『[短編] ブレイクオンスルー』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:覆面レスラー
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ノスタルジックノイズに包まれて、俺は空を見上げていた。
何もせず、ただ居るだけの教室から遠く高く届かない空を見上げていた。
梅雨間近の青く澄み切った空は灰色の雲を所々に浮かべながら、颯爽と過ぎ去っていく。校舎横に並ぶ桜並木もとうの昔に華を落とし、葉桜になっていた。季節だけが過ぎ去っていく。俺だけを残して。
俺は欠伸を一つすると、露骨に机に寝そべった。
授業中だが、教卓に立っている教師は別段俺に注意するでもない。俺の行為に気づいていないはずは無いのだろうが、窓辺の一番後ろの指定席に追いやられた屑に文句なんてモノ与えるだけ無駄だと思っているのだろう。
静かにしていさえすれば何も言われなかった。
俺は机に寝そべったまま、擦り切れるほど聞き飽きたカセットテープを裏返して時代遅れのウォークマンに差し込む。自動でA面とB面が入れ替わらないほどのクラシック。母さんが大好きだったジム=モリスンが垂れ流す哲学的な歌詞に搭載されたドアーズのサイケデリックブルースに俺は身を委ねながら飽きずに空を見上げる。俺にはこれぐらいがクラシックが丁度波長に合っている。
A面の一曲目はブレイクオンスルー。
タイトルの邦訳は、『壁をぶち壊せ』ってところ。
不器用な俺は曲名通りに目の前に立ちはだかった壁を、上手く突破する事ができなかったけどな。家庭の事情により留年を余儀なくされた俺は、本来なら今年の春には笑いながら友人達と卒業していたはずだったが、それを許されなかった。
憎らしい程に清々しく始まる新学期を重苦しく迎えた。
見ず知らずの一つ年下のクラスメイト達と楽しく学園生活を送る気にはなれなかったし、多分奴等にとっても俺みたいな不純物が一緒に居て楽しいはずもない。
一人ぼっち。
母親が死んで、親父の歯車が狂ってしまった時からそうだ。
大通りの真ん中を歩いていたはずの俺は、いつのまにか路地裏を正しいポジションに選んでいた。その居所は俺を蝕んでいく癖に居心地がよすぎて、軌道修正など効かないほど俺を懸け離れさせていく。最早、帰ることすらままならない。
人生は既に半分以上捨てかけている。
捨てきれないのは、俺の卑屈さのせいだ。
五月の日差しの中途半端な生ぬるさに大きな欠伸が出た。
顔だけを窓に向けると、自由に羽ばたく一羽のカラスがグラウンドに影を落としながら横切って彼方へと飛んで点になって消えた。俺は次の六時間目を屋上で煙草でもふかしながらサボる算段を企てながら机にうずくまって眠りについた。
†††
目を醒また頃には誰も居なくなっていた。
誰も居なくなっていた、じゃない。俺がそういう場所を選んだだけだ。
屋上には斜め向きに日が射している。
制服の裏ポケットからタバコを取り出して、火を点けた。
グラウンドに面したフェンス向こうからは、ランニング中の野球部が張り上げる大きな掛け声が聞こえる。何かに必死に打ち込めるのは羨ましい。俺は緩慢な動作で立ち上がり、フェンスからグラウンドを見下ろした。飽きもせずにストイックにグラウンドを何周も何周も駆け回る彼らの姿に比べて、俺はなんて空虚なんだろう。思わず笑いが零れた。
意味も無く楽しかった。
意味も無く楽しくて、意味も無く悲しかった。
俺がそんな歪んだ笑い声を上げている間にも、彼らは必死で努力し続け、俺は肺に煙をしこたま溜め込んでいく。空っぽな俺が、彼らのように必死に何かを得ようとして、意味の無い煙だけを溜め込んでいく。
青春が、酷くウザかった。
一旦教室に戻って、空っぽの鞄を手にしてから、無人の教室を去る。職員室に寄って、上辺で浮かべた心配そうな表情を武器に近づいてくる去年の担任に遭うのも鬱陶しかったので鍵もかけずにそのまま放っておいた。
廊下にも誰も居ない。
俺は佇んで、長い長い廊下に射す黄昏の光に目を細める。
ここは俺のいるべき場所では無いと、校舎が無言で告げているようだった。
†††
