『黒雨渚のお仕事日記』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:金森弥太郎
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デイズワン:「クリスマスのサービス料金は頂きません」
――メリークリスマス
どこもかしこもクリスマスを祝う軽快な音楽に包まれる街中。
こんな日に、なぜ俺は大学のゼミに出なくてはならないのだろうか?
俺は流行の曲を聞きながら、都営新宿線に乗っていつものように大学に向かっている。
退屈さと昨日の疲れから、思わず大きなあくびが出てしまった。
あ、そうそう俺の仕事ね?
俺の仕事は、イレイザー&エージェント。
まぁ、俗に言う「何でも屋」ってやつだ。
もちろんサークルは未所属のまま。
俗に言う彼女というやつも、女友達を除けばゼロ。
そんな毎日を楽しいものにしてくれるのが、この仕事「何でも屋」だ。
都営新宿線を下車し、徒歩五分。
俺は、私立海際大学についた。
「……であるからにして、……なわけだ」
俺はため息をつきながら、漫画イラストを落書きしていた。
銃を持った少女の絵、よくありがちなキャラクターだ。
講義をしている声が、一瞬止まった。
……あ、やべ
俺は書きかけの少女の絵をつぶさないように、板書を書き写した。
前で講義をしている眼鏡の教授は、再び何事もなかったかのように再開した。
……ふー、セーフ! やばかったぜ!
俺は再び少女の絵を書きはじめた。
チャイムの音が鳴り、講義は終了した。
「もう、渚ってば!」
「どうした、宮たん? ノートを貸してくれるのか?」
「どうしてそうなんのよ……」
はぁ、とため息をつくこの少女の名前は、宮田花枝。
幼なじみだが、俺の仕事が何たるかをまったく理解していない天然系の少女だ。
そんな二人で駅前を歩いていると、なんだか場違いな気がしてしまう。
ど派手に彩られたクリスマスイルミネーションのせいだろう。
「これで粉雪が降ってきたら、ホワイトクリスマスなのにね」
目を輝かせながら言う花枝に対し、俺はため息まじりに言った。
「まぁな……。ま、きれいだよな」
花枝は自分の財布を出すと、俺に注文してきた。
「何でも屋さんに注文。雪を降らしてください」
スパーン!
俺はもっていたビラを丸め、はりせんのごとく花枝の頭をたたいた。
花枝はてへへと笑うと、また空を見上げた。
俺は空を見上げながら、今日の仕事について考えていた。
今日の仕事は、合谷株式会社社長の狙撃……。
俺は、この日のためにUSSRドラグノフを用意した。
ソ連製の銃で、前年度にフラガのオヤジから譲り受けた物だ。
もともとは、潜入工作派なのでFNファイブセブンがお気に入りだ。
だが、狙撃が任務なのでこちらを選んだ。
慎重に神経を研ぎ澄ませ、トリガーに指をかける。
勝負は一発……。
肉眼だけで、狙いを補正した。
緊張のために高まっていく鼓動を沈めながら、深く息を吐く。
――パシュ……
サイレンサーからわずかな音が漏れると同時に、ターゲットは力なく崩れ落ちた。
確認のために望遠鏡をのぞくと、社長室に次第に人が集まりだしてきた。
俺は報酬を口座に振り込ませ、部屋の中で紅茶を飲みながらほっと一息ついた。
また今年も独り身のクリスマスか。
俺は特にすることもなかったので、今日の仕事について反省をはじめた。
そういや昔誰かが、銃を使うと人はその銃に取り込まれてしまう、とか言ってたな。
まさに、その通りだな。
この仕事は、やめられねぇ。
そうあらためて思う、今年のクリスマスであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
デイズツー:「新年大花火大会、お師匠様の悪酔いに注意」
今回の任務は、「新年大花火大会」。
