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『奈央はあたしだ。』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:アリス
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あたしはあたしが好きだ。
それだけだ。
ん〜それがどうしたって?
他の誰にうるさく説教されたって、関係ねぇんだよ。
あんたはあんたを好き?
全国ネットの生中継で胸張って「自分が好きだ」と叫べるか?
1
なかなか火がつかない。イライラする前に、さっさとバッグの中の化粧ポーチのライターを取り出して歩き出しとけばよかった。ポケットん中にあったzippoは使い物になんねぇ。オイル切れだ。
「……あれ、奈央…? 奈央!」
「茜」
仕事中に客引きにでも来たんだろうか。真っ赤なロングドレスに黒のストール一枚で店から飛び出て着た茜に呼ばれた。何故だか目が潤んでいるように見えた。
「どうした、泣いてんの…?」
「澄屋が、澄屋が捕まっちゃた…」
急に声が震え、茜の目から涙がこみ上げてきた。澄屋が捕まったという言葉に一瞬ビビった。
「火、貸して」
「は…? あぁ」
カチ。持っていたままだった赤マルに茜はこんな状況だってのに、火をつけてくれてちょっとおかしくなった。
「……澄屋ぁ! もぉ、あたしにどうしろってゆうのよ。ぅぅ…、……便所くさ」
「…………」
「奈央、赤マルやめれば?くさい」
そう言うと、店に戻ってった。いっつもこうだ。ヒールの高い靴で一日中歩き回ったせいか、マジむかついた。
奈央はそのまま少し、店の「candy」の看板を睨み付けると、歩き出した。赤坂見附から三権茶屋まで二十分程度。赤坂見附の駅につくとノタノタ面倒くさそうに、肩にかけたバッグから財布を取り出し、三百二十円投げ入れ切符を買った。
「はぁ…」
切符を取ると、切ない財布を見て、思わずため息をついた。
ガタン、ゴトン、電車に揺られながら暗い窓の外を見た。ボーっと、真治のことを考える。あいつは、一体何してんだ? と。何度か乗り換えをして駅についた。改札を出るときに奈央は目を真ん丸くして立ち止まった。
「おま…」
「よ、奈央!」
といつはニカっと笑って微笑んだ。
「澄屋…!!」
澄屋は何事もなかったかのようにそこに立っていた。
改札の向こうで微笑む澄屋をよく見ると、長袖から手にかけて真っ赤な血がべったり塗られていた。思わず奈央は茜の言っていたことを思い出しゾッとした。奈央は切符を通して、澄屋の横を通るときにボソっと呟いた。
「何やってんだよ。お前、ついに人でも殺したのか…?」
「助けてよ、奈央……もう俺ダメかもしんない」
澄屋が奈央の腕を掴んだ。チラっと見ると、駅員が改札の窓からこっちを不思議そうな顔で見ている。
ヤバイだろ。こいつ正気じゃねぇ。
腕を放された瞬間、澄屋が奈央を囲んで、壁に両腕をついた。
「んだよ…」
「……茜に浮気されてないか心配なんだ」
「ぁぁあ!?」
こいつは馬鹿か。
そうだ、馬鹿だった。
澄屋はノコノコうちまでついてきやがった。延々と茜の話をベラベラ喋りながら。茜と澄屋は高校時代のバイト先での仲間だ。あたしは高一んとき、よく行くカラオケ屋でバイトを始めた。カラオケで歌うのが好きだったから、「ま、いっか」って感じで。茜は、よく飲みにいこうだとか合コンしようだとか色んなことにあたしを誘って来た。澄屋は最初から茜のことを気に入ってんのがバレバレだった。彼氏のいなかったあたしはませたガキどもだと思ってた。
「そんで? パクられたって嘘ついてどうすんだよ」
「や、その間に茜が浮気しないか、調査しよっかなって思ってさー」
「ばっかか、お前は」
部屋に入るなり、二人でビールを開けた。
茜は高二の夏にはバイトの先輩のりっちゃんに誘われて、りっちゃんが移った、赤坂のクラブで働きだした。あたしもりっちゃんに無理矢理誘われてその店で働いていた時期がある。
「く〜、茜やっぱりもっとかっこいい男が好きなのかなぁ」
「そうじゃん」
「お前、冷たいのな」
「別に」
「…………」
澄屋はビールをテーブルに置くとはぁ。とため息をついた。
高二の冬、澄屋が茜に告った。あたしは二人が両思いだったのを知っていた。同じ日に、あたしは真治に振られた。クリスマスイブ。
奈央の携帯の着信がなった。画面には「藤沢 茜」と表示されていた。
澄屋をチラっと見てみぬふりをしてから通話ボタンを押した。
「どした?」
奈央は携帯を耳に押し当てた。向こうの声が聞こえないように。
男がでた。
「はい、はい、セブンがあったら突き当たりを左…はい…」
「…………」
「じゃ…」
「……茜…?」
澄屋はそう言ったが、あたしは違う、と答えた。
2
