『嘘』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:村上優                

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CHAPTER1   嘘
「事実」って何だろうね、一体。世間様じゃぁやれ弁護士だのやれ検察だのマスコミだのが「真実」ってやつを明らかにするんだ、「真実」ってのは絶対そこにあって、事件の目撃者だとか
被害者だとか加害者はその「真実」ってやつを知ってるんだ、って騒ぎ立てるけどね、私は「真実」なんてものは、ないんじゃないかと思うんだよ。少なくとも我々が人間である間はね。
いやそんな不思議そうな顔をしなさんなって、あんた。私が言いたいのはね、例の事件にしてもそうなんだけど、つまり、何か事件が起こったとしても、それを見聞きするのは私らの目や耳であってー面倒な事に我々人間には個性ってもんがあって、感じ方も人それぞれ違うもんだからーある人には「事実」としか思えない証言が、ある人には「この人は嘘をついているんだ」って事になるわけだよ。起こったことはたった一つでも、それらが私らの頭ん中に伝わって、私らの言語で解釈されちまうとき、それらは完全な客観体ではなくなっちまうんだよ。客観体とかちょっと難しかったかね?まぁ要するに完全に私らの気持ちや考えが関与していない段階での真実とでも思っててくれな。
で、話を戻して、マスコミだのは「真実」ってやつは絶対不動だと思ってるだろう?あやしげな宗教の教祖様みたいに真実ってやつを崇めている。真実はどこだ、真実こそが正義だってな。やつらは真実はもうそこにあるんだから私らが勝手に解釈したり主観を混ぜちゃだめなんだって思ってるだろう?真実を話さないやつは悪だと思ってるだろう?完全な二極対立構造のできあがりってわけさ。この世は真実と嘘、善と悪それだけってな。でも考えてみなよ、私らが何かを見てそれを誰かに話すときなんてのは、絶対、100%、私らの思ってることやそうであってほしいと思いたい事ーそれを主観というんだがねーが入ってきてしまうんだよ。そういう風に出来てるんだよ、私ら人間には心があるからね。マスコミっていうのはそういう所をわかってないから質が悪い。自分たちの報道は主観性で溢れてるってことに気づかないと本当に受け手のためになる報道なんか出来ないのにな。
だから私はあの時、あの事件が起こったとき、マスコミや警察じゃぁ証言が食い違っている、どいつが嘘の証言をしているんだなんて騒ぎ立てたがね、で、あんたがその矢面に立たされたわけだがー私は複数の「事実」が出てきてしまった、しょうがねぇよな人間だもんなと思ったよ。

そういうとその男はふぅっと、とても重い荷物を肩から降ろしたときのような、深い深いため息をついた。僕は胸の奥で消化不良の感情がうごめいているのがわかり、彼に向かって叫び散らしたい衝動にかられたが、何も言わずに彼のことをじっと見ていた。
「あんたにとって、あの時の「真実」って何だったんだい?そういや直接あんたの話を聞いたことはなかった気がするがね。まぁ別に話したくもなかったのかもしれないがね。」
僕は守りに入っていた。自分の感情が噴出してくるのを抑えるので精一杯だった。ひざの上に置いた両手が小刻みに震えているのがわかった。
「あんたの」
「僕にとっての」
僕と彼の声が重なった。彼は僕が口を開いたことに少し驚いたようだった。僕は構わずに先を続けた。
「真実は、僕が彼女を殺してしまったということだけです。それはあの当時も今も変わっていません。」
もう限界だった。感情がもう僕の手の届かないところに行ってしまった。そいつはリードを解かれた猛犬のように僕の頭の中を猛スピードで走り出した。おまえが殺したんだおまえが殺したんだおまえが罪のない彼女を殺したんだ・・・
「うーん、そうかい。じゃぁそうなのかもしれねぇなぁ。私は別にあんたを嘘つき呼ばわりするつもりも、あんたの話をそのまま鵜呑みにするつもりもないがね、
ただあんたの中で「真実」ってやつがそういう実の結び方をしたっていうのは信じるつもりだよ。
ただね、これだけは言っておくよ。」
そこで彼は言葉を切ると、僕の顔を覗き込んだ。
「自分が間違っていたと知っても、何にも恥じ入ることはないぞ。あんたは精一杯やってきたんだから。」
猛犬は相変わらず僕の頭の中を滑走していた。彼の顔がのっぺらぼうであるかのように感じた。
この人も結局他の人と同じく、僕をただの嘘つきな狼少年だと思っているんだろうか?
「もうあんたは充分やってきたよ。それに充分苦しんだよ。あんたの年代のどの子よりも深く深く苦しんでるよ、あの時からずっとな。
自分が許せない気持ちもわかるよ、いや正確にはわかろうとしてるって言ったほうがいいのかな。でもな」
「そろそろ自分を許さないといけない時期なんだよ。彼女の事を忘れるなとは言わないが、
いつまでも死者の世界にばかり目を向けてちゃいかんよ。死のうと考える必要もない。周りの世界に目を向けないといけない時期なんだよ。
あんたがそうやって自分の殻に閉じこもっている間にもな、世界は動き続けているんだよ。
あんただってそろそろ生きることを楽しむことを自分に許すべきなんだ。
新しい彼女を見つけてきたっていいはずだし、また学校にいったっていいはずなんだよ。」
僕は自分の上唇がぷるぷると震えたのを感じた。
「どうやって自分を許せっていうんですか。僕は罰せられることもなくこうしてのうのうと生きている。
何事もなかったかのように毎日が過ぎてゆく。
僕の話は全くのでたらめで、僕は人殺しなんかしていないと周りの人々は言う。3年も経ったんだから彼女のことは忘れろと言う。
忘れられるわけなんかないじゃないですか。
僕は彼女を刺し殺したというのに。」


2004/12/23(Thu)01:15:26 公開 / 村上優
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■作者からのメッセージ
少年はなぜ彼女を殺したと嘘をついたのか。

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