洒落た名前だが、結局のところ単なる潜入工作だったりする。
今、俺はFNファイブセブンのカスタマをやっている。
――トゥルトゥルル、トゥルトゥトゥトゥトゥー
しばらくして、俺の着メロ「ゲットナイン」が鳴り出した。
「はい、こちらファイブセブン」
「あれ? かけ間違えたのかな?」
電話から、花枝の声がした。
やべっ……、コードネームを言っちまった。
とっさに俺は、こう付け加えた。
「を吸っているところなんだけど。どうした?」
「あ、煙草吸ってるの? あれ、そんな煙草あったっけ?」
うっ……、無いです、そんな煙草ありません。
俺は、急いで話をはぐらかした。
「そ、それより、なんか用事あるんだろ?」
「あのね……、一緒に初詣行かない?」
「うーん、そうだな。正午に待ち合わせならいいぜ」
ブーイングの声が、電話を通して聞こえてくる。
俺は携帯をいったん耳から離し、大音量状態で放置した。
「……。ねぇ、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。で、どうする? やめるのか、それともいくのか?」
「うーん、やっぱり行きたいな。一緒に行こう」
「ごめんな、宮たん。無理にあわせたりして」
そう俺が下手に出て謝ると、電話越しからむちゃくちゃな注文が飛び込んできた。
「うん、いいよ。だから、鰻は特上。もちろんおごり」
「こちらでは、出前を承っておりません。他のお店に、ご注文ください」
ピッ!
俺はマシンボイスみたく言うと、そのまま電話を問答無用できった。
思わず苦笑いしたくなる。
「初詣」=「鰻」という理論は、花枝らしくはあるわな。
だけど、……それって「花より団子」よりも意味無いんじゃないか?
俺は、「新年花火大会」のイベント会場に到着した。
イベント会場は、クローブ大使館。
アフリカの小国で、なんでも独裁政権が行われている国らしい。
そして、今夜ここにはその国の王ダブリがやってくると言うのだ。
今回のターゲットは、そのダブリ。
報酬は、日本円にして前金で二百万円。
まぁ、小国にしてはよく出してくれるものだと思う。
俺は、廃ビルから暗視フィルター付き高倍望遠鏡で状況をうかがった。
……、いるいる。
ざっと見回したところで、ボディーガード五人とドーベル四匹。
侵入ルートを裏側と見て、そこにさらに四人を投入か……。
警報装置機は……、赤外線系のものが数機ある。
この廃ビルにも四人潜んでいたことからみて、合計二十人程度かな……。
師匠が言うには、潜入には二タイプあるとのことだ。
一つは、強襲型陽動作戦。
もう一つは、本当の潜入作戦。
前者は仲間がいないときつい物があり、後者は経験が問われるものだ。
俺は、ワンマンアーミー。
当然後者のほうを選んだ。
息を潜め、一人ずつ闇夜に消し去っていった。
ドーベルに対しては、訓練されている気配があるので秘薬を使用する。
これは、訓練された犬ほど強い影響がある嗅覚刺激系のやつだ。
パラパラとばら撒いてから数分後、ドーベル達はやってきた。
そして、その匂いで天国に逝ってしまった。
俺は、混乱する飼い主たちに続けざまに五発の銃弾をくれてやった。
予想外に早く、シーンと静まり返る外交官邸。
罠か、それともこれだけしかいないのか?
俺は警報装置に気をつけながら、最大限の注意を払いながら邸内へと侵入した。
息を潜めながら、俺は屋敷の中の様子をさぐった。
「ドハハハハ、今宵は存分に楽しんでください」
「ハハハ、独裁というのはかくも楽しきものとは思いませんでしたよ」
うまい英語と下手な英語と入り混じって、楽しい宴会が開かれていた。
俺はしばらくその会話の主を確かめるべく、身を潜めていることにした。
「それにしても、頼りになるボディーガードを用意してくれて感謝する」
「ハハハ、元CIAの傭兵を揃えましたからな」
俺が闇夜にほおむった方々が、元CIA?