あたしは昔っから歌うことが好きだ。真治はめっちゃくちゃ歌が上手かった。だから、高一のときの文化祭のイベントバンドで歌を歌っているのを聞いたときは、こいつ、すげーと思った。
奈央は起きると、煙草を取って二本吸った。それから冷蔵庫の中のミネラルウォーターを出して一気に飲んだ。ベッドのすぐ横の机の上には、昨日澄屋が飲み干したビールの缶が三個転がっていた。あの後、澄屋は茜の携帯から男の声が聞こえたことと、奈央の対応で内容が分かってしまったことで、すっかり落ち込んで礼を一言言って出て行ってしまった。茜は男癖が悪い。昨日もきっと仕事の後に酔いつぶれて、男に家まで連れてってもらったのだろうと、奈央は思った。人一人驚かすために手に血のりまで塗って、馬鹿げた澄屋を少しみじめに感じた。
シャワーを浴びて、長めの髪をドライヤーで乾かしているときに奈央の携帯がなった。「藤沢 茜」
「…………」
後でいいや。どうせ澄屋のことだろ。
髪を乾かし終わると、Vickyの深緑のパンツに、白いタンクを着て、クローゼットから黒いトレンチをばっと手荒くとった。午後二時。真っ赤なマフラーを巻き、黒いブーツにパンツを面倒くさそうにブーツインして、玄関を出て行った。
あたしは毎日仕事詰めだ。でも好きな仕事だから苦ではない。三軒茶屋の駅から赤坂見附の駅まで毎日通っている。、平日が賑わうこの街は、大体が飲み屋かクラブだろう。あたしはその中の一軒のダーツバーで働いている。ビルの三階で「CLASSIC」という店だ。ここも実はりっちゃんに紹介されたのだ。
「おはよーございます」
「なんだ、なんだ、奈央。今日は早いじゃないか」
ヒゲが洒落た感じのタキシードを着たおじいさん。この人がマスター。
「いいだろ、どうだって」
「また、そういう口をたたくのは百年早いんじゃ」
奈央は足早に踊り場を通り抜け、マスターに目もくれず事務所に入ってった。店のオープンは六時だ。
「マスター! 今日、りっちゃんと約束があんだ。荷物、事務所に置いてっていいだろ」
「おう」
「サンキュー」
事務所で一服すると、グッチのハンドバッグだけ持ってすぐに立ち上がって店を出て行った。
久々にりっちゃんと会うなぁ。最近クラシックにも飲みにこねーし何やってんだろ。ドトールで待ち合わせとか結構りっちゃんらしいかも。あの人語るの大好きだからな。三時に待ち合わせだけどあと三十分くらいある。カラ館で暇つぶしでもすっか。
奈央はカラオケ屋の一室に入った。まず、煙草に火をつけると、デンモク(指で触って検索する目次表)でピッピと曲を検索して転送した。一本吸い終わる前に曲が流れ始めた。『Fly me to the moon』
奈央の声は重い。胸に突き刺さるかのようだ。綺麗な英語発音が歌を手助けして、誰にも遠慮せずに歌った。ハっと気がつくと何を注文したわけでもないのに急に ドアが開いた。奈央は思わず歌を止めた。
「よ、奈央。元気そーじゃん。あんたの声」
「……りっちゃん!」
「お久ぁ」
ドアの先には律子が立っていた。紫のハイヒールに黒のパンツスーツで真っ赤な口紅だ。
「いつ見ても綺麗なお顔で」
「あんたも」
二人は部屋を後にすると、ドトールへ向かった。その部屋のデンモクの履歴には「Fly me to the moon」が残った。
買ったアイスコーヒーとミルクティーを律子が持って一席についた。
「りっちゃん、最近何してんの? クラシック全然来ないじゃん。あんなマスターのカミカゼのファンだったのに」
「マスターのカミカゼ、飲みたいね。最近ちょっと仕事忙しくてさぁ。ほら、時間の定まらない仕事だから」
律子が煙草ケースからボーグを一本とって火をつけた。
「芸能プロダクションのなんたらだっけ…」
煙をパーっと奈央の顔にかけると、まじめな顔をしてこう言った。
「で? 奈央、あんたいつデビューする?」
「は?」
飲んでいたミルクティーを噴出して律子の顔をまじまじと、見た。
「さっきもさぁ、ドトールの前であんた見つけたと思ったら一目散にカラ館飛び込んでって…ぷっ。思い出すとウケる」
「なっ…、いいじゃんかよ、別に!」
「だって一人でカラオケなんて、行くぅ!?」
「行くよ、別に!」
「でもあんたの歌の上手さは何も変わってないね。」
笑ったりマジな顔したり、この人は一体なんなんだ。ついてけねー。
「サンキュー。あたしは悪いけど、歌上手いよ、そんなん知ってるよ」
「そんだけ自信ありゃ十分。あんたさ、歌手やる気ない?」
「歌手…」
りっちゃんは昔っからこう。いきなりデカイ話をあたしや茜に持って来てトントン拍子に上手くやってくれる。
「奈央、よく聞きな。奈央の歌は耳に残る。人の心が忘れない声を持ってる」
「…………」
「日本中の人が見てるステージの上で自分の歌を歌って見たいと思わない?」
あたしは唾を飲んだ。一瞬、そんな現実味のない話に大きな夢を抱いた。茜の着信や、あの後澄屋はどうしたかなんて一気に吹っ飛ぶくらい、自分最高。
