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『真白硝子細工 序章〜一章『桜』』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:時里
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『真白硝子細工』
序章
この部屋には言葉を発し、笑い、時には涙することのできる人間が四人もいるというのに、壁にかけられた時計の秒針が動く音さえ聞こえるほど静かだった。傍らでうつむく誰より大切な俺の親友、正面で目を伏せる優しい医師、苦い顔で俺の親友を見詰める誰より信頼する大人
「……」
いつもは喋るのが下手な俺のことをなにともなく受け入れてくれる人達が、今は何も言ってくれない。それが、酷く恐ろしかった
「……はるあき……っ」
「ん?」
おもわず呼びかけた声に、親友はいつもどおり反応してくれた
彼特有のやわらかい表情。やんわりとした仕草。安心できるはずなのに、その時は込みあがってくる嗚咽を飲み込むことができなかった。彼の存在がどうしてか希薄に見えたのだ
「・・・珀霞(はくか)?」
テーブルに置いていた手に、親友の手がそっと重ねられる
彼の隠しきれない震えが、伝わってきた
「どした?」
のぞき込まれて、俺は返答に困る。
どうして俺のほうが弱くなってしまっているのだろう。1番辛いのは当人のはずなのに
彼の瞳を見詰め、俺は首をふった
「なんでもないわけないだろ。言って良いんだよ。珀霞」
彼は俺の手を包み込むように握にぎって、苦笑しながら頷いた。話してごらん、と優しい彼は言っているのだ
その優しさに見合う言葉を持っていないのが、悔しくてしょうがなかった
「なぁ、晴爽(はるあき)……」
「ん?」
「……隠さなくてもいいんだ」
彼は目を細めて俺を見る。微笑んでいるようにも、問いかけているようにも見えた
俺は一瞬息をつめてから思いつくかぎりの言葉をつなげた
「こんな時くらいはさ、頼っても良いんじゃないか?
叫んだり、泣いたりしても良いんじゃないか?
俺でいいなら、ここにいる…から……」
言葉は、きっとたりない。彼の心に届いているかさえ俺にはわからない。けれど親友はぽんと軽く俺の頭を叩くと、泣き笑いのような表情をした。その暖かい手が切ない
「……」
くしゃと前髪に手を埋め、彼はうつむきかげんで声も出さず痛々しいほどに淡々と涙を流した
その姿を目の当たりにして、良いと言ったのにそんな彼を受け止めることができないうろたえている自分が情けない
「……珀霞。ごめんね」
なんのごめんねなのかわからなかったけれど
彼がこんな風に泣く要因のひとかけらには俺のことも含まれているのだろう
俺はただただ見守っていることしか出来なくて
手を握ることも、肩を抱くことも、言葉をかけることもできなかった
「いろんな約束、したのに……」
まもれそうにないや、と震える声が言う
「退院したらいろんなとこ行こう……って。言ったのは僕だったのに。……ごめんね」
そっとやわらかく、彼は病に蝕まれた体で俺を抱きしめる。温かい腕は俺の緊張にこわばった身体を少しずつ解していった
その腕にすがって、俺は目を瞑る。彼の頬から乾いていった涙が俺の頬に移ってきたように、咽のあたりが苦しくて目の間が痛くてぼろぼろと雫が落ちていく
「……まだ一年もある」
一年後、彼はいなくなる
そう、言われた。決して俺達を不幸にする嘘はつかないと信頼できる、大人達から。だからきっとその言葉は、事実として一年後に彼にふりかかるのだろう。けれどそれをどうとらえるかは、俺達しだいだ。
「病院からは出られない」
俺は首を振った
「出れるよ。晴爽が望むなら、沖本先生が出してくれないはずがない。……それに、病院でもできることは沢山ある」
そうでしょ、と大人達に問うと彼等はやさしい顔で頷いた
一つ一つ消していこう
これまで作り続けてきた約束という名の灯火たち
「これからは、俺も、しっかりするから・・・」
きっとそうしなければ、一年後俺は自分の足で立てなくなる
彼はふっと笑うと、ありがとうと小さく呟いて俺の背中をとんと叩いた
桜を見よう
海を見よう
月を見よう
雪を見よう
君と一緒に
約束を、諦めたくはない
どうしようもない壁が目の前にあっても
けれど
けれどただひとつ、どうしても消えない灯があるだろう
『絶対に、一緒に大人になろう』
微笑んで、指切りをして燈したその暖かい灯は彼を失って
俺の心を映すような冷たい灯だけが、消えず残るのだろう
一章・桜色硝子細工 1
「春になったね」
ふたりして窓の外を見ていると、唐突に晴爽がそう言った
俺は言葉を返さずに、小さく頷き肯定した
「どこか行きたいな。桜の見れるところ」
窓の下の桜並木は兆度今が盛りのようで、見事な桜色に埋め尽くされている
