『Life is...』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:chickenman
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「ねぇ、知ってる?人間には一人ひとりに神様が宿ってるんだって。」
「ふーん、会えるのか、その神様ってのには?」
「分からない、けど会えると信じていたらきっと会えるよ。」
「ああ、そう・・・かもな。」
Oキャラクター紹介O
永野 裕一(ながや ゆういち)
Tall : 172cm この物語の主人公、なんの特徴もない普通の高校生。基本的
Weight : 61.5kg に誰とでも上手く付き合えている様に見えるが、実際は本音
Birth : 3/18 を喋れる友人は笹上くらいなもので、その性格は笹上曰く、
Age : 16 「雑踏に逃げ込んだ孤羊」なのだそうだ。
八重樫 和子(やえがし かずこ)
Tall : 156cm 校内ではアイドル扱いされているが、その性格は引っ込み
Weight : 45kg 思案で好意を寄せている裕一と言葉を交わすことすら出来
Birth : 7/12 なかった。周りからはしっかり者だと見られがちであるが、
3size : 76 ? 52 ? 73 その正体は秋月随一の破壊魔(通称?)
Age : 17
笹上 大地(ささがみ だいち)
Tall : 179.5cm 笹上薬店の店主 笹上 吉里(ささがみ よしり)の一人息子
Weight : 76kg 父がいつも競馬に行ってしまっているため店番をしているこ
Birth : 6/21 とが多い。裕一とは幼稚園時代からの腐れ縁で、時に敵、時
Age : 17 に味方というよく分からない間柄。ある意味、危険人物(?)
蒼月の雪(そうげつのゆき)
Tall : 142cm 裕一の心象世界に住まう神。幼少期に戦乱のなかで反乱軍
Weight : 31.3kg の凶刃によって没し、それを機に神となった。仮死状態に陥
Birth : unknown った主人公と対峙して、スノーと半ば強制的に命名される。
Age : unknown ちなみに彼が神として携わった人間は裕一で13人目。
〜prologue〜
それは月の綺麗な夜であった。空気は澄み渡り一面の星はぎらりとした輝きを放っている。「はぁはぁはぁ、・・・・」乱れた呼吸音が闇の支配する空間に響き渡る。
ブロック塀に寄りかかるそれの目は既に真っ赤に血走り、体は小刻みに震えている。
「何故、ここに・・・?」汗ばんだ手に握られたバタフライナイフが月の冷めた光を反射する。
それは闇の中から狂ったように走り出し街の光の中に消えていった。
闇に静寂が戻る、それの手にはもうナイフは残っていなかった。
少しさびれた感のある商店街、行き交う人々は諸々の衣服を着込んで家路へと歩を早める。とりわけ今日の冷え込みは格別である、まだ11月中旬とはいえもう少し夜闇が深まれば今年初めての降雪が拝めるかもしれない。秋月の町にはこの世に生を受けてからの16年8ヶ月と幾日の間世話になってきた、言うなれば俺にとってこの町は故郷ってやつなのである(この歳で故郷なんて言葉を使うのには若干の抵抗があるが。)通りにひときわ強い風が吹き付け首に巻いていたマフラーが危うく飛ばされそうになる。俺は外れかけたマフラーを丁寧に巻き直して一軒のペンキのはげかけた店に駆け込んだ。店の名前は『笹上薬店』、ここらの界隈じゃ結構有名な(なぜか)創業100年を超えるゴーストショップである。
「いらっしゃいませ・・・って、なんだ裕一じゃないか。珍しいな、今日はどうした?」聞き慣れたハスキーヴォイスを店内に響かせて、これまた見慣れた顔が店の奥の陳列棚群からっひょっこりと現れる。がっしりとした体格に驚くほどマッチしない白衣を着込んだこの男の名は笹上 大地、彼とは小学生の頃から続く腐れ縁で『時に敵、時に味方』というよく分からない間柄である。
「最近、ちょっと不眠症気味でね・・・疲れが取れにくいっていうか。それで大地の店ならなんかいい物ないかなと思って。」大地はこっちの話を途中まで聞くと店の奥の奥に追いやられていた未開封の段ボールの封を切りがさごそと中身をしばしの間あさった後、おもむろにある茶色の瓶を手に取った。
「睡眠薬だろ?ほら、おごってやっから持って行きな。」男はそういってケタケタと笑いながらぽーんと瓶を投げてよこした。・・・いつも思うんだが薬剤師の免許なんて持っているはずもない大地が一人で普通に店番をしているという状況は違法なんじゃないだろうか?
「いつも悪いね、薬って結構高いから助かるよ。」俺は男とその後、数十分の間くだらない世間話をして店を出た。もう東の方角はオレンジに染まり、夕焼けがすぐそこまで迫っていた。
僕はいつの間にか家の前に立っていた。町から家までの20分の道中の記憶はテレビで見ているみたいに空虚で隔離感さえ感じられる。ドアの鍵を開けて古臭い薫りのする玄関に入る。築45年の家屋の発するにおい、家族は嫌っているが自分は実は昔から結構気に入っていたりする。静まりかえった我が家、両親は三日前『わっくわく、どっきどきの仏像巡りツアー』たる旅行に旅立たれたで家に住人は自分以外いない。居間を横切って階段を駆け上がって廊下の突き当たりにある自分の部屋に入る、時刻は既に7時を回っていた。
夕食を摂ることすら億劫になりマフラーと外套だけ放り捨ててベッドに倒れ込む。手には先ほど買ったばかりの薬瓶が握られている。瓶のふたをゆっくりと開けて全ての中身を寝床に広げる・・・白い錠剤が小さな山になる、俺はそれを一気に貪り食った。
「なんで・・・こんなことになっちまったのかな。」思わず苦笑する。こうなってしまった原因なんて知らないし、これが正しい選択なのか俺には分からない。自分が信じられなくなった俺が行き着いた結論(けじめ)がこうであったというだけのこと。電気のついてない部屋に時計の針の音と小さな呼吸音が響く。
一つ遺書でも書いてみるか、ふとそんな考えが頭をよぎってペンを握ったがすぐに止めた。未練がないというと嘘になるがこの選択に後悔はしていなかった、だからこそ終わりまで後悔なんてしたくなかった。「これでもう朝は来ない、それに闇に怯えることも。」
そのとき机に置いていた携帯がけたたましく鳴り響いた。「まったく、本当に空気の読めないというかタイミングの悪いやつというか。」携帯に表示された”八重樫 和子”の表示を見て思わず呟いた。どうしようか、俺は少し迷った末に電話にでることにした。現世に残留できる時間は残りわずか、それならこの馬鹿と少しの会話を楽しむのも悪くない。
「あっ、もしもし裕一?今、私中心街にいるんだけどさ、佐和子ったら酷いんだよぉー。私のことおいて木下君とどっか行っちゃったんだよ。」受話器の向こうから聞こえる聞き慣れた柔らかい声、そんな何気ない日常が今はとても温かく感じられた。
「ねぇ裕一、佐和子のせいで一人なんだけど今からこっち来ない?クレープおごってよ。」
「何言ってんだよ、うちから中心街まで1時間以上かかるんだぞ。大体、来てくれって頼んでる身でクレープおごれってどういう神経してんだよ。」
「えへへ、裕一に褒められた。」
「いや褒めてないから、むしろ貶(けな)してる。」電話越しに、む〜と唸る声が聞こえる。
彼女、八重樫 和子とは元々そんなに仲が良かったというわけでもないし交流なんて殆どなかった。こんなに親しくなったのはつい2ヶ月ほど前からなのである。残暑の季節がちょうど過ぎた頃のある日、俺は放課後になると導かれるように屋上に向かった、俺はもちろん目的なんてなかったし普段から行っていたわけでもなかった。しょうがないので俺は何をするわけでもなくぼんやり沈みゆく夕日をただぼんやりと眺めていた、そんなとき彼女はやってきた。彼女と話をしたのはこのときが多分初めてだったと思う。
