『黒雨渚の大仕事』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:金森弥太郎
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――カチャッ、ブイ―ン
俺はコーヒーを片手に、パソコンのメールを確認した。
すると、「一通の新しいメールがあります」と表示がでた。
――カチッ
俺はそのメールを確かめてみた。
宛先人は、「グレコフィッチ」
内容は、こう書かれていた。
――To Fivesevene
君に仕事を頼みたい。
報酬は、三百万ドル。
任務は、要人の保護。
――From grecofiti
俺には二つの顔がある。
一つは私立大学生黒雨渚、そしてもう一つは何でも屋「ファイブセブン」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、本当にそんな豪華なホテルに行ってもいいの?」
「ああ。でも、少しだけ俺は席をはずすけどな」
幼なじみで、同じ大学に通う友達である花枝は、オブザーバーとしてついてきた。
本来俺のように危ない仕事に、花枝を巻き込むべきではない。
だが、今回の仕事だけは、花枝の協力が必要だった。
というのも、……
「こんにちは、ミスター。こちらは?」
「この子は、私の友達の花枝です。あなたのお話し相手にと思いまして」
目の前にいる俺と同い年ぐらいの少女が、今回の任務で保護する相手だ。
髪の色は金髪で、白い肌と美しい顔立ちが高貴な雰囲気を放っていた。
だが、仕事のことを知らない花枝はよろしくねと言って友達のように握手をした。
「では、私はあなたの御父上に面会をしてまいります」
花枝はえーっと非難するような顔をしながら、こちらを見つめてきた。
俺はそれをあえて無視して、今回の依頼主「グレコフィッチ」に会いに行った。
――コンコン
「グレコフィッチ様、ファイブセブンです」
ギィーと重たい扉が開く音がして、俺は中にまぬかれた。
中にいるのは、執事一名とボディーガード三名。
それと、今回の依頼主「グレコフィッチ」だった。
「ようこそ、ファイブセブン。私が、グレコフィッチだ」
金髪の若々しい男は、そう言いながら俺に会釈をした。
俺も会釈を返すと、グレコフィッチが笑いながら言った。
「建前はさておき、昼食にしようか。私もお腹がすいたのでね」
そう言うと、執事はグレコフィッチをとがめるように言った。
「若様、その様な口の振舞い方はお止めください」
「ははは。相変わらずだな、爺も。私だってまだ若い、若者らしく振舞いたいだけだ」
「若様!」
グレコフィッチは執事を無視するように、俺の元へとやってきた。
そして、俺を宴会場へと招いてくれた。
見たこともない豪華な食事に、俺の食欲は一気に減退した。
というのも、俺が食べなれた中で最高に高いものは、花枝の手作り料理だからだ。
隣にいる花枝は、とても嬉しそうにお上品に食べていた。
俺は、花枝に内緒話をするようにささやいた。
「マナー気をつけてるのか? あんまり気にしなくても」
「いいの。私だって、あんな子に負けないんだから」
……なにやら、花枝は究極的な勘違いをしているらしい。
けど、それを指摘するのは、蛇足になりかねないので言わなかった。
「ミスター、何かお悩みでも?」
「いえ、何もございません。それより、マドモワゼル。どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
俺が改まって聞くと、グレコフィッチは馬鹿笑いしながら言った。
「ははは、ファイブセブン。もっと平たく話し合いたいな、私は」
その言葉に当然ながら執事がいちゃもんをつけ始める。
「若様、なんとはしたないことを!」
すると、グレコフィッチは執事を指さしながら言った。
「この爺はな、私でさえうるさいと思っているぐらいだ。ハハハ」
「わ、若様! なんてことを!」
「娘のことは、メルーと呼んでくれ。そして、私はコードネームで構わない」
執事は、失礼いたします、と言うと、怒りながら外に出て行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら、グレコフィッチはまた馬鹿笑いをしていた。