家に帰ると、親父が居間で寝転んでいた。
「おう、帰ったか」
禿面でビール腹。
ロクデナシの職無し。
アルコール中毒の一歩手前。
今も傍らにキリンビールの500ml缶が置いてある。
俺はソイツに対して、一見平静を装いつつも腹の底で渦巻く憤怒を決して見抜かれることの無い冷たい視線で射抜きながら、黙って自分に与えられた部屋に閉じこもった。与えられることの苦痛を噛み締めながら、リチャード・バックの古本を読み漁る。
この家はいつの間にか、親父の家ではなくなっていた。
母さんの事を忘れた親父が名義を登記簿の名義を変更しやがったからだ。そのせいで晴れて、ここはもう親父の愛人の家だ。
こんな親父のどこを魅力に感じて、付き合っているか分からない豚女の家。親父のちっぽけな財産しか狙えない、卑しい愛人の家。
俺の方が社会的には圧倒的に必要とされているはずなのに、ここでは俺の価値が一番薄い。俺が一番ロクデナシ扱いだ。俺は親父のおこぼれに預かっている、残飯漁りの卑しい豚だ。あの豚女と何ら変わらない。
俺はそうやって俺自身の手で俺の価値を下げていく。
体裁を繕って、愛人の六歳になる幼稚園児と遊んでみたり、高校二年生になる思春期の少女に勉強を教えたり、大した用事も与えられていないのに、それを大仰にこなしたりして。自分で自分を繕って必死で必要とされている風を装いながら、自分の壁をボロボロと突き崩していく。
ああ、そうさ。俺は誰からも必要とされていない。
ただ笑えるだろ。
暗がりで本を読む障子一つ隔てた向こうで、親父と愛人が仲睦まじく囁きあっている。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してるのだの大好き。大好き。大好き。大好きだの。怖気がする。
俺の耳にソイツがこびりついて俺が中からどんどん腐っていくみたいだ。
そう考える自分を、自分の中に居るもう一人のシニカルな自分が嗤う。
他人が醜いみてぇなことのたまっているくせに、一番醜いのはテメェだ。文句ばっかりで、口ばっかり。全てを捨ててどこかに消えちまう勇気もねぇ。高校生であることを、子供であることを言い訳にして、誰かに庇護されてもらおうと必死で足掻いている。
お前、馬鹿じゃねぇの?
居た堪れなくなって、俺は読みかけの本を伏せ、トートバックに煙草と部屋に置きっぱなしにしたせいでぬるくなったボルヴィックと、カセットウォークマンを突っ込んで襖を開けた。六畳一間で親父と愛人が肩を寄せ合って、真ん中に六歳のガキを置き、爆笑問題が司会をこなすバラエティー番組を見ていた。
俺に気づいた親父が振り返る。
「お、どうしたんや、ターくん」
「ちょっと夜風に当たってくる」
「もう夜も遅いぞ。行ってもええけど、早く帰ってくるんやぞ」
「わかった」
背を向けて玄関に向かおうとすると、愛人が「気をつけて」と声を掛けてきた。何の心配もしていない声。ただ親父の前で点数を稼ぐだけの声に、俺は振り返って偽りを偽りで偽った愛想笑いを浮かべながらもう一度「わかった」と言った。
駄目だ。俺が腐る。
俺は慌ててつっかけるようにしてコンバースを履き、玄関から飛び出した。
自転車置き場の薄暗い街頭の下、夜風に吹かれ、チャリンコの鍵を空けながら俺はやっぱりモリスンを聞いている。モリスンの陰鬱さの匙加減が妙に今の感情に調和している。飽きずに繰り返し繰り返し擦り切れるほど聞いてもその調和は終わらない。
たとえそれが誰かにとって薄っぺらな内容でしかなくても、モリスンの歌詞は俺の中では信じるに値するものだ。母さんと同じぐらい。母さんが聞いていたから、じゃない。俺は母さんと違った意味でモリスンを愛している。
愛など介在せず、やがてくる未来の失速を告げる詩。
それに自分を重ね合わせている。
未来の事など何も心配せずに圧倒的暴力性で全てを蹂躙できたらなぁ、俺はチャリンコに乗って卑屈に嗤う。俺に度胸さえあれば、今すぐさっきの家に帰って、悲鳴すらあげさせず迅速に、生きていくことすら最早罪に摩り替わった親父と愛人をぶっ殺し、この先生きていく間にいつか罪を背負っていくだろう女子高生のガキと六歳のガキをぶっ殺して。
最後に俺も死ぬのか?