「あれ、永野君!?な、なんでこんなとこにいるの?」少女はあのとき明らかに動揺していた。後で聞いた話によると彼女は放課後になると一人でよく屋上に行っていたらしい。
「んー別に、それに裕一でいいよ、クラスではみんなそう呼んでるわけだし。それと八重樫さんこそ何してんの?」
「えっ?永野君、私の名前覚えていてくれたんだ。」彼女の顔には驚きの色さえ見える。
「うっ失礼な、クラスメイトの名前くらいちゃんと覚えてるよ。・・・それにクラスの中で一度も話したことない人って八重樫さんくらいだからね。」
「私てっきり永野君に嫌われてるんだと思ってた。・・・でも不思議だね、じゃあ何で今まで話す機会なかったんだろうね?」
「俺も八重樫さんに嫌われているんだと思ってた。もしかしたら、お互い変に気を遣ってたのかもね。」俺はその言葉をちょっとした軽口のつもりで口にした。しかし、彼女はその言葉をこちらの予想以上に重く受け止めてしまったようで急にうつむいてしまった。
「そんな・・・嫌い、なんかじゃない・・・、だって」
「だって?」
「ううん、なんでもない。私もう行かなきゃ、それじゃあね裕一(・・)君(・)。あと私のこと和子って呼んでくれていいから。」そういって少女は階段へと走り去ってしまった。
「なんだ、嫌われてたんじゃなかったんだ。」もう半分以上沈んでしまった夕日を見ながら呟いた。
彼女はその日以来頻繁に俺に話しかけるようになった、俺も以前に比べると彼女に話しかける機会が増えたと思う。それから・・・・
強烈な眠気が思考を遮る。「くっ、そろそろか。」
「ん?裕一なんか言った?」
「悪い、急用ができたから電話切るよ。」
「えっ、うん、それじゃあまたね裕一。」
「あぁ・・・バイバイ、和子。」そう、おそらく最後になるであろう別離の呪文を口にして通信を切る。そして俺の中で時は止まった、世界は急速に色を失って歪みはじめる。所詮俺にとっての世界は自分という一個体の視界でしかあり得ない。だから世界は確かに止まった、その色を失った。
「バイバイ。」その言葉を残して俺も止まった。
11月中旬、町は本格的な冷気を帯び始め、秋の終わりが目に見えるようになってきた。
まるで秋を通り越して冬が来たみたい、そういったのは誰だったろうか?無理もない、ここ最近の気温の下がり方は異常としか言いようがなかった。
町を駆けるエンジン音、風に揺れる木の枝の音、既に日は落ちている。
とある家のとある部屋、半開きの窓から吹き込んだ隙間風がとうに空になった瓶を転がす。
ころころころころころ・・・・
瓶はゆっくりと円を描くように転がって一体の人形にぶつかって止まった。糸の切れた人形はぴくりとも動かない。それはとても冷たい、さっきまで熱を持っていたそれは今では少しの熱も持っていない、故にそれは誰が見ても糸を切られた人形であった。
意識は底なし沼の中をどこまでも落ちていく、眠りよりも、死さえよりも深くどこまでも深く落ちていく。そんな時間がいくら続いたであろうか?
1分?1時間?それとも1日? 否、ここには時間という概念は存在しない、夢で時間の経過が感じられないのと同じようにここでは一瞬とは永遠であり永遠とは一瞬なのである。
次第に周囲が明るくなってくる、どうやら終点のようだ。
「なんだ、底なし沼なんかじゃなかったんだ。」横たわっていた体を起こす。いつからここにいたのだろうか?俺は見渡す限りに広がった満開の桜の木々に囲まれて倒れていた。こうなってくると俺は本当に落ちて来たのかすら怪しいものである。ふわりと頬をなでる風がやけにくすぐったかった。
『かさっ』背後から足音がする。俺は不思議と驚きはしなかった、むしろ旧友にでも会ったかのような懐かしさを感じた。
「こんにちは裕一、桜きれいだろ?僕、桜大好きなんだ。」いつの間にか目の前に現れた少年が純白のローブを靡(なび)かせながらながら鈴のような声で言った。
「ああ、とても綺麗だ。ところで君は誰?」少年はくすりと微笑んで「君の中の神様・・・人間ってのは一人ひとり神様を宿すんだ。おっと、紹介が遅れたね、僕の神名は蒼月の雪。」
あぁなるほど、それなら少年の美しすぎる銀髪も年齢に不相応な凛とした顔立ちも透けそうなほど白い肌も納得できる。普通であれば信じられるはずもない彼の返答が簡単に納得できたのはきっと疑う気すら起こらないほど世界が美しかったせいであろう・・・それに彼の話には不思議と聞き覚えがあった。
「そっか、君が俺の神様か。それにしても『蒼月の雪』っていうのは呼びづらいな、神名以外の名前はないの?」すると、少年は複雑な表情を浮かべてうつむいてしまった。
「あ、あの・・俺なんか悪いこと言っちゃったかな?」少年が顔を上げる、そこにさっきまでの表情はない。
「悪いね、少し昔のことを思い出してしまっただけ。神族という存在はそこに至る過程で己の名前を捨てるんだ。そして一度捨てた名前は二度と本人の元には返ってこない・・・記憶の忘却を行うからね。」そう言って彼は視線を遠くに向けた。
「スノー」えっ、と怪訝な顔をした少年が振り返る。
「君の新しい名前だよ。スノー・・・うん、悪くない。呼びやすいし・・・何より君に似合っている。」少年はしばしの間呆気にとられていたが、それで今度こそ年相応の笑顔を見せてくれた。
「ふふ、はははは・・・いくらなんでもスノーは単純すぎだよ・・・それじゃあまるで裕一(・・)みたいだ。」
笑った。二人とも散った桜の花弁の絨毯に背を預けて莫迦みたいに笑い続けた。
なんの意味もない時間が流れる、その時間は本当に無意味だったけど意味を求めること自体が馬鹿馬鹿しく思えるほど温かいものであった。
満開の桜で彩られた世界。その中心に二人の人影がある、いや、実際には二人が居るからそこが世界の中心になったと言うだけの話。二人は地面に背を預け、お互いに言葉を交わすこともなく、ただぼんやりと頭上を覆う桜の花びらを眺めていた。
「なあスノー、俺ってもう死んじまったんだよな・・・もしかして俺のこと迎えに来てくれたのか?」俺は確かに自殺した、それはどんなに頑張ったって消えることのない不変の罪だ。だから俺にはこんなに温かい時間を過ごす権利なんて最初からないのである。
ところが少年は「うーん、遠からず近からずだね。あぁ・・・あと、言い忘れてたけど裕一、一応はまだ死んでないから、正確に表現するなら昏睡状態だよ。それに迎えに来たって言うのも間違い、本当に裕一が死んだときには裕一の先祖が迎えに来るから。これは昔からのしきたり(・・・・)でね。」思わず立ち上がる。
「死んでないだって!?何でそんな大切なことを早く言わないんだよ!!」押さえきれず声が大きくなる。俺は・・・死んでない・・・? それに少年はさぁと無責任に返答して言った。
「いいかい裕一、僕は君を自由な意志で殺すことも生かすこともできる。だから僕は君という人をどうするか測りに来たんだ。」
「仮に君が僕を生かしても、僕はまた自殺するかもしれないのに?」
「そうだな・・・普通、神族は裕一みたいに自殺した人は見捨てるだろうね。」
「じゃあ、何故?」
「ただの気まぐれだよ・・・神様ってのは大抵は猫みたいな自由奔放な性格してるからな。」
一際風が強まり、集団から切り離された桃色の花弁がいたずらに飛ばされていく。少年と目が合う、上半身だけ起こした彼の表情は氷のように冷たかった。
・・・・あれ?・・・寒い・・・
体内の熱が周囲の世界から吸い取られていく感覚、スノーがくすりと笑う。