そんな父親の姿をメルーは、微笑みながら見つめていた。
食事が終り、俺たちは与えられた部屋に待機することになった。
「ふぅ……、お腹いっぱい。もう動けない……」
花枝はベッドに横になりながら、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
俺は早速仕事開始だと思い、そんな花枝を背に地図を点検した。
敵の潜入ルートは、赤い水性ペンでアンダーライン。
敵迎撃ルートは、青い水性ペンでアンダーライン。
そして、逃走ルートは、緑のアンダーラインをそれぞれ引いた。
「花枝、ちょっと出かけてくる」
「うん、分かった。待ってるね」
俺はルートをたしかめに外に出た。
この高級ホテルは、一階がバルコニーになっている。
強硬手段に出てきた時、おそらく敵の侵入ルートはここだろう。
だが、潜入手段で来た時は……。
俺はそれを確かめるために、屋上へと昇っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よう、ファイブセブン!」
屋上には、黒いサングラスをした若い男が立っていた。
「な、なんで、あんたがここに? まさか襲撃者か?」
男の名前は知らないが、コードネームは知っている。
コードネームは、「ブラックレイン」。
こいつには、一度目の前でターゲットを奪われたことが会った。
もしブラックレインが、今回の襲撃一味ならば願ってもないチャンスだ。
これがまさに腐れ縁と言うやつかもしれない。
だが、ブラックレインは笑いながら言った。
「襲撃? 残念だが、俺は友人に会いに来ただけだ。それに襲撃犯なら、もう君を撃ってるよ」
「それもそうだな。ところで、友人って誰だ?」
「グレンフォート大統領閣下だ。コードネームは、『グレコフィッチ』。それじゃあ、またな」
そう言い捨てると、ブラックレインはそのまま立ち去っていった。
グレンフォート大統領閣下?
ということは、あの人が現役ロシア大統領なのか?
だが、写真でみた限りでは別人だったような気が……。
何度思い出しても、グレコフィッチとグレンフォートがつながらなかった。
ただグレンフォートと聞いて、一つだけ分かったことがあった。
それは、今回の敵には対外諜報部の影があるということだった。
グレンフォート大統領は、ロシアでは「稀代の天才大統領」と言われている人物だ。
だが、グレンフォート大統領はなにかと対外諜報部に恨まれていた。
その理由は、軍備縮小路線による平和維持を政策方針に打ち立てたからだ。
「軍備が巨大な限り、平和は訪れない」
これが、グレンフォートの政治方針だった。
花枝を危険な目にあわせたくはない。
そう思った俺は、急いで部屋に戻っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「花枝、話があるんだ。もうここから、帰ろうぜ」
「え? なんで?」
いまいち事情が飲み込めないと言う顔で、花枝は俺を見つめてきた。
ここでKGBが出てくる云々と言ったら、きっと花枝は笑い流すだけだ。
それに自らの正体を明かすことになってしまう。
……そうだ、こういう理由しかない。
「悪い。俺、花枝に返すべき物を家に置きっぱなしだったんだ」
「そんなのあった?」
……ないな、そんなものはない。
だけど、いち早く帰さなければ、花枝の命が……。
「あるよ。ほら、一年前に借りたCDの、えーと……」
「……ねぇ、なにかあったの?」
やばい、何か隠していることを察しがついてしまったか……。
俺はとっさに花枝の視線から顔をそむけた。
「そっか……、私に話せないことなんだ……」
泣きそうな表情をしながら、うつむく花枝。
俺は仕方なく、人生最大の勝負に出ることにした。
「花枝、それなら聞いて欲しい。俺の本職を知っているか?」
花枝はうつむいたまま首を横に振った。
「俺の本職は、ス……」
――ズガォ―ン、パパパ、パパパ!
「くそっ……、まだ昼間だと言うのに!」
花枝は不安そうな顔で聞いてきた。
「この音……何?」
「誰かがアクション映画の撮影をはじめたんだよ!」
俺はとっさの嘘をついて、メルーの部屋目がけて走っていった。
――ドン、ドン、バタン!