思わずぷっと吹き出したくなってしまうのをこらえながら、爆発装置を設置した。
「で、今宵の相手はいつくるのだ?」
「もう、用意してございます。ほら、入ってきなさい」
アメリカ人らしき男が、パンパンッと軽く手をたたくとカチャリと扉が開いた。
俺はよくありがちなパターンだなと思い、どんな人が来るのか下をのぞいてみた。
すると、美しいドレスを身にまとった和風の美女が入ってきた。
はぁ……、俺が出るまでもなかったか。
そう思うのは、この人物を知っているからだ。
コードネームは知らないが、顔をみればすぐに分かる。
なにしろ俺の師匠なんだから……。
師匠は何食わぬ顔でダブリの側に座り、身を寄せた。
俺は小さくため息をついてから、爆発装置をひとつひとつ設置していった。
「5,4,3,2,1……ゼロ!」
俺のかけ声と共に、建物全体から美しい花火が巻き起こった。
その建物から、何食わぬ顔でワイン片手にドレス姿の師匠が出てきた。
師匠は髪を手でかきあげると、俺に文句を言ってきた。
「ったく、ワイン一本じゃ寂しいわね。爆発させるの、早すぎ!」
そう言って師匠は、俺の首元に手をまわしてこようとする。
俺は思わずフッとその手を払ってしまった。
師匠は演技なのかなんなのかよく分からない、寂しそうな声で言った。
「つれないわね、久しぶりに会ったというのに」
「師匠、さすがに首は警戒するだろ? 師匠だって、殺し屋なんだからさ」
俺がそう言うと、師匠はクスッと笑って俺のほおを指で突っつきながら言った。
「うぶねぇ、あなた。ま、いいわ。どこかで、一緒にこれを飲みましょ」
「新年花火大会」は大成功……だが、その後の酒は失敗だった……。
今日の反省、師匠の悪酔いには注意すべし。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
デイズスリー:「義理チョコと仕事屋」
「はい、義理。これは、義理チョコだからね」
そう言って、俺に義理チョコを渡す花枝。
……、なぜそこまで義理という言葉を強調する?
「ありがとな。でも、二度も義理と言うか、普通?」
「だって……、義理だから」
そう言いながら、なぜか恥ずかしそうにうつむく花枝。
俺はもらった義理チョコをバックパックにしまうと、花枝とともに歩きはじめた。
二月、東京は最も寒い時期になる。
俺は体の冷えを防ぐために手袋をつけ、腰にカイロをつけている。
こんな時にもらえるチョコはありがたい。
チョコは糖分が多く原料がカカオなので、食べると体が温かくなるからだ。
コンビニに入ると俺は肉まんを二つ買い、花枝に一つを分けてやった。
花枝は嬉しそうにそれを食べると、満足したように微笑みながら言った。
「ね、来年度はどうするの?」
「学費は大晦日に全額分を儲けたから、もちろん行くぜ」
すると、花枝は小さくガッツポーズをした。
俺はときどき花枝のことが分からなくなる。
師匠が言うには、そういう男を「鈍臭男」と言うらしい……。
家に帰宅する頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
俺はPCを起動し、メールをチェックする。
すると、一通のメールが届いていた。
今回の仕事のコードネームは、「イレイザー」
ターゲットは、最近世の中で注目されるようになったジャーナリストだった。
このジャーナリストは、曾根川首相のスキャンダルを暴いた人物だ。
スキャンダルのニュースを聞いた俺は、この人を少なからず尊敬していた。
だが、いかなる時も依頼主に対して質問してはいけないというルールがある。
だから、俺は何も言わずにUSSRドラグノフのカスタマをはじめた。
寒気極まる屋外プール付き廃ビルの一室で、俺は静かにターゲットを観察した。
……、後ろから敵影か。
すぅっと俺はFNファイブセブンを出口の方に向ける。
そして気づかれないように、引き金を引いた。
――パシュッ……、ドゥ!