「さぁ、話を聞かせてもらおうか、裕一。」
決して抗えないその言葉。そう、この世界では彼の意志とは世界の意志と同義なのだから。
「あぁ、分かったよ、君の質問には答える。だからせめてこの圧力を解いてくれないか?あっちではまだ生きているのにこっちではもう死んでいるってわけには行かないだろう?」少年が不可視の圧力を解く・・・その瞬間、消えるはずの圧力が急に強くなった。
「!!!」
思わず頭を押さえてその場に膝をつく。すると今まで恐ろしいほどの圧迫を掛けていた力が嘘のように消え去った。どうやら現象自体は一瞬のことであったらしい。
「大丈夫か裕一?」スノーが手を差し出す。俺はそれを制してゆっくりと立ち上がった。
・・・あれっ?何かが違う。
眼前には相変わらずの桜景色が広がっている、しかしそれはさっきまでのそれとは決定的に違う、まるで世界がゆがんでしまったかのような違和感。
「―――――――――。スノー、君はどうして神になったんだい?」
「ふむ、そうだね。君の話を聞く前に僕のこと、少しは話しておくべきだったかな。」少年は手をひらひらとさせながら立ち上がって、急にこちらの手を掴んできた。
「見せてあげるよ、僕の過去の記録(・・)を」
「えっ?ちょ、ちょっとま・・・・」
その瞬間意識がぷつりと途切れ、一面の闇が再び帰ってくる。
『1600年代中期、フランスのとある街の外れで1人の男児が生を受けた。父は街の牧師、母はその信徒・・・親についてはこれ以上のデータが残ってないからパスだ。当時フランス各地には政府に反旗を翻す過激派組織が多数存在していた。ある日、政府が民衆に対して増税を課す政策を可決したことに反発した一組織が僕の住んでいた街を拠点としてクーデターを起こした。』
暗闇の中、スノーの透き通った声とぼんやりとした映像が流れる。
『僕はそのときまだわずか6歳だった。両親は教会に避難してくる人々の保護や治療に追われて僕に構う暇すらないほど忙しそうだった。教会に逃げ込んでくる人の多くは何らかの傷を負っていた。片腕のない男、凶弾に貫かれた子供、崩れた家に押しつぶされた女・・・普段、神聖で厳かな聖堂の床はすぐ血に染まった。
赤、赤、赤赤、赤赤赤、赤赤赤赤、赤赤赤赤赤赤赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤・・・・・・どこを見ても広がってるのは赤の景色だけだった。人がまるで潰れたトマトみたいだ、少年はそう思って怖くなった。目が痛い。赤は見たくない、ここには居たくない。少年はその場から逃げ出した、走った、走った、ただひたすら走った。少年は街の広場へと走った、まだたった6歳の少年にはそこに何があるかなんて思考を巡らせることは出来なかった。いつもの友達が、小鳥が、綺麗な噴水が迎えてくれると本気で信じていた。』
―――――――――――吐き気がする。少年によって脳にダイレクトに送り込まれる映像は時が経つにつれて明確(リアル)になっていく。
『その結果がこれだ。』
スノーがそう口にした瞬間、今まで映像に掛かっていた靄(もや)がすぅと晴れて、眼前が”赤”く染まる。
無惨に転がる幾つもの死体、血を噴き上げ続ける噴水・・・広場は既に教会とは比にならないほどの赤の世界と化していた。
『少年は絶望した。どこに行っても赤しかない、自分もそうなるんだって。
でも少年はそのとき見たんだ、1人の”赤くない”男が広場の中央に立っているのを。嬉しかった、本当に嬉しかった「あぁ、助かったんだ」って、無我夢中で駆け寄った。背の高い男だった。男は目に涙をためて走り寄る少年ににこりと微笑みかけて・・・・・無造作に持っていた短剣を振り下ろした。
―――――――――――――――――――視界が血で染まる。
少年は知らなかったんだ、男が街を赤く染めた奴らの1人だってことを。
結局、少年は赤色に捕まってしまった、そして薄れゆく意識の中でやっと気づいたんだ“捕まった”んじゃない、“捕まっていた”んだってね。』
血に濡れた少年が力無く崩れ落ちる、確かにそれは潰れたトマトの様だった。
言葉がない、俺は少年になんと声を掛ければいいのだろうか?
『それから僕はこっちの世界に来た。そして当時僕の担当だった夕陽の槍と神繋ぎの儀式を交わした後、記憶(・・)の(・)忘却(・・)と記録(・・)の(・)返還(・・)、それに洗礼の儀式を経て正式な神となった。そして今に至る・・・裕一は僕にとっての13人目の患者だ。』
暗闇が解かれる、今や目前にある白い笑顔が偽りであることは火を見るより明らかだった。でも、この少年には泣くことさえ許されない。なんてことだろう・・・あまりにも残酷な運命の歯車は彼から人並みの幸せだけに飽きたらず泣きたいときに泣く権利さえ奪ってしまったのだ。
「それでは君は・・・」
それでは君は全く報われないじゃないか?それを少年は蒼く灯った瞳で制して言った。
「僕の物語は既に終結している、口出しは無用だよ。それに次は君の番だろ?」
白くか細い指がこちらに向けられる、それは俺が彼の事情に踏み込むのを必死で阻んでいるようにも見えた。でも、それも終わり、だって俺には少年によって確固として引かれた一線(ライン)を越えることは出来ないんだから。
俺はふぅと息を一つ吐いて腰を下ろした。ピンク色の花びらが舞い散る中、俺は俺の物語を話した、といってもそれは少年が投げかけてくる問いに一つ一つ答えていく誘導尋問のような作業だった。『自分の境遇や環境に耐えられなかったのか?』『将来に絶望したのか?』少年の質問はどれもその二つに収束していた。確かにスノーの問いは的を射ていると思う、自殺の原因の9割以上はその二つに起因するからである。自分を自分の手で殺めるという行為は基本的に外界との摩擦や衝突が本人を変換器として強大な精神的圧迫を引き起こすことによって初めて発生する。
・・・・・・でも、俺は違う。
俺は自分で誇れるくらい境遇には恵まれていた筈だ。両親にも友人にも恵まれてたし、将来を本気で憂慮した経験なんてなかった。だから少年はいつまでも経っても解をはじき出すことは出来ないだろう・・・だって俺が俺を殺した理由は俺の内から不可抗力的に発生したのだから、自殺の原因に境遇を当てはめるのを否定したのはこの為だった。だから彼にも分かるはずがない―――――――ほら、マシンガンみたいな勢いで問いを投げかけていたスノーが遂には、む〜と唸って黙り込んでしまった。
まったく、大人びてるんだか子供じみてるんだか、これじゃよくわからない。
「なんか言ったか、裕一?」
「いや――――なんでもないよ。そんなことより答えは出たかい?」
「ん、お手上げ。」そう言って少年は手をひらつかせた。
「案外、諦めるのは早いんだね。じゃあ、俺の口から話させていただくけどいいかな?」
少年が小さくうなずくのを確認してから俺は静かに話を始めた。
俺は昔から飽きっぽい性格だった。無論、そんなことは別段珍しいことでもないし、特に危惧すべきことではない・・・。
・・・しかしそれは違った。兆候は高校に入学してからすぐに現れ始めた。
初めは大切にしていた花を枯らしたりする程度だった。なんてことはない、水やりが面倒になっただけのことだ。春が終わる頃には入っていたテニス部を辞めた。その後、前々から誘いを受けていた弓道部にただ何となく入部した、夏の中盤にはレギュラー枠も掴んで見せた。
・・・・・そして、夏の終わりに俺は部を去った。
勉強も止めた。勉強は決して嫌いじゃなかった、いや、寧ろ好きなくらいだった。
好きな子ができた、本気だった。でも告白するときにはいつも気持ちは冷めてしまってた。
―――――――辛かったの?