俺はメルーの部屋の扉を蹴破り、部屋の中へと転がり込んだ。
「メルー、逃げろ! って、そこに!」
――パリ―ン!
俺の銃弾は、窓ガラスを突き破りロープ伝いに降りてきた敵の額を貫いた。
そして、そのままメルーの手を引っ張ると、花枝のいる部屋に押し入れた。
――パパパ、パパパ……
遠くでマシンガンによる銃撃戦が繰り広げられているらしい。
「この部屋からは離れられないし、どうしたらいいんだ?」
「俺が守ってやるよ。安心しな」
俺の自問に答えたのは、以外にもブラックレインだった。
俺はブラックレインの目を見つめながら言った。
「ブラックレイン、お前は本当に味方なんだな?」
「……ふぅ。戦場で疑心暗鬼になるとは、まだまだ子供だね」
その言葉で、俺はなぜかこいつは味方だと確信できた。
「……任せた。もしも二人を傷つけたりしたら、殺すだけではすまないぜ」
「カッコいいこと言ってないで、さっさと行けよ」
ブラックレインは俺をしっしと手で払うと、部屋の中へ入っていった。
俺は信じることに決め、グレコフィッチを救いに行くことにした。
――ガォ―ン
遠くのほうでマシンガンとは別の銃声が聞こえた。
俺はその銃声を聞き分け、敵兵を右に左に蹴散らしながら進んでいった。
「グレンフォート、男らしく出てきやがれ! じゃないと、この部屋ごとぶち抜くぜ!」
ミニガンを装備した大男が、俺を背にして部屋をのぞいていた。
俺は気配を殺し、一瞬の隙を突いて大男の額をつらぬいた。
そして、ミニガンを奪い取ると、こちらに来る敵兵にありったけばら撒いてやった。
――グォ―ン、ガガガガガガ!
次々と散っていく敵兵の命。
それを見ていると、あらためてミニガンの恐怖を実感させられる。
俺はあらかた片付けると、手が痺れたまま大統領がいる部屋へと入っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「グレコフィッチ、大丈夫か?」
グレコフィッチは、ふーっとため息をつきながらこちらへやってきた。
「ああ、なんとかな。君の師匠さんがいなかったら、どうなることかと思ったよ」
「し、師匠がここへ?」
グレコフィッチは、ぽかんとした顔をしながら言った。
「ふふ。いや、こいつはまいったな。会わなかったのかい、師匠さんと?」
「ああ、ブラックレイン以外には」
グレコフィッチは小さく微笑みながら言った。
「ブラックレイン……、あれが君の師匠さんだよ。そして、私の友達さ」
「し、師匠は、本当は男だったのか!?」
――パシコーン!
いきなり後ろからハリセンを食らい、俺は頭を押さえて抱え込んでしまった。
「誰が男なのよ、失礼ねぇ。それよりも、今の人たちどうやらシロみたいよ」
師匠の言葉に、グレコフィッチの顔が暗くなる。
そして、泣きそうな顔をしながら俺たちに言った。
「頼む! どうか、私たちが帰国する前にこの事態を何とかしてくれ! 報酬」
「報酬は、三百万ドルで充分ですわ。あなたと私の仲ですからね」
そう言いながら、師匠はグレコフィッチの涙をハンカチで拭いた。
その姿を見て、俺は大統領という立場の辛さをわずかながら理解したような気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの日以来、花枝との関係が日増しに悪くなっている。
俺はこの事態を何とかすることが、今一番の仕事だった。
「なぁ、宮たん……」
ぷいっとそっぽを向き、花枝はふーんと口を膨らませた。
「あのさ、……怒ってる?」
「怒ってなんかないよ! でもね……、ううん、何でもない」
俺は少し怒るような口調で言ってしまった。
「悪かったよ、あの時は! けど、それは花枝のことを考えて!」
「……考えてくれるのは、嬉しいよ。でも、私はそれじゃだめなの」
花枝は悲しそうな顔をしながら言葉を続けた。
「渚の仕事なんて、私は知らないよ。でもね、あの時本当のことを……」
花枝は流れ落ちる涙を手の甲で拭きながら言った。
「本当のことを言って欲しかったの。そして、頼って欲しかったの!」
俺の胸板をぽかぽかと叩きながら、俺に泣きついてくる花枝。
頼って欲しい……、俺はその言葉が胸に痛く突き刺さった。
花枝を巻き込んではいけない、花枝を傷つけたくない。
そう考えて、俺は花枝を守ってきた。
けど、本当は違った。
花枝は、俺に頼って欲しかったんだ……。
「ごめん、俺自分の気持ちを花枝に押しつけてしまった。
花枝を傷つけたくない、そう思う心を押しつけていたんだ。
でも、花枝に戦えるのか? 人を撃てるのか?