出口の方で、人が倒れる音がした。
俺は警戒しながら、その倒れこんだ人物を確認した。
手に持っている銃は、FNP90。
俺は奥に一人の気配を感じ、すぐさま一弾をくれてやった。
ドゥっと人が倒れる音がする。
……、なるほど。俺は、罠にはめられたってわけか。
俺はドラグノフをバックにしまい、それをかつぎあげるとFNP90をありがたく頂戴した。
――ドババババ
俺は階段を滑り降りると、立て続けに五発銃弾を打ち込んだ。
やはりFNP90と言うのは、頼もしい武器だと思う。
貫通性が優れ、もろい壁ならそれを通り越してまで相手に届くからだ。
俺はこの調子で急いで一階へと降りていこうとした。
だが、……
「おい、小僧! これで、終りだ!」
その声と共に、ガシャという重たい機械を持ち上げる音がする。
俺は危険を察し、とっさにバク宙で二階へと戻った。
――ギュオーン、ズガガガガガガ!
一階で待ち構えていた男は、容赦なく俺がいた所へ弾丸の嵐を浴びせた。
大男が持っていた銃は、“ミニガン”。
通称「無痛ガン」と呼ばれている、この上なく危ない持ち運び可能な重機砲だ。
一発でもあたったら死んでしまうし、そろそろ警察が来る頃か。
俺はとっさにそう判断し、カンを頼りに男の頭上へと回りこんだ。
大男はまるで勝ち誇ったように、俺に言った。
「おい、チキン野郎! 出てきやがれ!」
男の声はとてもありがたいものだ、なにしろそのおかげで……。
――ババババババ!
俺は男の頭上だと思われる範囲に、ありったけの銃弾をばら撒いた。
そして、そのまま二階からプール目がけてダイビングを強行した。
――ザブーン!
「うー、寒い……。ヘクション!」
花枝は俺の額に冷えピタを貼りながら、あきれたような口調で言った。
「もう、どこで泳いできたのよ、昨日?」
「無料のプールだよ……、ヘクション!」
はぁっとため息をつく花枝。
あの大男を銃弾の雨でしとめた後に、プールに飛び込んだ俺がどうかしていた。
考えてみればもう二月。
いくら氷がはっていなかったからとは言え、その水温は限りなく零度に近いはずだ。
そして、当然のごとく俺は風邪を引いてしまったのだ。
「私の義理チョコがそんなに嬉しかったの?」
「たしかに、うまいチョコだったけど……。というか、あれ手作りだろ?」
花枝はギクッと言う顔をしながら、俺から顔をそむけた。
再び逆ギレ口調で、風邪気味の俺をぽかぽかたたきながら言う花枝。
「ほ、本命のは、手作りなの! だから、渚にあげたの!」
「ありがとうな、宮たん。じゃ、そろそろ寝るぜ。お休み」
今回の反省、冬のプールに飛び込むな
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
デイズスリー(その後):「仕事屋の休日」
俺は休日になると、よくこの店に通っている。
店内に静かに流れるJAZZ、そしてウィスキーの香り。
ここのバーテンダーは、師匠の友達で情報屋などもやっている人だ。
俺は情報を手に入れるためにも、よくここを訪れていた。
「……渚、裏切られたらしいね」
俺はウィスキーグラスを片手に、静かにうなずいた。
バーテンは、静かに言った。
「それは、私のおごりだ……。復讐はしないの?」
「さぁ。したくなったらする、それだけだよ」
再び沈黙が流れ、静かに流れるJAZZが俺の心を慰めてくれる。
雇い主の裏切り、それは暗殺業界の宿命だ。
俺はふぅっとため息をつきながら、そっとグラスを傾けた。
――カラーン……
ロックがグラスの側面にあたり、小さな音を立てる。
この店の客は、あまり雑談をしたりはしない。
みなそれぞれの思いにふけりながら、ウィスキーを飲んでいくだけだ。
俺はウィスキーを飲み干すと静かに立ち上がり、バーテンに代金を渡した。
すると、バーテンは俺に包みをくれた。
「……渚、これをあげる」
俺が包みをそっと開けてみると、キャリコM950コンバットモデルが入っていた。
「バーテン、いいのか?」
「……どうせ昔の思い出。使ってもらえるほうが、こいつも喜ぶだろうしね」
俺はありがたく包みを受け取り、店を出た。
空を見上げると、東京にしては珍しく点に浮かぶ星が見えた。
「あー、またお酒飲んでたでしょ!?」
花枝の声がしたので振り返ると、いつの間にか後ろにいた。
「飲んでもいいだろ、もう二十なんだし。俺の自由じゃないか?」
「自由って、渚病上がりでしょ?」
うっ、それを言われると身も蓋も……。
俺が敗北を認めると、花枝はにこにしながら言った。
「それにしても、今日の星空はきれいだね」
「ああ……、きれいだな」
花枝は、俺の顔を瞳を輝かせながら見つめてきた。
……なんだ、その何かを言ってほしいと言う顔は?