彼が産まれたのもこんな桜が美しく、春にしては暖かい晴れた日だったのだと昔聞いたことがある
「そこの桜並木も見事だけど、もっと静かな誰もいないようなところが良い」
言いながら晴爽は窓をあけ、手を伸ばした
「散りはじめの桜の下で本を読もう。そうだな、純文学ってやつ。勝手に入り込んでくる花弁を栞にしてさ」
光を受けて輝く瞳は、遠くに見える桜ではなく頭の中に描く自分だけの桜を見ているのだろう
「それで、きっと珀霞はいつのまにかねむってしまって・・・きっと僕はそれに気付かず本を読んでるんだ。もし気付いてもそっとしておくだろうね。一緒に眠るのもいいかもしれない」
「・・・・・はるあき」
晴爽は首を傾けながら俺を振り向いた
「俺、いい場所知ってるんだ。行かないか?」
少しおどろいた顔をしてから、晴爽は笑って頷いた
「いいよ。・・・じゃぁ何を持っていこうか」
窓から離れ、自分の本棚に向かう晴爽の後姿を見詰めながら俺は目を細めた
前よりも線が細くなった。動きの機敏さには変わりないけれど、少しずつ体力がなくなってきている
そんな彼を連れ出すのは良いことなのだろうか
「珀霞」
こちらを向かずに晴爽が手招きをしている
彼の片腕の中にはハードカバーや文庫本が数冊。きっと、純文学、なのだろう
いつか貸したままになっていた俺の本が一冊含まれていた
「どっちが良いとおもう?」
窓を閉めてから近づくと彼のベッドの上に2冊、ハードカバーが乗っている
それらの題名を見て、裏表紙のあらすじを読むとどちらも晴爽が好みの本でどちらかひとつを選ぶのは難しかった
「2冊とも持っていけば?かたっぽは俺が読む。取り替えて読めばいいよ」
「そうだね」
本人もそのつもりだったのかバッグに2冊つっこんだ
『桜を見に行こう』
灯火がひとつ消えました
暖かい煙が残りました
沖本に外出許可をもらい、純文学の入ったバッグを肩にかけ、俺達はバスに乗った
日曜の朝だからだろうか。車内には親子づれでとてもこんでいて、ぎゅうぎゅうづめな上にちびっこが足元で騒いでいる
ぶつかってくるちびっこに半ば諦めににたものを感じていると、隣の晴爽の息が上がっているのに気がついた
「あっついねー」
沖本に言い渡されて俺よりも少し厚着なのだ。しかしこの状況では一番上に着ているトレーナーを脱げるはずもない
「大丈夫?」
「微妙・・・。」
言って、晴爽は苦笑いした
やばいな、顔色が悪い
俺はとりあえず荷物を持ってやろうと、バッグの肩紐に手を伸ばした
晴爽もそれを察したようでつり革から手を離して紐を肩から下ろした
「ありがと」
ふう、と晴爽が荷物をかけていた肩を叩いた時だった
『右に曲がります。ご注意ください』
バス特有の無機質なアナウンスが車内に響き、その言葉を理解する間もなく新しい力がかかる
「うわ・・・」
いくつかの声が重なる。またしても足にちびっこが勢い良くぶつかってきて俺は一瞬よろめいた
そんな状況は晴爽も一緒なようで、ひざのあたりにちびっこがくっついている
「大丈夫?」
晴爽は腰の高さにある少年の肩に手を置いた
「だいじょぶ」
「一人で乗ってるの?」
「え?・・・うん」
戸惑いながらも少年は小さく頷いた
「ならこっちにいなよ。また転ぶと危ないし」
晴爽が俺と自分の間を示すと、少年は驚いたような顔をしてからそこに落ちついた
「ありがと。おにーちゃん」
少年はにこっと笑って晴爽を見上げる。晴爽も微笑み返し、和やかな雰囲気が俺の隣に出来あがっていた
それから目を離し、窓の外を見る。だいぶ目的地に近づいたようだ。都会の喧騒から離れた静かな町並みが広がっている
こんな場所に来るバスなのになぜこんなにこんでいるのか、と考えてみるとそう言えば最近目的地の数キロ先に新しいテーマパークが出来たことを思い出した
だからこんなに親子づれがおおいのか、と
「・・・・・あ・・・」
道路ぞいに流れる川で魚がはねて、カモが水浴びをしている。蒲公英、蕗の花、土筆・・・故郷の春だ
目を細めると桜の花弁がひとつふたつ、ひらひらと浮かんでいるのが見えた
良かった。おもったとおりの時期だ
「珀霞、なんか見つけた?」
「・・・・・・いや。なんでもない」
つくまで、晴爽にはあの場所は秘密だ
外の景色は更に変わり、木が増えていつしか山の中になっていた
あるポイントにさしかかっているのを感じ、俺はほぼ無意識に身体を硬くする
条件反射ってやつだ
瞬間、ガタンガタンとバスが2度揺れ、小刻みな揺れが後に続く。小さな子供でも立っていられるくらいの物だから覚悟といってもそれほど必要ないのだが、幼い頃に身体に刻まれた物だ。忘れるはずがない
もっとも、昔はこのポイントに限らずあの場所に続く道全てが舗装されていなかったのでこんなゆれじゃすまなかったが
「うわっ・・・」
ちびっこの声があちこちから聞こえる。どれもどこか笑い声をふくんでいた