それができなけば、俺の手伝いを花枝には」
花枝は俺をにらみつけ、大きな声で言った。
「私も戦える! だって、私には私の戦い方があるもの!」
今なら自分に素直になれる、そう俺は感じた。
「花枝……、ありがとう」
俺はそっと花枝を抱きしめた。
「え? ちょ、ちょっと……」
動揺している花枝の唇にそっと自分の唇を重ね合わせた。
俺はそっと瞳を閉じ、花枝を優しく抱きしめた。
花枝は少し恥ずかしそうに言った。
「もう……いつもいきなりなんだから……」
夕日が俺たちを優しく包み込むように、照り輝いていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で、ここをこうすれば……。ほら、できただろ?」
師匠は俺の話を聞いて、早速花枝に情報技術を教えている。
最初は師匠も反対すると思ったのだが、師匠は優しく微笑みながら花枝に言った。
「愛する人のために何かをしてあげたいと思うのは良いことさ」
その時俺は久々に師匠の笑顔をみたような気がした。
今、俺は自分のお気に入りであるFNファイブセブンをカスタマしている。
「なぁ、なんで俺の基地にグレコフィッチとルミ―がいるんだ? それに執事まで」
「な、なんと失礼な! 私だって、若様をこのような家には」
グレコフィッチがにらみつけると、執事は黙り込んでしまった。
やはりいくら教育係とは言え、権力には勝てないらしい。
「まぁ、いいじゃないか。皆でわいわい楽しくやりましょうよ」
グレコフィッチは、にこにこ顔で言った。
たしかにここは広い場所だ、なにせ倉庫なんだから。
なぜ倉庫にいるかと言えば、ある船を監視するためだ。
――グロリス号
豪華客船にしては、こんな所に泊まっているという違和感溢れる船だ。
俺はこの船に目をつけた。
……おそらく黒幕は、あの船の中にいる。
俺はそう考えて、自分の秘密基地である倉庫へとやってきた。
そこへ突然、当然のような顔をしてグレコフィッチがやってきたわけだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ご飯できたよ、お父様」
にこにこ顔でメルーが、夕飯を持ってきた。
今日の夕飯は、ボルシチだ。
……にしても、四日続けてロシア料理かよ。
メルーやグレコフィッチ、執事、花枝は美味しそうに食べている。
が、師匠は俺のとなりで酒ばかり飲んでいた。
メルーが不安そうに聞く。
「あの、ブラックレインさん。もしかして、私の料理飽きてしまいました?」
「うーん、私ロシア料理苦手なんだ。というのも」
ビッとグレコフィッチを指差すと、ギロリとにらみつける師匠。
その視線で何かを思い出したか、グレコフィッチは焦りだした。
執事は、ゴホンッとかるく空咳をした。
「ごめんな、メルー。というわけで、理由は君のお父様に聞いてくれ」
「お父様、何かあられたのですか?」
グレコフィッチは、急に酔っ払ったふりをしながら言った。
「だめだ、父さんは酔っ払っていて思い出せない……。なんだ」
――ギロリ!
「あ、そうそう……。実は、私がまずいロシア料理を……。えーと」
――ギロリ!