違う、そのとき俺は既に悩むことにすら飽きてしまっていた。むしろ怖かったんだ、今まで自分が築いてきたものが足下から去っていくのを感じていた。日を追うごとに空っぽになっていく自分を見つめるのがたまらなく恐ろしかった。
―――――――だから自殺したの?
それも違う、確かに俺は生きていくことにすら飽きてしまっていた。でも、俺には家族も友人もいる、死ねるはずなんてない。人間は所詮弱い存在だ、だから互いの存在を絡ませ関係しあうことによって独りを許そうとは決してしない。どんな風船にもしっかりとおもりがしっかりと縛り付けられているんだ。
―――――――じゃあ何故?
・・・・・・・・
―――――――裕一?
殺そうとした。
―――――――えっ・・・?
俺はあいつを殺そうとした。
昨日の晩、俺は気づいたら住宅街を歩いていた、時間はとうに丑三つの刻を上回っている。
何故?俺は部屋で寝ていたはずだ、なのに俺は今、勝手に動く足に導かれるままに歩みを続けている。着替えが済んでいるところをみると自分にそれなりの意識があったのは察しが付く、ということは俺は自分の意志で今歩いていると言うことになる、おかしいな今日はお酒を飲んだ覚えなど無いのだけど?
惚けたように頭上を仰ぐとそこには冷厳な光。月は休むことなく冷厳な明かりを放ち続ける、その様は・・・まるで自分のことを監視しているかのようで寒気がする。
今まで動いていた足が不意に止まる。目の前には幾度か見た覚えのある建物、当然だ、だってこれはあいつ(・・・)の家なのだから。
俺は何でここに来てしまったんだろう?・・・こんな所にいても仕方がない、早いうちに帰ろう。そう頭では思っていても足が動かなかった。
その代わり今度は腕が勝手に動いた、自分の意志とは関係なく俺は左のポケットに手をねじ込んだ。
ひやりという冷たい感触。ポケットの中には誕生日に笹上から貰ったバタフライナイフが待ちかまえていた。おれはそれを軽く掴んでポケットからすうと抜き出した。
ナイフの刃渡りは約20cm、既にホルスターからは外れていて手の中で月光を美しく反射させていた。まるで自分が二人いるような感覚である、しかも自分には今現在、行動の決定権がない。
“なに簡単だ、あいつの胸にそれを突き立ててやるだけでいい。そうすればあいつはきっと美しい血を振りまきながらこの上なく官能的な舞を見せてくれる。あとは舞終えて動かなくなった人形を引き裂いて腑をえぐり出してなんだか分からないくらいにぐちゃぐちゃにしてやるんだ。考えただけでも興奮してしまう、ただ交わるような俗的行為に比べて何倍も耽美じゃないか。”
これは幻聴だ、俺はそんなこと考えてない。きっと何かの間違いだ。
“くくく、、、自分に嘘を付いちゃいけないぜ。これは分裂したおまえ自身の思想だ。そして人間は強い欲望には抗うことは出来ない・・・ん、いや少し違うな、抗おうとはしない・・・だな。それに気づいてんじゃないのか?おまえは既に壊れてる、もうそう長くねぇぜ。狂って殺人鬼に成り下がるんだ。”
そんな莫迦な・・・それに壊れて狂ったからって殺人鬼になるとは、
“甘いな、いくら知恵をつけようと人間も所詮ただの動物にすぎない。人間が最高に快感を感じられる時なんて同種族の個体と生命の奪い合いをしている時くらいなものだ。どうだい、どうせそうなるならあの婦女子(エモノ)を狩るのが最高だと思わないかい?”
くっ、世迷い言を・・・俺は・・・俺は・・・
“世迷い言だ?そんな台詞は自分の顔をよく見てみてから言いな。”
カーブミラーに俺の顔が映る____俺の顔は、引きつったように笑って(・・・・)いた(・・)。
そんな、・・・・・違う・・・・・そんなわけ・・・・
“くくくく、、、、ははっはははははーーーーーーいいぞ裕一、最高に滑稽じゃないか!
ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ ころせ
コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ
殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ”
黙れ――――――――!!