俺が焦って頭の後ろをかきはじめると、花枝は急にガーンとしたような顔をした。
「あ、あのさ、宮たん……。どうしたの?」
「ううん、何でもない」
そう言いながらも、なぜか暗い表情をする花枝。
俺はその表情を見て、いつもの通り謝っておくことにした。
「……ごめん」
俺が謝ると、花枝はびっくりしたような顔で聞き返してきた。
「え?」
「宮たんが暗い表情をする時は、俺が鈍臭っぷりを発揮した時だから……」
花枝は明るく微笑んでから、少し顔を赤らめて言った。
「謝るんなら、態度で……って、そんなこと言えるわけないじゃないのよ!」
顔を真っ赤にして暴走している花枝の右手を、俺はそっとにぎった。
「え?」
「これで良いか、花枝?」
花枝はポッと顔を赤めらせ、小さくつぶやいた。
「良いも悪いもないよ……。本当に渚は鈍臭いんだから……」
そして、そのまま俺たちは星空の下を歩いていった。
今日の星空はとても輝いていた。
今日の反省、とくになし。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
デイズフォー:「花より団子は、二人とも?」
――ズババババ!
「これ終わったら花見に行かない?」
FNP90の弾丸を撒きながら、師匠はのんきなことを言い出した。
ドンドンと出てくる新手の兵士たち。
「師匠、そんなのんきなこと言ってる場合じゃないみたいだぜ」
――チュンチュンチュンチュン!
壁を次々と削り取っていく銃弾。
その銃弾の発信源に、師匠はハンドグレネードを投げた。
――シュル、ボグワーン!
凄まじい炎と共に爆風が舞い起こるハンドグレネード。
その攻撃を食らって、大半の敵が崩れ落ちていった。
それを壁越しに見ながら、師匠は言った。
「ほらね、話している暇はあるわ。だから、一緒に行きましょ?」
「分かったよ、師匠。友達も連れてきていいか?」
「ええ。大勢いたほうが、楽しいしね」
俺たちは敵の攻撃が止んでいる間に、急いで一階へと降りていった。
一階へ降り、時限爆破装置のカウントを数える。
「5,4,3,2,1……ゼロ!」
かけ声と共に、有名製薬会社黒十字のビルから噴煙が立ち昇る。
俺たちは、警察が来る前に急いでその場を逃げ去った。
「じゃーん、どう?」
今日の花枝は、正直言っていつもよりきれいだった。
なぜなら、花枝は自分に良く似合う桜色の和服を着ていたからだ。
「いつもよりきれいだよ」
「え? ……う、うん、そうだよね」
……なぜか複雑な笑みを浮かべる花枝。
俺がその理由を考えていると、師匠が団子と酒を持ってやってきた。
「ああ、この子が友達? ふーん、きれいね」
花枝はとっさのことに少し驚いた後、恥ずかしそうに言った。
「そ、そんなことありませんよ。ところで、どういう関係ですか?」
「ん? フィアンセ」
師匠がけろりと言うので、花枝は信じ込んでしまったらしい。
泣き出しそうな顔をしながら、俺を見つめてきた。
「そんなわけないだろ? だって、師匠はもう……」
「あら? 私はまだ二十七よ。でも、ごめんね。フィアンセじゃないから」
……もう師匠の場合、何が冗談なのかまじめなのかが俺には分からない。
とりあえず、花枝はほっとしたようなため息をついた。
それを見て、師匠はにやっと笑った。
「さてと、ここで良いわね」
「そうですね。ここにしましょう」
シートを広げ、桜を見上げる俺。
ああ、きれいな桜だな……。
こういうのを春の美景って言うんだよなぁ……。
――パクパク
――ゴクゴク
二人揃って、食べたり飲んだり……。
師匠がすくっと立ち上がったので、そろそろ桜を見るのかなと思ったが……。
「花見酒にしないとね」
……花見酒ですか
俺はため息をつきながら、師匠に聞いた。
「あ、あのさ、師匠?」
――ゴクゴク
「何?」
「花見は?」
「してるわよ」
……どう見ても酒ばかり飲んでいるようにしか見えないのは、気のせいなのか?