「食べさせてしまったんだよ、友達同士のパーティーで」
うんうん、とうなずく師匠。
うなずきながらも、グレコフィッチにもっと言うように催促している。
「それで、皆食中毒にかかって……。というわけだ」
「そうそう、あの時以来ロシア料理は苦手になってしまったと言うわけさ」
そう言いながら、俺の首にさりげなく手を回してくる師匠。
もう絡み酒モードに突入しかけているらしい。
俺は当然のごとくしっしとその手を払った。
……そう濡れた目で俺を見るな、師匠
俺が視線をそらすと、師匠は俺の前に顔を突き出してきた。
……傍目から見ればキスをしているように見えるだろ、師匠!
思ったとおり、花枝がそれを見て暴走をはじめた。
「な、な、な、何やってるんですか! そ、そんな関係だったなんて!」
「んー、どんな関係?」
「ど、どんな関係って、あなたと渚が!」
師匠はクスッと小さく笑うと、ケロリとした顔で言った。
「単なるスキンシップですわ、花枝さん」
カーッと顔が赤くなっていくのを見ながら、師匠はクスッと笑った。
それを聞いて、グレコフィッチは笑いながら言った。
「こりゃ、レインに一本、ってやつだな! ハハハハハ」
みんなの視線がやたらと冷えているのを感じたのか、グレコフィッチは軽く咳払いをした。
「それよりもだ。この後どうするのだ、主犯すら分からないんだろ?」
「主犯なら、もう花枝さんが目星をつけてますわ」
ちょいちょいと何かを持ってくるような仕草をする師匠。
すくっと立ち上がると、数枚の紙を持ってきた。
「これが、犯人のリストだと思います」
無名な男たちの中に、有名な男たちの名前が刻まれていた。
――バウンテッド大尉、グロイフマン中佐、バーリング中佐、それに……。
「なんだと! 副大統領が?」
そう、リストの中には副大統領シュレイトーゼ・カミンスキーの名前があった。
そして、さらに驚愕のニュースが流れていた。
――今日の二時頃、赤坂の大都ホテルでロシア大統領が何者かに暗殺されました。
副大統領と電話でつながっております。では、副大統領よろしくお願いします。
副大統領、何かコメントをお願いします。
「亡くなった大統領閣下にお悔やみを申し上げます」
――今後の予定は?
「臨時政権ということで、私が臨時大統領に就任させていただきます」
――ありがとうございました。以上赤坂からの電話でした。
――ガン!
「くそ、はめられたか……。カミンスキーのやつめ!」
グレコフィッチは怒りの表情をあらわにし、カミンスキーを罵倒しはじめた。
俺はニュースを見て、ふと思ったことがあった。
「なぁ、宮たん。今の電話に東京から赤坂でつながったよな?」
「うん。ということは、……」
「カミンスキー達が、東京に泊まっていると言うことか……」
グレコフィッチは安堵のため息を漏らすとともに、拳を作りながら言った。
「よし、カミンスキー達を一斉に逮捕してもらおう」
「馬鹿だな、相変わらず。日本の警察も今となってはな。」
「なぜだ? なぜ、私の味方じゃないんだ!」
「考えてもみな。死亡が確認されたと言っただろ? 相手にされるかな?」
師匠はビールを片手に、グレコフィッチに冷静に対応した。
ガクッとグレコフィッチは、腰を落としてしまった。
そんなグレコフィッチを見ながら、メルーが言った。
「でも、私はこれでいいのだと思います」
「なんだって?」
グレコフィッチは、メルーの肩を力強くつかみながら怒鳴った。
「どうしていいんだ? 答えろ!」
「大統領のお父様は、いつも辛そうでしたから。
副大統領が理解してくれない、副大統領は何を考えている。
そう愚痴をこぼしているのを、私は知っていました。
そして、ファイブセブンさんたちとの会食やこの頃のお父様は楽しそうです。