モリスンが低く呻く。
床畳から砂壁から木天井の至る所から至る所まで血塗れの染みだらけになってしまった帰るべきではない部屋で、殺戮をこなした俺は一体その先どうする?
モリスンが低く呻く。
殺した俺でさえも共に奴らと死ねばいい?
何を馬鹿な。
モリスンが低く叫ぶ。
無意味に人を殺した時点で俺は終わる。死ぬことで罪は償えない。殺人を犯す時点で人は終わる。存在してはならない。人では無くなる。
俺はそんな存在になってしまう度胸は無い。
だから誰かも謳っている通り、悪意も純潔も共存するべきなんだ。
俺のスタンスもそこに置き続けるしかない。
共存していくしかない。
「単なる寄生虫だとしても」
なんてな。
中途半端な存在の癖に格好つけようとした自分を、自嘲するように呟いた。呟いてから叫んだ。
ウォークマンからイヤホンを引き抜いて、あさっての方向にタイヤを向けながら、静かな夜の道でただひたすらに叫ぶ。
どこでもいい。
一歩でも遠くに行きたかった。
遠くに行けば、何かが救われるような気がする。
遠くに行けば、何かが報われるような気がする。
腐った親父の人生が放つ悪臭や、豚女の醜い犠牲、最低に位置する自分自身の存在が放置されたままになっているこの場所から何処か遠くに行きさえすれば。
変われるんだ。
何かが変わり、変わることで救われるんだ。
そんな簡単に環境が変わることなんて、在り得ないし、信じては居ないけれど、身勝手に信じる事は大した代償を必要としないから。
†††
別段行き場所も無く、大して金も持っていなかったので、腐れ縁の友人の家に邪魔することにした。友人の家も多少複雑な家庭環境をしているせいで、誰かれ拒まない、といったカンジの風潮がある。以前、一週間程お世話になったが、友人の母親はそれなりの優しさで俺に接してくれた。というか、俺は毎日深夜まで遊んでいっているだけで、泊まっていると思っていなかったようだ。息子との間に微妙な距離を作り、なるだけ触れないようにしている実の親。
ここにも一つの完成している歪んだ構造があった。
それは、希薄さ。
とまあ、俺が幾らこうして考えてみたって友人からしてみれば大きなお世話だ。彼は彼なりに満足している。歪んでいても受け入れている。 だが、俺は駄目なんだ。
歪んでいるのを受け入れられないんだ、俺が真剣な顔でそういうと彼は笑って冗談交じりに言った。
「じゃあさ、全員、ぶっ殺しちまえよ」
†††
夜遅く、深夜一時に玄関ドアノブを回す。ドアは開いていた。生活保護を貰う人間が一塊にまとめられて住んでいる集合住宅の近所だからだろうか、窃盗事件はここ五年間起きていない。だから、それほど施錠管理に対して神経質にならなくてもいい。ただアイツ等は何も考えてないだけだろうが。
玄関から足音を立てないように入ると、鍵を掛け静かに廊下を歩いて自室とも呼べない部屋に向かう。途中、必ず親父と愛人の居る部屋を抜けなければならないのが、酷く億劫だったが、殊勝な、さも自分が悪かったとでも言いたげな表情を浮かべてさえ居れば、文句を言われようともなんとかやり過ごせるだろうとたかをくくる。
俺は親父達の寝室の襖を開けて、ほっとする。
蛍光灯はほのめくオレンジ色を発しているだけで、親父の高らかなイビキだけが響いていた。
俺は自分の部屋に入って、デスクランプで仄暗く室内を照らす。