俺は手に持っていたナイフを力一杯隣の民家の木柵に突き刺して走った。声を振り払うように走った、呼吸すること忘れてしまうほど走った。途中何度も吐いた、もう吐く物なんてないのに無理に体が吐こうとするから途中からは血ばかり吐いた。
そうして俺が家に着く頃にはいつしかあれほど闇を支配していた月光は薄らぎ、夜が明けようとしていた。
俺は部屋に帰っても恐ろしくて眠れなかった。眠ったら最後、次に起きるのは血の海の中心かもしれないと思うと背筋が凍り付いた。
そして、その日一日考え抜いた末に行き着いた結論が自殺だった。
もう、絶対に起きてはならない。でないと永野裕一は殺人鬼へと成り下がってしまう。
俺は嫌だった、人から何かを奪うことも何かを終わらせてしまうことも。
それが永野裕一にとっての正義であり信条だった。
世界とは観測者が互換で感じ取った情報の上でのみ成り立つ仮想世界であり、他者同士の世界が数多く重なった部位を取り上げて社会的には世界と認知される。故に世界は明確な形を持たず変動的である、つまり端的に言えば誰にも世界の有無を完全に肯定することは出来ないのである。だからこそ人は物語を紡げる、たとえどんなにそれが支離滅裂であろうとも、それはその人の紡ぎ上げてきた”本物”のストーリーなのである。
だから他者の小説を手前の都合のみで勝手に終わらせることは許されない、小説の結末がグッドエンドであろうがバッドエンドであろうが、そこには確かに小説の筆者が紡ぎ続けた信念の道があるのだから。
閉じていた瞳を開いて空を仰いだ、相変わらずの桜景色が突き抜けるように青い空と絶妙なコントラストとなっていて・・・・なんだか眠くなってきた。
「あれを体験したのか、そんなにも・・・」
「てことで、俺の話もこれにて終了!」ぶっきらぼうに話を締めて地に背を預ける。なんだ、よく考えたら最初から俺はあっちの世界に戻ってはいけない存在なんだからスノーとのやりとりも実は無駄だったんだ。でも、まあこれが最後になるかもしれないんだし・・・良かったのかもしれないな。
「なあ裕一、現世に悔いあるか?」
「そんな分かり切ったこと聞くなよ、無論悔いだらけだ。だって俺はまだ何もしちゃいない・・・・でも、自分の下した決定には悔いはないよ。」
その言葉を聞いて少年は一言、運命かなとぽつんと呟いて言った。
「裕一って破格の強運の持ち主なのかもな。」
・・・・・・はっ?一瞬、頭がくらってした。俺のどこが運がいいっていうんだろうか?強運と言うよりどう考えても自分は薄幸の類だとおも・・・・
「裕一、これから僕の話すことに口を挟まないで聞いておくんだよ。」
俺はとりあえず頷いておくことにした。(まぁ、口挟むなって言われた直後に口を挟むわけにもいかないし。)
「話すべきことは3つほどあるんだが、1つ目は裕一とその女性は『天使の導き』という特別な縁というか契約で繋がれているってこと。これは簡単にいうとそっちの世界でよく言う赤い糸ってのによく似ている。そっちが信じているのと違う点は相手が必ずしも異性であるとは限らないことかな、運命の人のニュアンスっていうよりは人生におけるターニングポイント的な人物っていったほうがより正確だね。ただこれは多くの恩恵の秘められた契約であるのと同時に多くの危険が伴う。相互間の影響力が強すぎて相手を傷つけてしまうケースが結構多いんだな。」少年のマシンガンのような説明にははっきり言って参る、内容が5割も押さえられない。
そして結局、「天使って本当にいたんだ・・・」なんて場違いな感想を口にした。
すると少年は「ああいるよ、天使というのは神に至れなかった霊体を概念化したものでその大多数は動物霊で構成される、奴らは猫みたいに気まぐれな性格をしててね、こっちでも制御しきれず困ってるんだ。それに第一、天使って言うのはそっちではメルヘンチックな妖精を連想してるだろうけど、天使自体は動物霊や人霊の集団が引き起こす主に幸福な現象や因縁を指す。つまりそっちの世界で信じられてる天使像ってのも元をたどればそれらの現象を媒体に発達した迷信に過ぎない。」と説明を付け加えた。
「ちょっと待ってくれ、てことは悪魔ってのも、」
「ご名答、どちらも起源は同じ、違うのは人間の捉え方のみ。それで『天使と悪魔は紙一重』っていう名言が生まれたんだよ。」
・・・そうだったのか、おれはあの言葉を一度クラスの女子に対して使って鈍器で殴られかけたことがあったが・・・・・この話はよそう、長くなるから・・・
「話を戻そう、裕一がその女性に対して殺人的衝動を抱いてしまった理由はこの天使の導きなんだ。しかし、これは裕一の場合正義感およびに精神的面が非常に安定した状態にあるのでこんなことは通常あり得ないんだ。」周囲の木々がざわざわと音を立てる、風が少しずつ強くなっているのを感じる。
「どういうことなんだスノー?まさか俺があいつと会う以前から壊れかけてたのも天使のせいってんじゃないだろうな?」
少年が小さく首を横に振る、その様子は酷く弱々しかった。
「これが二つ目の話になるんだけれど、裕一が元から壊れていたっていうのは・・・・僕のせいなんだ。」
少年はちらちらとこちらの顔色をうかがっている、でも少年が原因であることは何となく分かっていたし別段驚くほどのことでもなかった。幼少期の不遇の死、歪(いびつ)に捻れた世界、周囲の桜だって今にも全ての花びらが散ってしまいそうなくらい弱々しい、考えてみれば故障が生じるのも無理無い話なのである。
「ああ、何となく気づいてた。君、もう後ちょっとの時間しか存在できないんだね?」
少年は唖然とした様子で、気付いてたんだと苦笑した。
「迷惑掛けた上に気まで遣わせちゃったんだ僕、でもそれなら話が早い・・・裕一には元の世界に戻って貰う。これが3つ目の話だ。」
あくまで少年は表面上は毅然を保っているがどこか落ち着きが無く見える、きっと彼の頭の中は洪水状態に違いない。
「でも、それじゃあ同じことの繰り返しじゃないか!?僕はまたあいつを殺そうとするかもしれない。」
「話を最後まで聞けよ。話した通り、裕一とその人との関係は本来、殺し合いをするようなタイプのものとは異なるんだ。なぜなら、さっき言ったとおり裕一自身の性質が頑丈ってことともう一つ。彼女は裕一の故障の治療を行える唯一の人材なんだ。」少年の口から出た言葉は全く予期していないものだった。俺は彼女との違いがはっきりと見えてしまうためにこの感覚に陥るのだと思い込んでいた。
「じゃあ、器が壊されるような感覚は・・・!?」
「考えてみて欲しい、バラバラに割れてしまったガラスの器を修復する場合、瞬間接着剤で破片をつなぎ合わせるのといったん破片を全て溶かして新しい器を作るのと、どっちの方が簡単か?無論、効率、完成時の出来映えともに断然後者の方が上回っているだろう?!つまりはそういうことだよ。ただ僕のせいで裕一1人の力じゃそれを飲み込みきれなかったんだ。結果、裕一は彼女を殺そうとしてしまったんだ。だから、僕が・・・君に直接力を与えて送り返すんだ・・・そうすれば、きっと裕一は元の世界でも大丈夫。」
「でも、力が足りなくてまた殺してしまいそうにならないとも限らないんじゃないのか?」
その問いに少年はむっとして「侮らないで欲しい、これでも僕は神様だよ!?一介の人間如きに心配される筋合いはない。」と腕を組んでさぞご不満だという表情を作って返した。
「なら最初から完全な状態に仕上げておいてくれよ。」
「うっ・・・それを言われると辛いんだよね。」少年が苦笑しつつも衣服を翻して歩き出す。
すると、あんなに密集していた桜の木がスノーのために道をあける。はっきり言って木が自分から移動して道を譲る光景というのはかなり奇妙である。
「おい裕一、儀式の舞台に行くからついてきな。」少年が手招きをしている。俺は大股で走って何とか少年に追い付いた。振り返ると桜の道が元の通り無くなっていた。
すると少年の歩調が緩まった、どうやら終点は近いようである。
それから3分ほど歩いた時今度は完全に少年の足が止まった。周りをぐるりと桜の木々で囲まれた円形の少し開けたスペースに到着した、地面はその一帯のみ白い土が地面を占領していた。
「さあ、・・・始めようか。」少年の口元が小さくつり上がるのを俺は確かに見た。
それは今までの少年の表情とは180度反転した冷たく厳しい顔だった、
「Final Lessonだよ裕一。」
少年が胸元でクロスをきる、すると少年の背後に重苦しい雰囲気の石扉が蜃気楼の様に現れた。
「いいのかスノー?」
「裕一には元の世界に戻って欲しいんだ。もとを正せば責任は僕にあるし・・・だから裕一には帰還の儀式を受理して欲しい。」俯いてそう話す少年の声には哀願するような響きがある。
「それじゃあ、君はどうするんだ?このままじゃ君は・・・」スノーが消えてしまう、その言葉が口から出せなかった。俺には、言えない・・・彼に些細な救いを与えることすら出来ない俺にはその言葉を言う資格なんて無い。
少年は言った、俺のことを助けたいんだと。正直、腹が立つ。だって少年に罪など皆無だ。だからもっともっと少年は幸せにならないといけない、だっていうのにあいつは死んだ後ですら人の役に立つならばと神になった。そして今、彼の命は燃え尽きようとしている。
「なあ、スノー・・・君初めから全部知ってたんだろう?自殺の理由を含めた俺のこと全部。」
「えっ・・?」スノーにとってみればさぞ意外だったのだろう、少年は俯いたままであったが、その目は大きく見開かれている。
「人が悪いな、分かっていたなら・・・」言ってくれれば、少年がふっと口元を上げる。
「いや、俺もそのことに気が付いたのはついさっきなんだ。」
「そう、やはり僕は演技派とはいかないみたいだ・・・・
確かに僕は裕一の行動を全て記録として見させて貰っていた。ただ、僕に出来るのはそこまで。裕一が何をしてるのかは分かっても裕一が何を考えているのかまでは分からない・・・だから本人の口から聞きたかった。裕一がどんなことを考え、思っているのか。」
――――――――――。
なんて残酷な、、、少年は俺を”13人目の患者”と呼んだ、つまり少年は最低でも13人以上の人間の人生を誰よりも近く、誰よりも遠くで見守っていたのだ。
果たして少年はそれを見て何を思ったであろうか?