そして、花枝も花枝でお団子を美味しそうに食べているだけ。
「花枝、花見は?」
「だって、私『花より団子』派だもん」
それを聞いて、師匠は花枝に絡み始めた。
「だよね、君とは気が合うな。私も、『花より酒』派だよ」
「え? お酒?」
師匠はとっくりを薦めたが、酒の飲めない花枝は困ったような顔をしていた。
「師匠、花枝は呑めないんだ」
すると、師匠ははぁっとため息をつきながら言った。
「そっか、残念。告白する時、酒の勢いでーって言う手もあるんだけどな」
花枝は師匠からとっくりを奪うと、一気に酒を飲み干した。
それを見ながら、師匠はニヤニヤと笑った。
……わ、罠だ。師匠、絶対に花枝をはめている。
次々と飲ませ、どんどんと花枝の顔を赤めらせていく師匠。
「ふにゃ……」
「おい、花枝。大丈夫か?」
「酔ってないれふよ。まだまだ、大丈夫れふ」
俺は師匠から酒を奪うと、すべて飲み干した。
「はぁはぁ……、これ以上花枝を酔わせるわけにはいかないからな」
「あら、残念。もう無くなっちゃったのね。でも、もう一本あるから大丈夫」
……くそ、師匠のトラップにはめられたか。
俺は立ち上がると、花枝を背負って休める場所へ歩いていった。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫れふ」
呂律が回ってないし、しかも多分俺だかも分からなくなってきてるな。
俺は自分の羽織っていたジャンパーを花枝にかけ、救急シートに横に寝かせてやった。
救護班の人が、こちらにあきれた風にやってくる。
「大丈夫か? 若いのに、ぐてんぐてんに」
「大丈夫れふ」
花枝の言葉を聞いて、救護班の人ははぁとため息をついた。
それを聞いた俺は、怒鳴り口調で言ってしまった。
「俺は医学の知識も持ってる! 俺が面倒を見るから、あんたはいらない!」
俺は思わずそう言ってしまった。
すると、救護班の人がいる前で花枝が俺の背中に抱きついてきた。
「嬉しいれふ。ありがだふ、なぎさ」
救護班の人は、若いのはいいねえと言ってあきれ果てながら帰っていった。
……まいったな、花枝酒臭いなぁ
それにしても、なんで急に無理して酒なんて呑んだんだろう?