照らして、荷物を下ろす。下ろしてから、友人の言葉を思い出す。
「じゃあさ、全員ぶっ殺しちまえよ」
俺は目に留まった黒い金属バットを握り締める。握り締めてみた。握り締めて撫で回してみた。撫で回して両手でしっかりと握り直す。握り直して振りかぶる。振りかぶってから、どうする。
心臓が一際大きな音を立ててドクン、と鳴る。
痛い程に激しく脈打つ。
ドクン。ドクン。ドクンドクンドクンドクンドクンドクン。
鼓膜を小刻みに揺らす振動に俺は身を委ねて、襖を開けようとしたその時、額から垂れた汗がバットを握った掌に落ち、はっと気づく。
心臓が、窮屈に痛んでいた。
殺していた息を大きく吐き出し、金属バットの柄から力無く掌をはがすと、心臓は緩やかに音を沈静化していく。
全身が汗でじっとりと濡れていて、夜風のひんやりとした冷たさに覆われた。
ほら、みろ。
どうせ俺に生きることから外れて生きる度胸なんて無い。
「だせぇ……」
俺は床に力無く寝そべると、低い天井を見上げた。
狭くて、抜け出せない世界。
それは、常識とか、運命とかじゃなくて、現実にどこにでもあるんだ。
†††
同じような日を繰り返し、季節も梅雨を過ぎ、夏に移り変わりはじめていた。蝉が産声を上げ始める鬱陶しい季節の始まり。行き場も無いのに留まるにはあまりにもかったるすぎて、文化祭をサボった俺は、午前中に家に帰った。ドアノブを気だるげにゆっくり回して、ドアを開ける。室内の空気がこっちと繋がる。妙な鳴き声がする。俺はそっと、中の様子を窺がってみた。
「ア、ア、アア、ア……!!」
怒りに目が眩む。
愛人が獣みたいな喘ぎ声をあげてやがる。俺は腹の底からせりあがる吐き出しそうな塊を堪えながら、声がするリビングのドアにそっと近づいて、そっとすりガラス越しに中を覗き込んだ。
そこには、親父と愛人が居た。
テーブルに手を突いた愛人の後ろから親父が被さっている。
悲鳴みてぇな鳴き声が煩い。
頭痛がする。頭がガンガン鳴る。
親父が被さって醜く上下に、蛞蝓のようにぬらついた蠕動を繰り返している。
気が狂いそうだった。
息を殺して、気づかれないように静かに玄関から外に出る。
出た瞬間、焼け付いたアスファルトを蹴り上げて意味も無く走りだす。走って走って息が切れて、酸素が足りなくなって喘いでも、その自分の喘ぎがあの腐った愛人の喘ぎ声に似ている気がして、また走る。俺はもう止まれない。止まれないところまで来たんだ。
逃げ道は、どこだ。
逃げ道は、どこなんだよ。
俺は酸素不足で、真っ暗になった視界を頼りに、知り合いの女の携帯に電話を掛けた。
それしかもう、逃げ道が思い浮かばなかった。
†††
出し入れする度に女が鳴く。俺はそれに高ぶって、更に出し入れする。気持ち良い。すげぇ。すげぇ、笑える。テメエの親父とやってることは何も変わらない。やってるだけだ。やりながら、嫌な記憶を快楽によって忘却の彼方へ必死で押しやろうとする。
「要はさ、猿だよ。やることしか頭にないんだ」
俺はいつか、この女にそう言った。そう言って、俺は馬鹿にした、あいつ等を。あの腐った親父と愛人を。
でもな、俺も同じなんだ。甘い台詞吐いて、やりたい口実とシチュエーションを作って、受け入れてもらって、入れて。正直、あれだけ突拍子もなく押しかけた俺に股を開くコイツは馬鹿だ。でもな、セックスをしてる間だけは俺もイコールなんだ。
じゃあ、俺も馬鹿か?