だから、早く辞めて、自由になって普通の人として暮らして欲しいと思いました。
そうしたら、このニュースが流れてきたのです。
お父様、どうかこのままで」
「駄目だ」
メルーは俺をにらむと、鋭い口調で言った。
「どうしてですか? どうして自由を望んではいけないんですか?」
「命を駒に使うような彼らには、大統領は向かない。だろ、大統領?」
グレコフィッチは俺の言葉にうなずき、メルーに諭すように言った。
「メルー、ありがとう。君の気持ちは良く分かったよ。
でもね、誰かが平和の道を作らなければ、平和は永遠に作れない。
違うかな?」
「だからって、お父様が!」
「メルーのお母さんは、戦争で死んだんだよ。
国境付近の友達の家に遊びに行ったときに、ロシア軍の爆撃にあったんだ。
紛争の歴史、それは私たちみたいに悲しみの連鎖が起しているんだ。
だからね、この悲しみを知る私が鎖を断ち切らないといけないんだよ」
メルーはうっすらと涙を浮かべ、それをグレコフィッチが指でそっとなぞる。
その様子を見ながら、執事は大泣きをはじめてしまった。
倉庫の中で悲しみの渦が広まっていく。
それを破ったのは、師匠だった。
師匠は哀れみを向けるような視線で、腕を組みながら言った。
「今やることは、このお馬鹿さんたちを闇に沈めてあげることですわね」
「ああ、そうだな。花枝、最後までついて来るか?」
花枝は今まで見たこともないほど嬉しそうな笑顔で言った。
「うん、渚は私がいないと駄目だもんね」
「それじゃあ、行こうぜ。グレコフィッチさん」
「ああ、これで最後だ。私が戦争をするのは」
そう言って、グレコフィッチはワルサーPPKを手にとった。
そして、俺たちは敵が潜んでいると思われるグロリス号へと潜入した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――ボー
時たま鳴り響く汽笛の声が、なにやら懐かしい雰囲気を醸し出している。
その汽笛の元で、俺は一人のボーイを気絶させた。
そして、ボーイの所持品をチェックする。
「身分証明……、やはりな」
「え? 何?」
「KGBの親父さんたちが、どうやら黒幕ってことさ」
俺は花枝からの指令を受けるために、イヤホンをつけた。
黒い防弾スーツに、土色のフードを着込み、背中には小型バックパックをつけた。
銃は、相棒ともいえるFNファイブセブン。
ジャケットのサブポケットに予備の銃弾を入れ、バックパックには時限爆破装置を入れておいた。
慎重に時限爆破装置をセットし、客室付近まで潜入していった。
下には三十名近くのKGB諜報部員が、艦内の見回りをしていた。
俺はそっと静かに天井から下り、その勢いでガードマンのこめかみを蹴りつけた。
気絶したガードマンを壁の隅に押し込んでから、先へ先へと音を立てずに進入していった。
だが、ついにばれてしまった。
「おい、小僧。俺が相手をしてやるぜ!」
――ガォ―ン!
後ろを振り返った瞬間、男の銃弾が体の横をすれすれに通っていった。
撃った男は、リストに載っていた男、バウンテッド大尉だ。
持っている銃は、コルト・ガバメント。
くそ、隠れ場もなしか……。
俺はとっさにある作戦を考えた。
「なぁ、バウンテッドさん。靴紐って、ほどけやすくて嫌だよな?」
「はぁ、何言ってやがる? ゴヒュッ」
靴紐をいじる真似をして、即座にナイフをバウンテッドののどにくれてやった。
――ガォ―ン!
倒れていく瞬間、最後の意識を振り絞って撃たれた銃弾は俺の右足を掠めた。
血が少しずつ流れていく。
そして、二度の銃声を聞きつけた連中が、こちらへと向かってきた。
「そっちだ、そっちで銃声がしたぞ!」
俺はとっさに手榴弾を投げた。
――ボカーン! パリパリパリパリ!