自分も受け取れるはずだった当たり前な幸せ
自分だけが受けなければならなかった不幸
「もういいんだ、そんなこと。」少年はこちらの考えていることを察したらしく、重々しい口調でこちらの思考を遮ってきた。
「それに僕にはもう一つ謝らないといけないことがあるんだ。
僕は嘘を付いていた。裕一に接触したのは気まぐれなんかじゃないんだ。」
「・・・・・・・・。」
「勘のいい裕一ならもう気づいてるだろ。この世界は歪んでいる、そして僕の終わりも近い。だから裕一という存在に僕が寄宿した瞬間(とき)決めたんだ、この人と神繋ぎの契約を結ぼうって。そうすれば存命することが可能だし、僕自身これが最後のチャンスであることは分かっていたからね。」
「本当にいいのか、俺をあっちに戻しちゃって?」
「正直、僕も迷ったよ。でも、もう迷う必要なんて無いんだ。僕は裕一を元の世界に戻したい。だから、仮に裕一があっちに戻れなかったら(・・・・・・・)僕の後継者にすればいいんだって。」少年はくすりと微笑して、腕を上に振り上げてから手を一度水平に払った。
その瞬間、遙か上空から二筋の閃光が走った。見るとそこにあったのは二本の刀とそのうちの一本を桃色の花弁が覆った地面から抜き取る少年の姿であった。
「裕一は帰還の儀式が一般的にはなんて呼ばれているかを知ってるかい?覚えておくといい、帰還の儀式の別名は『神越え』だ。」
戦慄が走る。少年は殺し合いをしようと言っている。
「冗談だろ、俺はスノーを傷つけたくない。スノーは俺の神であり・・・同時に大切な友達だ。」
しかし少年の目は冷め切っていて、既に俺の必死の叫びも届かなくなっていた。
「勝手にしろ、その代わり僕は遠慮無く貴様を斬殺するぞ。」少年の人格は完全に変わっていた。
「これは絶対に避けられない道なのか?」目の前に突き刺さった刀を引き抜きながら、既に剣を構える少年に問う。
「くどい。これはもとより定め、一度動き出した戯曲は止められない。」
引き抜いた剣は刃渡り二尺より若干長いくらいの短めでシンプルな造りの日本刀だった。まさに脇差という表現がしっくりくるうつくしい刀だった。
一方、少年はというと自身の身長と同等の長柄の洋刀を手にしている。
「永野裕一、楽しませてくれよ。」少年の目がさらに冷たくなっていく。
「I pray you gain the saving grace of God.」ピンク色の花びらを舞い上げて、一陣の風が迫る。その特攻はまさに神速の域に達していた。
少年はなんのためらいもなく、少年は凶刃を振り下ろしてきた。そのごうと音を立てて迫る線を紙一重でかわす。
「本気かよ、スノー。」その問いに無論と答えて、スノーは続けざまに第2撃をを放つ。首に向けて放たれた必殺の線を全力の返し刃で受け流す。
―――――――――――重い。
蒼月から放たれる繰り出される凶刃はたった一撃でこちらの手にしびれを与えた。
相手の攻撃はロングレンジ、反対にこっちはショートからミドルレンジ、普通に考えて俺の取るべき戦法はまず相手の攻撃を受け流して、隙のできた敵の懐に入り込むことだ。単純に切り込みに行くと先に打たれる一撃に沈むことになりかねない。
しかし人間を越える存在である神を人間の手によって討てる道理など当然の如く皆無。
神速としか形容のしようのない一線が連続で迫るのを撃剣を以て流す。
流すといっても軌道を若干変えて、その一線が必殺でなくすだけ。
「ちぃっ・・・・」
立て続けに振るわれた5撃目が左肩を掠める。左腕にぬるりとした赤が伝う。
体に電気が走る、全身からは冷たい汗が一斉に噴き出す。
しかし、そんなことお構いなしに白の少年は長剣を横殴りに振るう。その最速かつ最短の線を正面から全力で止めに入り、同時に半ステップで後ろに飛ぶ。
「―――――――!!!」
宙に浮いた体がスノーの剣を止めた反動で押し飛ばされ、一瞬にして両者の距離が開く。
「おいおい、もう終わりかい裕一?」
こっちはもうとっくに限界を振っ切っているというのに、少年は息一つ乱してない。
スノーが剣を構え直す。無機質な構え、熱を帯びない冷たい剣線、状況を冷静に分析し冷静に戦いを支配する眼、全く無駄のない動き・・・・そのどこにも熱がない。
甘かった。熱さえ通わぬ神の剣戟に寸隙が生まれる可能性は皆無に近い、極論、こうして距離を一度取ったことにもたいした意味はない。所詮、人間では神に太刀打ちできない。
「Let’s play with me.」少年が目にも止まらぬ動きで二人の距離を無に戻す。押し込むように放たれた鉄槌を右に払って一歩踏み込む。
「こざかしいっ。」突き上げた剣がはじき返される。
「まだまだぁ!!」体を反転させて白刃を左斜めから振り下ろす。しかし、少年はそれをさも当然という具合にかわす。
勝てるはずがない、でもスノーにだけは負けられない。だって彼は間違った解からずっと抜け出せずにいる。矛盾した螺旋で悩み苦しみ続ける雪の御子、俺はそれを救いたいと願った。そう、願ってしまった―――――、だから・・・だから絶対に負けられない!!