いや、違うね。
腐ってるんだ。馬鹿以下だ。
「はは」
俺は笑った。快楽の果ては、楽しい。世界は何て楽しい場所なんだ。
俺は腹の底から笑いながら、腹の底で泣き喚く。
簡単に快楽に身をやつしてしまう、自分自身のどうしようも無さに泣く。あの腐った親父と愛人と同じ行為をリピートしているのに、怖気なんて微塵もなく、ただ純粋に気持ちよすぎるから泣く。全てにぶちまけたい怒りに塗れて、それが可笑しくて可笑しいのに、どうしようもなく胸が痛くてまた、泣く。
俺は泣いてばかりだ。
隙あらば、救って欲しい。
誰か、俺を助けてください。
でもね、俺のその救いを求める声は快楽に負けて、簡単に欲望の塊になって零れていっちゃうんだ。それは本当、あっさりと零れてしまうから、誰にも掬えやしないんだ。
だから救われない。
そこまで知っている癖に、衝動を制止できない俺は、本当は救われたくないのだろうか。本当の意味で救われたくないのだろうか。
†††
家に帰ると、酔った親父が豚女に絡んでいた。
「お前誰に文句つけとるんじゃ」
下手糞な罵声。ビール片手にほろ酔い気分の親父の顔は真っ赤だ。このままじゃ、愛人はまた大した抵抗もなく殴られるのだろう。俺は自分の部屋に入る寸前に、下手糞な正義感から親父に一言釘を刺した。
「親父、止めとけ」
「ああ、お前息子の癖に父親に意見するんか。お前何様やっちゅうねん」
今の酔った親父は誰彼構わず絡むことしか知らないらしく、俺の嗜める言葉にすら噛み付く。
「んだと、このクソジジイ!」
折角人を殴って後から後悔しないように、今止めてやってんのによ。
俺はいとも簡単に切れる。切れる瞬間、ああ、俺はコイツの息子なんだと知って、酷く悲しくなる。そのやりどころのない悲しみの捌け口を親父に向ける。
「テメー、酔ったぐれーで他人に絡むなっつってんだよ」
最後まで言い切らないうちに親父が俺を突き飛ばす。俺はしこたま壁に背中をぶつける。一瞬息が止まった直後に、悲しみは全て怒りの衝動に塗り潰される。「てめぇ!」俺は即座に立ち上がって拳を振り翳そうとすると、豚女が俺を後ろから羽交い絞めにして抱きかかえた。
俺はもがくが、豚女の顔に肘が当たりそうになって、一瞬逃げ遅れた。そこに、親父の平手が飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。飛んで、俺の顔面を滅多打ちにする。この惨状に豚女の餓鬼がよってたかって「もうやめてよー」とか泣き喚きだす。
ああ、もううぜぇ。
うぜぇんだよ。
どうして俺がこんなとこに居るんだよ。
殴られた痛みと熱に朦朧とした頭ん中で「じゃあさ、全員、ぶっ殺しちまえば良いんだよ」って、シニカルなもう一人の俺が俺の背中で嗤って俺を焚きつける。ぐるぐる回って腐肉にたかった蝿みたいにわんわん喚く。
分かった。
分かったよ。
やるよ。
やりゃあいいんだろ。
俺は豚女の制止の顔面に肘をぶちこんで乱暴に振りほどくと自分の部屋に飛び込む。襖を開けるのももどかしくて蹴破る。後ろから親父が追いかけてくる気配があるが、俺は無視して金属バットを掴みにいく。
掴んだ一瞬、強烈な安堵感が俺を襲った。
グリップをしっかりと握り締めれば、それだけで全てが叶えられるような心地よさ。俺はそれを頼りにバットの柄をしっかりと握り締める。
握り締める。
握り締める。
握り締める。
握り締める。
握り締める。
大丈夫だ。
俺はやれる。
心臓が高鳴る。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
心臓から伸びた毛細血管がバットと繋がっていくかのような一体感。バットも俺の呼吸に合わせて上下していた。
俺は呼吸を殺して、ゆっくりと背後を振り返る。蹴破られた襖の隙間から、明かりが漏れていた。その明かりに、金属バットが妖しく鈍く光を放つ。俺は金属バットをもう一度しっかり握り締める。二度と手放さないように。
「……ひっ!」
親父が尻餅を吐く。
豚女が悲鳴をあげる。
餓鬼共が目を閉じる。
俺はバットを振りかぶった。
さぁ
ブレイクオンスルーだ
2004/12/31(Fri)18:31:56 公開 /
覆面レスラー
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■作者からのメッセージ
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