部屋の扉が爆風によって、開かれた。
俺は転げ込むように中に入ると、五つの人影目がけて次々と撃ち込んだ。
そして、少し休んでから俺は師匠に通信を入れた。
「師匠、悪い。撃たれちまった」
「了解。後は任せておけ!」
師匠との通信が切れた途端、凄まじい轟音が船内に響き渡った。
――パシュルルルルル、ズドカーン!
師匠がスティンガーを船に向けて発射したのだ。
船の中から、あわただしい声が聞こえてくる。
「引火したぞ、消火活動急げ!」
俺は騒ぎに乗じて、ゆっくりとターゲットの居る部屋へと向かっていった。
――パパパ、パパパパ
マシンガンによる戦闘が、どこかで開始されているらしい。
俺は足の痛みから次第に気が薄れかけていく。
「見つけたぞ、この」
――パシュッ! ドゥ!
「悪いな、今雑魚に構っている暇はないんだ」
イヤホンから、泣きそうな声が聞こえてくる。
「大丈夫、渚」
「ああ、必ず映画みたいに帰ってくるから。それまで、待っててくれ」
俺は返事を聞かずに、イヤホンのスイッチを切った。
……花枝、俺は必ず生きて帰るから。
そう心の中でつぶやいてから、俺はターゲットが居るらしき部屋へと入った。
中では銃口をこちらに向けながら、カミンスキーがふんぞり返っていた。
「ああ、君か。あの男が頼んだ、エージェント君とは」
そして、突如俺の体は大男によって固められてしまった。
にやりと勝ち誇ったように笑うと、カミンスキーは銃を撃った。
肩から血が噴出す痛みに耐えながら、俺は反撃のチャンスをうかがった。
「どうした? 恐くて、声も出ないのかい?」
右足の傷口に弾を掠めるカミンスキーの目には、暴力の灯火がうずめいていた。
「そうだ。冥土への手土産に、いい話を聞かせてあげよう。
私はねあの大統領様が嫌いだったんだよ、初めから。
私は戦争屋の家族に生まれた男だ。
軍備縮小政策で潰された会社は、他でもない。俺の会社なんだ!」
そう言うとカミンスキーは、俺の左足を狙いながら舌なめずりをした。
……ちっ、とんだ変態に会ってしまったものだ。
俺は頭の中で、少し後悔の念を抱いた。
「あいつはな、俺の意見を聞いてくれたよ。
だけどね、結局のところこう言うんだ。
軍備が巨大な限り、平和は訪れないってなー!」
――バンッ!
「くぅ……」
「ハハハ、良い様だ。嫌っていた銃によって、死んだんだからな!」
カミンスキーはワイングラスを片手に持つと、冷徹な笑みをこぼした。
「エージェントだよな、君も。分かるだろ、俺の気持ちが?」
「分からねぇな、そんな気持ち」
――パリ―ン!
カミンスキーがグラスを手から落とし、俺の傷口を踏み捻ってきた。
「なんだと、貴様! 美徳ばかり言ってんじゃねぇ!」
「ぐはっ……」
「なぁ、素直に言えよ。殺すのが好きだとよー。言えば、助けてやってもいいんだぜ? 同士としてな!」
「断る……、俺は平和のほうが好きだかな」
「そうか……、おいこいつを放してやれ! 銃殺刑だ、それぐらいはしてやらんとな」
大男の手が離れ、カミンスキーの銃が倒れこんだ俺の視界に飛び込んできた。
すまねぇ、花枝。俺は、……ってあきらめるられかっよ!
俺は最後の力を振り絞り、カミンスキーのあごを蹴り飛ばした。
「ぐふぉっ……」
カミンスキーの体が、ゆらりとゆれる。
そのすきをついて、カミンスキーに俺の後ろに向かって引き金を引かせた。
――バンッ! ドサ!
大男は銃弾を胸部に受け、そのまま倒れこんだ。
カミンスキーが俺に反撃の頭突きをした。
「くっ……」
「ふふふふ、ハハハハハ! 結局俺が勝つんだよ!」
「それは、どうかな? カミンスキー君」
――バンッ! バンッ!