「あぁぁぁぁぁっっっ!!!」
がきん、上から叩きつけた一撃を少年が完全にシャットする。上下左右、突き、なぎ払い、振り上げ、振り下ろし、少年はこちらが全身全霊で放った線を悉く地に墜として見せた。
相変わらずスノーの剣さばきには非の打ち所がない。
「そろそろか。」少年が後ろに跳ぶ。
またも二人の間合いが開く。しかし今回はさっきとは違ってスノーから取った距離だった。
「こんなに面白い時間は久しぶりだよ、裕一。ただ、残念だな・・・もうこの世界の終演も近い。」
「ああ、分かってるよスノー。次で確実にその首貰う。」
笑止とそれに答えて少年は横に駆けだした。それに一歩半遅れて俺も横に走る。恐らく次の剣戟がこの戦いの終点になるだろう。
人が神に勝ち得るための条件・・・・・
少年の腕が今までとは違って大きく引かれる。それが誰の目から見ても過去の太刀とは全くの別物であることは明白な事実であった。
舞い起こる桜吹雪の中、二つの影が激突する。少年の大きく振り上げられた長剣が空気を切り裂いて走る。それは彼が初めて放った“熱”のこもった一撃であった。
がきん、という音を立てて短剣が大きくはじかれる。
その衝撃で体制が大きく崩れて決定的な隙が生じる、少年の口元が微かに上がるのが視界の端に映った。
少年が頭上に洋刀を振り上げ、手首をかちりと捻る。それは少年が初めて見せる構えだった。
――――――恐らくチャンスは一瞬あるかないか。
右斜め約45度から少年の描く大きな線が無防備な状態の俺の首をめがけて迫る。
少年の瞳に火が灯る。
「CHECK MATE!!!」神の操る剣に確かな熱が籠もる。
―――――――――――――――その一瞬を待っていた―――――――――――――――
少年の振るう太刀は今まで狙いすましたように急所を狙って放たれていた。そこにはいっさいの余分はない。故に、彼の剣は冷めきっていた。
しかし彼は神であると同時に、また子供でもあるのだ。
だから敢えて(・・・)その隙を生じさせたのだ、確かにスノーは力も桁外れに強いし速さだって疾風のそれに近い。
よって俺がいくら正面から全力で挑み掛かった所で勝てる筈もない。
しかし俺には分かる、まだまだ幼い少年には勝利という昂揚をトドメの一歩手前で押さえ込むことが出来ない。結果、冷え切った剣に熱が流れ込む。
・・・その刹那が俺に与えられた唯一の好機。
人間が神を越え得る時とは・・・・・それは相手が神でありながら神でなくなった瞬間なのだ。
「その首貰ったーーー!!」
線が頸へと到達する―――――――その間際、体中の全細胞をフル動員して左上から振り下ろされる一線の内へと滑り込む。
「なっ、――――――――!!?」スノーが驚きの声を漏らす。
もう遅い。俺は逆手に持ち替えた運命の刃を、体を沈み込ませた反動のままに振り上げた。
「・・・・・これで王手だ、スノー」
長剣が美しい弧を描いて宙を舞い、音を立てて背後に突き刺さる。
「ふふ、はははは・・・全く、裕一はどこまでも甘いんだな。」少年の右手に赤い血が這う。
「・・・・・、いや、俺は指が2本も吹っ飛んだっていうのに笑ってられるおまえが怖い。」
少年は失った指の跡をしげしげと見つめて、俯いた。
「なんで・・・なんで殺そうとしなかったんだ!?もし僕が裕一だったら、」
「君を殺していた?まさか、スノーは俺の大切な友達だ。
それに、帰還の儀式は人間が神(・)を(・)超えて(・・・)現世に帰する為の儀式だろ?!ほら、俺は現にスノーを打ち負かしてるじゃないか。」少年はさも不満といった表情で、まぁなとだけ答えた。
背伸びをして空を仰ぐと日が傾き始めていた。桜吹雪がやんだ広場の中心で確かに少年と向かい合う。
「――――それにな、スノー。どんなに軽くなってしまった命でも、それがどれほどの苦痛を強いられる道であっても・・・死に救いを求めるのは間違ってる。だからスノーを殺すことは出来ない。」
「・・・・それが裕一が死んで得た答えか?」その問いに、ああ皮肉にもねと苦笑した。
死は決して人を救ってくれはしない、与えられるのは現実からの逃避しただけの淡い幻想だけだ。そんな物は人の求める本物の救いなどではない。
「――――ありがとう・・・・裕一は最後に僕に教えてくれた。救いは・・・本当の救いは与えられる物じゃない、自分の内にあるものなんだ。」止んでいた桜吹雪が再び広場を桃色に染める。その中にぽつんと少年が頬を濡らして立ち尽くしている。そんなこの世のものではない美しい情景が徐々に霞んでいく。
あぁ気がつかなかった、なんだ・・・俺も泣いていたんだ。
「裕一、・・・ううん・・・人間よ、早急に去れ。そしてもうここには来るな、ここはおまえのようなものが居ていい場所ではない。」少年の腕の動きに従って、石の扉が重々しい音と共に開く。扉の向こうは光の満ち溢れた白、ゴォォォと強風が内に向かって吹いている。
少年に別れを言わずに俺はそれを無言でくぐり抜けた。
「裕一!!神様になってみる気はないか?裕一ならきっと凄く面白い世界を創ることが出来る。」少年がしゃがれた声で叫ぶ。
まったく、なんであいつは最後の最後で我慢することが出来ないのだろうか。彼は俺の神様である、故に二人の間に別離の言葉など要らないっていうのに。
「確かにそれは魅力的な提案だ、でも、どーせすぐに神様であることに飽きちまうからな、遠慮しておくよ。」優しい光が体を包む、その狭間、最後に少年の顔を見ておこうと振り返った。
「 」そんな少年の声にならない声が聞こえた。
しかし、俺は光の中に少年の姿を見つけることはとうとう出来なかった。
扉の向こうに男が消えていく。その姿は光に包まれ少しずつ薄らいでいき、ついには完全に見えなくなってしまった。すると、それと同時に白き少年も足下から塵と化して風に飛ばされていく。
「実は限界なんてとうの昔に越えてしまってたんだ。・・・だから僕はもう裕一の神様ではいられないんだ。・・・・・・・・でも裕一、君の中には蒼月の雪って言うド三流の神が居たってこと忘れないでね。――――――――――――――バイバイ、裕一・・・」
そして彼は風に消えた、、、それは舞い散る桜のように
「僕も裕一のこと絶対に忘れないから。」
純白の雪の降りしきる冬の街を1人の少女が駆け抜ける。胸を覆う重苦しい不安感、彼女をここまで突き動かしているのはたったそれだけの感情だった。
明かりの落ちた商店街はまるで眠っているかのよう、肺に入ってくる空気はまるで凍てついているように冷たい。いつしか漠然とした不安は底知れぬ恐怖として私に降りかかってきた。もう遅いかもしれない、もう間に合わないかもしれない・・・・もう失ってしまったのかもしれない。
耳元で誰かが呟く。
『走れ、走れ、急がないと大切なものを失ってしまう。』
それはとても透き通った美しい声であった。
全身の筋肉が酸素を求めて叫び声を上げているのがよく分かる。それでも立ち止まることは出来ない、壊死しかけた足に鞭打って走を続ける。
―――――私は大切な何かを失う辛さなんて知らない、知りたくない。
無理に動かしてきた体が道の小さな段差に躓(つまづ)いて前のめりに倒れる。動いていた足が、腕が、体が止まる。手足には既に血が滲んでいる。「痛いよ・・・・」
知らぬ間に涙がこぼれる。それでも、少女は頬を伝う涙を拭って初雪の舞い落ちる街を再び走り出した。
扉をくぐってどれほどの時間が経ったであろうか?スノーが、・・・・蒼月の雪が守り続けてきた世界は音を立てて崩れ去った。それに気づいたのは光の世界に入ってからまもなくのことであった。いや、数時間経っていたのだろうか?
ワカラナイ・・・ココハドコダ?