いきなり師匠のニヤリ顔と言葉を思い出した。
――告白する時、酒を飲んだ勢いでー、って手もあるんだけどなー。
何度も頭の中で繰り返されるあのシーン。
まさかな、意識しすぎだよな、俺……。
そう思って、空を見上げてみた。
そろそろ星空が見えてくる頃だ。
「おい、花枝。もうそろそろ夜だぞ」
――スーピー、スーピー……
「なんだ、寝てるのか……。しょうがない、今日は師匠と三人で俺の家か」
俺は花枝を背負いながら、師匠と共に星空の下を歩いていった。
「師匠、もう花枝に酒のませるなよ」
「分かった分かった。でも、本当は嬉しかったりするんだよね、背負えて」
「そんなことはない。酒臭いしな」
師匠は俺のほうをニヤニヤと笑いながら見て、そうかとうなずいた。
……正直に告白すると、花枝を背負えたことは少し嬉しかった。
理由は色々とあるけど、それは説明しないでおこうと思う。
今日の反省、花枝に酒は飲ませるな
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アフター・デイズフォー:「花見の後、驚きの真実が……」
「うーん、頭痛い……。あ、あれ、ここは?」
「俺の家だよ。見覚えあるだろ?」
俺がそう言うと、花枝は顔を真っ赤にして言った。
「も、もしかして……!」
「んなわけない。安心しろ」
「なぁんだ。……ちょっとだけ残念かな。じゃ、また明日ね」
そう言うと、花枝はそそくさと準備をして帰っていってしまった。
――スーピース―ピー
「師匠、起きろ」
俺が師匠の体をゆすると、思いっきり裏拳が飛んできた。
――ドビシ!
……い、痛いな。さすがは、師匠だ。っじゃなくて!
「いつまで寝てんだよ、師匠!」
俺が呼ぶと、師匠はふぁーっとのびをしながら目覚めた。
そして、いの一番に言った言葉がこうである。
「なんで寝込み襲わなかったの?」
「え?」
師匠は寝ぼけ眼で、俺のほおを指でいじりながら言った。
「だって、二人もかわいい子がいたのよ? 当然じゃない?」
「……全然当然じゃないだろ、それ? それに、二人ってもう一人は誰だよ?」
師匠は体をくねらせながら言った。
「当然……。それとも?」
そう言いながら、ひそかに俺の手を力強く握ってくる師匠。
「いててて。……し、師匠は、もう立派な大人だろ?」
「え? そんなことないわよ。私の生まれた年って、君の五年前なんだから」
驚愕の真実を俺は突きつけられた。
俺を闇の世界に引きずり込んだのは、なんと小学生だったという事になるからだ。
「しょ、小学生? 小学生の頃に、俺を?」
「そうよ。あ、でも、違うわね。私、小学校行ってないもの」
「え?」
師匠は懐かしそうに言った。
「私ね、小学校行ってないの。生まれた時から、諜報部員として教育されたから」
「じゃあ、なんで何ヶ国語も?」
「それはね、教育の一環よ。諜報部員としては、当然だわ」
急に俺の顔が火照りだしてしまった。
というのも、俺が話せるのは、英語と日本語だけだからだ。
今までいくつかやり遂げてきた仕事も、その二ヶ国語だけを頼りにやってきた。
「あら、……私が教えてあげようか?」
そう言いながら、俺の左腕にいつの間にかくるまっている師匠。
「遠慮しておく」
俺がそう言うと、師匠はすくっと立ち上がりながら言った。
「そっか。じゃ、私もこれでおさらばするわ。またいつか会えたらね」
「ああ、またいつか」
師匠もいなくなり、俺は一人家の中を見回した。
わりとこうしてみると、この部屋は広く感じられる。
銃が立ち並んでいるクローゼット、ソファーベッド、それに小さな机。
教科書などは床に縦に重なっており、PCが机を占領している。
俺は小鳥のさえずりが聞こえる中、ひとり小さくため息をついた。
……静かなのは、良いものだな。
俺はソファーベッドにポンッと体を投げ、FNファイブセブンを持ち上げた。
こいつは俺の唯一の相棒で、手放せない仲間だ。
俺のコードネーム「ファイブセブン」は、この銃に由来している。
お休み、相棒。
俺はそっと眠りの世界へおちていった。
今日の反省、俺を闇社会へ誘い込んだ師匠は当時小学生ぐらいの歳だったらしい
師匠、恐るべし
2004/12/22(Wed)11:31:14 公開 /
金森弥太郎
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■作者からのメッセージ
「黒雨渚の大仕事」のSSでもあり、別物でもある「黒雨渚のお仕事日記」です。よろしくお願いします。
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