あたし、綾瀬 奈央 20歳。誰だって自分が一番可愛いんだ。んなの分かってる。ただちょっと、それが濃いだけ。
3
「いらっしゃいませ、お飲み物はお決まりでしょうか」
奈央が働くこのクラシックという店は、ワンゲーム性でダーツの順番が回ってくる、賑やかめな店だ。カウンターと、ダーツが五台。奥にヴィップルームと、店内は広くない。その理由にグランドピアノが置いてあることも含まれるだろう。店員はワイシャツに黒いエプロン。もちろんパンツスタイルだ。
「ハイボールで。お前は?」
「え〜とぉ……、何がおいしいの? オネエさん、何かお薦めありますか?」
「そうですね、お洋服に合わせてレイククイーンなんてどうですか?」
「じゃあ、それで」
「はい、ウィスキーソーダとレイククイーンですね。只今お持ちいたします」
マスターを含めて、店員は十人ほどいる。
「マスター、ウィスキーソーダ、レイククイーン。…なぁ、マスター。あたしって綺麗?」
マスターは優しく笑って奈央を見た。
「はっはっは。とーっても綺麗じゃよ」
「やっぱりな。はっはっは」
「じゃが、色気が足りんな」
「な、なんだと! う、うっせーなぁ…」
奈央は苦笑いした。
「奈央ちゃん!」
接客中の由貴(ゆき)が慌てて奈央を呼んだ。マスターも奈央もそっちに視線を切り替えた。
「なんだ?」
一生懸命手招きする由貴が奈央には笑えた。
「はい、お客様、どうなさいました?」
「君、もしかしてグラビアの長谷野 舞?」
どうやら客が勘違いしてるようだ。
「…たっはっはっは。ちっがいますよ!お客さんの思い違いっすよ」
奈央はマスターと瓜二つな笑い方で笑った。
「ありゃ、絶対そうだと思ったんだけどなぁ。随分ベッピンさんの揃った店だね。彼女も妙に背が高いけどすごい可愛いし。モデルさん?」
「いえ………違います……」
「はーっはっは、あー…ははは」
遠くから見ているマスターも大笑いした。奈央も大笑いした。由貴も大苦笑いをした。
「じゃあ、青い珊瑚礁」
「はい、かしこまりました」
由貴はこんな綺麗な顔だけど、男だ。だけどこの背丈を見りゃわかる。確かに薄っぺらだけど。ああやって、いじる客はいくらでもいる。なのに由貴は毎回大真面目だ。カウンターでグラスを拭いてる由貴が落ちてるのがあたしには笑いのつぼだ。
「由貴、ドンマイ。いつものことじゃん」
「…。まあね。そういえば……やっぱなんでもない」
「…何?」
由貴とは高校が一緒だった。真治もいた一緒の高校。由貴と真治は仲がよかった。同じバンドのヴォーカルとキーボードだった。
「なんでもない。ってか、忘れちゃった」
「んなわけあるかっつーんだよ! てめぇは嘘がつけねー奴だな」
「イテッ。分かった、言うよ。真治が明後日クラシックに飲みに来るって」
「…………ほんとか?」
「……ほんと」
「…………」
内心、戸惑った。明後日、あたしは当然出勤だ。真治と会うのはどれくらいぶりだろう。真治の声を聞くのはどれくらいぶりだろう。
どんな顔して会えばいいんだろう。
「奈央ちゃん、まだ真治のこと好きなの?」
「あ!? 変なこと聞くんじゃねーよ!」
店が終わったのは、夜中の二時。それから今日は由貴と二人で飲んだ。こう見えても、あたしは酒にそんなに強くない。マスターの作るバイオレットフィズが好きな可愛い女だ。そう思ってる分には誰にも突っ込まれないし。由貴が煙草に火をつけたから、あたしもつられて火をつけた。
「変にこだわってると、嫁にいきおくれるよ」
……分かってる。こだわってるわけじゃない。
「あたしを貰ってくれるオスなんかいんだったら見てみてーな」
「オスかい…ぷっ」
「笑ってんなよぉ、今に見てやがれ。お前も真治も」
灰皿にきちんと灰を捨てられなかった煙草をちゃんとやり直してくれる由貴。由貴は優しい。きっと女には優しいんいだろ、男なんて皆そうだ。
「今日はもう帰る?明日も仕事だし」
「……うん」
帰りたくない。酔っ払ってて一人になってもし真治のことを考えてしまったら。そうだ、茜が一緒にいてくれるかもしれない。あたしはずるい女だ。
フラフラしながら携帯の着信履歴を見て茜に電話をした。
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2005/01/07(Fri)21:31:43 公開 / アリス
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■作者からのメッセージ
三話書きました♪影舞踊さん、感想ありがとうございます。二話のfly me to the moonのtheが抜けてたので修正しました。三話は新しいキャラクターも出しているので是非読んで下さい!a☆
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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