「・・・・・・・・・・ち」
そっか、この世界には時間の概念がない、この世界に置いては永遠とは一瞬であり、一瞬とは永遠なのだ。ナンダ、ケッキョク・・・俺は彼を少しも助けられなかった。
「・・・・・う・・・ち・・」
少年は俺との一戦を興じることに救いを求めた、無論そこにあるのはどちらかの死の筈だった・・・いや、少年は負けようとしていた。自殺を経て死に救いはないと知った者と自他の生と死を幾度と無く見せらつけられて死に本当の救いを求めた者・・・それは・・・・アァ、ナンテヒニク・・・
「・・・・・うい・・ち・・・」
彼は一度として救われなかった。死んで、神として崇められる存在となって人の原初から終演までを見守り続けたのだ。そして僕には・・・
「・・・・ゆ・ういち・・・裕一!」
いや、違う・・・俺にはまだやらないといけないことがある。
「・・裕一・・・ねえ、起きて裕一・・・」
誰かがこんなにも声をくしゃくしゃにして俺を呼んでくれている。なら、俺はこれ以上そいつを泣かせちゃいけない。きっとあの白い少年に対して出来る償いはそれしかない。
―――――――はは、結局俺は・・・・何も失ってなど無かったんだ。
帰ろう。寒いけど温かい、僕の本来居るべき世界へと。
荘厳な光の海の中、壊れかけていた人形は忘れていた酸素を求めて水面へと達した。
暗い部屋に転がった人形に色が戻る、心臓の機能が急激に上昇して指先まで途絶えていた熱が送り込まれる。止まっていた時間が再び動き出す。
大きく一つ息をして重い瞼を持ち上げる。するとそこには、見慣れた人の見慣れない顔があった。「あっ、おはよう和子。」
はっきり言って自己嫌悪に陥りそうになる、俺の口から出たのはそんなあっけらかんで脳天気な挨拶だった・・・というか、もっとほかに言葉はなかったんであろうか、俺は・・・
「あの・・・おはよう裕一君」彼女は目に涙を溜めてそう答えて・・・・・手にしていたハンドバッグでまだ朦朧としている俺の頭を強打した。
「もう、心配したんだから!!」がぁーと火を噴く勢いで声を上げる和子・・・出来ることならもう少しお手柔らかに願いたいものである。しかし、和子の強襲おかげでやっと止まっていた頭が働きだした。そうすると必然的に一つの疑問が浮かび上がる。
・・・・・・なんか今更な感じもしないでないが、この状況っておかしくないか?
「ところで和子、何で和子がここにいるの?」まぁ、当然の疑問である。
すると少女は、えっ?と予想外の質問に面食らってあたふたとし始めた。
「あああ、あの下でベル押したんだけど裕一出てこなくて・・・そ、それでその扉の鍵が開いてて・・・んと、それで・・・」少女は意味不明なジェスチャーを随所に織り交ぜて何か説明している――――――――まぁ、これはこれで見ていて飽きないのだが、全く以て答えになっていない。
「そうじゃなくて、俺が聞きたいのはどうして俺が・・・自殺しようとしてるって分かったんだ?」混乱していた少女の表情は一転して真剣で、そして哀しそうになった。
「だって・・・・・裕一、『バイバイ』って言ったから・・・」
「―――――――で?」
「それだけだよ。」
「・・・・それだけ!?」
「うん、でもそのときの裕一の声、凄く寂しそうだったから・・・」
うっ・・・、そんな嬉しいこと面と向かって言われると正直照れる。俺は照れ隠しに「でも土足で不法侵入ってのはどうかと思うぞ。」とぶっきらぼうに答えた。
和子は、あっと言って急いでレザーのブーツを脱ごうとして・・・ぎゃーとか叫びながら派手に転けた。和子のぶつかった壁に拳サイズの穴が開く・・・まぁ、築45年リフォームなしだからな。
「ご、ごご、ごめんなさ〜い。」和子が、がばっと立ち上がる、はずが足下のコードに足を取られまたも転ける。今度は置いていたPCのスキャナーを、手をついた拍子に破壊した。
あわわわわわ・・・・これ以上続けられると本当に家が壊されかねない。なんたってうちは築45年(以下省略)なのである。
「和子、ストップ、ストップ。取り敢えずそこの椅子にでも座っててくれ。」
取り乱してごめんなさいを連呼している和子を椅子に座らせた。
「・・・なぁ和子の周りってさ、物よく壊れるだろ?」半ば呆れて聞いた。
「ふぇ?!どうして分かったの?そんなつもりはないんだけどなぁ。」
・・・うわぁ、これタチ悪いなぁ、当の本人はあまり自覚がないらしい。スノーは俺はこれと天使の導きでつながってるって言っていたけど・・・・本当に大丈夫なのか、俺・・・?
でも、俺はふとそんな滅茶苦茶な時間がとても温かいと思った。自分の中で何かが始まった気がする、それが今はたまらなく愛おしい。だから俺はまたやっていける、これからはきっと二人で歩いていける。俺の神様がそう言ったんだから間違いなんてあり得ない・・・そうだよな、蒼月の雪。
・・・・・・・・・・・・・・・でもスキャナーの損失は痛いなあ・・・
〜an epilogue〜
丘の上へと続く通学路の途中、満開の桜の並木道を二つの人影が歩く。
長かった冬も終わり、秋月の街にもようやく春が訪れた。道に山に、どこを見ても桜の花が咲き乱れている。あの夜のこともあって、俺と和子は紆余曲折を経て付き合い始めた。
和子の破壊癖(やはり自覚はあまり無いようだが・・・)は相変わらずで、俺の部屋は非常に質素なもの(大切な物や壊れやすい物は全てクローゼットに強制退去を命じてある。)になった。笹上は密かに和子のことを狙っていたらしくて、『裏切り者に天誅を!!』とかいう意味不明なスローガンを掲げて、俺に日々手紙で致死薬物を送りつけてくる。
・・・俺はというと、まぁ幸せにやっている。
『裕一、今 幸せかい?』どこからか懐かしい声が聞こえた。
立ち止まる、「まあな、空っぽじゃないっていうのもいいもんだな。」自分でも驚くほど素直に俺はその問いに答えられた。
桜の木にもたれかかって座っていた白い少年がふわりと立ち上がる。「そう・・・その言葉で僕は救われたよ。」言葉と同時に強い突風が吹いて、一面に桜吹雪が巻き起こる。咄嗟に少年の腕に手を伸ばす。
「待ってくれ、ス・・・・」しかし、伸ばした手が掴めたのはやはり虚空だけだった。
「おーい、何してんの裕一?早くしないと遅刻しちゃうよ〜!?」
俺は木々の間にもう一度視線を投げてから大股でその場を去った。そしてそれに和子も慌てて付いてくる。
「和子、今日はデート行くぞ。」
「んにゃ?学校は???」
「今日は有給だ!」和子の手をぐいと引いて、俺はそのまま学校に背を向けて歩き出した。
もう悲しさはなかった。きっと桜がこうやって咲き乱れる頃に、俺はまた少年に会えるだろう。それに今は隣をこうやって歩いてくれる人がいる。
少年は桜吹雪に消える瞬間、確かに笑っていた。間違いなく笑っていた。
だから俺は歩き続ける、桜が好きだった白い少年の言葉に従って。
Fin
2005/06/27(Mon)18:03:49 公開 /
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■作者からのメッセージ
初投稿で少し緊張してます;
二人の生き方や人生観の融合を初期テーマに据えて書いた作品です。
桜のピンク、雪の白、血の赤と色彩表現を強調することで作品自体にアクセントを効かせるとともに美しい印象を出すよう工夫しています。
作品に対する感想は処女作なので僕自身多々不満な点はありますが、自分の中では目標としていた「小説全体を淡く美しい印象を」「戦闘シーンに迫力を」という二大テーマはある程度クリアできたのではないかなと思います。
このような投稿を通じて自分の作品が多くの人に目を通して頂いて批評して頂けたらとても嬉しいのです。ということで駄作ではありますがどうぞ宜しくお願いします。
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
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の『文庫本的読書モード』。
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