母親や父親のたしなめる声が、がくがくと揺れる車内のせいで震えて聞こえておかしかった
車内の様子をほほえましく思いながら、傍らの晴爽を見る
どんな風に慌てているのか楽しみな面もあったし、揺れに耐えられているか心配な面もあった
自分よりも十センチほど高い晴爽の顔をのぞき込む
「・・・・・っ、アキ?!」
つり革につかまっている腕に額をつけて、ぐったりとしている晴爽がいた
車内が揺れるたびにつり革を掴む手が緩んでいく。顔色も悪いし、首筋には汗が浮かんでいた
「どしたの?」
俺の悲鳴に近い声に反応してか、晴爽が顔をこちらに向けた。少年も俺達の顔を交互に見て首を傾けている
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも・・・」
ガクンガクン、とまた大きく揺れるのが引きがねとなって、晴爽の手がつり革から離れる
近くの棒を掴もうとした手が空を切り、身体は崩れていった
「アキ?!」
とっさに周囲に迷惑をかけまいと晴爽の脇に腕を入れ、その長身を抱きしめるようにして支えた
耳元に晴爽の口がきて、ごめん、と呟くのが聞こえた
どうにか足腰に力が戻ったが顔色はそのままだしいやな汗もかいている
誘ったのは間違いだっただろうか
「・・・・アキ。ごめん」
その一言を口にしようとして、できなかった
躊躇したわけではない。高い声がわってはいってきたのだ
「おにーちゃん!」
あの少年だ。いつの間に傍から離れたんだろう窓に『優先』のステッカーが貼ってある席の前で飛び跳ねながら手を振っている
その隣にはしかめっ面の高校生らしき男子が少年を睨んでいた
「・・・子供ってすごいね」
感心したような声が俺にもたれてぐったりしている晴爽からもれる
口は動くのか・・・
「全くだ」
適当に同意して(そのとおりだとおもうが)俺はそのこういに甘えさせることにした
出発してからもう一時間はたっている。車内がこんな状況じゃなくとも晴爽の限界もは近いだろう
「歩ける?」
「当たり前だろ。でもあそこ優先席じゃないか。他の席ならまだしも」
「・・・・・」
ばかじゃねぇの、と言いそうになる寸前で公共のマナーを思い出して咽まで出ていたものをのみこんだ
「珀霞?」
「・・・・小学生でもわかることをなんでわからないかな」
おまえみたいな奴こそ、優先席を正しく機能させられるんだよ
疑問符いっぱいの晴爽の肩を抱きながら優先席まで連れて行き、無理やり座らせる
電車のように内側を向く形の座席の前に立つと、珍しく晴爽を見下ろすかたちになった
「気分は?」
「なおった」
「うそつけー」
「マジだって。汗も止まったし、顔色も戻ってるとおもうんだけど?」
確かに、さっきよりはだいぶいい
でも、これ以上は危険なような気がする
「次の停留所で降りて引き返すか」
「桜見ないと」
「でも・・・」
晴爽は困ったように笑った
「大丈夫だから」
しばらく見詰めて、しょうがなく俺は折れることにした
晴爽自身が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。無理して後から他人を困らせることは今までも決してなかった
具合が悪ければ言う。さっきの『大丈夫じゃない』が良い例だ
基準が周囲と多少違うことがあるけれど・・・
余命を告げられる時、俺に同行させたのもそのためじゃないかとおもう
「おにーちゃん」
はい、と少年がなにやらポケットから出した物を晴爽に差し出す
「ありがと」
受け取る晴爽の手の影に、いろとりどりのキャンディーがいくつか見えた
俺も見たことのある。コンビニでも売っていそうなものだった
またもや俺を蚊帳の外にした和やかモードが繰り広げられている
胸のあたりが重たくなるのを感じながら、俺は拗ねたように窓の外を見ていた
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2005/01/04(Tue)23:56:34 公開 / 時里
■この作品の著作権は時里さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
序章と二章の文体が明らかに違ってますね。時って恐ろしいものです。さて、初の続き物…おっかなびっくりの投稿です。友達にこれを見せたところ『BL?』と訊かれました。うーん。無自覚だったのですがどうでしょう。確かにそれっぽいかもしれませんが……。厳しいご指摘をお願いします。関係ありませんが晴爽の名字は時里と言います。昔から大事にしているこの子の名字をHNに使わせてもらってるんですよ(笑)
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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