝詞です。

兄が<陽>なら僕は<陰>で居ようと思ったんです。

そうしたら兄と僕で一つになれると考えたからです。

でも兄はそんな僕を嫌がりました。

強く独立を薦めてきたのです。お前の為だ、なんて言葉では美しく飾っていましたが、僕を嫌っていたに決まっている。

僕が嫌いだから、邪魔だから僕を突き放したんです。

<陽>と<陰>は二つで一つ。離れる事は出来ない。離れるにはどちらかを抹消させなければならない。

僕は殺されると思った。

だから…・・だから、殺しました。

兄を殺して<陽>を取り入れ、兄として生きよう。これで兄になれる。邪魔な肉塊は桜の木の下に埋めよう。

そう考えながら僕は学んだ呪詛を全て兄に向けました。

兄はいとも簡単に死にました。やはり兄は<陰>が弱かった様です。

父は大変怒りました。

父は兄の魂を「小鬼の右眼」と呼ばれる家宝の赤い石に宿らせました。兄の魄は桜に宿りました。

それからあの桜は狂い咲きするようになりました。

僕は兄に向けた力が強すぎた為、自らの結界が破け、今だに過去と現在を繰り返し、発狂寸前です。

僕に仕えてくれた人も死んでしまいました。

赤い石、僕の兄もなくしてしまいました。

僕は最後の力で家を巨大な匣にしました。僕の所為で死んでしまった人達の棺桶です。

ただ、赤い石だけが足りません。

僕は今でも兄さんを愛してます。

僕の分身。双子の片割れですから…………・・




気づけば僕は老いていた。
300年もの時を経て身体にガタが来たのだ。
兄さんは何処へ行ってしまったのだろう。
白蛇に両目を奪われ以来、僕は途方もなく歩き続けて来た。
ふと見上げると、冬なのに桜が満開な庭が眼に入った。
ああ、何だか懐かしい。
僕はふらふらと庭の中に入った。桜の下には若い頃の僕が座っていた。
右眼には赤い石。

ああ!兄さん!兄さん!兄さん!

「赤い石!赤い石!アカイ!アカイ!アカイ!」



鈍い痛みが喉を通過した。


自分でも耳を疑う程の断末魔。ああ、やっと終わりだ。


兄さん、やっと一つになれたね。



【了】

2005/01/19(Wed)16:08:18 公開 / inu
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