「ぐふぉっ……、き、きさま、死んだはずでは……」
「ああ、死んだよ。君が知っているグレンフォートはね」
「な、何?」
――バンッ!
三発目はカミンスキーの額を貫き、カミンスキーは魂の抜け殻となった。
その姿を見ながら、グレゴフィッチは静かに言った。
「さようなら、若き日の友人よ。安らかに眠るがいい」
そして、俺の方に振り返ると手を優しく差し伸べてくれた。
「ありがとう。ところで、立てるかい?」
「ああ。なんとかな」
「それじゃあ、一緒に帰るとするか。肩を組み合って歩く酔っ払いサラリーマンのように」
……最後までギャグを言うか。物好きな人だな。
俺は少しため息をついた。
次第に眠気が襲ってくる。
傷口の痛みが、すべて眠気に吸い込まれていくようだ。
……眠い、ここで眠れば楽になれるのかな。
次第に瞳が閉じていき、俺は力なくグレゴフィッチにもたれかかった。
……お休み、花枝。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「う、うーん……。あれ、ここどこ?」
俺が目覚めると、想像していた天国とは違う場所に来ていた。
銃があちらこちらに散乱し、……!
「うわっ! な、なんで、天国に花枝が!」
――パシコーン!
「なんでここが天国なのよ! ……もう、心配したんだからね」
泣きそうになりながら、こちらを見つめてくる花枝。
俺は花枝をなでながら言った。
「看病してくれたのか?」
花枝は嬉しそうに微笑みながら明るい声で言った。
「だから言ったでしょ? 私には、私の戦い方があるってね」
――ニュースをお伝えします。今朝グレンフォート大統領が無事発見されました。
グレンフォート大統領のインタビューです。
「皆様、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
私は襲撃から数日間の内に、ある日本の青年たちから多くのことを学びました。
そして、娘であるメイリアとも腹を割ってはなしあうことができました。
これもこの日本という平和を愛する人々が住む国のおかげです。
本当にありがとうございました」
――大統領、今後のご予定は?
「私はもう一度初めからやり直します。
大統領として、父親として、再スタートをきっていくつもりです。
それでいいかな、メイリア?」
メイリアは屈託のない笑みを浮かべながら言った。
「うん、お父様。私もお父様みたいになれるよう、がんばります!」
その言葉を聞いて、グレンフィールドは涙を流しながら娘の頭を優しくなでた。
――以上、成田空港からお伝えしました。
花枝は優しく微笑みながら言った。
「良かったね、メルーちゃんとグレゴフィッチさん」
「ああ。これから幸せになっていくと良いな」
そう言いながら、俺の頭の中には少し気がかりなことがあった。
それは、……
「ところで、師匠は? 師匠は、どこかへ行ったのか?」
「ん? いるよ」
師匠はさも当然のごとく、寝そべりながら酒を飲んでいた。
「そ、その酒って、まさか!」
「ん、これ? グレンフィールドからのプレゼントだ。飲むか?」
花枝がこの短い間で三度目の暴走をした。
「の、呑ましません! 口をつけたんでしょ、ビンに!」
「そっか……。なら、私が全部貰っちゃおっと」
――ゴクゴクゴクゴク……
俺はそののみっぷりを見て危険を感じ、逃げることにした。
外へ出ると、少し涼しい夏風が吹いてきた。
「うわぁ、きれい。今度は、一緒に泳ぎに来ようね!」
……そうだな、いつか一緒に泳ぎに行くか
花枝の満面の笑顔を見ながら、そう思う俺であった。
今回の反省、色々とありすぎて書けないな……。
デイズゼロ:「黒雨渚の大仕事」(終)
2004/12/22(Wed)01:05:18 公開 /
金森弥太郎
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■作者からのメッセージ
渚と師匠の対決を描くために、自分の中では「月衛」以降タブーにしようと思っていた長編にチャレンジしてみました。いかがでしょうか?(と言いつつ、実は感想が恐いです……)
ついでに、長すぎてごめんなさい。
作品の感想については、
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